4話 冒険者登録
●主人公視点
ヴァルグの飯、うまかったです。
どうも、修羅です。
肉と野菜を薄い生地で包んだやつを食べました。
表面はぱりっとしていて、中の肉は柔らかい。塩だけではない、少し酸味のあるソースがかかっていて、これがまたうまかった。
結果、三つ食べた。
マルクさんにご馳走してもらったので、最後の一つは遠慮しようと思ったんだけど。
『次のお店も、ご紹介できますよ』
そう言われた。
この人、危険だ。
財布と胃袋の扱いに慣れている。
〈自分の財布は減ってないだろ〉
〈商人に胃袋をつかまれた男〉
〈三つ目食べながら遠慮してたもんな〉
「おいしかったので、仕方ないです」
現在は、街の大通りを歩いている。
ドランさんは診療所で手当てを受け、今日は休むことになった。
砕顎獣は素材商へ預けた。
査定には少し時間がかかるらしいので、代金は後で受け取る。
荷車と荷物も商会の倉庫へ。
身軽になった俺が、次に向かっている場所は――。
「……冒険者組合」
建物を見上げる。
入口の上には、交差した剣と盾を模した看板。
分厚い両開きの扉の奥から、大勢の話し声が漏れていた。
「はい。修羅さんでしたら、登録しておいて損はないと思います」
隣で、マルクさんが言った。
「魔物を倒した報酬が、素材とは別にもらえますから」
「それ、大事ですね」
「依頼によっては、討伐した魔物の素材もご自身の物になります。今後、街へ出入りされるなら、身分証としても便利ですよ」
なるほど。
今まで俺は、勝手に魔物を倒して、持てる物を持って帰っていた。
同じことをして、お金が増えるならありがたい。
ただ。
「……俺、登録できるんですよね?」
自分の角へ触れる。
マルクさんは不思議そうに首を傾げた。
「できますよ。種族より、仕事を果たせるかどうかを見られる場所です」
そう言って、扉を押し開ける。
「ここでは、特に」
◇
中は、思っていたより広かった。
正面には長い受付。
右側には、大きな掲示板。
左側には椅子と机が並び、奥のカウンターでは飲み物や軽食を出している。
武器を背負った人たちが、あちこちで話していた。
鎧を着た蜥蜴人。
弓を手入れするエルフ。
大きな盾を足元へ置いた、ずんぐりした獣人。
それに、俺より大きな鬼もいる。
「……いろんな人、いますね」
〈おお、冒険者組合!〉
〈こういうの待ってた〉
〈ようやく職に就くのか〉
「今までも、働いてましたけど」
主に、狩りと家づくりです。
受付へ向かう。
空いていた窓口で、女性が顔を上げた。
「ようこそ、ヴァルグ冒険者組合へ」
灰色の髪を後ろでまとめた、犬の獣人だった。
頭の上に立った耳が、こちらへ向く。
姿勢がよく、声もはっきりしている。
「本日は、依頼の受付でしょうか?」
「登録をしたいんですが」
「新規登録ですね。私、受付を担当しております、リゼと申します」
リゼさんが一礼する。
その視線が、俺の顔で少し止まった。
次に、斧。
肩のイト。
耳が、ぴんと立つ。
……あ。
でも、すぐに机の上へ用紙を出した。
「では、冒険者について簡単にご説明します」
〈気づいたな〉
〈今、絶対気づいた〉
〈仕事に戻るの早い〉
プロだ。
俺も、大人しく話を聞く。
「冒険者組合は、仕事を頼みたい方と、引き受けたい方を仲介する組織です。魔物の討伐だけでなく、素材の採集、護衛、荷運び、調査なども扱っています」
「荷運びも?」
「はい。街の中で完結するお仕事もありますよ。戦闘が得意でない方も登録されています」
横を見ると、マルクさんが頷いた。
「僕も、荷物の仕分けをお願いしています」
おぉ。
ここでも商売がつながっている。
「冒険者ランクは、下からF、E、D、C、B、Aです。登録時は、原則としてFランクになります」
「強くても、ですか?」
「はい。戦闘能力は重要ですが、それだけで依頼を任せられるわけではありませんので」
リゼさんが、机の上の紙を指で押さえる。
「頼んだ物を間違えずに持ち帰れるか。報告ができるか。約束を守れるか。そういった実績も、組合では確認します」
