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25話 ボス戦 魔都 

折れた黒旗の、さらに向こう。


 まだ姿の見えない何かが、こちらへ近づいていた。


 俺は斧を握ったまま、林を見た。


 木々の上から、鳥が飛び立つ。


 一羽ではない。


 いくつもの黒い点が空へ散り、その下で、森の一部がゆっくり揺れた。


 風ではなかった。


 木が、倒れていた。


 一本。


 その隣も。


 葉のついた大きな幹が、何かに押し分けられる。


 地面を通して、低い音が足裏へ届いた。


「……来る」


 誰かが、呟いた。


 俺も、同じことを思っていた。


 林の端から、黒い脚が出た。


 足が、地面へつく。


 土が沈み、近くの岩が転がった。


 続いて、もう片方。


 太い胴。


 岩のような皮膚。


 肩から突き出した、歪な角。


 顔を覆う外殻には、赤い亀裂が走っていた。


 告知で見た姿。


 でも、実際に見ると、全然違った。


「……でか」


 それ以上、言葉が出なかった。


【警告】


【最終侵攻ボスが出現しました】


【〈城喰い〉ガルムド】


【都市中枢への接近を阻止してください】


 城壁の鐘が、激しく鳴り始めた。


     ◇


 俺は、鑑定を使った。


 浮かんだ情報を見て、一度、息を止める。


【ボス情報】


名称:〈城喰い〉ガルムド

分類:巨角魔獣

Lv:160


HP:128,000/128,000


【特徴】


非常に大きな体と、魔力を帯びた外殻を持つ。

建造物を破壊しながら前進する習性がある。

頭部と肩の外殻は特に厚い。


【注意】


外殻の隙間や関節部は比較的攻撃が通りやすいが、通常の姿勢では届きにくい。

重心を崩されても、強靱な腕を使って姿勢を立て直す。


【その他の能力:情報不足】


「……十二万八千」


 声に出すと、隣のガランさんがこちらを見た。


「HPか?」


「はい」


 ガランさんは、もう一度ガルムドへ顔を向けた。


 少しだけ、口元が引きつる。


「……長くなりそうだな」


〈十二万!?〉

〈桁が違う〉

〈レベル百六十!?〉

〈修羅より上だぞ〉

〈あれが壁まで来たら終わる〉


 ガルムドは、こちらへ走ってこなかった。


 ただ、歩いていた。


 でも、一歩が大きい。


 小さな魔物が、足元を避けて左右へ散っていく。


 その向こうにあるのは、俺たち。


 さらに後ろには、ヴァルグの城門。


 ガルムドの目は、門へ向いていた。


 俺たちを見ていない。


 最初から、壊す物が決まっているようだった。


     ◇


「大型へ集中する部隊と、周囲を守る部隊を分ける!」


 指揮役の声が、列を走った。


「走狗を追って前へ出るな! 城壁上、ガルムドの脚を確認!」


 旗が動く。


 盾列が、左右へ広がった。


 俺たちの横を、予備の槍兵が通る。


 後ろからは、水と薬を持った人たちが下がっていった。


 戦う場所を、空けている。


 ゼルガさんが、前へ出た。


 大戦槌を、両手で持っている。


「まず、こっちへ向かせるよ!」


 声が響いた。


 ガルムドが、一歩進む。


 太い足首が、地面へつく。


 ゼルガさんは、その横へ走った。


 槌を、低く。


 腰を捻る。


 振り抜いた。


 音が、遅れて胸へ届いた。


 ガルムドの足首で、灰色の欠片が弾ける。


 巨体が、わずかに揺れた。


「お……」


 誰かの声。


 でも、倒れない。


 ガルムドが、顔を下げた。


 ゼルガさんを、見る。


 初めて、足元にいる相手を見た。


 腕が動いた。


 横へ。


 ただ、それだけ。


 ゼルガさんが槌を引き戻し、受ける。


 重い衝撃音。


 彼女の体が、地面を滑った。


 両足が、土を削る。


「……っ!」


 俺の足が、前へ出かけた。


 でも、ゼルガさんは倒れなかった。


 片膝をつき、顔を上げる。


 口元が、笑っていた。


「いいね……! こっちを見た!」


〈ゼルガさんが押された!?〉

〈あの槌受けて歩いてるのやばい〉

〈止めるんじゃなくて向かせたのか〉


 ガルムドが、少しだけ進路を変える。


 城門から、右へ。


 俺たちが戦ってきた、広い草地の方へ。


