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25話 トーナメント4組目

●主人公視点


 準備エリアへ戻った途端、肩が軽くなった。


 刺さっていた矢の痛みも、腕に残っていた熱もない。表示を開くと、HPもMPも、スタミナまで元に戻っていた。


 分かってはいたけど、変な感じだ。


 さっきまで、息をするだけで胸が上下していたのに。


「……水は、飲みたいですね」


 用意されていた水差しから、杯へ注ぐ。


 一口飲むと、ようやく試合が終わった気がした。


〈お疲れ!〉

〈十九人はすごい〉

〈次、第四組始まるぞ〉


「見ます。……その前に、ちょっと座らせてください」


 壁際の椅子へ腰を下ろす。


 体は回復している。


 でも、三十人分の足音や、こっちを狙う弓の先が、まだ頭の中に残っていた。


 横では、ヴァイスが浅い器から水を飲んでいる。飲み終えると、顔を上げてこちらを見た。


「次、見るのか」


「はい。フィーネさん、でしたよね」


「ああ。弓だ」


 短い返事だった。


 お互い、遠くから撃たれるのには苦労したばかりだ。


 ヴァイスは鼻先を一度振り、出口へ向かった。


「俺も行く。あれより厄介なのか、見ておきたい」


 俺は残りの水を飲み干し、立ち上がった。


     ◇


 客席へ出るまでに、何度も声をかけられた。


「修羅さん、お疲れさま!」


「あれ、どうやって周り見てたんですか?」


「鬼震、すごかった!」


 答えようとして、言葉が重なる。


「あ、ありがとうございます。周りは……見えてないところも、結構ありました」


 実際、矢も食らった。


 全部分かっていたわけじゃない。


 ただ、立ち止まるともっと危ないと思って、動いていた。


 近くの男が、俺の斧を見て道を空ける。


 その動きにつられて、前の人も半歩ずれた。


「……すみません。ありがとうございます」


〈道できてるw〉

〈試合直後だからな〉


 隣を歩くヴァイスも、少し居心地が悪そうだった。


 白い耳が、何度も左右へ動いている。


 客席へ続く階段の手前で、低い声に呼ばれた。


「こっちです」


 ロックが、石の手を上げていた。


 そばには、ヴァイスが座れそうな広さもある。


「席、空いてます」


「ありがとうございます。助かります」


 俺が斧を下ろすと、ロックはその刃を見た。


「……すごかったですね」


「いや、結構危なかったです」


「盾、もう一回考え直したくなりました」


 そこなんですね。


 俺は少し笑って、隣へ座った。


 ヴァイスが通路側へ身を伏せる。その白い背中が落ち着いたころ、中央の映像へ第四組の選手たちが映し出された。


     ◇


 フィーネは、木の根元にいた。


 長い耳の横を、細い髪が揺れている。手には弓。視線を上げ、枝の重なりを確かめていた。


 彼女の近くには、廃屋も岩もない。


 林の中。


 弓を使うなら、開けた場所のほうがいいようにも思える。


「枝、邪魔にならないんですかね」


 俺がつぶやくと、ヴァイスの耳がこちらを向いた。


「追う側にも、邪魔になる」


「ああ……」


 まっすぐ走れない。


 大きな武器も振りにくい。


 向こうは、その隙間から撃ってくる。


 俺は、画面へ目を戻した。


 別の映像では、黒髪の青年が剣を抜いていた。


 革の上着に、細身の片手剣。


 肩を回し、足元の土を靴で軽くならしている。


 特に、目を引く装備ではなかった。


 ただ、どこかで見た気がする。


「……あの人」


 ロックが、少し身を乗り出した。


「知ってるんですか?」


「受付で、俺の前にいた人です。背中の盾、褒めてくれて」


 青年の名前が浮かぶ。


【リュカ】


 俺は、覚えておこうと思った。


 配信をしていない人にも、強い人はいる。


 自分の組で、十分分かったことだ。


『さあ、第四組! この予選で、本戦に進む十六名がすべて決まります!』


 ミナの声に、客席が応えた。


 フィーネが、一本目の矢をつがえる。


 リュカは剣を体の前へ置き、静かに息を吐いた。


【試合開始】


     ◇


 フィーネの一射目は、音より先に届いたように見えた。


 木の間を走ってきた槍使いが、肩を押さえる。


 矢が刺さっていた。


