第48話 記憶をなくす魔術……あるかもしれませんわ!
あちらこちらに飾られている建国祭の飾りに引っ張られているのか、最近とても空が青く見える。
夕焼けが街を赤く染めることはあるけれど、それとは逆に地上の色が空を染めることなどあるのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら、教室の窓から空を見る。
そこにカールがやってきた。
「悩み事?」
「いえ、空が……」
「空?」
「青いなと思いまして」
「え? あぁ、空は青いよね」
何を当たり前のことを言っているんだときっとカールは思っている。
シェルリンにもその気持ちはわかる。だって空は青いものだから。
けれど、このだんだんと濃くなっていく青のなんというか……恐ろしさのようなものを共有できないことが少し残念だった。
この空を見つめているとなぜかひたひたと水が溜まっているような気がして落ち着かず、時折いつか大波にのまれてしまうのではないかとあり得ない想像がシェルリンの頭をかすめた。
「あのさ、東の孤児院でなんかあった?」
カールが顔を覗き込んでくる。
その瞬間、フルーツサンドとユリウスが頭に浮かび、どっと体が熱くなる。
なんかあったわけではない。
ただシェルリンが勝手にドキドキして、その後のことがあまり思い出せないだけだ。
「なにもありませんわ」
なるべく感情を押し殺して、答える。
なんでか青い空が気になるのも、もしかしたらユリウスのことを考えまいとしているからかもしれない。
本当……ライ兄様の言う通り。
ユリウス殿下は要注意人物ですわ。
カールはふーんと適当な相槌を打ちつつ、「そうだ」と思い出したように言った。
「二人っきりで祝ってくれる話だけど……考えてくれた?」
「えぇ、もちろん。ですが、二人っきりとは聞いておりません」
「言ってなかったっけ?」
「聞いておりませんわ」
「じゃあ改めて、二人でお祝いしてくれない?」
カールがにこりと笑って、問いかける。
だが、その目はまっすぐシェルリンを見つめたまま、逸らしてくれない。
「二人はダメですわ」
「ダメか」
「えぇ、ダメですわよ」
そっかーとカールがまた適当な返事をする。
婚約者のいない男女が二人きり。
その意味が分からないわけではない。
誰かに見られでもしたら、あることないこと噂はあっという間に広がってしまうだろう。
教室には当たり前だけれど、他にも生徒がいる。
ここで「いいわよ」と返事をすること自体が、カールと特別な関係になりたいと言っているようなものだ。
カールだって、それくらいわかっているはずなのに。
「じゃあ今日一緒に昼ごはん食べようよ」
「いいですわよ」
くるりと振り返ると先程からこちらを気にしてチラチラ見ていたアメリアとばっちり目が合った。
「アメリア、今日はカールも一緒でいいかしら?」
「も、もちろんです」
アメリアが答える。
いつの間にかこちらを向いていたカリーナたちもうんうんと頷く。
「では私も一緒にいいかな?」
ユリウスも話に加わる。一瞬言葉が詰まりそうになりながら「もちろんですわ」と答えた。
「シェルリン、僕は二人で食べるつもりだったんだけど?」
「二人はダメと言ったではありませんか。噂になりますわ」
「気にしなければいいだろう?」
少し強引なカールの様子に、何か腑に落ちるものがあった。
カールはきっとライのことを知らないのだ。
家を継ぐ気のないライは分家のふりをしている。
だからきっとカールもライのことを本当の後継だと知らないのだろう。きっと。
でも…と、シェルリンは思う。
後を継ぐのはライの方が絶対良い。長子が継ぐのが当たり前であるし、ライは頭もよく、魔術の扱いも上手い。
それに何より、記憶のないシェルリンに比べればライの方が絶対適任だ。
二つの授業を終えて、シェルリンたちはゾロゾロと食堂へ行く。
向かっているうちにマリーやナターシャ、ミランダとも出会い、本当に大所帯だ。
今日のおすすめはサーモンのパスタということで、皆でパスタを食べる。
食べながら話す内容は、自然とこの前の建国祭の話になる。
「そういえば、トビアス先生からまた行く機会はないのかと聞かれましたわ」
そうミランダがいえば、マクスウェルが「毎週は無理だが、これから定期的に行こうと思っている」と口にする。
「可愛いのでしょう? トーマが」
クスクス笑いながらカリーナが言えば、皆が笑顔になる。
あぁ、そういえば……トーマがマクスウェルに頭を下げていた。ユリウスとのことですっかり頭から飛んでしまっていたが、トーマは絵を描くのがすっかり好きになったらしく、紙芝居の絵を描いたマクスウェルの後をついてまわっていたのだ。
それに、トビアス先生が再び東の孤児院に行きたいのはフロルの腕を治した魔術師を見つけたいからではないだろうか。
それについてはもう忘れろと言われたけどれど、どうも気になった。
だって……体を治療したり、精神に作用する魔術はない。
それは当たり前の話。だが、実際にフロルの腕は治っている。
ならばあるのではないだろうか。
記憶をなくす魔術だって。
ユリウスとフルーツサンドを頭から追い出そうとすれば、思い出すことはトビアスとフロルのことだった。
それで考えすぎて、そう気がついた。
「私も行こうかしら」
フロルのこともう少し何か聞ければいいのだけど。
そう思いながら呟いた言葉をカールとユリウスが思案顔でみていた。




