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39話 決勝トーナメント 準決勝第一試合 

●主人公視点


 客席へ戻ると、ロックが手を上げた。


 俺は隣へ座り、斧を下ろす。


「リュカさん、いました」


「話せました?」


「はい。……飛ぶ練習、結構大変だったみたいです」


 ロックが、少し首を傾げた。


「修羅さんも、その話聞くんですね」


「気になるじゃないですか。翼」


 俺には、ない。


 あれを自分で動かせるなら、どんな感じなんだろう。


 まだ考えていると、通路側でヴァイスが顔を上げた。


「始まるぞ」


 舞台へ目を向ける。


 中央に、低い石壁が一つ。


 その左右には、広い道が残されていた。


 向かい合う扉が、開く。


     ◇


 レオンが剣へ手を添え、舞台へ出てきた。


 反対側には、セレネ。


 右手に杖。


 左手は、空けている。


 その指が一度曲がり、また開いた。


 ヴァイスとの試合は、ここまでの中でも特に厳しかったはずだ。


 傷やMPは戻っている。


 それでも、次の相手を前にした顔は、静かに引き締まっていた。


『いよいよ、準決勝第一試合!』


 ミナの声が響く。


『ここまで剣で道を切り開いてきたレオン選手! 対するは、幾度もの接近をしのぎ、二人の近接選手を破ったセレネ選手です!』


 拍手が、二人を包んだ。


 セレネが、レオンの剣を見る。


「近づかれると、困るんですよね」


「僕も、凍ったところは歩きたくないです」


 レオンが答えた。


「できれば、道を空けてもらえると」


「……それは、ちょっと」


 二人が、小さく笑う。


 その後、杖と剣が上がった。


【準決勝・第一試合】


【レオン 対 セレネ】


 俺は、背もたれから体を離した。


【試合開始】


     ◇


 火球が、飛んだ。


 レオンは、横へ動いた。


 まだ、近づかない。


 炎が床へぶつかり、赤いものが散る。


 次は、小さい。


 胸の高さ。


 レオンが剣を引く。


 そのまま、足をずらして避けた。


 セレネの杖が、地面へ向く。


 霜が走った。


 レオンの前。


 右側へ、少し長く。


 彼は、それを見て左へ動く。


 そこへ、火球。


 さっきより、大きい。


「……道、選ばせてますね」


 俺が言うと、ヴァイスの耳が動いた。


 あの試合でも、そうだった。


 凍った道。


 通れる場所。


 行きたいところへ足を出したつもりで、彼女の杖の前へ出る。


 レオンは、火球の手前で止まった。


 後ろへ、一歩。


 炎が、顔の前を抜ける。


 その足元から、氷柱が上がった。


 短い。


 膝を持ち上げるには、十分な高さ。


 レオンが、体をひねる。


 左脚を外し、右足だけで床を蹴った。


 剣が、杖へ向かう。


 だが、セレネはもう下がっていた。


 切っ先が、上着の端をかすめる。


 その横へ、次の火球。


 レオンが剣を戻し、身を引いた。


 左肩が、赤く照らされた。


 袖に、焦げた跡が残る。


『セレネ選手、最初の接近を阻みました! レオン選手も剣を届かせかけましたが、次の魔法が待っています!』


 俺は、舞台の床へ目を落とした。


 白い場所が、増えている。


 レオンが動いた跡へ、少しずつ。


 長く続けば、足を置く場所が減る。


     ◇


 セレネは、追いかけて撃たなかった。


 杖を構えたまま、相手の足を見る。


 レオンは石壁の横へ寄った。


 火球が来る。


 壁へ隠れる。


 炎が、向こう側で爆ぜた。


 その下を、霜が広がる。


 レオンが壁から出た。


 すぐ、氷。


 細長い塊が、肩へ向かう。


 剣が当たった。


 砕ける音。


 白い破片が、散った。


 俺は、少し顔を上げた。


「……氷は、切れるんですね」


「形が、ありますから」


 ロックが答える。


 そうだ。


 氷なら、俺も斧で砕けそうだ。


 問題は、火。


 風。


 触れたら、こっちが傷つくものだ。


 セレネも、同じように考えたのかもしれない。


 次に杖先へ集まったのは、赤い光だった。


 大きく、明るい。


 レオンは、壁の陰へ戻らなかった。


 剣を、体の近くへ引いた。


