34.私、決めました
side.バーン
模擬戦が終わった後、オルカさんとベンさんが何かを話している。
オルカさんはその会話が終わるとそのまま闘技場を後にした。
イリアナさんとレイラさんが運び出された後を追ったので医務室だろう。
私は這いつくばった状態から上体を起こして、しかし立ち上がれずに座り込む。
見ればヴァネッサもグレゴリオさんも立ち上がれないでいるようだった。
「お疲れさん。悪かったな。観客集めさせてもらって。」
ベンさんがそんなことを言いながら近づいてくる。
私達にはその旨事前に相談があったのだ。
曰く、オルカの実力をある程度周知させておきたいという事だった。
私達もオルカさんが全力で相対してくれない可能性がある事は懸念していた。
何せただの模擬戦で、彼には私達と戦う理由すらないからだ。
観客を入れることでその可能性が少しでも上がるならとその話に乗ることにしたわけなので、ベンさんが謝るようなことではない。
唯一の気がかりは、この模擬戦に何の見返りもなく参加を申し出てくれたグレゴリオさんに関することだ。
多くの観客が見ている中、もし一方的にやられることがあれば彼の名誉に関わる可能性があったからだ。
だが、その心配はいらないだろう。
オルカさんには文字通り手も足も出なかったわけだが、その前の立ち回りでイリアナさんを倒した戦いは見事だった。
イリアナさんもレイラさんもこちらが思っている以上の力を持っていたのもプラスに働くだろう。
特にイリアナさんの切り札の魔剣。
練度は仕方ないにしても、感じる威圧感は本物だった。
私だったら能力向上がかかっていても薙ぎ払われていただろう。
それを真正面から受けきったのは流石としか言いようがない。
これは観客も同じ感覚を持ったに違いない。
少なくともグレゴリオさんの名誉については私達が懸念するようなことにはならないだろう。
「どうだった?オルカの本気の魔術を受けた気分は。」
今もなお立ち上がる事の出来ていない私達に向けてベンさんが感想を尋ねてくる。
「正直、予想以上でした。」
ヴァネッサもグレゴリオさんもその感想に頷き同意を示す。
「第八階位魔術を無詠唱というのにも驚きましたが……」
これは【視力喪失】【触覚喪失】の2つの魔術の事だ。
ヴァネッサでは詠唱しても行使できないレベルの高位魔術。
あれを食らった時の感覚を思い出し、いやな汗が流れる。
出来ればもう二度と経験したくない体験だった。
だが、本当に驚いたのはそこではない。
続く言葉はヴァネッサの口から紡がれた。
「【恐慌】【筋力低下・零】【敏捷低下・零】の3つは独自魔術でしたね……1人の魔術師がその人生をかけて1つの独自魔術を創り上げられるかどうかと言うのに……」
「まぁあいつは特異だな。俺もあいつがいくつ独自魔術を持っているのかは知らんしな。」
「【治癒】もそうでしょう。」
私の言葉にヴァネッサが頷く。
「オルカさんの【治癒】は私の能力低下を解除していました。普通の光属性魔術の【治癒】にそのような力はありません。」
つまり、彼は今の模擬戦の中で4つの独自魔術を披露してくれていたという訳だ。
あの若さで、いったいどうやったらあのような極地へと達することが出来るのか。
想像もできない。
元々は私達がより強くなるためのヒントが得られればと思っていたのだが、異次元過ぎて逆に道を見失った気分だ。
だが、見えたと思っていた天井がきれいさっぱり無くなった感じもある。
どこか気分は晴れているように感じていた。
「そう言えば、ベンさんはなぜオルカさんの実力を周知させたいと思っていたんですか?」
こちらの問題が無くなったことで余裕のできた私は、疑問に思っていたことを尋ねる。
「まぁ俺があいつのことを昔から知ってて肩入れしてるってのが本音だな。ギルドマスターとしては力を持ってる冒険者には相応の仕事をしてもらいたいから、あいつみたいに実力を低く評価されてる奴が居ると困るって言うのもある。……裏の理由としては、あいつに絶望されると困るって言うのもあるな。」
「絶望、ですか?」
「ああ。あいつは『紅蓮の剣』をクビになって……ってこれは知ってたな。まぁ、実力不足でAランクパーティを追放されたって噂が立ってたんだよ。そう言った環境の中で、なにか事件や事故でも起きてあいつが敵になる。そう言う可能性をできるだけ減らしておきたかった。」
ベンさんはふざける様でもない至って真面目な口調でそう言い、闘技場を去っていった。
私は正直、戦慄していた。
言われれば分かる。
もし彼が敵となったら……
「ふむ。俺は難しいことは分らんが、オルカは良い奴だぞ?心配のし過ぎだとは思うが……。俺が怪我させたお嬢ちゃんの様子も気になるし、俺も医務室に行くぞ!!」
いつの間にか完全復活して立ち上がっていたグレゴリオさんはそう言って闘技場を後にする。
この数日グレゴリオさんとは共に迷宮に潜っていたが、明朗な彼の性格には好感が持てるし、何度か救われている。
今も、彼の一言で沈みかけていた気持ちをすくい上げられたようだ。
確かにオルカさんは悪い人ではなさそうだ。
「お兄様、私、決めました。」
闘技場に残っているのが私とヴァネッサだけになったタイミングで彼女が話しかけてくる。
私は少し驚き、そして彼女の意を理解した。
「彼に師事する気だな?確かに、補助魔術師としてあの人より力のある人はいないだろう。」
私達兄妹は力をつける必要がある。
事情があり追われる身である私達は、今は冒険者夫婦を装ってはいるがいずれ追手に見つかるだろう。
その時の為に備えて効率よく強くなるには強者に師事するのは正しい。
だが、私の予想は少し外れていたようだ。
「ええ、それもそうなのですが……その、彼の事が異性として気になっていまして……」
え?
何の話?
ヴァネッサ、顔が赤いぞ!?
「実は一目見た時から……私の好みど真ん中の容姿だなとは思っていたのですが、強さもさることながら、独自魔術を4つも編み出すその才能や後ろに見え隠れする努力。そしてそれをひけらかさない謙虚な人柄……素晴らしい御人です。」
ヴァネッサ!?
もうなんか表情がうっとりしているぞ!?
ちょっと待って!?
お兄ちゃん頭の整理が追い付かないぞ!?
ここでヴァネッサはコホンと一つ咳払いして姿勢を正す。
「私はオルカさんに交際を申し込もうと思います。操を捧げる所存です。」
お兄ちゃん許しません!!!!
私は声にならない絶叫をあげるのだった。
今回はバーンさん視点でした。
彼らの秘密を書く章ももちろん用意するつもりです。
お楽しみに!!
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