↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/143

29話 決勝トーナメント 3回戦

●主人公視点


 ロックが戻ってきたとき、俺はもう一度立ち上がった。


「おめでとうございます」


「……ありがとうございます」


 返事の後に、少し間があった。


 石の顔は、表情が分かりにくい。


 それでも、鎚の柄を何度も握り直しているのを見て、まだ試合の中にいるんだろうなと思った。


「最後、盾を落とすと思いませんでした」


「持ち上がらなくて。だったら、邪魔になるところへ置こうと思ったんです」


「……それ、試合中に?」


 ロックがうなずく。


 俺は、少し笑った。


「すごいですね」


「でも、次はレオンさんです」


 顔が、頭上の組み合わせへ向く。


 俺も見た。


 レオンと、ロック。


 さっき決まったばかりの対戦だ。


「まず、座りましょう。次、始まります」


 言うと、ロックは盾を下ろした。


 その横で、ヴァイスが立ち上がる。


 白い体を一度伸ばし、首を動かした。


「俺は、準備してくる」


「もう、行くんですか?」


「次の次だ。歩く時間くらい、取っておく」


 そう言って、通路へ向かう。


 俺は、その背中へ声をかけた。


「頑張ってください」


 ヴァイスは振り返らず、尾を一度だけ振った。


     ◇


 舞台の端から、低い石壁が沈んでいく。


 代わりに、床の一部が持ち上がった。


 膝ほどの段差。


 大きな岩が二つ。


 中央は開けているが、左右で地面の高さが違う。


 俺は、その配置を目で追った。


 走る相手には、足場が気になる。


 魔法を使う相手には、岩が使えそうだ。


 ただ、その裏へ隠れたら、次にどこへ出るかも読まれる。


 セレネの戦いを見た後だと、岩があるだけでは安心できなかった。


『本戦一回戦、第三試合!』


 会場へ、ミナの声が響く。


『炎と氷を操る魔法使い、セレネ選手! 対するは、剣と小盾で相手へ食らいつく犬人、ジン選手です!』


 向かい合う扉が、開いた。


     ◇


 ジンは、歩きながら小盾の位置を確かめていた。


 左肘を曲げる。


 右手の剣を軽く動かす。


 茶色い耳が、前へ向いている。


 視線は、もうセレネから離れなかった。


 対するセレネは、舞台へ足をつけると、まず左右を見た。


 岩。


 段差。


 それから、ジン。


 杖を両手で持ち、静かに構える。


「……走って、詰めるんでしょうね」


 俺が言うと、ロックがうなずいた。


「予選でも、ヴァイスさんを最後まで追ってました」


 あの速さを追える脚。


 それなら、魔法使いへ近づくのも早いはずだ。


 ただ、セレネもそれは分かっている。


 ジンが、少し腰を落とした。


「近づかせてもらいます」


 宣言するように言う。


 セレネは、小さく笑った。


「できれば、そこにいてほしいんですけど」


「それだと、俺が困るので」


 短いやり取りに、客席から笑いが起きた。


 けれど、二人の構えは変わらなかった。


【試合開始まで、3秒】


 ジンの前足が、石床へ沈むように力を込める。


 二。


 セレネの杖先に、赤い光。


 一。


【試合開始】


     ◇


 火球が飛んだ。


 ジンは、すでに走っていた。


 真正面ではない。


 右へ斜めに進み、炎の脇を抜ける。


 次の火球。


 今度は、進む先へ。


 ジンが小盾を上げた。


 爆ぜた炎が、盾の縁から散る。


 左腕が少し後ろへ流れた。


 でも、足は止まらない。


「……盾で抜けた」


 俺は身を乗り出した。


 セレネの前へ、霜が走る。


 白い地面。


 ジンは、その手前で歩幅を縮めた。


 跳ばない。


 低い段差へ片足を置き、そこから横へ。


 凍った場所を避け、岩の外側へ回り込む。


〈跳ばなかったな〉

