12話 第一回ワールドイベント
●主人公視点
熊の部屋を、考えています。
どうも、修羅です。
机の上へ、ダンジョンの見取り図を広げています。
二階層の奥。
今ある広間を、もう少し広げる。
通路も、曲がり角を緩やかにする。
蜘蛛たちが通る場所を残し、猪たちと休む場所は分ける。
「……入口から、どうやって入ってもらうんですかね」
〈そこからかw〉
〈部屋に召喚すればいいんじゃない?〉
〈でも入口を守るとき通れないぞ〉
「そうなんですよ」
部屋だけ大きくても、通路を抜けられない。
熊は、図面の上で思っていたより場所を取った。
いや、実物を見たんだから、分かっていたはずなんですけど。
隣で、イトが紙を覗き込んでいる。
丸く囲った広間へ、指を置いた。
「くま」
「はい。ここが、候補です」
指が、細い通路へ移る。
「せまい」
「……そうですね」
正確な意見だった。
俺は、鉛筆代わりに使っていた炭を置いた。
少し休憩しよう。
リィナさんが、温かい飲み物を持ってくる。
「こちらへ、置きますね」
「ありがとうございます」
器を受け取った。
そのとき。
視界の中央へ、青い光が広がった。
いつもの小さな通知とは違う。
薄い板のような画面が、ゆっくり開いていく。
音が、鳴った。
澄んだ鐘のような音。
俺は、器を机へ戻した。
「……お?」
〈通知?〉
〈こっちにも来た〉
〈全員向けだ!〉
浮かんだ文字を、読む。
【アビス・フロンティア・オンライン】
【第一回ワールドイベント開催のお知らせ】
その下へ、大きな文字が現れた。
【世界大侵攻】
◇
画面が、暗くなった。
一瞬、自分の家が見えなくなる。
代わりに映ったのは、広い海だった。
黒い雲。
波の向こうで、何かが動いている。
低い音が響いた。
太鼓。
いや、足音だ。
映像が切り替わる。
草原を進む、獣の群れ。
木々の間を抜ける、異形の影。
崩れた門を押し開く、大きな腕。
空を覆う、翼。
いくつもの場所が、短く映る。
俺は、背筋を伸ばした。
次に映ったのは、街だった。
白い城壁。
高くそびえる城。
壁の上へ、兵士たちが並んでいる。
旗が、風に揺れた。
【アルセリア王国・王都アルセリア】
映像が、切り替わる。
黒い屋根。
太い塔。
幅の広い門。
見覚えのある通り。
「あ」
思わず、声が出た。
【魔境ガルド・魔都ヴァルグ】
城壁の上に、領主府の旗が翻っていた。
その向こうへ、黒い影の群れが迫ってくる。
〈ヴァルグ!〉
〈王都だけじゃないのか〉
〈うちの街も映った〉
〈待て、全部で何か所あるんだ〉
さらに、映像は続いた。
雪に覆われた城壁。
巨大な木々に囲まれた都市。
赤い岩の上へ築かれた宮殿。
海を見下ろす、幾重もの塔。
俺の地図では名前すら分からない場所まで、次々に現れては消えていく。
やがて、画面の中央へ一本の剣が映った。
剣先が、地面へ突き立つ。
鐘が鳴った。
【迫り来る群れを退け、各地の首都を守り通せ】
文字の後ろで、城門が閉じた。
◇
「……大きいですね」
口から出た感想が、それだった。
映像が終わり、家の景色が戻ってくる。
目の前には、詳細の案内が浮かんでいた。
【第一回ワールドイベント〈世界大侵攻〉】
【開催まで:七日】
【各大陸・各勢力圏の首都級都市を中心に、同時多発的な魔物の侵攻が発生します】
【参加者は防衛陣営へ協力し、侵攻軍の撃退を目指してください】
俺は、続きを開いた。
【主要防衛目標】
【城壁・城門などの防衛線の維持】
【市街地への侵入阻止】
【避難誘導および補給路の確保】
【各戦線に出現する侵攻指揮個体の撃破】
【防衛期間を通じ、都市中枢を守り抜くことで防衛成功となります】
「……一回倒したら、終わりではないんですね」
〈防衛期間って書いてあるな〉
〈波状攻撃か〉
〈門を守るだけじゃないの面白そう〉
〈指揮個体、絶対でかいやつだろ〉
詳細には、複数の侵攻波があると書かれていた。
開催期間は、三日間。
ずっと戦い続ける必要はなく、主要な侵攻が起きる時間帯は、事前に公開される。
