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その顔は悲しみに 002



 マナカさんの作ってくれたご飯は、きっと世間一般的に見て美味しい料理ではなかったと思う。けれど、食事を終えた私はとても満たされた気持ちになっていた。


 やっぱり、自分のために作ってくれたご飯というのはいいものである……モモくんやニトイくんが作ってくれた時もそうだったが、今まで食べたどの料理よりも温かく感じたものだ。


 ちなみに、ニトイくんはブーブーと文句を垂れながらも(味付け大雑把すぎ! など)、お皿についたソースまで残すことなく完食していた。彼も中々素直じゃない。



「じゃ、僕は食後の運動でもしてくるよ」



 ごちそうさまの挨拶もそこそこに、ニトイくんは足早にリビングから飛び出していく。



「……忙しないですね。もう少し食休みしてから外に行った方がよさそうなのに」



「彼は見ての通り、素直じゃないですから。きっと、イチのことを探しに行ったんだと思いますよ」



 マナカさんは優しく微笑みながら、ニトイくんが散らかしていった食器を片付けた。



「……みんな、仲間想いですね」



「家族みたいなものなので」



 家族、か。


 ナンバーズ計画のお陰とは、口が裂けても言えないだろうけれど。


 彼らみたいに、他人であっても深い絆で繋がっている関係を――正直、羨ましがらずにはいられない。



「モモくん、食べに来なかったですね」



「モモはああ見えて繊細ですからね……いえ、見た目は少女のようだし、繊細には見えますか。あ、今のは内緒ですよ」



 シーッと人差し指を立てるマナカさんは、珍しく意地悪な笑みを浮かべた。



「さて……私はやることがあるので、奥の部屋に行かせてもらいますね。レイさんは是非気兼ねなく自由に過ごしてください。ただし、この家から外には出ないように」



「あ、はい。ごちそうさまでした」



「お粗末様です」



 リビングを離れる彼の背を見送りながら、私はボーっと椅子に座り続けていた。


 自由に過ごしてと言われても、さしてやりたいこともやるべきこともない……強いて言えばお風呂に入りたいが、それはまあ隙を見て考えるとして。



「イチさん……」



 手持無沙汰な私の頭に自然と浮かんだのは――イチさんだった。


 彼は今、どこにいるんだろう。


 アッパーのことも仲間だと思っているイチさんにとって、クオンさんの死は衝撃的だったのだろう。けれど、あの人は私を攫おうと襲ってきた相手だし、申し訳ないが少しも同情の余地なんてない。



「……でも、イチさんだって最初は私を殺しにきたのよね」



 そう考えれば、もしかしたらクオンさんとも仲良くできたのかな? 客観的に見れば、私は自分を殺そうとしていた人たちと一つ屋根の下にいるわけだし……私を拉致しようとしていたクオンさんと仲良くなっても、不思議はないのかもしれない。


 まあでも、そんなことは考えるだけ無駄だった。


 彼は既に――この世にいないのだから。


 そしてイチさんは、その死に思うところがあって隠れ家から出ていったのだろう。



「……みんな殺し屋なのに、優し過ぎだよ」



 ここ数日、彼ら「カンパニー」と過ごしてきて感じたのは、優しさだけだった。


 躊躇なく人を殺せる彼らは、同じくらい理由なく仲間を大切にしている。レイ・スカーレットも、偶然その優しさに触れることができているけれど……こんなに奇妙な状況もそうはない。


 奇妙で――危うい。


 そんな殺し屋との共同生活が成立しているのは、偏に私が不死身だからに他ならないのだ。


 生まれてからこれまで、自分の体質を好きになれなかったけど……今初めて、不死身でよかったと。


 そう――思えている。



「レイちゃん」



 不意に、背後から声を掛けられた。


 振り向けば、全身真っ白な服に身を包んだ、長身の美男子が立っている。



「イ、イチさん……」



「美味しそうな匂いだね。マナカが作ったの?」



 彼は軽快に鼻歌を歌いながら、マナカさんが作り置いていた鍋を覗きにいく。その様子は、いつも通りのイチさんでしかない。



「あの……みんな、心配してましたよ。イチさん、急に飛び出して行っちゃったから」



「……そうだよね。後でちゃんと謝らないと」



 細く長い指で頭を掻きながら、彼はバツが悪そうな顔をする。



「モモ、まだ上にいるかな」



「多分、いると思います。夕飯も一緒に食べなかったので」



「そっか」



 短く呟き、イチさんは頭上を見上げた。モモくんとの間にどんなやり取りがあったかは知らないが、彼の瞳を見る限り、どうやら怒っているわけではないらしい。



「レイちゃんはさ、クオンのことどう思った?」



 突然クオンさんの名前を出され、虚を突かれた私はビクッと身体を震わせてしまう。


 まさかイチさんの方からその話題を振ってくるなんて……どう思った、か。



「……正直、怖かったです。死なないはずの私が恐怖を覚える程、怖かった」



 ここで取り繕っても仕方がないと思い、私はあの時感じたことをそのまま伝える。



「そうだよね」



 こちらに背を向けたまま、彼は小さく呟いた。


 少しだけ、悲しそうな声で。



「俺にとって、クオンは友達だったんだ。クオンだけじゃない、ヤジだって友達だ。モモたちはアッパーを嫌ってたけど……俺にとって、あの研究所にいたみんなは大切な友達なんだ」



「……」



「でも、ヤジもクオンも、レイちゃんのことを襲った。ニトイのこともマナカのこともモモのことも襲ったんだ……でも、俺はまだあの二人のことを友達だって思ってるんだよ。それって、いけないことなのかな」



 そう言って振り向いたイチさんの顔は、とても悲しそうで。


 私は彼を見て――美しいと思った。



「……いけないことなんて、ないと思いますよ。きっと、イチさんは優しいんだと思います。他の誰よりも仲間想いで、優しい人……だから、ヤジさんやクオンさんのことを無理に嫌いにならないであげてください。今の優しいあなたを、否定しないであげてください」



 彼に投げかける言葉として適切だったかはわからない――けれど、素直な気持ちをぶつける方が大切だと、そう思った。



「……」



 イチさんは黙ったまま、こちらに近づいてくる。


 そして、椅子に腰かけたままの私を、優しく見下ろす。



「ねえ、レイちゃん」



「な、何でしょうか」



「キス、してもいい?」



 彼に見つめられた私は、小さく頷く。


 初めてのキスは、ほんのり苦かったけれど。


 二回目のキスは――とても温かく、少し、しょっぱかった。



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