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19話 正式リリース決定とイベント

●主人公視点


 はい。今日も元気に、修羅です。


 今はダンジョンの入口で、斧を拭いています。


 刃の付け根って、結構汚れるんですよね。


 そのままにしておくと職人に怒られそうなので、狩りの後はちゃんと手入れするようにしてます。


「……よし」


 黒角の大戦斧を持ち上げる。


 刃に残っていた汚れは取れた。


 柄の金属も緩んでいない。


 握りの革も、大丈夫。


「今日も、よろしくお願いします」


 配信を始め、斧を壁へ立てかけた。


〈こんにちは!〉

〈きた!〉

〈二万人おめでとう!〉

〈おめでとうございます!〉


「はい、こんにちは。……ん?」


 流れてきた文字を、もう一度見る。


 二万人。


 何が?


「……あ」


 表示を開いた。


【チャンネル登録者数:20,163人】


 俺は、しばらく黙った。


 一万じゃない。


 二万。


「……増えるの、早くないですか?」


〈お前が確認するの遅いんだよw〉

〈鬼将戦から来ました〉

〈斧の動画見て登録した〉

〈イトから来ました〉


「イトから?」


 足元を見る。


 本人は、入口の端に張った糸を前脚で触っていた。


 俺の声に反応したのか、動きが止まる。


 それだけ。


 登録者が二万人になったことには、まったく興味がなさそうだった。


「……だそうですよ、イト」


 しゃがんで手を出す。


 イトは一度こちらへ向き直り、それから指へ乗ってきた。


 手首を越えて、腕を登る。


 肩で少し止まったあと、いつもの角の間へ。


〈いた!〉

〈指定席〉

〈今日も乗車完了〉


「はい。乗りました」


 配信用の視点を動かして確認する。


 黒い角の間に、白い腹。


 ずいぶん落ち着いている。


 最初に召喚したときは、こんなところへ乗るとは思わなかった。


「えー……改めて、ありがとうございます。二万人って、まだちょっと実感ないですけど」


 画面の向こうに、それだけ登録してくれた人がいる。


 最初の配信は、誰か見ているのかさえ分からなかった。


 ログアウトして、十人になっているのを見て喜んで。


 それが、今は二万人。


「……これからも、よろしくお願いします」


〈こちらこそ!〉

〈次の狩りも楽しみ〉

〈二万人記念は?〉

〈イトの一日密着〉


「俺の配信なんですけどね」


     ◇


 斧を持ち、広場へ出る。


 まずは、いつもの素振りだ。


 軽く足を動かしてから、両手で柄を握る。


 右上から、斜めに。


 下ろした刃を、体の横へ戻す。


 足を踏み替える。


 もう一回。


 最初のころより、随分扱いやすくなった。


 重さは変わらない。


 でも、その重さがどちらへ動こうとしているのか、分かるようになってきた。


「……ふっ」


 十回ほど振って、一度下ろす。


 そこで、コメントが目に入った。


〈もう二週間か〉

〈初日の棍棒が懐かしい〉

〈まだ二週間だぞ〉


「……あぁ。そういえば、そうですね」


 βテストが始まってから、二週間。


 現実では、まだそれだけしか経っていない。


 なのに、ここでは随分いろいろあった。


 兎を追いかけて。


 猪に吹き飛ばされて。


 火を起こして、肉を焼いて。


 服が脱げなくなって、ガドに助けられた。


「……最初のころ、もうちょっと上手にできなかったんですかね」


〈服は今でも見返してる〉

〈あれで登録した〉

〈防御に専念する装備〉


「忘れてくれてもいいんですよ」


 俺は斧を肩へ乗せた。


 少し離れた岩に、イトがいる。


 その向こうに、広げたダンジョンの入口。


 中には寝床があって、道具があって、配下たちもいる。


 二週間前には、何もなかった。


 それを考えると。


「……結構、頑張りましたね。俺」


〈頑張ってる〉

〈家もできたしな〉

〈次は家具だな〉


「そうなんですよ。座るもの、もうちょっとどうにかしたくて」


 今、入口のそばに置いてあるのは、平らな石だ。


 座れる。


 座れるんですが、長くいると尻が痛い。


 椅子。


 できれば、背もたれつき。


 そんなことを話していると、視界の端に小さな表示が出た。


【運営からのお知らせが届いています】


