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11話 熊の装備と肉と熊?

●主人公視点


 熊が、運ばれてきました。


 どうも、修羅です。


 正確には、熊だった物が、いくつもの荷物になって運ばれてきました。


 黒くて、大きな毛皮。


 肉を包んだ布。


 長い爪と、太い牙。


 それから、灰色の岩みたいな板。


 家の前へ一つずつ置かれていく物を見て、俺はしばらく黙っていた。


「……こんなに、あったんですね」


「お前が倒したんだろ」


 ガドが言った。


 肩から背負い籠を下ろし、その中身を確かめている。


 後ろには、村の狩人が二人。


 さらに、片方の角が折れた職人さんまでいた。


 全員、荷物を持っている。


「ありがとうございます。あの、俺も運びます」


「先に、置く場所を作れ」


 職人さんに言われ、俺は入口へ戻った。


「リィナさん。熊、来ました」


 調理台の前にいた彼女が振り返る。


「はい。こちらへお願いします」


 作業台には、大きな布が敷いてあった。


 塩。


 水。


 保存用の容器。


 包み直すための布。


 既に、準備ができている。


 俺は入口へ顔を向けた。


「こっちです! お願いします!」


〈熊、帰宅〉

〈家主より荷物多い〉

〈全部あの一頭から?〉

〈毛皮でかすぎない?〉


 大きい。


 床へ広げられた毛皮は、買ったばかりの机よりずっと大きかった。


 黒い毛が、灯りを受けて艶を帯びる。


 片側の肩には、俺が斧を入れた傷があった。


 それを見た途端、戦ったときの距離を思い出した。


 目の前へ迫る爪。


 岩を擦る音。


 俺は、無意識に自分の肩を動かした。


 痛みは、もうほとんどない。


 でも、記憶は残っている。


「……よく、持って帰れましたね」


「山で、分けた」


 ガドが答える。


「丸ごとは、無理だ」


「ですよね」


 入口近くで、イトが毛皮を見ていた。


 今日は、人の姿だ。


 ゆっくり近づき、端へしゃがみ込む。


「くま」


「はい。あの熊です」


 白い指が、黒い毛へ伸びる。


 その前に、職人さんの声が飛んだ。


「まだ触るな。処理が済んでない」


 イトの手が止まる。


 俺の手も、止まった。


〈二人とも触ろうとしてたw〉

〈気持ちは分かる〉

〈まだ完成品じゃないぞ〉


 俺は、そっと手を引っ込めた。


「……できてから、触りましょうか」


 イトが頷く。


 職人さんは、そんな俺たちを見て鼻を鳴らした。


     ◇


 最初に、回収のお礼を伝えた。


 俺一人では、あの大きさの熊を山から下ろせなかった。


 まして、毛皮をなるべく傷つけずに取って、肉や骨を分けるなんて無理だ。


 ガドたちは道具を持って戻り、山で解体を進めてくれたらしい。


「本当に、助かりました」


 頭を下げ、お金の入った袋を出す。


 ガドが、片手を上げた。


「長老と、話した。村の分は分けてもらった」


「……これで、残りなんですか?」


 俺は、台へ並べられた肉を見た。


 ガドが頷く。


「骨と、皮の端も少し。使える」


 職人さんが、横から灰色の板を持ち上げた。


「いい所は、残してある。こいつの腕は、装備に使える」


 熊の前脚についていた、岩鎧だった。


 俺は近づいて、その厚さを見る。


 刃が入った跡。


 割れた部分。


 まだ綺麗に残っている部分。


 あれだけ斧を当てたのに、これほど残っている。


「……硬かったですもんね」


「硬い物を、硬いまま付ければいいわけじゃない」


 職人さんが、俺の腕へ視線を向ける。


「何を作る?」


 俺は、自分の籠手を外した。


 熊の爪を受けた跡が、外側へ残っている。


 街で直してもらった革は、まだ使えそうだった。


「これを、強くできますか。使えるところは、残したいです」


 職人さんが籠手を受け取る。


 裏返し、紐を引き、手首の動く部分を確かめた。


「できる。外側を補強する」


「お願いします」


「斧を持て」


 言われた通り、大戦斧を持つ。


 構える。


 手首を返す。


 肘を曲げる。


 職人さんは、その動きを何度も見た。


 俺が止まると、もう一度やれと言われる。


 熊と戦うのとは違う疲れが、少しずつ肩へたまった。


〈採寸回だ〉

