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22話 トーナメント1組目

●主人公視点


 串焼きは、辛かった。


「……結構、来ますね」


〈赤い粉たっぷりだったしな〉

〈水飲めw〉


 果実水を飲む。


 甘い。


 その後から、また辛い。


 でも、肉は柔らかかった。


 俺が焼いたやつと、何が違うんだろう。


 そんなことを考えながら、観戦席へ入った。


「……おぉ」


 広い。


 屋台の並ぶ外の広場も大きかったが、中はさらに大きかった。


 中央には、林や岩場、崩れた建物が置かれたフィールド。


 その周りを、階段状の客席がぐるりと囲んでいる。


 頭上には、大きな映像がいくつも浮かんでいた。


 選手の顔。


 地形。


 それぞれの現在位置。


 観戦する側には、全体が見えるらしい。


『さあ、第一組の選手が配置につきました!』


 ミナの声が響く。


『三十二名のうち、本戦へ進めるのは四名! 最初の予選、間もなく開始です!』


 俺は空いている席へ座った。


 背中の斧は邪魔になるので、外して脚の間へ立てる。


 隣の人が、その刃をちらりと見た。


 それから、俺の顔を見る。


「あ、修羅……さん?」


「どうも。ここ、座って大丈夫でした?」


「もちろん!」


 人間の女性だった。


 膝の上には、紙袋いっぱいの焼き菓子。


 一つをつまみながら、中央の映像へ顔を戻す。


「レオン、見に来たんですか?」


「はい。戦ってるところ、まだちゃんと見たことなくて」


「強いですよ」


 言い方に、迷いがなかった。


 俺も映像を見る。


 レオンは、崩れた建物の陰にいた。


 片手で、剣の柄へ触れている。


 落ち着いた顔だった。


     ◇


【予選第一組】


【試合開始まで、5秒】


 会場の声が、少しずつ小さくなる。


 五。


 四。


 三。


 俺は、串を持つ手を止めた。


 二。


 一。


【試合開始】


 合図が鳴った。


 映像の中で、一斉に選手が動き始める。


 木へ登る者。


 岩の陰へ伏せる者。


 武器を抜き、近くの足音へ向かう者。


 レオンは、すぐには動かなかった。


 建物の角から、外を見る。


 右。


 左。


 それから、低い壁に沿って歩き始めた。


「……走らないんですね」


〈まず位置確認か〉

〈見つけてから動くタイプ〉


 その前方。


 短剣を持った男が、廃屋の窓から顔を出した。


 レオンの背中を見たらしい。


 身を低くして、近づく。


 俺は映像へ、少し顔を寄せた。


 距離が詰まる。


 男が、飛び出した。


 短剣が、背中へ向かう。


 レオンが、半歩ずれた。


「……あ」


 短剣が、空を切る。


 その手首へ、剣の柄頭。


 腕が外へ流れる。


 続けて、抜かれた刃が胴を横切った。


 一撃。


 男がよろめく。


 レオンはその横へ歩き、短くもう一度振った。


 光が、男の体を包む。


【残り31名】


『最初の撃破はレオン選手! 背後からの奇襲へ、見事に対応しました!』


 拍手が起きた。


 俺は口を開きかけ、閉じた。


 早い。


 派手な動きは、ほとんどなかった。


 相手の攻撃だけが、通らなかった。


「……いつ、気づいたんでしょうね」


 隣の女性が、菓子をかじった。


「窓から顔出したとき、ちょっと見てたよ」


「……あぁ」


 映像では、もうレオンが歩き出している。


 俺は残りの串を口へ入れた。


 今のは、見逃したくなかった。


     ◇


 最初の数分で、人数が減っていった。


 林の中で、火が上がる。


 岩場では、槍と盾がぶつかる。


 その一方で、レオンの周りだけ、妙に静かだった。


 敵がいないわけではない。


 近づいてきた相手が、短い時間で消えていく。


 槍を向けられれば、先端を剣でわずかに外す。


 大きく突いてきたところへ、踏み込む。


 握っている指。


 前脚。


 相手が武器を戻す前に、次の一撃。


 盾持ちには、正面から振らなかった。