「あぁ……」
それは、確かに。
強くても、薬草を頼まれて石を持って帰ったら困る。
「通常は、ご自身と同じランクまでの依頼を受けていただきます。上のランクの仕事は、昇格後、または組合が参加を認めた場合に限ります」
「分かりました」
「昇格は、依頼の達成状況と内容で判断します。FからEは基礎的な仕事ができるかの確認ですが、それ以降は継続した実績や、必要に応じて審査もあります」
強い魔物を倒せば、無条件で何段階も上がる。
そういう仕組みではないらしい。
「未確認の魔物や、依頼書と違う状況に遭遇した場合は、無理をせず報告してください。報告そのものに価値がある場合もありますので」
「なるほど」
「最後に。組合内での私闘は禁止です」
そこだけ、声が少し低くなった。
俺は頷く。
「はい」
〈大事な説明きた〉
〈伏線みたいな言い方するじゃん〉
〈修羅、斧はしまっておけよ〉
振りませんよ。
こんな人の多い場所で。
◇
登録用紙を書く。
名前、修羅。
種族、鬼。
主に使う武器、大戦斧と短剣。
緊急時の連絡先には、少し考えてからマルクさんの方を見た。
「……街で知ってる人、ほぼいないんですけど」
「僕でよろしければ」
「ありがとうございます」
横から確認しながら、書き進める。
イトは受付台の端へ置いた俺の手に乗り、ペンの動きを見ていた。
すると。
「最近は、蜘蛛連れまで来るのか」
後ろから、声がした。
振り返る。
赤茶色の毛並みをした、猪の獣人だった。
俺より頭一つ以上大きい。
革の胴当てを着て、腰に片手斧を下げている。
手には木の杯。
隣にいた仲間が、その腕を引いた。
「おい、ガレス。やめとけ」
「何だよ。話してるだけだろ」
ガレス、と呼ばれた男が、俺の斧を見る。
「いい物を持ってるじゃねえか。坊主、その体で振れるのか?」
俺は、自分の斧を見た。
ガルゼンからもらった、大戦斧。
「……一応」
「一応、ねえ」
ガレスが笑う。
杯から、酒の匂いがした。
「刃物は飾りじゃねえんだぞ。外で振り回して、仲間を巻き込むなよ」
〈来た〉
〈本当にあるんだ、これ〉
〈いや相手を見ろ〉
〈隣の人、気づいてるぞ〉
隣の男は、さっきから俺の顔と斧を見比べている。
それからガレスの袖を、もう一度引っ張った。
「だから、そいつ――」
「何だよ」
そこで、リゼさんが立ち上がった。
「ガレスさん。登録中の方への干渉はおやめください」
「親切で教えてやってるんだろ」
「では、お話は終わりましたね」
笑顔だった。
笑顔なんだけど、耳が全く動いていない。
マルクさんが、小さく息を吐いた。
俺は、イトを肩へ戻す。
「別に、大丈夫です。俺も、振れるかどうかは――」
「なら、見せてみろよ」
ガレスが、杯を近くの机へ置いた。
「斧を持ち上げるだけでもいいぞ」
少しだけ、面倒くさくなった。
でも。
俺は、リゼさんを見た。
「……ここ、私闘禁止ですよね」
「はい」
「外なら?」
「組合の裏に訓練場があります。双方の同意と、職員の立ち会いがあれば、模擬戦は可能です」
ガレスが鼻を鳴らした。
「いいぜ。教えてやるよ」
リゼさんが、ゆっくりガレスを見た。
「ガレスさん」
「何だ」
「棄権するなら、今ですが」
その一言で、男の顔が少し赤くなった。
〈受付さん容赦ない〉
〈最後の退避勧告〉
〈隣の人、もう諦めてる〉
マルクさんが、俺へ顔を寄せた。
「……手加減、できますか?」
「木の武器なら、たぶん」
「できれば、お願いします」
◇
訓練場は、建物の裏にあった。
地面は踏み固められた土。
端には木製の武器が並び、数人の冒険者が稽古をしている。
リゼさんが、木の斧を持ってきた。
「魔法や特殊な力は使用せず、降参、場外、または私が危険と判断した時点で終了です。よろしいですか?」
「はい」
「さっさと始めろ」
大戦斧をマルクさんへ預けようとして、やめた。
床へ、静かに置く。
持たせたら、腰を痛めそうだった。
イトも、マルクさんの肩へ。
イトは何の抵抗もなく移った。
マルクさんが、少し嬉しそうに背筋を伸ばす。
