22話 大会初日と抽選
●主人公視点
はい。起きました、圭斗です。
アラームが鳴る、十分前でした。
……こういう日だけ、目覚めるの早いんですよね。
スマホを見る。
遅刻してない。
日付も合ってる。
大会は、今日。
「……よし」
顔を洗い、朝飯を食べる。
いつもより、ちょっと味が分からなかった。
水を飲んで、部屋へ戻る。
机の上には、ネクサス。
昨日、ちゃんと確認したはずなのに、もう一度手に取ってしまう。
問題なし。
俺は布団へ横になった。
「……いくか」
◇
目を開けると、拠点の天井があった。
起き上がる。
体を動かし、装備を身につける。
胴当て。
籠手。
脛当て。
短剣を腰へ。
黒角の大戦斧は、背負い紐へ固定した。
「……全部、ありますね」
足元で、イトが待っていた。
手を差し出すと、いつもどおり登ってくる。
肩へ。
そのまま、頭の上へ。
「あー……今日は、そこまでです」
そっと受け止めて、手へ戻した。
角につかまろうとしていた前脚が、空を切る。
ちょっと、心が痛い。
「夕方には戻るつもりです。留守、お願いしますね」
入口のそばの岩へ下ろす。
イトは少し歩き、こちらを向いて止まった。
俺は、その前へしゃがんだ。
「……行ってきます」
指先へ、小さな脚が触れた。
◇
配信を開始する。
すぐに、コメントが流れた。
〈おはよう!〉
〈大会だ!〉
〈起きられたか〉
〈応援してるぞ!〉
「はい。おはようございます。ちゃんと起きました」
声に出すと、少し落ち着く。
いつもと同じ配信だ。
行き先が、ちょっと違うだけ。
俺は大会の案内を開いた。
【第一回アビス闘技大会】
【選手受付を開始しました】
【専用会場へ移動しますか?】
装備を、もう一度確かめる。
右手。
左手。
腰の短剣。
「……じゃあ、行きましょうか」
決定へ触れた。
足元に、白い輪が広がる。
景色が、光へ溶けた。
◇
最初に聞こえたのは、人の声だった。
笑う声。
誰かを呼ぶ声。
足音。
どこかで、金属が鳴っている。
俺は目を開けた。
「……うお」
広場だ。
真っ白な石畳。
高い旗。
その向こうに、大きな円形の建物がそびえていた。
何層も重なった観客席。
外壁には、大会の紋章が掲げられている。
そして、その手前。
屋台。
屋台。
さらに、屋台。
焼いた肉の匂いが、風に乗ってきた。
〈すげえ!〉
〈祭りじゃん〉
〈人多っ!〉
「……本当に、多いですね」
転送地点から、一歩出る。
そのすぐ後ろへ、別の光が現れた。
中から出てきたのは、背の低い、ひげの立派な男。
厚い腕。
背中には盾。
ドワーフだ。
俺を見るなり、少し顔を上げた。
「おっと」
「あ、すみません」
慌てて道を空ける。
その横を、長い耳を持つ女性が通り過ぎた。
エルフ。
さらに、狼。
狼が、普通に歩いている。
首の横へ、小さな袋を下げていた。
「……おぉ」
〈修羅、立ち止まるなw〉
〈後ろ詰まってるぞ〉
「はい。移動します」
広場の端へ寄り、改めて周りを見た。
角のある人。
尻尾を揺らして歩く人。
腰に何本も道具を下げた小人。
小さなゴーレムが、石畳をこつこつ鳴らしている。
少し先では、翼を畳んだ竜が、同行者へ頭を下げていた。
「尾、そっち出てる」
「あ、ごめん」
尻尾が、ゆっくり引っ込む。
……普通に、会話してる。
いや、プレイヤーだから当然なんですけど。
こんなにいろんな姿の人を、一度に見たことがなかった。
◇
「焼き串、焼きたてだよ!」
「冷たい果実水、こっちだ!」
「選手の方もどうぞ! 持ち帰りできます!」
屋台の前を歩くだけで、次々に声がかかる。
肉を焼く店。
丸いパンを積んだ店。
大きな鍋から湯気を上げる店。
その間には、砥石や革紐を並べた道具屋まであった。
「……見るだけで、時間なくなりそうですね」
〈まず受付〉
〈肉は後〉
「分かってますよ」
ただ、さっきの串は気になる。
あの赤い粉、何だろう。
