35.嫌だ
side.イリアナ
あれ?
ここは?
気が付くと白い天井が目に入る。
頭に靄がかかったように思考がまとまらない。
「気が付いたか?」
声をかけられた方を向くと、そこには我らが『黎明の光』のリーダーが椅子に座ってこちらを覗き込んでいた。
椅子はもう一脚あり、そっちにはミリカさんが座っている。
ミリカさんが心配そうな顔で立ち上がり、私の顔を覗き込んでくる。
何を心配されているのだろうか?
頭の中の靄を必死に追い払う。
少しずつ意識がはっきりし、残っている最後の記憶も呼び起こされる。
「模擬戦っ!?」
反射的に起き上がろうと上半身が跳ね上がる。
そして、あたしの頭とミリカさんの頭がゴツンという鈍い音とともにぶつかる。
「……!!??」
「痛ったーい!!」
ミリカさんはそのまま私の布団の上に突っ伏し無言で悶える。
あたしは視界がチカチカと明暗して絶叫した。
「……何やってんだ。」
オルカさんはそんな私たちに若干呆れながらも【治癒】で回復してくれる。
一瞬で痛みが引き、頭の中もクリアになる。
「一応怪我は治したはずだが、痛みが残ったりするところはあるか?」
オルカさんに言われて気付く。
左腕が動くことに。
あたしの記憶の中ではグレゴリオさんの一撃を受けた時に折れたはずだった。
オルカさんの【治癒】は骨折も治せると言っていたが本当だったようだ。
いや、別に疑っていたわけではないが……
「オルカさん。ありがとう。」
お礼を言ってベッドにもう一度横になる。
天井を見上げながら模擬戦の記憶をもう一度手繰る。
「……負けちゃった。」
「悔しいか?」
投げかけられた言葉に無言で頷く。
「私も、悔しいです。」
オルカさんとは別の方から声がしてそちらを見ると、あたしと同じようにベッドに横たえられたレイラがこっちを見ていた。
どうやらあたしと同じような状況になっているようだ。
「相手は格上だし負けたのは仕方ない。……と言いたいところだが、実際にはいきなり格上との戦闘に陥ることはある。魔物相手でも、人間相手でもな。俺たちにできるのはそう言ったケースに陥らないように普段から気を付けることと、それでも戦闘になった時の為に備えることだ。」
オルカさんの言う事は良く分かる。
二コラたちに付きまとわれ、あまつさえ街を出た所で襲われた経験のあるあたし達には。
あの時はオルカさんが居たから事なきを得たけど、『黎明の光』結成前にレイラと2人で街を出ていたらどうなっていたか……
「だが、そこまで悲観することはない。イリアナもレイラも、この1週間でちゃんと強くなっている。それも凄いスピードでな。慢心することなくその力を磨き続けると良い。」
オルカさんの話し方に違和感を覚える。
どこか他人事のような……
「オルカさん、どういう意味ですか?もっと私達を鍛えてほしいです。」
レイラも同じ感覚を覚えたようだ。
珍しく少し焦っているように感じる。
「と言っても契約期間の1週間は今日で最後だぞ。」
オルカさんは何を言っているんだとでも言わんばかりの表情だ。
だが、私達はその言葉に困惑し2人顔を見合わせる。
レイラも良く分からないようなので意を決して口を開く。
「契約期間ってなに?」
あたしの質問に今度はオルカさんが困惑する。
「俺を雇っただろ?養成所卒業後もまだ不安があるから先輩冒険者の引率をって。俺はミリカさんからそう聞いているが……」
「いえ、あたしたちは普通にパーティメンバーとしていい人が居ないかと言うのをミリカさんに相談していただけなんですけど……」
オルカさんとあたし達の視線が今もまだ布団に突っ伏しているミリカさんに注がれる。
ミリカさんはすっと起きあがり、椅子に座る。
そしていつもの営業スマイルで首をかしげる。
「なんのことでしょう?」
「あー!!すっとぼけた!!」
オルカさんはため息をついている。
どうやらあたしたちはミリカさんの策略で引き合わされたようだ。
1週間気付かなかったのもどうかと思うが。
「引率……と言うつもりでオルカさんは私達に色々手ほどきをしてくれていたという事ですか?いずれはパーティを脱退するつもりで?」
レイラの言葉が胸に突き刺さる。
オルカさんは最初からパーティに残るつもりではなかったのだ。
この後オルカさんがパーティを抜けるという現実が近づいていることに気付く。
「嫌だ。」
口を突いて出たのはポジティブでもない、ただのわがままな言葉だった。
オルカさんが居なくなると想像して気持ちがはっきりした。
確かな実力を持ちながら、傲慢になることなく周りに気を配ることができる人。
怪我をすればしっかり心配もしてくれるし回復もしてくれる人。
それでいて甘やかすことなく厳しく指導をしてくれる人。
あたしを貴族家の令嬢であるとか、女性冒険者とかではなく、しっかりとイリアナとして見て付き合ってくれている彼といる時間は楽しかった。
あたしは彼に惹かれていたのだ。
あたしの言葉にミリカさんは若干驚いた顔をした後、少し微笑んだ。
いつもの笑顔より、その微笑みは優しく見えた。
「大丈夫ですよ。オルカさん、イリアナさん、レイラさんで『黎明の光』のパーティ登録をされたでしょう?あのパーティ申請には特記事項が付いていまして、パーティの脱退には他のパーティメンバーの同意が必要となっています。」
え?どう言う事?
「つまり、オルカさんはイリアナさんとレイラさんの同意が無ければ『黎明の光』を脱退できません。」
「ミリカさん!!ナイス!!」
思わずあたしはミリカさんにサムズアップを決める。
オルカさんもそのことに気付いていなかったようで、驚いている。
だが、レイラだけは複雑な表情をしていた。
「ミリカさん、最初からそう言うつもりだったんですね。ですが、オルカさんの気持ちが無いのに名前だけパーティに縛っても意味はないでしょう。」
そう言われるとその通りだ。
ではどうするか。
あたしに迷いはなかった。
「オルカさん!!正式にあたし達とパーティを組んで下さい!!今はまだ弱くても……必ず強くなります!!」
あたしはベッドの上で頭を下げる。
「私からもお願いします。」
レイラの声が聞こえる。
おそらくあたしと同じように頭を下げているのだろう。
しばしの沈黙。
オルカさんがいったいどんな表情をしているのか、怖くて顔を上げることが出来ない。
「……まぁ俺も別に行くところがるわけではないしな。これからもよろしく頼む。」
思わず顔を上げる。
そこにはあたしたち達と同じように頭を下げているオルカさんが居た。
「やっ……たー!!」
あたしは両手を突き上げて喜びを表現する。
これでまだ、オルカさんと一緒に居られる!!
だが、その喜びは長くは続かなかった。
医務室の扉が開け放たれ、一人の人間が駆け込んでくる。
先程まで模擬戦をしていたヴァネッサさんだ。
「オルカさん!!私とお付き合いしていただけないでしょうか!!」
彼女はオルカさんの目の前に跪くと、胸の前で手を組み、ナチュラルな上目遣いで懇願するような表情を作りそんなことを言った。
恋敵の登場!?
あたしの危険察知センサーが大音量で鳴り響いていた。
今回はイリアナさん回です。
普段明るい彼女の暗い言葉は刺さるものがありますね。
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