「……お?」


 斧を下ろす。


 運営。


 何か、変更でも入ったんだろうか。


 表示へ触れた。


     ◇


【アビス・フロンティア・オンライン】


【正式リリース日決定のお知らせ】


 俺は、文字を見た。


 もう一度、見た。


「……正式リリース」


〈来た!〉

〈こっちにも通知来たぞ〉

〈待ってた!〉


 本文を開く。


【βテスト開始から二週間が経過しました】


【ご参加いただいている皆様のプレイデータおよびご報告をもとに、正式サービスに向けた最終調整を進めております】


【このたび、正式リリース日が一週間後に決定いたしました】


「一週間後……!」


 思ったより、近い。


 俺は斧を立てかけ、そばの石へ座った。


 さっきまで尻が痛いと言っていた石だ。


 今は、そんなこと気にならない。


〈やっと入れる!〉

〈ネクサス用意して待ってる〉

〈β落ちたから本当に楽しみ〉

〈修羅の見て小鬼にするって決めた〉


「小鬼ですか。最初、結構不便ですよ?」


〈知ってる〉

〈全部見た〉


「……なら、大丈夫ですね」


 水を探して、荷物を抱えて。


 道具を作って。


 その不便な時間も、今となっては結構好きだ。


 たぶん、画面の向こうにも、それが楽しそうに見えた人がいる。


 ちょっと、うれしかった。


 俺はお知らせを、さらに下へ送った。


【正式サービス移行に伴うデータの取り扱いについて】


 手が止まる。


「……ここ、大事ですね」


〈そこ一番気になる〉

〈拠点どうなるんだ〉

〈イトは残してくれ〉


 俺も、そこは気になっていた。


 育てたキャラクター。


 集めた道具。


 ダンジョン。


 イト。


 もし全部、最初からになったら。


 俺は、ゆっくり文字を追った。


【キャラクターの成長、所持品、所有拠点、配下およびNPCとの関係は、原則として正式サービスへ引き継がれます】


【不具合の修正等に伴う個別の調整については、対象者へ別途ご案内いたします】


「……よかった」


 思ったより、深く息が出た。


 岩の上にいたイトが、こちらへ下りてくる。


 足元で止まったので、手を差し出した。


 乗ってくる。


 いつもどおりの重さだった。


〈イト続投!〉

〈家も残るな〉

〈よかった、本当によかった〉


「また最初からだったら、入口を広げるところまでやり直しでしたね」


〈そこからなのかw〉


「頭ぶつけるので」


 俺はイトを膝へ移した。


 前脚が、腰の革帯へ触れる。


 こいつも、そのまま一緒だ。


 それが分かって、ようやく正式リリースが楽しみになった。


     ◇


「人、増えるんでしょうね」


 お知らせを閉じずに、コメントを見る。


 今でも、いろんな地域でプレイヤーが活動している。


 人間の町。


 エルフの森。


 ドワーフの工房。


 俺がまだ見ていない場所の配信も、たくさんある。


 正式に始まったら、そこへ新しい人たちが入ってくる。


 この辺にも、来るだろうか。


〈近くに出たら会いに行きたい〉

〈まず自力で生き残るところからだな〉

〈人間で始めるから当分会えなさそう〉


「会えたら、よろしくお願いします。ただ、ダンジョンに入るときは声かけてくださいね」


 入口の奥へ目を向ける。


 配下の猪が、通路を横切った。


 でかい背中が、ゆっくり消える。


「……走って入ってくると、ちょっと危ないので」


〈門番に猪いる家〉

〈初見で入る勇気はない〉


 人が増えたら、案内も必要かもしれない。


 入口に何か立てるか。


 勝手に糸へ触らないで、とか。


 猪に近づくな、とか。


 書くことが多い。


 俺が考えていると、コメントが一つ流れた。


〈お知らせ、まだ下あるぞ〉


「ん?」


 続きを送る。


 正式移行のためのメンテナンス案内。


 不具合報告へのお礼。


 その下に、大きな文字があった。


     ◇


【βテスト最終日・公式イベント開催決定】


【第一回アビス闘技大会】


「……大会?」


 俺は姿勢を起こした。


〈対人か!?〉

〈公式大会!〉

〈最後にやるのか!〉


 続きを読む。


【βテストの締めくくりとして、βテスター限定の公式対戦イベントを開催いたします】


【参加は任意です。イベント専用会場への転送により、現在地を問わず参加できます】