〈修羅、職人さんの前だと素直だな〉

〈装備作ってもらう側だからな〉


「そりゃ、ちゃんと使える物をお願いしたいので」


「なら、動くな」


「はい」


 喋っている間に、腕がずれていたらしい。


     ◇


 素材を、一つずつ鑑定した。


【黒嶺の岩鎧熊の岩鎧】


【魔力によって硬質化した外殻。

 圧力と打撃に強いが、厚い部分は重く、加工には技術を要する。】


 持ち上げると、ずっしりしている。


 前腕全体へ、そのまま付けるのは邪魔になりそうだ。


 職人さんは、使う部分へ炭で印をつけていた。


「手首の内側は、空ける。ここまで覆うと、握れん」


「なるほど」


「重くなりすぎたら、減らす。まず、合わせる」


 すぐ完成する物ではない。


 俺は頷き、毛皮へ視線を移した。


【黒嶺の岩鎧熊の毛皮】


【厚く、保温性の高い毛皮。

 魔力を帯びた毛は摩耗に強い。

 適切な加工によって、外套や防具の素材となる。】


「……こっちは、着る物にしたいです」


「全部か」


「いえ。全部は、さすがに」


 俺は毛皮を見る。


 そのままかぶったら、足元まで埋まりそうだった。


「肩と背中を、守れるくらいで。長すぎない物がいいです」


 職人さんが頷く。


 俺の肩へ、紐を当てる。


 背中。


 脇。


 腰。


「新しい腕も、出せ」


 羅刹腕を発動する。


 肩の後ろから、赤い腕が伸びた。


 指を開く。


 普通の両手は、動かさない。


 少し、できるようになってきた。


 職人さんは、魔力の腕が動く範囲を見た。


「紐を、垂らさん方がいいな」


「引っかかりますか?」


「自分で、掴む」


 俺は、黙った。


 ありそうだった。


〈想像できるw〉

〈袖を引っ張った前科がある〉

〈自分の服に崩しを使うなよ〉


「……留め具、短めでお願いします」


 職人さんが、鼻を鳴らした。


 了解した、ということらしい。


     ◇


 爪と牙は、今回は加工しないことにした。


 爪は一本でも、短い刃物くらいの長さがある。


 硬く、湾曲していた。


【黒嶺の岩鎧熊の爪】


【鋭さと粘りを備えた爪。

 武器や工具の素材となる。】


 俺は一本、手に持ってみる。


 あの前脚には、これが並んでいた。


 もう片方の前脚にも、同じだけ。


「……よく、帰ってこられましたね」


 小さく呟くと、リィナさんがこちらを見た。


 俺は、爪を丁寧に台へ戻した。


「これは、何にするか決めてから、またお願いします」


「そうしろ。削れば、戻らん」


 職人さんが頷く。


 使える素材が増えたからといって、全部を今すぐ加工する必要はない。


 残しておけば、後で使い道が見つかるかもしれない。


 俺は、爪と牙を厚い布で包んだ。


 尖った先が出ないよう、何重かにする。


 収納鞄へしまいかけて、やめた。


 家へ置いておく物は、家の保管場所へ。


 鞄へ全部詰めて歩く必要はない。


〈成長した〉

〈荷物を置くことを覚えた〉


「前から、置いてましたけど」


 ……最近、ようやく整理できてきたのは認めます。


     ◇


 装備の相談が一段落すると、今度は肉だった。


 作業台へ、いくつもの塊が並ぶ。


 色も、脂のつき方も、少しずつ違う。


 リィナさんは、それを確かめながら分けていた。


「今日は、煮る物と焼く物を作ってみましょう」


「いいですね」


「全部を今日食べるわけでは、ありませんよ」


「分かってます」


 先に言われた。


〈信用があるのかないのか〉

〈あったら本当に食い続けそうだからな〉


 肉を鑑定する。


【黒嶺の岩鎧熊の肉】


【発達した筋肉を持つ大型獣の肉。

 部位によって硬さと脂の量が異なる。

 食用とする際は、十分な加熱が必要。】


 俺は、肉と説明を見比べた。


「猪とは、また違いそうですね」


「はい。まず、硬いところを煮込みにしてみます」


 リィナさんが包丁を入れる。


 筋を確かめ、薄い膜を外し、同じくらいの大きさへ切っていく。


 俺も、手を洗った。


「何か、やります」


「野菜をお願いします」


 根菜が渡される。


 洗う。


 皮を取る。


 切る。


 斧と違って、力を入れすぎると危ない。


 まな板がずれないよう確かめて、ゆっくり刃を入れた。


 隣へ、イトが来る。


 じっと、俺の手元を見ていた。


「きる?」