 盾の外側へ動く。


 追って向きを変えた脚へ、刃を入れる。


 姿勢が崩れたところで、盾を持つ腕へ剣をかけた。


 下がった盾の上を、切っ先が抜けた。


【残り24名】


 そのうち、四人をレオンが倒していた。


「……ほとんど、止まらないですね」


〈無駄が少ない〉

〈一人終わったら周り見てる〉


 そう。


 倒した相手を、見続けない。


 光になった瞬間には、別の方向を見ている。


 俺がよくやる「倒せた」と息を吐く時間が、短い。


 あれを相手に、斧を外したら。


 俺は、足元の柄へ手を置いた。


     ◇


『おっと、こちらも注目です!』


 映像の一つが、大きくなった。


 岩場。


 小さなゴーレムが、盾を前へ出している。


「……あの人」


〈斧見てた人か?〉

〈鍛冶のゴーレム!〉


 受付前に、俺へ声をかけてきた人だった。


 名前の表示が出る。


【ロック】


 手には、短い戦鎚。


 左腕には、丸い鉄の盾。


 相手は、両手剣を持った獣人だった。


 振り下ろされた剣を、ロックが盾で受ける。


 低い音。


 小さな体が、沈む。


 けれど、下がらない。


 相手の剣が上がる前に、戦鎚が出た。


 膝へ。


 獣人の脚が折れるように曲がった。


「おっ」


 ロックが前へ出る。


 盾で押す。


 仰向けに倒れた相手へ、戦鎚を振り下ろした。


 一発。


 もう一発。


 獣人が光へ変わった。


『ロック選手、受け止めてからの反撃! 小さな体で、見事に押し勝ちました!』


 周囲から、声が上がる。


 ロックは追いかけるように一歩出かけ、すぐ止まった。


 顔を上げる。


 遠くから、矢。


 盾を立てた。


 鉄に当たって、矢が跳ねる。


「……いい盾ですね」


〈そこ見るのかw〉


「いや、さっき剣も受けてたので」


 今度、作ったものか聞いてみよう。


     ◇


 人数が、十六人を切った。


 戦闘可能エリアが縮む。


 林の端にいた選手が、岩場へ移ってくる。


 廃屋の窓から、何人も周囲をうかがっていた。


 そこで、声が拾われた。


『先に、レオンやろう』


 三人。


 槍。


 片手斧。


 それから、杖。


 視線の先には、建物の壁際を歩くレオン。


〈組んだか〉

〈そりゃ狙われる〉


「……三人か」


 俺も、同じことをされるかもしれない。


 レオンが足を止めた。


 三人を見る。


 剣を、軽く下げた。


 杖が光る。


 槍持ちが走った。


 レオンは後ろへ下がる。


 廃屋の角へ。


 三人が追う。


 火球が飛んだ。


 レオンが壁の裏へ消える。


 炎が、石壁へぶつかった。


 直後、槍持ちが角を曲がる。


 その体が、不自然に止まった。


 剣が、槍の内側へ入っていた。


 レオンは壁へ背を寄せ、槍を持つ腕を切る。


 男が武器を落とす。


 続けて、斧の男。


 大きく振りかぶっていた。


 でも、前に仲間がいる。


 一瞬、刃が止まった。


 レオンは、そこへ出た。


 倒れかけた槍持ちを避け、斧の腕へ剣を当てる。


 踏み込んだ脚を払う。


 男が、膝をついた。


 魔法使いが杖を向ける。


 レオンは、倒れた男の陰へ位置を変えた。


 魔法が、止まる。


「……撃てない」


 俺が言うと同時に、レオンが走った。


 魔法使いが下がる。


 杖を横へ振った。


 白い光。


 レオンは体を低くした。


 肩の上を、光が抜ける。


 次の瞬間には、剣が届いていた。


 一人。


 振り返って、もう一人。


 最後に、武器を拾おうとしていた槍持ち。


 三つの光が、続けて消えた。


 会場が、沸いた。


『レオン選手、三人の連携を崩しましたー! 壁際へ誘い込み、一度に囲ませません!』


 俺は、しばらく黙っていた。


〈三人やったぞ〉

〈ほぼ食らってなくない?〉

〈これ優勝候補だわ〉


「……場所、選びましたね」


 開けたところで、三人を相手にしなかった。


 魔法を撃てる方向。


 槍が通る道。


 全部を、狭くした。


 剣だけがうまいわけじゃない。


