28話 決勝トーナメント 2回戦
●主人公視点
ロックが舞台へ上がると、客席のあちこちから声が飛んだ。
「頑張れ、ロック!」
「盾、見せてくれ!」
小さな石の体が、一度だけこちらを向いた。
俺も手を上げる。
見えたかどうかは分からない。でも、ロックの足が少し止まり、すぐに前へ向き直った。
反対側の扉から、カゲロウが現れる。
細い槍を片手に持ち、長い尾を床から浮かせていた。歩くたび、鱗の色が灰色から薄茶色へと変わる。
その変化を見ているだけで、目が疲れた。
「……あれ、動きながらでも使えるんですね」
隣では、ヴァイスが顔を上げていた。
「全部消えるわけじゃない。動けば、輪郭は残る」
「止まられたら?」
「見えにくいだろうな」
頼もしくない答えだった。
俺は舞台を見直した。
大きな岩が三つ。
低い石壁が、左右に一つずつ。
第一試合より、遮蔽物が増えている。
『第二試合は、こちらの舞台で行われます!』
ミナの声が響いた。
『各試合の地形は、事前に抽選されたものを使用します。何もない場所で戦う技術も、地形を使う技術も、問われる本戦です!』
カゲロウが、岩へ目を向けた。
ロックはそちらを見てから、盾を胸の前へ寄せた。
【本戦一回戦・第二試合】
【ロック 対 カゲロウ】
俺は膝へ手を置いた。
始まる。
◇
合図と同時に、カゲロウが横へ走った。
まっすぐには来ない。
岩の陰へ入り、反対側から槍先だけを出す。
ロックは追わなかった。
盾を前へ。
鎚は、右脇の近く。
少しずつ、足を進める。
槍先が動いた。
肩。
ロックが盾を上げる。
切っ先は当たらず、引かれた。
次は、脚。
盾が下がる。
鉄の縁で、乾いた音がした。
カゲロウは、すぐ離れていた。
「……届かないですね」
ロックの鎚は短い。
相手の槍は、その倍以上ありそうだった。
近づかなければ、反撃できない。
でも、追いかければ盾の横が空く。
カゲロウが、岩から出た。
槍を両手で持つ。
一度、二度。
細い切っ先が、盾の上下をたたく。
ロックは大きく動かさなかった。
体ごと向きを変え、盾を自分の前へ残している。
その動きを見て、俺は少し息を吐いた。
ちゃんと、待てている。
◇
カゲロウが、急に低くなった。
槍が、床すれすれを走る。
ロックの足首。
盾が下がった。
切っ先が、鉄へ触れる。
そこで、槍の柄が跳ねた。
狙いが上へ変わる。
「――っ」
俺の声より先に、槍がロックの肩へ入った。
石の欠片が散る。
ロックが半歩下がった。
鎚を振る。
届かない。
カゲロウはすでに槍を引き、外へ逃げていた。
『カゲロウ選手、最初の有効打! 盾を下へ誘ってから、肩の隙間を突きました!』
ロックは、削れた肩を見なかった。
盾を上げ直す。
鎚も、戻す。
〈焦るな〉
〈ちゃんと戻してる〉
〈槍の間合いがきついな〉
カゲロウの体が、薄くなった。
灰色の床。
その奥の岩。
鱗の色が、そこへ近づいていく。
顔の位置が、一瞬分からなくなった。
ロックが、足を止めた。
盾の向きだけが、ゆっくり動く。
カゲロウは、まだ前にいる。
観客用の表示がなければ、俺も見失っていたかもしれない。
槍が出た。
今度は、右脇。
鎚を持つ側だった。
ロックが体をひねる。
切っ先が、胴を削った。
鎚が、槍の柄へ当たる。
硬い音。
カゲロウの手が少し跳ねた。
でも、離さない。
槍が引かれ、姿が岩の向こうへ消えた。
ロックは、追わなかった。
◇
「……鎚、当てましたね」
俺が言うと、ヴァイスがうなずいた。
「腕まで届かなくても、槍には届く」
そうか。
相手の体だけを狙う必要はない。
ロックも、今ので分かったのだろうか。
次に出てきた切っ先へ、盾を少し傾けた。
鉄の表面を、槍が滑る。
その柄へ、鎚。
今度は、しっかり当たった。
カゲロウの前脚が、動いた。
体が、少し近づく。
ロックが、前へ出た。
盾を押す。
カゲロウは飛び退き、長い尾で体勢を支えた。
鎚の先が、胸の前を通り過ぎる。
