第52話 みんな青いですわ!
青い……シェルリンはクラスに一歩足を踏み入れた瞬間、凍り付いた。
強く青いものがクラスメイトから放たれている。
ユリウスが扉口に立ったままのシェルリンに気がつき、やってきた。
ユリウスの青はとても鮮やかで大きい。
シェルリンはユリウスの大きな青いものに思わず一歩下がった。
今、自分はどんな顔をしているのだろうか。
ユリウスは一瞬傷ついたような、戸惑ったような顔をしてそこで止まった。
「シェルリン、昨日はよく眠れたかい?」
「え、えぇ。お気遣いいただきありがとうございます」
ユリウスの周りに広がる青色が気になって仕方がない。
けれど、ユリウスの態度からシェルリンのことを気遣ってくれたのは分かっていたので、咄嗟に下がってしまった一歩を何気なく戻しながら「ユリウス殿下もお疲れではありませんか?」と返した。
ユリウスもぎこちなく返事をし、二人ともに口を閉ざす。
「メイさんの様子は?」
「落ち着いてる。破局はしてしまったけど」
ユリウスの言葉の意味が一瞬わからず、返答に詰まる。
一歩遅れて赤子に魔力があるからだと気がついて、「辛いですわね」と返事をした。
妊婦のメイは、浮気などしていないと言っているようだが、確かに魔力のない平民同士では、魔力を持つ子は生まれない。
メイが嘘をついているのか、それとも本当なのかシェルリンにはわからない。
特にメイはよくわからない魔術師に治療をしてもらっている。
もしかしたらその影響なのかもしれない。
もしそうだとしたら、メイは妊娠という不安定な時期に、理由もわからずお腹の中の赤子が魔力を持ち、そのせいで愛する人を失ってしまったことになる。
どれほど辛いことだろう。
だが、その一方で相手の言い分もよくわかる。
悲劇……そうとしか言いようがない。
シェルリンにも横にいるこの国唯一の王子ユリウスにも、当事者であるメイとその相手にもどうすることもできない。
もちろんお腹の中の赤子にもどうすることもできないことなのだが、赤子に魔力さえなければ破局することはなかっただろうにと思わずにはいられない。
メイの話が一段落したのでユリウスの青色を気にしながら、さっと周りを見る。
最初に目の合ったアメリアも、「おはよう」と声をかけてきたカールも。カリーナもマクスウェルも他のクラスメイトも皆、やっぱり青を纏っていた。
何かがおかしい。
こんなにも青いのに、誰もこの青色に言及しないなんて。
そう思って、席に着くなり目を閉じふーっと深呼吸をした。
きっと幻を見ているんだわとシェルリンは言い聞かせて、ゆっくりと目を開ける。
目の前に少し心配した顔のアメリアとカリーナが立っていた。
彼女たちはもう青くなかった。
何気なさを装って「おはよう」と挨拶をしながら、周りを見る。
周りのクラスメイトもまた青くはなくなっていた。
良かった。
やはり幻だったようだ。
昨日、メイが暴れていた様子を思い出す。
人が暴れているところなど、記憶を失ってから初めて見た。
きっとそれにショックを受けて、それで一時的になにか幻を見たに違いない。
ユリウスが少し離れた場所からこちらを見ていた。
あれだけ大きな青色を纏っていたユリウスも今は普通だ。
ふっと息を吐いた。
青色のものが見えるようになった……なんてことになったら、記憶喪失以上に困ったことになっていただろう。
きっと頭がおかしくなったと思われるに違いない。
実際自分でもそう疑ったから、正常な視界に戻って本当に良かった。
「はぁ、良かった」
思わず口から漏れた。
その様子を見てアメリアとカリーナがはっと息を呑んだ。
朝に青色を見たこと以外、変わりなくその日が過ぎていった。
放課後になり寮に戻ろうと歩いていると、トビアスが誰かを待っているかのように立っていた。
挨拶をしようと声をかけると、トビアスはズンズンとシェルリンの方へ寄ってきた。
「シェルリンさん、少し確認したいことがあります」
そう言って心なしか足早にトビアスは歩き出す。
保健室に入り、扉は開けたまま何かの装置を作動させる。
それはなんだろうという目でシェルリンが見ていると、装置からこちらに向き直ったトビアスとバチリと目が合った。
「これは秘密の話をする時に使う物だよ。完全に音が聞こえなくなるわけじゃないんだけど、廊下を通っている生徒には、なんとなくザワザワとした音だけが聞こえて、部屋の中の声は聞こえないってわけ。まぁ部屋に入っちゃったら聞こえちゃうけど、もう放課後だし、保健室来る人はいないだろうから大丈夫でしょ」
トビアスは2人きりだから扉を閉めるわけにはいかないしねぇと言いながら、以前と同じく紅茶を淹れてくれた。
シェルリンの前にトビアスが座る。