 そこが、一番厄介だった。


     ◇


【残り8名】


 大きな映像に、八人が映る。


 その中に、ロックもいた。


 盾の縁が、少し曲がっている。


 右肩には、削れた跡。


 けれど、戦鎚を持つ手は下がっていなかった。


 岩陰から出てきた短剣使いが、その背後へ回る。


 ロックが振り返った。


 短剣が、肩の隙間へ入る。


 小さな体が揺れた。


 でも、倒れない。


 ロックは盾を自分の体へ引きつけた。


 相手の腕を、盾と肩で挟む。


 短剣使いが、手を引いた。


 抜けない。


 そこへ、戦鎚。


 腹へ入る。


 相手が離れたところで、もう一発。


【残り7名】


「……うまい」


〈硬さ生かしたな〉

〈近づいたほう捕まった〉


 ロックは、すぐには動かなかった。


 少し離れたところで、矢が石へ当たる。


 顔を、そちらへ向ける。


 その視線の先に、レオンがいた。


 弓使いを倒し、剣を下ろしたところだった。


【残り6名】


 二人の目が、合った。


 俺は、思わず背筋を伸ばした。


     ◇


 ロックが、盾を上げた。


 レオンは、少し距離を残して止まる。


 左へ。


 ロックも、そちらへ向く。


 右へ。


 盾が追う。


 レオンの切っ先が、わずかに動いた。


 ロックは、戦鎚を振らなかった。


「……待ってますね」


 俺なら、今ので手を出したかもしれない。


 レオンが、一歩入った。


 剣が、盾の縁へ触れる。


 ロックの戦鎚が出た。


 短く。


 腕を狙っている。


 レオンが剣を引く。


 戦鎚の先が、袖をかすめた。


 初めて、レオンが大きく距離を取った。


『ロック選手、簡単には踏み込ませません! 盾の裏に、しっかり反撃を残しています!』


 歓声が聞こえる。


 ロックは追わない。


 盾を戻す。


 戦鎚も、体の近くへ。


 レオンが、剣を構え直した。


 今度は、低い。


 ロックの脚を狙う。


 盾が下がった。


 剣先が、上へ跳ねる。


 けれど、ロックは盾を大きく動かさなかった。


 体を沈める。


 小さな体が、さらに盾の陰へ隠れた。


 剣が、鉄の表面を滑る。


 ロックが踏み込んだ。


 盾ごと、前へ。


 レオンが、半歩遅れた。


 盾の縁が、胸へ当たる。


 体が押された。


「おぉ!」


 戦鎚が、下から来る。


 レオンは剣で柄へ触れ、横へそらした。


 それでも、完全には逃げきれない。


 肩に、戦鎚が当たった。


 レオンが、二歩下がる。


 会場が、一段大きく沸いた。


〈入れた!〉

〈ロックすげえ!〉


 俺も、つい手を握った。


 レオンが肩を動かした。


 その顔が、少し変わる。


 笑ってはいない。


 でも、さっきまでより、相手を長く見ていた。


     ◇


 次の一歩は、速かった。


 レオンが、盾の外へ回る。


 ロックが向きを変える。


 戦鎚は、まだ出さない。


 剣が、盾をたたいた。


 一度。


 もう一度。


 強い打撃ではない。


 確かめるような、短い接触。


 ロックの盾が、少しずつ動く。


 そこへ、低い突き。


 盾が下がる。


 レオンは、踏み込まなかった。


 代わりに、右へ。


 ロックが追って向きを変える。


 その足元に、崩れた石があった。


 かかとが触れた。


 体が、ほんの少し傾く。


「……そこか」


 レオンの剣が、盾の縁へ入った。


 腕ごと切る角度。


 ロックは盾を下げず、肩で押し返した。


 剣が外へずれる。


 そのまま、戦鎚を振った。


 レオンが、懐へ入る。


 短い腕の、さらに内側。


 ロックの戦鎚が、背中側へ抜けた。


 剣の柄頭が、肩へ当たる。


 小さな体が、一歩ずれた。


 そこへ、刃。


 肩の継ぎ目へ、深く入った。


 ロックが下がる。


 盾は、まだ上がっている。


 レオンは追いすぎず、切っ先を向けた。


 あと一度、触れれば。


 そう思ったところで、別の映像から光が上がった。


【残り5名】


 レオンの目が、一瞬だけそちらへ動く。


