第54話 ドレス問題ですわ!
建国月の終わりになってくると建国祭の盛り上がりもクライマックスを迎えるように、あちらこちらでパーティが開かれる。
モンクレージュ学園でも第四金曜日の昼から夕方にかけてパーティが開かれる予定だ。
年間通して数多あるイベントの中でも建国祭は、卒業後に参加できるようになる夜会に似た催し物であるため、学生たちの関心は、誰と誰がペアになるのか、また贈られるドレスの意匠にあった。
といっても、大人たちのように何か月も前からオーダーして用意するようなものではない。スプリングパレードのとき同様、既製品をベースにアレンジを施して作られるものだ。
もちろん既に婚約者がいる者などは、オーダーして作ることもあるが、まだ婚約者がいない者にとっては将来共にするかもわからない者に正式なドレスを贈るのはコスト的にも時間的にも厳しい。時間的にというのは、ペアがギリギリまで決まらない場合も結構あるからだ。
それに何より正式なドレスではなく、贈るドレスを既製品にすることで将来伴侶となる女性への配慮を示せる。
女子学生にとってもオーダーではない既製品のドレスは、今しか着られないような思い切ったデザインになり好評だ。
ライによると去年は、観劇を趣味にする者同士のペアが、タキシードの背やスカートの裾に、去年流行った劇のタイトルやそれを彷彿とさせるモチーフをふんだんに盛り込んだ衣装を作っていたらしい。
ユリウスとの噂が続いているシェルリンも今月は何度もユリウスはどんな衣装を贈ってくれるのか、もうテーマは考えてあるのかなどという話題にさらされていた。
噂の相手が唯一の王子ユリウスであるからか、ユリウスとシェルリンは今年一番注目を集めている二人といっても過言ではないだろう。
シェルリンは何度もユリウスとはそんな関係にないと説明したし、ユリウスからドレスを贈りたいと言われたこともなかったが、建国月間中シェルリンの周囲が落ち着くことはなかった。
カールからはドレスを贈ってもいいかと申し入れを受けたが、こちらは受けた時点でまたよからぬ三角関係の噂になってしまうのは確実で、それが面倒でシェルリンはカールの申し出を断った。
「自分で準備してもいいかしら」
カリーナとアメリアに最近加わったマリーの四人での勉強会中にシェルリンがこぼす。
「いいんじゃないですか? 私は自分で用意しますよ! スプリングパレードのドレスを手直しして着るつもりです」
アメリアが自信満々に言う。
「ダメですわ」というのは、カリーナだ。
マリーも困った顔でアメリアを見ているので、やはり自分で用意するのはよくないようだ。
「アメリアさんや多くの女子学生であれば、自分で用意するのも手ですわ。入場の時も一人で入場する人も多いらしいのです。特に一年生は婚約者がいない人も多いですしね。でも! シェルリンさんはこんなにも噂になっていますのよ。一人で入場も自作のドレスも新たな噂の種を撒きますわ」
そんな勉強会の翌日。
「シェルリン、今日の放課後時間はあるか」
ユリウスが堂々とシェルリンに話しかけてきた。クラス中が聞き耳を立てているのが分かる。
ユリウスがスッと身をかがめ、顔を近づけてくるのでシェルリンは急に金縛りにでもあったように動けなくなった。
ドクドクドクドク心臓が音を立てる。
「ごめん。言うべきかどうか迷ったんだけど、トビアス先生が呼んでいてね。シェルリンが嫌なら、僕から断っておくし、君が行くのなら僕も行く」
トビアスが呼んでいる? きっと目のことを聞かれるに違いない。大きく鳴り響いていた心臓がきゅうっと縮む。
確かにユリウスは保健室から連れ出してくれた時、次の話し合いは同席すると言っていた。もう……知らないふりはできないということだろうな。
ふぅっと息を吐く。
目の前にいるユリウスが青くなった。
それを確認して再びシェルリンは、そんなものが見えるわけないと心で唱える。
すると不思議なことに青いものは無くなり、普段通りのユリウスに戻った。
初めて青いものをみてから、シェルリンは自分が青いものを意識している時は、人が青く見えることに気がついた。
そして、人は青くない、青くないと意識すれば、その青が消えることも。
「いえ、大丈夫です。行きますわ」
「本当に?」
ユリウスがシェルリンの顔を覗き込む。
とても心配してくれているのがわかったので、大丈夫だと微笑んだ。
席について、遠くの窓から外を見る。
最近空は、どんどんどんどん青くなり、深い深い紺色のようになってきた。
まるで夜……いやまるで深い海のようだ。
約束の放課後になり、ユリウスと二人保健室を目指す。
扉を開けようとしたところで、前回トビアスと会った時のことを思い出して、扉へ伸ばした手が一瞬止まった。
けれどそれはほんの一瞬で、再びノックをしようと上げたシェルリンの手をユリウスが掴んだ。
「本当にいいのかい?」
ユリウスはきっとトビアスから話を聞いているはずだ。私がよくわからないものを見てることも知っているはずなのに、気持ち悪がらず気を遣ってくれる。
王子様はとても紳士だ。
ノックをして中へ入ると、トビアスは面白いものを見るようにシェルリンたちを見つめた。
「今日来てもらったのは、前回の埋め合わせに提案があったからなんだ」
「提案?」
ユリウスが怪訝な顔をする。
トビアスはそんなユリウスなどお構いなしに紅茶を入れ、席に着くように促した。
「シェルリンさん、誰かからドレスをもらう予定ある?」
「いいえ、今のところはおりませんわ」
「じゃあさ、僕の衣装はどうかな?」
カチャリ。ユリウスが紅茶を置く音が響いた。
トビアスは微笑んで、「困っているんじゃないかなと思ってね」と言って、紅茶を一口飲む。
「なぜそれを?」
「君たちの噂はもう学園中が知っているからね。シェルリンさんはユリウス殿下以外の男からドレスを贈られれば、ユリウス殿下を誑かした悪女。かと言って、ユリウス殿下からドレスを贈られても噂に拍車を掛けるだけだからねぇ。ふっふっ。君たちはそういう関係ではないんでしょう?」
トビアスの言う通り、他の人からドレスをもらってしまえば、ユリウスと他の誰かを両天秤にしていると思われかねない。
ライが分家の者と偽っていなければ、ライに頼めたのだが……。
横を見るとユリウスは不本意とでも言うように押し黙っていた。
あぁ、やっぱりユリウスは噂を広げられて困っていたらしい。
困った顔のユリウスと目が合った。
何かを訴えるようなその目に、シェルリンは頷いて、返事をする。
「ええ、事実無根ですわ。ユリウス殿下も私も互いにそのような相手としてはみておりません。このままでは、お互い相手を見つけにくいですし、噂を助長することは望んでませんの」
ちゃんと意図を読み取って返事をしましたよという意味を込めて「困りますわよね、ユリウス殿下」と話を振ると、ユリウスの眉間に皺が増えた。やはり相当困っているらしい。
トビアスもそれがわかったのか「わかるよ」と頷いてユリウスに菓子をすすめる。
「ですのでご提案はありがたいですが、トビアス先生からのドレスでも私はきっと悪い方向に噂されると思いますわ。先生、結構女子の間では人気がありますのよ」
「いや、僕はドレスを贈らないよ。僕が君に贈るのは、僕がやるはずだった騎士の役だよ」
にっこり笑うトビアスの前でユリウスとシェルリンの二人同時に目を見開いた。