辛いやつだろうか。
目で追っていると、少し先から声が聞こえた。
「あれ、修羅じゃない?」
「え、どこ」
「斧背負ってる鬼」
俺は、そちらを見た。
二人組の人間プレイヤー。
目が合った。
片方が、固まる。
……どうしよう。
ひとまず、軽く頭を下げた。
「どうも」
「あっ、こんにちは!」
相手も、勢いよく頭を下げた。
もう一人が、小声で何か言っている。
小声なんですが。
「でか……」
聞こえました。
「……進化して、大きくなりました」
「すみません! 悪い意味じゃなくて!」
「大丈夫です。俺も、結構びっくりしたので」
相手が、少し笑った。
俺も、つられて笑う。
「いつも配信見てます。猪のころから」
「ありがとうございます」
「今日、応援してます」
そう言って、右手が少し上がった。
途中で止まる。
「あの……握手、お願いしても?」
「え? あ、はい。もちろん」
俺も手を出した。
握る。
力は、入れすぎない。
そこだけ、妙に意識した。
「頑張ってください!」
「ありがとうございます。……出場されるんですか?」
「いえ、今日は観戦です」
「じゃあ、いい試合できるように頑張ります」
手を離す。
二人が去っていく。
少し離れたところで、片方がもう片方の肩をたたいていた。
「握手した」
「見てたよ」
俺は、前を向いた。
「……こういうこと、あるんですね」
〈そりゃあるだろw〉
〈二万人だぞ〉
〈手の力、気をつけてて草〉
「いや、だって……」
人を握りつぶす趣味はないので。
◇
歩き出すと、背中のほうでまた声がした。
「今の鬼、誰?」
「修羅。鬼将と戦ってた人」
「ああ、あの斧の?」
「近くで見ると、斧もやばいな」
聞こえる。
思ったより、聞こえる。
俺は無意識に、背負い紐を持ち直した。
刃が人へ当たらないよう、少し向きを変える。
前から、小さなゴーレムが来た。
すれ違おうとしたところで、そいつが止まる。
「あの」
「はい?」
「斧、少し見せてもらってもいいですか」
低い声だった。
姿は、俺の腰より少し高いくらい。
腰の帯には、金槌や小さな道具が下がっている。
「俺、鍛冶やってて。刃の付け根が気になって」
「ああ。構いませんけど……」
周囲を見る。
人通りのない、壁際へ寄った。
紐を外し、両手で斧を下ろす。
刃先を地面へ近づけ、柄を支えた。
ゴーレムが、顔を寄せる。
「……おぉ」
指で触れる前に、こちらを見る。
「触っても?」
「どうぞ」
石の指が、補強の輪へ触れた。
刃の厚み。
柄との接合部。
順番に見ていく。
すごく、真剣だった。
「これ、自分で手入れしてます?」
「普段は。細かいところは、職人に頼んでますね」
「ですよね。ここ、きれいに直ってる」
俺には、何が分かるのか分からない。
でも、作ったり直したりする人には見えるらしい。
「……ありがとうございました。これ、いいですね」
「はい。俺も、気に入ってます」
言うと、ゴーレムが顔を上げた。
石の顔なのに、少しうれしそうに見えた。
「いつか、俺のも見てください。まだ、こんなの作れないですけど」
「ぜひ」
連絡先を交換する。
ゲームを始めてから、こういう知り合いができるのは初めてだった。
〈職人とつながった〉
〈大会、もう得してるな〉
「ですね」
斧を背負い直す。
今日は戦いに来たはずなのに、もう少し歩き回りたくなっていた。
◇
選手受付には、列ができていた。
人間。
エルフ。
ドワーフ。
俺の前には、黒い毛並みの狼。
後ろには、長い槍を持った獣人の女性が並ぶ。
狼が、ちらりと振り返った。
俺を見る。
背中の斧を見る。
それから、前へ向き直った。
「……近接の組、別だといいな」
小さく、聞こえた。
「俺も、初戦から速い人は嫌ですね」
思わず返してしまった。
狼の耳が、ぴんと立つ。
「聞こえてた?」
「すみません。少し」
「いや、こっちこそ」
狼が体ごと向きを変えた。
「配信、見たことある。修羅だよな」
