8話 進化と報酬
●主人公視点
目が覚めたら、イトが俺の手を握っていました。
どうも、修羅です。
宿のベッドに寝ています。
天井は、木。
壁も、木。
蟻はいません。
……大事なので、一応確認しました。
「しゅら」
隣から、声がした。
顔を向ける。
人の姿になったイトが、椅子へ座っていた。
俺の手を両手で包み、顔を覗き込んでいる。
「……おはようございます」
「おきた」
「はい。起きました」
イトが頷いた。
そのまま、手を少し強く握る。
包帯越しに、温かさが伝わってきた。
掌は、まだ少し痛い。
でも、腕は動く。
脚も、毛布の下で曲げられた。
「イトは、休めました?」
頷きが返る。
その後ろで、扉が開いた。
リィナさんだった。
盆を持って入ってきて、俺と目が合う。
「あ……」
足が止まった。
それから、ゆっくり近づいてくる。
「おはようございます。気分は、どうですか」
「結構、寝た感じがします」
「はい。よく眠っていらっしゃいました」
盆が、机へ置かれる。
温かい湯気が立っていた。
俺が体を起こそうとすると、イトが背中へ手を回す。
「ゆっくり」
「……はい」
今日は、言われる側らしい。
◇
朝食を食べ終えたところで、通知に気づいた。
未読が、いくつか。
組合。
マルクさん。
それから、運営。
「……来てますね」
開く。
例の坑道についての報告だった。
迷宮の起動時、古い坑道の出口と閉鎖領域の境界が重なり、終了条件の読み込みに不具合が発生したらしい。
さらに、倒された蟻の魔力が生成機構へ繰り返し供給され、停止処理が正常に働かなかった。
あの、倒しても倒しても出てきたやつだ。
該当する迷宮は、修復と確認が終わるまで立ち入りできない。
続けて、お詫びと補填の内容が書かれていた。
【本不具合により消費した物資、および装備の損耗について、補填を行います】
【該当戦闘で獲得した経験値、スキル等の成果は保持されます】
俺は、そこでもう一度、文章を読んだ。
「……経験値、そのままなんですね」
よかった。
あれだけ斧を振って、全部なしと言われたら、さすがに寝込む。
既に寝込んではいるけど。
最後に、もう一つ。
【特別交換券を一枚、お送りしました】
【対象の便利アイテムから、一点を選択できます】
候補が、並ぶ。
旅人の収納鞄。
帰還の標石。
従魔の休息環。
俺は、しばらく見比べた。
帰還。
その言葉には、少し心が動いた。
でも、説明を読むと閉鎖領域から脱出する道具ではない。
普段の移動に使う物らしい。
「……鞄、ですかね」
呟くと、リィナさんが隣から説明を覗いた。
「荷物を、たくさん持てるんですか?」
「はい。重さも、軽くなるみたいです」
俺の袋を見た。
床に置いてある、糸織り袋。
使い込んで、少し形が崩れていた。
あの中にあった食料と水には、随分助けられた。
「予備の分、もっと持っておけますし」
リィナさんが頷く。
「それは、安心ですね」
「肉も、入ります」
「お水と薬を、先にしてくださいね」
「……はい」
選択する。
【〈旅人の収納鞄〉を受け取りました】
机の上へ、一つの鞄が現れた。
濃い茶色の革。
肩へ掛けるための、太い紐。
見た目は、普通だ。
でも、口を開くと、内側の奥行きがおかしかった。
俺は、覗き込んだ。
「……深い」
イトも、隣から覗く。
白い髪が、肩へ触れた。
「はいる?」
「イトは、入れませんよ。生き物は駄目みたいなので」
鞄から顔が離れる。
少しだけ、残念そうだった。
◇
体調を確かめ、医師にもう一度診てもらった。
傷は回復している。
ただし、今日は激しく動かないこと。
食事と休息は、引き続き取ること。