〈予選見てきてる〉

〈着地点狙われるからか〉


 セレネが、杖を引いた。


 岩の反対側へ下がる。


 ジンが追う。


 その行く先へ、地面から氷が突き出した。


 一本の柱。


 ジンの足が止まる。


 そこで、火球。


「っ!」


 ジンは体を低くし、盾を斜めに向けた。


 炎が、頭の上へ抜ける。


 頬が赤く照らされた。


 それでも、剣は下がらない。


 氷柱の横を通り、もう一歩。


 セレネの杖へ、剣が届いた。


     ◇


 木と鉄が、ぶつかった。


 杖先が、外へ流れる。


 ジンの左肩が前へ出た。


 小盾。


 セレネの胸へ当たり、体を押した。


 彼女の足が、後ろへずれる。


 続けて、剣。


 脇腹へ、刃が通った。


 セレネの顔が、しかめられた。


『ジン選手、接近しました! 魔法を避けるだけではなく、盾でしのぎながら前へ出ています!』


 歓声が上がる。


 俺も、思わず拳を握った。


 近づいた。


 あそこまで行けば、剣が届く。


 ただ。


 セレネの杖が、下を向いていた。


「……足元」


 俺の声に重なるように、白い霜が広がった。


 ジンの靴が、滑る。


 前へ出ようとした体が、一瞬だけ止まった。


 セレネは杖を引き寄せ、床へ先端を向ける。


 氷柱。


 二人の間へ、白いものがせり上がった。


 ジンの剣が、氷へ食い込む。


 その向こうへ、セレネが下がる。


 小さな炎が、柱の横から飛び出した。


 ジンが盾を戻した。


 間に合った。


 でも、距離はまた開いていた。


     ◇


 ジンは、氷へ刺さった剣を引き抜いた。


 刃を見ず、相手を追う。


 セレネは、左手で脇腹を一度押さえた。


 傷は、浅くなさそうだった。


 杖を持ち直すと、今度は段差の高い側へ向かった。


「……上、取りますね」


 ロックが言った。


 少し高いだけでも、脚を狙う魔法は見づらくなる。


 ジンが下から近づけば、足を上げる必要がある。


 その一瞬を、セレネは待つつもりなのかもしれない。


 ジンも、すぐには上がらなかった。


 段差の下を、横へ走る。


 セレネの杖が追う。


 火球。


 ジンは岩へ寄り、身を隠した。


 炎が岩をたたく。


 次を撃つため、杖先が明るくなる。


 その前に、ジンが飛び出した。


 さっきとは、反対側。


 低い姿勢で走り、段差へ手をかける。


 小盾の縁で体を支え、脚を持ち上げた。


 地面へ、霜。


 セレネが狙う。


 ジンは、すぐには着かなかった。


 段差の縁を蹴り、横へ抜けた。


 杖先が動く。


 火球が、追う。


 小盾が、その間へ入った。


 炎を受けながら、ジンが着地する。


 膝が沈む。


 そこから、前へ。


 セレネの目が、わずかに開いた。


「……速い!」


 俺は、膝から手を離せなかった。


 ジンの剣が振られる。


 セレネは後ろへ下がり、杖で刃を外した。


 完全には逃げきれない。


 肩口へ、赤い線が走る。


 ジンの盾が、また前へ出た。


 セレネが、横へ逃げる。


 その方向へ、ジンの足が動いた。


「〈追走〉!」


 距離が、離れない。


     ◇


 右へ。


 セレネが動けば、ジンも右へ。


 杖を向ければ、小盾が上がる。


 魔法を撃とうとした手元へ、剣が伸びる。


 火球が、上へ逸れた。


 セレネの髪が、熱い風で揺れる。


「……ついていきますね」


 俺の言葉に、ロックが短く答えた。


「戻す暇を、あげてないです」


 予選で、ヴァイスを追っていたときもそうだった。


 攻撃を外しても、追う。


 向きを変えられても、追う。


 ジンは、小盾を大きく出さなかった。


 自分の顔と胸を守れるところへ残し、剣だけを短く使う。


 セレネは杖を体へ引きつけた。


 次の霜が、地面を走る。


 ジンが、それを見た。


