第55話 これはこれでアリ
「結局自分でドレスを用意したのね」
「ん? そうです! でもシェルリンさんから色々と素材をもらったのでかなり豪華なドレスが作れました」
胸を張って応えるアメリアにため息をつきながら、マリーはアメリアと共に一人で入場する学生たちと共に会場の中に足を踏み入れた。
マリーがため息をついたのは、アメリアに全く恋の兆しがないからだ。
ここはアメリアが主人公の乙女ゲームの世界。主人公のアメリアが恋愛しないで誰が恋愛をするというのだ。
アメリア以外では悪役令嬢のシェルリンとユリウスがいい感じな気がするが、これ以上の進展があるかは微妙なところだ。
ドレスを悩んでいたシェルリンの様子を思い出して、ため息をついた。
やはり主人公のアメリアの恋愛が進まないから周りの恋愛も進まないのだろうか。
ゲームの時は、アメリアの恋愛が進まないことなどなく、自分から、相手から、ハプニングから色々なきっかけから胸キュンイベントが発生し、攻略対象との絆を深めていった。
だが現時点ではアメリアからも攻略対象者たちからもアプローチはなく、ハプニング的なイベントもなく、アメリアの周辺は大変穏やかなものだ。
はぁ、せっかく好きだった乙女ゲームの中に転生したというのに、誰も恋愛してないなんて!
転生したんだとわかった時の私の喜びを返してほしいわ! マリーは心の中ではブツブツと小言を言いつつ、顔は微笑みを浮かべてアメリアと当たり障りのない話に花を咲かせた。
今日参加している建国祭だって、ゲームでは一大イベントだ。
確かゲームでは、現時点で好感度が一定以上あるキャラの中で最も高いキャラからドレスを贈ってもらえるはずだ。
だがアメリアは自分で用意してしている。
誰も好感度は一定ポイントに達してない。
友達以上恋人未満くらいでもドレスを贈ってもらえるというのに、自作のドレスなんて好感度がただの知り合い、友人の枠を超えていないと言うことだ。
いや、素材をもらったと言ってたからシェルリンからは友達以上に思ってもらえているということか?
ゲームでは女性陣からの好感度なんて表示すらなかったから、よくわからない。
「シェルリンさんはどんな衣装になったか聞いてます?」
気を取り直して、もう一人の重要人物、悪役令嬢シェルリン・フィッツベルグの動向を探る。
少し前に会った時は、まだ誰からもドレスを受け取っていなかったようだが、一体どうなったことやら。
「いえ、でもどうにかなったと言ってました。楽しみにしててと」
「まぁ、楽しみ」
アメリアの言葉に心踊る。
どうにかなったということは、誰かからドレスを贈ってもらえたということだ。
わざわざ楽しみにと言っているのだから、円満解決したと思っていいだろう。
つまり、ユリウスから贈ってもらえたということ。
よかった。悪役令嬢の方はちゃんと恋愛していたのね! と心の中で拍手喝采した。
もちろん、主人公のアメリアの恋愛模様が見たいのはやまやまだけれど、今しばらくはシェルリンの恋愛模様を観察して楽しむことにしよう。
シングルの生徒が全員入場したところでペアの入場だ。
マリーは、シェルリンのドレスの色をあれこれ想像しながらペアの入場を眺めた。
確か好感度が高ければ、ユリウス色に染まっているはず。
ユリウスの髪の色は金色、瞳の色は青。
シェルリンのシルバーの髪色に青と金色のドレスはきっとよく似合うだろう。
もしも、好感度が一定以上は超えているがまだまだ低い場合は、シェルリン自身の色を纏って現れる。
シェルリンは銀髪に緑色の瞳だ。
銀色をベースにするのは難しそうだから、緑色のドレスに刺し色で銀色を使ったドレスかしら。
マリーの妄想がどんどん膨らんでいる間にも何組ものペアが入場する。
きっとシェルリンとユリウスのペアは最後だ。
「カリーナさんとマクスウェルさんですわ」
アメリアの声に意識を現実に引き戻す。
あぁ、確かにマクスウェルとカリーナは唯一マリーの周囲で恋愛関係にありそうな二人だった。
だけど……ドキドキハラハラの恋を通り越して、もうこの二人は既に夫婦のような安定感なのよね。
マリーたちに気がついてカリーナとマクスウェルが腕を組んでやってきた。
さぁ、次だぞ。
次がきっとシェルリンとユリウスのペアだと意気込んで、カリーナたちとの挨拶もそこそこに扉を見つめたが、その後その扉は開かれることなく、会場前方に設置してあるステージの上で生徒会長による挨拶が始まった。
「ユリウス殿下も、シェルリンさんもどうしたんでしょうか」
