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27話 決勝トーナメント 一回戦

●主人公視点


 客席へ戻ると、中央の景色が変わっていた。


 林も、廃屋もない。


 円形の石舞台。その縁を、腰ほどの高さの石柱が囲んでいる。


 隠れる場所は、ほとんどなかった。


「……本戦は、ここなんですね」


 俺は斧を下ろし、席へ座った。


 隣でロックが、舞台を見つめている。


「正面から、見えるんですね。相手が」


「そうですね」


 予選とは違う。


 横や後ろから、誰かが来る心配はない。


 ただ、目の前の一人へ集中できる。


 それが楽なのか、かえって怖いのか。


 俺には、まだ分からなかった。


『お待たせいたしました! ここからは、一対一の決勝トーナメントです!』


 ミナの声が、会場を満たす。


 光の板へ、二つの名前が浮かんだ。


【本戦一回戦・第一試合】


【レオン 対 ガラン】


 向かい合う二つの扉が、開いた。


     ◇


 先に舞台へ上がったのは、ガランだった。


 牛人。


 太い角が、頭の左右から前へ曲がっている。


 分厚い首。丸太みたいな腕。


 左手には大盾、右手には片手斧。


 盾を床へ置くと、低い音がした。


 俺が予選で押し開いた盾より、ずっと重そうだ。


「……あれ、止められます?」


 思わず聞くと、ロックが首を振った。


「俺なら、正面では止めません」


 盾を使う本人が、そう言った。


 反対の扉から、レオンが出てきた。


 腰の剣へ、片手を添えている。


 さっきまで飯を食っていた人だ。


 でも、歩き方が少し違った。


 舞台へ足をつけるたび、音が小さい。


 ガランとの距離を見ながら、まっすぐ中央へ向かう。


『第一組で十一名を撃破! 鋭い剣と冷静な判断で予選を制した、レオン選手!』


 歓声が起きる。


『対するは、第四組の乱戦を押し切った牛人の重戦士! 大盾と斧を携えた、ガラン選手です!』


 ガランが盾を持ち上げた。


 その裏へ、体が収まる。


 レオンは剣を抜いた。


 薄い光が、刃を伝った。


 俺は、少し前へ身を乗り出した。


     ◇


「さっき、近くで見たかったんだ」


 ガランの声が拾われる。


 視線は、レオンの剣へ向いていた。


「その剣で、どこまで通せるか」


「盾の上からは、難しそうですね」


 レオンが答える。


 ガランの口元が、わずかに上がった。


「なら、回ってみろ」


 盾が、少し前へ出た。


 レオンは返事をせず、足を開く。


【試合開始まで、3秒】


 会場の声が、静かになる。


 二。


 一。


【試合開始】


 ガランが、床を蹴った。


     ◇


 大盾が、迫る。


 思ったより、速い。


 あの体を、あの盾ごと運んでくる。


 レオンは、横へ動いた。


 ガランの肩が回る。


 盾も、そちらへ。


「曲がる……!」


 レオンが、さらに足をずらす。


 盾の縁が、胸のすぐ前を通り過ぎた。


 剣が出る。


 狙いは、外へ出た脚。


 だが、その前へ斧が落ちた。


 硬い音がして、剣の先が下がる。


 レオンはすぐに引いた。


 斧が、追う。


 その刃先を半歩で外し、もう一度距離を取った。


『ガラン選手、開始から突進! レオン選手の回り込みにも、斧を合わせています!』


 ガランが盾を戻す。


 追いすぎない。


 舞台の中央で、もう一度構えた。


 俺は、少し息を吐いた。


「……盾だけ、見てたら駄目ですね」


 ロックが、うなずく。


「右手、ずっと空けてます」


 盾の陰。


 そこに、斧がある。


 近づけば、出てくる。


     ◇


 レオンが、右へ歩いた。


 ガランも向きを変える。


 盾の正面は、外れない。


