32話 決勝トーナメント6組目
●主人公視点
水を飲み終えるころには、次の試合の案内が始まっていた。
俺は空になった杯を返し、斧を持ち上げる。
「戻りましょうか」
ロックがうなずいた。
ヴァイスは俺の脚へ目を向ける。
「もう痛まないのか」
「はい。全部、戻りました」
「便利だな」
「……本当に」
さっきまで風に切られていた脚で、普通に歩ける。
それでも、切られたときの感覚まで消えるわけではない。
自分の試合を思い返しながら階段を上がると、舞台にはもう、二人の選手が出てきていた。
大盾を持つ、バルド。
長槍を持つ、サラ。
次に俺と戦うのは、どちらかだ。
◇
今回の舞台は、低い段差が左右へ伸びていた。
中央には広い平地。
外側には、間隔を空けて石柱が並んでいる。
サラは足元を一度確かめ、その場で軽く跳ねた。
長い耳が揺れる。
着地の音は、小さい。
槍を持ち上げると、その切っ先がバルドへ向いた。
対するバルドは、大盾を左腕へ通していた。
革帯を締める。
握りを確かめる。
それから、右手の槌を肩へ置いた。
準備に、慌てたところがない。
『本戦一回戦、第六試合!』
ミナの声が響いた。
『跳躍と長槍で相手を翻弄する、サラ選手! 対するは、魔法の中でも歩みを止めなかった大盾使い、バルド選手です!』
サラが、少し笑った。
「上から、失礼しますね」
バルドは盾を持ち上げた。
「降りてくるときは、気をつけろ」
短い返事だった。
俺は、その言葉を聞いて舞台の床を見た。
跳べば、どこかへ着く。
当たり前のことなのに、少し引っかかった。
【試合開始】
◇
サラが、横へ走った。
速い。
槍先をバルドへ向けたまま、外側を回る。
バルドも、体を動かした。
追いかけてはいない。
その場で足を踏み替え、盾の正面だけを彼女へ向けている。
サラの槍が、伸びた。
顔。
盾が、わずかに上がる。
鉄に当たる音。
すぐに槍が引かれ、次は脚へ来た。
盾の下端が落ちる。
切っ先が、床へ弾かれた。
「……ほとんど、動かしてないですね」
俺が言うと、ロックが膝の盾を抱え直した。
「元から、隠れてるところが広いです」
バルドは、背が低い。
しかも、大盾だ。
人間相手なら顔と脚を振り分ける距離でも、あの盾なら少し動かすだけで間に合う。
サラが、さらに外へ回った。
槍を持つ手が滑る。
長く持ち、遠くから突く。
また、鉄が鳴った。
バルドの足は、下がらなかった。
◇
三度目の突きを外されたところで、サラが動きを変えた。
槍を引く。
地面を蹴る。
体が、高く上がった。
「お……!」
俺は顔を上げた。
バルドの盾より、上。
長い耳が空へ伸び、槍先が下を向く。
頭か、肩。
盾の上から、突き下ろすつもりだ。
バルドが、半歩だけ前へ出た。
大盾を、斜めに持ち上げる。
槍が、表面を滑った。
耳に響くような音がした。
サラの腕が、外へ流れる。
バルドは、空を見上げていなかった。
彼女の脚を見ていた。
着地するところへ、踏み込む。
盾が、下から前へ動いた。
サラの足が床へ触れた瞬間、体へ鉄の縁が当たった。
「っ!」
体が、後ろへ飛ぶ。
槍の柄を床へつき、どうにか倒れるのを防ぐ。
その前脚へ、槌が来た。
低く、短く。
脛へ当たる。
サラが顔をしかめ、すぐに跳び退いた。
『バルド選手、着地へ合わせました! サラ選手の跳躍を、盾で受けてから押し返します!』
会場から、声が上がる。
俺はバルドの足元を見ていた。
追って、振ったわけではない。
先に、その場所へいた。
「……降りるところ、ですか」
ロックが、静かにうなずいた。
◇
サラは距離を取り、傷めた脚を一度だけ動かした。
立てている。
でも、さっきみたいに軽くは跳ねなかった。
バルドは、その間に舞台の中央へ戻っていた。
盾を前へ。
槌は、その横へ隠す。
来るなら、どうぞ。
そういう構えだった。
サラが、息を吐いた。
今度は跳ばない。
低く腰を落とし、槍を短く持ち直した。
切っ先が、盾の縁へ近づく。
一度、触れる。
引く。
次は、少し深く。
バルドの盾が動いたところへ、槍先が横へ滑った。
右腕。
槌を持つ側。
そこへ、突く。
小さな火花が散った。
槍先へ、槌が当たっていた。
サラが引く。
バルドが、一歩出る。