〈そっちの人にご褒美入ってる〉
〈訓練場よりそっち映して〉
俺は、木の斧を握った。
軽い。
ガルゼンのところで使う棒より、ずっと。
向かいで、ガレスが木の片手斧を回している。
「泣くなよ」
「……そっちも、手は離してくださいね」
「あ?」
「始め!」
リゼさんの声。
ガレスが踏み込んだ。
肩から斧を振る。
速さは、ある。
でも、見えた。
俺は斜めに一歩入り、斧の柄を相手の柄へ当てた。
少し、角度を変える。
振り下ろされた木の斧が、俺の横へ流れた。
「な――」
ガレスの脇が空く。
そこへ、柄を押し当てる。
腰を落として、脚で押した。
「よっ、と」
大きな体が浮いた。
ほんの少し。
それだけで、両足が地面を離れた。
ガレスが、背中から倒れる。
俺は木の斧を引き、起き上がろうとした男の胸元へ、先端を止めた。
土埃が、ゆっくり落ちる。
「……終わり、でいいですか?」
ガレスは、口を開けていた。
手から離れた木の斧が、少し離れた場所へ転がっている。
「そこまで」
リゼさんが言った。
訓練場が静かだった。
〈え?〉
〈終わった〉
〈スキル使ってないよな?〉
〈訓練の成果が一番分かる相手だった〉
〈ガルゼン先生、見てますか〉
俺は斧を下げ、手を差し出した。
「立てます?」
ガレスが、俺の手を見る。
次に、顔。
少し迷ってから、その手を掴んだ。
引き起こす。
男は、服の土を払った。
「……お前、名前は」
「修羅です」
ガレスが止まる。
さっきから付いてきていた仲間が、両手で顔を覆った。
「だから、言おうとしたんだよ……」
ガレスの口が、もう一度開く。
閉じる。
俺の後ろに置いた斧を見る。
「……先に言えよ」
「登録用紙に、書いてましたけど」
誰かが、吹き出した。
それをきっかけに、周りから笑い声が上がった。
ガレスは真っ赤な顔で、木の斧を拾いに行った。
リゼさんが、こちらへ歩いてくる。
「怪我がなくて、何よりです」
「ですね」
「ガレスさんにも、今日はいい薬になったでしょう」
見ると、ガレスは仲間に何か言われ、黙って肩を落としていた。
もう、こちらへ絡んでくる様子はない。
俺は、少し安心した。
「……じゃあ、登録の続き、お願いします」
◇
【冒険者組合への登録が完了しました】
【冒険者ランク:F】
小さな金属の札を受け取った。
名前と、組合の印が入っている。
「これが組合証です。紛失にはお気をつけください」
「分かりました」
首から下げようとして、首飾りとぶつかりそうになった。
袋へ入れる。
冒険者か。
何となく、少し嬉しい。
「早速、依頼を受けたいんですが」
「でしたら、こちらはいかがでしょう」
リゼさんが一枚の依頼書を出した。
【西街道・牙鼠討伐】
【受注目安:F】
【依頼内容:道沿いの石積みに巣を作った牙鼠、六匹以上の討伐】
【討伐証明:組合指定の牙】
【注意事項:依頼地周辺の家畜被害について、未確認情報あり】
「牙鼠は、単独ではそれほど強い魔物ではありません。ただ、数が多くなると、旅人や家畜に噛みつくことがあります」
「六匹ですね」
「はい。指定された牙を持ち帰ってください。素材の残りは、ご自身で処分して構いません」
紙の下へ、目を落とす。
「……家畜被害?」
「街道近くの牧場から、囲いを壊されたという報告がありまして。牙鼠の群れによるものか、別の魔物なのか、まだ確認できていません」
リゼさんが、俺を見た。
「大型の魔物の痕跡があれば、追わずにご報告ください。これは牙鼠の依頼ですから」
「はい。分かりました」
場所は、西門から出て少しのところ。
日が落ちるまでには、戻れそうだった。
マルクさんが、自分の鞄を持ち直す。
「では、僕は商会へ。お帰りになったら、宿へ顔を出してください」
「案内、ありがとうございました」
「こちらこそ。……イトちゃんも、また」
イトが前脚を上げる。
マルクさんの足が、一瞬止まった。
〈帰れなくなってる〉
〈代表、お仕事〉
「……では、また」
今度こそ、歩いていった。
◇
牙鼠は、すぐに見つかった。
古い石積みの隙間。