 男が木の陰へ入る。その足が止まる前に、フィーネはもう別の場所へ移っていた。


 次の矢。


 今度は、腿。


 槍使いが膝をつく。


 木の幹へ手をかけ、矢が来た方向を見る。そこには、もう誰もいなかった。


「……移動、早いですね」


 俺は思わず、映像の端を追った。


 フィーネは走り続けていない。


 矢を放つ。


 相手が隠れる。


 その間に、次の射線へ動く。


 槍使いが木から顔を出したときには、横から矢が来た。


【残り31名】


『フィーネ選手、最初の撃破! 木々の間を動きながら、確実に当てています!』


 客席の拍手を聞きながら、俺は林の地形を見た。


 隠れる場所は、多い。


 でも、それは相手の姿も隠す。


 矢が飛んできた場所だけを見ていたら、次を見失う。


「一人で追うの、嫌ですね……」


「匂いが残ってれば、追える」


 ヴァイスが言った。


 少し間を置いて、続ける。


「追いつくまで、何本か食うだろうけどな」


 それも、嫌だった。


     ◇


 リュカは、廃屋の脇で戦っていた。


 相手は、斧を持つ獣人。


 振り下ろされる刃を、青年が剣で斜めに外す。体を横へずらし、伸びた腕へ切りつけた。


 うまい。


 ただ、その後の動きが少しぎこちなかった。


 剣を引き戻したところで、左肩が大きく回る。斧を避けるために下がった足も、二歩目だけ妙に長い。


 相手が、それを追った。


 横薙ぎ。


 リュカは身を沈め、剣を低く振った。獣人の脚へ刃が入る。


 倒れかけたところへ、突き。


 光が上がった。


「勝ちましたね」


「はい。でも……」


 ロックが、自分の石の手を見た。


「体に、まだ慣れてないみたいに見えます」


 確かに、そうかもしれない。


 俺も鬼になった直後は、思ったところより足が遠くへ出た。


 リュカは剣の血を払い、左手を開いていた。


 指を一本ずつ曲げる。


 その様子が、少し引っかかった。


     ◇


 残り人数が、二十人を切った。


 林の中では、フィーネが追われていた。


 三人。


 盾持ちが前。


 その後ろに、剣士と魔法使い。


 さっき俺たちを狙ってきた人たちと、似た並びだ。


 フィーネは矢を放った。


 盾が受ける。


 そのまま、前へ。


 彼女は走り、倒れた木を越えた。追ってきた剣士も、それを跳び越える。


 空中へ出た体に、矢が刺さった。


 着地が崩れる。


 フィーネは止まらず、次をつがえた。


 魔法使いが杖を向ける。彼女は太い幹の裏へ入り、火球をやり過ごした。


 炎の向こうから、盾持ちが近づく。


 もう、近い。


 フィーネが弓を下げた。


 腰の短い刃へ手を伸ばす。


 盾持ちが、さらに踏み込んだ。


 その足へ、真下から矢が放たれた。


「お……!」


 弓は、下げただけだった。


 靴を貫いた矢に、男の足が止まる。


 フィーネは木を回り、盾のない側へ抜けた。


 追いかけようとした男の肩へ、次の一本。


 そこからは、早かった。


 倒れた剣士を狙い、杖を持つ手を狙う。


 木の幹を挟み、三人を一度に前へ出させなかった。


 最後の魔法使いが消えると、彼女は初めて少し長く息を吐いた。


〈近距離でも撃つのか〉

〈弓下げたから持ち替えると思った〉

〈怖え……〉


「……俺も、そう思いました」


 武器を下げたからといって、攻撃が来ないわけじゃない。


 覚えておこう。


     ◇


 中央の廃屋へ、選手たちが集まっていた。


 境界が縮み、林の外側が使えなくなったからだ。


 リュカも、その中にいた。


 肩に、矢。


 上着の脇には、切れた跡。


 剣を握る右手から、血が落ちている。


 彼を囲むのは、四人だった。


 槍が、正面へ出る。


 横から、剣。


 リュカは槍を外し、剣士のほうへ踏み込んだ。


 しかし、その先へ小さな氷が飛んでくる。


 頬を切られ、足が止まる。


 盾が、押し込まれた。


 青年の背中が、廃屋の壁へ当たった。


「……まずいですね」


 逃げ道は、右の窓。


 ただし、その前には剣士がいる。


 槍使いが、慎重に距離を詰めた。


 リュカは剣を構え直した。


 少しだけ、困ったような顔をする。


「……この姿で、どこまでやれるかと思ったんだけどな」


 拾われた声が、会場へ流れた。


 俺は、眉を寄せた。


 この姿?