進化についても相談すると、安全な場所で、体の変化を確かめながら行うように言われた。
そこで、マルクさんへ連絡した。
場所を借りたい、と。
返信は、早かった。
『前回の部屋を空けます。椅子は片づけておきますね』
仕事ができる。
俺は、配信の設定を開いた。
開始ボタンへ、指を伸ばす。
「……お待たせしました」
表示が切り替わる。
すぐに、コメントが流れ始めた。
〈修羅!?〉
〈始まった!〉
〈大丈夫か!〉
〈イトは?〉
〈ちゃんと休んだ?〉
ものすごい勢いだった。
俺は、少し背筋を伸ばした。
「はい。二人とも、無事に戻ってます。手当ても受けました」
隣へ、手を向ける。
イトが、画面のある辺りを見た。
「ただいま」
〈おかえりいいいい!〉
〈よかったあああ〉
〈二人ともおかえり!〉
〈イトも元気そうだ〉
俺は、流れる文字を見た。
あの坑道でも、ずっと流れていた。
糸が切れそうだとか。
水を飲めとか。
帰ろう、とか。
「……見守ってくれて、ありがとうございました。あのとき、助かりました」
少しだけ、頭を下げた。
頭を上げると、また文字が増えていた。
全部は、読めなかった。
でも、何となく伝わった。
「それで、今日はですね」
俺は、通知を開く。
「進化を、しようと思います」
コメントの流れが、一度止まったように見えた。
次の瞬間、さらに速くなった。
〈きたあああ!〉
〈百になったもんな!〉
〈休息回かと思ったら進化回だった〉
〈次、何になるんだ〉
〈鬼将!?〉
俺も、まだ確認していなかった。
閉じたままだった項目を、選ぶ。
【種族レベルが上限に到達しています】
【鬼 Lv.100/100】
【進化先を確認します】
少しの間。
それから、文字が浮かんだ。
【進化先:羅刹】
「……羅刹」
声に出して読む。
隣のイトが、こちらを見る。
「ら、せつ」
「そうなるみたいです」
〈羅刹!?〉
〈名前がもう強い〉
〈鬼将とは違うのか〉
〈体また大きくなる?〉
俺は、真っ先に体格の説明を探した。
大きな変化は、ないらしい。
「……よかった」
〈そこ安心するんだ〉
〈装備作り直しは大変だしな〉
〈宿の扉も通れなくなる〉
「せっかく、合う部屋を見つけたので」
説明を、もう少し読む。
肉体の内側を流れる力が増し、身体能力と魔力が高まる。
そして、新たな種族スキル。
【羅刹腕】
俺は、その名前で止まった。
「腕……?」
◇
商会の作業部屋には、マルクさんもいた。
机の上に水。
着替え。
大きな布。
座れる場所も、用意してある。
「本当に、体格は変わらないんですよね?」
「説明では、そうなってます」
「でしたら、安心です」
そう言いながら、マルクさんは壁際の箱を、さらに遠くへ動かした。
念入りだ。
俺は防具を外し、部屋の中央へ立った。
イトとリィナさんは、少し離れる。
「では……やってみます」
〈見てるぞ〉
〈どうなるんだ〉
〈無事に進化してくれ〉
確認を押す。
【鬼から羅刹へ進化します】
【進化を開始しますか?】
「はい」
光が、足元から上がった。
最初に感じたのは、熱だった。
鬼力を使うときに似ている。
でも、もっと深い。
胸の奥。
背中。
腕の中。
体の隅々へ、ゆっくり何かが満ちていく。
思わず、手を開いた。
指の間を、赤い光が抜ける。
角の付け根が、少しむず痒い。
呼吸をするたび、胸の内側で力が動いた。
痛くはない。
ただ、じっと立っているだけなのに、全身を確かめ直しているような感覚だった。
やがて、光が薄くなる。
足元が見えた。
自分の手。
腕。
見慣れた大きさだった。
そこへ、赤黒い線が浮かび上がる。
手首から、肘。
肩へ。
服の下を通り、首筋まで。