盾が、近づく。
彼女はすぐ後ろへ下がり、間合いを戻した。
〈右も塞ぐのか〉
〈サラ、刺すところないな〉
〈槍だときつそう〉
俺も、そう思った。
短く持てば、少し扱いやすくなる。
でも、そのぶん大盾が近い。
長く持てば、槍先を動かされる。
サラは、どちらも試していた。
そのたびに、バルドが立つ場所は変わらない。
◇
槍が、もう一度出た。
今度は、突きではなかった。
先端が、盾の上へかかる。
サラが柄を引き、盾を傾けようとした。
俺は、思わず自分の斧を見た。
予選で、俺も似たことをした。
盾を開く。
その向こうへ、刃を通す。
バルドの体が、少し沈んだ。
「〈重心固定〉」
短い声。
足が、床へ落ち着く。
サラが、さらに引いた。
肩へ力が入る。
盾は、動かなかった。
彼女の前脚だけが、少し滑った。
その瞬間、バルドが盾を押し出した。
引いていた槍へ、重さが返る。
サラの腕が詰まった。
柄が、胸へ近づく。
バルドの槌が、その手元をたたいた。
片手が、槍から離れた。
「――っ!」
サラはすぐに柄を引き寄せ、横へ跳ぶ。
槌の二撃目が、空を切った。
床へ着き、また距離を取る。
バルドは追いかけず、盾を戻した。
俺は、背もたれから体を起こした。
「……今、全然動きませんでしたね」
「引かれるのを、待ってました」
ロックが言った。
「引いた腕は、急には押せないので」
俺は、自分の左手を開いた。
力を入れて引いているところへ、反対から押される。
柄を握っているだけに、逃げにくい。
あの盾へ斧をかければ、俺も同じことになるだろうか。
◇
サラの呼吸が、少し大きくなっていた。
バルドは、まだ動かない。
盾の表には、槍がつけた細い傷が増えている。
けれど、その後ろの体には、ほとんど傷がない。
サラが槍先を下げた。
長い耳が、一度後ろへ倒れる。
それから、前へ。
「……もう一つ、いきます」
声が拾われた。
バルドは返事をせず、槌を少し持ち直す。
サラが走った。
中央へ、まっすぐ。
槍が、顔を狙う。
盾が上がる。
彼女は、その手前で足を踏み替えた。
左へ。
バルドの、盾を持つ側へ回る。
長い槍を短く引き、体へ沿わせる。
今度こそ、横へ入るつもりだ。
バルドの足が、動いた。
左を軸に、右を回す。
大盾の正面が、サラを追った。
槍を出す場所が、消える。
サラは止まらなかった。
低くなり、足を払うように槍を振った。
柄が、バルドの脚へ向かう。
盾が、床へ落ちた。
鉄の下端へ、木がぶつかる。
止まった。
その上から、槌。
サラは槍を離した。
右手だけで後ろへ引こうとする。
遅い。
柄が盾と槌の間に押さえられた。
『バルド選手、槍を捕らえました! サラ選手、武器を取り戻せるか!』
客席が、ざわめいた。
俺は、ロックの試合を思い出した。
槍を捕まえる。
同じことに見える。
でも、バルドは肩へ刺させていない。
盾の前で、止めていた。
◇
サラが、槍を手放した。
迷いは、短かった。
腰から、小さな刃を抜く。
バルドは、そこで前へ出た。
足元へ槍を落とす。
盾を、体の前へ寄せる。
サラが横へ動く。
その先へ、大盾。
短い刃が、鉄を擦った。
中へ、入れない。
バルドの槌が、低く振られる。
彼女は脚を引いた。
その動きへ、盾が来た。
胸へ。
息が漏れる。
体が、後ろへ押された。
バルドは、もう一歩。
盾を押しつけたまま、槌を体の横へ戻した。
サラが、跳んだ。
上へ。
さっき傷めた脚を使って、それでも高く。
盾の上を越え、背後へ回る。
俺は顔を上げた。
今度は、バルドも前へ出ない。
その場で、向きを変えた。
盾が、空へ傾く。
サラの片足が、上端へ触れた。
蹴って、抜けようとする。
バルドの左腕が、短く伸びた。
踏むはずだった盾が、彼女の足を押し上げる。
体が、空中で傾いた。
「……あ」
着地する場所が、ずれた。
サラが腕を伸ばす。
床へ手をつく。
その横へ、バルドがいた。
◇
槌が、肩へ落ちた。
鈍い音。
サラの腕が、折れるように沈む。
短い刃が床へ当たった。
それでも、体を転がして離れようとする。
盾が、その進路へ置かれた。
低い壁。
彼女の足が止まる。
バルドの槌が、もう一度上がった。
「〈砕打〉」
手元から、重い音が響いた。