 リュカが、剣を鞘へ戻した。


 周りの四人も、動きを止める。


 降参するのか。


 そう思ったのは、俺だけではなかったらしい。客席のざわめきが、わずかに大きくなった。


 青年が首を回す。


 頬に、黒いものが浮いた。


 鱗だった。


     ◇


 肩の輪郭が、膨らんだ。


 上着と装備が光へほどけ、腕が地面へつく。指が伸び、爪が石畳を掻いた。


 背中から、翼。


 片方が開いただけで、廃屋の窓を覆った。


 槍使いが、とっさに下がる。


 リュカの首が長く伸びる。顔つきが変わり、顎の両側から短い角が突き出した。


 尾が、壁を押した。


 古い石が崩れ、砂ぼこりが上がる。


 その中から、赤銅色の鱗が現れた。


「……龍?」


 自分の声が、少し遠く聞こえた。


 全長五メートルほど。


 大きな魔物なら、今までにも見た。


 でも、これは。


 広げかけた翼を畳み、長い首を持ち上げる姿に、目を奪われた。


 隣で、ロックが小さくつぶやく。


「受付で……俺の前にいた人だ」


〈龍!?〉

〈人間じゃなかったのか!〉

〈人化してた!?〉


『お、おおっと!? リュカ選手、ここで姿が変わります!』


 ミナの声が、裏返った。


 映像に、情報が追加される。


【リュカ】


【種族:幼龍】


【〈人化〉解除】


『人型への変化スキルを使っていたようです! 細身の剣士、その正体は――龍のプレイヤーでしたーっ!』


 客席が、沸き返った。


 目の前の選手たちにとっては、歓声を聞いている場合ではなかった。


 槍が突き出される。


 赤銅色の前脚へ、切っ先が当たった。


 浅い傷。


 龍の目が、そちらへ動いた。


     ◇


 前脚が、持ち上がる。


 槍使いは、すぐに引いた。


 爪が振り下ろされ、石畳へ傷が走る。


 外した。


 俺がそう思った直後、長い尾が横から来た。


 男の脚を、払う。


 体が浮いた。


 廃屋の壁へぶつかり、そのまま崩れる。


 剣士が、リュカの脇へ走った。


 大きくなった分、横へ入りやすい。


 刃が、腹の鱗を擦る。


 龍が首を曲げた。


 牙が来る。


 剣士は伏せて避け、そのまま前脚の陰へ潜り込んだ。


「近いところへ……!」


 俺は、身を乗り出した。


 リュカは無理に噛みつかなかった。


 片側の翼を、地面へ下ろす。


 剣士の逃げ道が塞がった。


 体を横へ押され、足が止まる。


 そこへ、前脚。


 光が、上がった。


 盾持ちが、後ろへ下がる。


 魔法使いの杖から、氷が飛んだ。


 一発。


 もう一発。


 翼へ、穴が開く。


 リュカが、短く鳴いた。


 龍でも、当たれば傷つく。


 俺はようやく、そこを見られた気がした。


 鱗は硬い。


 でも、翼まで同じではない。


 リュカの胸が、膨らんだ。


 長い首の内側を、赤い光が上がってくる。


「……来る」


 ヴァイスが、低く言った。


 盾持ちが盾を立てる。


 その後ろへ、魔法使い。


 龍の顎が、開いた。


 炎が、二人を包んだ。


 細い火球ではなかった。


 幅のある、太い流れ。


 盾の左右から、炎が回り込む。


 男が、後ろを向いた。


 遅い。


 二つの光が、炎の中へ消えた。


 リュカは口を閉じた。


 喉から、煙が漏れる。


 少し離れたところで起き上がろうとしていた槍使いへ向き直ると、男は一瞬迷い、片手を上げた。


【降参】


 体が光へ包まれる。


 残った龍が、ゆっくり息を吐いた。