 ロックは、動かなかった。


 盾の裏で、戦鎚を握り直していた。


 まだ、戦える。


 そういう構えだった。


 レオンが、再び足を出す。


 ロックの盾へ、剣が向く。


 その直前。


【残り4名】


【予選第一組、試合終了】


 大きな音が、会場へ響いた。


 剣が、止まった。


     ◇


 ロックは、しばらく盾を下ろさなかった。


 レオンも、切っ先を向けたままだった。


 頭上へ、通過者の名前が浮かぶ。


 それを見て、ようやく二人が武器を下ろした。


『第一組、予選通過者が決定しましたー!』


 歓声。


 拍手。


 俺も、両手をたたいた。


 レオンが、ロックへ何か話しかけている。


 会場の音で、全部は聞き取れない。


 ただ、ロックが自分の盾を見て、うなずいたのは分かった。


 レオンが、右手を差し出す。


 石の手が、それを握った。


〈二人とも通った!〉

〈ロックよく耐えたな〉

〈もうちょっと見たかった〉


「……ですね」


 あのまま続けば、レオンが勝っていたと思う。


 盾の動きも、足の置き場も、見られていた。


 でも、ロックは最後まで構えを捨てなかった。


 あの肩への一撃も、ちゃんと届いた。


 俺は、大きな映像へ目を向けた。


【レオン】


【撃破数:11】


【予選通過】


「……十一人」


 ほかの選手が倒れた数も考えると、ほとんど休まず戦っていたはずだ。


 それで、あの落ち着き。


 隣の女性が、空になった菓子袋を畳んだ。


「強かったでしょ」


 俺は、素直にうなずいた。


「はい。……すごく」


 力で押し切る戦いじゃない。


 相手が何をしたいのか見て、その邪魔をする。


 自分が勝てる場所へ、連れていく。


 そのうえで、剣が速い。


 俺は脚の間に立てた斧へ、視線を落とした。


 振れば、当たる。


 そんな相手ではなかった。


〈修羅、どうだった?〉

〈戦ってみたい?〉


 俺はコメントを読んだ。


 少し考えてから、答える。


「……やってみたいです」


 声に出すと、胸が落ち着かなくなった。


「ただ、その前に予選ですね」


 俺の組にも、三十一人いる。


 レオンと戦いたいと思っても、そこまで残れなければ終わりだ。


 壇上から、ミナの声が響いた。


『見事な戦いを見せてくれた第一組へ、もう一度、大きな拍手をー!』


 俺も、もう一度手をたたく。


 光に包まれる直前、ロックが片手を上げた。


 客席へ向けた、小さな石の手。


 俺は、つられて手を上げ返した。


 今度会ったら、あの盾の話を聞こう。


 それから。


 できれば、本戦で。


 俺は斧の柄を握り直した。






 第一組の試合が終わると、客席の人たちが少しずつ動き始めた。


 飲み物を買いに行く人。


 知り合いを探す人。


 その場で、さっきの試合を話し始める人。


 俺も斧を背負い直し、立ち上がった。


「……ちょっと、ロックさん探してみましょうか」


〈盾の話だな〉

〈本戦進出おめでとうって言おう〉


「ですね」


 隣の女性へ、軽く頭を下げる。


「失礼します」


「修羅さんも頑張ってね」


「ありがとうございます」


 客席を出ると、通路はもう人でいっぱいだった。


 さっきまで静かに見ていた人たちが、身振りを交えて話している。


「最後、盾の横へ入っただろ」


「その前の足元だって。あそこに追い込んでた」


「十一人は倒しすぎだろ……」


 レオンの話が、あちこちから聞こえてきた。


 俺も、あの足の運びを頭の中で繰り返していた。


 ただ、今は。


 人を探さないと。


「……背、低いんですよね」


〈お前が高いんだよ〉

〈下見て歩けw〉


 なるほど。


 視線を下げたところで、見つけた。


 選手用の通路から出てきた、小さな石の体。


 左腕には、丸い盾。


「ロックさん」


 呼ぶと、顔が上がった。


「あ、修羅さん」


 こちらへ歩いてくる。


 試合中に削られていた肩は、元に戻っていた。


 盾の縁も、きれいな形をしている。


「おめでとうございます。本戦進出」


「ありがとうございます。……最後、危なかったですけど」