 包丁を指す。


 俺はリィナさんを見る。


 彼女は少し考えて、柔らかい葉を一枚出した。


「最初は、こちらを手で分けてみませんか」


 イトが頷く。


 両手で葉を持つ。


 引く。


 二つになった。


 目が、少し丸くなる。


「できた」


「はい。ありがとうございます」


 受け取ってもらうと、イトは次の一枚へ手を伸ばした。


〈台所に参加してる〉

〈かわいい〉

〈葉っぱ一枚ごとに真剣〉


 俺も、根菜を切る。


 少し、大きさが違う。


 リィナさんが俺のまな板を見た。


「大きい物だけ、もう一度半分にしてください」


「はい」


 ばれていた。


     ◇


 大きな鍋へ、肉と野菜が入る。


 火を調整して、蓋をする。


 煮込みは、しばらくかかるらしい。


 その間に、残りの肉を分けた。


 今日食べる分。


 保存用に処理する分。


 村へ追加で回す分。


 収納鞄へ入れても、鮮度が止まるわけではない。


 一頭分を全部、俺たちだけで抱え込むのは難しかった。


「……大きい獲物って、取った後も仕事が多いんですね」


「だから、分ける」


 ガドが言った。


 運ぶときにも、さっき聞いた言葉だ。


 俺は、台の上を見る。


 村の人へ回る肉。


 職人さんが持ち帰る毛皮と岩鎧。


 俺の家へ残る爪と牙。


 熊だった物が、少しずつ行き先を決められていく。


「……無駄にしないように、使いたいですね」


 俺が言うと、ガドは短く頷いた。


     ◇


 煮込みを待つ間に、ダンジョンの管理画面を開いた。


 配置。


 防衛記録。


 魔力供給。


 どれも、異常はない。


 留守中も、蜘蛛と猪たちはきちんと家を守ってくれていた。


 その下に、新着の印が残っている。


 召喚。


 俺は、そこで少し止まった。


「……そういえば、まだ詳しく見てなかったですね」


 ヴァルグへ行ってから、いろいろ倒した。


 自分が討伐に関わった魔物は、召喚対象へ加わる。


 でも、戦いが続いたり、帰りの準備をしたりしていて、一覧をゆっくり確認していなかった。


 項目を開く。


【新たな召喚対象が追加されています】


 見慣れた名前の下へ、別の名前が並んでいた。


【鎌脚鳥】


【砕顎獣】


【鎧角獣】


【盾持ち蜥蜴兵】


【大盾蜥蜴兵】


【鋏甲虫】


【樹走り猿】


【黒牙蟻】


【重顎兵蟻】


【鉄殻大蟻】


【鳴き石蜥蜴】


「……結構、増えてますね」


〈おおお〉

〈久しぶりに見たらすごいことになってる〉

〈盾持ちもいけるのか〉

〈蟻もいる……〉


 蟻。


 名前を見るだけで、脚の音を思い出す。


 俺は、一度だけ深く息を吐いた。


「蟻は、今日は見送ります」


〈でしょうね〉

〈しばらくいいよ〉

〈見る方もまだ思い出す〉


 説明だけ、確かめる。


 一体ずつ、ダンジョンポイントを使って召喚する。


 自動で増える機能は、ない。


 あの出現型迷宮の生成機構とは、別だった。


 そこを読んで、項目を閉じた。


 次は、盾持ち蜥蜴兵。


 丸盾と剣。


 召喚時の装備も、個体の一部として用意されるらしい。


 ただし、取り上げて材料にしたところで、費用より得をする仕組みではなさそうだった。


 俺は、配置図を見た。


 狭い通路。


 その前に、盾持ち。


 後ろには、蜘蛛。


 糸で止めた相手へ、盾で押す。


「……防衛の幅、広がりますね」


〈今、嫌なこと考えた顔した〉

〈蜘蛛と盾を組ませるな!〉

〈通路が詰まる未来が見える〉

〈前から盾、後ろから糸〉


「侵入してきた魔物には、有効そうですよね」


 普通に訪ねてくる人を、襲うつもりはない。


 でも、留守中に魔物が入り込むことはある。


 入口を抜けた後も、守りがある方が安心だ。


 大盾蜥蜴兵の項目へ、目を向ける。


「こっちは、通路の幅も考えないとですね」


〈大型の盾持ちまでいるの、きつい〉

〈何で家の守りを相談するだけで攻略会議みたいになるんだ〉


 俺は笑って、一覧を下へ送った。


 その一番下。


 他とは少し違う枠が、あった。


     ◇


【特殊個体】


【黒嶺の岩鎧熊】


 俺は、指を止めた。


「……あ」


 コメントが、一瞬だけ途切れる。


 次の瞬間、文字が画面を埋めた。


〈は?〉

〈待て〉

〈熊〉

〈いる〉

