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21話 ワールドクエスト 魔都攻防戦 二日目

●主人公視点


 朝、目が覚めたら、レオンさんから連絡が来ていました。


『初日、お疲れ様。新しい技、見たよ』


『明日も、守ろう』


 昨日、寝る前に返事はしていた。


 でも、改めて読むと、少し笑ってしまう。


 大会では、倒そうとしていた相手。


 今は、別の街で同じように戦っている。


「……はい。今日も、ですね」


 俺は表示を閉じ、体を起こした。


 どうも、修羅です。


 大侵攻、二日目の朝です。


 肩を回す。


 腕を伸ばす。


 手を握る。


 昨日の疲れは、随分取れていた。


 掌にも、大きな傷はない。


 ちゃんと休むって、大事ですね。


     ◇


 食堂では、リィナさんとイトが先に待っていた。


 机には、朝食。


 その隣には、持ち歩くための包みも置かれている。


「おはようございます」


「おはようございます。よく眠れましたか?」


「はい。途中で、斧を持ってる夢を見ましたけど」


 リィナさんが、少しだけ目を丸くする。


「……寝ている間は、置いてくださいね」


「置きたかったんですけど、気づいたら握ってまして」


〈夢でも働いてる〉

〈ガランの盾の夢と同じじゃんw〉

〈おはよう! 二日目よろしく!〉


 配信を始めると、すぐにコメントが流れてきた。


 俺は、片手を上げた。


「おはようございます。今日も、ヴァルグからです」


 イトが、俺の横から画面の辺りを見る。


「おはよう」


〈イトもおはよう!〉

〈今日も無事に帰ってきてな〉

〈王都組です。こっちも集合始まった〉


 別の街の名前も、いくつか流れた。


 俺はそれを見ながら、パンを取る。


 昨日より、落ち着いて食べられた。


 この後、何をするかが分かっている。


 どこへ行き、誰と会い、何を確かめるか。


 それだけで、随分違った。


「今日は、まず昨日変えた配置を確認します。あと、足元ですね」


 猪が削った地面。


 盾役が踏みしめた場所。


 夕方には、かなり荒れていた。


 リィナさんが頷く。


「こちらも、受け入れる場所が少し変わりました。水を配る場所と、治療を待つ場所を、もっと離したそうです」


「混ざってましたもんね」


「はい。今日は、分かりやすく札を出します」


 机の上の小さな紙には、彼女の集合場所が書かれていた。


 俺たちだけじゃない。


 戻る場所も、昨日よりよくなっている。


 俺は、最後のスープを飲んだ。


     ◇


 東門前では、ガランさんが盾を構えていた。


 地面へ足を置き、少しずつ体重を移す。


 俺に気づくと、顔を上げた。


「おはよう」


「おはようございます。今日は、どんな夢でした?」


「寝たら朝だった」


「それが、一番ですね」


 笑いながら、隣へ立つ。


 昨日、最後にいた場所より、少し左。


 地面の穴は埋められ、土が固められていた。


 目印の杭も、位置が変わっている。


 ユズリハさんが、俺の戻る道を前脚で示した。


「こちら、少し広げました」


「ありがとうございます。通ってみてもいいですか?」


「はい」


 斧を持ったまま、前へ出る。


 振るふりをして、低く戻す。


 そのまま後退。


 外套の端も、杭へ触れない。


「……戻りやすいです」


 イトも蜘蛛の姿になり、空けた通路を横切っていた。


 俺の足元を見てから、糸を張る位置へ戻る。


 カゲロウさんが、こちらへ来た。


「北東の見張りが増えた。昨夜、林の外側に新しい足跡があったらしい」


「走狗ですか?」


「まだ、分からん。確認中だ」


 俺は、林の方を見た。


 昨日と同じように、静かだった。


 それが、少し不気味だった。


 ゼルガさんが、列の前へ歩いてくる。


「昨日の続きでも、同じ相手が同じ順番で来るとは限らない。見えたものを伝えること。勝手に遠くまで追わないこと」


 全員が、頷く。


 俺も、斧を持ち直した。


 そのとき、鐘が鳴った。


【世界大侵攻・第二日】


【第4波を確認しました】


【主要接近方向:東】


【各部隊は迎撃態勢を取ってください】


「……四波目」


 昨日、三つ。


 今日も、その続きだ。


 ガランさんが盾を上げる。


「行くぞ」


「はい」


 俺は、その右へ立った。


     ◇