『四名の包囲を、突破! これが幼龍の力! 爪、翼、尾、そしてブレス! 人型のときとは、戦い方がまるで違います!』


 ミナの声に、歓声が重なる。


 俺は、背中のあたりが熱くなるのを感じた。


 すごい。


 あの体で、動けるのか。


 あの翼を、自分で開けるのか。


「……ちょっと、羨ましいですね」


〈分かる〉

〈龍やりたくなった〉

〈鬼も十分すごいぞw〉


 それは、そうなんですけど。


 龍は、また別でしょう。


     ◇


 ただ、姿を現したことで、リュカは目立った。


 遠くの弓使いが、向きを変える。


 廃屋の上にいた魔法使いも、杖を上げた。


 大きな体は、隠れない。


 矢が、翼へ当たる。


 続けて、背中へ。


 リュカが壁際へ寄った。


 胴体を隠し、首だけを少し出す。


 その横の林で、フィーネが足を止めた。


 木の間から、赤銅色の鱗を見る。


 矢をつがえた。


「……狙いますね」


 俺が言い終える前に、放たれた。


 矢は、翼の付け根へ入った。


 リュカの肩が、跳ねる。


 顔が、こちらを向く。


 フィーネは、もう動いていた。


 次の木へ。


 枝の下を抜け、矢を放つ。


 今度は、首の横。


 浅く刺さる。


 リュカは首を引いた。


 目で追う。


 フィーネの姿は、幹の向こうへ消える。


 彼が前へ出れば、別の方向から矢が来た。


 俺は、知らず息を止めていた。


 強い。


 でも、全部を正面から片づけられるわけじゃない。


 それは、俺も同じだった。


     ◇


 リュカが、翼を開いた。


 空気が、大きく動く。


 砂ぼこりが上がり、近くの草が倒れた。


 一度。


 もう一度。


 赤銅色の体が、地面を離れる。


 客席から、ひときわ大きな声が上がった。


「飛んだ……」


 俺は、顔を上げた。


 高くはない。


 廃屋の屋根を、少し越えるくらい。


 それでも、地上から見える景色は変わる。


 壁の陰。


 岩の裏。


 隠れていた選手たちが、頭上へ顔を向けた。


 リュカの喉が、赤くなる。


 魔法使いが、走った。


 その行く先へ、炎。


 屋根の端から地面まで、赤い帯が伸びた。


 一人が、光へ変わる。


 弓使いは矢を放った。


 翼を狙う。


 当たる。


 リュカの体が、空中で揺れた。


 羽ばたきが、乱れる。


 すぐに翼を傾け、近くの広場へ下りた。


 着地の音が、客席まで届く。


「……飛び続けるのは、難しいんですかね」


「疲れるだろうな」


 ヴァイスが、翼を見る。


「それに、上では隠れる場所がない」


 なるほど。


 地上の全員から、見える。


 翼に刺さった矢は、そのままだった。


 リュカは前脚を踏み直し、長い尾を体の近くへ寄せた。


 呼吸が、さっきより速い。


 ブレスも、飛行も、ただでは使えないらしい。


     ◇


【残り7名】


 フィーネは、無駄に追わなかった。


 リュカが飛んでいた間に、別の弓使いを倒していた。


 残りの矢を確かめ、腰の矢筒へ手を戻す。


 境界が動く。


 彼女が使っていた林も、半分ほど外へ出た。


 進む先には、岩場。


 その向こうに、リュカがいる。


 人型へは、戻らない。


 負傷した翼を畳み、周囲を見ていた。


 フィーネが、木の陰から矢を放った。


 リュカは、首を下げた。


 頭上を、矢が抜ける。


 次の一本。


 前脚へ。


 鱗へ弾かれ、地面へ落ちた。


 フィーネは狙いを変えた。


 翼。