惜しい。
俺は、膝の上で手を握った。
ロックの右腕が戻る。
その手首へ、槍が来た。
また、石が欠けた。
「……狙われるか」
ロックは盾を寄せ、右手をその裏へ戻した。
カゲロウは、さっきより長く距離を取る。
何もしていない時間が、少し続いた。
会場の声も、低くなっていた。
互いに、次にやることを考えている。
◇
カゲロウが、左へ回った。
ロックも向きを変える。
その後ろには、低い石壁。
退路が、一つ減る。
俺は、レオンとガランの試合を思い出した。
後ろを使われる。
ロックも、見ていたはずだ。
石の足が、床を擦った。
壁の近くへ寄る。
「……自分から?」
背中側へは、回られにくくなる。
ただし、下がれない。
カゲロウが、槍を構えた。
今度は、急がない。
盾の縁へ、切っ先を当てる。
一度。
もう一度。
ロックの盾が、わずかに動く。
槍が、引かれた。
右。
ロックが向く。
その瞬間、カゲロウの体が反対へ滑った。
槍が、左側から突き出される。
速い。
盾が、間に合わない。
「ロック……!」
槍先が、肩へ入った。
同じ場所。
さっき削られた、左肩の継ぎ目だった。
ロックの体が、揺れる。
でも、足は動かなかった。
盾を、下げる。
腕ごと、槍の柄へ押し当てた。
鉄と石の間へ、木の柄が挟まる。
カゲロウが引いた。
抜けない。
◇
ロックの体の表面が、濃い灰色へ変わった。
〈硬化!〉
〈止めたぞ!〉
槍は、まだ肩へ刺さっている。
痛くないわけがない。
それでも、ロックは盾を離さなかった。
カゲロウが、もう一度引く。
ロックの足が、少し滑った。
後ろの石壁へ、かかとが当たる。
止まる。
そこで、右手の鎚が上がった。
槍の柄へ。
振り下ろす。
乾いた音が、会場へ響いた。
柄が、折れた。
俺は、思わず立ち上がった。
「折った!」
カゲロウも、すぐには動けなかった。
手元へ残った、短い柄。
切っ先は、ロックの肩側にある。
その間に、盾が迫った。
カゲロウの胸へ、鉄がぶつかる。
細い体が、後ろへ流れた。
ロックが、追う。
鎚が、腿へ入った。
カゲロウの膝が落ちる。
『ロック選手、槍を捕まえました! そして、折った! 自分の肩を狙わせ、その武器を奪っています!』
ミナの声に、歓声が重なった。
ロックは鎚を戻した。
もう一歩。
次を振ろうとしたところへ、カゲロウの尾が来た。
石の脚へ巻きつくように当たる。
ロックの体が傾いた。
カゲロウは、その隙に飛び退いた。
槍の残りを捨て、腰から小刀を抜く。
両者の間へ、また距離ができた。
◇
ロックが、肩から折れた槍を抜いた。
床へ落とす。
左腕が、少し下がっている。
盾を持ち直そうとして、手が止まった。
深く、入っていた。
俺は、さっきの喜びを飲み込んだ。
武器は折った。
でも、ロックも無傷ではない。
カゲロウが、ゆっくり体を起こす。
鎚を受けた脚を引き、小刀を逆手へ持ち替えた。
鱗の色が、また薄れる。
今度は、槍がない。
長い柄が目印にならないぶん、姿が分かりにくかった。
「……近くへ来ますね」
俺の声が、小さくなる。
短い刃。
肩の隙間。
さっきの傷へ、もう一度。
カゲロウが狙う場所は、俺にも想像できた。
ロックは盾を上げた。
だが、さっきほど高くない。
縁が、少し揺れる。
カゲロウが、横へ動いた。
姿が、石壁へ重なる。
輪郭が消えかける。
ロックの顔が、そちらを追った。
足元を、尾が擦る。
小さな音。
ロックが、一度止まった。
◇
カゲロウが、飛び込んだ。
低い位置から、盾の外へ。
ロックが向きを変える。
遅い。
小刀が、肩へ上がる。
左の傷。
そこへ、切っ先が入ろうとした。
ロックは、盾を持ち上げなかった。
逆に、下ろした。
腕から、外す。
重い盾が、二人の間へ落ちた。
カゲロウの前脚へ、縁がぶつかる。
踏み込みが、わずかに詰まった。
小刀は、それでも届いた。
ロックの肩へ入る。
石が、砕けた。
俺は、息を止めた。
