29.あたしやっぱり天才かも!!
「【治癒】ですか?オルカさんの事ですからてっきり能力低下のどれかだと思いました。」
「まぁ色々理由はあるが、『無詠唱』で使うのに適していたという言い方も出来るな。自分の体内の魔力を変換して自分に使う分には制御が必要な部分が極端に少ないから。」
「それは、自分に使用する分しか『無詠唱』で使えないという事ですか?」
レイラの質問に俺は頷く。
事実、俺の無詠唱魔術は自分を対象にした限定条件付きなのだ。
【沈黙】などをかけられても継戦できるように【治癒】を自分に使う分に特化して修練していたという事もあるだろうが。
「あれ?でもなんでオルカさんは【治癒】が使えるんですか?」
おっと。
「【魔力測定器】では属性魔術の適性が無いって結果が出てましたよね?つまり光属性魔術である【治癒】は使えないのでは?」
まぁそう言う疑問も出るよな。
答えは『回復魔術じゃないから』という事なんだけど、そのあたりの説明は上手く出来ない。
端的に言えば俺の【治癒】は補助魔術なのだ。
それも、能力向上でも能力低下でもない。
俺がこの魔術を覚えたのは8歳くらいの時だっただろうか。
あの人は俺が怪我をして迷宮から帰るとめちゃくちゃ怒る人だった。
回復魔術が使えないからその怪我はポーションで治す必要があり、そのポーション代がかさむのを怒っていた。
いや、正確にはポーション代に消えていった酒用の金だったか……
まぁそんな中、連日迷宮に潜らされていた当時の俺が、あの人に怒られないように開発したのが俺の【治癒】という訳だ。
これは、言ってしまえば能力値をデフォルト値に変化させるという、能力向上と能力低下の逆ベクトルの術だ。
能力向上で向上した筋力値も、能力低下で低下した敏捷値も本来あるべき数値に再変換する、いわば第三の補助魔術。
そしてその魔術は、身体的特徴に限りこちらもデフォルト状態に変化させるという特性を持っていた。
つまり【麻痺】といった能力低下によってマヒした神経だけでなく、怪我をして傷ついた肌も、失った血も、本来あるべき状態へと変化するのだ。
見た目は回復魔術と遜色ないことから、俺はこの魔術を【治癒】と呼称することにした。
これのおかげであの人に怒られることが無くなったことは言うまでもない。
「まぁ【魔力測定器】も100%の精度があるわけじゃないし、複数属性の適性がある場合は第2属性以下の反応が見れないって事も報告されているから、そう言う事かもな。」
とりあえず俺は適当に誤魔化す。
「なるほど、第1適性が補助魔術で、第2適性が光属性だったという事ですか。」
レイラは納得したように頷いている。
まぁ実際その可能性もある。
俺はそう思う事で本当のことを言わない罪悪感を紛らわせた。
予想外の事が起こったのはこの直後だった。
「【石弾】!!」
俺の視界の端を小さな石弾が飛んでいく。
続いてガラスの割れる音。
「うわ!!出来た!!」
驚いて声のする方を見ると、自分の右手をまじまじと凝視しているイリアナが居た。
ちょっと待て?
まだ『呪文詠唱』すら教えてないぞ?
今呪文名しか聞こえてない……まさか『短縮詠唱』をいきなりやってのけたのか!?
俺が驚いて声を出せないでいると、イリアナはニシシという笑顔でこちらを向く。
「オルカさん!!出来たよ『短縮詠唱』!!あたしやっぱり天才かも!!」
天才かもではない。
間違いなく天才だ。
『呪文詠唱』すらせずに『短縮詠唱』を成功させたという事は、魔術の行使による魔力変換をイメージだけで完全に理解しているという事だ。
俺はそんなことが出来る魔術師を寡聞にして知らない。
「イリアナ。それは本当にすごいことだ。誇ってもいい。……だが、何故窓を標的にした?」
「あ。」
イリアナも気付いたようだ。
俺は背を向けているから感じているのは視線だけだが、窓ガラスを割られた『まぐまぐ亭』のオーナー、リンカさんが凄い怒気を含んだ熱視線を送ってきている。
「オルカ君、イリアナちゃん。ちょっとこっち来てくれる?」
「「はい……」」
この後こってり絞られたのは言うまでもない。
「【土壁】!!」
イリアナが魔術を発動する。
彼女の少し前、足元から土で出来た壁が生成……されかけて崩れて消える。
「はぁ……。上手くいかない。」
「しょげてる暇はないぞ。魔力が切れるまでだ。もう1回。」
「はい!!」
イリアナにまず覚えさせようとしている魔術は2つ。
攻撃魔術の【石弾】と防御魔術の【土壁】だ。
【石弾】には驚くべき適性を見せていたが、【土壁】には苦戦を強いられている。
共に第一階位魔術で難易度は高くないが、ここまで習得に差が出るのも珍しい。
まぁ【石弾】が異常だっただけで、今のイリアナの状態が魔術初心者の本来の姿だろう。
横を見ればレイラが『呪文詠唱』での【治癒】を練習している。
こちらも詠唱さえすれば多少の傷は癒せるといった程度で、『短縮詠唱』として戦闘中に使えるようになるには時間が必要そうだ。
しばらくすれば2人とも魔力が切れて呪文を行使できなくなるだろう。
そうなったら次は武具を使った戦闘訓練だ。
3日後の対人戦に向けて休む暇などない。
相手はBランク3人でこっちはAランク1人とEランク2人。
誰が見ても勝ち目の薄い戦いではあるが、簡単に負けてやるつもりもない。
確実に一泡吹かせて、あわよくば勝ちに行く。
俺はこの引率の仕事の、その集大成の光景を想像しにやりと笑った。
リンカさんが起こると怖いです。
ベリルさんが怒っても怖いですが、リンカさんの方が怖いです。
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