「……おぉ」
熱が落ち着くにつれ、その紋様も薄れていった。
【進化が完了しました】
【鬼 → 羅刹】
【種族Lv:100 → 1】
【全基礎能力が上昇しました】
【種族スキル〈羅刹腕 Lv.1〉を獲得しました】
〈進化完了!〉
〈見た目そんな変わってない?〉
〈目! 目の色!〉
〈角、先が鋭くなってる〉
〈さっきの紋様かっこいいな〉
マルクさんが、鏡を持ってきてくれた。
覗く。
俺だった。
顔つきは、大きく変わっていない。
ただ、瞳に金色が混じっている。
角は、少し滑らかになり、先端が細く伸びていた。
「……ちゃんと、俺ですね」
リィナさんが頷く。
「はい。修羅さんです」
イトも近づいてきた。
俺の手へ触れる。
掌を見て、腕を見て、顔を見る。
「しゅら」
「はい」
返事をすると、安心したように手を握った。
◇
数値を開く。
鬼の上限だったときより、全部上がっていた。
【ステータス】
プレイヤー名:修羅
種族:羅刹
種族Lv:1
最大HP:1,529 → 1,760【UP!】
最大MP:278 → 360【UP!】
最大スタミナ:1,192 → 1,400【UP!】
筋力:283 → 330【UP!】
耐久:273 → 310【UP!】
敏捷:268 → 320【UP!】
魔力:109 → 160【UP!】
器用:114 → 170【UP!】
※最大HPは基礎値1,600+首飾りの補正160。
「……一なのに」
〈一とは〉
〈新人ですって言われたら泣く〉
〈魔力と器用もかなり増えたな〉
〈百まで鍛えた上での一だからな〉
体を動かす。
肩を回す。
指を曲げる。
力が増えた、という感覚はある。
でも、昨日までの動きが全部別物になるほどではなかった。
それが、少しありがたい。
「問題は、これですね」
新しいスキルを開く。
【羅刹腕 Lv.1】
【背中から、一対の魔力の腕を形成する】
【腕の長さと動作範囲には制限がある】
【精密な操作には習熟が必要】
【発動時MP15。維持には十秒ごとにMP5を消費】
俺は、背後の空間を確かめた。
誰もいない。
箱も、遠い。
「……出してみます」
背中へ、意識を向ける。
「〈羅刹腕〉」
肩甲骨の辺りが、熱くなった。
視界の端に、赤い物が現れる。
半透明の、腕。
左右に一本ずつ。
肩の後ろから伸び、俺の腰の横で、ゆっくり指を開いた。
俺は、その手を見た。
手も、俺を向いた。
「……動かし方が、分からないですね」
〈最初の問題そこw〉
〈腕が四本になった〉
〈これで斧持ちながら盾剥がせるのか〉
〈近接、また面倒なことになってる〉
右の魔力の手を、上げようとした。
右手が上がった。
普通の方の。
「違う。そっちじゃなくて」
今度は、両方上がった。
左の魔力の腕まで、つられて動く。
マルクさんが、一歩下がった。
「……箱を移しておいて、よかったです」
〈危機管理ができる商人〉
〈本人が一番困ってる〉
〈四本同時は難しいだろうな〉
俺は一度、深く息を吐いた。
普通の手を、腰へ置く。
動かさない。
背中の腕だけ。
右。
ゆっくり。
半透明の指が、持ち上がった。
「……お」
少しだけ、開く。
閉じる。
できた。
隣から、イトが手を伸ばした。
「まって、まだ――」
人の手が、魔力の手へ触れる。
赤い指が、反射的に閉じた。
力を入れないよう、慌てて意識する。
そっと、握れた。
イトが、こちらを見た。
「て」
「はい。増えました」
イトが頷く。
次に、俺の普通の右手も握った。
二本の手で、それぞれ。
俺は、動けなくなった。
〈両方確保された〉
〈進化して最初の用途、それかw〉
〈盾じゃなくてイトの手を持ってる〉