 最初に来たのは、黒牙走狗だった。


 昨日と同じ、黒い毛並み。


 低い姿勢。


 ただ、数は増えている。


 林から出た群れが、左右へ広がっていた。


「正面、五! 右に三!」


 見張りの声。


 俺は、近づく個体へ鑑定を使う。


【黒牙走狗 Lv.51】


【HP:810/810】


 その横は、五十四。


 昨日より、強い個体も混じっている。


「……でも」


 盾へ、一体目が飛び込んだ。


 ガランさんが、流す。


「右!」


「出ます!」


 踏み込む。


 斧を、短く振る。


 一撃で、首元を抜けた。


 すぐ、戻す。


 次の一体。


 俺を狙って、横へ跳んだ。


 背中から、魔力の腕。


 肩の横へ掌を添え、向きをずらす。


 普通の両手で、斧。


 二体目が、倒れた。


 止まらずに、戻る。


 右前で、糸が張った。


「右前、撃ちます!」


 斧閃。


 赤い弧が、走狗の横腹へ入る。


 倒れる。


【経験値を獲得しました】


 俺は、息を吐いた。


 昨日より、迷わない。


 刃が入る深さも、違う。


 次の相手を見る余裕が、少し残っていた。


〈速っ!〉

〈昨日と全然違う〉

〈出て戻るまでが短い〉

〈四本の腕、自然に使ってるな〉


 ガランさんが、盾の向こうで笑った。


「調子、よさそうだな」


「はい。昨日より、見えます」


「なら、見える範囲を頼む」


 俺は、頷いた。


 調子がいいから、全部を取りに行く。


 そういうことではない。


 俺の場所へ来た相手を、確実に倒す。


 それを、繰り返した。


     ◇


 次に現れたのは、盾を並べたオーガだった。


 三体。


 その後ろに、猪。


 俺は、少し眉を寄せた。


「……猪が、先じゃないんですね」


 盾の影に、灰色の背中が見える。


 昨日なら、猪が突っ込んできた後で、オーガが来ていた。


 今日は逆だ。


 前の大きな盾が、矢を受けている。


「正面、固めてくるぞ!」


 指揮役の声。


 ゼルガさんが、中央へ歩いた。


 俺たちも、前を向く。


 角盾オーガが近づく。


 盾を、地面へ当てる。


 止まった。


 その左右へ、走狗。


「横、来ます!」


 俺は声を出し、低く構えた。


 盾へ飛び込む走狗を、一体。


 糸に止まった相手へ、もう一体。


 その間に、オーガが少しずつ進んでいた。


 焦って入れば、棍棒が来る。


 俺は、足元を見た。


 盾の下から、爪先。


 動く瞬間を、待つ。


 カゲロウさんの槍が、外側から伸びた。


 オーガの顔が、そちらへ向く。


「右、入ります!」


 ガランさんが、盾で押した。


 俺はその横へ。


 羅刹腕で、相手の盾の上縁を掴む。


 引く。


 強く、ではない。


 足を動かして、斜めへ。


「〈崩し〉!」


 盾が、傾いた。


 開いた脇へ、斧。


 一撃。


 オーガが吠える。


 棍棒が動く前に、戻る。


 その直後、隣のオーガが盾を寄せた。


 傷ついた一体を、隠すように。


 俺は、足を止めた。


「……守るんですね、そっちも」


〈盾入れ替えた!?〉

〈連携してくるの嫌だな〉

〈昨日より頭使ってるぞ〉


 もう一度、無理に同じ場所へ入るのはやめた。


 声をかけ、位置を少し変える。


 相手の盾が動く。


 その下に、また脚。


 今度は、カゲロウさんが狙った。


 槍が刺さる。


 オーガの膝が、曲がる。


 俺は、その肩へ斧閃を放った。


 赤い刃が、盾の上を抜けた。


 大きな体が、下がる。


 そこへ、ガランさん。


「押す!」


 盾が、前へ出る。


 オーガ同士の間が、開いた。


 俺は、その隙間へ踏み込んだ。


     ◇


 正面の攻防が激しくなった頃だった。


 城壁から、短い笛が鳴った。


 いつもの接近を知らせる音とは、違う。


 カゲロウさんが、顔を上げる。


 指揮役へ、人が走ってきた。


 短い会話。


 地図が開かれる。


 俺は、前の走狗を倒して戻った。


 何か、あった。


 そう思ったところで、指揮役がこちらへ来る。


「北東の林を抜けた群れがいる。外側の補給路へ回っているそうだ」


 俺は、顔を向けた。


「荷車の方ですか?」


「ああ。護衛が対応している。こちらから、動ける組を回す」


 ゼルガさんが、近くの前衛へ指示を出した。


