15話 偵察とレベリング
●主人公視点
右から出る。
振ったら、低く戻す。
味方の後ろへ戻るときも、声をかける。
それから、転ぶ前に帰る。
どうも、修羅です。
あれから、毎日訓練していました。
最初はガランさんの盾に斧をぶつけそうになっていたけど、今はその回数も減りました。
ゼルガさんには、まだ転ばされます。
昨日は二回。
一昨日は三回だったので、成長はしていると思います。
〈数え方が前向き〉
〈一昨日より減ってるからな〉
〈昨日、最後の一回は自分から転んでたぞ〉
「足元、掘れてたんですよ……」
言い訳をしながら、宿の食堂で朝食を食べる。
机の向こうでは、リィナさんが小さな瓶を確かめていた。
治療所で使う、薬の材料。
昨日のうちに選別を終え、今日は納品するだけらしい。
イトは、パンを両手で持っている。
いつの間にか、食べる前に小さく分けるのが上手くなっていた。
何でも、少しずつ慣れていく。
俺も、四本の腕を同時に動かす練習を続けている。
普段の手で服を畳み、魔力の手で鞄を開ける。
その程度なら、もう混乱しなくなった。
ただ、戦闘中に何でもできるわけではない。
欲張ると、普通の手まで止まる。
明日までに、使う動きは絞っておこう。
そう考えていたところで、鐘の音がした。
視界へ、告知が広がる。
【世界大侵攻】
【開戦まで:一日】
俺は、匙を置いた。
「……来ましたね」
◇
【魔都ヴァルグ・侵攻情報】
【主要侵攻方向:東・北東】
【確認された主要種】
【黒牙走狗】
【鎧背牙猪】
【灰羽の鉤鳥】
【角盾オーガ】
【侵攻指揮個体:黒旗の戦将】
名前の横へ、短い映像が流れる。
黒い犬に似た魔物が、草地を走っていた。
その後ろでは、分厚い背中を持つ猪が土を蹴っている。
空には、灰色の翼。
さらに奥。
角のある大きな体が、盾を構えた。
俺は、顔を近づけた。
「……盾、持ってますね」
〈修羅の得意分野では〉
〈大盾蜥蜴兵よりでかくない?〉
〈あれ、オーガか〉
最後の映像では、黒い旗が揺れていた。
その下に立つ、大きな影。
鎧の肩。
長い柄の武器。
顔までは、はっきり見えない。
【黒旗の戦将】
【侵攻軍を率いる指揮個体。
周囲の魔物を統率し、防衛線の弱い場所へ攻撃を集中させる。】
「……弱いところ、探してくるんですか」
ただ、正面から全部走ってくるわけではないらしい。
説明を、下へ送る。
【公開情報は、事前に確認された主要種です】
【亜種、上位個体、その他の魔物が出現する可能性があります】
【第一侵攻波以降、戦況に応じて進路が変化する場合があります】
全部を知った状態で、迎えられるわけではない。
それでも、何も分からなかった昨日とは違う。
俺は、主要種の説明を一つずつ開いた。
速い獣。
正面の硬い猪。
空から下りてくる鳥。
そして、盾を持つ大型の魔物。
「……役目、分けないとですね」
イトが、パンを皿へ置いた。
画面は見えないけど、俺の声で何か分かったらしい。
「くる?」
「明日です。今日は、準備の仕上げですね」
小さな頷きが返った。
◇
食事を終える前に、集合の連絡が来た。
南の訓練場。
俺たちが着く頃には、既に地図が広げられていた。
セイルさんとベルンさん。
ゼルガさん。
ガラン、リュカ、ユズリハ、カゲロウ。
ミチシルベさんも、書き込み用の紙を並べている。
「皆さん、おはようございます」
セイルさんが、俺たちを見た。
「主要な侵攻方向が、東と北東と公表されました。これを受けて、東門側の配置を調整しています」
地図へ、印が増えていた。
門の前。
その左右。
城壁へ上がる階段。
治療所と補給所。
今までの訓練で使っていた形が、実際の街へ重なる。
ゼルガさんが、東側の道を指した。
「まず、門へ突っ込むやつを止める。飛ぶやつは弓兵と魔法使いが見る。リュカも、その手伝いを頼みたい」
「はい」
リュカが頷く。
「ただ、空へ上がるかどうかは、そのときの数を見て決めよう。全部を一匹で追う必要はない」