 剣先が、少し上がった。


 ガランは反応しなかった。


 今度は、下。


 盾の縁へ、軽く触れる。


 鉄が鳴った。


 その瞬間、斧が飛び出した。


 レオンは剣を引き、体を外す。


 斧が抜けたところへ、一歩。


 ガランが、盾を前へ押した。


 レオンの肩へ、縁が当たる。


 小さな衝撃。


 それでも、足がずれた。


 斧が、もう戻ってくる。


 レオンは剣を立てず、横へ寝かせた。


 刃の付け根で、斧の柄へ触れる。


 流す。


 体ごと、外へ。


 そのまま、ガランの右腕へ剣を返した。


 赤い線が、走った。


 最初の傷だった。


〈入った!〉

〈でもレオンも盾食らったな〉

〈ガラン、簡単には開かない〉


 レオンは、もう離れていた。


 ガランが傷を見る。


 浅い。


 斧を握る指を動かし、再び構えた。


「そのくらいなら、まだ振れる」


「ええ」


 レオンが、剣を下げる。


「見えてます」


 穏やかな返事だった。


 俺は、その顔を見た。


 傷をつけたのに、追わない。


 喜んでもいない。


 まだ、何かを確かめている。


     ◇


 次の突進は、短かった。


 ガランが、一歩で詰める。


 盾が、下から持ち上がる。


 レオンは下がった。


 すぐ、斧。


 さらに、盾。


 間を空けない。


 レオンの足が、少しずつ舞台の端へ寄っていく。


 俺は石柱の位置を見た。


 後ろ。


 あと、数歩。


「押してますね」


「……でも」


 ロックが、言葉を止めた。


 レオンは、斧が来る前に動いていた。


 刃が見えてからではない。


 ガランの右肩が沈んだところで、足が外へ出る。


 盾が迫るときは、前脚が踏み直される。


 そこでは、横へ。


 近づかれている。


 けれど、追い詰められた顔ではなかった。


 レオンの背後へ、石柱。


 ガランも、それを見た。


 腰が沈む。


 盾が、体へ寄せられた。


 俺は、柄を握る手に力が入った。


 あれが来る。


「〈突進〉!」


 ガランが、床を蹴った。


     ◇


 盾が、一気に距離をつぶした。


 レオンは、すぐには避けなかった。


 一歩。


 後ろへ。


 石柱が、背中に近づく。


 ガランの脚が、さらに強く床を踏んだ。


 盾の縁が、レオンへ届く。


 その直前。


 レオンが、前へ動いた。


「……前?」


 俺の口から、声が漏れた。


 正面ではない。


 盾を持つ左側。


 その端を擦るほど近くへ、肩を入れた。


 剣が、盾の内側へ差し込まれる。


 押し返してはいない。


 盾の縁へ触れたまま、体を横へ抜く。


 ガランの左腕が、わずかに外へ流れた。


 突進は、止まらない。


 大盾が、石柱へぶつかった。


 重い音。


 石の表面が、砕けた。


 レオンは、もうその横にいた。


 剣が、ガランの膝裏へ入る。


 大きな脚が、沈んだ。


『避けました! レオン選手、盾のすぐ内側を抜けています!』


 ガランが、斧を振る。


 低い横薙ぎ。


 レオンは追撃をやめ、半歩下がった。


 目の前を、刃が抜ける。


 その戻りへ、剣。


 右手首。


 ガランの指が、一瞬開いた。


 斧は落ちない。


 それでも、構えが遅れた。


 レオンは、その時間を逃さなかった。


 右腕へ。


 脇へ。


 短い刃が、続けて走る。


 ガランが、盾を引き戻した。


 レオンの姿が、鉄の向こうへ隠れる。


 剣が、止まった。


 会場が、大きく沸いた。


 俺も、息を吐く。


 気づけば、ずっと止めていた。


     ◇


「……盾、開かされたんですね」


 俺が言うと、ロックはゆっくりうなずいた。


「突進の力を、少し横へ向けたんだと思います。ガランさん、自分で柱へ行ってしまった」