 俺たちの場所へ、交代の部隊が入る。


 ガランさんが盾を下げずに、半歩ずつ位置を渡す。


 完全に入れ替わったところで、こちらへ顔を向けた。


「行くぞ」


「はい」


 イトを呼ぶ。


 白い体が、杭の横から出てきた。


 ユズリハさんが、糸の端を引き継いでいる。


「こちらは、大丈夫です」


「お願いします!」


 俺は、頷いて走り出した。


 カゲロウさんが先頭。


 ガランさん。


 俺とイト。


 勝手に離れるのではない。


 持ち場を渡して、次の場所へ向かう。


 その違いを、今は体で分かっていた。


     ◇


 補給路へ近づく前に、木の上で枝が揺れた。


 カゲロウさんが、片手を上げる。


「止まれ」


 俺たちは、足を止めた。


 灰色の影が、枝の間を走っている。


 猿。


 ただし、前腕が長く、指先から細い爪が伸びていた。


【裂爪猿 Lv.58】


【HP:1,080/1,080】


【樹上と地上を素早く移動する魔物。

 長い前腕と爪で獲物を捕らえ、側面から襲う。

 群れの一部が注意を引き、別の個体が背後へ回ることがある。】


「……告知に、いなかったやつですね」


〈未公開の追加種!〉

〈上も見ろ!〉

〈荷車狙うなら厄介すぎる〉


 カゲロウさんが、槍を持ち直す。


「止まるな。上を見ながら、道へ出る」


 遠くで、剣のぶつかる音がした。


 人の声も。


「二号車、先へ! 詰めすぎるな!」


 聞き覚えがあった。


 マルクさんだ。


     ◇


 林を抜けると、荷車が三台見えた。


 街へ入るため、外側を回っていた補給の便。


 先頭の一台は、既に前へ進んでいる。


 二台目の横に、マルクさん。


 最後尾では、灰狼傭兵団が盾と剣を構えていた。


 ロルフさんが、こちらへ顔を向ける。


「来たか!」


「加勢します!」


 俺が叫ぶと、すぐに指示が返ってきた。


「荷車の左を頼む! 木から下りてくる!」


 頭上で、枝が鳴った。


 裂爪猿が、跳ぶ。


 狙いは、荷台。


 俺は斧を構えた。


「左上、撃ちます!」


 味方の位置を確かめる。


 赤い弧を、斜め上へ。


 猿の腕へ当たった。


 落ちる。


 地面へ着く前に、カゲロウさんの槍が伸びた。


 その横から、黒牙走狗。


 ガランさんの盾が、進路を塞ぐ。


「修羅、右!」


「はい!」


 俺は、いつもの道を踏んだ。


 盾の右。


 斧を、短く。


 一体が倒れる。


 でも、ここには訓練で使った杭も、白い線もない。


 荷車の車輪。


 人の足。


 地面へ落ちた縄。


「足元、縄あります!」


 声を出す。


 マルクさんが顔を向け、すぐに拾い上げた。


 その手が、止まらない。


「三号車、右へ寄せないで! そちらは溝があります!」


 荷車を動かす人が、返事をする。


 車輪が回る。


 その向こうに、猿の影。


 俺は踏み込んだ。


     ◇


 裂爪猿は、正面へ出てきても、そのまま戦わなかった。


 近づく。


 爪を見せる。


 俺が斧を向けると、横へ跳ぶ。


 その隙に、別の一体が後ろへ回る。


「……こっちを、動かしたいんですね」


 俺は、追わずに立った。


 守るのは、荷車の横。


 逃げる猿ではない。


 イトが、車輪から離れた木へ糸を張る。


 荷車の進路には、掛けない。


 その外側。


 回り込む相手が通る場所へ。


 猿が枝から下りる。


 前脚が、糸へ触れた。


 体が傾く。


 俺は、斧閃。


 赤い刃が、胸元へ入る。


 倒れる。


 次は、地面を走ってきた一体。


 魔力の腕を出した。


 飛びかかってきた腕の外側へ、掌を添える。


 爪を、顔からずらす。


 普通の両手で、斧。


 肩から胸へ、刃を通す。


【経験値を獲得しました】


 戻る。


 頭上。


 もう一体。


 俺は、近くの木へ魔力の手をつき、体を横へ押した。


 爪が、外套の端をかすめる。


 低く着地した猿へ、柄尻。


 頭が上がる。


 そこへ、カゲロウさんの槍。


「左、減った!」


 ロルフさんが叫ぶ。


 荷車が、また進む。


 俺は、その車輪と歩幅を合わせた。


〈守りながら移動してる〉

〈狩りと全然違うな〉

〈イト、糸の場所ちゃんと外側にしてる〉

〈マルクさんも動き止まらない〉


 荷台には、水の容器が積まれていた。


 布の包み。


