16話 開戦前の告知
●主人公視点
食事を終え、斧の手入れをしていました。
どうも、修羅です。
刃についた汚れを落として、傷を確かめる。
柄を拭き、握りの部分を触ってみる。
明日も、これを使う。
そう思うと、いつもより少し丁寧になった。
机の向こうでは、リィナさんが薬の包みを並べている。
イトは、その横で替えの布を畳んでいた。
端を合わせる。
半分にする。
もう一度、半分。
前より、ずっと上手くなっている。
「……準備、できてきましたね」
俺が言うと、二人が顔を上げた。
その瞬間。
視界へ、大きな通知が浮かんだ。
【アビス・フロンティア・オンライン】
【世界大侵攻・開戦前夜公式放送】
【まもなく開始します】
「……公式放送?」
〈来た!〉
〈もうそんな時間か〉
〈全都市紹介するやつ!〉
〈修羅、一緒に見ようぜ〉
俺は、机へ斧を置いた。
時計を確かめる。
予定していた休憩の時間だ。
「じゃあ、少し見てみましょうか」
室内へ映像を投影する設定を選ぶ。
何もなかった壁の前に、大きな画面が浮かんだ。
イトが椅子を寄せる。
リィナさんも、包みを一度片づけた。
画面には、夜の世界地図。
各地の都市を示す光が、次々にともっていった。
◇
重い太鼓の音がした。
続いて、金属を打つ音。
街の門が、映る。
王都アルセリア。
魔都ヴァルグ。
炉都グランヴェル。
いくつもの都市の映像が重なり、最後に大きな文字が現れた。
【第一回ワールドイベント】
【世界大侵攻】
音楽が、一段大きくなる。
光の中から、二人の司会者が現れた。
明るい上着を着た男性と、落ち着いた色の制服姿の女性。
男性が、両腕を広げる。
『皆さぁぁん! 準備はできていますかああっ!』
いきなり、大きな声だった。
俺は、器を置いた。
イトも、顔を上げる。
『いよいよ明日! アビス・フロンティア・オンライン初のワールドイベント――〈世界大侵攻〉が開幕いたします!』
司会者の背後へ、城壁の上に並ぶ兵士が映った。
『剣を握る方も! 魔法を磨く方も! 薬を作り、食料を運び、仲間の装備を直してきた方も!』
木箱。
大鍋。
矢を束ねる手。
防具へ針を通す職人。
映像が、次々に切り替わる。
『皆さんが積み重ねた準備が、明日からの三日間を支えます!』
隣の女性が、微笑んだ。
『今夜は、イベントの進行と、各防衛都市の注目ポイントをご紹介します。まだ役割を迷っている方も、ぜひご覧ください』
〈始まったあああ!〉
〈声でかいw〉
〈もう戦いたくなってきた〉
〈いや寝ろ。明日だ〉
俺は、少し笑った。
「……明日ですからね」
自分にも、言っておく。
◇
『まずは、王都アルセリア!』
画面いっぱいに、白い城壁が映る。
上には、弓兵。
門の内側には、盾と槍を持った列。
奥に見える城へ、王国の旗が翻っていた。
『王国騎士団を中心に、厚い防衛線を築く王都! こちらには、あの聖騎士レオン選手も参戦を表明しています!』
レオンさんが映った。
兵士と話しながら、地図へ指を置いている。
剣は、鞘に収まったまま。
その後ろで、白髪の老人が静かに立っていた。
『そして、王都の剣といえば、この方を忘れてはいけません!』
【〈王剣〉アーヴェルト】
老人が、顔を上げる。
それだけなのに、少し空気が変わった気がした。
『長年、王国の前線を支えてきた騎士団長です。防衛戦では、騎士団の動きと、プレイヤー部隊の連携にも注目です』
女性司会者の説明に、男性が頷く。
『さらにセレネ選手、ノエル選手、ハルト選手も参加予定! 近接、魔法、射撃がどう噛み合うのか!』
映像が変わり、工房の前で矢を受け取る人たちが映った。
その向こうには、パンを並べるコムギさん。
『戦う方を支える、後方の働きもお見逃しなく!』
〈王都、すげえな〉
〈レオン、真面目な顔してる〉
〈王剣の爺さん、佇まいが怖い〉
〈パンも映った!〉
俺は、レオンさんの姿を見ていた。
