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14話 戦略会議と訓練

●主人公視点


「どこへ立ってもらうか、確かめようか」


 ゼルガさんが、楽しそうに言った。


 俺は、足元の戦槌を見た。


 柄は太い。


 先端は、もっと太い。


 あれで地面を軽く叩いたら、俺の足元まで揺れる気がする。


「……今、ですか?」


「いや。まずは受付だ。着いたばかりの相手を、そのまま引っ張り回したら怒られる」


 ゼルガさんが、広場の端へ顔を向ける。


 書類を抱えた職員が、こちらをじっと見ていた。


 目が合うと、ゼルガさんは片手を上げた。


「分かってるって」


〈既に注意される側w〉

〈修羅と同じ匂いがする〉

〈受付の人、強い〉


 俺は、少しだけ安心した。


 この人も、止められる側なんだな。


 ただ、その直後。


「受付が済んだら、領主館へ来てくれ。先に、みんなで話をしよう」


 そう言われて、背筋を伸ばす。


 ゼルガさんの声は、さっきまでより少し落ち着いていた。


「一人ずつ強くても、並べて使えるとは限らないからね」


     ◇


 防衛受付では、思った以上にいろいろ聞かれた。


 武器。


 使える技。


 得意な距離。


 苦手なこと。


 参加できる時間。


 長く戦った後、どのくらい休む必要があるか。


「……苦手なこと、ですか」


 用紙を見つめる。


 遠距離。


 飛んでいる相手。


 狭すぎる場所。


 あと、味方がすぐ横にいる状態で、大きく斧を振ること。


 書くと、結構あった。


「強みだけでなく、難しいことも教えていただけると、配置を考えやすくなります」


 担当の女性が言った。


「届かない相手へ、無理に攻撃していただく必要はありませんので」


 俺は頷き、続きを書いた。


 イトについても、説明する。


 蜘蛛の姿。


 人の姿。


 糸で止められる物と、止めきれない物。


 人化中は、MPを使い続けること。


 彼女にも横へ座ってもらい、できることを一緒に確かめた。


「糸は、広い場所へ一気に張れますか?」


 聞かれて、イトが少し考える。


「すこし、ずつ」


「分かりました。準備に時間が必要ですね」


 担当の女性が、紙へ書き込む。


 リィナさんは、別の机で話していた。


 薬草の選別。


 簡単な傷の手当て。


 調理。


 できることと、まだ習っていないこと。


 こちらへ聞こえてきた声は、はっきりしていた。


「大きな傷の治療は、できません。薬師さんや、お医者様の指示があれば、材料の準備はできます」


「承知しました。では、治療所の補助と調理担当、両方の説明をお聞きになりますか?」


「はい。お願いします」


 俺は、そのやり取りを見ていた。


 何でもできます、と言わない。


 できることを、きちんと伝える。


 俺も、自分の用紙へ目を戻した。


〈こういう確認、大事だな〉

〈大会の自己紹介とは違うね〉

〈苦手なこと書くの、ちょっと勇気いる〉


「……でも、先に言っておいた方が、助かりますよね」


 呟いて、最後の欄を埋めた。


     ◇


 領主館の会議室には、大きな地図が広げられていた。


 ヴァルグの街。


 外壁。


 四つの門。


 周囲の道と、川。


 南側には、荷車を集められそうな広場も描かれている。


 俺たちが入ると、奥に座っていたセイルさんが立ち上がった。


「皆さん、お越しいただきありがとうございます」


 今日は、ちゃんと椅子から離れていた。


 膝も、ぶつけていない。


 俺は、何となく安心した。


「修羅さんも。長旅、お疲れ様でした」


「はい。お久しぶりです」


 握手をする。


 セイルさんの顔が、少しだけ緩んだ。


 その横で、ベルンさんが軽く咳払いをする。


 セイルさんは、すぐに姿勢を正した。


〈今回は落ち着いてる〉

〈領主、成長したな〉

〈握手したときだけちょっと顔戻ったぞ〉


 配信については、入る前に確認してある。


 今日の会議は、一般参加者にも周知する内容を中心に話すので、公開して構わないらしい。


 ただし、個人の連絡先や、まだ調整中の細かな記録は映さない。


 俺は視点を机の中央へ向け、席についた。


 隣に、ガラン。


 その向こうに、リュカ。


 ユズリハは、座面へ敷いた布の上。


