↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/137

31話 決勝トーナメント5組目

●主人公視点


 扉を抜けると、歓声が体へ当たった。


 予選のときも、大きかった。


 でも、今度は舞台に二人だけだ。


 どこを見ても、こちらへ顔が向いている。


「……すごいですね」


〈修羅、手振って!〉

〈頑張れ!〉

〈斧見せてくれー!〉


 歓声を受けて、片手を上げかけて、やめた。


 斧を持っている。


 今は、両手で持っていたほうが落ち着く。


 軽く頭を下げ、中央へ向かった。


 舞台には、高さの違う岩が並んでいた。


 低いものは、膝ほど。


 中央の大きな岩は、俺の胸より高い。


 その向こうに、ノエルが立っている。


 細い杖を持つ手が、静かだった。


「よろしくお願いします」


 俺が言うと、ノエルは会釈した。


「こちらこそ」


 視線が、俺の斧へ落ちる。


「やはり、大きいですね」


「……そちらまで、持っていくつもりです」


 ノエルが、少し笑った。


「では、遠くにいていただけるように頑張ります」


 杖が、上がる。


 俺も、足を開いた。


【本戦一回戦・第五試合】


【修羅 対 ノエル】


 呼吸を、一つ。


【試合開始】


     ◇


 最初の一歩を出す前に、風が来た。


 頬へ、細いものが触れる。


「っ!」


 右へ動く。


 少し遅れて、背後の岩に白い傷が入った。


 風刃。


 見えにくいとは聞いていた。


 でも、これは。


 光の筋を探していたら、間に合わない。


 ノエルの杖先が、左へ動く。


 俺は岩の陰へ入った。


 石を削る音。


 欠片が、肩へ落ちる。


「……はい」


 返事をしながら、斧を持つ位置を変えた。


 右手を、刃へ近づける。


 岩の横から、少し顔を出す。


 ノエルは、もう移動していた。


 足が、床からわずかに浮いている。


 滑るように、岩の向こうへ。


「……それ、足音しないんですね」


 思わず漏れた。


 向こうから、声が返る。


「便利ですよ」


 杖が、光った。


 俺は、頭を引っ込めた。


     ◇


 このまま隠れていても、勝てない。


 俺は岩の反対側へ回り、足元を確かめた。


 前に一つ。


 右に、低い岩。


 ノエルまでは、十歩くらい。


 行ける。


 そう思って、走り出した。


 すぐに杖が向く。


 細い風が、脚へ来た。


 俺は膝を上げ、岩を越える。


 着地。


 その瞬間、足元から空気が持ち上がった。


「うおっ!」


 体が、浮く。


 ほんの少し。


 でも、踏むはずだった床が遠くなった。


 そこへ、風刃。


 左腕に、熱い痛みが走る。


 俺は転がるように着地し、斧を引き寄せた。


【HP:746/814】


 ノエルは、さらに離れていた。


 追いかけるだけで、距離が開く。


「……なるほど」


 口に出す。


 浮歩で下がる。


 近づけば、足元を浮かせる。


 その間に、切る。


 さっきレオンが言っていたとおりだった。


 踏み込む足を、残してくれない。


     ◇


 ノエルが、杖を胸の前へ引いた。


 その先に、薄い光が集まる。


 一本。


 さらに、もう一本。


 矢みたいな形だった。


 弓から放つものではない。


 細く絞られた風が、杖の周りで震えている。


『ノエル選手、ここで風の矢を形成します! 細い刃を重ね、逃げる方向を絞る攻撃です!』


 ミナの声が聞こえた。


 俺は、斧を構える。


 一本目が、飛んだ。


 横へ。


 二本目。


 そちらへ避けると、三本目が来る。


 右肩へ、衝撃。


「っ……!」


 鱗の防具が、硬い音を立てた。


 腕は、動く。


 次の一本が、顔へ来た。


 反射的に、斧を持ち上げた。


 広い刃の側面。


 そこへ、風の矢が当たる。


 高い音が、手元で鳴った。


 柄が、少し震えた。


 俺の足は、下がらなかった。


「……あ」


 斧を見る。


 幅の広い、分厚い刃。


 さっきの一発を受けても、形は変わっていない。


 顔の前へ、もう少し寄せてみた。


 刃の横から、ノエルの姿が見える。


 向こうも、こちらを見ていた。


 俺は、柄を握り直した。


 左右に振られれば、全部は防げない。


 でも、今の風なら。


 少なくとも、真正面から顔へ来るものは。


「……試してみますか」


     ◇


 俺は、前へ出た。


 走らない。


 まず、一歩。


 斧の刃を、顔と胸の前へ。


 次の風の矢が、来る。


 鉄が鳴った。


 手のひらへ、衝撃。