 指揮役が、すぐに叫んだ。


「右側、退避! 大型を引く! 道を空けろ!」


 俺たちは、走った。


 ガルムドへ、ではない。


 そいつの足が来る場所から、人を離すために。


     ◇


 地面へ、巨大な手が落ちた。


 土が、弾ける。


 俺は、顔を庇った。


 少し離れているのに、砂が籠手へ当たる。


 ガルムドは地面へ手をつき、体を支えていた。


 そのまま、反対の脚を前へ。


 一歩。


 城門からは、離れた。


 でも、止まってはいない。


「……どこを、崩します?」


 俺はゼルガさんへ声をかけた。


 彼女は右腕を一度回し、ガルムドの脚を見ている。


「両方は無理だ。片方を、決めよう」


 俺も、顔を上げた。


 左脚。


 膝の外側には、厚い殻。


 でも、曲がる内側は、暗い皮膚が見えた。


「左の膝裏、外殻がありません」


「見えたね」


 ゼルガさんが頷く。


「ただ、今のままじゃ届かない。あいつが踏み出すとき、脚に乗る重さを変えたい」


 上空から、翼の音。


 リュカさんだった。


 ガルムドの肩より少し高い場所を回り、こちらを見ている。


 伝令が、旗を振った。


 短い連絡が、空と地上をつなぐ。


 狙うのは、左脚。


 俺は、それを何度も頭へ入れた。


 左の膝。


 その裏。


 倒すことより、まず膝をつかせる。


 高すぎる顔を、俺たちが届く場所へ下ろす。


     ◇


 リュカさんが、ガルムドの正面を横切った。


 赤銅色の翼が、日を遮る。


 口元が、光った。


 炎。


 ガルムドの顔と肩へ、赤い流れが当たる。


 黒い外殻が、炎の中へ沈んだ。


 ガルムドが、吠える。


 低い声が、胸を押した。


 俺は、思わず足を踏みしめた。


 巨体が、顔を上げる。


 腕が伸びた。


 空のリュカさんへ。


「……今!」


 ゼルガさんが叫んだ。


 片腕が上がったことで、体が右へ捻れる。


 左脚へ、重さが乗った。


 その膝へ、城壁から矢が降る。


 魔法の光。


 火球ではなく、細く絞られた衝撃。


 硬い殻へ、何度も当たる。


 欠片が散った。


 でも、脚は立っている。


 ゼルガさんが、横へ入る。


 大戦槌が、膝の裏へ叩き込まれた。


 ガルムドの脚が、曲がる。


「っ……!」


 俺は斧を持ち上げた。


 だが、その前にガルムドの腕が戻った。


 地面へ、手。


 大きな掌が、体を支える。


 曲がりかけた膝が、また伸びた。


「……戻った!」


 誰かが叫んだ。


 俺は、鑑定の説明を思い出した。


 腕で、姿勢を立て直す。


 分かっていた。


 でも、実際にやられると、どうしようもなく大きかった。


     ◇


「前腕の下へ入るな! 潰される!」


 指揮役の声。


 俺は、足を止めた。


 あの腕を押さえたい。


 でも、羅刹腕を四本まとめて使ったところで、今の俺では止められないと思った。


 山の熊の腕ですら、真正面からは無理だった。


 こいつは、その何倍だ。


 俺は斧を握り直す。


「……足が戻る方を、遅らせます」


 ゼルガさんが、こちらを見る。


「糸と、一緒に」


 俺はイトを指した。


 白い体が、壁際ではなく草地を動いている。


 ユズリハさんも、その近く。


 二匹は、ガルムドの足へ直接飛びつこうとはしていなかった。


 大きな杭。


 地面に埋まった岩。


 太い縄を支える、固定用の柱。


 そこへ、糸を重ねていた。


 ただの蜘蛛の糸一本では、話にならない。


 それでも、何本も。


 違う角度から。


 脚が踏み直す瞬間だけ、遅らせるために。


「分かった。私は、膝を打つ」


 ゼルガさんが頷く。


「修羅。引きずられる前に、離れな」


「はい」


 俺も、頷いた。


     ◇


 ガルムドの足元へ、別の魔物が入り込んできた。


 黒鎧牙猪。


 夜から残っていた群れか、新しく来たのかは分からない。


 その後ろには、走狗。


 俺は、顔を向けた。


 ガランさんが、盾を上げる。


「そっちは、こっちが受ける!」


 猪がぶつかった。


 盾が、鳴る。


 隣の兵士も、盾を重ねた。


 一人で、全部を受けない。


 槍が、左右から入る。


 でも、猪はまだ進む。