 俺は、さっきの動きを思い出した。


 俺なら、あの盾を押そうとする。


 足を止めて、力を入れる。


 レオンは、そこへ立たなかった。


 かといって、大きく逃げたわけでもない。


 相手のすぐ横。


 斧が、振りにくい場所。


「……怖くないんですかね、あそこ」


「怖いと思います」


 ロックは、即答した。


 その言葉に、少し安心した。


 俺だけが、怖いわけじゃない。


 あの距離へ入るのを、レオンは選べる。


     ◇


 ガランが、盾を持ち直した。


 左脚を、少し引く。


 傷めた膝を、かばっていた。


 呼吸が、深い。


 レオンは舞台の中央へ戻り、剣先を向けている。


 ガランは、すぐには追わなかった。


「……端まで、押したつもりだったんだがな」


「はい。押されました」


「そこで、待ってたか」


 レオンは、少しだけ笑った。


 ガランの鼻から、長い息が抜ける。


 大盾が、床から離れた。


 今度は、胸より低い。


 斧が、前へ出る。


「じゃあ、もう少し近くでやる」


 足が動いた。


 突進ではない。


 一歩ずつ。


 盾の陰へ、体を寄せている。


 レオンも、剣を構え直した。


 ガランの斧が、小さく振られる。


 レオンの剣へ。


 金属が鳴る。


 盾が押す。


 下がった足を、斧が追う。


 レオンは外へ抜けようとした。


 ガランの肩が、そちらへ向いた。


 さっきと違う。


 盾を大きく出さない。


 体と、一緒に動かす。


 俺は身を乗り出した。


「……変えてきましたね」


 レオンの剣が、盾へ触れる。


 ガランは追わず、斧を手元へ戻した。


 短い間。


 互いに、次を待っている。


 先に動いたのは、レオンだった。


     ◇


 剣先が、顔へ向く。


 ガランの盾が上がる。


 レオンは、その下へ動いた。


 脚。


 ガランは、盾を下げなかった。


 斧が、低く出る。


 剣と、ぶつかる。


 そこで、レオンの手首が返った。


 刃が、斧の柄を滑る。


 握っている指へ。


 ガランが、右手を引く。


 レオンは、その腕を追った。


 盾が、間へ来る。


 今度は、剣を戻す。


 何も、当たっていない。


 でも、ガランの盾が高くなっていた。


 右腕も、体へ寄っている。


 レオンが、一度だけ低く沈んだ。


 ガランの視線が下がる。


 その瞬間、剣が上へ走った。


 盾の外側。


 肩口。


 刃が入る。


 ガランが、うなった。


 斧が、返ってくる。


 レオンは剣で受けなかった。


 半歩、前へ。


 振り始めた腕の近くへ入り、剣の柄頭を肘へ当てる。


 斧が、止まった。


 そのまま、切っ先が脇腹へ。


 一撃。


 引く。


 ガランの体が、傾く。


 盾が、床へ触れた。


『レオン選手、崩しました! 小さな動きで守りを動かし、ついに懐へ入ります!』


 歓声の中で、ガランが足を踏ん張った。


 まだ、倒れない。


 斧を引く。


 近いところで、振る。


 レオンの袖が裂けた。


 腕に、赤い傷。


 レオンは、それでも止まらなかった。


 足を外へ。


 ガランの右側へ回る。


 剣が、腿へ入る。


 傷めた膝が、落ちた。


 ガランが、盾を持ち上げる。


 その上へ、レオンの手が触れた。


 押さえる。


 ほんの一瞬。


 剣が、反対側から通った。


 低い音がした。


 ガランの斧が、床へ落ちた。


     ◇


 大きな体が、片膝をついていた。


 盾は、まだ左腕にある。


 けれど、持ち上がらない。


 レオンが、剣を引く。


 切っ先を向けたまま、待った。


 ガランは顔を上げた。


 その口元が、少し緩んだ。


「……通されたな」


