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4話 冒険者登録

●主人公視点


 ヴァルグの飯、うまかったです。


 どうも、修羅です。


 肉と野菜を薄い生地で包んだやつを食べました。


 表面はぱりっとしていて、中の肉は柔らかい。塩だけではない、少し酸味のあるソースがかかっていて、これがまたうまかった。


 結果、三つ食べた。


 マルクさんにご馳走してもらったので、最後の一つは遠慮しようと思ったんだけど。


『次のお店も、ご紹介できますよ』


 そう言われた。


 この人、危険だ。


 財布と胃袋の扱いに慣れている。


〈自分の財布は減ってないだろ〉

〈商人に胃袋をつかまれた男〉

〈三つ目食べながら遠慮してたもんな〉


「おいしかったので、仕方ないです」


 現在は、街の大通りを歩いている。


 ドランさんは診療所で手当てを受け、今日は休むことになった。


 砕顎獣は素材商へ預けた。


 査定には少し時間がかかるらしいので、代金は後で受け取る。


 荷車と荷物も商会の倉庫へ。


 身軽になった俺が、次に向かっている場所は――。


「……冒険者組合」


 建物を見上げる。


 入口の上には、交差した剣と盾を模した看板。


 分厚い両開きの扉の奥から、大勢の話し声が漏れていた。


「はい。修羅さんでしたら、登録しておいて損はないと思います」


 隣で、マルクさんが言った。


「魔物を倒した報酬が、素材とは別にもらえますから」


「それ、大事ですね」


「依頼によっては、討伐した魔物の素材もご自身の物になります。今後、街へ出入りされるなら、身分証としても便利ですよ」


 なるほど。


 今まで俺は、勝手に魔物を倒して、持てる物を持って帰っていた。


 同じことをして、お金が増えるならありがたい。


 ただ。


「……俺、登録できるんですよね?」


 自分の角へ触れる。


 マルクさんは不思議そうに首を傾げた。


「できますよ。種族より、仕事を果たせるかどうかを見られる場所です」


 そう言って、扉を押し開ける。


「ここでは、特に」


     ◇


 中は、思っていたより広かった。


 正面には長い受付。


 右側には、大きな掲示板。


 左側には椅子と机が並び、奥のカウンターでは飲み物や軽食を出している。


 武器を背負った人たちが、あちこちで話していた。


 鎧を着た蜥蜴人。


 弓を手入れするエルフ。


 大きな盾を足元へ置いた、ずんぐりした獣人。


 それに、俺より大きな鬼もいる。


「……いろんな人、いますね」


〈おお、冒険者組合!〉

〈こういうの待ってた〉

〈ようやく職に就くのか〉


「今までも、働いてましたけど」


 主に、狩りと家づくりです。


 受付へ向かう。


 空いていた窓口で、女性が顔を上げた。


「ようこそ、ヴァルグ冒険者組合へ」


 灰色の髪を後ろでまとめた、犬の獣人だった。


 頭の上に立った耳が、こちらへ向く。


 姿勢がよく、声もはっきりしている。


「本日は、依頼の受付でしょうか?」


「登録をしたいんですが」


「新規登録ですね。私、受付を担当しております、リゼと申します」


 リゼさんが一礼する。


 その視線が、俺の顔で少し止まった。


 次に、斧。


 肩のイト。


 耳が、ぴんと立つ。


 ……あ。


 でも、すぐに机の上へ用紙を出した。


「では、冒険者について簡単にご説明します」


〈気づいたな〉

〈今、絶対気づいた〉

〈仕事に戻るの早い〉


 プロだ。


 俺も、大人しく話を聞く。


「冒険者組合は、仕事を頼みたい方と、引き受けたい方を仲介する組織です。魔物の討伐だけでなく、素材の採集、護衛、荷運び、調査なども扱っています」


「荷運びも?」


「はい。街の中で完結するお仕事もありますよ。戦闘が得意でない方も登録されています」


