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38話 決勝トーナメント 準々決勝第四試合

●主人公視点


 客席へ戻ると、ハルトが舞台へ向かうところだった。


 弩を両手で持ち、通路の途中で足を止める。


 俺を見る。


 少し、笑った。


「盾、割るかと思った」


「……俺も、斧が折れるかと思いました」


「だろうね」


 視線が、俺の手元へ落ちる。


 今は、傷一つない。


 でも、さっきまで何度も鉄へ打ちつけていた武器だ。


 ハルトは、自分の弩を持ち直した。


「俺は、鱗を相手にしてくる」


 俺は、顔を上げた。


 この後の相手は、リュカ。


 幼龍。


 あの赤銅色の体だ。


「……頑張ってください」


「うん。どこまで通るか、見てくるよ」


 そう言って、ハルトは歩き出した。


 背中の剣が、腰の横で小さく揺れる。


 俺は、その後ろ姿をしばらく見ていた。


     ◇


 今回の舞台には、低い壁が二つあった。


 中央は広い。


 外側に、大きな岩が一つ。


 ハルトは、壁の位置を確かめながら入ってきた。


 リュカは、人型だった。


 ただ、腰の剣には手をかけていない。


 ハルトが、向かい側へ立つ。


 弩を、少し持ち上げた。


「二本、入るんだよね」


 リュカが聞いた。


「見られちゃったからね」


「見ててよかった」


 ハルトが苦笑する。


 リュカは、そこで一度だけ肩を回した。


「今回は、最初からいくよ」


 体の輪郭が、光に包まれる。


 腕が伸び、爪が床へついた。


 赤銅色の鱗。


 長い首。


 大きな翼が広がると、ハルトの影まで、その中へ入った。


 俺は、二人の距離を見た。


 さっきまで、同じくらいの背丈だった。


 今は、違う。


 弩を持つ一人の人間と、五メートルの龍。


 ハルトが、顔を上げる。


 その足が、半歩だけ後ろへ動いた。


『準々決勝、最後の対戦です!』


 ミナの声が、会場へ響いた。


『二連の弩で勝ち上がったハルト選手! 対するリュカ選手は、最初から幼龍の姿で臨みます!』


 翼が、ゆっくり畳まれる。


 リュカの目が、弩へ向いた。


【試合開始】


     ◇


 一本目は、肩へ飛んだ。


 弦の音。


 ほとんど同時に、硬い音がした。


 矢が、鱗へ当たる。


 浅く食い込んで、止まった。


 リュカは、顔を少し動かしただけだった。


 ハルトの指が、次の引き金へ移る。


 二本目。


 今度は、前脚の付け根。


 龍が、一歩前へ出た。


 矢は、その外側へ当たった。


 弾かれる。


 床へ落ちた。


「……通らない」


 俺の口から、声が漏れた。


 ハルトは、すぐ動いた。


 弩を下げ、壁の裏へ。


 金具の音がする。


 速装填。


 次を用意している。


 リュカは、走らなかった。


 大きな前脚を、壁の手前へ置く。


 首が、持ち上がった。


 低い壁の向こう。


 そこへ、普通に顔が出る。


 ハルトが、顔を上げた。


 目が合った。


 俺は、息を止めた。


 あの壁では、隠れられない。


     ◇


 ハルトは装填を終えた弩を上げた。


 近い。


 龍の顔へ。


 狙いは、目だった。


 リュカが、首を横へ振る。


 矢が、頬の鱗へ刺さった。


 血が、少しにじむ。


 でも、止まらない。


 二本目。


 今度は、顎の下。


 リュカが頭を引いた。


 矢は首の側面へ当たり、落ちた。


 ハルトは弩を抱え、壁の端へ走った。


 その先に、尾が来た。


 低く、横から。


 彼は跳んだ。


 足先へ鱗が触れる。


 体が、空中で横へ傾いた。


 着地する。


 片膝が床へつく。


 弩を落とさなかったのは、さすがだと思った。


 でも、立ち上がった目の前には、もうリュカがいた。


『ハルト選手、目を狙いましたが、リュカ選手が首を振って外しました! 遮蔽物の高さも、龍の体格には足りません!』


 ミナの声に、少し緊張が混ざる。


 俺は、足元の斧へ手を置いた。


 フィーネは、何度も同じ場所へ当てていた。


 翼の付け根。


 傷の入った首。


 その間にも、走っていた。


 ハルトの弩は、二発。


 その次を用意する時間を、リュカは与えていなかった。


     ◇


 ハルトが、弩を肩へ下げた。


 右手で、剣を抜く。


 龍の前脚が上がる。


 彼は、横へ抜けた。


 爪が床を削る。


 その脚の内側へ、剣。


 刃が、鱗を擦った。


 浅い線が残る。