〈名前つきの方!?〉

〈主がいるんだけど???〉


 俺も、もう一度読んだ。


 黒嶺の岩鎧熊。


 今、作業台で肉になっているやつ。


 職人さんが毛皮を持ち帰るやつ。


 俺を岩へ叩きつけてきた、あの熊。


「……呼べるみたいですね」


〈呼べるみたいですね、じゃないんだよ〉

〈あれ家に置けるの!?〉

〈山の主を地下に持ち込むなw〉


 ガドが、俺を見た。


「何だ」


「熊です。ダンジョンで、召喚できるようになってました」


 ガドの手が止まる。


 職人さんも、顔を上げた。


 リィナさんは鍋をかき混ぜながら、こちらを見る。


「あの、山で倒した熊ですか?」


「はい」


 俺は、項目を開いた。


【黒嶺の岩鎧熊】


【特殊個体の討伐実績により解放】


【召喚可能数:一体】


【初期Lv:1】


【特殊個体としての体格、外殻、基礎能力を引き継ぎます】


【討伐対象の記憶、および地域の主としての地位は引き継ぎません】


 ゆっくり読む。


 あの熊そのものが、戻ってくるわけではない。


 同じ特徴を持つ個体を、このダンジョンで育てることになるらしい。


 レベルは、一。


 でも、体格と岩鎧はある。


「……育てたら、強そうですね」


〈育てる前から強いだろ!〉

〈その基礎能力が怖いんだよ〉

〈あの前脚、初期装備なのか〉

〈レベル1って言えば許されると思うな〉


 必要なポイントを見る。


 俺は、少し眉を上げた。


「高いですね」


 もう一度、数字を見る。


 他の魔物と、随分違った。


 今ある分だけでは、足りない。


 さらに、配置場所を選ぶと、空間と魔力供給の確認が必要になる。


 俺は、家の広間を見た。


 机。


 椅子。


 調理台。


 寝床。


「ここには、置けないですね」


〈よし!〉

〈家具が防いだ!〉

〈机ありがとう〉

〈せっかく買った椅子を守れ〉


 俺は、配置図を広げた。


 二階層の奥。


 少し広い場所はある。


 ただ、あの大きな体で向きを変えるには、まだ狭いかもしれない。


 前脚を振って、壁にぶつけても困る。


 猪と蜘蛛が通る道も必要だ。


「呼ぶなら、専用の場所を作ってからですかね」


〈呼ぶ方針は変わってない!〉

〈部屋を作れば解決すると思ってる!〉

〈まあ解決はするんだけどさあ!〉


 リィナさんが、俺の隣へ来た。


 配置図を見る。


「猪さんたちが、怖がらない場所がいいですね」


「はい。寝る場所も、分けた方がよさそうです」


 入口の近くでは、岩背猪が一頭、鼻先を動かしていた。


 たぶん、煮込みの匂いを嗅いでいる。


 そこへ突然、大きな熊が現れたら驚くだろう。


 召喚できるからといって、すぐ呼ぶものではない。


 俺は、配置画面を閉じた。


「今日は、確認だけにします」


〈今日は〉

〈また今日はって言った〉

〈ポイント貯める理由ができてしまった〉


 否定は、しなかった。


     ◇


 しばらく、コメントが熊の話で埋まっていた。


 強そう。


 怖い。


 家へ遊びに行けない。


 入口に呼び鈴をつけてほしい。


 その辺りで、一つの書き込みが流れた。


〈でも、あの熊を養う食費やばくない?〉


 続けて、何人かが反応する。


〈一日に肉何キロ食うんだ〉

〈修羅と熊で狩り続ける生活になる〉

〈リィナさん、鍋足りる?〉

〈さすがに食費で止まるだろ〉


 俺は、少し首を傾げた。


 返事をしようとしたところで、別の名前が現れた。


〈獣医見習い:召喚された魔物は、ダンジョンの核から魔力供給を受けられれば、生存に必要な食事は必須ではありませんよ〉


 俺は頷く。


「そうですね。猪たちも蜘蛛たちも、留守中はそれで過ごしてました」


 管理画面の供給状況を開く。


【魔力供給:正常】


 配置された魔物たちへ、核から魔力が供給されている。


 最初に召喚した頃から、使っていた機能だ。


「だから、呼ぶ前に確認するのは、場所と、ちゃんと魔力を供給できるかですね」


 コメントの流れが変わった。


〈……待って〉

〈食費では止まらない?〉

〈最初から止まってなかったのか〉

〈最後の希望が消えた〉

〈何の希望だよw〉


〈獣医見習い:食事そのものはしますし、活動後の回復や嗜好にも関係します。ですが、十分な魔力を得ている状態なら、食べないことだけを理由に衰弱するわけではありません〉