大会では、目の前にいた人。
明日は、別の街で戦う。
「……そっちも、頑張ってください」
小さく、呟いた。
◇
『続いては、多彩な種族が集う――魔都ヴァルグ!』
見覚えのある門が映った。
その前を、荷車が進んでいる。
壁の上へ、兵士が旗を運ぶ。
そして、画面の中央に大戦槌。
それを肩へ担いだ、ゼルガさんが映った。
【〈城砕き〉ゼルガ】
『街を守る切り札は、その名も〈城砕き〉! 豪快な戦槌を振るうゼルガが、大物を迎え撃ちます!』
『一方で、ヴァルグの防衛は正面だけではありません。地上、空中、そして通路を利用した足止め。それぞれの役割を組み合わせる準備が進んでいます』
画面が、訓練場へ変わる。
ガランが、盾を上げる。
その右から、黒い毛皮を着た鬼が出た。
俺だった。
「……お?」
『そして! βテスター公式大会の初代王者、修羅選手!』
俺が木の斧を振る。
ガランの後ろへ戻る。
映像の端では、イトが糸を張っていた。
『今大会では激突したリュカ選手も、今回は同じ都市の防衛へ! 地上の斧と空の龍が、どんな連携を見せるのでしょうかあっ!』
〈修羅きたあああ!〉
〈本人見てるぞw〉
〈今、固まった〉
〈訓練映像使われた!〉
隣で、イトが画面を指す。
「しゅら」
「……はい。俺ですね」
「イトさんも、映っていますよ」
リィナさんが言うと、画面の中の白い蜘蛛へ視線が集まった。
イトが、自分の胸へ手を置く。
それから、少し背筋を伸ばした。
俺は、映像の自分を見た。
頼む。
ここで転ぶところは、使わないでほしい。
そう思っている間に、リュカが着陸する映像へ切り替わった。
俺は、そっと息を吐いた。
〈今、安心しただろw〉
〈転倒部分はなかったな〉
ばれていた。
◇
『炉都グランヴェルは、職人たちの技が結集する防衛都市です!』
赤い炉。
金床。
並べられた盾。
映像の奥で、ロックさんが金属部品を確かめていた。
横ではネムさんが、木の持ち手を差し出している。
『前線には大盾のバルド選手! 後方ではロック選手をはじめ、生産を得意とするプレイヤーが修繕を支えます!』
重い足音。
全身鎧のドワーフが、画面へ入る。
【〈炉心〉ドグラム】
鎧の継ぎ目から、赤い光が漏れた。
大きな戦鎚が、ゆっくり持ち上がる。
『そして、こちらも話題となっていますね』
女性司会者が言う。
次に映ったのは、城外の試験場。
離れた場所で、光が弾けた。
岩塊が砕け、白い煙が上がる。
『魔石を用いた新装備、〈魔石破砕筒〉。強力な分、運用には担当者と周囲の連携が欠かせません』
『まさに、守りの技術と攻めの技術! 炉都ならではの防衛戦に期待です!』
〈ダイナマイト映った!〉
〈バルドの盾と職人部隊、頼もしすぎる〉
〈ロック、完全に仕事中の顔〉
俺は、自分の籠手を見た。
強い装備も、作る人と直す人がいる。
明日、傷ついたら戻る場所。
その大事さを、少しだけ実感した。
◇
『樹都エルセリアでは、地上と樹上を結ぶ立体的な防衛が展開されます!』
巨大な木々の間に、通路が渡されている。
その上を、弓兵が走った。
【〈千葉の射手〉リュシエラ】
長弓を持つ女性が、枝の上で立ち止まる。
風に葉が揺れる。
彼女の目だけが、遠くへ向いた。
『見通しの悪い森で、いかに敵を捉えるか。フィーネ選手をはじめとした射手たちの判断が、戦線を支えます』
フィーネさんが、隣の弓兵と指で方向を示し合っていた。
『続いて、獣都バルガント! こちらは機動力に注目です!』
草原へ、白い影が走る。
【〈白雷〉ラグナ】
双刀を持った白虎の獣人。
その足元に、短く雷が走った。
少し離れた場所では、ヴァイスさんが仲間と走る練習をしている。
サラさんの槍。
ジンさんの盾。
前へ出る人と、戻る人が入れ替わった。
『速さを、追撃だけでなく救援にも使えるか! 広い戦場での、見極めが問われます!』
〈ヴァイス!〉
〈走ってる映像だけで速い〉
