その顔は悲しみに 001
「おかえりなさい、モモ、レイさん」
隠れ家に戻った私とモモくんを最初に出迎えてくれたのは、エプロンを身につけたマナカさんだった。花柄の可愛い模様と彼のゆるふわな雰囲気がとてもマッチしている。
「マナカさん、身体はもう大丈夫なんですか?」
「ええ、お陰様で……それよりもレイさん。外から帰ってきたら、ただいまですよ」
そう言って、彼は純粋無垢な目で微笑みかけてきた。
「……た、ただいま、です」
「はい、おかえりなさい」
マナカさんは再びおかえりと言って、目を細める……挨拶としては知っていたけれど、誰かに面と向かってただいまと言うのは、何気に初めての経験かもしれない。
胸の辺りが、何だかちょっと痒くなった。
「モモも、おかえりなさい」
「……気分じゃねえ」
モモくんはぶっきらぼうにそう告げて目を逸らし、ドンドンと音を立てて二階へと上がっていく。
「おや、どうやらご機嫌斜めのようですね」
彼の素気ない態度には慣れっこなのだろう、マナカさんは特に気にした様子もなくモモくんの背を見送った。
「……あの、そのエプロン、どうしたんですか?」
モモくんが不機嫌になっている原因を知っている私は、話を逸らすように話題を変える。
「ああ、これですか。今日は久しぶりに人数が揃って食事できそうなので、不肖この私が夕飯を作ろうと目論んでいるんですよ」
「マナカさん、料理は作れないって言ってませんでしたっけ」
「とても不得手ですね。ですが、みんなの喜ぶ顔が見たいので頑張ってみようと思いまして」
料理を苦手だと自覚しているのに、みんなのために頑張るなんて……この人、やっぱり優しい人だ。
いや、マナカさんだけじゃない。
イチさんもニトイくんも、もちろんモモくんだって――みんな優しい人間だ。
彼らが普通と違うのは、人を殺してしまうというところだけ。
「マナカには無理だってー。レイも不安そうな顔してるじゃん」
リビングの奥から不満げな声が聞こえる。
見れば、ニトイくんがソファに寝転がりながら大きな欠伸をしていた。これが落ち着くと言っていた少年の姿をしている彼は、緑色の瞳をこちらに向ける。
「あ、ニトイくん。もう身体は大丈夫なの?」
「何ともないよ。レイには格好悪いところ見せちゃったね」
「そんなこと思ってないよ」
「君が思ってなくても僕は思ってるの……ヤジの奴、次会ったら絶対殺す」
ニトイくんは眼光鋭く、物騒なことを口走った。彼らが殺すと言ったら、それは掛け値なく命を奪うという意味であって、決して冗談やレトリックの類ではない。
「今日は大変だったでしょ。モモに付き合ってると気疲れするだろうしね」
「まあ、山道を歩くのは疲れたかな……」
山を下りてからも一悶着あったけれど、あれは疲れたというか衝撃というか……精神的疲労ではあるのだろうか。
「……何かあったの?」
無意識に含みを持たせてしまったことに気づき、ニトイくんは短く問うてくる。他人に成り代わることを得意としている彼は、他人の些細な表情の変化に敏感らしい。
「えっと、実は……」
私は、先程あった出来事を二人に伝えた。クオンさんが私を狙って襲ってきたことと、モモくんが彼を殺したこと。
「……」
二人は数秒の間沈黙し、何とも言えない表情を浮かべる。
「……クオンが、そうですか。それは大変でしたね」
「あ、いえ。私は全然……」
「いくら不死身とは言え、人死にを近くで見るのはこたえるものがあるでしょう」
マナカさんの気遣いを否定しかけたが、しかしモモくんが死んでしまったと勘違いした時、確かに私は動揺した。
自分の元婚約者が死んだ時には、何も感じなかったのに。
「クオンね……殺したってなると、問題はイチだな」
「イチさん?」
「ああ。イチはアッパーのことも仲間だと思ってるから……多分、荒れるよ」
ニトイくんが言い終わるのと同時に。
二階から――衝撃音が響き渡る。
「待て! イチ!」
そう叫んだのはモモくんだろう……直後、ガラスが割れる音が耳に届いた。
「ほら、言わんこっちゃない」
静かになった部屋の中で、ニトイくんの言葉だけが、虚しく宙に浮く。




