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エピローグ



「おい、起きろ」



 新しい隠れ家で一晩を明かした翌日――気持ちよく寝ていたところを誰かに叩き起こされた。この手馴れた蹴り方は、きっとモモくんだろう。



「んー……」



 私は閉じたままの瞼をこすりながら、意識のギアを上げていく。


 イチさんと話した後の記憶が朧げだ……確か、睡魔に襲われた私を彼が一階奥のこの部屋に連れていってくれたんだっけ。昨日は山を下りたりクオンさんに襲われたり散々な一日だったので、つい着の身着のまま熟睡してしまった。



「いつまで寝ぼけてやがる」



「……モモくん、女の子の部屋に勝手に入っちゃ駄目でしょ」



「ここは俺らの隠れ家だ。つっても、もう出るけどな。早く起きて準備しろ」



「出るって、また違うところへ移動するの?」



「あんたを狙ってる『変革の魔法使い』とやらは、かなりのやり手らしいからな。念には念を入れて損はない」



 言って、彼は部屋を後にする。


 未だ寝ぼけた頭を無理矢理持ち上げ、私もリビングへと向かった。暖かな陽ざしが窓から差し込み、これからピクニックに出掛けるならどんなにいいかと思わせる天気だ。



「……他のみんなは?」



「ニトイとマナカは先に行って安全確認。イチはここの周囲を警戒してる」



 手際よく何かを準備しているモモくんの背中に話しかけながら、流水で顔を洗う……うん、大分すっきりした。



「イチさんと仲直りしたの?」



「ああ? 元々喧嘩なんてしてねえ」



「そっか」



 きっと私が眠ってから一悶着あったのだろうが、敢えて聞くまい。男の子はそういうことを隠したがる生き物だ。



「悪いが、今日は朝飯抜きだ。向こうについてからいくらでも食べさせてやるから、我慢しろ」



「料理、モモくんが作ってくれるの?」



「だから料理じゃねえって……マナカがやる気みたいだが、任しておけないからな。仕方なくだ」



 彼の手料理が食べられるとわかれば、多少の空腹なんて気にならない。楽しみができた私はわかりやすくご機嫌になり、その場でストレッチなんかしてみたりする。



「大丈夫そうだよ、モモ」



 不意に窓ガラスが開き、声が聞こえた。


 見れば、外の警戒をしてくれていたというイチさんが、にこやかな笑顔で逆さ吊りになっている……どこかの出っ張りに足でも引っかけているのだろうか、器用な人だ。



「あ、レイちゃんおはよー」



「……お、おはようございます」



 思わず目を逸らしてしまった。


 彼の方はいつもと変わらない調子なのに、私だけ不自然な態度を取ってしまうのは良くないとわかっているけれど……でも、昨日の今日だしなぁ。


 キス、しちゃったしなぁ。


 いやまあ、イチさんとは既に一回、不意打ち気味に唇をコツンと当て合ったことはあるのだが、あれはほとんど無意識の内に行われたものだった。しかし昨日のは確実に、レイ・スカーレットの意志が介在した状態での接吻である。


 恥ずかしい。


 よくもまあ、あんなことがあった後に爆睡できたものだ。



「ちょっとそこで待ってろ、イチ。俺も確認にいく」



 そう言って、モモくんは玄関へと向かっていった。



「……モモ、まだちょっと怒ってるかな」



「やっぱり、そういうのわかるんですね」



「付き合い長いからねー。レイちゃんはよく眠れた?」



「あ、はい。お陰様で」



 逆さの状態になっているからか、私は変に緊張することなくイチさんの目を見ることができていた。


 ……この人、どんな状態でも顔面が整い過ぎていて、ここまでくると溜息しか出ない。



「……どうしたの? 俺の顔に何かついてる?」



「いえ……例え何か汚れがついていても、イチさんなら問題なさそうです」



「?」



 彼は逆さのまま首を傾げ(器用だ)、曖昧な笑みを浮かべた。



「おい、イチ。こっち来い」



「はーい」



 モモくんに呼ばれたイチさんの身体が、すっと上に消えていく。


 隠れ家を移動する際の危険を排除するために、みんなが朝から動いてくれている……非常に心苦しいと同時に、心のどこかでその優しさを喜んでいる自分がいることに気づいた。



「よくないわよね、こういうの」



 頭ではわかっている。


 私の所為で、私が不死身な所為で、みんなに相当な危険とストレスを掛けてしまっていること……彼らの優しさに付けこみ、半ば利用する形で守ってもらっていること。


 わかっている。


 私は――卑怯で最低だ。



「……」



 昨日、マナカさんが作り置いていた夕飯の残りは、綺麗さっぱり無くなっている。きっと、モモくんとイチさんが食べたんだろう……本当に、殺し屋っていうより家族がしっくりくる人たちだ。



「家族、か」



 その単語からお父さんの顔を連想しかけ――頭を振ってイメージを追い出す。


 あの人には十七年間育ててもらった恩があるし、娘を売ったからといって憎んだりはしない。


 でも、もう家族ではないんだと思ってしまうのは……やっぱり卑怯なのだろうか。


 イチさんやモモくん、「カンパニー」のみんなの方を家族みたいだと感じてしまうのは――最低なのだろうか。



「……」



 考えていても答えは出ない。


 はきりしているのは――唇の温もりだけ。



「恋……」



 十七年間、他人と関わることなく生きてきた私は、恋に憧れてきた。


 身を焦がすような。

 骨を溶かすような。

 心を燃やすような。

 魂を輝かすような。


 そんな――恋。


 正直、元婚約者のデニスさんに対して恋心は抱いていなかった……でも、彼に恋しようと努力をした。


 結果的には、まあ、首をはねてしまうという幕引きになったのだけれど……それはおいておいて。


 私は今――恋をしているのだろうか。



「……イチさん」



 もしもこの気持ちが恋だとしたら。


 思い描いていたものとは、大分かけ離れた感情であると言っていい。


 だって。


 私の心は燃えるどころか――冷たく締め付けられているのだから。



「……」



 家族。


 恋。


 愛情。


 友情。


 人殺し。


 私の中を、ぐるぐると駆け巡る。


 それらをひとまとめにして名前を付けることは、どうやら今のレイ・スカーレットにはできそうもなかった。


 みんなと一緒にいれば。


 その答えも、見つかるのだろうか。




「レイちゃーん! そろそろ行くってよー!」




 玄関から、イチさんの溌溂とした声が聞こえてくる。


 私は腰を上げ、ワンピースの裾を整えた。



「今行きまーす!」



 考えることはいろいろあるし、解決しなきゃいけない問題も山積みだけど……今はとりあえず、彼らの優しさに全力で甘えよう。


 卑怯でも最低でも構わない――だって、私は夢見る乙女なのだから。


 我儘を言っても、少しは許してくれるはずだ。



「ったく、おせーんだよ」



「まあまあ、三人仲良く行こうよ、モモ」



「そうだよモモくん。ほら、笑って笑って」



「調子乗ってんじゃねぇ」



 外は眩しいくらいの晴天で、先を歩く二人を明るく照らしていた。


 私はその背を見ながら、小さく笑う。



 不死身の令嬢は、恋に恋して恋をしたい。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 不思議な物語でした 不死身の少女 と 殺し屋 でも家族みたいで …恋 ん〜そういうモノ でいいか(雑だな) 興味深く読ませていただきました ありがとうございました [一言] 誤字(恐…
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