 横を見ると、マルクさんが頷いた。


「僕も、荷物の仕分けをお願いしています」


 おぉ。


 ここでも商売がつながっている。


「冒険者ランクは、下からF、E、D、C、B、Aです。登録時は、原則としてFランクになります」


「強くても、ですか?」


「はい。戦闘能力は重要ですが、それだけで依頼を任せられるわけではありませんので」


 リゼさんが、机の上の紙を指で押さえる。


「頼んだ物を間違えずに持ち帰れるか。報告ができるか。約束を守れるか。そういった実績も、組合では確認します」


「あぁ……」


 それは、確かに。


 強くても、薬草を頼まれて石を持って帰ったら困る。


「通常は、ご自身と同じランクまでの依頼を受けていただきます。上のランクの仕事は、昇格後、または組合が参加を認めた場合に限ります」


「分かりました」


「昇格は、依頼の達成状況と内容で判断します。FからEは基礎的な仕事ができるかの確認ですが、それ以降は継続した実績や、必要に応じて審査もあります」


 強い魔物を倒せば、無条件で何段階も上がる。


 そういう仕組みではないらしい。


「未確認の魔物や、依頼書と違う状況に遭遇した場合は、無理をせず報告してください。報告そのものに価値がある場合もありますので」


「なるほど」


「最後に。組合内での私闘は禁止です」


 そこだけ、声が少し低くなった。


 俺は頷く。


「はい」


〈大事な説明きた〉

〈伏線みたいな言い方するじゃん〉

〈修羅、斧はしまっておけよ〉


 振りませんよ。


 こんな人の多い場所で。


     ◇


 登録用紙を書く。


 名前、修羅。


 種族、鬼。


 主に使う武器、大戦斧と短剣。


 緊急時の連絡先には、少し考えてからマルクさんの方を見た。


「……街で知ってる人、ほぼいないんですけど」


「僕でよろしければ」


「ありがとうございます」


 横から確認しながら、書き進める。


 イトは受付台の端へ置いた俺の手に乗り、ペンの動きを見ていた。


 すると。


「最近は、蜘蛛連れまで来るのか」


 後ろから、声がした。


 振り返る。


 赤茶色の毛並みをした、猪の獣人だった。


 俺より頭一つ以上大きい。


 革の胴当てを着て、腰に片手斧を下げている。


 手には木の杯。


 隣にいた仲間が、その腕を引いた。


「おい、ガレス。やめとけ」


「何だよ。話してるだけだろ」


 ガレス、と呼ばれた男が、俺の斧を見る。


「いい物を持ってるじゃねえか。坊主、その体で振れるのか?」


 俺は、自分の斧を見た。


 ガルゼンからもらった、大戦斧。


「……一応」


「一応、ねえ」


 ガレスが笑う。


 杯から、酒の匂いがした。


「刃物は飾りじゃねえんだぞ。外で振り回して、仲間を巻き込むなよ」


〈来た〉

〈本当にあるんだ、これ〉

〈いや相手を見ろ〉

〈隣の人、気づいてるぞ〉


 隣の男は、さっきから俺の顔と斧を見比べている。


 それからガレスの袖を、もう一度引っ張った。


「だから、そいつ――」


「何だよ」


 そこで、リゼさんが立ち上がった。


「ガレスさん。登録中の方への干渉はおやめください」


「親切で教えてやってるんだろ」


「では、お話は終わりましたね」


 笑顔だった。


 笑顔なんだけど、耳が全く動いていない。


 マルクさんが、小さく息を吐いた。


 俺は、イトを肩へ戻す。


「別に、大丈夫です。俺も、振れるかどうかは――」


「なら、見せてみろよ」


 ガレスが、杯を近くの机へ置いた。


「斧を持ち上げるだけでもいいぞ」


 少しだけ、面倒くさくなった。


 でも。


 俺は、リゼさんを見た。


「……ここ、私闘禁止ですよね」


「はい」


「外なら?」


「組合の裏に訓練場があります。双方の同意と、職員の立ち会いがあれば、模擬戦は可能です」