 俺は、近くの走狗を一体斬った。


 そのまま、猪の脚へ斧閃。


 体が傾く。


 ガランさんが、押した。


 倒れた首元へ、槍。


【経験値を獲得しました】


 通知が、端へ出る。


 まだ、上がっている。


 俺は、その数字を見ずに前へ戻った。


 今は、ガルムド。


 でも、そのために周りの魔物も減らさなければならない。


 全員が、別々の相手を見ながら、一つの場所を守っていた。


     ◇


 二度目の合図。


 リュカさんが、今度は少し左へ回る。


 ガルムドの顔が、そちらを向いた。


 腕が上がる。


 その瞬間、俺は走った。


「左脚、入ります!」


 鬼力。


 腕の紋様が、赤黒く浮かぶ。


 鬼装。


 斧が、濃い赤を帯びた。


 羅刹腕を出す。


 一対の魔力の手を、脚の横へ。


 掴んで引き倒すのではない。


 傷ついた外殻の隙間へ、掌を添える。


 斧の刃を、膝裏の低い場所へ掛けた。


 上から、魔法が当たる。


 左膝の殻が、さらに割れた。


 ゼルガさんの槌が、内側へ。


 衝撃。


 膝が、曲がる。


「〈崩し〉!」


 俺は、横へ足を運んだ。


 前へ引いても、勝てない。


 体重に逆らえば、俺が飛ぶ。


 だから、傾く方向へ。


 刃を掛けたまま、体を回す。


 ガルムドが、脚を踏み直そうとした。


 白い糸が、一斉に張った。


 一本が、切れる。


 次も。


 太い杭が、軋む。


 でも、全部が同時に切れたわけではなかった。


 足が戻る、その半歩が遅れた。


 ゼルガさんが、もう一度槌を振った。


「落ちなっ!」


 膝が、地面へついた。


 大きな音。


 土が、俺の腰まで跳ねた。


 ガルムドの肩が、一気に下がる。


 顔が、近づいた。


〈膝ついたあああ!〉

〈倒した! いや、まだか!〉

〈糸、持ったぞ!〉

〈全員で落とした!〉


 俺は、すぐに斧を外した。


 魔力の腕も離す。


 ガルムドの手が、また地面へ来る。


 その下から、転がるように抜けた。


     ◇


 膝をついた。


 でも、倒れてはいない。


 ガルムドが片腕で地面を押す。


 顔が上がる。


 俺は、その首の下を見た。


 殻と殻の間。


 黒い皮膚。


 赤い亀裂から漏れる、光。


「……届く」


 呟く。


 ゼルガさんが、前腕を戦槌で打った。


 支えが、少し揺れる。


「攻撃するなら、今だよ!」


 俺は、走った。


 踏み込み。


 斧を、両手で振り上げる。


 首の下へ。


 刃が入った。


 硬い殻の感触ではない。


 深く、入る。


 ガルムドが吠えた。


 俺は斧を抜き、すぐに横へ。


 大きな顎が、こちらへ動いた。


 噛みつくつもりだ。


 顔の横へ、斧閃。


 赤い弧が、亀裂へ当たる。


 ガルムドが顔を振った。


 その風で、外套が持ち上がる。


 俺は、足を踏み直した。


 怖い。


 近くで見ると、余計に。


 でも、通る場所はあった。


「首の下、通ります!」


 俺は叫んだ。


「殻の間です! 正面より、横から!」


 指揮役が、すぐに伝える。


 城壁の魔法が、少し角度を変えた。


 槍を持つ兵士が、ガルムドの手を警戒しながら近づく。


 弓兵は、顔の亀裂を狙い始めた。


 俺だけが、斬るのではない。


 見えた場所を、みんなで使う。


     ◇


 ガルムドのHPが、減っていく。


【HP:94,730/128,000】


 まだ、多い。


 俺は数字を見て、息を吐いた。


 あれだけ攻撃して、まだ四分の三近い。


 そのとき、ガルムドが体を丸めた。


 肩が、上がる。


 両腕が、地面へ。


「離れろ!」


 ゼルガさんの声。


 俺は、走った。


 ガルムドが、両腕で地面を叩いた。


 土が波のように跳ねる。


 脚へ、衝撃。


 俺は踏ん張った。


 でも、完全には耐えられない。


 膝が落ち、片手をつく。


 近くで、誰かが転がった。


 盾が、地面を滑る。


 ガルムドが、立ち上がる。


 また、高い場所へ頭が戻った。


「……やり直し、ですね」


 俺は息を吸った。


 肩に、痛み。


 脚も、少し痺れている。


 HPを見る。


 減った。