ロックの左手が動く。
小刀を持つ手首へ。
石の指が、閉じた。
カゲロウの顔が上がる。
右手の鎚が、もう戻っていた。
「――っ!」
ロックが、短く踏み込んだ。
鎚が、脇腹へ入る。
カゲロウが体をひねる。
手首が、抜けない。
尾が、ロックの脚へ当たった。
小さな石の体が揺れる。
それでも、左手は離れなかった。
もう一撃。
鎚が、胸へ。
カゲロウの膝が、床へ落ちた。
小刀を手放そうと、指が開く。
ロックは、そこで手首を離した。
半歩、下がる。
カゲロウが顔を上げた。
目の前に、鎚。
最後の一撃が、振り下ろされた。
◇
【カゲロウ選手、戦闘不能】
【勝者:ロック】
光が、舞台へ広がった。
ロックの鎚が、その中で止まる。
カゲロウの姿が消えた。
一瞬、会場が静かになった。
次の瞬間。
『決まりましたーっ! ロック選手、ベスト8進出です!』
ミナの声と、歓声が重なった。
『長い槍を折り、最後は小刀の間合いで勝ち切りました! 小さな体でつかんだ、大きな勝利です!』
俺は立ったまま、手をたたいていた。
痛くなるほど。
でも、やめられなかった。
〈ロック勝った!〉
〈最後まで鎚戻してた!〉
〈すごいぞ!〉
「……勝った」
口にすると、やっと息が出た。
舞台の上で、ロックが自分の左手を見ていた。
指を開く。
閉じる。
それから、肩へ触れた。
傷が、光の中で直っていく。
足元へ落とした盾を拾おうとして、少しよろめいた。
すぐに踏み直し、今度は両手で持ち上げる。
俺は、思わず笑った。
いつものロックだ。
ちゃんと、盾を持って帰ろうとしている。
◇
転送されたカゲロウが、舞台の端へ戻ってきた。
槍も、元に戻っている。
折れる前の、長い一本。
本人はそれを見てから、ロックへ歩いた。
ロックが、顔を上げる。
「……肩、狙わせたのか」
カゲロウの声が拾われた。
ロックは、少し考えた。
「二回目は。……最後のは、見失いました」
正直な返事だった。
カゲロウの口が、わずかに開く。
「なら、避けろよ」
「避けたら、手も届かないと思って」
少し、間があった。
カゲロウが、息を吐いた。
笑ったらしい。
「硬いだけじゃないな、お前」
「槍、すみません」
「戻る。そういう試合だろ」
細い手が、差し出された。
石の手が、それを握る。
会場の拍手が、また大きくなった。
俺は、その手元を見ていた。
始まる前には、槍が届く距離と、鎚が届く距離があった。
その差を、ロックは自分で埋めた。
ただ前へ出るだけじゃなく、相手の武器を捕まえて。
最後は、盾まで手放した。
「……俺より、思い切ってるかもしれませんね」
隣でヴァイスが、短く鼻を鳴らした。
「お前も、斧の柄をつかんでただろ」
「……そうでした」
人のことは、よく見える。
自分がやるときは、結構必死なんですけど。
◇
頭上のトーナメント表が、更新された。
【準々決勝】
【レオン 対 ロック】
俺は、その二つの名前を見上げた。
予選で、止まったところ。
あの続きだ。
レオンは、客席の通路近くに立っていた。
拍手を終え、舞台を見ている。
ロックが、そちらへ顔を上げた。
目が合ったらしい。
レオンが、片手を上げる。
ロックも、盾を持っていない手を上げ返した。
今度は、残り人数の合図で終わらない。
どちらか一人が、勝つまで。
俺は、ゆっくり座り直した。
「……本戦って、そういうことなんですね」
勝った人が、次へ行く。
応援している人同士でも、いずれ当たる。
当たり前のことが、少し重く感じられた。
それでも、見たい。
ロックが、次にどう戦うのか。
レオンが、今の試合を見て何を変えるのか。
そして、俺自身がどこまで進めるのか。
『続いて第三試合! セレネ選手、ジン選手は、準備エリアへお越しください!』
ミナの声が響いた。
会場の熱は、まだ下がらない。
俺は腰の短剣へ触れ、舞台へ顔を戻した。
自分の番まで、あと二試合。
さっきより、少しだけ手のひらが熱かった。