 ガレスが鼻を鳴らした。


「いいぜ。教えてやるよ」


 リゼさんが、ゆっくりガレスを見た。


「ガレスさん」


「何だ」


「棄権するなら、今ですが」


 その一言で、男の顔が少し赤くなった。


〈受付さん容赦ない〉

〈最後の退避勧告〉

〈隣の人、もう諦めてる〉


 マルクさんが、俺へ顔を寄せた。


「……手加減、できますか?」


「木の武器なら、たぶん」


「できれば、お願いします」


     ◇


 訓練場は、建物の裏にあった。


 地面は踏み固められた土。


 端には木製の武器が並び、数人の冒険者が稽古をしている。


 リゼさんが、木の斧を持ってきた。


「魔法や特殊な力は使用せず、降参、場外、または私が危険と判断した時点で終了です。よろしいですか?」


「はい」


「さっさと始めろ」


 大戦斧をマルクさんへ預けようとして、やめた。


 床へ、静かに置く。


 持たせたら、腰を痛めそうだった。


 イトも、マルクさんの肩へ。


 イトは何の抵抗もなく移った。


 マルクさんが、少し嬉しそうに背筋を伸ばす。


〈そっちの人にご褒美入ってる〉

〈訓練場よりそっち映して〉


 俺は、木の斧を握った。


 軽い。


 ガルゼンのところで使う棒より、ずっと。


 向かいで、ガレスが木の片手斧を回している。


「泣くなよ」


「……そっちも、手は離してくださいね」


「あ?」


「始め!」


 リゼさんの声。


 ガレスが踏み込んだ。


 肩から斧を振る。


 速さは、ある。


 でも、見えた。


 俺は斜めに一歩入り、斧の柄を相手の柄へ当てた。


 少し、角度を変える。


 振り下ろされた木の斧が、俺の横へ流れた。


「な――」


 ガレスの脇が空く。


 そこへ、柄を押し当てる。


 腰を落として、脚で押した。


「よっ、と」


 大きな体が浮いた。


 ほんの少し。


 それだけで、両足が地面を離れた。


 ガレスが、背中から倒れる。


 俺は木の斧を引き、起き上がろうとした男の胸元へ、先端を止めた。


 土埃が、ゆっくり落ちる。


「……終わり、でいいですか?」


 ガレスは、口を開けていた。


 手から離れた木の斧が、少し離れた場所へ転がっている。


「そこまで」


 リゼさんが言った。


 訓練場が静かだった。


〈え?〉

〈終わった〉

〈スキル使ってないよな?〉

〈訓練の成果が一番分かる相手だった〉

〈ガルゼン先生、見てますか〉


 俺は斧を下げ、手を差し出した。


「立てます?」


 ガレスが、俺の手を見る。


 次に、顔。


 少し迷ってから、その手を掴んだ。


 引き起こす。


 男は、服の土を払った。


「……お前、名前は」


「修羅です」


 ガレスが止まる。


 さっきから付いてきていた仲間が、両手で顔を覆った。


「だから、言おうとしたんだよ……」


 ガレスの口が、もう一度開く。


 閉じる。


 俺の後ろに置いた斧を見る。


「……先に言えよ」


「登録用紙に、書いてましたけど」


 誰かが、吹き出した。


 それをきっかけに、周りから笑い声が上がった。


 ガレスは真っ赤な顔で、木の斧を拾いに行った。


 リゼさんが、こちらへ歩いてくる。


「怪我がなくて、何よりです」


「ですね」


「ガレスさんにも、今日はいい薬になったでしょう」


 見ると、ガレスは仲間に何か言われ、黙って肩を落としていた。


 もう、こちらへ絡んでくる様子はない。


 俺は、少し安心した。


「……じゃあ、登録の続き、お願いします」


     ◇


【冒険者組合への登録が完了しました】


【冒険者ランク:F】


 小さな金属の札を受け取った。


 名前と、組合の印が入っている。


「これが組合証です。紛失にはお気をつけください」


「分かりました」