リィナさんが笑っていた。
マルクさんも、口元を押さえている。
俺は、魔力の手と、普通の手を見比べた。
「……戦闘で使えるようになるまで、時間かかりそうですね」
イトが、二つの手を小さく揺らした。
赤黒い紋様が浮かぶ腕。
背中から伸びた、魔力の腕。
数値も、力も、随分増えた。
でも、最初の練習は。
「じゃあ……握る力を、弱くするところからです」
握手から、始まった。
●主人公視点
腕が、四本になりました。
どうも、修羅です。
正確には、普段は二本。
スキルを使うと、背中から二本増えます。
便利そうですよね。
俺も、そう思いました。
なので今朝、着替えながら鞄を取ろうとしてみたんです。
普通の右手で上着を持ち、魔力の右手で鞄を取る。
それだけのつもりでした。
「……上着、破れなくてよかったですね」
隣を歩くリィナさんが言った。
「はい」
鞄を持ち上げたつもりで、上着を引っ張りました。
背中の手は、何もない場所を掴んでいました。
〈まず一本ずつ練習しろw〉
〈戦闘より生活で苦戦してる〉
〈握手はできたのに〉
「動かす手を選ぶところから、難しいんですよ」
イトが、俺の左手を握り直した。
今日は、人の姿で歩いている。
袖には、相変わらず細い糸。
手を繋いでいるのに、念入りだ。
「しゅら」
「はい?」
「くみあい」
イトが、前を指した。
見慣れた看板がある。
交差した剣と盾。
ヴァルグ冒険者組合。
今日は、報酬を受け取りに来た。
蟻と戦い続けた、あの依頼の分だ。
◇
扉を開けると、近くの机にいた人が顔を上げた。
俺を見る。
イトを見る。
もう一度、俺。
「……おい」
小さな声が聞こえる。
「あいつ、帰ってきたぞ」
いくつか、視線が集まった。
俺は、少しだけ背筋を伸ばす。
大会の後にも似たことはあった。
でも、今日は雰囲気が違った。
「無事だったか!」
奥から、ガレスが歩いてくる。
手には、湯気の立つ器。
俺の前で止まり、肩を軽く叩こうとして――途中で手を止めた。
「怪我は?」
「もう、大丈夫です。まだ無茶はするなって言われてますけど」
「なら、今日は座ってろ」
「報酬を受け取りに来ただけですよ」
「お前の『だけ』は、当てにならん」
〈言われてる〉
〈否定できない〉
〈今回は修羅のせいじゃないけどな〉
俺も、そこは主張したい。
ただ、ガレスは俺の顔を確かめると、ほっとしたように息を吐いた。
「……まあ、帰ってきたならいい」
その横から、別の冒険者が声をかけてきた。
「配信、見てたぞ。途中からだけどな」
「お疲れさん。今日は肉食って帰れ」
「水も飲めよ」
次々に言われる。
俺は、何度か頭を下げた。
「……ありがとうございます」
繋いでいた手が、小さく引かれる。
イトが、俺を見上げていた。
その向こうで、リィナさんも笑っている。
俺は少し肩の力を抜いて、受付へ向かった。
◇
「お帰りなさいませ、修羅さん」
リゼさんが立ち上がった。
いつもの、はっきりした声。
でも、俺の顔を見る目は、少し柔らかかった。
「ご足労いただき、ありがとうございます。体調はいかがですか?」
「普通に歩けてます。手も、もう大丈夫です」
掌を開いてみせる。
包帯は外れていた。
まだ新しい皮膚の色が少し目立つけど、握っても痛くない。
「それは、何よりです」
リゼさんが、隣へ視線を向けた。
「イトさんも、お元気そうですね」
「げんき」
返事があった。
リゼさんの耳が、ぴんと立つ。
一拍置いて、笑顔が少し深くなった。
「はい。よかったです」
俺たちは、奥の相談室へ案内された。
長い机と、いくつかの椅子。
そこには、救助のときにいた警備兵と、組合の年配の職員が待っていた。