 ハルトの肩が、少し持ち上がった。


 手応えが、硬かったのだろう。


 俺にも、分かった。


 岩背猪の背中へ、初めて棍棒を振り下ろしたとき。


 効いたかどうかより、先に手が痛かった。


 リュカの顔が、下を向く。


 ハルトは剣を引き、さらに内側へ入った。


 腹の下。


 そこなら、硬い鱗が少し薄い。


 刃先を上へ向ける。


 だが、突く前に、リュカの体が沈んだ。


 大きな肩が、こちらへ寄る。


 翼の端が、床へ下りた。


 逃げ道が、狭くなる。


 ハルトは足を止めず、開いている側へ走った。


 その脚へ、尾。


 今度は、跳ぶ余裕がなかった。


     ◇


 鈍い音がした。


 ハルトの体が、床から離れる。


 壁へぶつかった。


 石の欠片が落ちる。


 剣が、手から滑った。


 俺は、思わず立ち上がった。


 ハルトが左手を床へつく。


 右手は、まだ動いていた。


 胸元の弩へ。


 弦は、戻っていない。


 矢もない。


 それでも、彼は金具を引こうとした。


 リュカの喉が、赤くなる。


 ハルトが顔を上げた。


 一瞬、手が止まる。


 それから、弩を下ろした。


「……降参!」


 声が、舞台へ響いた。


 炎が出る前に、表示が浮かぶ。


【ハルト選手の降参を確認しました】


【勝者:リュカ】


 リュカの顎が、閉じた。


 喉の赤色が、ゆっくり薄れる。


 俺は、立ったまま息を吐いた。


     ◇


『決着です! リュカ選手、ベスト4進出!』


 歓声が上がった。


『ハルト選手は急所を狙い、近距離では剣も使いましたが、龍の鱗と体格を崩せませんでした! リュカ選手、短い時間で押し切っています!』


 俺は、舞台へ落ちた矢を見た。


 一本は、途中から折れていた。


 別の一本は、ほとんど形を残している。


 当たったのに、入らなかった。


 ハルトが下手だったわけじゃない。


 弩を撃つのも、次を用意するのも、俺が近くで見たときと同じように早かった。


 それでも、リュカは前へ来た。


「……きつい相手でしたね」


 隣でロックが、うなずいた。


「狙いたいところ、ずっと動いてました」


 目。


 翼の付け根。


 脚の内側。


 そこへ一発通せても、次を通す前に近づかれる。


 俺は、フィーネの試合を思い出した。


 あの人が何度も矢をつがえながら走っていたことの意味を、今になって少し理解した。


     ◇


 リュカが、人型へ戻った。


 大きな影が縮み、黒髪の青年になる。


 すぐにハルトのところへ向かった。


 回復を終えたハルトは、床へ落ちていた剣を拾っていた。


 刃を確かめ、鞘へ戻す。


 その前へ、リュカが立った。


「……ごめん。最後、飛ばしすぎた」


 ハルトは、少し目を丸くした。


 それから、首を振る。


「いや、試合だから。止めてくれて、ありがとう」


 リュカの肩が、少し下がった。


 ハルトは弩を持ち上げ、その先へ目を落とす。


「肩、最初の一本は入ったよね」


「少し。でも、動くのには困らなかった」


「……そっか」


 悔しそうだった。


 でも、目はもうリュカの肩を見ていた。


「今度は矢も考える。今のままだと、硬い相手に何本当てても厳しいな」


「目に来たのは、怖かったよ」


「そこしか、止められそうになかったから」


 二人が、少し笑う。


 差し出された手を、ハルトが握った。


 拍手が、会場へ広がった。


     ◇


 頭上の組み合わせが、変わった。


【準決勝】


【第一試合:レオン 対 セレネ】


【第二試合:修羅 対 リュカ】


 自分の名前の横へ、リュカが入る。


 俺は、その二文字を見ていた。


 龍。


 次は、あの体が俺へ向かってくる。


 風壁とも、大盾とも違う。


 四本の脚。


 翼。


 尾。


 その全部が、武器だった。


〈龍来たぞ!〉

〈修羅対リュカ!〉

〈斧、鱗に通るか?〉

〈近接同士だな〉


「……はい」


 返事をして、斧の刃を見た。


 弩の矢は、弾かれた。


 剣も、浅かった。


 この刃なら、どうだろう。


 筋力を乗せて。


 鬼装をまとわせて。


 ちゃんと、届くところへ入れられれば。


 そう考えていたら、舞台のリュカが顔を上げた。


 組み合わせを見ている。


 それから、客席へ視線を向けた。


 俺と、目が合う。


 彼の目が、俺の斧へ動いた。


 少しだけ、困ったように笑う。


 俺も、笑ってしまった。


 さっき、あの盾でああなるのかと言っていた。