「はい。食べられるときは、一緒に食べてます」


 俺は、イトを見た。


 彼女は、並べた肉の皿を見ていた。


 話題が自分へ向いたのに気づいたのか、こちらを見る。


「ごはん?」


「もう少しです」


「たべる」


「はい。食べましょう」


〈生命維持と飯の楽しみは別〉

〈イトの食事はこれからも必要です〉

〈でも熊の食費問題は消えた〉

〈有識者、視聴者の逃げ道を塞いだ〉


〈獣医見習い:……何か、まずいことを説明しましたか?〉


〈山の主が家に来る〉

〈三階層にあれが配置される〉

〈盾と糸を突破した先に熊がいる〉

〈侵入する前から攻略を諦めました〉


 俺は、思わず笑ってしまった。


「普通に訪ねてきた人は、襲いませんよ」


〈分かってるけど怖いw〉

〈挨拶しに行って奥からあの唸り声したら固まる〉

〈家主より大きい番犬〉

〈熊だよ!〉


 リィナさんが、鍋の蓋を少し持ち上げた。


 湯気が、ふわりと上がる。


 肉と野菜の、いい匂い。


 俺は、その向こうの入口を見た。


 あの大きな熊が、いつか奥で寝ている。


 時々起きて、入口を見に来る。


 来客があったら、俺が止める。


 ……入口は、もう少し広げた方がいいかもしれない。


「たまには、熊の分も作って、一緒に食べたいですね」


〈自然に召喚後の話をした〉

〈もう住んでる未来が見えてる〉

〈ポイント、貯まらないでくれ〉

〈でもちょっと見たいのが悔しい〉


 俺は、召喚一覧を閉じた。


「まずは、部屋を考えてからです」


 その一言で、また悲鳴みたいな文字が並んだ。


     ◇


 煮込みを待つ間に、焼く方を始めた。


 鉄板へ、薄く切った肉を置く。


 じゅっ、と音がした。


 脂が、表面へ浮く。


 猪とは、少し違う匂い。


 下ごしらえした香草と混ざって、腹が減る匂いになった。


「……さっきから、匂いだけで腹が鳴りそうです」


〈こっちはもう鳴った〉

〈飯テロ始まった〉

〈主を倒して、主を装備にして、主の召喚を考えながら主を焼く男〉


 俺は、肉を返す手を止めた。


「……言い方」


 間違っては、いない。


 でも、すごいことをしているように聞こえる。


 リィナさんが、焼けた肉を小皿へ取った。


 中まで火が通っているか、確かめる。


「こちらは、もう大丈夫です。熱いので、少し冷ましてください」


 俺は、頷いた。


 皿を受け取る。


 ふうっと息を吹く。


 もう一度。


 口へ入れた。


「……お」


 噛む。


 硬さは、ある。


 でも、噛むたび味が出てくる。


 脂と、塩と、肉の濃い味。


 香草の匂いが、後から抜けた。


「……うまいですね」


 ガドが、皿へ手を伸ばす。


 職人さんも、一切れ取った。


 しばらく、噛む音だけがした。


「次は、もう少し薄く切れ」


 職人さんが言う。


「はい」


 食べながらも、指導が入る。


 でも、その手はもう二切れ目へ伸びていた。


〈ちゃんと食べてるw〉

〈悪くなかったらしい〉

〈職人さんの二切れ目は信用できる〉


 イトの分は、小さく切って、もう少し冷ます。


 器へ置くと、両手が添えられた。


 一切れ。


 口へ。


 ゆっくり噛む。


 俺は、その顔を見ていた。


 飲み込む。


 灰色の目が、こちらを向いた。


「くま、おいしい」


「そうですね」


〈食レポきた!〉

〈熊、おいしい〉