 すぐに脚を引く。


 踏まない。


 白い地面の外へ出る。


 セレネの杖が、その先へ向いた。


 ジンの足が止まる。


 火球。


 小盾で受けた。


 重い音とともに、左腕が開いた。


 その隙に、彼女は二歩離れた。


 ジンが追おうとして、片膝をついた。


 俺は、足元を見た。


 靴の端に、氷がついている。


 完全には、避けられていなかった。


 ジンは剣を支えに立ち上がり、地面へ足を打ちつけた。


 氷が砕ける。


 その間に、セレネの前へもう一本、氷柱が立った。


     ◇


 少しだけ、二人の間に時間ができた。


 ジンの呼吸が、深い。


 盾の表面は黒く焦げ、縁の革がめくれている。


 セレネも、肩を上下させていた。


 右腕の袖が赤く染まっている。


 見た目には、ジンが押している。


 けれど、俺は先ほどの足を見ていた。


 あの一度の遅れで、距離が戻った。


 それがもう一度起きたら。


〈ジンかなり削ってるぞ〉

〈セレネ、近距離きつそう〉

〈でも追走もスタミナ使うよな〉


 俺は、二人の足へ視線を落とした。


 ジンは、まだ前へ出られる。


 セレネも、まだ逃げる脚がある。


 どっちが先に、間に合わなくなるのか。


 ジンが、盾を少し下げた。


 息を吐く。


 剣先が、相手の胸へ向く。


「もう一回」


 小さな声が、拾われた。


 セレネは、返事をしなかった。


 ただ、杖を握る手に力が入った。


     ◇


 ジンが走った。


 氷柱の右へ向かう。


 セレネが杖を動かした。


 そこへ、火球。


 ジンは、柱の前で方向を変えた。


 左。


 隠れていた肩が、反対側へ出る。


 セレネの杖が戻る。


 間に合わない。


 剣が、杖の柄をたたいた。


 右手が、外へ開く。


 ジンが踏み込んだ。


 盾を、胸へ。


「〈盾打ち〉!」


 鈍い音。


 セレネの上体が、後ろへ揺れた。


 足が、もつれる。


 ジンの剣が、下から来る。


 彼女は体をひねった。


 脇腹を、刃が切り上げた。


 深い。


 会場から、声が上がる。


 ジンは止まらなかった。


 もう一撃。


 肩へ。


 セレネが、膝をつきかける。


 杖先が、地面へ触れた。


 白い霜が、二人の足元へ広がった。


 ジンは、すぐに下がろうとした。


 だが、今度はセレネが逃げなかった。


     ◇


 彼女の左手が、小盾の縁をつかんだ。


 ジンの腕が、引かれる。


 わずかだった。


 それでも、下がろうとした足が、白い地面へ着いた。


 滑る。


 膝が伸びる。


 ジンの上体が、後ろへ傾いた。


 セレネは盾を離した。


 杖を短く持ち直し、先端を前へ。


 盾の外。


 ジンの腹へ、赤い光が生まれる。


 彼は、剣を引き戻した。


 杖へ。


 刃が、木を削る。


 でも、光は消えなかった。


 至近距離で、火球が爆ぜた。


 ジンの体が、後ろへ飛ぶ。


 盾が床へ当たった。


 転がる。


 俺は、思わず腰を浮かせた。


「……まだ!」


 ジンが、剣を床へ突いた。


 立とうとしている。


 片膝。


 前を見る。


 セレネも、倒れかけていた。


 杖を支えに、どうにか立っている。


 ジンが、床を蹴った。


 もう一度。


 その一歩へ、白い柱が上がった。


     ◇


 氷柱は、ジンの体を狙っていなかった。


 前へ出た足の、その先。


 進む道を塞ぐ位置だった。


 ジンは止まろうとした。


 だが、後ろ脚はもう地面を離れている。


 肩が、氷へぶつかった。


 体が横へ流れる。


 それでも、小盾は前へ向いた。


 顔を守る。


 胸を隠す。


 セレネの杖が、下がった。


 炎は、盾の下を通った。


 脚。


 ジンの膝が、崩れる。


 次の火球を見て、彼は盾を下げた。


