56.【禁珠】?これか?
「バーンさん?」
バーンさんの顔色は悪い。
「すみません。あまり思い出したいことではありませんので……」
「私が話すわ。」
バーンさんを支えるように立ったヴァネッサさんが言う。
気丈にはしているが彼女の顔色も悪い。
「あの黒い靄に精神異常としか思えない言動。……あれは【禁珠】を使用している者の特徴です。」
「【禁珠】だって!?」
思わず聞き返してしまう。
それくらい突拍子もない話だった。
「……使った奴を見たことがあるのか?」
俺の言葉にヴァネッサさんは無言で頷く。
【禁珠】と言うのは魔道具の一つなのだが、各国で使用が禁止されている危険なものだ。
曰く、使用者や周囲の人間に著しい損害を与えるということなのだが、実際に使用されたケースは非常に少なく、その実態がどういったものなのかというのはよくわかっていない。
「【禁珠】を使用するとあのような靄が体から発生するのです。……そして力を得る代わりに使用した【禁珠】に対応した精神崩壊が起こります。」
俺はトーラスを見る。
目は血走り、焦点は合っていない。
「魔石を寄こせってんだろうが!!切り殺すぞ!!」
トーラスは炎が立ち上る長剣を振り回し始める。
いよいよ襲い掛かって来そうな雰囲気だ。
「オルカ、話は後だ。【禁珠】の話は合っているかわからんが、トーラスの状態は普通ではない。他の『紅蓮の剣』のメンバーがどうしているのかも気になる。ここはまずあれを無力化するべきだろう。」
グレゴリオがいつものような大声でなく、非常に真剣な声でそう提案してくる。
俺も剣を構える。
「なんだぁ!?やる気か?……最初っからこうしてればよかったぜ。」
俺達が身構えたのを見て一瞬怒りを現したトーラスだったが、すぐにその顔はニヤついたものに変わる。
トーラスも剣を構える。
その刀身は激しく燃え盛り始めた。
「【筋力低下】【敏捷低下】」
俺は先制してトーラスに能力低下をかける。
抵抗された感覚もない。
だが、次の瞬間、トーラスは信じられない速度で切りかかってきた。
「なっ!?」
咄嗟に俺は剣を掲げてトーラスの剣を受け止める。
だが、その剣から発せられる炎をまともに浴びてしまう。
前後不覚に陥ると共に全身に激痛が走った。
俺は無詠唱で【治癒】を唱えながら転げるようにして炎から脱出する。
「オルカさん!!」
イリアナの叫ぶ声が聞こえる。
「俺は大丈夫だ!!それより能力低下の効果が薄い!!気を付けろ!!」
俺は自身の状態を確認する。
冒険者用の装備は基本耐火性の高い材料や処理がしてあるため、燃え尽きたりはしていない。
ただ、熱を遮断することはできないので防御性能があるわけではない。
「ああ?なんで死んでねぇんだ?」
一方のトーラスは不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
かつての仲間を手にかけようとしていることに対して感情の揺れは見えない。
「トーラス!!お前は【禁珠】を使用しているのか!?」
今の状態のトーラスが会話に応じるかは分からないが、俺は頭の中を整理するための時間稼ぎに出た。
能力低下が効いていない理由。
コイツを無力化する方法。
まずはこの二つを考えなければいけない。
しかし、俺の思考が進むことはなかった。
「【禁珠】?これか?」
そう言ってトーラスは左手の小手をずらしてそれを見せる。
そこには、黒く光る球体が腕にめり込むようにして存在していた。
それを見た俺は言葉を失っていた。
まるで人と一体化しているように見えるが、そんな使い方をする魔道具を俺は知らない。
「これはいいぞ?これを使ってから力がどんどん湧いてくる。最強になれる力だ。さすが40階層ボスのドロップ品なだけはある。」
「40階層ボスだと?」
それは俺が『紅蓮の剣』に居た時の話になる。
なんといっても『紅蓮の剣』はその40階層ボスを突破したためAランク認定されているのだ。
その時は魔石がドロップしただけだと他でもないこのトーラスが言っていた。
虚偽の申告をしていたのだと今になって漸く気が付く。
俺が能力低下をかけたボスに炎獄火炎剣で止めを刺したトーラスが最もボスに近い所に居て、俺達にトーラスの言葉を疑う者はいなかった。
一瞬、俺を追い出したのはその【禁珠】を使用して精神が蝕まれ始めたからかと思ったが、俺が疎まれていたのは40階層を突破する前の話だ。
追い出しが実行されたのが【禁珠】のせいであるという可能性は残るが、そうでなくともいずれ同じ結果になったのだろうと思う。
むしろイリアナとレイラの2人に会えたのだからこのタイミングだったことに感謝しなければならないかもしれない。
俺は思考が逸れたのを感じて頭を振る。
この語り掛けは俺の思ったような効果を発揮はしなかったが、予想外に突破口のヒントを導き出していた。
俺は横目でグレゴリオを見る。
グレゴリオはその視線を受けて頷き、自身の左手を切るジェスチャーをする。
その動作はトーラスには見えていない。
俺は静かに頷く。
そう、このトーラスの腕を切り落とせばいいのだ。
そうすれば【禁珠】は身体から切り離され、トーラスがその影響下から外れる可能性は高い。
能力低下が効いているかは不透明なままだが、抵抗されていないのならやりようはある。
俺は話は終わりとばかりに再び剣を構えたのだった。
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