そこから、灰色の毛玉が顔を出す。
普通の鼠より大きい。
犬くらいある。
あと、前歯が嫌に長い。
【牙鼠 Lv.19】
【HP:136/136】
「……鼠って、この大きさでしたっけ」
〈この世界基準です〉
〈小鬼のときなら結構怖そう〉
確かに。
でも、今は。
飛びかかってきた牙鼠へ、斧の柄を振った。
一匹目が転がる。
続いて出てきた二匹目を倒し、逃げようとした一匹の前へ回る。
イトの糸が、石積みの反対側を塞いだ。
「そっち、お願いします」
小さな前脚が動く。
牙鼠は、次々と巣から出てきた。
俺たちが近づいたせいで、逃げようとしているらしい。
斧を短く持つ。
振り回さず、一匹ずつ。
八匹目を倒したところで、石積みの中から音がしなくなった。
【経験値を獲得しました】
「……よし。依頼は達成ですね」
〈早い〉
〈適正よりだいぶ上だしな〉
〈でもちゃんと証明取れよ〉
「それです。忘れそう」
袋から布を出す。
依頼書で指定された牙を確認して、回収する。
一匹分ずつ数える。
八匹。
間違いない。
そこで、イトが石積みの向こうへ動いた。
俺も、顔を上げる。
低い音がした。
地面の下から響くような、重い音。
振り返ると、少し離れた牧場の柵が揺れていた。
その向こうに、灰色の塊がある。
「……岩?」
動いた。
違う。
背中だ。
地面へ鼻先を押しつけた、大きな獣。
短い脚。
分厚い首。
額から、一本の角が伸びている。
そいつが頭を持ち上げると、柵の横木が折れた。
【鑑定】
【鎧角獣 Lv.56】
【分類:獣】
【HP:1,840/1,840】
【全身を厚い皮と板状の外殻で覆われた大型獣。
発達した角で障害物を押し崩し、踏み荒らした地面から草根を掘り出す。
興奮時には動く相手へ突進する。腹部と脚の内側には外殻がない。】
【主な素材:角、外殻、皮、肉】
「……報告に、戻るやつですね」
〈それはFランクの仕事じゃない〉
〈一気に強くなった〉
〈家畜被害こいつだろ〉
俺は、道の方へ一歩下がった。
そのとき。
「こっちへ来い! 早く!」
牧場の奥から、人の声がした。
柵の向こうに、二人いる。
一人は、大きな荷車を引いていた。
もう一人が、動かない車輪を押している。
荷台には、小さな家畜が何匹も乗っていた。
逃がそうとしているんだ。
鎧角獣が、頭を上げた。
耳が動く。
そちらへ、向いた。
「……あぁ、もう」
俺は、斧を握り直した。
報告には戻る。
ただ、その前に。
「イト。柵の内側には入らないで」
肩から下りたイトが、近くの石へ移る。
俺は走った。
「こっちだ!」
斧の柄で、柵の柱を叩く。
大きな音が鳴った。
鎧角獣が振り向く。
黒い目が、俺を捉えた。
次の瞬間。
地面が、揺れた。
「……速っ!」
横へ跳ぶ。
角が、すぐ横を抜ける。
背後で、柵が弾けた。
木片が飛ぶ。
鎧角獣はそのまま数歩走り、土を掻きながら向き直った。
俺は牧場へ叫ぶ。
「荷車、そのまま! 道の向こうまで離れてください!」
返事が聞こえた。
内容までは分からない。
でも、人が動き始めた。
なら、引きつける。
「〈鬼装〉」
斧に赤い光が宿る。
鎧角獣が近づいてきた。
今度は、すぐに走らない。
太い首を左右へ振りながら、角の先をこちらへ向けている。
俺は、ゆっくり横へ動いた。
背中には、板みたいな外殻。
あそこを殴っても、効きにくそうだ。
狙うのは、脚。
ただし。
「……近づくのも、嫌ですね」
〈踏まれるぞ〉
〈角も怖いけど足も太い〉
〈猪のときよりさらにでかい〉
鎧角獣が、踏み込んだ。
角が下から跳ね上がる。
俺は後ろへ引きながら、斧を短く振った。
前脚の外側へ当たる。
硬い音。
手が痺れた。
「……そこも、硬いか」
獣が頭を振る。
横薙ぎに迫る角から逃れ、距離を取った。
力で受ける相手じゃない。
あの角を正面から止めたら、俺の方が持ち上がる。
息を吐く。
牧場の二人は、まだ移動中。
あと少し。
俺は、折れた柵の外側へ回った。
鎧角獣が追う。
進路に残った横木を、その胸でへし折った。
……なるほど。