 でも、まだ動く。


 魔力は、使いすぎないようにしなければ。


 俺は薬を一つ飲み、空き容器を鞄へ戻した。


 その横へ、ガランさんが来る。


「動けるか」


「はい」


「なら、次までに水だ」


 差し出される。


 俺は、受け取った。


     ◇


 戦いは、長かった。


 膝を狙う。


 腕を上げさせる。


 糸を張り直す。


 倒れたら、首と顔へ。


 起き上がろうとしたら、離れる。


 その繰り返し。


 でも、同じではなかった。


 二度目は、ガルムドが腕を上げる前に足を開いた。


 重心を崩しにくくしている。


 三度目は、膝を打ったゼルガさんへ、先に手を伸ばした。


 俺は斧閃で、その指の付け根を狙った。


 掴む動きが、少しずれる。


 ゼルガさんが抜ける。


 その後、俺の横へ影が落ちた。


 ガルムドの足。


 俺は、全力で跳んだ。


 地面が沈む。


 土と石が、背中へ当たった。


 転がる。


 起きる。


「修羅、戻れ!」


 ガランさんの声。


 俺は、声の方へ下がった。


 その前へ、盾。


 でも、ガルムドの足を盾で受けるわけではない。


 周りの走狗から、俺を守っている。


 俺は、その後ろで息を整えた。


「……ありがとうございます」


「あとでいい。息しろ」


「はい」


 俺は、大きく空気を吸った。


     ◇


 回復する間も、周りには魔物が来た。


 ガルムドにだけ集まらないよう、指示が飛ぶ。


 オーガを止める部隊。


 走狗を処理する槍兵。


 空を見る弓兵。


 荷を運ぶ人。


 全部が、同時に動いていた。


 俺も、近くへ抜けたオーガへ向かった。


 盾。


 剣。


 もう、見慣れた動き。


 ガランさんが受け、俺が右へ入る。


 崩し。


 肩へ、斧。


 戻る。


 カゲロウさんの槍が、脚を取る。


 倒す。


【経験値を獲得しました】


【種族レベルが上がりました】


 百四十六。


 また、上がった。


 でも、まだ何も出ない。


 俺は、遠くのガルムドを見る。


 HPは、六万を切っていた。


 半分以上、削った。


 なのに、腕の一振りは、まだ重い。


 ゼルガさんの額にも、汗が光っている。


 リュカさんは一度、城壁の内側へ戻っていた。


 イトたちの糸も、何度も張り替えられている。


 俺は、斧を握った。


 もう少し。


 そう思う。


 でも、何がもう少しなのかは、自分でも分からなかった。


     ◇


 ガルムドが、城門へ顔を向けた。


 足元の相手へ腹を立てていても、行き先を忘れていなかった。


 俺たちを押しのけるように、一歩。


 門へ。


 警報が、短く鳴る。


「前進させるな!」


 ゼルガさんが、走った。


 槌が、足首へ入る。


 ガルムドの脚が、横へずれる。


 その反対の手が、彼女へ伸びた。


 速い。


 俺は、斧を構えた。


「右前、撃ちます!」


 斧閃。


 肩ではなく、肘の内側。


 刃が当たる。


 ガルムドの腕が、少し曲がった。


 掌が、ゼルガさんの後ろへ落ちる。


 俺は踏み込んだ。


 肘が低い。


 届く。


 鬼装の斧を、内側へ叩き込む。


 一撃。


 抜く。


 ガルムドが、腕を引く。


 俺は魔力の腕を出し、近くの地面を押した。


 体を、横へ逃がす。


 爪が外套の端を裂いた。


 熱い痛みが、肩へ走る。


「っ……!」


 転がり、立つ。


 その前へ、走狗。


 俺は、短く斧を振った。


 倒す。


 さらに、黒鎧牙猪。


 槍兵が止めきれず、横へ流している。


 俺は、脚へ斧閃。


 イトの糸が、後ろを引く。


 猪が倒れた。


 その首元へ、斧。


【経験値を獲得しました】


【種族レベルが上がりました】


 百四十九。


 俺は、ほんの一瞬だけ数字を見た。


 次の通知は、まだなかった。


     ◇


 左膝を崩す合図が、また出た。


 リュカさんが、上がる。


 翼が、空気を打つ。


 炎が、ガルムドの顔を横から照らした。


 腕が、上がる。


 俺は、走った。


 もう何度目か、分からない。


 足元の殻は、最初より剥がれている。


 そこへ、斧。


 掛ける。