 カゲロウは壁際の席へ腰を下ろしている。


 マルクさんと、地図を扱っている細身のプレイヤーもいた。


「ミチシルベです。現地の情報整理を手伝っています」


 自己紹介をして、こちらへ頭を下げる。


 俺も、挨拶を返した。


 ゼルガさんは、机の前に立っていた。


 戦槌は、壁際。


 床には、厚い板が敷かれていた。


 置く場所も、決まっているらしい。


     ◇


「まず、分かっていることから始めましょう」


 セイルさんが、会議を開いた。


「侵攻は三日間。主要な侵攻波の時間帯は、事前に案内されます」


 机の端へ、告知の写しが置かれる。


「そして、先ほど追加のお知らせが届きました」


 俺も、通知を開く。


【世界大侵攻・追加案内】


【開催前日、各防衛都市へ侵攻する主要な魔物の情報を公開します】


【公開内容:主要種、確認された特徴、想定される侵攻方向】


【全個体の出現位置、出現数、およびすべての能力を保証するものではありません】


「……前日なんですね」


 俺が言うと、セイルさんが頷いた。


「はい。ですので、今日の時点で相手を決めつけた作戦は組みません」


 ゼルガさんが、地図へ指を置く。


「今決めるのは、誰が何をできるか。どこを通るか。危なくなったら、どう下がるかだ」


 門の外。


 城壁の上。


 門の内側。


 指が、順に動く。


「敵の顔ぶれが分かったら、前日に配置を詰め直す。今から全部固めて、後で動けなくなるのは困るからね」


〈なるほど〉

〈先に役割と動線を作るのか〉

〈敵の情報で最後に調整する感じね〉


 俺は、地図を見た。


 まだ、何が来るかは分からない。


 でも、味方がどう動くかは、今から考えられる。


     ◇


「じゃあ、修羅」


 急に呼ばれた。


 俺は顔を上げる。


「はい」


「大きいのと、小さいのが一緒に来たら、どっちへ行きたい?」


 ゼルガさんが、聞いた。


 俺は少し考えた。


 熊との戦い。


 蟻の群れ。


 盾持ち蜥蜴兵。


 得意な方は、どちらだろう。


「……大きい方、ですかね」


 正直に答える。


「小さい相手がたくさんいると、全部を追いかけるのは難しいです。大きい相手なら、動きを見て近づける場所を探せるので」


 ゼルガさんが頷く。


「じゃあ、そいつを倒すまで、横の連中はどうする?」


 俺は口を開きかけて、止まった。


 一人なら、下がってまとめる。


 木や岩を使い、同時に来る数を減らす。


 でも、ここは街の前だ。


 自分が避けた先へ、敵が流れたら。


 その向こうには、味方がいる。


「……誰かに、止めてもらう必要があります」


「そうだ」


 ガランが、肘を机へ置いた。


「俺が横を見ようか。大物を受けながら小さいのまで止めるのは無理だが、修羅が入る道を一つ作るくらいならできる」


 地図の上へ、木の駒を置く。


 前に、大きな駒。


 その横へ、小さな駒が二つ。


「正面の相手を盾で一度止める。修羅は俺の右へ。抜けた後は、俺の盾の前へ戻らない」


「右側を、通るんですね」


「ああ。毎回どっちから出るか分からんと、こっちも動きにくい」


 俺は頷いた。


 ガランの盾。


 その右側。


 斧を振る方向。


 頭の中で、並べてみる。


「……それなら、左へ大きく振り抜かない方がいいですね」


「まずは短く振ってくれ。広く使いたいときは、一声ほしい」


「分かりました」


〈連携の組み立て、面白いな〉

〈左右決めるだけでも変わるのか〉

〈修羅の斧が味方に当たらないための会議〉


「大事なので」


 コメントへ返すと、ガランが笑った。


     ◇


 ユズリハが、地図の細い道へ前脚を置いた。


「その右側を空けるなら、糸は左へ張れます。小さい魔物が横から回る道を、少し遅らせられると思います」


 イトも、机へ顔を近づける。


 ユズリハの脚が示した場所を見る。


「こっち、とめる?」


「はい。ただ、全部を塞いでしまうと、味方も通れなくなるので」


 別の道へ、前脚が動く。


「ここは、通れるように残したいです」


 イトが頷く。


 俺は、二人を見てから聞いた。


「糸のある場所、見て分かるようにできますか。走って戻るとき、俺が引っかかりそうで」


「目印をつけましょう。杭や布で」


 ユズリハが答える。


 ミチシルベさんも、紙へ書き込んだ。