 薬を入れた箱。


 俺が、何度も受け取った物。


 これが届かなければ、前に立つ誰かが困る。


 俺は斧を握り直した。


「……通しませんよ」


     ◇


 最後尾の荷車が、大きな石の横へ差しかかったときだった。


 森の奥から、低い唸り声。


 ほかの猿より、一回り大きい個体が出てきた。


 腕に、白い筋。


 顎の下へ、長い毛。


【裂爪猿の群長 Lv.69】


【HP:2,940/2,940】


 俺は数字を伝えた。


 群長は、すぐには来なかった。


 こちらを見ている。


 ガランさんの盾。


 俺の斧。


 荷車。


 その後ろ。


 ロルフさんが、低く言った。


「こいつを追って、荷を空けるな」


「はい」


 返事をする。


 群長が吠えた。


 木の上で、いくつもの影が動く。


 残っていた猿たちが、一斉に下りてきた。


 ガランさんの盾へ、一体。


 ロルフさんの剣へ、もう一体。


 俺の前にも、二体。


 その間に、群長が横へ走る。


 荷台へ。


「右、群長!」


 カゲロウさんの声。


 俺は、目の前の一体を斧で押し返した。


 倒すことより、道を作る。


 魔力の腕で、もう一体の肩を外へ流す。


 その隙を、ガランさんが塞いだ。


「行け!」


「お願いします!」


 俺は、二歩走った。


 群長が、荷車へ手をかける。


 車輪が、揺れた。


「止めてください! いったん、車輪を止めて!」


 マルクさんの声。


 荷車が止まる。


 その横へ、俺は踏み込んだ。


「〈鬼力〉!」


 腕の紋様が、浮かぶ。


 群長がこちらを向き、爪を振った。


 俺は斧の柄で外へ流す。


 魔力の手を、相手の腕へ。


 掴む。


 長くは、持たない。


 一瞬、動きを遅らせる。


 普通の両手で、斧を振った。


 肩へ入る。


 群長が、吠える。


 荷台から手が離れた。


 俺は、斧を引き戻す。


 相手が、地面へ下りる。


 脚がついた。


 次の瞬間、俺の顔へ爪。


 低く避ける。


 背中の魔力腕を、脇へ差し込む。


「〈崩し〉!」


 体を、横へ。


 力の方向を変える。


 群長の足が、交差した。


 そこへ、白い糸。


 イトだ。


 踏み直そうとした脚が、止まる。


 俺は、斧を構え直した。


「カゲロウさん、右、空けてください!」


 槍が引かれる。


 俺は、斜めに振り抜いた。


 赤い刃が、至近距離を走る。


 群長の胸へ当たる。


 体が、後ろへ揺れた。


 でも、倒れない。


 糸を引きちぎり、林へ跳ぼうとした。


 俺の足が、前へ出かける。


 止めた。


 追わない。


 代わりに、もう一度、斧を振る。


 斧閃。


 木へ伸ばした腕へ、赤い弧が当たった。


 群長が、地面へ落ちる。


 その前に、ロルフさんがいた。


 剣が、首元へ入る。


 カゲロウさんの槍が、体を押さえた。


 俺は、最後の一歩だけ近づく。


 斧を、短く。


 大きな体が、ようやく止まった。


【経験値を獲得しました】


【種族レベルが上がりました】


 俺は、すぐに周囲を見た。


 木の上。


 荷車の下。


 林の奥。


 残っていた猿たちは、散り始めていた。


「追うな! 荷を出す!」


 ロルフさんの声。


 俺たちは、荷車の横へ戻った。


     ◇


 街の見張り台が近くなったところで、ようやく息をつけた。


 荷車は三台とも、動いている。


 車輪も、折れていない。


 怪我をした護衛はいたけど、歩けていた。


 マルクさんが、俺たちへ頭を下げる。


「助かりました。本当に」


「間に合って、よかったです」


 俺は、荷台を見た。


 水の容器。


 布。


 薬。


 いくつか包みがずれた程度で、残っている。


「これ、前へ届くんですよね」


「はい。受け取り場所まで、もう少しです」


 俺は頷いた。


 それが、妙に嬉しかった。


 ロルフさんが、俺の肩へ軽く手を置く。


「追わなかったな」


「……荷物、ありましたから」


「ああ。それでいい」


 短い返事だった。


 でも、俺は少し胸を張った。


〈ちゃんと護衛できた!〉

〈最後、追わずに斧閃使ったのよかった〉

〈近づかなくて済むって、こういうことか〉

〈みんなで荷車守ったな〉


 イトが、俺の足元へ戻ってくる。


 前脚へ、指を添える。