 ゼルガさんの槌。


 糸。


 俺は、体を横へ動かした。


「〈崩し〉!」


 膝が曲がる。


 でも、ガルムドも踏ん張った。


 足が、半歩戻ろうとする。


 糸が切れる。


 俺の肩が、引かれた。


 離す。


 遅れたら、持っていかれる。


 そう思った瞬間、別の白い糸が重なった。


 イトだった。


 低い姿勢で、岩へ脚を掛けている。


 まだ、引いていた。


 俺は、もう一度足を置いた。


「……もう、一回!」


 魔力の腕を、外殻の端へ。


 押す。


 斧を、斜めに。


 ゼルガさんが、最後の一撃を入れた。


 巨体が、沈んだ。


 膝が、地面へ。


 首が下がる。


 俺は、すぐに斧を外した。


 そのとき、横の走狗がイトへ向いた。


「イト!」


 俺は斧を振った。


 赤い弧が、白い体の手前を横切る。


 走狗が、地面へ崩れた。


【経験値を獲得しました】


【種族レベルが上がりました】


【羅刹Lv:149 → 150【UP!】】


 俺は、息を吸った。


 その下へ、新しい文字が浮かんだ。


【現在の種族におけるレベル上限に到達しました】


【進化条件を満たしました】


「……百五十」


 やっと、出た。


〈来たああああ!〉

〈百五十だった!〉

〈進化通知!〉

〈今!? 今なの!?〉


 俺は、目の前を見た。


 ガルムドが、膝をついている。


 でも、まだ起きる。


 左腕で、地面を押そうとしている。


 HPは、まだ三万以上残っていた。


 倒れていない。


 俺たちも、まだ帰れない。


     ◇


「修羅!」


 ガランさんの声。


 俺は、そちらへ顔を向けた。


「今、進化の通知が……!」


 短く言う。


 ガランさんの目が、少し大きくなった。


 ゼルガさんも、こちらを見る。


「動けるかい?」


「はい。でも、進化したら――」


 俺は、説明を開いた。


【進化先:阿修羅】


【現在地で進化可能】


【進化中は行動できません】


【進化によるHP、MP、スタミナの全回復は発生しません】


 都合よく、全部が元通りになるわけではない。


 それでも、力は増える。


 使える腕も。


 俺は、その先の説明を読んだ。


 体格は、大きく変わらない。


 羅刹腕は、進化先の能力へ変わる。


 形成できる魔力腕が、二本から四本へ。


「……少し、時間が欲しいです」


 声にすると、ガランさんが頷いた。


「下がれ」


 ゼルガさんが、槌を持ち直す。


「こっちは、まだ殴れる」


 俺は、二人を見た。


 カゲロウさんも、槍を握り直している。


 イトが、俺の方へ前脚を上げた。


 全員が、まだ動ける。


 俺も、戻らなければならない。


 強くなって。


「お願いします!」


 俺は、決められた道へ下がった。


     ◇


 後方の岩陰で、膝をつく。


 治療担当が、俺の肩へ布を押し当てた。


 薬を渡される。


 飲む。


 苦い。


 その苦さで、頭が少しはっきりした。


「長くは、かけられません」


 俺が言うと、担当者が頷く。


「こちらは見ています。進化するなら、どうぞ」


 前から、戦槌の音。


 盾の音。


 誰かの声。


 俺は、確認を押した。


【羅刹から阿修羅へ進化します】


 光が、足元から上がった。


 熱い。


 でも、前の進化とは少し違った。


 体の奥へ、流れが増える。


 腕。


 肩。


 背中。


 今まで二本分しかなかった感覚の横へ、もう二本分の余地ができる。


 触れてもいないのに、どこに手があるか分かる。


 普通の両手を、握る。


 その後ろで、四つの指先が動く気がした。


 首筋へ、紋様が走る。


 視界が、赤く染まる。


 その向こうで、ガルムドが吠えた。


 俺は、目を閉じなかった。


 まだ、戦っている。


 俺が戻る場所を、守ってくれている。


【進化が完了しました】


【羅刹 → 阿修羅】


【種族Lv:150 → 1】


【基礎能力が上昇しました】


【〈羅刹腕〉が〈修羅腕〉へ変化しました】


 光が、消えた。


 俺は、手を開いた。


 体の大きさは、ほとんど同じ。


 傷の痛みも、残っている。


 息も、少し荒い。


 でも、斧を持ち上げると、さっきより軽かった。


