34話 決勝トーナメント8組目
●主人公視点
舞台の中央に、三本の石柱が立った。
その周りには、高さの違う岩。
林はない。
さっきの予選でフィーネが使っていたような、細い木の隙間もなかった。
俺は、頭上の組み合わせを見る。
【本戦一回戦・第八試合】
【フィーネ 対 リュカ】
隣で、ロックが盾を置き直した。
「最初から、龍になるんでしょうか」
「……どうでしょうね」
俺も、それは気になっていた。
人型では剣。
龍になれば、爪と牙と、炎。
同じ相手なのに、まるで違う戦いになる。
向かい側の扉が開いた。
リュカは、人型のまま出てきた。
◇
黒い髪。
革の上着。
腰には、片手剣。
彼は舞台へ出ると、柱の間隔を見た。
次に、反対側から歩いてくるフィーネ。
弓を持つ手。
腰の矢筒。
その本数まで、確かめているようだった。
『いよいよ、一回戦最後の対戦です!』
ミナの声が高くなる。
『予選で幼龍の姿を現したリュカ選手! 対するフィーネ選手は、その翼へ何本もの矢を通しました! 今度こそ、決着のときです!』
フィーネが、足を止めた。
リュカとの間に、十数歩。
「また、そちらの姿からですか」
彼女が聞く。
リュカは、少し笑った。
「小さいほうが、当たりにくいからね」
「当てにくいのは、困ります」
「さっき、十分当てたでしょう」
フィーネも、口元を緩めた。
ただ、指はもう矢へかかっていた。
リュカが剣を抜く。
俺は、膝へ手を置いた。
【試合開始】
◇
弦が鳴った。
リュカの剣が、顔の前へ上がる。
硬い音。
矢が、横へ弾かれた。
「お……!」
俺は身を乗り出した。
次の矢は、脚。
リュカが半歩ずれる。
靴の横へ、矢が刺さった。
彼は、そのまま前へ走った。
フィーネは下がる。
下がりながら、つがえる。
放つ。
剣が、また動いた。
完全には外れない。
リュカの左肩へ、矢が浅く入った。
顔が、わずかにしかめられる。
でも、足は止まらなかった。
「……人型でも、近づくつもりですね」
ロックがうなずいた。
リュカは、フィーネをまっすぐ追っていない。
岩の間を通る。
一本、柱を挟む。
矢が来ない時間を使って、少しずつ距離を詰めていた。
フィーネの足が、横へ動く。
柱の向こうへ。
リュカも、そちらを追った。
そこで、彼女の姿が消えた。
矢だけが、柱の横を抜けてくる。
リュカが剣を立てる。
肩へ、二本目。
さっきと、近い場所。
「……見えてないのに、撃つんですね」
俺は、矢の飛んできたところを見た。
柱の縁。
そこから、弓の先が少しだけ出ていた。
体を全部見せる必要はない。
射る側にも、遮蔽物は使える。
◇
リュカが、柱の手前で足を止めた。
追えば、また撃たれる。
回り込めば、その間に離れられる。
フィーネの靴が、反対側で床を擦った。
リュカが、剣を低く持つ。
右へ、一歩。
弓の先が、そちらへ向いた。
彼は、すぐに引いた。
左へ。
今度は走る。
フィーネが、距離を取ろうとした。
その前へ、剣が届く。
弓が、横へ逃げた。
彼女の上着の端が切れる。
リュカは、さらに踏み込んだ。
フィーネの手が、腰へ。
短刀。
剣を外へ流し、そのまま体を抜く。
長い耳の横を、リュカの刃が通った。
彼女が離れる。
リュカが追う。
でも、三歩目で間が開いた。
フィーネは、もう矢をつがえていた。
リュカが剣を引き戻す。
今度の矢は、腿へ入った。
足が、少し沈む。
『フィーネ選手、接近をしのぎました! リュカ選手も剣を届かせましたが、その後の一射で脚を負傷しています!』
俺は、彼の足元を見た。
あれでは、追い続けるのは難しい。
フィーネも、それを見ていた。