サラの体が、光へ変わる。
【サラ選手、戦闘不能】
【勝者:バルド】
合図が、会場へ通った。
◇
バルドは、槌をすぐに振り上げ直さなかった。
盾を下ろし、相手の消えた場所を見る。
それから、短く息を吐いた。
予選で魔法を受けながら進んでいたときと、あまり変わらない顔だった。
『決着です! バルド選手、ベスト8へ進出!』
ミナの声が、拍手の上へ響く。
『サラ選手の速度も跳躍も、最後まで崩せませんでした! 大盾の守りから、確実な反撃! バルド選手が試合を制しました!』
俺は、少し遅れて手をたたいた。
サラは、何もしていなかったわけじゃない。
高いところも、低いところも狙った。
盾を引き、横へ回り、武器を手放してまで近づいた。
でも、その先にはいつも、大盾があった。
「……相性、悪かったんですかね」
隣で、ロックがうなずいた。
「槍で動かしたい盾が、動かなかったので」
俺は舞台の床を見る。
落とされた槍が、光の中で元へ戻っていく。
「跳んでも、着くところは見られてましたね」
「はい。バルドさん、上の体より、足を見てました」
着地。
そこで攻撃しようと思えば、脚を残さないといけない。
サラは、その脚を最初に打たれていた。
俺は、最初の槌の一撃を思い出した。
あれから、動きが少しずつ変わっていた。
◇
回復したサラが、舞台へ戻ってくる。
槍を受け取り、両手で持ち直した。
バルドの前で、切っ先を少し上げる。
「……どこ、刺せばよかったですかね」
半分、冗談みたいな声だった。
バルドは盾へ目を落とす。
「今の持ち方なら、無理に刺すな」
「それ、試合中に聞きたかったな」
サラが笑った。
少し悔しそうだった。
バルドも、口元を緩める。
「長い武器だ。先を触らせすぎるな。持ってるところまで、伝わる」
槍先。
柄。
握っている手。
サラは、自分の武器を順番に見た。
それから、うなずく。
「次は、もう少し嫌な使い方します」
「来い」
大きな手が、差し出された。
サラが握り返す。
二人が舞台を下り始めると、頭上の組み合わせが更新された。
【準々決勝】
【修羅 対 バルド】
俺の名前の横へ、大盾使いの名前が入った。
◇
俺は、斧の柄へ手を置いた。
ノエルの風壁は、押し通れた。
でも、あの盾はどうだろう。
脚を地面へ落とし、全身で構えたバルド。
斧をかけても、動かなければ。
振り下ろしたところを、槌で手元へ返されたら。
〈次バルドか!〉
〈斧対大盾きた〉
〈どっちが押し勝つんだ〉
コメントが流れる。
俺は、画面を見た。
「……力比べだけには、してくれなさそうですね」
ロックが、こちらを向いた。
俺は続ける。
「サラさんが引いたところ、押し返してました。あれ、斧でもやられたら嫌です」
「刃がかかるなら、返せるところも増えますから」
ロックの目が、俺の大戦斧へ向く。
広い刃。
短く持っても、あの盾よりは小さい。
俺は、一度手を開いた。
握り直す。
見ておいてよかった。
何も知らずに正面へ振っていたら、きっと同じように捕まる。
◇
バルドが選手用通路へ戻る前に、客席へ顔を上げた。
こちらを探しているように見えたので、俺は立ち上がった。
目が合う。
向こうが、片手を上げた。
俺も、上げ返す。
言葉は聞こえなかった。
でも、次はお前だと言われた気がした。
俺は、斧の柄を軽く持ち上げて応えた。
バルドの顔が、少し笑った。
それから、扉の向こうへ消えた。
「……楽しみ、ですね」
口に出す。
さっきまでの試合を見て、簡単に勝てるとは思えない。
あの盾の裏へ、どう入るか。
それを考え始めると、落ち着かなくなってきた。
隣でロックが、膝の盾を一度たたいた。
「俺も、楽しみです」
「……盾を使う側として?」
「はい」
即答だった。
俺は笑って、座り直した。
◇
『続く第七試合! ミリア選手、ハルト選手は、準備エリアへお越しください!』
舞台の上で、地形がまた動き始めた。
双短剣のミリア。
弩と片手剣のハルト。
近づきたい側と、近づかせたくない側。
俺の脇腹へ矢を当てた男が、今度はあの素早い獣人と戦う。
どちらが勝っても、その先へ進む。
俺は斧を脚の間へ立て直し、顔を上げた。
盾へ挑む方法は、もう少し考えておこう。
今は、次の試合だ。