 俺は、立ち上がった。


「……戻ります」


     ◇


 ガランさんの盾が、目に入った。


 表面に、新しい傷。


 その後ろで、俺は声を出した。


「修羅、戻りました!」


 ガランさんが、振り返る。


 一瞬、目が止まった。


 俺の背中へ。


 赤い腕が、四本伸びていた。


 普通の両手と合わせて、六本。


「……また、増えたか」


「はい」


〈阿修羅!?〉

〈六本腕!〉

〈修羅が阿修羅になった!〉

〈名前と種族が追いついたw〉


 俺は、斧を握った。


 新しい腕を、全部ばらばらに動かす余裕はない。


 今まで使っていた動きを、二つ。


 押す。


 支える。


 それだけに絞る。


 ゼルガさんが、こちらを見た。


 血と汗のついた顔で、笑った。


「いいね。次、膝を落とすよ」


 俺は、頷いた。


「はい。今度は、もっと押せます」


     ◇


 ガルムドが、また立ち上がろうとした。


 左脚を伸ばす。


 その傷へ、城壁から魔法。


 膝が、揺れる。


 俺は、走った。


 鬼力。


 鬼装。


 赤黒い紋様が、肩から首へ広がる。


 四本の魔力腕。


 二本を、膝の横へ。


 一つは、外殻を押す。


 もう一つは、割れ目へ掛ける。


 残りの二本で、俺自身の体を支える。


 全部の力を、相手へ向けない。


 足場を作る。


 俺の普通の両手は、斧を持つ。


 刃を掛ける。


 ゼルガさんの槌が、来た。


 衝撃。


 膝が曲がる。


「〈崩し〉!」


 俺は、横へ引いた。


 さっきより、体が流れない。


 魔力の腕が支え、普通の足が地面を押す。


 ガルムドの脚へ、糸が張る。


 イト。


 ユズリハさん。


 その後ろでは、何人もの兵士が固定した縄を引いていた。


 俺たちだけではない。


 全員で、半歩を奪う。


 ガルムドが、地面へ手を伸ばした。


 その肘へ、リュカさんの炎。


 腕の向きがずれた。


 ゼルガさんが、もう一度膝を打つ。


 巨体が、深く沈んだ。


 今度は、片膝だけではなかった。


 反対の脚も折れ、顔が地面近くへ落ちる。


 土が、大きく跳ねた。


「今だ!」


 誰かが叫んだ。


 俺は、前へ踏み込んだ。


     ◇


 顔の亀裂は、最初より広がっていた。


 赤い光。


 その間へ、黒い皮膚。


 俺は斧を持ち上げる。


 斬る。


 深く、入る。


 ガルムドが、顔を振った。


 俺は、魔力の腕で地面を押した。


 体を横へ。


 別の腕を、外殻へ添える。


 引きずられないよう、すぐ離す。


 斧を抜く。


 もう一撃。


 隣へ、槍が入る。


 上から、矢。


 魔法の光が、亀裂へ集まった。


【HP:12,460/128,000】


 あと、一万少し。


 ガルムドが、腕を持ち上げる。


 地面を叩く、あの動き。


「離れる!」


 俺は叫んだ。


 全員が、下がる。


 でも、ゼルガさんだけは前へ出た。


 戦槌を、腕の内側へ叩きつける。


 振り上げた手が、横へ流れた。


 地面へ落ちる。


 正面への衝撃が、少し弱まる。


 それでも、俺の膝は揺れた。


 踏み直す。


 背中の四本の腕を、低く開いた。


 倒れない。


 足が、残った。


 ゼルガさんが、声を上げる。


「修羅! 首の下!」


 俺は、見た。


 腕を振ったせいで、顎が上がっている。


 殻と殻の間。


 何度も斬った、あの場所。


 俺は走った。


「入ります!」


 ガランさんの声が、後ろから来た。


「周り、止める! 行け!」


 俺は、振り返らなかった。


     ◇


 ガルムドの顔が、こちらへ向く。


 大きな口。


 牙。


 まだ、噛むつもりだ。


 俺は斧を、低く構えた。


 真正面から飛び込まない。


 右へ。


 斧閃を、顔の亀裂へ放つ。


 赤い刃が当たる。


 目が、わずかに閉じた。


 その瞬間、踏み込む。


 普通の両手で、斧を振り上げる。


 魔力の腕の二本で、地面を押す。


 残りを、外殻の横へ添える。


 体を、ぶつける位置へ持っていく。


 刃が、首の下へ入った。


 深い。


 今までより、ずっと。


 ガルムドが、吠えた。