少し、距離を広げる。
弓を引く時間が、長くなった。
狙っている。
次は、深いところへ。
◇
リュカが、剣を鞘へ戻した。
フィーネの指が、弦を離す。
矢が飛んだ。
その途中で、リュカの肩が大きく膨らんだ。
革の上着が、光へほどける。
腕が地面へつき、指が長い爪へ変わった。
矢が、鱗を打つ。
弾かれた。
長い首が持ち上がる。
その向こうで、翼が開いた。
俺は、また少しだけ息を忘れた。
赤銅色の体が、石柱の間を満たしていた。
さっきまで人間の青年がいた場所に、龍がいる。
分かっていても、慣れない。
『ここで〈人化〉を解除! リュカ選手、幼龍の姿で勝負に出ます!』
歓声が、舞台を包んだ。
フィーネは、すでに動いていた。
驚いて、止まらない。
最初の矢が、翼へ向かう。
薄い膜を貫き、その向こうへ抜けた。
リュカの翼が、わずかに震える。
次の矢。
同じ場所。
今度は、手前で翼が畳まれた。
矢は、重なった鱗へ当たって落ちた。
俺は顔を上げた。
「……隠しましたね」
「予選で、狙われてましたから」
ロックが答える。
リュカも、覚えている。
ただ、同じことをされに来たわけじゃない。
◇
龍が、前へ出た。
爪が、石床を掻く。
フィーネは低い岩へ向かった。
その向こうへ回れば、体が隠れる。
リュカの喉に、赤い光。
俺は、顎を少し引いた。
炎が来る。
フィーネが、振り返りざまに矢を放つ。
狙いは、口。
予選では、それで一度止めた。
リュカは、顔を横へ振った。
口を、まだ開かない。
矢が頬を擦る。
その後で、顎が開いた。
炎が、岩へぶつかった。
赤いものが、表面をなめる。
端から、回り込む。
フィーネが飛び出した。
その先へ、龍の尾が来る。
彼女は跳んだ。
高く。
尾が、靴の下を抜ける。
着地しながら、矢。
リュカの首へ刺さる。
浅い。
彼女は、もう一射。
同じところへ。
龍が首を引いた。
赤い血が、鱗を伝う。
〈二本目、同じ傷狙った?〉
〈硬いところ避けてる〉
〈当てる精度すごいな〉
「……あれ、できるんですね」
俺は、自分の指を見た。
斧なら、一度入ったところへもう一度狙うことはある。
でも、動く相手へ、あの距離から。
フィーネは、弓を下げなかった。
◇
リュカは飛ばなかった。
予選では、空へ上がっていた。
でも、今は翼を体へ寄せたまま、歩いている。
岩へ近づく。
フィーネが離れる。
矢が、顔へ向く。
首を下げ、肩で受ける。
大きな体が、少しずつ前へ出た。
「……追い詰めるんですね」
舞台の端には、石柱。
その間には、逃げられる道がある。
ただ、全部を通れるわけじゃない。
リュカの尾が、地面へ置かれた。
長く、横へ。
フィーネが行こうとした場所を、ふさぐ。
彼女は向きを変えた。
反対へ。
そちらには、龍の顔。
喉が光る。
フィーネが、すぐに岩へ寄った。
だが、今度は炎が出なかった。
リュカが前へ出る。
岩の向こうへ、首を伸ばす。
牙。
フィーネが、身を低くした。
頭上で、硬い音がした。
岩が、欠ける。
その下を、彼女が走り抜けた。
通り際に、矢を放つ。
前脚の付け根へ。
リュカの体が、少し沈んだ。
『フィーネ選手、龍の足元を抜けました! 至近距離でも、矢を放ちます!』
会場が沸く。
でも、俺は息をつけなかった。
彼女が抜けた先で、翼が下りていた。
◇
フィーネが足を止めた。
赤銅色の、大きな翼。
床へ斜めに置かれ、前をふさいでいる。
その下へ潜る。
予選で、彼女はそうした。
今回も、体が低くなった。
リュカの翼が、動く。
下から上へ。
風が、床を走った。
フィーネの髪が舞い上がる。