その間にも、補修や運搬、治療や調理などの仕事が発生するらしい。
【戦闘以外の活動も、貢献として評価されます】
【各都市の冒険者組合、領主府、商業組合などに、準備依頼が追加されます】
俺は、そこをもう一度読んだ。
「準備から、始まるんですね」
七日後に、いきなり魔物が来るだけではない。
矢を作る。
薬を集める。
食料を運ぶ。
壊れた場所を直す。
そのための仕事が、これから街に出る。
リィナさんが、隣から画面を覗いていた。
彼女には俺の通知は見えないので、内容を読み上げる。
「薬草や薬の納品も、あるみたいです」
「……それなら、私にもできることがありそうです」
彼女が、自分の手を見る。
俺は頷いた。
「はい。戦うだけじゃないみたいなので」
イトが、俺の袖を引いた。
「しゅら、いく?」
顔を向ける。
灰色の目が、こちらを見ていた。
俺は、まだ返事をしなかった。
画面を、下へ送る。
◇
【参加について】
【参加は任意です】
【参加都市を選択し、各地の窓口で防衛登録を行ってください】
【他地域からの参加者向けに、イベント期間中の臨時移動手段を設けます】
【未踏破地域への移動については、対象となる既存都市への参加に限ります】
【新たに追加された四大陸への航路、転移先は開放されません】
「……新しい大陸へは、これで行けるわけじゃないんですね」
〈そこは自力のままか〉
〈まあ航路探索が飛ぶからな〉
〈まず今いる街を守れってことか〉
新大陸でも侵攻は発生する。
ただ、そこへ行く手段がなければ、参加はできない。
告知映像に出た知らない都市も、俺たちがすぐ行ける場所とは限らないらしい。
世界中で、同じ時間に何かが起こる。
その全部を、一人で見に行くことはできない。
俺は、ヴァルグの画像を選んだ。
城壁。
門。
領主館。
通りの角に、小さな屋台が映っている。
初めて食べた、肉を薄い生地で包んだ料理。
あそこも、街の中にあった。
リィナさんが仕事を手伝った薬師の店も。
マルクさんの倉庫も。
俺が防具を直してもらった工房も。
「……あそこに、来るんですね」
さっきの、黒い群れが。
まだ始まってもいないのに、少しだけ喉が乾いた。
◇
報酬の項目もあった。
参加報酬。
貢献度に応じた交換品。
各戦線での実績に応じた称号。
装備や素材、拠点で使える物もあるらしい。
ただ、まだ全ては公開されていない。
【個人貢献に加え、所属する防衛都市の達成状況に応じた報酬があります】
「都市全体でも、変わるんですか」
〈みんなで守る意味あるな〉
〈上位だけおいしいやつじゃないの助かる〉
〈料理で参加したい〉
〈矢作るから材料持ってきてくれ〉
コメント欄の雰囲気が、変わっていた。
驚きの文字の間に、相談が混じる。
どの街へ行くか。
誰と組むか。
何を用意するか。
さっきまで、熊を置く部屋の話をしていた。
今は、街を守る話をしている。
規模が、急に大きくなった。
「……七日後」
呟く。
そこで、もう一つ思い出した。
現実の日付。
夏休みの、残り。
俺は、カレンダーを開いた。
イベント最終日を確かめる。
その後に、学校が始まる。
「ちょうど、休みの終わりですね」
〈学生組の最後の祭りだ〉
〈宿題終わらせろよ〉
〈今それを言うな〉
〈三日間のために今から片づける〉
〈社会人組は予定確認してます〉
俺も、まだ済ませておいた方がいいことがある。
ゲームの中だけ準備して、現実の方が間に合いませんでした。
それは、困る。
後で、一度ログアウトして確認しよう。
そのためにも。
「今から、ちゃんと予定を組んだ方がいいですね」
俺が言うと、コメントが流れた。
〈修羅が予定を組むと言った〉
〈明日も熊を見つけて帰宅が延びるやつ〉
〈今回は時間守れよw〉
「……頑張ります」
少しだけ、返事が弱くなった。
◇
通知が、また来た。
一通。
続けて、もう一通。
マルクさん。
それから、セイルさんだった。
マルクさんの文章は、短かった。