     ◇


 火球が放たれた。


 レオンの進む道へ。


 横へ逃げれば、霜。


 後ろには、石壁。


 前へ出るには、炎が近すぎた。


 俺は、膝へ手を置いた。


 受けるのか。


 でも、あの剣で。


 レオンが、柄を握り直した。


 刃の根元へ、白い光が生まれた。


 それが細く伸び、剣先まで走る。


 火球が、届く。


 レオンは、前へ踏み込んだ。


 剣が、斜めに上がった。


 炎の中央へ。


 白い線が、赤い塊を通った。


 火球が、割れた。


「……え?」


 二つに分かれた炎が、レオンの左右へ流れる。


 その内側を、彼が走った。


 セレネの目が、開く。


 杖が引かれた。


 次の魔法を作る前に、剣が届いた。


 前腕。


 赤い線。


 セレネが下がる。


 レオンは追いすぎず、切っ先を戻した。


 白い光が、まだ刃へ残っていた。


     ◇


『き、切った!?』


 ミナの声が、会場へ響いた。


『レオン選手、火球を剣で切り開きました! 今の白い光は、何でしょうか!』


 客席が、ざわめく。


 俺は、剣から目を離せなかった。


 火が、左右へ分かれた。


 ただ振っただけではない。


 俺が斧を盾にしたときのように、受けたわけでもなかった。


〈魔法切ったぞ!?〉

〈今のスキル何?〉

〈レオン、あんなの使ってた?〉


「……見たこと、ないです」


 俺がつぶやくと、ロックが静かにうなずいた。


 隣では、ヴァイスが身を起こしていた。


 舞台へ、新しい表示が浮かぶ。


【レオン】


【種族:人間】


【職業:聖騎士】


 その下へ、短い説明が続いた。


【隠しクラス】


【〈騎士〉からの職業進化】


 俺は文字を見た。


 もう一度、見る。


「……職業も、進化するんですね」


     ◇


『聖騎士! ここで、レオン選手の職業が公開されました!』


 ミナの声が、一段高くなる。


『騎士から進化する隠しクラスです! 魔法を切り開いた今の技は、〈聖断〉! 武器へ聖なる力をまとわせ、接触した魔法の構成を断ちます!』


 解説席から、声が続いた。


『ただし、自動で防げるものではありません。飛来する魔法へ刃を合わせる必要がありますし、消費するMPもあります。何でも無制限に切れるわけではないですね』


 俺は、ゆっくり息を吐いた。


 合わせる。


 あの速さの火球へ。


 切れると分かっていても、顔の前まで待って剣を振るのは、怖いと思う。


 ロックが、膝の盾へ触れた。


「俺との試合では、使いませんでした」


「……魔法が、なかったからですかね」


 俺が答えると、彼は少し考えた。


「ほかにも、あるかもしれません」


 その言葉が、妙に重かった。


 俺も、同じことを考えていた。


     ◇


 セレネは、腕の傷へ一度だけ目を落とした。


 それから、レオンを見る。


「……隠してましたね」


「使うところが、なかったので」


「今は?」


「今は、必要です」


 短い返事だった。


 セレネの口元が、少し上がった。


「なら、使ってもらいます」


 杖が、下がる。


 霜。


 広く、地面を覆っていく。


 レオンは、すぐに走った。


 正面ではなく、外側へ。


 その先へ、火球が二つ。


 白い刃が動く。


 一つを、切る。


 炎が裂けた。


 もう一つは、避ける。


 袖を、熱がなめる。


 セレネは、その足元を狙った。


 氷柱。


 レオンが、脚を引く。


 少しだけ、遅れた。


 靴へ、白いものがかかる。


 動きが鈍った。


 セレネの杖が、まっすぐ向く。


 大きな火球。


 レオンは剣を、胸の前へ戻した。


     ◇


 白い光が、今度は左手へ集まった。


 手のひらの前へ、薄い板が生まれる。


 丸い、小さな盾。


「〈聖盾〉」


 炎が、そこへぶつかった。


 白い面が、大きく揺れる。


 ひびのような光が走った。


 レオンの体が、半歩押される。


 でも、倒れない。


 右の剣が、足元へ落ちた。


 氷を、砕く。


 靴が自由になる。


 白い盾が消えるより早く、彼は前へ出た。


「……まだ、あるのか」


 自分の声が、少し乾いていた。


 種族だけじゃない。


 スキルを覚えるだけでもない。