〈サラとジンもいた〉
〈全員、違う場所で準備してるんだな〉
名前も顔も知っている。
それぞれ、得意な場所へ集まっている。
俺は、画面から目を離せなかった。
◇
『海都ラグナートでは、海からの侵攻に備え、船と陸の守備隊が連携します!』
港へ、船が並んでいた。
桟橋を走る人。
荷を下ろす人。
城壁とは違う、広い水面。
【〈潮断ち〉オルゼン】
長い鉤槍を持った男が、船首へ片足をかけていた。
『陸では届かない相手に、どう立ち向かうのか! 海獣狩りの英雄と、集まった参加者たちの働きにご注目ください!』
俺は、海を見た。
あんな場所で斧を振ったら、まず足元で苦労しそうだ。
「……場所が変わると、全然違いますね」
言うと、リィナさんが頷いた。
「必要な物も、違いそうです」
その言葉の通り、港では縄や浮き具、長い棒を確認している人が映っていた。
◇
音楽が、少し静かになる。
世界地図の外側へ、光が移った。
『そして、侵攻は新たな四大陸でも発生します』
女性司会者の声。
『現時点で既存地域との航路はなく、臨時移動の対象にもなりません。各地では、現地勢力による防衛が進められています』
北。
霜晶都イスカル。
氷雪の中で、透明な杖が掲げられる。
【〈凍天〉イゼルヴァ】
白い地面から、氷の壁がせり上がった。
その下へ、兵士たちが駆け寄る。
東。
天都アウリス。
雲の間に、高い塔と吊り橋。
【〈天槍〉セフィラ】
翼が開く。
槍を構えた姿が、空へ上がった。
南。
潮都ネレアス。
水中の建物。
光の差す広場。
【〈深海の歌姫〉メルディア】
歌声が響き、水の中を漂う布が、一斉に向きを変えた。
西。
巨都ヴェルガント。
大きな石の門。
その前に立つ、さらに大きな影。
【〈山担ぎ〉ゴルヴァン】
長い髭の巨人が、石槌を肩へ乗せた。
足元にいる兵士たちも巨人のはずなのに、小さく見えた。
〈でっか〉
〈何だあの大きさ〉
〈いつか行きたい〉
〈今回は遠くから応援だな〉
『これらの都市についても、イベント中は公開可能な戦況をお届けします』
『まだ足を踏み入れられない土地にも、守ろうとする人々がいる! 世界各地で、同じ三日間が始まります!』
俺は、地図の端にある四つの光を見た。
名前だけ知っていた場所。
いつか、行くかもしれない場所。
そこにも、明日が来る。
◇
映像が、司会席へ戻った。
男性司会者が、少し声を落とす。
『そして、ここからは三日間の進行について、新たなお知らせです』
画面へ、三本の線が現れた。
【第一日:侵攻開始】
【第二日:戦線拡大】
【第三日:最終侵攻】
俺は、体を少し前へ寄せた。
『初日は、各都市へ迫る侵攻軍の先鋒が到達します。まずは防衛線を維持し、敵の動きを見極めてください』
『二日目には、侵攻方向や部隊の構成が変化する場合があります。それまでの戦況を踏まえ、各都市で配置を調整することが重要になります』
女性司会者が、最後の線を指した。
『そして三日目。イベントの最終局面では、各侵攻軍の主力と指揮個体が、防衛都市へ総攻撃を仕掛けます』
画面が、黒くなる。
旗が映った。
黒い布。
その下で、重い武器を持った影が動く。
昼の告知で見た、あの姿だった。
【魔都ヴァルグ侵攻指揮個体】
【黒旗の戦将】
兜の奥に、暗い光。
柄の長い武器が、ゆっくり地面から離れる。
その周囲には、いくつもの魔物の影。
『指揮個体の撃破は、最終侵攻を退ける大きな鍵となります!』
男性司会者が、声を張った。
『しかし! そいつだけを追って、防衛線を空にしてはいけません!』
画面の端で、群れが左右へ分かれる。
『守るべきは、都市です。各地の仲間と力を合わせ、最後の侵攻を凌ぎ切ってください!』
〈最終日に来るのか〉
〈三日かけて最後に総攻撃……〉
〈黒旗、絶対強いやつだ〉
〈周りの魔物も一緒なのがきついな〉
俺は、旗の下の影を見た。
まだ、全ての動きは分からない。