〈これマルクさんに聞かせたい〉

〈肉の人が泣いて喜ぶ〉


 俺は、笑ってしまった。


「今度来たら、出しましょうか」


 リィナさんが頷く。


「保存する分から、少し残しておきますね」


     ◇


 煮込みも、できた。


 器へ注がれる。


 肉。


 根菜。


 柔らかくなった葉。


 表面へ、薄く脂が浮いている。


 俺は匙を入れ、肉へ当てた。


 ほぐれる。


「……おぉ」


 焼いた物より、ずっと柔らかい。


 少し冷ましてから、食べる。


 肉が、口の中でほどけた。


 汁の味が、中まで入っている。


 野菜も、うまい。


 俺は、しばらく黙った。


〈無言になった〉

〈本当にうまいときだ〉

〈新しい鍋と料理担当の力〉


 リィナさんが、俺の器を見て笑う。


「お代わり、ありますよ」


「お願いします」


 早かった。


 でも、仕方ない。


 うまいので。


 ガドも、空になった器を差し出した。


 職人さんが、その横へ置く。


 リィナさんは少し驚いて、それから嬉しそうに鍋へ向き直った。


 イトは、自分のお腹へ手を当てていた。


「いっぱいですか?」


 聞くと、少し考える。


 それから首を振った。


「まだ」


〈まだいけるw〉

〈食事不要でも食欲はある〉

〈この家、飯がうまそうなんだよな〉


 俺は、笑いながら器を受け取った。


 台の上にあった肉が、少しずつ料理になって減っていく。


 大きな熊を倒した。


 それが、ようやく誰かの食事になっている。


 戦っていたときとは違う達成感が、腹の底へゆっくり広がっていった。


     ◇


 装備ができたのは、それから数日後だった。


 村へ呼ばれて行くと、職人さんの台へ黒い外套が置かれていた。


 長さは、腰より少し上。


 厚い毛皮を、そのまま一枚かぶる形ではない。


 肩と背中を覆い、脇へ腕を通せるように分かれている。


 端には、丈夫な布と革。


 留め具は、胸の前。


「着ろ」


 俺は頷き、羽織った。


 重みが、肩へ乗る。


 でも、思ったほどではない。


 腕を上げる。


 前へ出す。


 斧を持つ。


 肩を回す。


 毛皮が、動きについてきた。


「……動けますね」


「動けん物を作って、どうする」


「確かに」


 羅刹腕も、出してみる。


 赤い腕が伸びる。


 普通の手を止めたまま、魔力の手だけを前へ出す。


 留め具も、紐も邪魔にならなかった。


 俺は外套を見下ろした。


【黒嶺熊の短外套】


【黒嶺の岩鎧熊の毛皮を用いた外套。

 保温性と摩耗への強さを備え、肩と背中への衝撃を和らげる。】


「……ありがとうございます。すごく、いいです」


 職人さんは、返事の代わりに籠手を差し出した。


 岩鱗の板は、残っている。


 その外側へ、熊の岩鎧が追加されていた。


 厚い部分を小さく加工し、腕の動きを妨げないよう配置してある。


 手を握る。


 開く。


 斧を返す。


 前より重い。


 でも、動きを止めるほどではなかった。


【岩鎧補強の籠手】


【岩鱗の籠手を、黒嶺の岩鎧熊の岩鎧で補強した物。

 前腕外側への打撃と摩耗に強い。】


 俺は腕を持ち上げた。


 あの熊の前脚を覆っていた物が、今は俺を守っている。


 少し、不思議だった。


「試しても?」


 職人さんが頷く。


 村の外れへ移り、斧を振った。


 一度。