 職業を育てた先にも、こういうものがある。


 レオンは、その両方を使っていた。


 剣の技と、新しく得た力。


 セレネが後ろへ下がる。


 杖を動かす。


 今度は、火を撃たなかった。


 レオンの足元へ、氷。


 彼が避ける側へ、もう一本。


 剣で切れない場所を、狙っている。


 床。


 逃げ道。


 セレネは、すぐに戦い方を変えていた。


     ◇


 レオンの足が止まる。


 右に、氷柱。


 左に、霜。


 正面には、セレネ。


 距離は、あと三歩。


 彼女の杖先が、赤く光った。


 レオンの剣も、白くなる。


 その瞬間、セレネが杖を下げた。


 火球は、飛ばない。


 足元へ。


 至近距離で爆ぜさせるつもりだ。


 俺は、ジンの試合を思い出した。


 前へ出たところを、止められた。


 でも、レオンは踏み込んでいなかった。


 剣の先だけが、伸びた。


 杖へ。


 先端ではない。


 握っている、指へ。


 セレネの右手が、開いた。


 杖が傾く。


 炎が、横へ流れた。


 レオンの脇を抜け、氷柱へぶつかる。


 水と、蒸気。


 白いものが、二人の間へ上がった。


 その中へ、レオンが入った。


     ◇


 剣が、見えた。


 低い位置。


 セレネの前脚へ。


 彼女が引く。


 それを追わず、切っ先が上へ返った。


 杖を戻す腕。


 刃が、そこへ入る。


 セレネの肩が、下がった。


 左手が、杖へ伸びる。


 その前へ、レオンの手のひら。


 小さな聖盾が、横向きに現れた。


 杖の柄へ当たる。


 外へ、押す。


 彼女の正面が、空いた。


 レオンが、一歩だけ入った。


「〈連撃〉」


 剣が、短く走る。


 脇腹。


 肩。


 それから、戻した切っ先が、胸元へ。


 セレネの杖が床へついた。


 霜が、最後に広がる。


 レオンの足首が、白くなる。


 彼は下がらなかった。


 その場から、剣を伸ばした。


 セレネの体を、光が包む。


【セレネ選手、戦闘不能】


【勝者:レオン】


     ◇


 剣の白い光が、消えた。


 レオンは、ゆっくり腕を下ろした。


 その左手が、わずかに震えている。


 火球を受けたほうの手だった。


 彼は一度握り、指を開いた。


 会場の歓声が、一気に大きくなる。


『勝ったのは、レオン選手! 決勝進出、最初の一人が決まりましたーっ!』


 ミナの声が響いた。


『ここで明らかになった隠しクラス〈聖騎士〉! しかし、その力だけではありません! 魔法へ刃を合わせ、最後は杖を持つ手を制しました!』


 俺は、立ち上がっていた。


 拍手する。


 剣を見る。


 もう、普通の色へ戻っている。


 あれが、魔法を切った。


 盾まで、出した。


 それでも最後に通したのは、細かい剣の動きだった。


「……強いですね」


 ほかに、言葉が出なかった。


 ロックも、舞台から目を離さずにうなずいた。


「はい」


 ヴァイスは、しばらく黙っていた。


 それから、鼻先を少し下げる。


「足、凍っても届くんだな」


 俺は、最後の一撃を思い出した。


 動けなくても、腕は残っていた。


 その距離まで入っていた。


 レオンは、全部を使って勝った。


     ◇


 回復したセレネが、戻ってきた。


 レオンの前へ立つ。


 最初に見たのは、顔ではなく剣だった。


「……火球を切れるなら、最初に言ってほしかったです」


 レオンが、少し困ったように笑う。


「言ったら、撃ってくれなさそうなので」


「撃ちませんよ」


 即答だった。


 客席から、笑いが起きた。


 セレネも、笑っていた。


「でも、地面は切れませんでしたね」


「ええ。あれは、困りました」


 レオンが足元を見る。


 霜は、もう消えている。


「最後、剣が届かなかったら、僕が止まってました」


 セレネは、少し黙った。


 それから、手を差し出す。


「次は、そこまで来させません」


「次も、近づけるようにしてきます」


 二人の手が、重なった。


 拍手が、また大きくなった。


     ◇


 頭上へ、レオンの名前が進む。


【決勝進出:レオン】


 その向かいは、まだ空いていた。


 俺か。


 リュカか。


 どちらかが、あそこへ入る。