「地図にも載せます。ただ、張り替えた場合は、近くの担当者へ伝えてください。古い情報のまま走ると危ないので」


「わかりました」


 イトが、ゆっくり返事をした。


 自分の役目が、地図の上へできていく。


 その顔は、真剣だった。


     ◇


「空からは、どう見えるでしょう」


 セイルさんが、リュカへ向いた。


 リュカは、少し背筋を伸ばす。


「高く上がれば、外の動きは見えると思います。ただ、ずっと飛び続けるのは難しいです。ブレスも、何度も続けては使えません」


「休む場所は、確保しています」


 ベルンさんが、地図へ小さな札を置いた。


 城壁の内側。


 建物の少ない、広い場所。


「こちらです。着陸時は周囲を空けます。人の姿へ戻る場所も、隣に用意します」


 リュカが、ほっとした顔をした。


「ありがとうございます」


「ブレスは、外に味方が出ている間は、方向を限定した方がいいね」


 ゼルガさんが言う。


 俺は、すぐに頷いた。


「使う前に分かれば、俺も下がれます」


「ただ、修羅さんが下がった後ろに、別の人がいるかもしれないので……」


 リュカの言葉で、俺は地図へ目を戻した。


 確かに。


 俺とリュカだけではない。


 ガランも、槍兵も、斥候もいる。


 ミチシルベさんが、机へ紙を一枚足した。


「攻撃する区域を、指揮側から伝える形にしましょう。リュカさんの合図だけで、全員が退避済みと判断しないように」


 ベルンさんが頷く。


「現地の合図と、伝令を組み合わせます。詳細は訓練で確認を」


 リュカが、真剣に頷いた。


〈龍が味方でも気軽に焼けないのか〉

〈だから事前に合わせるんだな〉

〈上空から見る係としても強そう〉


 俺は、少し考えて口を開いた。


「……ブレスの後、敵が残っていたら、俺たちが前へ出る方がいいですかね」


 ゼルガさんが、こちらを見る。


「どうして?」


「飛んで戻るまでの間、リュカさんを追う敵がいたら、下で止められるので」


 リュカの目が、少し大きくなった。


 ガランも頷く。


「門へ向かってくる残りを、受ける形だな」


 ゼルガさんが、木の駒を二つ動かした。


「使える。敵の種類次第だが、その形は練習しておこう」


 俺は、少しだけ嬉しくなった。


     ◇


 次は、下がるときの話だった。


 前へ出る道より、そちらの方が細かかった。


 負傷した人。


 武器が壊れた人。


 魔力が切れた人。


 それぞれが、どこへ向かうか。


 誰へ声をかけるか。


「修羅さん」


 リィナさんが、俺を見た。


「怪我をして戻るときは、途中で止まらず、指定された場所まで来てくださいね」


「……はい」


「近くの人に大丈夫だと伝えても、治療する側には分からないので」


 俺は、熊から戻った日のことを思い出した。


 大丈夫と言って、入口の石へ座らされた。


 今回は、その石まで遠い。


「ちゃんと、報告します」


 リィナさんが頷く。


 マルクさんが、地図の内側へ指を置いた。


「食料と水の受け渡し場所も、治療所の出入り口とは分けます。人が集まりすぎると、担架が通れませんので」


 ガランが、眉を上げた。


「そこまで、分けるのか」


「できれば。前線へ戻る方と、運ばれてくる方と、食料を運ぶ荷車が同じ所へ集まると、止まってしまいます」


 俺は、その場所を見た。


 昨日までは、ただの通りとして歩いていた。


 今は、人の流れが何本も重なって見える。


 戦略というと、誰が何を倒すかばかり考えていた。


 でも、倒すために前へ出る人も、疲れたら戻る。


 戻った先にも、仕事がある。


     ◇


 会議の途中で、ゼルガさんが全員を見渡した。


「一つ、覚えておいてほしい」


 声が、少し低くなる。


「前の持ち場を離れるときは、必ず伝える。敵を追うときも、助けに行くときもだ」


 机の上へ、指が置かれた。


 門の前。


「強いやつが一人で走っていくと、周りは『何か理由がある』と思う。ついていく者もいる」


 俺は、顔を上げた。


「本人は、一匹を追っただけかもしれない。でも、後ろでは列が動く。空いた場所へ敵が来る」


 ゼルガさんの目が、順番に俺たちへ向く。


「動くなって話じゃない。動くなら、分かるようにしてくれ。それだけで、助けられる」


 俺は、ゆっくり頷いた。


「はい」


 熊との戦いでは、空いている場所を見つけたら入った。


 自分が危なければ、横へ逃げた。