「助かりました。糸、ものすごくいい場所でした」


 前脚が、一度持ち上がった。


     ◇


 門をくぐると、荷車はすぐに受領場所へ案内された。


 待っていた人たちが、荷を下ろし始める。


「水、こっちへ!」


「薬の箱は、先に確認します!」


 俺たちが守った物が、それぞれの場所へ運ばれていく。


 その向こうに、リィナさんがいた。


 箱を受け取り、担当者へ渡している。


 こちらに気づく。


 目が合う。


 俺は、片手を上げた。


 彼女も、小さく頷いてくれた。


 今は、仕事中だ。


 俺も、先に報告しなければならない。


 カゲロウさんと一緒に地図の前へ行き、別働隊が通った場所を伝えた。


 北東の林。


 木の上を移動する猿。


 走狗との混成。


 荷車へ回り込んだ群れ。


 ミチシルベさんが、線を引く。


「ここから出たんですね」


「はい。上の枝がつながっていました」


 俺も、見えたことを話した。


「正面で戦っている相手を追うと、別の個体が荷台へ行きます。こちらを動かそうとしている感じでした」


 近くで聞いていたゼルガさんが、頷いた。


「前を固めたと思ったら、後ろを狙ってきたか」


 地図へ、指を置く。


「ここの警戒を増やす。次の便は、林のそばで止めないようにしよう」


 俺たちの報告で、人の配置が変わる。


 今日も、朝の作戦がそのまま続くわけではなかった。


     ◇


 昼前、長い鐘が鳴った。


 俺たちは、まだ報告所の近くにいた。


 全員が顔を上げる。


 少しして、通知。


【第4波の撃退を確認しました】


【東門および北東防衛線を維持しました】


【補給路の確保を確認しました】


 俺は、表示を見つめた。


 東門の方から、歓声が聞こえる。


 ユズリハさんたちも、守り切ったらしい。


 ガランさんが、息を吐いた。


「……午前中から、忙しいな」


「はい」


 俺も、頷いた。


 足元では、イトが脚を折りかけていた。


 休む場所へ移ろう。


 そう思ったところで、レベルアップの通知が残っていることに気づく。


 開いた。


【種族レベルが上がりました】


【羅刹Lv:58 → 72【UP!】】


「……七十二」


 思わず、声が出た。


〈七十二!?〉

〈午前中だけで十四!〉

〈レベリング進んでる!〉

〈群長も強かったしな〉


 俺は、自分の手を見た。


 盾の横から出たとき。


 猿の爪を避けたとき。


 昨日より、少し余裕があった。


 その余裕が、また増えている。


 続いて、スキルの表示。


【〈斧術〉のレベルが上がりました】


【Lv.4 → Lv.5】


【〈羅刹腕〉のレベルが上がりました】


【Lv.3 → Lv.4】


 俺は、背中へ意識を向けかけて、やめた。


 ここは、人が多い。


 試すのは、広い場所で。


「……腕も、上がってますね」


〈戦いながら成長してるなあ〉

〈昨日までできなかった連携が増えてる〉

〈このまま最後まで行ってくれ〉


 行きたい。


 でも、そのために今やることは決まっている。


「まず、休みます」


 俺が言うと、隣のガランさんが笑った。


「よし」


     ◇


 昼食は、広場の端だった。


 器へ入った、温かい料理。


 水。


 少し塩気のあるパン。


 俺は、両手で器を受け取った。


 さっき守った荷車の水が、もうここへ運ばれていた。


 補充された容器から、次々に器へ注がれている。


 俺は、その様子を見た。


「……届きましたね」


 呟くと、リィナさんが頷いた。


「はい。こちらの治療所にも」


 彼女の手には、布の包み。


 新しく届いた物らしい。


「ありがとうございました」


 俺は少しだけ、言葉に詰まった。


 戦って、戻って、受け取る。


 昨日は、そればかりだった。


 今日は、その途中も見た。


 運ぶ人がいて、受け取る人がいて、前へ渡す人がいる。


 そのどこかが止まると、俺たちも止まる。


「……こちらこそです」


 俺は、器を持ち直した。


 イトが人の姿へ戻り、隣へ座る。


 少し眠そうな目で、パンを受け取った。


「おつかれ」


 俺を見て、言う。


 俺は笑った。


「はい。イトも、お疲れ様です」


 ガランさんが座る。


 カゲロウさんも、報告を終えて戻ってきた。


 全員、いる。


 俺は、一度だけ空を見た。


 まだ、昼だ。


 今日の戦いは、続く。