『ご覧になりましたか。ヴァルグでは、これから物資の確認が始まります。こちらへ戻る予定が決まりましたら、ご連絡ください』
その下に、もう一行。
『保存食の相談も、お願いするかもしれません』
俺は、リィナさんを見る。
内容を伝えると、彼女は少し考えて頷いた。
「何が必要か、聞いてからですね。お手伝いできることがあれば」
「はい」
次に、セイルさん。
こちらは、少し長かった。
『突然のご連絡で失礼します。イベントに関する告知が、こちらにも届きました』
『ヴァルグ領主府では、組合や各団体と協議し、防衛の準備を始めます』
『修羅さんにも、参加をご検討いただければ幸いです。役割や条件については、準備がまとまり次第、改めてご相談させてください』
丁寧な文章だった。
東の探索を頼まれたときとは、少し違う。
俺が来る前提で、話が決まっているわけではない。
何を頼むかも、これから。
俺は、ゆっくり続きを読んだ。
最後に、一行。
『個人的には、ぜひ同じ街で、このイベントを迎えたいと思っています』
俺は、少し笑った。
〈何来た?〉
〈マルクさん?〉
〈領主か?〉
「ヴァルグの準備が始まるみたいです。参加するか、考えてほしいって」
個人的な一行までは、読まなかった。
それは、俺に届いた言葉だったので。
返信欄を開く。
少し考える。
『告知、見ました。参加したいと思っています』
そこまで打って、一度止まった。
イトを見る。
リィナさんを見る。
家の入口へも、目を向けた。
留守にするなら、また準備がいる。
熊は、まだ呼んでいない。
今いる猪と蜘蛛たちに、無理なく任せられる状態を確かめたい。
自分の役目も、聞かなければならない。
俺は、続きを打った。
『ただ、役割や危険度、同行者のできる仕事も確認したいです。準備がまとまったら、話を聞かせてください』
送信する。
すぐに、既読がついた。
返事は、少し間を置いて届いた。
『ありがとうございます。必ず、整理してお伝えします』
それから。
『お待ちしています』
◇
俺は、配信の方へ顔を向けた。
「……皆さん」
コメントが流れる。
告知の感想。
参加する街の名前。
準備したい物。
夏休みの残り日数を嘆く声。
その全部が、妙に楽しかった。
「俺は、ヴァルグへ行こうと思います」
〈おおおお!〉
〈来た!〉
〈同じところ行くわ!〉
〈俺もヴァルグ!〉
〈近接組、増えそうだなw〉
〈勝手に前線へ走るなよ!〉
「役割は、話を聞いてからですよ」
俺は、先に言った。
「今のところ、何と戦うかも分からないので。ちゃんと準備してから行きます」
イトが、椅子から下りた。
俺の横へ来る。
袖を、軽く掴んだ。
「いっしょ」
その顔を見る。
俺は、しゃがんだ。
「はい。イトにも、お願いすることがあると思います」
頷きが返る。
「でも、危なくなったら下がる。そこは、一緒に決めておきましょう」
イトは少し考えてから、もう一度頷いた。
リィナさんも、机の上へ置いてあった紙を手に取る。
「必要な薬草と、保存できる食べ物を調べておきます。街の方とも、相談したいです」
「ありがとうございます」
俺は立ち上がり、見取り図へ目を落とした。
熊の部屋。
考えかけの通路。
炭で引いた線。
その紙を、いったん丁寧に畳んだ。
「こっちは、少し後ですね」
〈熊、待機〉
〈今は街の防衛が先か〉
〈夏休み最後に大仕事だな〉
代わりに、何も書いていない紙を広げる。
七日。
その一番上へ、大きく書いた。
『ヴァルグへ行く』
下に、準備する物。
装備の点検。
薬と食料。
留守中の防衛。
役割の確認。
現実の用事。
一つずつ、増えていく。
胸の奥が、少し熱かった。
大会の前日とも違う。
一人で山へ入る前とも違う。
知っている街へ、みんなが集まる。
そこで、何日もかけて、何か大きなものを迎え撃つ。
俺は、壁へ立てかけた斧を見た。
黒角の大戦斧。
その横には、熊の毛皮の外套。
籠手。
短剣。
今まで手に入れた物が、そこにある。
「……忙しくなりそうですね」
俺が言うと、イトが頷いた。
リィナさんも、笑った。