「座ってくれ。今日は長く引き止めるつもりはない」
年配の男が言った。
俺たちが座ると、リゼさんが書類を並べる。
最初の一枚には、受けた依頼の名前が書かれていた。
【旧採掘坑・迷宮化調査】
「まず、こちらの依頼について。指定範囲への到達と、内部の異常の確認が取れましたので、達成として受理いたします」
【依頼達成:旧採掘坑・迷宮化調査】
表示が浮かぶ。
俺は、それを少し見つめた。
入口から、最初の広間まで。
確かに、そこまでは行った。
帰るまでが、とんでもなく長かっただけだ。
「……はい」
「続いて、追加の報酬です」
リゼさんが、別の書類を出す。
「今回の迷宮は、古い坑道の奥へ新たに発生した、出現型と確認されました。脱出後、出現部分は消滅しています」
紙には、見取り図が描かれていた。
元の坑道。
その奥にあった、俺たちの戦った広間。
広間の部分には、線が引かれている。
「現在は、元の坑道の行き止まりへ戻っています。ご自身でお持ちのダンジョンとは、異なる性質の物です」
「もう、あそこはないんですね」
「はい。閉じ込められた領域は残っていません」
俺は、息を吐いた。
膝の上に置いた手へ、イトの指が触れる。
リゼさんは、そのまま説明を続けた。
「坑道の作業停止を判断する情報と、出現した魔物の情報。それから、現地で記録された内部の構造と挙動。これらを、調査成果として買い取らせていただきます」
「調査成果……」
「戦闘中も、地図を記録されていましたね」
「出口、探してたので」
広間を何周もした。
壁の穴を見て、扉の継ぎ目を調べて、核へ鑑定を使った。
当時は、依頼の成果にしようなんて思っていなかった。
「帰るために調べたことであっても、情報の価値は変わりません」
リゼさんが頷く。
「今後、似た迷宮へ調査に入る者の参考になります。公開する資料から、お二人の私的な情報は除きますので」
「それなら、お願いします」
警備兵も、口を開いた。
「あの蟻の顎や、壁の穴の配置が分かっていたおかげで、救助の準備をしやすかった。記録がなければ、こちらも装備を選べなかった」
「……そうだったんですか」
「そうだ。助けられる側が、ただ待っていただけだと思うなよ」
男が、少し笑った。
俺は、うまく返事ができなかった。
代わりに、頭を下げた。
◇
報酬は、依頼の基本額。
追加の調査情報の買い取り。
それから、内部で確認された魔物の討伐について、組合規定に基づく加算。
いくつかに分けて説明された。
ただ、倒した数を、そのまま全部通常の討伐依頼として数えるわけではないらしい。
元から、蟻の大量討伐を頼まれていたわけではない。
それでも。
「……これ、合ってます?」
机へ置かれた金額を見て、俺は聞いた。
リゼさんが頷く。
「確認済みです」
昨日までの薬草採集。
牙鼠。
盾持ち蜥蜴兵。
それらを思い出しても、随分と多い。
〈おおおお〉
〈報われた〉
〈ちゃんと情報にも値段がついたな〉
〈家具買えるぞ〉
〈水も薬も買い足せる〉
俺は、リィナさんを見た。
彼女も、少し驚いた顔をしている。
「……椅子、買えますね」
「はい。ちゃんとした物を」
イトが、俺の袖を引いた。
「にく」
「それも、買えます」
年配の職員が、そこで小さく笑った。
「生活を整えるのはいいことだ。受け取ったその日に、全部武器へ使う者もいるからな」
「武器も、気にはなるんですけど」
正直に言うと、リィナさんが俺を見た。
俺は、少し姿勢を正した。
「……水と薬と、家具を先にします」
◇
「では、もう一件」
リゼさんが、机の上へ小さな箱を置いた。
俺は顔を上げる。
「昇格について、ご説明します」
箱が開く。