何をしてくるかも。
でも、あれを誰かが止めなければならない。
その間、ほかの誰かが街を守る。
会議室で見た、駒の並びが頭へ浮かんだ。
◇
『なお、最終日の主要侵攻時間帯と、防衛達成の判定については、イベント画面から確認できます』
女性司会者が、案内を続ける。
『三日間、休まず参加する必要はありません。交代時間と参加できる時間を各窓口へ伝え、無理のない範囲でご参加ください』
『皆さんの働きは、討伐だけでなく、治療、補修、運搬、調理、避難支援なども記録されます!』
再び、各地の映像。
盾を受け取る兵士。
手当てを終えて立ち上がる冒険者。
大鍋から器へ食事をよそう人。
荷車を押す人たち。
『前へ出る一歩を支えた、その仕事も! 仲間を帰した、その判断も! 街を守る力です!』
音楽が、少しずつ大きくなる。
『さあ、いよいよ明日です!』
十の都市の旗が、画面へ並んだ。
『どの街に立つのか! 誰と肩を並べるのか! 皆さんの選んだ場所で、どうか最後まで!』
男性司会者が、大きく手を上げる。
『三日間――守り抜きましょう!』
【世界大侵攻】
【明日、開幕】
◇
放送が終わる。
壁の前に浮かんでいた映像が消え、いつもの部屋が戻ってきた。
机。
薬の包み。
拭きかけの斧。
窓の向こうには、ヴァルグの夜がある。
遠くで、荷車の音がした。
まだ、準備している人がいる。
「……すごいですね」
俺が言うと、リィナさんが頷いた。
「はい。いろいろなところで、同じことをしているんですね」
イトが、俺の袖へ触れた。
「ヴァルグ」
「はい」
俺は、その手へ自分の手を重ねた。
「俺たちは、ここです」
コメントは、まだ流れ続けていた。
〈俺は王都!〉
〈グランヴェルで頑張る〉
〈ヴァルグ組、明日よろしく!〉
〈みんな守って帰ってこような〉
〈他都市の報告も楽しみ〉
俺は、それを一つずつ目で追った。
同じ配信を見ていた人たちが、明日は別々の場所に立つ。
盾を持つ。
矢をつがえる。
薬を渡す。
鍋をかき混ぜる。
全部を見に行くことはできない。
でも、どこかで同じように声をかけ合っていると思えば、少し心強かった。
「……じゃあ、皆さん」
俺は、配信へ顔を向けた。
「今日は、ちゃんと寝ましょう」
〈お前もな!〉
〈分かってる!〉
〈装備の手入れ終わったら寝る〉
俺は笑って、頷いた。
「はい。俺も、これが終わったら寝ます」
斧を持ち上げる。
刃を拭き、布を畳む。
壁際へ、静かに置いた。
明日、最初に手へ取る物。
その横へ、籠手と外套を並べる。
準備は、できた。
あとは。
「おやすみなさい。また、明日」
配信を終了した。
窓の外で、城壁の灯りが揺れている。
俺は、その光を一度だけ見た。
明日、あの壁の向こうに敵が来る。
でも、その手前には。
俺たちが、いる。
公式放送の終了画面が、消えかけたときだった。
音楽が、止まった。
画面の中央に、赤い線が一本走る。
【追加公開情報】
俺は、斧を拭いていた手を止めた。
「……まだ、ある?」
〈ん?〉
〈終わりじゃないのか〉
〈何来るんだ〉
十の防衛都市が、再び表示された。
それぞれの外側に、小さな赤い印が並ぶ。
先ほど紹介された、侵攻軍の魔物たち。
その後ろに、黒い旗を示す印が現れた。
指揮個体だ。
だが、映像はそこで止まらなかった。
さらに、その奥。
地図の外側から、巨大な赤い影が伸びてきた。
司会者が、ゆっくり口を開く。
『ここで、皆様へ最後のお知らせです』
さっきまでとは、声が違った。
『第三日の最終侵攻。その最後尾には――』
赤い影が、十の都市の外側で止まる。
『各戦域のボス個体が、出現します!』
画面が、切り替わった。
夜の平原。
黒い旗を掲げた魔物たちが、道の左右へ退く。
その間を、何かが歩いていた。
一歩。
地面が、沈む。
もう一歩。
足元の石が砕け、近くの魔物が跳ねるように離れた。
俺は、画面へ顔を向けた。