 レオンが、静かに息を吐く。


 ガランは盾を床へ置き、右手を上げた。


「降参だ」


【ガラン選手の降参を確認しました】


【勝者:レオン】


 合図が、会場へ響いた。


『決着ーっ! 本戦最初の勝利をつかんだのは、レオン選手! 大盾と斧の守りを崩し、ベスト8進出です!』


 俺は、すぐには拍手できなかった。


 最後の剣の動きが、まだ目の中に残っていた。


 顔を狙う。


 脚を見せる。


 手を引かせる。


 盾が動く。


 その次を、もう打っていた。


「……速い、だけじゃないですね」


 ようやく言うと、ロックがうなずいた。


「盾を、持ってないところへ振ってるんじゃないんですね」


「ええ」


 持っている盾を、動かしている。


 俺なら力で開くところを、違うやり方で。


 会場の歓声が、耳へ戻ってきた。


 俺も手をたたく。


 レオンは、剣を鞘へ戻していた。


     ◇


 試合が終わり、ガランの傷が消える。


 床へ落ちた斧を拾おうとしたところへ、レオンが先に手を伸ばした。


 柄を持ち、差し出す。


 ガランが受け取った。


「腕、切ったか」


「少し」


「一発くらい、盾もまともに当てたかったんだがな」


「当たってましたよ。最初に」


「浅いのは、数えん」


 レオンが笑った。


 ガランも笑い、空いた手を差し出す。


 大きな手と、細い手が重なった。


 拍手が、また大きくなった。


〈レオン強いな〉

〈ガランも対応してたのに〉

〈最後の誘い、何個重ねた?〉

〈修羅、見えた?〉


 俺は、流れる文字を見た。


 見えた。


 でも、目の前で同じことをされたら。


「……自分が、どこで振るかですね」


 斧へ、手を添える。


 盾を動かされたガラン。


 俺なら、斧を動かされる。


 大きく空ければ、入ってくる。


 追いかけて振れば、その先で待たれる。


 だからといって、何もしなければ勝てない。


 俺は、レオンが戻っていく扉を見た。


 さっき、卓を挟んで話した人だ。


 今は、また少し遠く見える。


「……本当に、最後まで行かないとですね」


 誰に言うでもなく、つぶやいた。


     ◇


 隣で、金属の音がした。


 ロックが、盾を持ち上げていた。


 膝から下ろし、腕へ通す。


 革帯へ指を入れ、きつさを確かめる。


【第二試合・出場選手へ】


【準備エリアへ移動してください】


 俺の画面には出ない通知を、ロックが見ていた。


 少し、間があった。


 それから、長椅子を下りる。


「行ってきます」


 声は、いつもと同じだった。


 でも、鎚の柄を握る指が、一度だけ動く。


 俺も立ち上がった。


「はい。見てます」


 ロックが、顔を上げる。


「隙間、狙われますよね」


「……狙ってくると思います」


 擬態。


 忍び足。


 刺突。


 どれも、盾の正面へ来る技ではない。


 俺がそう答えると、ロックは盾を少し引きつけた。


「なら、見失っても、慌てないようにします」


 俺は手を差し出した。


 石の手が、握り返してくる。


「鎚、戻すんですよね」


 言うと、ロックが少し笑った。


「はい」


 手が離れる。


 小さなゴーレムが、通路へ向かって歩き始めた。


 こつ、こつ、と足音が響く。


 俺は、その背中を見送った。


『続く第二試合は、ロック選手とカゲロウ選手! 堅牢な守りか、姿を隠した一突きか!』


 ミナの声が、会場へ広がった。


 俺は座り直し、舞台を見る。


 さっきまで隣にいた人が、今度はあそこへ立つ。


 ロックの盾が、通路の光を受けて一度きらめいた。


「……頑張れ」


 今度は、声に出して言った。

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