 俺は斧を引き抜いた。


 顎が、下りてくる。


 横へ、逃げる。


 魔力の腕で、体を押し出す。


 牙が、外套の端を噛んだ。


 布が裂ける。


 俺は、留め具を外した。


 毛皮が、手を離れる。


 身軽になった体で、もう一歩。


 斧を持ち直した。


 首の傷へ、ゼルガさんの戦槌が入る。


 大きな頭が、横へ流れた。


「もう一発!」


 俺は、頷いた。


 残った魔力を、刃へ。


 薄く。


 遠くへ飛ばすためではない。


 この距離で、傷の奥へ通すために。


「〈斧閃〉!」


 赤い弧が、斧のすぐ先へ生まれた。


 刃と、光。


 二つが、同じ傷へ入る。


 俺は、最後まで振り抜いた。


     ◇


 ガルムドの体が、止まった。


 俺は、すぐに下がった。


 一歩。


 二歩。


 足が、少しもつれる。


 魔力の腕を地面へつき、倒れるのをこらえた。


 待つ。


 まだ、待つ。


 ガルムドの指が、動いた。


 大きな手が、土を掻く。


 俺は、斧を握った。


 ゼルガさんも、槌を下ろしていない。


 誰も、まだ叫ばなかった。


 やがて、ガルムドの肩が落ちた。


 重い体が、地面へ沈む。


 低い音が、遠くまで伝わった。


 その後。


 文字が、浮かんだ。


【最終侵攻ボス〈城喰い〉ガルムドを撃破しました】


【経験値を獲得しました】


【魔都ヴァルグ・最終侵攻の主力撃破を確認】


 俺は、その表示を見た。


 長く、息を吐く。


「……倒した」


 声が、掠れた。


 次の瞬間。


 城壁の上から、歓声が落ちてきた。


     ◇


「うおおおおおっ!」


「倒したぞ!」


「ガルムド、撃破!」


 旗が、振られる。


 盾が、叩かれる。


 俺は、斧を下ろした。


 魔力の腕が、薄くなって消える。


 膝へ手をついた。


 息が、止まらない。


 隣で、ゼルガさんも槌へ体重を預けていた。


 俺を見る。


 笑った。


「……よく、届かせたね」


 俺は、首を振りかけた。


 自分だけではない。


 そう言おうとして、言葉が出ない。


 ゼルガさんは、先に頷いた。


「分かってる。みんなで、だ」


 俺は、ようやく頷いた。


「……はい」


 ガランさんが来た。


 盾は、傷だらけ。


 でも、立っていた。


 カゲロウさんも。


 ユズリハさんも。


 イトが、俺の足元へ駆け寄る。


 俺はしゃがんだ。


 白い前脚が、手へ乗る。


「……ありがとうございました」


 今度は、ちゃんと言えた。


 イトの脚が、俺の掌を強く押した。


 後ろから、指揮役の声が飛ぶ。


「周辺の残敵を処理! 大物の死体へ近づきすぎるな! 負傷者を先に下げろ!」


 歓声の中でも、仕事は続いていた。


 俺たちは、道を空けた。


 ここまで来た。


 最後まで、ちゃんと帰ろう。


     ◇


 門の内側へ戻ったところで、リィナさんが走ってきた。


 俺の顔を見る。


 肩を見る。


 なくなった外套を見る。


 それから、目を上げた。


「……進化、したんですか」


「はい。少し、増えました」


 言いながら、自分でも変な答えだと思った。


 リィナさんは一瞬だけ目を丸くして、それから、困ったように笑った。


「まず、座ってください」


「はい」


 俺は素直に座った。


 斧を預ける。


 籠手を外す。


 肩へ、布。


 しみる。


 思わず、顔が歪んだ。


 そこへ、イトが人の姿で近づいてきた。


 俺の手を取る。


「おかえり」


 その声を聞いて、やっと体の力が抜けた。


「……ただいまです」


〈おかえりいいいい!〉

〈全員ありがとう!〉

〈阿修羅、かっこよすぎた〉

〈ゼルガさんもガランも糸組も槍組も最高だった!〉

〈壁の上の人も補給も治療も!〉


 コメントが、ほとんど読めない速さで流れていた。


 俺は、その光を見た。


 最後まで、見てくれた人たち。


 別の場所で、戦っている人たち。


「……ヴァルグ、止めました」


 声に出す。


 その少し後、街の鐘が鳴った。


【魔都ヴァルグの防衛完了条件を達成しました】


【都市中枢健在】


【最終侵攻の撃退に成功しました】


【防衛成功】