「はい」
「俺も出る。よろしく」
「こちらこそ」
手を出しかけて、止まった。
狼の前脚を見る。
相手も、俺の手を見る。
少し間があった。
「……こうか?」
前脚が、上がった。
俺はかがみ、その足先へ軽く手を添えた。
「よろしくお願いします」
〈握手できたw〉
〈お手じゃないぞ〉
〈種族交流〉
後ろで、獣人の女性が笑った。
「いいな、それ。私もお願いしていい?」
「あ、はい」
今度は、普通に手だった。
「鬼将戦、見たよ。あの最後の鬼震、よかった」
「ありがとうございます」
「当たったら、あれは食らわないつもりだけど」
握った手が、少し強くなる。
顔を上げると、笑っていた。
俺も、つい笑った。
「……じゃあ、当てられるように頑張ります」
◇
受付を済ませる。
名前の確認。
参加規則への同意。
装備の確認も終わると、選手用の印が表示された。
【選手受付が完了しました】
【予選組み合わせの発表まで、会場内でお待ちください】
「……よし。間に合いましたね」
〈間に合ったというか、まだ余裕ある〉
〈飯見に行けるぞ〉
「いや、食べすぎるのはちょっと」
でも、一つくらいなら。
俺は、さっきの屋台のほうを見た。
赤い粉の串焼き。
まだ、煙が上がっている。
足を向けかけた、そのときだった。
高い音が、広場へ響いた。
続いて、弾むような声。
『皆さん、お待たせいたしましたー!』
周りの顔が、一斉に上がる。
広場の中央にある壇上。
そこへ、鮮やかな上着を着た女性が立っていた。
片手には、声を広げる道具らしい、小さな球。
頭の上には、狐のような耳。
大きく手を振っている。
『第一回アビス闘技大会へ、ようこそー! 本日の進行を担当します、ミナでーす!』
拍手が起きた。
口笛。
低い遠吠えみたいな声も、混ざっている。
俺も、つられて手をたたいた。
『いいですねー! いろんな声が聞こえますね! 今日は会場を歩くだけでも、初めて見る種族に出会えるんじゃないでしょうか!』
すぐ隣で、ドワーフが俺を見た。
俺も、そちらを見る。
目が合ったので、軽く頭を下げた。
相手が笑って、片手を上げる。
『選手の皆さん、受付はお済みですか? まだの方は、この声を聞きながら受付へお願いします! 屋台は逃げませんからねー!』
俺は、動きを止めた。
〈言われてるぞ〉
〈修羅、受付済ませててよかったなw〉
「済ませましたよ」
『なお、観客の皆さん! 大きな翼や尻尾をお持ちの方は、お隣の方にひと声かけてください! お互い、気持ちよく応援しましょう!』
少し先で、大きな翼がきゅっと畳まれた。
その横の人間が、親指を立てている。
いい会場だな。
俺は、少し笑った。
『そして選手の皆さん!』
ミナの声が、広場へ通った。
『二週間、それぞれの場所で育ててきたキャラクター。それぞれの戦い方。その成果を、今日はぜひ見せてください!』
周りの空気が、少し変わった。
笑っていた人が、壇上を見る。
槍を持つ手が、握り直される。
俺も、自然と背筋が伸びた。
『優勝するのは、人族の剣士か! 森を駆ける射手か! 強大な力を持つ魔物か! それとも、まだ誰も知らない挑戦者か!』
歓声が、広場を満たす。
胸の奥が、少し熱くなった。
配信のコメントが、速い。
でも、今は読みきれなかった。
『間もなく、予選の組み合わせを発表いたします! 皆さん、準備はいいですかー!』
声が上がる。
俺も、小さく息を吸った。
「……はい」
背中の斧が、重い。
腰の短剣が、脚へ触れる。
昨日、全部確かめた。
今日も、確かめた。
あとは。
【予選組み合わせが決定しました】
視界へ、通知が浮かんだ。
俺は手を伸ばす。
〈来た!〉
〈初戦誰だ!?〉
〈見せてくれ〉
「……じゃあ、確認しましょうか」
広場の喧騒の中、俺は表示を開いた。
●主人公視点
表示を開く。
大きな文字の下に、四つの枠が並んでいた。
【予選組み合わせ】