「さて、今日は気になることがあって来てもらったんだ」
「メイさんを治療した魔術師のことでしょうか」
フロルの話を聞いた時、あの場にいたのはトビアスとシェルリンだけ。
秘密の話と聞いて、真っ先に思いついたのは魔術師のことだった。
トビアスは忘れなさいと言った。
けれど記憶を取り戻す糸口が見つかるかもしれないと、シェルリンはトビアスとの約束を破って聞き込みをしていた。
それがバレたのではないだろうか……。
ならば、どうにかしてシェルリンも調べられるよう説得しなければならない。
記憶喪失の事実を伏せながら、どうやったら説得できるだろうかとフルスピードで考えていたら、トビアスが「ちがうよ」と言った。
「私が知りたいのは、シェルリンさんあなたの事です」
「え?」
トビアスがじっとシェルリンを見つめる。
瞬きひとつせずにシェルリンを見つめるトビアスに少し居心地が悪くなってきた。
「トビアス先生、申し訳ありませんが今日は帰りますわ」
そう言って席を立つシェルリンに続いてトビアスも席を立つ。
鞄を手に持ち、紅茶のお礼を言おうと顔をあげるといつの間にか横に来ていたトビアスがやはりじっとシェルリンを見つめている。
「あの……トビアス先生?」
「君の」
進行方向に立つトビアスが進まないので、声をかけると、トビアスはシェルリンの意図に反して一歩距離を詰めて来た。
シェルリンも一歩後ろに引く。
するとトビアスもまた一歩近づいてくる。
「君のその目が」
そう言ってトビアスがシェルリンの顔へと手を伸ばして来た。
「わかっているんでしょう?」
そう言われた瞬間、朝の光景がシェルリンの頭に駆け巡った。
鮮やかな青色を持つユリウス。
あぁ、トビアスは知っているのだ、と唐突に気がついた。
知られてこれからどうなるのか、どう思われているのかわからなくて、シェルリンの頭は大パニックに陥った。
「や、やめてください」
トビアスの手がシェルリンの頬につくかつかないかというところで、どうにか声を振り絞った。
もう追及しないでほしいという思いばかりで自分が今どんな状況にいるのかもわかっていなかった。
突然目の前のトビアスの手が消える。
「シェルリンは嫌がっています」
いつ部屋に入って来たのだろうか。
シェルリンとトビアスの間にユリウスが立っていた。
先程までにシェルリンに伸びていた手はユリウスがガッチリ掴み、動きそうもない。
二人ともしばらくは無言でいたが、トビアスが反対の手をひらひらとさせながら「誤解だよ」と言ってユリウスとシェルリンから離れると、ユリウスは何も言わずにシェルリンの手を取り、保健室から連れ出した。
なぜこんなところにユリウスがいるのか、なぜ手を掴まれているのか、私たちはどこへ向かっているのか、ユリウスは話を……聞いていたのか。
シェルリンの頭にたくさんの疑問が浮かんだが、どれひとつとして答えがなく、なす術なくシェルリンはユリウスに手を引かれて歩いた。
歩いて、歩いて、学園の端にある講堂のあたりまできた。
一体ユリウスはどこまで行くのだろう。
「ユリウス殿下?」
講堂裏で声をかけるとユリウスはハッとした様子で立ち止まった。
「その……大丈夫か?」
ユリウスが気まずそうに言う。
その心配の言葉がシェルリンを落ち着かなくさせた。
やはり、ユリウスはトビアスとの会話を聞いていたのだろう。
もしかしたら青色が見えることもわかったかもしれない。
いやあれだけの会話でわかるはずがない。
でも、もしかしたら……魔術師の話も青色が見えたこの目のこともトビアスから報告を受けているのかもしれない。
なんと言っても、ユリウスはこの国ただ一人の王子だ。
実際メイを保護したのもユリウスだし、この件についての報告をユリウスにするのはなんの不思議もないように思われた。
何もかも知っているとすると、ユリウスはどう思っただろう。
そう思った瞬間、体の奥から堪えきれない何かが吹き出すように、奥からズンズン迫り上がってきた。
記憶喪失がバレないように、ちゃんとフィッツベルグ家の子供としておかしくないようにと気を張っていたからだろうか。
シェルリンの目から涙がぼろりとこぼれ落ちた。
皆様おはようございます。
いつも『面倒なので忘れますわ!』を読みに来てくださってありがとうございます。
今日は以前告知した新作『名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません』が昨日完結したのでそのお知らせです。
書いていたのは結構長い間だったのですが、投稿し始めるとあっという間ですね。
自分が生贄と知った聖女ルシアの物語。完結を機に読んでいただけると嬉しいです。
では、また来週に。