 今度は、その横に誰かがいる。


 俺が抜けた場所を、誰かが守っている。


 それを、忘れないようにしたかった。


     ◇


 地図の上には、いくつもの駒が並んだ。


 まだ、仮の配置。


 敵が公表される前日までに、訓練で何度か動かす予定だ。


 俺とガランは、前へ出るときの距離と向き。


 イトとユズリハは、糸を張る範囲と通路の目印。


 リュカは、上空からの報告と攻撃後の帰還。


 カゲロウは、外側の地形確認と、敵が近づく道の調査。


 リィナさんは、治療所と調理担当の説明を受け、どちらを主に手伝うか決める。


 マルクさんは、物資の搬入と補充。


 ミチシルベさんは、更新される情報を地図へまとめる。


 セイルさんとベルンさんは、それらを都市全体の防衛へつなげていく。


 俺は、並んだ駒を見つめた。


 自分の駒だけでは、何も分からない。


 隣に盾がある。


 後ろに糸がある。


 さらに後ろには、戻る場所がある。


 それが分かると、前へ出る場所も見えてきた。


「……俺、一人で斧を振ればいいと思ってました」


 思わず、口に出た。


 ゼルガさんが、笑う。


「振ってもらうよ。そこは、頼りにしてる」


 俺を見る。


「そのために、周りを決めてるんだ」


 胸の奥が、少し熱くなった。


 俺は、頷いた。


「はい。お願いします」


     ◇


 会議の終わりに、セイルさんが立ち上がった。


「魔物の情報が公表されるのは、開催前日です。その内容を受けて、最終の配置を決めます」


 机の上の地図へ、手を添える。


「それまでに、街の中で迷わず動けることと、隣で戦う方のことを知っておいてください」


 少し、間を置いた。


「ヴァルグを、よろしくお願いします」


 頭が下がる。


 俺たちも、自然に背筋を伸ばした。


 ガランが、拳で自分の胸を軽く叩く。


「任せてくれ。まずは、練習だな」


 リュカが頷く。


 ユズリハの前脚が、机へ添えられる。


 イトも、それを真似して小さな手を置いた。


 俺は、地図の上の自分の駒を見た。


 まだ、小さな木の塊。


 ここへ、俺が立つ。


 隣には、今日話した人たちがいる。


「……はい。やりましょう」


 返事をすると、セイルさんが顔を上げた。


 一瞬だけ、あのファンの顔になる。


 でも、すぐに頷き返してくれた。


 ゼルガさんが、壁際の戦槌を持ち上げる。


「じゃあ、話した通りに動けるか、試しに行こうか」


 俺たちは、椅子から立ち上がった。


 頭の中に、さっきの地図が残っている。


 右から出る。


 振る前に、声をかける。


 戻るときも、伝える。


 まずは、それを体で覚えよう。


 会議室の扉を出ると、遠くから訓練の掛け声が聞こえてきた。


 金属のぶつかる音。


 誰かが数を数える声。


 その間に、短い笛の音が混じっている。


 窓から見下ろすと、広場を兵士たちが走っていた。


 槍を持った列が進み、その後ろを盾の列が追う。


 止まる。


 入れ替わる。


 また、進む。


「……もう、やってるんですね」


 俺が言うと、前を歩いていたゼルガさんが振り返った。


「早くから集まってくれてる連中もいる。あんたたちも、無理のないうちに混ざってもらうよ」


「はい」


 会議室で聞いたことを、頭の中で繰り返す。


 ガランの右から出る。


 大きく振るときは、声をかける。


 戻るときも、伝える。


 覚えることは、それほど多くない。


 ……今のところは。


     ◇


 訓練場は、街の南側にあった。


 踏み固められた、広い地面。


 周囲には柵。


 その内側に、木の柱や、布を巻いた大きな的が並んでいる。


 俺たちが着くと、近くにいたプレイヤーが顔を上げた。


「あ、修羅だ」


「ガランもいる」


「リュカ、今日飛ぶ?」


 声が飛ぶ。


 リュカは少し困ったように笑い、片手を上げた。


「最初は、地上で確認するそうです」


 それを聞いた係の兵士が、頷いた。


「飛行を使うときは、中央を空けます。見学の方も、柵の外へお願いします」


 人が、少しずつ移動する。


 ゼルガさんは、その様子を確かめてから、訓練場の端を指した。


「まず、刃物は置いてくれ」


 武器を預ける場所だった。


 俺は大戦斧を、用意されていた台へ置く。


 手が離れた途端、少し心細くなった。