 矢が、薄い膜へ入る。


 リュカが、その側を壁へ寄せた。


「……弱いところ、隠してますね」


 俺も、あの翼を狙う。


 そう考えて、すぐに気づく。


 斧では、そこまで近づかないといけない。


 その前に、炎が来る。


 目の前の試合を見ながら、自分ならどうするか考えずにはいられなかった。


     ◇


 リュカが、フィーネへ向かった。


 大きな前脚が、地面を蹴る。


 彼女は、林の奥へ下がらなかった。


 もう、境界が近い。


 横へ。


 細い木の間を抜ける。


 龍の体は、そこを通れない。


 リュカが、首を持ち上げた。


 赤い光。


 フィーネの足が速くなる。


 矢を放つ。


 狙いは、開きかけた口。


 リュカが、顎を閉じた。


 矢が、頬の鱗へ当たる。


 炎は、出なかった。


「止めた……!」


 俺の声に、ロックがうなずいた。


 フィーネは、もう次をつがえている。


 撃てば、近づけない。


 近づこうとすれば、口を狙われる。


 リュカが、一度足を止めた。


 それから、横を向いた。


 尾が、林の手前へ走る。


 細い木が一本、折れた。


 フィーネの目の前へ、枝が倒れ込む。


 彼女が、進路を変えた。


 その先へ、翼。


 完全には開かない。


 低く広げた翼の端が、逃げ道を塞ぐ。


 フィーネは止まらず、地面へ身を落とした。


 滑るように、翼の下へ。


 弓を体へ引き寄せ、肩から抜ける。


 そのまま転がり、立った。


 もう、龍の横だった。


 至近距離から、矢。


 翼の付け根へ、深く入る。


 リュカが、声を上げた。


 フィーネは離れる。


 尾が追う。


 彼女が跳んだ。


 足の下を、赤銅色の鱗が通り過ぎた。


 会場が、沸いた。


『フィーネ選手、翼の下を抜けました! 龍の懐から、一射! しかしリュカ選手も倒れません!』


 俺は、膝から手を離せなかった。


 大きい相手の、体の内側へ入る。


 俺も、何度もやった。


 でも、あの翼と尾を相手に、同じように動けるだろうか。


     ◇


【残り6名】


 別の場所で、光が上がっていた。


 短い歓声。


 俺はそちらの映像を見る。


 大きな盾を持つ獣人が、槍使いを倒したところだった。


 すぐ近くでは、短剣使いと魔法使いが向き合っている。


 あと、二人。


 リュカとフィーネは、その数字を見る余裕もなさそうだった。


 龍の肩から、血が落ちる。


 フィーネも、片脚を少しかばっていた。


 尾を越えたとき、どこかを打ったのかもしれない。


 それでも、矢は下がらなかった。


 リュカが、ゆっくり首を下げた。


 地面に近い位置。


 フィーネの弓が、そちらを追う。


 喉に、赤い光。


 彼女の指が、弦を離した。


 リュカが、顔を横へ振った。


 矢が、角の横を抜ける。


 炎が、低く広がった。


 フィーネは、岩の裏へ跳び込んだ。


 赤い光が、周囲を染める。


 岩の端から、炎が回る。


 彼女が、さらに奥へ身を寄せた。


 リュカのブレスが、止まる。


 煙の向こうへ、龍が一歩出た。


 フィーネが立ち上がる。


 矢筒へ伸びた手が、最後の数本を探る。


 弓が、上がった。


 リュカの翼も、持ち上がる。


 そこで、別の映像に光が上がった。


【残り5名】


 短剣使いが、魔法使いを倒していた。


 だが、その背後には、大盾の獣人。


 短剣使いが振り返る。


 盾が、ぶつかった。


 壁との間で、体が止まる。