 今度は、自分の鱗で受ける番だ。


     ◇


「何、笑ってる」


 ヴァイスが、下から俺を見上げた。


「……いえ。次、あの人なんだなって」


「見れば分かる」


「ですね」


 座り直す。


 柄を握る。


 さっきのハルトは、どうにかして止めようとしていた。


 でも、止まらなかった。


 だったら俺は。


 近づいてくるところへ、斧を当てられる。


 その代わり、届くのは向こうも同じだ。


「顔と、爪と、尻尾……」


 口に出して、数える。


 ロックが、横から言った。


「翼もです」


「……ありましたね」


 見るところが、多い。


 ヴァイスが鼻を鳴らした。


「腹の下へ行けば、全部見えなくなるぞ」


 俺は、白い狼を見た。


 冗談なのか、本気なのか。


 黄色い目は、舞台へ向いている。


「そこ、危なくないですか」


「危ないだろうな」


「……ですよね」


 それでも、俺はリュカの前脚と後脚の間を思い出していた。


 さっきハルトが入ろうとした場所。


 体を沈められ、翼で塞がれた。


 入るだけでは、駄目だ。


 そこで、一撃を出せないと。


     ◇


『準々決勝の全試合が終了しました!』


 ミナの声が、会場へ響いた。


『残る選手は、四名! この後の準決勝を勝ち抜いた二名が、初代王者の座を懸けて戦います!』


 光の板へ、四人の姿が並んだ。


 剣を持つレオン。


 杖を携えたセレネ。


 大戦斧を持つ俺。


 そして、龍の姿のリュカ。


 俺だけ、妙に真顔だった。


 いつ撮られたんだろう。


 そんなことを考えて、少し肩の力が抜ける。


『準決勝開始まで、しばらくお待ちください!』


 俺は立ち上がり、斧を持った。


 まず、見に行こう。


 次の相手がいる、選手用の通路へ。


 リュカと、もう一度話してみたかった。


 さっきの試合で弩を下ろしたハルトにも。


 俺が歩き出すと、背後からロックの声がした。


「振るところ、空けてくださいね」


 振り返る。


 石の手が、斧の刃を指していた。


 握ったまま、少し持ち上げてしまっていたらしい。


「……すみません」


 刃先を下げる。


 頭の中では、もう何度か、赤銅色の鱗へ振り下ろしていた。



●主人公視点


 選手用の通路へ出ると、ハルトは長椅子に座っていた。


 膝の上に、弩。


 その横へ、矢を二本並べている。


 一本は、先端が少し潰れていた。


 もう一本は、軸が曲がっている。


「……それ、試合のですか?」


 声をかけると、ハルトが顔を上げた。


「ああ、修羅さん。いや、予備のやつ。試合中のは戻ってるから」


 潰れた矢を、指でつまむ。


「前に硬い魔物へ撃ったときの。あのときも、似た感じだったなと思って」


 俺は、隣へ腰を下ろした。


 斧は、壁へ立てかける。


「最初の二本、かなり狙ってましたよね」


「狙ったよ。肩と、脚の付け根」


 ハルトは弩を持ち上げ、構えずにその先を見る。


「でも、脚を動かされると、鱗の厚いところへずれる。目も追ったけど、あの首、結構動くんだよね」


「……見てました」


「あと、壁。あれで一回、装填できるつもりだった」


 少しだけ、苦笑する。


「普通に、上から顔が来た」


 俺も、あの場面を思い出した。


 隠れていたはずなのに、龍の目がすぐ上にある。


 あれは、嫌だ。


「俺も、あそこは声出ました」


「本人が一番出そうになったよ」


 二人で、少し笑った。


 ハルトは矢を片づけ、弩を膝へ戻した。


「……でも、最後に降参できたのは、よかった」


 声が、少し落ち着く。


「まだ引けると思って金具触ったんだけどさ。顔上げたら、もう喉が光ってた」


 俺は、うなずいた。


 リュカは、ちゃんと止めた。


 火が出る直前だった。


「次、頑張って」


 ハルトが、俺の斧へ顔を向ける。


「俺の矢よりは、通りそうだから」


「……通らないと、結構困りますね」


「近づくんでしょ?」


「はい」


 即答してから、少し笑った。


 それしか、やりようがない。


     ◇


「その話、本人の前でしてもいいよ」


 通路の奥から、声がした。


 リュカだった。


 片手に水の入った杯を持ち、こちらへ歩いてくる。


 ハルトが、隣を空けた。


「鱗、どこまで厚いのか聞こうとしてた」


「それは、困るな」


 リュカが笑って座る。


 人型だと、俺よりずっと小さい。


 あの体が、ここへ収まっているのが不思議だった。


 つい見ていると、リュカが俺へ顔を向けた。


「また、龍のこと考えてる?」