ぽつりとつぶやくと、マクスウェルが入場前の控室にも二人はいなかったという。
楽しみにしていてと言いつつ、建国祭の参加を取りやめたのだろうか。
そう不思議に思いながら、それとなくあたりを見渡すと、噂になっていただけあって他の生徒たちもユリウスとシェルリンのペアを探していた。
「では、恒例の教職員による催し物を始めることにしよう! 三年間モンクレージュ学園に通う私はこの劇を見るのはもう三度目になる。だが、今年はいつもに増して楽しみにしているよ。だって、本物の王子様が演じてくれるんだからね」
生徒会長の言葉を合図に、会場の光が落とされていく。
まるでスポットライトがあたっているかのようにステージ上だけが明るい。
どこから現れたのか黒い獣がステージ上を歩いている。
その黒い獣に追従するように牙をむきだしにした獣たちがぞろぞろと並び歩く。
ばさりと音が聞こえると、ドラゴンの幻影が頭上を飛んでいく。
あちらこちらで息を呑む声が聞こえた。
「幻影魔術の権威フィッツ先生の演出ですわね。劇だと、幻影だとわかっていても、恐ろしいほどにリアルですわ」
カリーナがもらす。アメリアはそれに賛成するようにうんうんと首を縦に振る。
前世でもっとリアルな物を見たことがあるマリーは、全く恐ろしくないのだが、空気を読んで「そうですわね」と言葉少なに返した。
ステージ裏にひかれた暗幕からユリウスが青い騎士服をまとった騎士たちを伴い飛び出してきた。
魔術を伴わない肉体だけの剣技で幻影の獣たちと戦う。
そうだ。建国当初は魔術が発展しておらず魔術は使えなかったのだとマリーはゲームの設定を思い出す。
騎士たちとユリウスは獣たちを順調に倒していくけれど、ユリウスが仲間の騎士のフォローをした時、ユリウスの背後から獣が襲い掛かった。
劇だとわかっていても、どこかで小さな悲鳴が上がった。
だが次の瞬間、観客である生徒たちの間から一陣の風が吹いた。
束ねた銀色の髪が光を反射してきらりと光る。
その銀の光はまっすぐユリウスの方へ駆けて行って、今にも襲い掛かろうとした獣とユリウスの間で倒れた。
ユリウスはその後、獣との死闘を繰り広げる中で、魔術に目覚め、黒い獣もろともすべてを退けて劇が幕を閉じる。
マリーはその劇を途中から首をかしげてみていた。
建国祭の劇という一シーンまでは、ゲームでは描かれていなかった。だからマリーはこの劇を初めて見る者として単純に楽しんでいた。
けれど、最後のユリウスが魔術で獣たちを倒すシーン、あれを見た時に思い出した。
ゲームのラスト。
ちょうど今見た劇のようにユリウス、もしくは他のメイン攻略対象者が悪に立ち向かう……そんなラストだったと思うけれど、何かが、何かが違った。
それが何かを思い出す前に、「キャー!」と黄色い声が上がる。
意識を現実に戻して、騒動の先を見るとちょうど演者のユリウスと先生方が挨拶しているところだった。
見覚えのある先生たちの中、ひと際目を引いていたのが銀の髪を一つにくくり、観客の間を走り抜けて、ユリウスの身代わりになった騎士だった。
銀色の髪の先生なんていただろうかと思いながら、マリーも銀髪の騎士へ目を向ける。
「あれ、もしかして」
隣でアメリアが驚愕の声を出した。
マリーも目を見開いた。
先生たちと一緒に立っていたのは、騎士服に身を包んだ悪役令嬢シェルリン・フィッツベルグだったからだ。
ドレスではない! ということは好感度は……と考え始めてすぐにやめた。
もういい、これはこれでとてもいい。
普段と違い、長い髪を無造作にくくったシェルリンの姿は、言葉では言い表せぬほど似合っていた。
マリーの中の前世の自分が叫ぶ。
「カメラ! カメラがなぜないのですか!」
さっきまで何か大事なことを忘れているような気がして、フル回転で考えを巡らせていたマリーだったが、シェルリンの姿を見た瞬間にそんな考えはどこかに放り投げた。
気づけばシェルリンの周りに男子も女子も集まってきている。
遠くにいるマリーたちに気がついてシェルリンが手を挙げる。
その姿があまりにも様になっていて、シェルリンの周りに群がる集団だけでなく、マリーも歓声を上げて、走らないぎりぎりの速度でシェルリンの元へ駆け寄った。
ここまで『面倒なので忘れますわ!』を読みに来てくださりありがとうございます。
第四章トビアスと建国祭 終了です。
続きはしばらく夏休みをいただき、その後五章を始めたいと思います。
では、また五章で。