次に、地面の上へ木の駒が置かれる。
ガラン。
俺。
その少し後ろに、糸を示す小さな輪。
「修羅たちは、ここ。盾で止めた相手を倒す。ただし、速い獣を一匹ずつ追って、列から離れない」
「はい」
「角盾オーガが来たら、先に知らせてくれ。数と大きさを見て、誰が受けるか決める」
俺は、映像で見た大きな盾を思い出した。
興味は、ある。
でも、来た瞬間に勝手に走っていく相手ではない。
頷くと、ゼルガさんも頷き返した。
そこで、カゲロウが口を開く。
「東の林で、黒牙走狗の群れが確認された。もともとこの辺りにもいる種だが、普段より街道へ寄っている」
地図へ、指が置かれた。
「城壁から見える範囲の、最後の確認に行く。道と斜面を見て、近くの群れを減らしておきたい」
ゼルガさんが、俺とガランを見た。
「同行できるかい。長く追う必要はない。相手の動きも、実際に見ておける」
俺は、斧の柄へ手を置いた。
「行きます」
ガランも頷く。
「俺も。訓練の形が、外で使えるか確かめたい」
〈前日の実戦確認か〉
〈いよいよ告知の魔物と戦うんだな〉
〈奥まで追うなよ〉
俺は、配信へ顔を向けた。
「今日は、戻る時間も決まってます。夕方の確認には、全員ここへ帰ってくる予定です」
今度は、ちゃんと守ろう。
◇
東門の外には、見張り台が増えていた。
道の左右へ、杭。
地面には、何本もの目印。
城壁の上では、兵士たちがこちらを見ている。
出発前、カゲロウが全員へ向き直った。
「俺が前を見る。戦闘になったら下がるので、追い越す前に声をかけてくれ」
「分かった」
ガランが答える。
俺も頷いた。
今日は、リュカとユズリハは街へ残る。
飛行と糸の最終調整があるからだ。
こちらは、カゲロウ、ガラン、俺、イト。
それに、土地を知る兵士が二人。
街から離れすぎない範囲を、回っていく。
道を下り、林の端へ入った。
木々の向こうに、まだ城壁が見える。
俺は、それを一度確かめた。
帰る方向。
今の位置。
それから、前。
カゲロウが、片手を上げた。
全員が止まる。
草の向こうで、黒い背中が動いていた。
◇
【黒牙走狗 Lv.46】
【HP:720/720】
【群れで獲物を追う肉食の魔物。
正面で相手の注意を引き、その側面や背後へ回り込む。
喉元と脚を狙った噛みつきを得意とする。】
俺は、草の中の影を数えた。
一体。
二体。
奥にも、いる。
「……四体、見えます」
「右に、もう一体」
カゲロウが、囁く。
よく見ると、木の根元に黒い顔があった。
五体。
ガランが、盾を上げる。
「俺の右、空けとく」
「はい」
イトは、俺の肩から下りた。
蜘蛛の姿で、低い岩へ移る。
白い糸が、道の左へ伸びた。
黒牙走狗が、顔を上げる。
鼻が動く。
こちらに気づいた。
一体が、低く唸る。
残りが、散った。
「……映像より、速いですね」
言い終わる前に、先頭が来た。
地面を蹴る。
ガランの盾へ、黒い体がぶつかった。
「今!」
「右、出ます!」
俺は、踏み込んだ。
訓練と同じ。
盾で止まった体。
その横へ、斧。
一撃で、走狗が崩れた。
低く戻す。
右から、もう一体。
「右、来ます!」
「受ける!」
ガランの盾が、向きを変えた。
走狗の牙が、縁へ当たる。
俺は、追わずに後ろへ戻った。
その横を、カゲロウの槍が抜ける。
伸び上がった首へ、穂先が入った。
〈連携できてる!〉
〈今の戻り方、訓練と同じだ〉
〈追わなかったの大事〉
左で、糸が張った。
回り込んだ一体の脚が止まる。
兵士が槍を向け、その進路を塞いだ。
イトが、もう一本。
走狗が、姿勢を崩す。
俺は、声をかけてから前へ出た。
「左、取ります!」
斧を短く振る。
倒す。
すぐ、戻る。
最後の一体は、林へ逃げようとした。
俺の足が、半歩出た。
そこで止める。
カゲロウが、顔を上げた。
「追わなくていい。進んだ方向は見た」
俺は頷いた。
息を吐く。