映っているのは、まだ脚だけだ。
それなのに、大きさが分かる。
先ほどの〈黒旗の戦将〉が、その足元では小さく見えた。
〈待て〉
〈戦将がボスじゃないの?〉
〈後ろにまだいるの!?〉
低い呼吸音が、響いた。
映像が、ゆっくり上がる。
分厚い胴。
黒い岩のような皮膚。
肩から突き出した、歪な角。
頭部を覆う外殻には、赤い亀裂が走っている。
そいつが、顔を上げた。
画面の中で、遠くの城壁を見た。
【魔都ヴァルグ戦域】
【最終侵攻ボス】
【〈城喰い〉ガルムド】
俺は、名前を読んだ。
「……城喰い」
巨大な腕が、持ち上がる。
近くにあった古い石造りの塔へ、掌がかかった。
指が、閉じる。
石が軋んだ。
塔の上半分が、砕けた。
崩れる石の中で、そいつは何事もなかったように歩き始める。
その向かう先には、都市の灯りがあった。
『侵攻軍を率いる指揮個体と、都市そのものを脅かすボス個体は、別の存在です』
女性司会者の声がした。
『指揮個体を倒しても、最終侵攻が終わるとは限りません』
男性司会者が、大きく息を吸う。
『群れを退け、指揮官を討ち、そして――最後の脅威を止められるか!』
映像の中で、ガルムドが吠えた。
重い音が、部屋へ響く。
イトが、俺の袖を掴んだ。
俺も、目を離せなかった。
『各戦域のボスには、それぞれ異なる能力と攻撃方法があります。詳細な能力は、戦闘中の観察と情報共有によって明らかにしてください』
画面へ、注意書きが浮かぶ。
【ボス個体の進行、攻撃によって、防衛施設が大きな被害を受ける場合があります】
【出現時には戦域全体へ警報が発令されます】
【前線部隊、城壁上の部隊、後方支援が連携し、迎撃に当たってください】
〈あれを壁まで通すなってことか〉
〈塔、片手で壊したぞ〉
〈ゼルガさんが大物を見るって、この規模!?〉
〈一人で止めるの無理だろ〉
俺は、木の駒を並べた地図を思い出した。
ガランの盾。
イトたちの糸。
空のリュカ。
ゼルガさん。
その全員が動いても、まだ足りないかもしれない。
画面の中で、司会者が拳を握った。
『三日間の準備と戦い、そのすべてを最後の迎撃へ!』
『皆さんの守る街へ、何を通し、何を通さないのか。判断と連携が、勝敗を分けます!』
十の都市の名前が、並んだ。
その下に、最後の一文。
【各都市を守り通し、最終侵攻を撃退せよ】
映像が、今度こそ消えた。
◇
しばらく、部屋が静かだった。
外を通る荷車の音が、戻ってくる。
俺は、机へ置いた自分の手を見た。
熊は、大きかった。
あれでも、十分に。
でも、今映ったやつは、さらに違う大きさだった。
「……なるほど」
声が、少し掠れた。
コメント欄は、まだ速い。
〈修羅?〉
〈今の見て何考えてる〉
〈一人で行くなよ〉
俺は、顔を上げた。
「行きませんよ。一人では」
隣にいるイトを見る。
彼女も、こちらを見ていた。
袖を掴む手へ、そっと触れる。
「これは、みんなで止めるやつですね」
通知が来た。
ガランさんから。
『明日、早めに集まろう。あれを見た後じゃ、もう一度話しておきたい』
続けて、リュカさん。
『上から何ができるか、考えておきます』
最後に、セイルさんからも届いた。
『領主府で情報を整理しています。明朝、共有します。今夜は予定どおり休んでください』
俺は、三つとも読み返した。
怖くないわけではない。
あの足元へ入る自分を想像すると、腹の奥が少し縮む。
でも、もう俺だけで考える必要はなかった。
『分かりました。明日、相談しましょう』
返信する。
それから、配信へ向き直った。
「……皆さん。さっき言った予定は、変わりません」
〈何の予定?〉
〈明朝集合?〉
「ちゃんと、寝ます」
コメントの中へ、笑いが混じった。
俺は斧を拭き終え、壁際へ置いた。
大きな敵が来る。
だからこそ、今夜は休む。
明日、隣に立つ人たちと。
あれを止める方法を、考えるために。