 首から下げようとして、首飾りとぶつかりそうになった。


 袋へ入れる。


 冒険者か。


 何となく、少し嬉しい。


「早速、依頼を受けたいんですが」


「でしたら、こちらはいかがでしょう」


 リゼさんが一枚の依頼書を出した。


【西街道・牙鼠討伐】


【受注目安:F】


【依頼内容:道沿いの石積みに巣を作った牙鼠、六匹以上の討伐】


【討伐証明:組合指定の牙】


【注意事項:依頼地周辺の家畜被害について、未確認情報あり】


「牙鼠は、単独ではそれほど強い魔物ではありません。ただ、数が多くなると、旅人や家畜に噛みつくことがあります」


「六匹ですね」


「はい。指定された牙を持ち帰ってください。素材の残りは、ご自身で処分して構いません」


 紙の下へ、目を落とす。


「……家畜被害?」


「街道近くの牧場から、囲いを壊されたという報告がありまして。牙鼠の群れによるものか、別の魔物なのか、まだ確認できていません」


 リゼさんが、俺を見た。


「大型の魔物の痕跡があれば、追わずにご報告ください。これは牙鼠の依頼ですから」


「はい。分かりました」


 場所は、西門から出て少しのところ。


 日が落ちるまでには、戻れそうだった。


 マルクさんが、自分の鞄を持ち直す。


「では、僕は商会へ。お帰りになったら、宿へ顔を出してください」


「案内、ありがとうございました」


「こちらこそ。……イトちゃんも、また」


 イトが前脚を上げる。


 マルクさんの足が、一瞬止まった。


〈帰れなくなってる〉

〈代表、お仕事〉


「……では、また」


 今度こそ、歩いていった。


     ◇


 牙鼠は、すぐに見つかった。


 古い石積みの隙間。


 そこから、灰色の毛玉が顔を出す。


 普通の鼠より大きい。


 犬くらいある。


 あと、前歯が嫌に長い。


【牙鼠 Lv.19】


【HP:136/136】


「……鼠って、この大きさでしたっけ」


〈この世界基準です〉

〈小鬼のときなら結構怖そう〉


 確かに。


 でも、今は。


 飛びかかってきた牙鼠へ、斧の柄を振った。


 一匹目が転がる。


 続いて出てきた二匹目を倒し、逃げようとした一匹の前へ回る。


 イトの糸が、石積みの反対側を塞いだ。


「そっち、お願いします」


 小さな前脚が動く。


 牙鼠は、次々と巣から出てきた。


 俺たちが近づいたせいで、逃げようとしているらしい。


 斧を短く持つ。


 振り回さず、一匹ずつ。


 八匹目を倒したところで、石積みの中から音がしなくなった。


【経験値を獲得しました】


「……よし。依頼は達成ですね」


〈早い〉

〈適正よりだいぶ上だしな〉

〈でもちゃんと証明取れよ〉


「それです。忘れそう」


 袋から布を出す。


 依頼書で指定された牙を確認して、回収する。


 一匹分ずつ数える。


 八匹。


 間違いない。


 そこで、イトが石積みの向こうへ動いた。


 俺も、顔を上げる。


 低い音がした。


 地面の下から響くような、重い音。


 振り返ると、少し離れた牧場の柵が揺れていた。


 その向こうに、灰色の塊がある。


「……岩?」


 動いた。


 違う。


 背中だ。


 地面へ鼻先を押しつけた、大きな獣。


 短い脚。


 分厚い首。


 額から、一本の角が伸びている。


 そいつが頭を持ち上げると、柵の横木が折れた。


【鑑定】


【鎧角獣 Lv.56】


【分類:獣】


【HP:1,840/1,840】


【全身を厚い皮と板状の外殻で覆われた大型獣。

 発達した角で障害物を押し崩し、踏み荒らした地面から草根を掘り出す。

 興奮時には動く相手へ突進する。腹部と脚の内側には外殻がない。】


【主な素材:角、外殻、皮、肉】


「……報告に、戻るやつですね」


〈それはFランクの仕事じゃない〉

〈一気に強くなった〉