 ロックが、盾へ目を落とした。


「あと一回、ちゃんと入れられたら終わってました」


「でも、肩に当てましたよね。あの戦鎚」


「あれは、うまくいきました」


 声が、少し明るくなった。


 俺も笑う。


「かなり、声出ました」


「見ててくれたんですか」


「はい。最初から」


〈こっちも声出た〉

〈いい試合だったぞ!〉


「配信の皆さんも、言ってます」


 ロックの顔が、俺の肩のあたりへ向いた。


 そこに、何かあるわけではない。


 たぶん、視点を探している。


「あ……どうも。ありがとうございます」


 小さく頭を下げた。


〈ロックおめでとう!〉

〈盾強かった〉

〈レオン相手に善戦すごい〉


 俺は通路の端を見た。


 空いた長椅子がある。


「少し、座ります?」


「はい。ちょっと落ち着きたいです」


     ◇


 ロックが、長椅子へ腰を下ろした。


 脚が、地面から浮く。


 本人は気にした様子もなく、盾を膝へ置いた。


 俺は隣へ座る。


 斧は、また外した。


 背負ったままだと、背もたれへ寄りかかれない。


「……あの盾、ご自分で?」


「そうです」


 すぐに返事が来た。


 ロックが、盾の表をこちらへ向ける。


「鍛冶場の親方に、かなり手伝ってもらいましたけど。俺の腕に合うように、持ち手から作ってます」


 鉄の表面。


 丸い縁。


 裏側には、腕を通す革帯と握りがあった。


 俺は、触る前に顔を上げた。


「見てもいいですか」


「もちろん」


 盾を受け取る。


 ずっしりしている。


 大きさのわりに、厚い。


「……これで、あの剣を受けてたんですね」


「受けるだけなら、何とか。ただ、端を打たれると、結構持っていかれるんですよ」


 ロックが、自分の腕を上げた。


「だから、体の近くに置くようにしてて」


 試合でも、そうしていた。


 盾だけを前へ出さず、肩と一緒に動かしていた。


「最後、レオンさんに少しずつ動かされましたよね」


「はい。あれ、すごく嫌でした」


 ロックは即答した。


「強く殴られてるわけじゃないんです。でも、こっちがどっちへ動くか、ずっと見てるんですよ」


 盾の縁を、石の指がなぞる。


「俺、手を狙われると思ってたんです。それで、盾を閉じて待ってたら……足元でした」


「石、ありましたね」


「ありました。自分でそっちへ下がっておいて、踏んだときに気づきました」


 俺は盾を返した。


 あの一瞬。


 レオンは、ちゃんと見ていた。


「……怖いですね」


「怖いです」


 二人で、少し黙った。


〈経験者の感想重い〉

〈やっぱ受けてる側も嫌だったか〉


     ◇


「レオンさんとは、何か話しました?」


 俺が聞くと、ロックは顔を上げた。


「最後ですか?」


「はい」


「盾、自分で作ったのかって聞かれました」


「……同じこと聞いちゃいましたね」


「いえ、うれしいです」


 ロックが、膝の盾へ手を置いた。


「実際、あの人に何回も殴られて残ったので。作った甲斐ありました」


「俺も、いい盾だと思いました」


「ありがとうございます」


 少し間があった。


 ロックは前を向いたまま、続ける。


「大会、出るか迷ってたんですよ」


「そうなんですか?」


「俺、普段はほとんど鍛冶場にいるので。戦闘配信もしてないし、上手な人たちと当たったら、すぐ終わるかなって」


 膝の上で、戦鎚を持つ手が動く。


 短い柄。


 先端の鉄は、角が少し丸く落とされていた。


「でも、せっかく自分に合うもの作ったし。一回、どこまでいけるか見たくて」


 俺は、うなずいた。


 自分で削った牙を、初めて猪へ使ったとき。


 ちゃんと刃が通った。


 武器として使えた。


 あのとき、随分うれしかった。


「……分かる気がします」


 ロックがこちらを向く。


「修羅さんも、牙の短剣、自分で作ってましたよね」


「あ、見たんですか」


「昨日、見ました。斧のこと聞いた後、気になって」


 ロックが、小さく笑った。


「最初から、物を作るの好きなんですか?」


「いや……必要になって、ですね」