障害物を、あまり気にしないんだな。
「じゃあ、一回」
少し離れた、大きな石を見る。
地面へ半分埋まっている。
俺の腰くらいの高さ。
その手前へ、立った。
鎧角獣が、頭を下げる。
前脚が、土を掻いた。
来る。
待つ。
まだ。
角が、目の前へ迫った。
「っ!」
横へ跳ぶ。
鎧角獣の肩が、石へぶつかった。
重い音。
石が動く。
獣も、止まりきらなかった。
前脚が大きく開き、体勢が崩れる。
俺は、そこへ踏み込んだ。
「〈鬼力〉!」
体に熱が走る。
両手で斧を握り、開いた前脚の内側へ刃を叩き込んだ。
硬い外殻の感触は、なかった。
深く入る。
鎧角獣が吠えた。
すぐ、離れる。
振られた頭が、さっきまで俺のいた場所を薙いだ。
〈入った!〉
〈脚の内側!〉
〈ちゃんと鑑定の情報使ってる〉
獣の左前脚から、血が落ちていた。
それでも、立っている。
頑丈だ。
俺は、もう一度走った。
今度は、獣の左側。
傷ついた脚を軸に、こちらへ向き直ろうとする。
その動きが、少し遅れた。
「〈踏み込み〉!」
距離を詰める。
斧を、首の下へ振り上げた。
刃が皮を裂く。
獣が身をよじった。
腹へ、太い脚が当たる。
「ぐっ!」
体が横へ飛んだ。
肩から地面に落ちる。
息が止まる。
起きる。
すぐに。
鎧角獣が、こちらへ来ていた。
俺は斧を引き寄せ、横へ転がった。
角が地面を抉る。
土が顔へ飛んだ。
「……っ、危な」
〈今の怖い!〉
〈無理に連続で入るな〉
〈一撃離脱、一撃離脱!〉
分かってる。
いや。
分かったつもりで、二発目を欲張った。
俺は立ち上がった。
HPを見る。
減っている。
まだ動ける。
でも、あと何回も、同じことはできない。
鎧角獣が向きを変えた。
傷ついた脚が、震えている。
俺は斧を、地面近くへ下ろした。
息を吸う。
獣が、前へ出た。
その脚が地面へ着く瞬間に。
「〈鬼震〉!」
斧を、叩きつける。
衝撃が土を走った。
鎧角獣の体が揺れる。
傷ついた前脚が折れ、巨体が片側へ沈んだ。
角が、地面に刺さる。
起き上がろうと、首が持ち上がる。
俺は、その横へ踏み込んだ。
首の下。
さっき、刃の通った場所。
「もう、一発!」
赤い刃を、振り抜いた。
◇
【経験値を獲得しました】
俺は、膝へ手をついた。
「……はぁ」
鎧角獣は、動かない。
念のため、もう少し見る。
倒れた体の向こうから、牧場の人が顔を出した。
「……倒した、のか?」
「たぶん。近づくのは、もう少し待ってください」
言いながら、自分も距離を取った。
イトが石の上から下りてくる。
手を差し出すと、腕を登り、肩へ戻った。
「ありがとう。待っててくれて」
〈討伐!〉
〈初依頼でやる内容じゃない〉
〈牙鼠八匹と、これ一匹〉
〈依頼書の余白に書ききれない〉
「……報告、長くなりそうですね」
牧場の人が、何度も頭を下げた。
囲いが壊されたので家畜を避難させようとしたところへ、あの獣が戻ってきたらしい。
道の方にある小屋には、家族もいたという。
「助かった。本当に、助かった」
「いえ。皆さん、怪我は?」
「ない。あんたは……」
「ちょっと、蹴られました」
笑おうとして、脇腹が痛んだ。
ちょっと、ではなかったかもしれない。
◇
街へ戻ったのは、夕方だった。
牧場の人が使いを出してくれたおかげで、組合の回収用荷車と途中で合流できた。
鎧角獣の死体は、その人たちへ。
俺は牙鼠の牙と、事情を書いてもらった紙を持って、受付へ戻る。
「……お帰りなさいませ」
リゼさんが、俺を見た。
服の土。
傷の入った胴当て。
肩のイト。
最後に、俺の手元。
「牙鼠の、ご報告ですね」
「はい。それと」
紙を差し出す。
「ちょっと、大きいやつが」
リゼさんの耳が、ゆっくり後ろへ倒れた。
◇
事情の確認には、少し時間がかかった。
どこで見つけたか。
どのような状態だったか。
人がいたか。
なぜ戦闘になったか。
俺が説明し、牧場から来た人も話す。
やがて、回収担当からの報告が届いた。
リゼさんは、その紙へ目を通した。
それから、俺へ向き直る。