 係の人が、代わりに木製の大斧を持ってくる。


 受け取る。


 軽い。


 思わず、片手で持ち上げた。


「……実物より、かなり軽いですね」


「最初は、それでいい。今日は斧の重さを確かめに来たんじゃないからね」


 ゼルガさんが言った。


 ガランも、練習用の盾を受け取っている。


 ただし、盾の裏側には重りがついていた。


 本人が何度か構え、角度を変える。


「これなら、だいたい合う」


 俺は木の斧を両手で持った。


 熊のときのように、力を込める必要はない。


 むしろ、込めすぎないようにしなければ。


〈木の斧でも怖い〉

〈振る範囲の練習だもんな〉

〈相手の盾割るなよw〉


「今日は、割りません」


 先に、言っておいた。


     ◇


 最初の練習は、驚くほど単純だった。


 ガランが前。


 俺が、その斜め後ろ。


 向かいには、厚い布を巻いた盾を持つ兵士が一人。


「合図で、あちらが押す。ガランが受ける。修羅は右から出て、的を一度叩く。それだけ」


 ゼルガさんが、兵士の横に立った木の柱を指す。


 敵に見立てた的。


 俺は頷いた。


「分かりました」


 ガランが、盾を上げる。


 俺も構えた。


「始め」


 兵士が踏み込む。


 盾と盾が、ぶつかった。


 ガランの肩が、少し沈む。


 俺は右へ出た。


 斧を振る。


 柱へ、当たる。


 乾いた音がした。


「止め」


 ゼルガさんの声。


 俺は、斧を下ろした。


 できた。


 そう思ったところで。


「ガラン。今、怖かったかい?」


 ガランが、俺を見る。


 それから、頷いた。


「少しな」


「……え」


 俺も、ガランを見た。


 ゼルガさんが、近づいてくる。


 俺の斧へ手を添え、そのままゆっくり振り戻させた。


 刃の代わりの木板が、ガランの肩の近くを通る。


 近い。


 俺は、そこで気づいた。


「……戻すとき、ですか」


「そう。的には当たった。でも、引き戻すときに盾の後ろを通ってる」


 ゼルガさんが、自分の肩を指す。


「実戦なら、ここに頭があるかもしれない」


 喉が、少し詰まった。


「すみません」


「だから、今やってる。次は、低く戻してみな」


 俺は頷いた。


 もう一度、同じ位置へ。


 盾が、ぶつかる。


 右へ出る。


 振る。


 今度は、刃先を下げて、自分の側へ戻す。


 ガランの肩から、離れた。


「そうだ。今のは、よかった」


 俺は、息を吐いた。


〈怖っ〉

〈攻撃するときだけじゃないのか〉

〈振り終わった後も武器はそこにあるもんな〉

〈これ、練習しないと絶対分からない〉


「……俺、普段、横に誰もいないので」


 言うと、ガランが笑った。


「分かってる。だから、今のうちに覚えようぜ」


 盾の裏から、拳が出る。


 俺は、そこへ軽く拳を合わせた。


     ◇


 三回目は、前へ出るのが早すぎた。


 ガランが受け止める前に動いてしまい、盾を押してきた兵士と正面から向き合う。


 四回目は、遅かった。


 ガランが作ってくれた隙が、俺が出る頃には閉じていた。


 五回目。


「右、出ます」


 声をかける。


 ガランが頷き、盾を少し左へ傾けた。


 俺の通る場所が、開く。


 踏み込む。


 柱へ、一撃。


 低く戻す。


「戻ります」


 ガランの後ろへ入る。


 盾が、正面へ戻った。


「……お」


 思わず、声が出た。


 ガランも、こちらを見る。


「今の、いいな」


「はい。通りやすかったです」


 ゼルガさんが、腕を組んだまま頷く。


「もう五回」


「はい」


〈反復だ〉

〈一回できて終わりじゃないんだな〉

〈戦い方がチーム仕様になっていく〉


 俺は木の斧を持ち直した。


 今度は、何となくではなく。


 同じ動きを、もう一度。


     ◇


 次に、横から来る相手が増えた。


 俺が的を叩いた後、別の兵士が、短い棒を持って近づいてくる。


 追撃してくる敵の役だ。


 俺は反射的に、そちらへ斧を向けた。


「止め」


 また、ゼルガさんの声。


 俺は、足を止める。


「それを追うと、どこへ行く?」


 言われて、地面を見た。


 訓練場には、白い線が引かれている。


 俺が追おうとした先は、ガランの盾からかなり離れていた。


 後ろへ戻るにも、横の兵士を避ける必要がある。