 でも、午前中は守った。


 街も。


 道も。


 届くはずだった、水と薬も。


「いただきます」


 声を合わせ、匙を取る。


 午後も動けるように、今はきちんと食べよう。


 七十二になった力を使うのは、その後だ。



七十二になった力を使うのは、その後だ。


 そう思って、俺は匙を口へ運んだ。


 温かい。


 少し、塩が強い。


 でも、汗をかいた後には、それがうまかった。


 隣で、ガランさんが二つ目のパンを取る。


 カゲロウさんは食べながら、さっきの報告用の紙を見直していた。


 イトは、自分の器の中から柔らかい野菜を選んでいる。


 リィナさんも、ようやく椅子へ座った。


 少しだけ、静かな時間だった。


「……午後も、同じところですかね」


 俺が聞くと、ガランさんが頷いた。


「今のところはな。北東へ人を増やすそうだが、詳しい話は食った後だ」


「分かりました」


 俺は、水へ手を伸ばした。


 そのとき、配信のコメントが目に入った。


〈向こう、やばくない?〉


 短い一行。


 その下へ、すぐ別の文字が流れた。


〈どこ?〉

〈こっちも聞いた〉

〈まだ確定じゃないだろ〉


 俺は、器を持つ手を少し止めた。


「……何か、ありました?」


     ◇


 返事は、ばらばらに来た。


〈別の都市で防衛線が下がったらしい〉

〈門が一枚破られたって見た〉

〈それ外側の柵じゃなかった?〉

〈俺が見たのは橋の話だったぞ〉

〈友達が途中で配信切った〉


 俺は、文字を追った。


 都市の名前は、出ていない。


 いや、いくつか出た。


 でも、どれも違う。


 王都の話だと言う人。


 海の方では、と聞く人。


 山の都市の映像を見た、と書く人。


 同じ出来事を話しているのかも、分からなかった。


「……どこの情報ですか?」


 聞きながら、自分でも少し声が硬くなったのが分かった。


〈まとめの配信で言ってた〉

〈こっちの防衛チャットにも来た〉

〈元の映像、今探してる〉

〈現地の人、戦闘中で返事ない〉


 水を、一口飲む。


 さっきまで温かかった腹の中が、少し冷えるような気がした。


 ガランさんが、俺の顔を見た。


「どうした」


「ほかの都市で、押されてる場所があるみたいです。ただ、どこかは……」


 言いかけて、止まる。


 分からない。


 俺が今、確かに言えるのは、それだけだった。


     ◇


 少し離れた机で、誰かが立ち上がった。


「おい。見たか?」


 隣の人が、何かの画面を開く。


 別の場所でも、人が顔を寄せていた。


 笑い声が、減る。


 食器の音が、急にはっきり聞こえ始めた。


「壊れたって」


「何が?」


「分からん。でかいのが抜けたらしい」


 その会話が、俺たちのところまで届く。


 リィナさんが、顔を上げた。


 イトも匙を止め、周囲を見る。


「しゅら?」


 袖を引かれた。


 俺は、そちらへ向き直る。


「……まだ、よく分かってません。遠くで、何かあったかもしれないって話です」


 言いながら、昨夜の映像を思い出した。


 白い城壁。


 赤い炉。


 枝の上の弓兵。


 草原を走る、白い影。


 船の上へ並んだ人たち。


 知っている顔が、一つずつ浮かぶ。


 レオンさん。


 ロックさん。


 フィーネさん。


 ヴァイスさん。


 誰のところだろう。


 考えたところで、分かるわけではなかった。


 でも、考えてしまう。


     ◇


〈修羅、まだ噂だから落ち着いて〉

〈俺、王都の配信見てるけど今は持ってる〉

〈海都も画面動いてる。ただ、別の場所までは見えない〉

〈壁に大きいのが近づいた映像はあった〉

〈それ何分前?〉

〈時間表示、切れてる〉


 俺は、口を閉じた。


 みんな、何かを見ている。


 みんな、何かを聞いている。


 でも、全部を知っている人は、ここにはいない。


 昨日の公式放送では、都市ごとに映像が整理されていた。


 今、流れてくるのは違う。


 戦っている人の視界。


 誰かが短く切り取った映像。


 別の場所から届いた、数行の言葉。


 それらが、同じところへ集まっている。


〈門の前にいた人が、下がれって叫んでた〉

〈普通の交代かもしれないだろ〉

〈でも全員で走ってたぞ〉

〈担架が何台も来てたって〉

〈負傷者はこっちにもいる。それだけじゃ分からん〉


 俺は、まだ半分残っている器を見た。