〈家畜被害こいつだろ〉


 俺は、道の方へ一歩下がった。


 そのとき。


「こっちへ来い! 早く!」


 牧場の奥から、人の声がした。


 柵の向こうに、二人いる。


 一人は、大きな荷車を引いていた。


 もう一人が、動かない車輪を押している。


 荷台には、小さな家畜が何匹も乗っていた。


 逃がそうとしているんだ。


 鎧角獣が、頭を上げた。


 耳が動く。


 そちらへ、向いた。


「……あぁ、もう」


 俺は、斧を握り直した。


 報告には戻る。


 ただ、その前に。


「イト。柵の内側には入らないで」


 肩から下りたイトが、近くの石へ移る。


 俺は走った。


「こっちだ!」


 斧の柄で、柵の柱を叩く。


 大きな音が鳴った。


 鎧角獣が振り向く。


 黒い目が、俺を捉えた。


 次の瞬間。


 地面が、揺れた。


「……速っ!」


 横へ跳ぶ。


 角が、すぐ横を抜ける。


 背後で、柵が弾けた。


 木片が飛ぶ。


 鎧角獣はそのまま数歩走り、土を掻きながら向き直った。


 俺は牧場へ叫ぶ。


「荷車、そのまま! 道の向こうまで離れてください!」


 返事が聞こえた。


 内容までは分からない。


 でも、人が動き始めた。


 なら、引きつける。


「〈鬼装〉」


 斧に赤い光が宿る。


 鎧角獣が近づいてきた。


 今度は、すぐに走らない。


 太い首を左右へ振りながら、角の先をこちらへ向けている。


 俺は、ゆっくり横へ動いた。


 背中には、板みたいな外殻。


 あそこを殴っても、効きにくそうだ。


 狙うのは、脚。


 ただし。


「……近づくのも、嫌ですね」


〈踏まれるぞ〉

〈角も怖いけど足も太い〉

〈猪のときよりさらにでかい〉


 鎧角獣が、踏み込んだ。


 角が下から跳ね上がる。


 俺は後ろへ引きながら、斧を短く振った。


 前脚の外側へ当たる。


 硬い音。


 手が痺れた。


「……そこも、硬いか」


 獣が頭を振る。


 横薙ぎに迫る角から逃れ、距離を取った。


 力で受ける相手じゃない。


 あの角を正面から止めたら、俺の方が持ち上がる。


 息を吐く。


 牧場の二人は、まだ移動中。


 あと少し。


 俺は、折れた柵の外側へ回った。


 鎧角獣が追う。


 進路に残った横木を、その胸でへし折った。


 ……なるほど。


 障害物を、あまり気にしないんだな。


「じゃあ、一回」


 少し離れた、大きな石を見る。


 地面へ半分埋まっている。


 俺の腰くらいの高さ。


 その手前へ、立った。


 鎧角獣が、頭を下げる。


 前脚が、土を掻いた。


 来る。


 待つ。


 まだ。


 角が、目の前へ迫った。


「っ!」


 横へ跳ぶ。


 鎧角獣の肩が、石へぶつかった。


 重い音。


 石が動く。


 獣も、止まりきらなかった。


 前脚が大きく開き、体勢が崩れる。


 俺は、そこへ踏み込んだ。


「〈鬼力〉!」


 体に熱が走る。


 両手で斧を握り、開いた前脚の内側へ刃を叩き込んだ。


 硬い外殻の感触は、なかった。


 深く入る。


 鎧角獣が吠えた。


 すぐ、離れる。


 振られた頭が、さっきまで俺のいた場所を薙いだ。


〈入った!〉

〈脚の内側!〉

〈ちゃんと鑑定の情報使ってる〉


 獣の左前脚から、血が落ちていた。


 それでも、立っている。


 頑丈だ。


 俺は、もう一度走った。


 今度は、獣の左側。


 傷ついた脚を軸に、こちらへ向き直ろうとする。


 その動きが、少し遅れた。


「〈踏み込み〉!」


 距離を詰める。


 斧を、首の下へ振り上げた。


 刃が皮を裂く。


 獣が身をよじった。


 腹へ、太い脚が当たる。


「ぐっ!」


 体が横へ飛んだ。


 肩から地面に落ちる。