「……戻りにくく、なります」


「そうだ。倒せそうでも、今の役目はそこまでじゃない」


 ゼルガさんが、ガランを指した。


「横から来たやつは、誰に任せる?」


 俺は、頷いた。


「ガランさんです」


「頼めるかどうか、声を出してみな」


 もう一度、最初から。


 盾がぶつかる。


 右へ出る。


 一撃。


 横から、棒を持った兵士。


 俺は、追わずに声を出した。


「右から、一体!」


「受ける! 戻れ!」


 ガランが、盾を少し前へ出す。


 俺はその後ろへ下がった。


 棒が、盾へ当たる。


 止まる。


 俺の正面には、また安全な空間ができた。


 少しだけ、背中がぞくっとした。


 誰かに任せて、戻る。


 一人のときにはなかった動きだった。


「……ありがとうございます」


「毎回、礼はいらん。声だけ頼む」


「はい」


 ガランはそう言って、盾を構え直した。


     ◇


 少し休んだ後、イトとユズリハも加わった。


 通路に見立てた場所へ、低い杭を何本か打つ。


 そこへ、白い糸。


 人が走る道には、色のついた布を下げた。


「ここは、通る場所です」


 ユズリハが前脚で示す。


「糸を張るのは、その向こう。張り替えたら、近くの人へ声をかけます」


 イトが頷いた。


 今日は、蜘蛛の姿で練習している。


 広く糸を張るなら、こちらの方が動きやすいらしい。


 俺は、布のある杭の間を歩いた。


 問題なく通れる。


 反対側へ、戻る。


 その途中で、靴の先に何か触れた。


 止まる。


 細い糸だった。


 イトが、すぐに駆け寄ってくる。


 俺の足元を見て、前脚で糸を外した。


「……大丈夫です。切れてませんし」


 俺が言うと、ユズリハが隣へ来た。


「戻るときは、足が少し外へ出るんですね」


 さっき通った場所より、半歩だけ外側。


 俺は、地面を見た。


 ガランの後ろへ戻ろうとして、無意識に大回りしていた。


「そうみたいです」


「では、ここも空けましょう。線にぴったり合わせるより、少し余裕がある方がよさそうです」


 杭が、一本移動する。


 糸を張る範囲も、変わった。


 イトが、修正された道を見ている。


 それから、自分でも横切って確かめた。


〈糸張って終わりじゃないのか〉

〈人の動きに合わせて直してる〉

〈地図だけだと分からないやつだな〉


 俺は、何度か往復した。


 今度は、走る。


 斧を持ったまま。


 足元へ気をつけながら、戻る。


 糸には、触れなかった。


「……大丈夫そうです」


 イトの前脚が上がる。


 俺も、親指を立てて返した。


     ◇


 その次に、リュカの番が来た。


 訓練場の中央が空けられる。


 周囲の人が、柵の向こうへ下がった。


 リュカも、広い場所へ歩いていく。


「変わります」


 声をかける。


 淡い光。


 人の輪郭が、ゆっくり大きくなった。


 赤銅色の鱗。


 長い尾。


 翼。


 見慣れたはずの姿なのに、近くで見るとやっぱり大きい。


〈龍だあああ〉

〈味方の龍!〉

〈訓練場で見るとでかいな〉


 リュカが、翼を少し広げた。


 風が起きる。


 俺の外套の毛が、揺れた。


 ガランが、隣で呟く。


「……近くへ着地されると、きついな」


「俺も、今、そう思いました」


 ゼルガさんが、白い旗を上げる。


「まずは、低く一周。戻る前に声をかけてくれ」


 リュカが頷く。


 地面を蹴る。


 翼が、一度。


 もう一度。


 大きな体が、浮いた。


 俺は、顔を上げた。


 大会では、あそこにいる相手へどう近づくか考えていた。


 今日は、どこへ戻ってくるかを見る。


 頭の使い方が、まるで違った。


 リュカが訓練場を回り、こちらへ近づいてくる。


「戻ります!」


 声が、上から降った。


 係の兵士が、旗を振る。


 着陸場所の周りから、人が離れた。


 俺も、下がる。


 翼が、風を打った。


 土が舞う。


 大きな脚が、地面へ触れる。


 続いて、前脚。


 尻尾が、横へ流れた。


「……そこまで、動くんですね」


 俺は、尾の先を見た。


 白線の近くまで、来ている。


 リュカが首を曲げ、申し訳なさそうにこちらを見る。


「すみません。降りるとき、少し広く使います」


「分かっておいて、よかったです」