コメント欄は、もうずっと流れ続けていた。
最後に、告知画面へもう一度目を向ける。
【第一回ワールドイベント】
【世界大侵攻】
【開催まで:七日】
【迫り来る群れを退け、各地の首都を守り通せ】
夏休みが、もうすぐ終わる。
その前に、どうやら。
忘れられないくらい、大きな三日間が待っているらしい。
夏休みが、もうすぐ終わる。
その前に、どうやら。
忘れられないくらい、大きな三日間が待っているらしい。
……ということで。
「まず、現実の用事を片づけてきます」
〈えらい〉
〈宿題か〉
〈俺もやるか……〉
〈イベント前に全部終わらせるぞ〉
俺は、机の上の紙を指した。
準備することの、一番下。
『現実の用事』
これを残したまま、七日後を迎えるのはよくない。
ただでさえ、大会の前もゲームのことばかり考えていた。
今回は、三日間だ。
途中で「あ、あれ忘れてた」となるのは避けたい。
「少ししたら戻ります。今日は、村で話をして、装備も確かめて……」
指折り数えていると、リィナさんが口を開いた。
「こちらの準備は、私たちでも進められますよ」
俺は顔を向けた。
「食べ物の残りと、薬の材料を見ておきます。足りない物は、書いておきますから」
「……ありがとうございます」
イトも、机へ手を置く。
「おるすばん」
「はい。お願いします」
俺がいない間にも、できることが進む。
それが、少し不思議だった。
以前は、帰ってきても寝床と荷物があるだけだったのに。
「じゃあ、一度終わります。皆さんも、準備は早めに」
〈お前もな!〉
〈また後で〉
〈俺は仕事の予定確認する〉
配信を終了する。
安全な場所へ腰を下ろし、ログアウトを選んだ。
◇
目を開ける。
見慣れた、部屋の天井。
ネクサスを外すと、少しだけ首が軽くなった。
「……よし」
布団から起きる。
腕は、二本。
角は、ない。
当たり前なんだけど、最近はゲームの体で動く時間も長かったので、たまに妙な感じがする。
机へ向かった。
夏休みの課題。
提出する物。
学校から来ていた連絡。
一つずつ確かめる。
やりかけだった物を開き、椅子へ座った。
スマホが鳴る。
友達からだった。
『大侵攻の告知見た?』
俺は、画面を見た。
『見た』
返信すると、すぐ次が来た。
『絶対やばいだろ。修羅どこ行くんだろうな』
「……もう、言ったんだけどな」
独り言が出た。
配信を見ていなかったらしい。
俺は少し考えて、文字を打つ。
『ヴァルグって言ってた』
『マジ? 俺もそっち行こうかな』
そこで指が止まった。
来るのか。
別に、来てもいい。
イベントだし、参加先は自由だ。
ただ、目の前で会って、いつもの調子で話しかけられたらどうなるんだろう。
いや。
ゲームの中では、声も姿も少し違う。
それに、本人から正体を明かさなければ分からないかもしれない。
スマホが、また鳴った。
『あの斧の近くいたら安全そうじゃね?』
俺は、すぐに返した。
『危ないと思うぞ』
しばらくして。
『お前もそう思う?』
ものすごく、そう思う。
俺はスマホを伏せた。
「……先に、こっちだ」
課題へ向き直る。
イベントまで、七日。
使える時間を増やすために、今、机へ向かった。
◇
次にログインしたとき、食卓の上には二枚の紙が置かれていた。
一枚は、食料。
もう一枚は、薬と道具。
文字が、きれいに並んでいる。
その横には、少し形の崩れた丸がいくつか。
「……これは?」
指を置くと、イトが顔を上げた。
「ぱん」
「おぉ」
丸の隣には、短い線。
「にく」
「なるほど」
リィナさんが、少し笑った。
「数を確かめるのを、手伝ってもらいました」
パン。
干し肉。
水を入れる容器。
それぞれ、絵と文字で記録されている。
俺は、しばらくその紙を見た。
「助かります。ものすごく、分かりやすいです」
イトが、少し背筋を伸ばした。
俺も椅子へ座り、配信を開始する。
「戻りました。準備の続き、やっていきます」
〈おかえり〉
〈課題進んだ?〉
〈俺も一個終わらせた〉
「進めてきました。皆さんも、お疲れ様です」