五体のうち、四体を倒した。
でも、全員無傷だった。
「……一人より、ずっと楽ですね」
俺が言うと、ガランが笑った。
「だから、合わせてきたんだろ」
◇
林の外側を回る間に、何度か黒牙走狗と遭遇した。
数が少なければ、同じ形で処理する。
横へ広がりすぎた群れは、こちらから追わない。
兵士が見張り台へ合図を送り、場所を伝える。
カゲロウは、足跡と道幅を記録した。
「ここは、荷車が一台通れる」
「こっちの斜面は、下からだと草で足場が見えないな」
俺も、地面を見た。
走って下がったら、足を取られそうな穴。
湿って滑る根。
小さな沢。
訓練場の平らな地面には、なかった物ばかりだ。
「……ここで戻るなら、少し右へ寄った方がよさそうです」
俺が言うと、カゲロウが頷く。
「印をつけよう」
兵士が、木へ布を結んだ。
そのとき、奥の茂みが大きく揺れた。
低い、鼻息。
ガランが、盾を上げる。
出てきたのは、猪だった。
背中を、重なった灰色の板が覆っている。
口元には、太い牙。
【鎧背牙猪 Lv.55】
【HP:1,780/1,780】
【背中と頭部の外殻が発達した大型獣。
突進の直前に短く足を止め、狙う方向を定める。
負傷しても直進を続けることがある。】
「……止めた後も、気をつけるやつですね」
俺は、熊と戦ったときのことを思い出した。
傷を負わせたからといって、すぐに止まるとは限らない。
猪が、地面を掻いた。
「ガランさん。正面で、受けきれます?」
「分からん。ずらす」
「分かりました」
返事が、はっきりしていた。
無理に止めるとは言わない。
俺は、右側へ場所を取った。
イトは、さらに外へ回る。
猪が、止まった。
鼻先が、ガランへ向く。
「来る!」
土が跳ねた。
重い足音が近づく。
ガランの盾が、斜めになる。
激突。
大きな体が、押された。
ガランの足が、地面を滑る。
それでも、盾の向きは崩れなかった。
猪の頭が、少し外へ流れる。
俺は、その横へ入った。
「〈鬼装〉!」
刃へ、赤い光。
前脚の付け根を狙う。
斧が、入った。
猪が吠える。
でも、止まらない。
そのまま、前へ出る。
「抜けます!」
俺は、追撃せず離れた。
ガランも盾を引き、体を横へ逃がす。
猪が、二人の間を走り抜けた。
その先に、白い糸。
後脚へ絡む。
切れる。
もう一本。
イトは止めようとせず、片側だけを引いていた。
傷ついた前脚が、地面を捉えきれない。
猪の体が傾く。
カゲロウの槍が、進路の横から伸びた。
首の下へ、深く。
俺は、踏み込む。
「右から、入ります!」
横倒しになりかけた体へ近づく。
斧を、短く。
もう一度、脚の内側へ。
猪が、倒れた。
それでも、牙が動く。
俺は頭の前へ立たず、首の横へ回った。
最後の一撃。
【経験値を獲得しました】
静かになる。
ガランが、盾を下ろした。
「……重いな、こいつ」
「明日、何体も来るんですよね」
俺が言うと、全員が一度、猪を見た。
カゲロウが、紙へ書き込む。
「正面で完全に止めようとしない。流した先も、空けておく必要がある」
兵士が頷く。
「門の前まで入れたくない相手だな」
〈実際に見ておいてよかった〉
〈止まると思って後ろに人置いてたら危なかったな〉
〈イト、片脚だけ引くのうまい〉
俺は、手を差し出した。
戻ってきたイトの前脚が、触れる。
「助かりました。あれ、真っすぐ進んでたら、追うの大変でした」
前脚が上がった。
◇
同じ種類の猪を、もう一体。
その後、走狗の群れを一つ。
予定した範囲を回り終えたところで、カゲロウが空を見た。
「戻ろう。これ以上は、今日の調査範囲を出る」
俺も、地図を確認する。
城壁は、まだ見えていた。
遠くへ行こうと思えば、行ける。
でも、今日は行かない。
「はい。戻りましょう」
表示が、いくつか残っていた。
帰る前に、それを開く。
【種族レベルが上がりました】
【羅刹Lv:8 → 13【UP!】】