 短い斧が、振り下ろされた。


【残り4名】


【予選第四組、試合終了】


 合図が、鳴った。


     ◇


 フィーネの弦は、引かれたままだった。


 リュカも、前脚を上げかけて止まっている。


 頭上に浮かんだ文字を見て、二人が動きを緩めた。


 矢が、下がる。


 大きな前脚が、静かに地面へ戻った。


『第四組、予選通過者が決定しましたー!』


 ミナの声に、歓声が返る。


【フィーネ】


【リュカ】


 その下に、残る二名の名前。


 俺は、ようやく背もたれへ体を預けた。


「……終わった」


 見ているだけなのに、息が詰まっていた。


 隣でロックも、膝の盾から手を離す。


「龍、いるんですね」


「……いましたね」


 受付に並んで。


 盾を褒めて。


 普通に、剣を持っていた。


 あの人が。


 映像の中で、リュカが翼を畳んだ。


 赤銅色の鱗へ、光が走る。


 大きな体が縮み、尾が消える。


 少しして、黒髪の青年が立っていた。


 左肩を押さえ、苦笑している。


 フィーネが、何か声をかけた。


 リュカは彼女を見て、肩をすくめる。


 離れた二人の間に、矢が何本も刺さっていた。


〈これ本戦で当たるのか〉

〈人化してたら分からんわ〉

〈フィーネもすごかった〉

〈修羅、どうする?〉


 コメントを読む。


 どうする。


 俺は、大戦斧へ目を落とした。


「……まず、炎を正面で受けないようにします」


〈それはそうw〉

〈あの体に近づくの怖いな〉


「はい。……でも」


 翼の付け根。


 首を引く動き。


 炎を吐いた後の、呼吸。


 見えたものは、あった。


「近くへ行ければ、試したいことはあります」


 ヴァイスの耳が、こちらへ向く。


 黄色い目が、少し細くなった。


「お前、あれにも近づくのか」


「そっちは?」


 聞き返すと、白い狼は鼻先を前へ戻した。


「脚は、地面についてた」


 俺は、笑った。


 そうだ。


 ずっと飛んでいるわけではなかった。


 ロックが、二人を交互に見た。


「……その話、俺は少し離れて聞いていたいです」


     ◇


 フィールドから、選手たちが転送される。


 大きな映像に、十六人の名前が並び始めた。


 レオン。


 ロック。


 セレネ。


 バルド。


 カゲロウ。


 ミリア。


 ヴァイス。


 そして、俺。


 最後の枠へ、フィーネとリュカの名前が入る。


『これで、本戦へ進む十六名が出そろいました!』


 ミナが、会場を見渡した。


『剣も、魔法も、牙も、翼も! それぞれの力で予選を勝ち抜いた選手たちが、ここからは一対一でぶつかります!』


 客席の声が、大きくなる。


 俺は、並んだ名前を見上げた。


 誰と当たっても、楽ではなさそうだった。


 さっきまで知らなかった龍まで、いる。


 指で、斧の柄を一度なぞる。


 今度は、横から助けてくれる白い狼もいない。


 俺だけで、目の前の相手と戦う。


「……楽しみですね」


 口にすると、胸の奥がまた熱くなった。


 ロックが、こちらを見上げる。


 ヴァイスも、顔を上げた。


 誰も、否定しなかった。


『この後は休憩を挟み、決勝トーナメントの組み合わせを発表いたします!』


 俺は、立ち上がった。


 まずは、水。


 それから、飯を少し。


 試合を見るだけで忘れかけていたが、俺もまだ、終わっていなかった。

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