挨拶をしながら、物資を確かめる。
家に残す物。
持っていく物。
全部を鞄へ詰めてしまうと、留守中の家が空になる。
逆に、必要以上に持ちすぎても、向こうで手に入る物があるかもしれない。
「まず、何が足りないか聞いた方がいいですね」
マルクさんへ連絡する。
今から、短く話せるか。
返事は、すぐだった。
『大丈夫です。こちらも、お伝えしたいことがあります』
◇
「街、忙しそうですか?」
通信が繋がって、俺は最初に聞いた。
『忙しくなり始めていますね。掲示板へ準備依頼が増えましたし、店へ問い合わせも来ています』
後ろから、人の声が聞こえた。
何かを運ぶ音。
木箱を置く音。
マルクさんも、倉庫にいるらしい。
『ただ、まだ敵の詳細が分からないので、買いすぎないようにも案内しています。使う予定のない物まで抱えると、必要な方へ届かなくなりますから』
「……なるほど」
『修羅さんたちは、いつ頃こちらへ?』
「できれば、二日か三日くらい前には着きたいです。役割の説明も聞きたいので」
『でしたら、こちらへ来る荷に合わせられると思います。集落の方との取引分もありますし』
帰りに一緒だった商隊。
今度は、その逆だ。
俺は、机の紙へ予定を書き込んだ。
『それと、修羅さん。お食事は、ご自身の分を数日分、余裕を持って。薬や装備の予備も、まずは普段使い慣れた物をお願いします』
「街の分も、持っていった方がいいですか?」
『提供できる量を教えていただければ、領主府と相談します。無理に家の物を全部出す必要はありませんよ』
先に、言われた。
俺は台所を見る。
保存した熊肉。
乾かした野菜。
リィナさんの薬草。
「……分かりました。量を数えて、送ります」
『ありがとうございます。あと、熊は?』
「呼んでません」
即答した。
通信の向こうで、少しだけ間があった。
『承知しました』
〈確認項目に熊があるw〉
〈荷車に乗るか心配してるんだろ〉
〈乗らんだろ〉
俺はコメントを見て、笑った。
「今回の移動に、熊は連れていきませんよ」
『それでしたら、配車は今のままで進めますね』
「……本当に、荷物の数として考えてました?」
マルクさんは、答えずに次の話へ進んだ。
◇
通信を終え、俺たちは村へ向かった。
家の留守をどうするか。
それを、先に話しておきたかった。
ガドは、集落の外れで槍の穂先を手入れしていた。
俺たちを見ると、顔を上げる。
「街へ、行くのか」
「……知ってるんですか?」
「商人から、話が来た」
マルクさん、早い。
ガドは槍を横へ置いた。
「大きな群れが、来るんだな」
「はい。七日後から、三日間です。ヴァルグにも」
俺は、できるだけ分かっていることを説明した。
城壁。
補給。
治療。
いろいろな人が、準備を始めていること。
ガドは黙って聞いていた。
話し終えると、森の方へ顔を向ける。
「こっちは、見ておく」
「ありがとうございます。でも、毎日来てもらう必要は――」
「狩りのついでだ」
いつもの返事だった。
俺は、少し笑う。
「じゃあ、何かあったら連絡してください。入口の通り方も、もう一度確認します」
ダンジョンの管理画面を開く。
ガドと、留守中に様子を見に来る村人の登録。
防衛範囲。
魔物を外へ追わせない設定。
家の外で危険があったら、無理に中まで来なくていいこと。
一つずつ、話す。
その間に、職人さんも出てきた。
俺の装備へ目を向ける。
「また、使うのか」
「はい。イベントで」
「置いていけ。紐を見る」
俺は、籠手を外した。
外套も脱ぐ。
渡すと、職人さんはすぐに裏返し、留め具を確かめ始めた。
「まだ、使ったばかりですけど」
「だから、今見る」
短い返事。
使って初めて分かる緩みもあるらしい。
俺は頷いた。
「お願いします」
リィナさんは、村の女性へ保存食の相談をしていた。
長く歩くとき、何を持つか。
何が傷みやすいか。
イトはその隣で、籠を抱えている。
見渡すと、準備があちこちで始まっていた。
俺一人で、紙に書いていたときより、ずっと具体的になっていく。