 俺は、本気でそう思った。


 着地した直後に走り寄っていたら、尾へぶつかっていたかもしれない。


     ◇


 ブレスの練習は、火を使わずに行った。


 リュカが向く方向へ、旗を立てる。


 そこを、攻撃予定の区域とする。


 俺たちが下がる。


 ガランが、前を見たまま声を出す。


「右側、退避完了!」


 別の兵士が、左を確認する。


 カゲロウが、柱の陰を覗く。


「一人、残ってる」


 俺は顔を向けた。


 敵役をしていた兵士が、わざと倒れたままになっている。


 そういう練習だったらしい。


 俺は、走り出しかけた。


「修羅!」


 ゼルガさんに呼ばれ、止まる。


「行くなら、言え」


 俺は、一度息を吸った。


「一人、回収します!」


「ガラン、道を作れ。カゲロウ、周りを見て」


 二人が動く。


 俺は兵士へ近づき、声をかけた。


「肩、借ります」


「頼む」


 腕を取って、立たせる。


 全部持ち上げた方が早そうだったけど、どう運ばれたいかは本人にも都合がある。


 俺は支えたまま、決めた道へ戻った。


 ガランの盾の後ろ。


 白い線を、越える。


「戻りました!」


 カゲロウが、区域をもう一度見る。


「残ってない」


 旗が上がる。


 そこで、初めてリュカが息を吐く動作をした。


 炎は、出ていない。


 それでも、俺は少し緊張していた。


〈今の確認、必要だな〉

〈全員下がったつもりでも残ってる〉

〈修羅、反射で走りかけたw〉


「……気をつけます」


 ゼルガさんは、頷いた。


「助けに行こうとするのは、いい。周りが分かれば、手も貸せる」


 俺は、支えていた兵士から腕を離した。


「はい」


     ◇


 休憩では、用意された水を飲んだ。


 リィナさんが、補給を手伝っている。


 器を並べ、空になった物と使っていない物を分ける。


 俺へ一つ渡しながら、手元を見た。


「痛いところは、ありませんか?」


「今のところ、大丈夫です。頭は、結構疲れました」


「覚えることが、多いですものね」


 彼女が笑う。


 俺は、水を一口飲んだ。


 熊と戦ったときは、相手を見ていればよかった。


 今は、ガラン。


 糸。


 合図。


 リュカの位置。


 自分の後ろ。


 見る物が、増えた。


「……一人で動くより、難しいですね」


 隣へ座ったガランが、頷いた。


「その分、一人じゃできないことができる」


 俺は、訓練場を見た。


 イトとユズリハが、張った糸を外している。


 カゲロウは、係の人と地面の印を確かめていた。


 リュカは人の姿へ戻り、水の器を両手で持っている。


 確かに。


 俺一人では、あの全部はできない。


「……もう一回、合わせたいです」


 俺が言うと、ガランが笑った。


「同感だ」


     ◇


 最後の練習では、ゼルガさんが敵役に入った。


 厚い布を巻いた、大きな盾。


 それを、片手で持つ。


 もう片方には、短い練習用の棒。


「私を、ここから先へ通さない」


 地面の白い線を指した。


 その後ろには、旗が立っている。


「ただし、後ろの敵役も見てくれ。私に全員で集まったら、その間に抜けるよ」


 兵士が二人、少し離れて立った。


 俺は、ガランを見た。


 ガランも、こちらを見る。


「右だな」


「はい」


 構える。


 イトが壁際へ移る。


 ユズリハは、反対側。


 リュカは地上で、周囲を見る役に回った。


 ゼルガさんが、笑う。


「じゃあ、始めようか」


 足が、出た。


 たった一歩。


 なのに、ガランの盾へ当たった音は重かった。


「ぐっ!」


 大きな体が、半歩下がる。


 俺は、右へ出ようとした。


 その前に、ゼルガさんの棒が伸びる。


 胸元へ、軽く触れた。


「一人、やられた」


「……早い」


〈うわ〉

〈今の隙、なかったぞ〉

〈ガラン押しながら修羅止めた〉


 ゼルガさんは、すぐに下がる。


「もう一回」


 俺は、頷いた。


 二度目。


 ガランが、押されることを見込んで足を置く。


 盾が当たる。


 俺は、すぐには出ない。


 ゼルガさんの棒を見る。


 ガランが声を出した。


「今!」


「右、出ます!」


 踏み込む。


 斧を振る。


 ゼルガさんの盾が、少し傾いた。


 刃が滑る。


 そこで、魔力の腕を出した。