【第一組:32名】
【第二組:32名】
【第三組:32名】
【第四組:32名】
「……四組?」
さらに、その下。
【予選形式:バトルロワイヤル】
【各組、最後まで残った4名が本戦へ進出します】
俺は、少し黙った。
「一対一じゃ、ないんですね」
〈囲まれるぞ〉
〈逆に鬼震使えるな〉
〈まず四人に残ればいい〉
そうか。
全員を倒す必要はない。
三十二人の中で、最後の四人まで残ればいい。
……言葉にすると簡単なんですけどね。
周りでも、声が上がっていた。
「うわ、こっちレオンいる!」
「四人通れるなら、まだいけるだろ」
「いや、残り三枠って考えたらきつくない?」
俺は、自分の名前を探した。
第三組。
一覧の中ほどに、見慣れた二文字。
【修羅】
「ありました。第三組ですね」
〈三組か!〉
〈誰と一緒?〉
〈下、ヴァイスいるぞ〉
指で、表示を送る。
確かに、いた。
【ヴァイス】
「……知ってる人ですか?」
〈狼の有名な人〉
〈めっちゃ速い〉
〈群れで狩ってる白い狼〉
狼。
速い。
俺は、さっき受付で会った黒い狼を思い出した。
あの人も、走ると速そうだった。
白いほうは、さらに速いんだろうか。
「なるほど。……見失わないようにしないとですね」
斧を背負う紐へ、手を添える。
足元へ潜られると、振りづらい。
ガドにも、短剣を使えと言われた。
出番、早いかもしれない。
◇
『さあ、組み合わせが発表されましたー!』
壇上から、ミナの声が響く。
広場の中央へ、大きな光の板が浮かんだ。
そこにも、四組の名前。
周囲の人たちが、顔を上げる。
『本日の予選は、三十二名によるバトルロワイヤル! 各組四名、合計十六名が決勝トーナメントへ進みます!』
ミナが、指を四本立てた。
『撃破数が多くても、先に倒されれば予選敗退! 最後の四人に残ることが、勝ち上がりの条件です!』
「……なるほど」
強い相手を一人倒しても、その後にやられたら終わり。
逆に、戦わず残るのもあり。
俺が考えていると、横から声がした。
「ずっと隠れてても、いいのかな」
さっきの黒い狼だった。
耳を動かしながら、光の板を見ている。
「どうなんでしょう。……あ、続きありますよ」
案内へ目を落とす。
【経過時間に応じて、戦闘可能エリアが縮小します】
【指定エリア外にとどまった場合、継続ダメージを受けます】
「ずっとは、難しそうですね」
「まあ、そうだよな……」
狼が、少し肩を落とした。
肩、でいいんだろうか。
『予選会場は、林、岩場、廃屋のある専用フィールドです! 開始位置はそれぞれ離れた場所へ割り当てられますので、転送された瞬間、目の前に三十一人、ということはありません!』
周りから、安堵の声が上がった。
俺も少し、ほっとした。
さすがに、開始直後から全部の方向を見るのは難しい。
『また、HPがゼロになった選手は撃破判定となり、安全に場外へ転送されます! 降参も可能です。試合終了後には、消耗した状態と装備が参加前の状態へ戻ります!』
〈喰命の扱い確認しよう〉
〈詳細にあるかも〉
「ああ、そうですね」
俺はルールの詳細を開いた。
撃破時の効果。
武器やスキルによる回復。
そこまで読んで、うなずく。
「大会の撃破判定でも、発動するみたいです」
〈よし〉
〈集団戦なら生きるな〉
ただし、倒せればだ。
回復するつもりで追いかけて、横から刺されたら意味がない。
俺は、案内を閉じた。
◇
『それでは、各組の選手をご紹介しましょう!』
光の板に、第一組の一覧が大きく映る。
『まずは第一組! 王国領から参戦、剣士レオン選手!』
広場の一角から、歓声が上がった。
そちらを見る。
人間の男が、片手を上げていた。
青い布を巻いた剣の鞘。
派手すぎない金属の防具。
思っていたより、普通の人に見えた。
ただ、立っている姿勢がきれいだった。
人混みの中でも、腰の剣に誰もぶつからない。