前へ出した脚が、少し浮いた。
体が、思ったより遠くへ流れる。
その先へ、尾。
「っ!」
彼女は、弓を胸へ寄せた。
尾が、脇腹へ当たった。
体が横へ飛ぶ。
床へ落ち、転がる。
矢筒から、何本か矢がこぼれた。
俺は、思わず立ち上がりかけた。
リュカが、向き直る。
フィーネは、もう起きていた。
片膝。
弓を立てる。
息が、うまく吸えていないように見えた。
それでも、矢をつがえた。
◇
龍が、走った。
四本の脚が、床をたたく。
フィーネは、正面から矢を放った。
一射目。
肩。
二射目。
首。
リュカは止まらない。
三射目が、顔へ向く。
彼女の指が、弦を引き絞る。
俺は、矢の先を見た。
目だ。
リュカも、気づいた。
首を横へ振る。
矢が、目の下を切った。
血が散る。
龍の前脚が、落ちた。
フィーネは、外へ跳んだ。
爪が床を割る。
彼女は、その足の横へ着く。
短刀を抜いた。
前脚の裏。
鱗の薄いところへ、刃を突き込む。
リュカの声が、低く響いた。
体が、傾く。
フィーネは刃を抜き、さらに横へ。
もう少しで、背中へ回れる。
俺は、拳を握った。
けれど、リュカはその脚で踏ん張らなかった。
反対の翼が、広がる。
床を、強くたたいた。
大きな体が、半ば跳ぶように向きを変えた。
赤銅色の肩が、フィーネの前へ来る。
逃げる場所が、消えた。
◇
フィーネが、弓を手放した。
短刀を、両手で持つ。
目の前の体へ突き立てる。
リュカの鱗へ、刃が入った。
浅くはない。
でも、龍の体はまだ動いていた。
前脚が、彼女の足元へ回る。
爪を振るのではなく、逃げる側を塞ぐ。
背後には、石柱。
横には、翼。
フィーネの顔が、上がった。
長い首が、こちらへ曲がっている。
喉に、赤い光。
彼女は短刀を抜こうとした。
一度、引く。
抜けない。
すぐに離した。
腰を落とし、柱の反対へ走る。
炎が、放たれた。
太い流れではなかった。
短く、近い。
岩を回っても逃げきれない距離で、赤い光が彼女へ届いた。
フィーネの足が、止まる。
弓を拾うために伸ばした手が、床へついた。
その体を、光が包んだ。
【フィーネ選手、戦闘不能】
【勝者:リュカ】
◇
リュカは、すぐに口を閉じた。
炎が消える。
残った煙が、舞台を流れた。
大きな前脚が、ゆっくり床へ下りる。
その横に、フィーネの弓。
リュカは、それを踏まないよう足を引いた。
『決着です! 一回戦最後の勝者は、リュカ選手ーっ!』
歓声が上がった。
俺も、ようやく息を吐いた。
『フィーネ選手の矢を受けながらも、最後は逃げ道を塞いで接近! 爪だけでも、炎だけでもない! 全身を使った戦いで、幼龍がベスト8へ進みます!』
拍手が、会場へ広がる。
俺は、舞台を見た。
リュカの体には、矢が何本も刺さっていた。
片方の翼には穴。
目の下には、血の跡。
勝った。
でも、圧倒したわけではなかった。
あの矢が、もう少し上なら。
あの短刀が、もう少し深ければ。
龍の体が、光に包まれる。
大きな影が縮み、人型へ戻った。
リュカは、顔を押さえていた。
「……目、怖かった」
拾われた声に、客席から少し笑いが起きた。
俺も、つられて笑ってしまった。
分かる。
見ている俺まで、目を細めた。
◇
回復を終えたフィーネが、戻ってきた。
リュカは床の弓を拾おうとしたが、それより先に弓が光へ消えた。
彼女の手元へ、元どおりに戻る。
フィーネは弦を一度確かめ、それから顔を上げた。
「……同じところ、通りませんでしたね」
リュカが、肩をすくめる。
「一回、通られたから」
「翼の下、もう少し行けると思ったんですけど」
「僕も、また来るかもしれないと思ってた」