 食べなければ。


 午後も、動く。


 分かっている。


 でも、匙を持つ手が止まっていた。


     ◇


「……知り合い、いるんですか」


 リィナさんが、小さく聞いた。


 俺は頷いた。


「いろんな所に。大会で会った人たちが」


「そうですか」


 彼女は、それ以上聞かなかった。


 代わりに、俺の器へ視線を向ける。


 俺は少し迷ってから、匙を取った。


 一口。


 味が、さっきより分かりにくい。


 ガランさんが、水の器を机へ置く。


「俺も、知ってるやつがいる」


 低い声だった。


「連絡するか、迷った」


 俺は顔を上げた。


「……今も?」


「ああ」


 ガランさんは、自分の手元を見る。


「ただ、戦ってるところへ『大丈夫か』って送ったところで、すぐ返せるとは限らんだろ」


 俺は、黙って頷いた。


 分かる。


 さっき、補給路で猿と戦っていたとき。


 何かが届いても、読む余裕はなかった。


 返事がないから危ない。


 そう決めることは、できない。


 でも、返事がない時間は、長く感じるだろう。


 俺はメニューを開きかけて、いったん閉じた。


     ◇


 広場の入口から、伝令が走ってきた。


 何人もの顔が、同時にそちらを向く。


 伝令は息を整える間もなく、報告所へ向かった。


 布の向こうへ消える。


 すぐに、ミチシルベさんが出てきた。


 手には、紙。


 その後ろに、ベルンさんもいた。


 周囲の話し声が、小さくなる。


 誰かが尋ねた。


「ほかの都市、何かあったんですか?」


 ベルンさんは、足を止めた。


 俺たちの机からも、顔が見える。


「現在、複数の報告を確認しています」


 はっきりした声だった。


「他戦域の一部で、当初の配置から防衛部隊を下げた、という情報が届いています。ただし、都市中枢の陥落を確認した報告はありません」


 広場のどこかで、長い息が漏れた。


 でも、安心した声ばかりではない。


「一部って、どこですか?」


「城壁ですか? 街の外?」


 質問が重なる。


 ベルンさんは、一つずつ顔を向けた。


「場所と時刻を含め、照合中です。確認できた内容は、こちらの掲示にも出します」


 ミチシルベさんが、その隣で頷く。


「同じ出来事が、違う言い方で届いている可能性があります。古い映像も混ざっていますので、現地の方から情報がある場合は、受け取った時刻と一緒に窓口へお願いします」


 それだけ言って、二人は報告所へ戻った。


 大丈夫だ、とも言われなかった。


 どこも危なくない、とも。


 俺は、その背中を見送った。


     ◇


〈公式も確認中か〉

〈中枢はまだ落ちてないって〉

〈そこは聞けてよかった〉

〈でも下がった場所はあるんだな〉

〈俺が見た映像、今朝のだった。すまん〉

〈いや、時間分かっただけでも助かる〉


 コメントが、少し変わった。


 大きな言葉が減り、時刻や場所を確かめるやり取りが増える。


 それでも、不安は消えなかった。


 遠くの誰かが、今も押されているかもしれない。


 昨日、一緒に笑っていた人が。


 今朝、短い返事をくれた人が。


 俺は、自分の手を見た。


 七十二。


 朝より、強くなった。


 でも、今ここから遠くの街へ、そのまま斧を届かせることはできない。


「……何か、できればいいんですけどね」


 小さく言うと、カゲロウさんが顔を上げた。


「ここを、守る」


 短い返事だった。


 俺を見る。


「ほかの所が押されたからといって、こちらまで空けるわけにはいかん」


 俺は、頷いた。


 その通りだ。


 でも、すぐには顔を上げられなかった。


 カゲロウさんも、それ以上は言わない。


 代わりに、机へ置いた地図を畳んだ。


「午後の配置、もう一度聞いてくる」


 立ち上がる。


 その背中を見て、俺も少し息を吐いた。


     ◇


 広場の端で、言い争う声がした。


「だから、あっちが危ないなら――」


「どこへ行くんだよ。場所も分かってないのに」


「でも、ここにはゼルガさんもいるだろ」


 その言葉で、何人かが顔を向けた。


 俺も、目を上げる。


 言ったのは、盾を持った若いプレイヤーだった。


 隣の人が、困った顔をしている。


 助けに行きたい。


 その気持ちは、分かった。


 俺も、少し前まで同じことを考えていた。