 武器が壊れそうだった。


 次の武器を買う店も、知らなかった。


 だから、削った。


「防具も、自分でやってみたんですけど」


「見ました」


 早かった。


「……そこも、ですか」


「腕、上がらなくなってましたね」


〈履修済みw〉

〈ちゃんと最後まで見てる〉


 俺は顔を手で覆った。


 どこまで行っても、あの服がついてくる。


     ◇


 ロックが、俺の大戦斧を見た。


「……これで殴られたら、どうなるんだろうな」


「え?」


「あ、すみません。この盾が、です」


 膝の盾を、軽く持ち上げた。


「レオンさんの剣は受けられたけど、斧は違うので。しかも修羅さんの」


 俺も、盾を見た。


 それから、自分の斧を見る。


「……いきなり、全力はやめたほうがよさそうですね」


「ですね。試すなら、少しずつ」


 真面目な顔でうなずかれた。


 本当に試すつもりらしい。


「大会が終わってから、やってみます?」


 言うと、ロックの顔が上がった。


「いいんですか」


「俺も、盾を持った人と練習したいので。……いきなり本番だけだと、ちょっと」


 ガルゼンは、斧だった。


 ガドは、槍。


 盾を構えて待つ相手へ、どう攻めるか。


 知っておきたかった。


「じゃあ、ぜひ。直すところ見つかったら、作り直してきます」


「……何回か、やる感じですね」


「駄目ですか?」


「いえ。俺も、助かります」


〈いい約束できたな〉

〈盾と斧の開発が始まる〉


 その前に、本戦で当たる可能性もある。


 俺が、予選を抜ければ。


 そう思ったのか、ロックも口を開いた。


「その前に、当たるかもしれませんね」


「ですね」


「そのときは、遠慮しませんよ」


 俺は笑った。


「こちらこそ」


     ◇


 近くを歩いていた二人組が、足を止めた。


「あ……ロックさん?」


 呼ばれて、ロックが顔を上げる。


「はい」


「試合見ました。最後、すごかったです」


 盾を指さしかけて、手を引く。


「レオンの攻撃、あれだけ受けてたの、めちゃくちゃよかった」


「あ、ありがとうございます」


 ロックの声が、少し小さくなる。


 俺はその横で、黙って聞いていた。


 もう一人が、俺に気づく。


「修羅もいる」


「どうも」


「第三組ですよね。頑張ってください!」


「はい。ありがとうございます」


 二人は、ロックへもう一度手を振って去っていった。


 ロックは、しばらくそちらを見ていた。


「……初めてです」


「何がですか?」


「知らない人に、試合見たって言われるの」


 俺は、少し笑った。


「俺も、今日握手お願いされて、びっくりしました」


「慣れてるのかと思ってました」


「全然ですよ」


 二万人。


 数字で見るのと、目の前で声をかけられるのは違う。


 ロックは盾へ視線を戻した。


 石の指で、縁を一度たたく。


「……出て、よかったな」


 小さな声だった。


 でも、聞こえた。


 俺は、うなずいた。


「はい。いい試合でした」


     ◇


『第二組の選手は、準備エリアへお集まりくださーい!』


 ミナの声が、通路まで届いた。


 周りの人たちが、また動き始める。


 ロックが長椅子から下りた。


「次、見ます?」


「はい。セレネさんと、バルドさんですよね」


「俺も、バルドさんの盾見たいんです」


 ……そこか。


 いや、俺も気にはなる。


 あの大きさの盾を、どう動かすんだろう。


 俺は斧を背負い、立ち上がった。


「じゃあ、一緒に見ましょうか」


「はい」


 通路を並んで歩く。


 俺の歩幅だと少し速かったので、足を緩めた。


 ロックが見上げる。


「俺のほうは、気にしなくていいですよ。走れるので」


「……今日は、歩きましょう」


 さっきまで、ずっと戦っていたんだ。


 次の試合までは、ゆっくりでいい。


 客席へ続く階段の向こうから、歓声が聞こえてきた。


 俺たちは、その声のほうへ向かった。

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