 俺は、座席へ立てかけていた斧を持った。


 刃の広い側面を見て、それから柄へ目を落とす。


 魔法は、使ってくるかもしれない。


 剣も、当然うまい。


 でも、その前に。


 あの龍を、倒さないといけない。


【準決勝・第二試合】


【修羅 対 リュカ】


【準備エリアへ移動してください】


 俺は、表示を閉じた。


 ロックが、こちらを見上げる。


 ヴァイスも、立ち上がった。


「……行ってきます」


 言うと、ロックが手を差し出した。


 握る。


 石の指へ、少し力が入っている。


「斧、届かせてください」


「はい」


 次に、白い前脚へ手を添える。


 ヴァイスが、俺の顔を見た。


「戻ってきたら、水だな」


 俺は笑った。


「用意、お願いします」


 手を離す。


 通路へ向かって歩き始めると、向こうからレオンが来た。


 舞台を下りたばかりだ。


 足が止まる。


 俺も、立ち止まった。


「……聖騎士、だったんですね」


 言うと、レオンは少しだけ笑った。


「騎士を続けていたら、選べるようになりました」


 さらりとした返事だった。


 その裏で、何をしてきたのか。


 今は、聞かなかった。


「決勝で」


 レオンが言った。


 俺は、斧を持ち直す。


「……はい。その前に、一戦してきます」


 すれ違う。


 背中の向こうで、歓声がまだ続いていた。


 俺は前を向いた。


 次の扉の向こうには、龍が待っている。



●リュカ視点


 ……困った。


 控え室の長椅子に座り、僕は何度目か分からないため息をついた。


 目の前には、修羅とバルドの試合映像。


 大戦斧が、盾へ落ちる。


 槌が、鬼の腹へ入る。


 それでも、また斧。


 少し戻す。


 再生する。


 盾が、へこんだ。


「……あれを、鱗で?」


 自分の肩へ手を置く。


 今は、人の皮膚だ。


 龍になれば、ここには厚い鱗がある。


 ハルトの矢は、ほとんど通らなかった。


 剣も、浅かった。


 だからといって、この斧も同じように弾くと思えるほど、僕は楽観的ではない。


 映像の中で、修羅が盾へ体を押しつけた。


 前へ。


 もう一歩。


 バルドの足が、下がる。


「……本当に、下がらないな」


 僕なら、槌を食らったところで一度離れる。


 もう一度、入れる場所を探す。


 でも、この鬼は違った。


 痛いのは分かっている。


 配信でも、本人が言っていた。


 そのうえで、前へ来る。


 やりにくい。


 すごく。


     ◇


 最初は、ブレスで近づかせないつもりだった。


 大きな体には、近づきたくなる。


 腹の下。


 脚の内側。


 僕が人型の相手なら、そこを狙う。


 だから、来るところへ炎。


 ハルトには、それでよかった。


 けれど、修羅がノエルと戦った映像を見て、その考えは少し怪しくなった。


 斧を、顔の前へ。


 風の矢が当たる。


 脚にも、肩にも。


 止まらない。


 そのまま壁へぶつかって、押し通る。


「炎も、やるのかな……」


 いや。


 さすがに、全部は受けないだろう。


 風の矢と、火炎ブレスは違う。


 でも、少しくらい焼かれても、斧が届くなら来る気がした。


 さっき、本人も言っていた。


 大きい姿と、やってみたい。


 あのときは笑った。


 今、改めて考えると、結構怖いことを言われている。


 僕は映像を止めた。


 修羅の斧が、画面の中央に残った。


     ◇


 飛べばいい。


 次に考えたのは、それだった。


 空から、ブレス。


 あの斧も、届かなければ問題ない。


 ……ただし、ずっと飛べるなら、だ。


 僕は自分のステータスを開き、スタミナの欄を見る。


 飛ぶと、減る。


 翼を広げ、体を持ち上げるだけでも使う。


 そこで炎まで吐けば、MPも減る。


 相手が避け続けたら、僕が先に下りることになる。


 そして、下りるときには。


 床へ、脚をつく。


 修羅の〈鬼震〉が、頭に浮かんだ。


「……着地、待たれたくないな」


 バルドの足を崩した、あの衝撃。


 僕の体なら簡単には吹き飛ばされないと思う。


 でも、着地した瞬間に前脚が折れたら。


 大きな体は、そのまま倒れる。


 目の前に、斧を持った鬼。