◇
帰宅した頃には、夕方だった。
管理画面を、もう一度開く。
配置された魔物たち。
入口には、岩背猪。
壁と通路には、蜘蛛たち。
奥の核。
今の守りを確かめてから、召喚の一覧へ移った。
〈来た〉
〈熊?〉
〈出発前に呼ぶのか?〉
「熊は、まだです」
今日は、別の項目を選ぶ。
【盾持ち蜥蜴兵】
必要ポイントを確かめる。
使っても、修復や魔物の補充に回せる分は残せる。
俺は、配置図の二階層を選んだ。
入口から入ってきた魔物が、奥へ進もうとする通路。
その先に、少し幅のある場所がある。
「ここへ、一体。まず、動き方を見ます」
召喚を実行する。
床へ、光が集まった。
緑褐色の鱗。
丸盾。
剣。
長い尾。
見覚えのある姿が、そこに現れた。
でも、こちらへ武器は向けない。
盾を下げ、俺を見ている。
「……よろしくお願いします」
声をかける。
蜥蜴兵が、少し頭を下げた。
〈味方だと不思議だな〉
〈ちゃんと装備ついてる〉
〈この前、盾引っぺがしてた相手だ〉
猪たちと蜘蛛たちにも、近づいてもらう。
突然同じ場所へ並べるのではなく、少し距離を置いて。
互いを確かめる間、俺たちも待った。
イトが、蜥蜴兵の盾を見る。
「かたい」
「はい。前を守ってもらいます」
俺は配置を指定した。
通路の中央を塞ぎすぎず、家の人が通れる幅は残す。
侵入した魔物にだけ対応する。
勝手に外へ出ない。
蜘蛛は、その後ろ。
猪は、少し広い場所で待つ。
通路を歩いて確かめ、何度か位置を直した。
最後に、盾持ち蜥蜴兵が定位置へ立つ。
尾が床へつき、盾が上がる。
その後ろの壁に、蜘蛛が一匹収まった。
〈うわあ〉
〈組んでしまった〉
〈盾と糸、完成〉
〈留守番が強い〉
「帰ってきたときに、通れるのは確認しておきます」
俺は通路を往復した。
蜥蜴兵は、盾を横へ寄せてくれた。
リィナさんも通る。
イトも。
問題は、ない。
俺は、少し安心して管理画面を閉じた。
◇
夕食の後、予定を書いた紙を見直した。
装備の点検。
留守中の防衛。
持っていく食料と薬。
移動の相談。
いくつかの項目へ、線を引けた。
まだ、残りはある。
自分の戦い方。
羅刹腕を、もう少し使えるようにしたい。
鬼震や威圧を、味方の近くでどう使うかも考えなければならない。
大会なら、目の前の相手を倒せばよかった。
今度は、味方が大勢いる。
不用意に斧を振れば、それだけで危ない。
「……確認すること、多いですね」
俺が呟くと、リィナさんが紙へ目を向けた。
「まだ、時間はあります」
「はい。一つずつですね」
隣のイトが、自分の手を開いた。
指先から、白い糸。
机の端へ、ぺたりとつける。
「とめる」
俺を見る。
前の戦闘では、脚を止めてくれた。
進む道を、狭めてもくれた。
今度も、その力が必要になるだろう。
「はい。頼りにしてます」
イトが頷く。
俺は、残った予定の下へ一行足した。
『二人で連携の練習』
すると、リィナさんが少し考えて、隣へ自分の紙を置いた。
薬草の名前。
保存食の材料。
必要な容器の数。
「こちらも、明日から進めます」
俺は、その紙を見て頷いた。
戦う準備と、戦い続けられるようにする準備。
両方が、机の上へ並んでいる。
配信のコメントも、まだ流れていた。
〈準備回、楽しいな〉
〈みんな自分にできることしてる〉
〈俺も装備直してくる〉
〈七日、意外と短そう〉
俺は、画面の端にある告知を見た。
【世界大侵攻】
【開催まで:六日】
もう、一日減っている。
炭を置き、椅子から立ち上がった。
「今日は、ここまでにします」
無理をして準備を詰め込み、当日に疲れていたら意味がない。
明日は、訓練。
その次には、出発の支度。
やることは、決まった。
壁へ掛けた外套の下で、斧が灯りを受けている。
俺は、その柄へ軽く触れた。
「……次は、人が多いところですよ」
当然、返事はない。
でも、握り慣れた感触が掌へ戻ってきた。
今度は、仲間のいる戦場へ行く。
そこでちゃんと振れるように、明日も練習しよう。