 盾の上縁へ、指を掛ける。


 引く。


 動かない。


 ゼルガさんが、俺を見た。


「そっちかい」


 盾が、前へ出た。


 魔力の腕ごと、押される。


 俺は慌てて指を離した。


 肩へ、棒。


「二回目」


 息が、漏れた。


「……強いですね」


「まだ、立ってるだけだよ」


〈立ってるだけでこれ!?〉

〈修羅の崩しが通らない〉

〈ゼルガさん笑ってる〉


 悔しい。


 でも、少し楽しかった。


 力で、無理に動かす相手ではない。


 なら、動いたときを使う。


 俺はガランと、短く相談した。


 次は、盾を押されたら一歩下がる。


 俺が出るのは、その後。


 ガランが頷く。


「合わせる」


 三度目。


 盾が、ぶつかる。


 ガランが、下がった。


 ゼルガさんが、一歩追う。


 その足が、前へ出る。


 俺は、右へ。


「出ます!」


 木の斧を、盾へ当てた。


 引っかけない。


 上から、押す。


 同時に、魔力の腕を肩の横へ伸ばす。


 ゼルガさんの棒が、こちらへ向いた。


 その瞬間。


 白い糸が、棒の柄へ貼りついた。


 イトだった。


 ゼルガさんの目が、そちらへ動く。


 ほんの、一瞬。


 俺は、斧の柄尻を前へ出した。


 脇へ。


 触れた。


 強くは、当てていない。


 でも、初めて届いた。


「……お」


 声が出る。


 ゼルガさんが、笑った。


「いいね」


 次の瞬間、俺の足元が消えた。


 正確には、脚を払われた。


 気づいたときには、地面を見上げている。


 胸の前へ、棒が止まった。


「ただし、喜ぶのは後」


「……はい」


〈当てた!〉

〈からの即転倒w〉

〈余韻を許してくれない〉


 ゼルガさんが、手を差し出す。


 俺は掴んで、立ち上がった。


 その後ろでは、ガランが別の兵士を盾で止めていた。


 ユズリハの糸が、もう一人の足を遅らせる。


 リュカが、声を上げた。


「左、一人、抜けます!」


 カゲロウが、横から進路へ入る。


 白い線の手前で、兵士が止まった。


 ゼルガさんが、全体を見渡す。


「そこまで!」


 声が、訓練場へ響いた。


     ◇


 俺たちは、しばらく息を整えていた。


 実際の魔物は、まだ一匹も来ていない。


 それなのに、結構疲れた。


 ガランが盾を下ろす。


 俺を見る。


「さっき、当たったな」


「はい。最後、転ばされましたけど」


「そこは、見た」


 笑われる。


 俺も、笑った。


 イトが近づいてきた。


 差し出した手へ、前脚が乗る。


「糸、助かりました。あれ、なかったら届かなかったです」


 前脚が、もう一度上がる。


 ユズリハも、少し離れた場所から言った。


「合図を聞いてから張れると、合わせやすいですね」


 カゲロウが、槍を肩へ立てかける。


「敵役が動くのを見てからでも、間に合う距離は分かった。明日は、もう少し広くしてみよう」


 リュカが頷く。


「僕も、報告するときに方向だけじゃなく、どこを通るかまで言えるようにします」


 話が、次々に出る。


 誰かが一人で答えを出しているわけではない。


 やってみて、分かったことを持ち寄っている。


 俺は木の斧を見た。


 まだ、何度も失敗した。


 ガランの肩へ近づけた。


 勝手に追いかけそうになった。


 助けに行くときも、声をかけ忘れた。


 でも、最後は一度、届いた。


 一人では無理だったところへ。


「……明日も、お願いします」


 俺が言うと、ガランが頷いた。


「おう」


 ゼルガさんが、その横へ来る。


 俺たちを見渡し、満足そうに笑った。


「今日は、ここまで。飯を食って、休んでくれ」


 それから、俺へ顔を向ける。


「修羅」


「はい」


「次は、転ぶ前に戻れ」


 俺は、少し笑って頷いた。


「……練習します」


 訓練場の外で、見ていた人たちから拍手が起きた。


 まだ、開戦前。


 敵の顔ぶれも、分からない。


 でも、隣で戦う人の動きは、朝より少し分かった。


 俺は木の斧を返し、大戦斧を受け取った。


 いつもの重みが、掌へ戻る。


 次にこれを振るときは。


 自分の前だけじゃなく、隣も見よう。

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