 想像したところで、僕はステータスを閉じた。


 飛んでいる間より、下りた後のほうが怖い。


     ◇


 人型で戦うのは、どうだろう。


 立ち上がり、腰の剣へ手をかける。


 少しだけ、抜く。


 軽い。


 修羅の斧より、ずっと速く戻せる。


 大きく振った後へ入れば、剣が届く。


 でも、あの鬼は最近、それを覚え始めている。


 短く振る。


 柄を返す。


 近づかれたら、短剣。


 僕は、剣を鞘へ戻した。


 人型は、小さくなれる。


 屋台にも並べるし、椅子にも座れる。


 道具も使える。


 ただ、龍のときと同じ力は出ない。


 あの斧へ剣を合わせて、無事に返せる自信はなかった。


 受け流せばいい。


 そう考えて、すぐに首を振る。


 考えるだけなら、簡単だ。


 僕の剣は、レオンほど上手くない。


     ◇


 控え室の向こうから、歓声が聞こえた。


 レオンとセレネの試合。


 僕も映像を切り替える。


 白い剣が、火球を割った。


「……え」


 思わず、声が出た。


 聖騎士。


 職業進化。


 説明を読み、もう一度剣を見る。


 あれ、僕のブレスにも使えるんだろうか。


 全部は無理でも、顔の前だけ切り開かれたら。


 そこまで考えて、僕は額へ手を当てた。


「まだ、次も勝ってないのに」


 相手は修羅だ。


 まずは、あの斧。


 画面を戻し、今度は鬼力の発動から見る。


 三十秒。


 その間、正面から打ち合いたくない。


 じゃあ、離れる。


 ただ逃げるのではなく、首を伸ばして噛む。


 前脚で進路をふさぐ。


 近づかれたら、尾。


 ……尾も、斧で切られそうだな。


 僕は、長椅子へ座り直した。


 考えるたびに、自分の体のどこかが痛くなる。


     ◇


 それでも、少しずつ整理はできた。


 同じ場所へ、続けて斧を入れさせない。


 噛みついた後、顔を残さない。


 炎を吐いた後は、必ず脚を動かす。


 フィーネとの試合では、それが遅れた。


 肩を狙われ、首へ二本重ねられた。


 修羅の一撃なら、もっと深い。


 だから、鱗を信用して止まらない。


 大きい体でも、動く。


 翼で向きを変え、爪と尾を別の場所から出す。


 あの鬼にも、腕は二本しかない。


 斧を振っている間、反対側まで全部は守れないはずだ。


 僕は、両手を開いた。


 龍になれば、これが前脚になる。


 肩の後ろには、翼。


 今はない尾の重さまで、思い出せた。


「……人のつもりで、殴り合わなければいい」


 盾を持ったバルドと、同じことをする必要はない。


 僕には、僕の体がある。


     ◇


【準決勝・第二試合】


【準備エリアへ移動してください】


 通知が浮かんだ。


 僕は映像を閉じ、立ち上がる。


 結局、完璧な答えなんて出なかった。


 鬼力の間に逃げきれるか。


 翼を、どこまで開いていいか。


 あの斧が、本当に鱗へ入るか。


 分からないことばかりだ。


 扉へ向かう途中で、足を止めた。


 壁に映った、自分の姿を見る。


 細い腕。


 革の上着。


 さっき修羅と握手した、普通の手。


「……最初から、いこう」


 小さい姿で様子を見るより、慣れた体で動きたかった。


 準備エリアへ出ると、向こうに修羅がいた。


 大戦斧を両手で持っている。


 こちらへ気づき、頭を下げた。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 返事をしながら、また刃を見てしまう。


 修羅も、僕の肩を見た。


 今は、鱗のない肩。


 その視線で、何となく分かった。


 向こうも、まだ考えている。


 どう近づくか。


 どこへ振るか。


 怖いのは、僕だけじゃないのかもしれない。


 そう思うと、少し笑えた。


「斧、あんまり痛いところへ入れないでね」


 修羅が、一瞬黙った。


 それから、困ったように笑う。


「……硬くないところ、探すつもりなんですけど」


 だよね。


 僕は息を吐き、舞台へ続く扉を見た。


 その向こうから、自分の名前が聞こえた。


 今度は、僕がこの鬼を困らせる番だ。


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