 息が止まる。


 起きる。


 すぐに。


 鎧角獣が、こちらへ来ていた。


 俺は斧を引き寄せ、横へ転がった。


 角が地面を抉る。


 土が顔へ飛んだ。


「……っ、危な」


〈今の怖い!〉

〈無理に連続で入るな〉

〈一撃離脱、一撃離脱!〉


 分かってる。


 いや。


 分かったつもりで、二発目を欲張った。


 俺は立ち上がった。


 HPを見る。


 減っている。


 まだ動ける。


 でも、あと何回も、同じことはできない。


 鎧角獣が向きを変えた。


 傷ついた脚が、震えている。


 俺は斧を、地面近くへ下ろした。


 息を吸う。


 獣が、前へ出た。


 その脚が地面へ着く瞬間に。


「〈鬼震〉!」


 斧を、叩きつける。


 衝撃が土を走った。


 鎧角獣の体が揺れる。


 傷ついた前脚が折れ、巨体が片側へ沈んだ。


 角が、地面に刺さる。


 起き上がろうと、首が持ち上がる。


 俺は、その横へ踏み込んだ。


 首の下。


 さっき、刃の通った場所。


「もう、一発!」


 赤い刃を、振り抜いた。


     ◇


【経験値を獲得しました】


 俺は、膝へ手をついた。


「……はぁ」


 鎧角獣は、動かない。


 念のため、もう少し見る。


 倒れた体の向こうから、牧場の人が顔を出した。


「……倒した、のか?」


「たぶん。近づくのは、もう少し待ってください」


 言いながら、自分も距離を取った。


 イトが石の上から下りてくる。


 手を差し出すと、腕を登り、肩へ戻った。


「ありがとう。待っててくれて」


〈討伐!〉

〈初依頼でやる内容じゃない〉

〈牙鼠八匹と、これ一匹〉

〈依頼書の余白に書ききれない〉


「……報告、長くなりそうですね」


 牧場の人が、何度も頭を下げた。


 囲いが壊されたので家畜を避難させようとしたところへ、あの獣が戻ってきたらしい。


 道の方にある小屋には、家族もいたという。


「助かった。本当に、助かった」


「いえ。皆さん、怪我は?」


「ない。あんたは……」


「ちょっと、蹴られました」


 笑おうとして、脇腹が痛んだ。


 ちょっと、ではなかったかもしれない。


     ◇


 街へ戻ったのは、夕方だった。


 牧場の人が使いを出してくれたおかげで、組合の回収用荷車と途中で合流できた。


 鎧角獣の死体は、その人たちへ。


 俺は牙鼠の牙と、事情を書いてもらった紙を持って、受付へ戻る。


「……お帰りなさいませ」


 リゼさんが、俺を見た。


 服の土。


 傷の入った胴当て。


 肩のイト。


 最後に、俺の手元。


「牙鼠の、ご報告ですね」


「はい。それと」


 紙を差し出す。


「ちょっと、大きいやつが」


 リゼさんの耳が、ゆっくり後ろへ倒れた。


     ◇


 事情の確認には、少し時間がかかった。


 どこで見つけたか。


 どのような状態だったか。


 人がいたか。


 なぜ戦闘になったか。


 俺が説明し、牧場から来た人も話す。


 やがて、回収担当からの報告が届いた。


 リゼさんは、その紙へ目を通した。


 それから、俺へ向き直る。


「牙鼠八匹の討伐を確認しました。依頼達成です」


【依頼達成:西街道・牙鼠討伐】


「ありがとうございます」


「続いて、鎧角獣について。牧場側から出ていた被害報告と、回収した個体の特徴が一致しています。こちらは追加の討伐報酬が支払われます」


「……おぉ」


「素材の売却分は、解体と査定が終わり次第です。お急ぎでなければ、明日、改めてお越しください」


 机の上へ、報酬が置かれる。


 牙鼠の分。


 それとは別に、鎧角獣の分。


 見比べる。


「……全然、違いますね」


「危険度が違いますので」


 ですよね。


 リゼさんは、そこで少し声を柔らかくした。