 広場が、揺れるように沸いた。


 俺は、椅子へ座ったまま顔を上げた。


 城壁が、見える。


 門も、立っている。


 その向こうで、旗が揺れていた。


 守った。


 三日間。


 俺たちで。


 リィナさんが、水を差し出す。


 俺は、両手で受け取った。


 今は、普通の二本の手で。


     ◇


 少し落ち着いてから、最後の通知を開いた。


 ガルムドの討伐経験値。


 進化後の、新しい成長。


 俺は、一つずつ確認した。


「……今度は、ここからですね」


 隣のイトが、俺を見る。


 俺は、少しだけ笑った。


 また、一から。


 でも、何もなくなったわけではない。


 斧も。


 覚えた技も。


 隣にいる人たちも。


 全部、そのまま持っている。


 表示を、配信へ共有した。


【ステータス】


プレイヤー名:修羅

種族:阿修羅

種族Lv:1 → 5【UP!】

冒険者ランク:D


【称号】


〈初代闘技王〉

βテスター公式大会の初代優勝者。


〈山主を討つ者〉

筋力+5%

耐久+5%


【基本能力】


最大HP:5,060

最大MP:1,120

最大スタミナ:3,360


筋力:920+46【称号】=966

耐久:870+43【称号】=913

敏捷:900

魔力:612

器用:632


獲得経験値:+10%【装備】


※最大HP:基礎値4,600+首飾り補正460。

※現在値は戦闘で消耗しており、上記は最大値。進化による全回復は発生しない。


【種族特性】


〈怪力の芽〉

体格より大きな武器を扱える。重さに応じてスタミナを消費する。


〈健啖〉

食事によるスタミナ回復量が多い。


【スキル】


〈打撃 Lv.1〉

〈踏ん張り Lv.1〉

〈短剣術 Lv.2〉

〈斧術 Lv.6〉【UP!】

〈索敵 Lv.4〉

〈鑑定 Lv.2〉

〈鬼装 Lv.4〉【UP!】

〈受け流し Lv.2〉

〈踏み込み Lv.4〉

〈崩し Lv.4〉【UP!】

〈灯火 Lv.1〉

〈夜目 Lv.2〉

〈戦声 Lv.1〉

〈斧閃 Lv.5〉【UP!】

〈修羅腕 Lv.1〉【進化により変化】


【修羅腕 Lv.1】


背中から、最大二対・四本の魔力腕を形成する。

形成する本数に応じて、維持する魔力と操作の負担が増す。

腕の力や動作範囲には限界があり、細かな同時操作には習熟が必要。


※〈羅刹腕〉で得た操作経験を引き継ぐ。


【装備】


主武器:黒角の大戦斧

副武器:白糸大蜘蛛の牙短剣×2

外套:黒嶺熊の短外套〈戦闘中に離脱・要回収〉

胴:岩鱗の胴当て

腕:岩鎧補強の籠手

腰:岩鱗の腰当て

脚:岩鱗の脛当て

足:鬼用の革靴

首:始祖鬼の首飾り

鞄:旅人の収納鞄


【黒角の大戦斧】


〈喰命〉

この斧による討伐時、最大HPの5%を回復。


現在の回復量:HP253/体


【始祖鬼の首飾り】


最大HP+10%

獲得経験値+10%


〈鬼力〉

30秒間、基礎筋力と基礎耐久の50%分を加算。


発動中の筋力:1,426

発動中の耐久:1,348


消費MP10

効果終了から60秒後に再使用可能。


〈鬼震〉

前方5メートルの扇状範囲へ衝撃を放つ。

消費MP25/再使用60秒。


〈鬼王の威圧〉

周囲10メートルへ威圧を放つ。

効果は実力差と精神抵抗によって変わる。

消費MP40/再使用180秒。


【イベント進行】


〈世界大侵攻〉


魔都ヴァルグ防衛:成功


侵攻指揮個体〈黒旗の戦将〉:撃破

最終侵攻ボス〈城喰い〉ガルムド:撃破


都市中枢:健在


 表示を閉じる。


 ガランさんが、俺の肩へ触れないように拳を出した。


 俺も、拳を合わせる。


 その横から、イトの小さな手が乗った。


 カゲロウさんが、少し笑う。


 ゼルガさんは、離れたところで大きな器を受け取っていた。


 リィナさんが、俺たちの前へ食事を運ぶ。


 温かい匂いがした。


 俺は、匙を取った。


「……いただきます」


 今度こそ、落ち着いて食べよう。


 帰ったら、直す物も、話したいこともたくさんある。


 でも、その前に。


 みんなで守った街で。


 みんなと一緒に、飯を食べたかった。

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