 でも、進める。


 もう一歩。


 ノエルの眉が、わずかに動いた。


 杖先が下がる。


 脚。


 細い風が、脛当てへ当たった。


 痛い。


 鱗の隙間へ、刃が入る。


 それでも、脚は折れなかった。


 俺は、もう一歩出した。


「……痛いですけど」


 息を吐く。


 ガルゼンの斧。


 あの一撃を受けたときは、体ごと持っていかれた。


 今は、違う。


 切られる。


 傷はつく。


 でも、足を前へ出せる。


「止まるほどじゃ、ないですね」


 首元へ、意識を向けた。


「〈鬼力〉」


 熱が、胸から広がった。


 斧が軽くなる。


 脚へ、力が入る。


 俺は、腰を落とした。


     ◇


 ノエルが、後ろへ動く。


 浮歩。


 足が床を離れ、岩の横へ流れる。


 その杖から、風の矢が続けて放たれた。


 一本。


 二本。


 斧の刃が、鳴る。


 三本目は、肩へ。


 四本目は、腿。


 体へ、痛みが増える。


 でも、俺は走り始めていた。


 刃を前に。


 柄を両手で引きつける。


 低い岩は、踏み越える。


 ノエルが右へ動けば、俺もそちらへ。


 細かく避けるのを、やめた。


 顔と胸だけ、守る。


 あとは、進む。


 ノエルの足元が、近づく。


 杖が、下へ振られた。


 床の砂が、舞い上がる。


 また、浮かされる。


 俺は走る足を止め、両脚を床へ落とした。


「〈踏ん張り〉!」


 風が、下から来た。


 胴当ての裾が、持ち上がる。


 足の裏が、軽くなる。


 それでも、膝を曲げたまま耐えた。


 体が横へずれる。


 靴底が、床を擦る。


 俺は歯を食いしばり、前脚へ重さを戻した。


 立っている。


 まだ、地面へ足がついていた。


「……今度は、浮きませんよ」


 ノエルの顔から、笑みが消えた。


     ◇


『前進を止めません!』


 ミナの声が、会場へ響いた。


『修羅選手、大戦斧を盾のように構え、風の矢の中を進んでいます! ノエル選手の攻撃は当たっている! それでも、止まらない!』


 俺は、声を遠くに聞いていた。


 目の前の杖。


 足の位置。


 次に向かう場所。


 見るものを、そこへ絞る。


 風の矢が、刃へ当たる。


 腕へ来た一本が、籠手の革を切った。


 無視する。


 あと、四歩。


 ノエルの背後に、岩。


 右へ動く。


 俺は、その出口へ足を向けた。


 杖が、横へ振られる。


 目の前に、空気の壁ができた。


 砂ぼこりが、薄い幕のように立ち上がる。


「〈風壁〉!」


 近づいた斧の刃が、押された。


 腕へ、重さ。


 足が、少し鈍る。


 向こうでは、ノエルが次の岩へ移ろうとしていた。


 ここで止まれば、また最初から。


 俺は、左足を前へ置いた。


 肩を、斧の後ろへ。


「……悪いですけど」


 両腕へ力を込める。


 押す。


「今日は、そっちまで行きます」


     ◇


 風が、顔の横を鳴った。


 斧の側面へ、見えない力が当たっている。


 後ろへ押し返そうとする。


 俺は、さらに腰を落とした。


 右足で、床を蹴る。


「〈踏み込み〉!」


 重い刃が、前へ動いた。


 風の幕が、へこんだ。


 一歩。


 腕が伸びる。


 その先で、砂が一気にはじけた。


 体が、壁の向こうへ抜ける。


 ノエルが、目を見開いた。


 もう、近い。


 俺は斧を前へ出したまま、肩から入った。


 刃の側面が、杖へ当たる。


 杖が外へ流れた。


 その向こうへ、俺の体が届く。


 鈍い衝撃。


 ノエルの足が、床から離れた。


 背後の岩へ、肩がぶつかる。


 俺も、そこで止まった。


 斧を、両手で引き戻す。


 ようやく、届く場所だ。


 ノエルが、杖を上げる。


 赤い傷の走る右手。


 その先に、薄い風の刃が生まれた。


 俺は、斧を短く持った。


     ◇


 風刃が、頬を切った。


 近いぶん、避けきれない。


 でも、杖の戻る先も見える。


 俺は柄を、その横へ当てた。


 押す。


 杖先が外れる。


 右脇へ、斧を振った。


 ノエルが、体を浮かせた。


 刃が上着を裂く。


 浅い。


 そのまま、俺の横を抜けようとする。


 俺は振り切らず、柄を戻した。


 先端を、胸へ。


 ノエルが息を漏らした。


 浮いていた体が、床へ落ちる。


 靴が、石を擦った。


 逃がしたくない。


 俺は、前へ出た。


 斧を肩へ。


 ノエルが杖を立てる。


 受けるつもりではない。


 その前に、風を作る。


 分かった。


 でも、止めなかった。


「〈鬼装〉」