 もう一度。


 踏み込む。


 引き戻す。


 魔力の腕を伸ばし、近くの柱へ軽く触れる。


 背中の毛皮が、風を受けた。


 引っかからない。


 息を吐いて、斧を下ろした。


「……いいですね」


「防具が強くなったからと、全部受けるな」


 職人さんが言う。


 俺は頷いた。


「はい」


「熊の腕が、生えたわけじゃない」


 籠手を見る。


 岩鎧はある。


 でも、あの太い骨と筋肉までついたわけではない。


「気をつけます」


〈職人さんの注意、的確〉

〈鎧着たから殴り合おう、にはならない〉

〈でも見た目めっちゃ強そう〉


 俺は配信へ向き直った。


「どうですか。新しい装備です」


 コメントが、次々に流れる。


〈かっこいい!〉

〈黒い毛皮似合う〉

〈角と斧と熊皮〉

〈山道で会いたくない〉

〈道を譲ります〉


「……挨拶は、しますよ?」


〈挨拶されたら返すけど道は譲る〉


 そこは、変わらないらしい。


     ◇


 帰り道、マルクさんへ画像を送った。


 装備ができたこと。


 村で針がよく使われていること。


 熊肉を少し、保存してあること。


 それから、ダンジョンで熊を召喚できるようになったこと。


 まとめて送る。


 少しして、返事が来た。


『外套、とてもお似合いです。針についても、次の荷に反映します。お肉も楽しみにしています』


 続けて、もう一通。


『最後の一文について、詳しく伺ってもよろしいでしょうか』


 俺は、思わず笑った。


〈肉の人、熊に気づいた〉

〈次の交易先に山の主がいるかもしれない〉

〈荷物の確認事項が増えたな〉


「まだ、呼んでませんよ」


 そう返してから、管理画面を少しだけ開く。


【黒嶺の岩鎧熊】


 特殊個体の欄に、相変わらず名前がある。


 召喚ポイントは、まだ足りない。


 部屋も、作っていない。


 今は、予定の一つ。


 俺は画面を閉じた。


 森の中に、家の入口が見えてくる。


 奥から、いい匂いがした。


 リィナさんが煮込みを温めてくれているのかもしれない。


 入口から、イトが顔を出した。


「おかえり」


 俺は手を上げた。


「ただいまです」


 近づくと、イトが外套へ目を向けた。


 黒い毛皮へ、そっと手を伸ばす。


 今度は、止められない。


 指が触れる。


 撫でる。


 少し、目が細くなった。


「やわらかい」


「はい。できました」


 リィナさんも入口へ来た。


 俺の肩と腕を見る。


「似合っていますね。動きにくくは、ありませんか?」


「大丈夫です。ちゃんと、合わせてもらいました」


 籠手を外す。


 外套も脱ぎ、丁寧に掛ける。


 あの山で倒した熊は、装備になった。


 食事にもなった。


 残った素材には、これからの使い道がある。


 そして、いつかは。


 この家を守る仲間が、一頭増えるかもしれない。


「……その前に、部屋ですね」


 小さく呟くと、配信のコメントがすぐに反応した。


〈聞こえたぞ〉

〈まだ考えてた!〉

〈次の改築、熊部屋なのか〉

〈三階層の家に主を置くなあああ〉


 俺は笑って、表示を端へ寄せた。


 まずは、ご飯。


 その後で、間取りを見てみよう。


 隣へ来たイトの手を取り、湯気の立つ食卓へ向かった。

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