「……五つ、上がってますね」
〈おお!〉
〈開戦前に伸びた〉
〈かなり倒したもんな〉
今日は、群れをいくつも相手にした。
全部を俺が倒したわけではない。
それでも、連携して戦った分の経験値は入っている。
俺は、ガランを見る。
ガランも、自分の表示を見ていた。
「こっちも上がった。明日の前に、盾の受け方を確かめ直せるな」
隣で、イトが前脚を動かす。
従魔の表示も開く。
こちらにも、レベルアップの印があった。
「イトも、上がりましたよ」
顔が、こちらへ向く。
俺は頷いた。
「はい。頑張った分です」
前脚が、俺の指へ触れた。
◇
戻る途中、空を灰色の影が横切った。
全員が、足を止める。
大きな翼。
鉤のように曲がった爪。
【灰羽の鉤鳥 Lv.41】
鳥は、一度だけこちらを見た。
高い場所を回り、そのまま北へ飛んでいく。
俺は、斧を下ろしたまま見送った。
「……あれは、届かないですね」
「弓兵へ伝える」
カゲロウが答えた。
兵士が、飛んでいった方向を確かめる。
俺は、空を見上げていた。
全部を、自分で倒さなくていい。
あれを見る人が、街で準備している。
「リュカさんにも、話しておきましょう」
「ああ」
頷きが返る。
俺たちは、城壁へ向かって歩き出した。
◇
東門をくぐると、街は朝より忙しくなっていた。
運ばれる木箱。
並べられた水瓶。
予備の盾を担いだ兵士たち。
俺たちは、まず報告所へ向かった。
カゲロウが地図を広げる。
走狗の数。
猪がいた場所。
鳥の飛んだ方向。
戻る道の目印。
ガランが、盾を受けた感触を説明する。
「鎧背牙猪は、一度受けて止まる前提にしない方がいい。横へ流すなら、その先を空けておいてくれ」
俺も、頷いた。
「脚へ攻撃しても、すぐには止まりませんでした。倒れた後も、頭の前は危ないです」
ミチシルベさんが、書き足していく。
朝、告知で見た名前が、地図と注意書きになっていく。
ゼルガさんは、その話を最後まで聞いた。
それから、頷く。
「よく見てきてくれた。猪を通す場所は、今のうちに調整しよう」
俺たちの駒が、少し動いた。
糸を張る範囲も、変わる。
朝の配置が、そのまま正解ではなかった。
実際に歩いた分だけ、変えられた。
「修羅。今日は、ちゃんと戻ったね」
ゼルガさんが、こちらを見た。
俺は、少し笑った。
「時間、決まってたので」
「いいことだ。明日も、戻る場所を忘れないでくれ」
俺は、頷いた。
「はい」
◇
夕方、宿へ戻る。
リィナさんが、先に帰っていた。
俺たちを見ると立ち上がり、顔と手を確かめる。
「お帰りなさい。怪我は?」
「少し擦ったくらいです。大きいのは、ありません」
掌を見せる。
彼女はそれを確かめ、ほっと息を吐いた。
イトは人の姿へ戻り、椅子へ座る。
「いのしし」
「会ったんですか?」
「おおきい」
両手が、広がる。
リィナさんが俺を見る。
俺は頷いた。
「でも、今日はみんなで倒しました。盾で受けてもらって、糸で脚を引いて、槍で止めて」
説明しながら、自分でも思い出す。
あの猪へ、一人で向かっていたら。
倒せたかもしれない。
でも、もっと走り回って、もっと傷が増えていたと思う。
「……一緒だと、できることが増えますね」
俺が言うと、リィナさんは笑った。
「はい」
食卓へ、温かい器が置かれる。
俺は椅子へ座り、装備の留め具を緩めた。
明日の敵の名前は、分かった。
そのうち何種類かは、動きも見た。
レベルも、上がった。
それでも、まだ知らないことはある。
黒旗の戦将。
そいつが、どこへ来るのか。
何を連れてくるのか。
そこは、明日、確かめることになる。
俺は告知を一度だけ開いた。
【世界大侵攻】
【開戦まで:一日】
表示を閉じる。
今夜やることは、もう決まっていた。
食べる。
道具を整える。
それから、ちゃんと寝る。
「いただきます」
声を合わせ、匙を取った。
窓の向こうでは、城壁の上に灯りがともり始めていた。