「牙鼠八匹の討伐を確認しました。依頼達成です」
【依頼達成:西街道・牙鼠討伐】
「ありがとうございます」
「続いて、鎧角獣について。牧場側から出ていた被害報告と、回収した個体の特徴が一致しています。こちらは追加の討伐報酬が支払われます」
「……おぉ」
「素材の売却分は、解体と査定が終わり次第です。お急ぎでなければ、明日、改めてお越しください」
机の上へ、報酬が置かれる。
牙鼠の分。
それとは別に、鎧角獣の分。
見比べる。
「……全然、違いますね」
「危険度が違いますので」
ですよね。
リゼさんは、そこで少し声を柔らかくした。
「人が襲われる状況で、避難の時間を作ってくださったと伺いました。ありがとうございました」
「間に合って、よかったです」
「ただし、今後も同じように戦う必要があるとは考えないでください。退避を助けて戻ることも、立派な判断です」
「……はい」
今回は、勝てた。
でも、あの角が当たっていたら。
倒れた後、起きるのが遅かったら。
俺は頷いた。
リゼさんも、頷き返す。
「そのうえで。今回の依頼達成、状況報告、緊急時の対応を確認し、組合として、Eランクへの昇格を認めます」
俺は、顔を上げた。
「……え」
「Fランクで確認する基礎事項は、十分に満たしています。訓練場での模擬戦も、判断の参考になりました」
【冒険者ランクが上がりました】
【F → E】
〈昇格!〉
〈一日で上がった〉
〈あれ倒してFに置いとくのも変だしな〉
〈ちゃんと報告できたのも大きい〉
組合証が、いったん回収される。
戻ってきた札には、新しい印が入っていた。
Eランク。
さっきもらったばかりなのに、もう変わった。
「なお、ここから先は、継続した実績を見させていただきます」
「分かりました」
「明日も大きな魔物を倒せば、その次へ上がる、というものではありませんので」
「……先に言われた」
リゼさんが、少し笑った。
俺も、つられて笑う。
札をしまい、受付から離れる。
すると、横から声がかかった。
「……おい」
ガレスだった。
昼間より、ずっと静かだ。
手には杯ではなく、水の入った瓶を持っている。
「鎧角獣、倒したんだってな」
「はい。結構、硬かったです」
「……そうか」
ガレスが、俺の鎧の傷を見る。
何か言いかける。
一度、口を閉じる。
それから、頭を下げた。
「昼は、悪かった」
俺は、少し驚いた。
「いえ。もう、大丈夫です」
「酒が入ってた。言い訳にはならんが」
そう言って、俺へ瓶を差し出す。
「冷えてる。飲め」
「あ、ありがとうございます」
受け取る。
ひんやりしていた。
栓を抜き、一口。
冷たい水が、喉を通る。
「……うま」
〈和解した〉
〈ちゃんと謝れるならよし〉
〈今日は水にしたんだな〉
ガレスは、少しだけ気まずそうに頭を掻いた。
「今度、暇があったら……さっきの、教えてくれ」
「さっきの?」
「斧を外されたやつだ」
「あぁ」
俺は、訓練場を思い出した。
振って、戻す。
相手の正面に、立ち続けない。
「俺も、習ったばっかりなんですけど」
「構わん」
「じゃあ、時間が合えば」
ガレスが、短く頷いた。
その後ろで、昼間の仲間が、ほっとした顔をしている。
俺は水をもう一口飲んだ。
新しい街。
冒険者の登録。
初めての依頼。
大きな魔物を倒して、ランクも上がった。
今日は、随分いろいろあったな。
肩のイトが、俺の首元をつつく。
「ん?」
入口の方を見る。
マルクさんがいた。
手には小さな紙袋。
「お帰りなさい。……お話は、伺いました」
俺の防具を見る。
少し、呆れたように笑った。
「初めてのお仕事だったはずでは?」
「そのはず、だったんですけど」
〈本当にそれ〉
〈初日から濃すぎる〉
マルクさんが、紙袋を持ち上げた。
「宿へ向かいながら、食べますか。まだ温かいですよ」
香ばしい匂いがした。
俺の腹が鳴った。
ガレスが吹き出す。
リゼさんまで、受付の向こうで笑っていた。
「……働いたので」
今日、何度目か分からない言い訳をして。
俺は、紙袋を受け取った。