 刃へ、赤い光が走った。


 風の膜が、斧へぶつかる。


 俺は、両手を振り下ろした。


 重さを、最後まで通す。


 薄い壁が裂けた。


 刃が、肩口へ入った。


     ◇


 ノエルの体が、膝から崩れた。


 杖が床をたたく。


 俺は、斧を引き抜いた。


 まだ、光にならない。


 構えを戻す。


 呼吸が、喉へ引っかかった。


 目の前で、ノエルが顔を上げる。


 杖を、握っている。


 俺は、もう一度踏み込んだ。


 風が、床を走る。


 右の脛へ、鋭い痛み。


 膝が揺れた。


 それでも、足をつけた。


 斧の刃を、顔の前へ寄せる。


 最後の風の矢が、鉄へ砕けた。


 そこから、短く。


 横へ。


 赤い刃が、ノエルの胴を通った。


【ノエル選手、戦闘不能】


【勝者:修羅】


 光が、目の前を満たした。


 俺は斧を引きつけたまま、止まった。


 息を吸う。


 吐く。


 もう、風は来なかった。


     ◇


『決着ーっ!』


 会場の音が、一気に戻ってきた。


『修羅選手、ベスト8進出です! 大戦斧を盾に、魔法の正面を突破しました!』


 歓声が、降ってくる。


 俺は斧を下ろし、膝へ手をついた。


 腕が、じんじんしていた。


 斧に当たった風の衝撃が、まだ残っている。


【HP:392/814】


 ……半分、減ってる。


 倒した直後に喰命が働いて、それでこれだ。


「……普通に、痛かったですよ」


 声に出すと、少し笑ってしまった。


 矢をものともせず。


 そう見えたのかもしれない。


 実際は、当たるたびに痛かったし、脚が動くかどうかも気にしていた。


 でも、止まるほどではなかった。


 だから、進んだ。


 今まで上げてきた筋力。


 耐久。


 職人に作り直してもらった防具。


 ガルゼンから取った、この斧。


 全部、役に立った。


「……頑張って、準備してきてよかったですね」


 刃を持ち上げる。


 広い側面に、細かい傷が何本も走っていた。


 試合後には戻る。


 それでも、指で確かめたくなった。


     ◇


 回復が終わるころ、ノエルが舞台の端へ戻ってきた。


 上着も杖も、元どおり。


 俺のほうへ歩いてくる。


 さっきより少しだけ、困った顔をしていた。


「……本当に、持ってきましたね」


 視線が、斧へ落ちる。


 俺は、息を整えてから答えた。


「近づく方法、ほかに思いつかなくて」


「いえ。あれは、困りました」


 ノエルは自分の杖を見た。


「避けてもらうつもりで撃ったものを、受けて来られると。次の場所を、作りきれませんでした」


 俺は、最初に切られた腕へ触れた。


 傷はない。


 でも、あの見えにくい刃は覚えている。


「最初、全然見えませんでした。風のやつ」


「途中から、あまり避けませんでしたね」


「……避けるの、諦めました」


 少し間があった。


 ノエルが笑った。


 俺も、つられて笑う。


「次は、もう少し違う攻め方を考えます」


「俺は……もう少し、食らわないようにしたいです」


 手が差し出される。


 俺は斧を左へ寄せ、右手で握った。


「ありがとうございました」


「こちらこそ。次も、頑張ってください」


 細い指が離れる。


 会場から、また拍手が聞こえた。


     ◇


 扉へ戻る途中で、トーナメントの表示が更新された。


【準々決勝進出:修羅】


 自分の名前が、一つ先へ進む。


 その下には、二つの名前。


【バルド 対 サラ】


 盾と槌。


 長い槍と、跳ぶ脚。


 次の相手は、どちらかだ。


 俺は一度立ち止まり、その枠を見た。


 四勝。


 優勝まで、四つ必要だった。


 ようやく、一つ。


「……まだ、ありますね」


 俺は、扉の向こうへ目を向けた。


 通路の奥に、小さな石の姿が見える。


 隣には、白い狼もいた。


 ロックが手を上げる。


 ヴァイスは、俺の斧を見た。


「風、捕まえたか」


 俺は、柄を持ち直した。


「……押し通りました」


 白い狼が、短く笑った。


「見てた」


 それを聞いて、ようやく肩の力が抜けた。


 俺は二人のところまで歩き、壁へ斧を立てかけた。


「ちょっと、水飲んでいいですか」


 ロックが、用意していた杯を差し出してくれた。


 両手で受け取る。


 冷たい水が、喉へ落ちた。


 うまい。


 今日、何度そう思ったか分からない。


 杯を下ろし、俺はもう一度、舞台のほうを見た。


 次の試合も、見ておこう。


 まだ、この斧を下ろして帰るつもりはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。