「……分かります?」


「分かるよ。さっきから、肩と背中見てる」


 ばれていた。


「翼、どういう感じなんですか。動かすの」


 聞くと、リュカは少し考えた。


 空いた手を、肩の後ろへ回す。


「今はないんだけど、あるときは分かる。腕がもう一組ある、とは少し違うかな」


「最初から、飛べたんですか?」


「全然。最初は開くだけで疲れたし、風を受けると勝手に体が傾いた」


 杯を、膝へ置く。


「最初に浮いたとき、嬉しくて下を見るの忘れたんだ。着地で顔からいった」


 俺は、思わず笑った。


 ハルトも、肩を揺らしている。


「龍でも、そうなるんですね」


「なるよ。誰もいないところで、本当によかった」


 あの翼にも、練習がいる。


 当然なのに、少し意外だった。


 俺も、進化した直後は歩幅が合わなかった。


 大きな体になれば、それだけで何でもできるわけじゃない。


「修羅さんも、斧を振る練習してたよね」


「はい。最初、蜥蜴に刺さったまま抜けなくて」


「見た」


「……そこもですか」


 リュカは、楽しそうにうなずいた。


 見られたくないところほど、よく見られている気がする。


     ◇


 ハルトが、弩へ革の覆いをかけ始めた。


 俺は少し迷ってから、口を開く。


「一回戦の二本目、俺も気づいてなかったです」


「弩?」


「はい。一本撃ったら、その間に行けるって思ってました」


 ハルトの手が止まった。


「予選で使う前に、来られたからね。あのときは」


 俺の脇腹へ、視線が向く。


「あそこからもう一回撃つつもりだったけど、踏み込みが早かった」


「……間に合って、よかった」


「俺は、よくなかったけど」


 笑いながら、覆いの留め具を閉じる。


 それからハルトは、俺とリュカを交互に見た。


「次、二人で戦うんだよね」


 その言葉で、少し静かになった。


 そうだ。


 飛ぶ練習の話をしていた相手が、次に俺へ炎を吐く。


 さっきまで苦労した大盾より、大きな体で。


 リュカも、俺の斧を見ていた。


「……バルドさんの盾、あそこまで曲がると思わなかった」


「俺もです」


「受ける側は、もっと思ってないだろうね」


 彼が自分の肩へ触れた。


「だから、斧はあんまり受けたくない」


「避けます?」


「できれば」


「……大きいのに」


「大きいからだよ」


 返されて、俺は少し考えた。


 当てやすい。


 そう思うのは、間違いじゃない。


 でも、相手も分かっている。


 翼を畳み、首を引き、前脚を動かしていた。


 斧なら通るかどうか。


 その前に、ちゃんと当てないといけない。


     ◇


 遠くで、会場案内の鐘が鳴った。


 リュカが杯を空にして、立ち上がる。


「少し、体を動かしてくる。次は人型からにするかも含めて、考えたいし」


「俺、準決勝は最初から龍かなって思ってました」


「修羅さんは、どっちがいい?」


 聞かれて、俺は顔を上げた。


 細身の剣士。


 大きな龍。


 どちらにも、やりづらさがある。


 少し考えてから、答えた。


「……大きいほう、一回やってみたいです」


 リュカが黙った。


 ハルトも、こちらを見る。


 俺は、付け足した。


「怖いですけど。あの鱗に、どこまで届くか」


 リュカは数秒して、笑った。


「そういうところ、配信で見たままだね」


「……そうですかね」


「うん。こっちは今、結構怖いこと言われたんだけど」


 俺も立ち上がり、斧を取った。


 刃先を下げたまま、右手を差し出す。


 リュカが、握り返した。


「いい試合にしよう」


「はい。よろしくお願いします」


 今は、普通の大きさの手だ。


 次に向き合うときには、あの爪になっているかもしれない。


 握手を終えると、ハルトが長椅子から手を上げた。


「どっちも、ちゃんと降参は聞いてね」


 俺たちは、同時に彼を見た。


「聞きます」


「もちろん」


 声が重なる。


 ハルトが笑い、リュカも笑った。


 俺も、少し肩の力が抜けた。


 通路の向こうから、拍手の音が聞こえる。


 先に舞台へ向かうのは、レオンとセレネ。


 その次が、俺たちだ。


 リュカと別れ、客席へ歩き出す。


 斧の重さが、手に残る。


 さっきまでより、相手の姿がはっきりしていた。


 大きな龍。


 でも、その中で考え、迷い、着地に失敗したことのある人。


 俺は柄を握り直した。


 次の試合は、きっと忘れられないものになる。


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