中に、組合証へ付ける新しい金属の印が入っていた。
「修羅さんの冒険者ランクを、EからDへ変更します」
俺は、少し黙った。
「……上がるんですか」
「はい」
「でも、俺、まだ登録してそんなに――」
「在籍した日数だけで判断するものではありません」
年配の職員が、書類へ指を置いた。
「牧場での緊急対応。盾持ち蜥蜴兵の討伐と上位個体の報告。警備隊との共同作戦。加えて、その後に受けた依頼の達成状況を見ている」
紙には、いくつもの記録があった。
俺の名前。
日付。
依頼の内容。
窓口で報告して、終わったと思っていたことが、そこへ並んでいる。
「今回の件だけで上げるわけではない。まして、閉じ込められた埋め合わせでもない。これまでの仕事を確認した結果だ」
俺は、書類を見た。
少しずつだった。
街へ来て、登録して、頼まれたことをやっていた。
それが、ちゃんと残っていた。
「Dランクでは、単独で任せられる討伐や調査の幅が広がります」
リゼさんが言う。
「ただし、受けられる依頼が増えることと、すべてを受けるべきということは違います。同行者の能力や準備も含めて、判断してください」
「……はい」
俺は、隣を見た。
リィナさん。
イト。
二人とも、こちらを見ていた。
「分かりました」
組合証を渡す。
古い印が外され、新しい物へ交換される。
返ってきた札は、大きさも重さも、ほとんど変わらなかった。
【冒険者ランクが上がりました】
【E → D】
〈昇格おめでとう!〉
〈Dランク!〉
〈ちゃんと積み重ねの評価だったな〉
〈登録初日から濃すぎるんだよ〉
〈今度は安全に仕事しよう〉
俺は、札を指で撫でた。
「……ありがとうございます」
リゼさんが、笑った。
「おめでとうございます、修羅さん」
リィナさんも、頷く。
「おめでとうございます」
その横で、イトが札を覗き込んだ。
俺の顔を見て、口を動かす。
「おめ、とう」
俺は、止まった。
イトは、もう一度言おうとしている。
「おめで――」
「ありがとうございます」
先に返事をしてしまった。
少し、声が弾んだ。
〈今のは反則〉
〈修羅、うれしそうw〉
〈報酬見たときより笑ってる〉
俺は咳払いをした。
でも、口元は戻らなかった。
◇
相談室を出ると、ガレスが顔を上げた。
「終わったか」
「はい」
「どうだった」
俺は、組合証を見せた。
ガレスが目を細める。
「……Dか」
周りの何人かも、こちらを見る。
「早いな」
「まあ、仕事の中身を聞くと納得するけどな」
「おめでとう。次は一緒に――」
「今日は休ませてやれ」
ガレスが、すぐに遮った。
俺は、少し笑った。
「今日は買い物です。依頼は、受けません」
「よし」
なぜか、許可が出た。
入口へ歩きながら、掲示板が目に入る。
依頼書が、何枚も並んでいた。
昨日まで受けられなかった、Dランクの仕事。
街道の護衛。
川上の調査。
魔物の巣の確認。
足が、少しだけ遅くなる。
その瞬間。
左から、手を引かれた。
イトだった。
右からも、袖へ指が触れる。
リィナさんだった。
「修羅さん」
「……見ただけです」
俺は、二人を見た。
イトが、はっきり言った。
「かいもの」
リィナさんも頷く。
「椅子を、見に行きましょう」
〈監督が二人になった〉
〈今日は帰れw〉
〈まず生活を整えよう〉
俺は、組合証をしまった。
報酬の入った袋を、収納鞄へ入れる。
少し前より、軽くなった荷物。
少し前より、増えた同行者。
「……はい。まず、椅子ですね」
扉を押し開ける。
通りには、明るい日差しが落ちていた。
今日は、街の中で過ごそう。
背中の腕を出さなくても持てるくらいの買い物から、始めることにした。