 その瞬間、セレネの杖先が上へ動く。


 赤い光が、肩へ届いた。


 ジンの剣が、床を擦った。


 体が、光へ変わる。


【ジン選手、戦闘不能】


【勝者:セレネ】


 合図が、響いた。


     ◇


 セレネは、すぐには杖を下ろさなかった。


 ジンが消えた場所を、見ていた。


 それから、ようやく肩の力が抜ける。


 片膝が、床へついた。


『決着です! 最後の接近戦を制したのは、セレネ選手! ベスト8進出です!』


 ミナの声に、拍手が重なった。


『ジン選手も、魔法の間合いを何度も突破しました! 勝負を分けたのは、最後の足場と、一瞬の判断でした!』


 俺は、ゆっくり座り直した。


 胸の奥が、まだ落ち着かない。


 近づいたら、剣が届く。


 それは、間違っていなかった。


 ジンは何度も、届かせた。


 でも、セレネは最後まで、自分の魔法が使える場所を残していた。


 目の前に相手がいても。


 傷を負っていても。


「……近づいても、終わりじゃないですね」


 言うと、ロックがうなずいた。


「最後、逃げませんでしたね」


「はい」


 逃げると思った。


 俺も、ジンも。


 だから、前へ出た。


 その脚を、止められた。


 俺は、自分の靴底を床へつけ直した。


 踏み込み。


 強く地面を蹴る、一歩。


 あれを使う相手は、よく見ないといけない。


     ◇


 舞台の端で、ジンが転送されて戻ってきた。


 盾も、剣も、元に戻っている。


 セレネは立ち上がり、彼へ向かって歩いた。


 傷は消えていたが、二人とも少し疲れた顔をしていた。


「……近かった」


 セレネが言った。


 ジンが、苦笑する。


「近づくところまでは、よかったんですけど」


「十分、嫌でした」


 その言葉に、ジンの耳が少し動いた。


 笑ったらしい。


「最後、盾つかむと思わなかったです」


「逃げたら、また追ってくるでしょう」


「はい」


「だから」


 セレネが手を差し出す。


 ジンが、それを握った。


「次は、足を残します」


「次は、つかませてくれなさそうですね」


 握手が解ける。


 客席の拍手は、二人が舞台を下りるまで続いていた。


     ◇


【準々決勝進出:セレネ】


 組み合わせの枠が、一つ埋まった。


 その下には、まだ二つの名前。


【ヴァイス 対 ユズリハ】


 俺は、通路のほうを見た。


 白い背中は、もうなかった。


 さっきまで隣にいた場所が、空いている。


「……次、ヴァイスさんですね」


 ロックも、そちらを見た。


 速い脚。


 鋭い牙。


 予選では、隣で何度も助けられた。


 今度の相手は、糸を張る蜘蛛。


 イトの糸へ足を取られた魔物を、俺は何度も見てきた。


 速く走るほど、気づいたときには遅い。


 ヴァイスも、分かっているはずだ。


 俺は、配信のコメントへ目を向けた。


〈次も面白そう〉

〈狼対蜘蛛か〉

〈修羅も準備そろそろじゃない?〉


 その文字を読んだところで、通知が浮かんだ。


【第五試合・出場選手へ】


【第四試合開始後、準備エリアへ移動してください】


「……はい。そろそろですね」


 俺は、大戦斧へ手を伸ばした。


 握った柄が、いつもより少し硬く感じる。


 ロックが、こちらを見る。


「緊張してます?」


「……してます」


 正直に答えた。


 ロックは、少しだけ黙った。


 それから、自分の盾へ手を置く。


「俺も、しました」


 それだけだった。


 でも、少し息がしやすくなった。


 舞台へ続く扉が、開く。


 白い狼が、静かに歩き出した。


 俺は立ち上がり、手すりの向こうへ顔を向けた。


「……見てますよ」


 自分も、もうすぐそこへ行く。


 だから、最後まで見ておきたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。