フィーネが、小さく息を吐いた。
少し悔しそうに、弓を抱え直す。
「次は、別のところを探します」
「それは、困るな」
リュカが笑った。
彼女も笑う。
差し出された手が、重なった。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。……矢、しばらく見たくない」
「次の相手、弩ですよ」
リュカが、顔を上げた。
頭上の組み合わせ。
そこへ、新しい名前が入る。
【準々決勝】
【ハルト 対 リュカ】
「……本当だ」
その声が、妙に真剣だった。
客席から、また笑いが起きた。
◇
ロックが、隣で身じろぎした。
俺が顔を向けると、彼は自分の盾を見ていた。
「龍の爪って、どのくらい重いんでしょうね」
「……試したいんですか?」
「少し」
俺は、舞台の傷を見た。
爪が削った、深い溝。
石の欠片が、まだ周りに落ちている。
「少しずつに、しましょう」
「はい。いきなりは、やりません」
それでも、やるつもりはあるらしい。
俺は笑って、背もたれへ体を預けた。
これで、一回戦が終わった。
十六人いた選手は、八人。
俺も、その中にいる。
頭上へ、次の組み合わせが並んだ。
【準々決勝】
【第一試合:レオン 対 ロック】
【第二試合:セレネ 対 ヴァイス】
【第三試合:修羅 対 バルド】
【第四試合:ハルト 対 リュカ】
俺は、自分の名前を見た。
隣に、バルド。
大盾。
槌。
サラの槍を受け、着地を打った相手。
さっきまで龍を見ていた頭が、少しずつ次の試合へ向いていく。
◇
『これにて、本戦一回戦の全試合が終了しました!』
ミナが、会場を見渡した。
『この後は休憩を挟み、準々決勝を開始いたします! 勝ち残った八名の選手へ、もう一度、大きな拍手をお願いします!』
音が、体へ届いた。
拍手。
歓声。
名前を呼ぶ声。
俺は、斧の柄へ手を置いた。
さっきノエルの風を受けた刃は、もうきれいに戻っている。
広い側面を見ながら、今度はその向こうの大盾を思い浮かべた。
押すだけで、動くだろうか。
動かなければ。
どうやって、次を作る。
「……ちょっと、立ってもいいですか」
ロックが顔を上げた。
「練習ですか?」
「振りません。持つところ、確かめたいだけです」
俺は席の横へ立った。
刃に近い位置を、右手で握る。
左は、少し下。
短く持つ。
長く持つ。
その間。
盾へ触れた後に、戻せる場所を探した。
ロックが、その手元を見ていた。
「……引きすぎないほうが、いいと思います」
「サラさん、押し返されてましたね」
「はい。それと、盾が動かなかったら、足も見てください」
俺は、顔を向けた。
「足?」
「盾を残すなら、体がそっちにあります」
ロックは、膝の盾を少し持ち上げた。
その裏へ、自分の体を寄せる。
俺は、しばらく見ていた。
盾を追う。
盾を動かす。
そう考えていたけれど。
その後ろには、必ず相手がいる。
「……ありがとうございます」
斧を下ろした。
全部、分かったわけではない。
でも、見るところが一つ増えた。
隣で、ロックが盾を置く。
その頭上にも、次の相手の名前がある。
レオン。
予選で、途中までしか戦えなかった相手だ。
俺は、彼へ顔を向けた。
「次、また最初ですね」
「……はい」
ロックの手が、鎚へ触れる。
「今度は、最後までやってきます」
静かな声だった。
俺はうなずいた。
「見てます」
休憩時間の案内が、もう一度響く。
俺たちは武器を持ち、並んで客席を出た。
次にここへ戻るときには、また一人、先へ進む。
その背中を、ちゃんと見ておこうと思った。