 でも、その足はどこへ向ければいいのだろう。


 そのとき、広場の奥から声がした。


「私がいるから、あんたが要らないってことにはならないよ」


 ゼルガさんだった。


 戦槌は持っていない。


 片手に、水の入った器。


 若いプレイヤーが、振り返る。


 何か言おうとして、止まった。


 ゼルガさんは、その前まで歩いた。


「心配なのは分かる。私も、知り合いが向こうにいる」


 静かな声だった。


「応援を出す必要があるなら、情報を揃えて、人と道を決める。今は、その確認をしてる」


 若いプレイヤーが、盾の縁を握る。


「……でも、間に合わなかったら」


 ゼルガさんは、すぐには答えなかった。


 少しだけ、報告所へ顔を向ける。


 それから、彼を見る。


「だから、動くと決まったときに動けるように、今は食べておきな」


 若いプレイヤーは、しばらく黙っていた。


 やがて、小さく頷く。


 隣の人が、椅子を引いた。


 ゼルガさんは俺たちへも目を向ける。


「こっちもだよ」


 俺は、自分の器を見た。


 湯気が、もう薄くなっている。


「……はい」


 匙を取った。


     ◇


 食事を終える頃、通知が来た。


 全体告知ではない。


 レオンさんからだった。


『こちらは配置を変えて対応中。僕のいる場所は守れているよ』


 俺は、その短い文章を何度か読んだ。


 それだけで、肩の力が少し抜けた。


 ただ、続きもあった。


『ほかの区域は確認していないから、僕からは何とも言えない。そちらも無理をしないで』


 王都全体が安全だ、と言っているわけではない。


 自分が見た範囲だけ。


 俺は、そこをちゃんと読んだ。


『ありがとうございます。ヴァルグは第4波を止めました。補給路も確保しています』


 返信する。


 それから、もう一行。


『午後も、守ってきます』


 送信した。


 ガランさんが、こちらを見る。


「来たか」


「はい。レオンさんのいる所は、守れているそうです」


「そうか」


 ガランさんは頷いた。


 それ以上、大きくは喜ばなかった。


 まだ、分からない場所がある。


 俺たちも、それを忘れたわけではなかった。


     ◇


 食器を返し、装備を確かめる。


 籠手。


 外套。


 短剣。


 斧。


 イトは蜘蛛の姿へ戻り、俺の横へ来た。


 前脚が、靴へ触れる。


「……大丈夫です」


 俺はしゃがみ、その脚へ指を添えた。


 何が大丈夫なのか。


 全部を説明できるわけではない。


 ただ、このまま黙って怖がっているより、今できることをしたかった。


 リィナさんが、鞄へ水を戻してくれる。


「補充しておきました」


「ありがとうございます」


 受け取る。


 彼女は、俺の顔を見た。


「情報が来たら、こちらでも確認しておきます。戻られたときに、お伝えしますね」


 俺は、ゆっくり頷いた。


「……お願いします」


 前へ出ている間、ずっとコメントを追うことはできない。


 誰かが、その間のことを見ていてくれる。


 それは、思っていたよりありがたかった。


     ◇


 城壁の上で、旗が動いた。


 見張りの声。


 まだ、接敵の鐘ではない。


 でも、前線へ戻る人が立ち上がり始めた。


 広場の空気は、朝より重かった。


 大きな笑い声は、少ない。


 誰かが画面を閉じる。


 誰かが、もう一度だけ連絡を送る。


 返事を待つ顔もあった。


〈まだ続報待ち〉

〈こっち、立て直してるって話も来た〉

〈場所、確定したら窓口に渡す〉

〈修羅は前見ててくれ〉

〈こっちはこっちで確認しとく〉


 俺は、流れる文字へ目を向けた。


「……ありがとうございます」


 それから、画面を少し小さくする。


 見えなくはしない。


 でも、今は目の前を見る。


 ガランさんが、盾を持ち上げた。


「行くか」


「はい」


 俺は斧を取った。


 門の向こうには、午後の日差し。


 その先に、林。


 また、何かが動いている。


 どこかで、誰かが押されているかもしれない。


 その不安は、消えなかった。


 消えないまま、俺たちは歩いた。


 ここで立つ場所が、俺たちにはある。


 まだ、その向こうへ通してはいけない人たちがいる。


 俺はガランさんの右へ入り、斧を構えた。

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