『対人戦の配信でもおなじみですね! ですが今回は、背中を守ってくれる味方はいません! 得意の剣で、この乱戦をどう抜けるのか!』
レオンが、少し笑った。
近くの誰かへ何か言って、周りも笑う。
余裕が、ある。
「……あの人がレオンさんですか」
〈そう〉
〈剣うまいぞ〉
〈修羅と見たいカード〉
俺も、見てみたい。
同じ舞台へ残れれば、戦えるかもしれない。
そのためには、まず予選だ。
◇
『続いて、第二組! 魔法使いセレネ選手!』
今度は、屋台の近くから拍手が起きた。
銀色の髪をした女性が、杖を持つ手を少し上げる。
もう片方には、紙の包み。
何か、食べていたらしい。
呼ばれたので、慌てて口元を拭っている。
〈セレネ飯食ってたw〉
〈ちゃんと補給してる〉
『炎だけではありません! 相手を止め、進む場所を選ばせる魔法にも注目です!』
俺は杖を見た。
先端に、淡い色の石。
あそこから、魔法が出るんだろうか。
手で使う人もいた気がする。
どこを見れば、発動が分かるのか。
考えているうちに、第二組の別の名前が強調された。
『そして、大盾と槌を携えて参戦! バルド選手!』
転送地点で見かけた、ドワーフだった。
あの盾、やっぱり大きい。
本人の体を、ほとんど覆えそうだ。
バルドは背中へ手をやり、盾の縁を軽くたたいた。
低い音がする。
近くにいた人が笑って、拳を差し出す。
バルドも、拳を合わせた。
「第二組、硬そうですね」
〈魔法と盾〉
〈同じ組に二人いるのか〉
〈バルドがセレネ追うところ見たい〉
俺は二人を、交互に見た。
魔法を撃つ側。
盾で近づく側。
どう戦うんだろう。
……観戦する時間があって、よかった。
◇
『第三組は、こちら!』
自分の組だ。
俺は、顔を上げた。
『鋭い嗅覚と、四本の脚を生かした狩り! 白狼のヴァイス選手!』
人の間から、白い背中が見えた。
狼。
大きい。
さっき会った黒い狼より、少し体が長い気がする。
ヴァイスは顔を上げ、一度だけ短く吠えた。
歓声が返る。
その後、まっすぐこちらを見た。
「……あ」
目が合った。
白い耳が、少し前へ向く。
俺は、軽く頭を下げた。
相手も、わずかに顎を引く。
挨拶、できたと思う。
『そして!』
ミナの声が、一段高くなった。
『小鬼から鬼へ! 大戦斧を携えてやって来ました、修羅選手ー!』
自分の名前が、広場へ響いた。
……うわ。
近くの人が、こちらを見る。
さらに、その隣の人も。
「……どうも」
とりあえず、手を上げた。
拍手が聞こえる。
少し離れたところから、「頑張れ!」と声が飛んだ。
俺は、もう一度頭を下げた。
『鬼将との戦いで見せた、あの重い一撃! 接近戦で期待を寄せる視聴者も多い修羅選手ですが、果たして相手は近づかせてくれるのか!』
〈紹介された!〉
〈手の振り方ぎこちないw〉
〈応援してるぞ!〉
「ありがとうございます。……これ、緊張しますね」
小声で配信へ返す。
前を向くと、白い狼がまだこちらを見ていた。
ヴァイス。
同じ組。
近づかせてくれるのか、と言われたばかりだ。
たぶん、簡単にはいかない。
俺は手を下ろした。
そのすぐ後ろで、声がする。
「やっぱり第三組、あの二人いるのか」
「四枠だろ。二人とも残るとは限らないって」
「分かってるけど、あの斧見たら考えるじゃん」
……俺も、目の前にあの斧が来たら考えると思う。
持っている側なんですけどね。
◇
『そして第四組! 森から参戦、エルフの射手フィーネ選手!』
長い耳を持つ女性が、弓を持ち上げた。
最初に転送地点で見かけた人だ。
腰には矢筒。
肩へかけた弓は細身で、先端が大きく反っていた。
『木々の間を抜く射撃は、乱戦でも届くのか! 姿を見せずに戦える林もありますから、ほかの選手は上も横も、気が抜けません!』
フィーネは周りへ手を振ってから、光の板へ視線を戻した。
自分の組の名前を読んでいる。
俺と同じように、相手を確かめているんだろう。
大きな板へ、四組がもう一度並んだ。