「人が襲われる状況で、避難の時間を作ってくださったと伺いました。ありがとうございました」


「間に合って、よかったです」


「ただし、今後も同じように戦う必要があるとは考えないでください。退避を助けて戻ることも、立派な判断です」


「……はい」


 今回は、勝てた。


 でも、あの角が当たっていたら。


 倒れた後、起きるのが遅かったら。


 俺は頷いた。


 リゼさんも、頷き返す。


「そのうえで。今回の依頼達成、状況報告、緊急時の対応を確認し、組合として、Eランクへの昇格を認めます」


 俺は、顔を上げた。


「……え」


「Fランクで確認する基礎事項は、十分に満たしています。訓練場での模擬戦も、判断の参考になりました」


【冒険者ランクが上がりました】


【F → E】


〈昇格!〉

〈一日で上がった〉

〈あれ倒してFに置いとくのも変だしな〉

〈ちゃんと報告できたのも大きい〉


 組合証が、いったん回収される。


 戻ってきた札には、新しい印が入っていた。


 Eランク。


 さっきもらったばかりなのに、もう変わった。


「なお、ここから先は、継続した実績を見させていただきます」


「分かりました」


「明日も大きな魔物を倒せば、その次へ上がる、というものではありませんので」


「……先に言われた」


 リゼさんが、少し笑った。


 俺も、つられて笑う。


 札をしまい、受付から離れる。


 すると、横から声がかかった。


「……おい」


 ガレスだった。


 昼間より、ずっと静かだ。


 手には杯ではなく、水の入った瓶を持っている。


「鎧角獣、倒したんだってな」


「はい。結構、硬かったです」


「……そうか」


 ガレスが、俺の鎧の傷を見る。


 何か言いかける。


 一度、口を閉じる。


 それから、頭を下げた。


「昼は、悪かった」


 俺は、少し驚いた。


「いえ。もう、大丈夫です」


「酒が入ってた。言い訳にはならんが」


 そう言って、俺へ瓶を差し出す。


「冷えてる。飲め」


「あ、ありがとうございます」


 受け取る。


 ひんやりしていた。


 栓を抜き、一口。


 冷たい水が、喉を通る。


「……うま」


〈和解した〉

〈ちゃんと謝れるならよし〉

〈今日は水にしたんだな〉


 ガレスは、少しだけ気まずそうに頭を掻いた。


「今度、暇があったら……さっきの、教えてくれ」


「さっきの?」


「斧を外されたやつだ」


「あぁ」


 俺は、訓練場を思い出した。


 振って、戻す。


 相手の正面に、立ち続けない。


「俺も、習ったばっかりなんですけど」


「構わん」


「じゃあ、時間が合えば」


 ガレスが、短く頷いた。


 その後ろで、昼間の仲間が、ほっとした顔をしている。


 俺は水をもう一口飲んだ。


 新しい街。


 冒険者の登録。


 初めての依頼。


 大きな魔物を倒して、ランクも上がった。


 今日は、随分いろいろあったな。


 肩のイトが、俺の首元をつつく。


「ん?」


 入口の方を見る。


 マルクさんがいた。


 手には小さな紙袋。


「お帰りなさい。……お話は、伺いました」


 俺の防具を見る。


 少し、呆れたように笑った。


「初めてのお仕事だったはずでは?」


「そのはず、だったんですけど」


〈本当にそれ〉

〈初日から濃すぎる〉


 マルクさんが、紙袋を持ち上げた。


「宿へ向かいながら、食べますか。まだ温かいですよ」


 香ばしい匂いがした。


 俺の腹が鳴った。


 ガレスが吹き出す。


 リゼさんまで、受付の向こうで笑っていた。


「……働いたので」


 今日、何度目か分からない言い訳をして。


 俺は、紙袋を受け取った。

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