【予選・主な出場選手】
【第一組:レオン ほか31名】
【第二組:セレネ/バルド ほか30名】
【第三組:修羅/ヴァイス ほか30名】
【第四組:フィーネ ほか31名】
どの組からも、声が上がっていた。
知っている名前を見つけた人。
同じ組の友人を探す人。
一覧を見たまま、黙っている人。
俺も、第三組をもう一度開いた。
◇
「……知らない名前、多いですね」
〈無配信の人もいるからな〉
〈紹介されてない人にも注意〉
「ですね。そこは、同じです」
名前だけでは、武器も種族も分からない。
配信で見たことのない相手が、何をしてくるのか。
大会には、そういう人もいる。
一覧を、ゆっくり送る。
そこで、声をかけられた。
「修羅さん、ですよね」
顔を上げる。
人間の男だった。
茶色い革の防具。
腰に、短い剣。
背中には、弩のようなものを背負っている。
「はい」
「第三組で、一緒です」
「ああ。よろしくお願いします」
相手が笑い、手を差し出した。
握手する。
指の付け根に、厚い革が縫いつけられた手袋をしていた。
「配信、少し見ました。斧、すごいですね」
「ありがとうございます。……そちらは、弩ですか?」
「はい。近づかれたら、勝てなさそうなので」
穏やかな口調だった。
俺は、少し笑った。
「じゃあ、近づかないとですね」
「その前に、何本か当てたいところです」
手が離れる。
男は軽く頭を下げ、人混みへ戻っていった。
〈同じ組に弩か〉
〈ちゃんと見てきてるぞ〉
「……ええ」
さっき握った手を、開いて閉じる。
あの人も、準備してきた。
俺の斧を知っている。
俺が近づこうとするのも、分かっている。
それを相手に、戦う。
胸の奥が、落ち着かなくなってきた。
怖い。
でも、楽しみでもある。
◇
『なお! ただいまご紹介した選手だけが、見どころではありません!』
ミナが、大きな板を振り返った。
百二十八人の名前が、光の中へ並ぶ。
『配信では見せていない技もあるでしょう! 今日初めて、その名前を知る選手もいるでしょう! ぜひ、皆さん自身の注目選手を見つけてください!』
歓声が起きる。
名前を呼ばれていない人たちも、顔を上げていた。
俺は、さっきの弩の男を探した。
もう、人の間に紛れて見えない。
『そして、出場者の皆様へ! 試合中は、配信コメントの閲覧および外部との通話ができなくなります! 観客席からの助言も、選手には届きません!』
MCの声に合わせ、目の前へ案内が表示された。
【試合開始から終了まで、コメント表示・外部通信が停止されます】
「……なるほど。誰かに相手の弱点を教えてもらう、とかはできないわけか」
視界の端では、まだコメントが流れている。
〈修羅、前見ろって言えなくなる〉
〈いつも大体見てないから変わらん〉
〈頑張れ!〉
「見てますよ。……たまには」
そう返してから、闘技場へ目を向けた。
試合が始まったら、頼れるのは自分の目と判断だけだ。
『予選は第一組から、順番に開催いたします! 第一組の選手は、案内に従って準備エリアへお進みください!』
広場の端で、扉が開いた。
係員が旗を掲げる。
人の流れが、そちらへ動き始めた。
レオンも、歩いていく。
その前へ、小さなゴーレムが声をかけた。
二言、三言。
レオンが笑い、拳を下げる。
石の拳と、軽くぶつかった。
それから、扉の向こうへ消えた。
〈まず第一組観戦だな〉
〈レオンの動き見よう〉
〈修羅、串食うなら今〉
俺は、屋台を見た。
まだ、赤い粉の串が焼かれている。
……一つだけ。
「買ってから、観戦しましょうか」
そちらへ歩き出す。
途中で、もう一度だけ自分の組を確認した。
三十二人。
残れるのは、四人。
ヴァイスも、さっきの男もいる。
知らない名前が、まだたくさんある。
俺は表示を閉じ、背中の斧を持ち直した。
今のうちに、よく見ておこう。
自分の番が来るまでに、一つでも。