【予選を勝ち抜いたプレイヤーによる、個人戦の決勝トーナメントを実施いたします】


 現在地を問わず。


 ということは。


 山の向こうの人間も。


 森にいるエルフも。


 別の大陸にいるプレイヤーも。


 同じ場所へ来る。


 俺は、立てかけていた戦斧を見た。


「……面白そうですね」


〈出よう〉

〈これは見たい〉

〈修羅の対人戦か〉

〈ほかの配信者と当たるかもな〉


 さらに、注意事項が続く。


【装備・習得スキルは、参加時点のものを使用します】


【配下の同行および召喚はできません】


【試合中に生じた負傷・状態異常・装備の損耗は、試合終了後に参加前の状態へ戻ります】


 俺は、膝の上を見た。


 イトが、こちらへ前脚を伸ばしている。


「……イトは、お留守番ですね」


〈応援担当〉

〈終わったら報告しよう〉


 指を差し出すと、脚が触れた。


 ひっかけるようにして、そのまま手へ登ってくる。


「まだ、出るって決めたわけじゃ――」


 言いかけて、止まった。


 自分の手を見た。


 指の付け根に、斧を握る感覚が残っている。


 ガルゼンと戦って、分かったことがあった。


 武器を持った相手は、こっちを見る。


 同じ攻撃を待つ。


 わざと隙を見せる。


 それが相手もプレイヤーになったら、どうなるのか。


 知りたい。


 俺はイトをそばの岩へ移し、立ち上がった。


「……いや。出ます」


〈よし!〉

〈応援する!〉

〈あと一週間だぞ〉


「ですね」


 お知らせの最後にある、参加登録の項目へ触れる。


 確認画面。


 俺は、参加を選んだ。


【第一回アビス闘技大会への参加を受け付けました】


 文字が浮かぶ。


 見ていると、少し緊張してきた。


 押してから言うのも何ですが。


「……強い人、いっぱい来るんでしょうね」


〈来るだろうな〉

〈楽しみだな〉


 俺は、黒角の大戦斧を持ち上げた。


 一週間。


 まだ、やれることはある。


「じゃあ、もう少し振ってから狩りに行きましょうか」


 両手で柄を握る。


 今度は、目の前に相手がいるつもりで。


 踏み込み。


 斧を振る。


 戻す。


 もう一度。


 岩の上で、イトが前脚を動かしていた。






「一週間後、大会なんですよね」


〈そうだぞ〉

〈もう参加登録しただろw〉

〈今になって緊張してきた?〉


「少し」


 黒角の大戦斧を、肩へ乗せる。


 今の俺は、鬼の十三。


 強くはなった。


 ガルゼンにも勝った。


 けど、あの広い世界には、俺の知らない魔物を狩っている人がいる。


 俺より先に進化した人も、いるかもしれない。


「……少しでも、上げておきたいですね。レベル」


〈修行開始か〉

〈まずは狩りだな〉

〈斧術も上げたい〉


「それもですね。武器だけ立派でも、当てられないと意味ないので」


 もう一度だけ、斧を振った。


 刃を戻す。


 足が、止まる。


 よし。


 俺は岩の上へ手を差し出した。


「イト、行きましょう」


 前脚が、指へかかる。


 小さな体が手首を越え、肩へ登ってきた。


 大会では、一緒に戦えない。


 でも、今日の狩りは別だ。


「今日は、ちょっと長めに付き合ってもらいますよ」


     ◇


 ガドを誘いに集落へ寄ると、ちょうど槍の手入れをしていた。


「狩りか」


「はい。今日は東で、少し数を狩ろうと思ってます」


「何のためだ」


「腕試しに参加することになったので。その準備ですね」


 ガドが、俺を見上げた。


「誰とやる」


「……まだ、分かんないです」


「変な腕試しだな」


「俺も、そう思います」


〈説明難しいなw〉

〈大会って言っても分からんか〉


 ガドは槍の穂先を確かめ、立ち上がった。


「なら、飯を持て。途中で戻るのは面倒だ」


「準備してきました」


 袋を持ち上げる。


 水筒。


 焼いた肉。


 集落で交換してもらった薄いパン。


 斧の手入れに使う布も入っている。


「……入れすぎたかもしれません」


「自分で持つならいい」


 はい。


 持ちます。


     ◇


 岩鱗の谷へ着くと、まず周囲を見た。


 風が、岩の隙間を抜けている。


 乾いた草が擦れる音。


 小石の落ちる音。


 その奥で、何かが地面を掻いた。


 俺は、足を止めた。


「……右ですね」


 少し高い岩棚。


 その陰に、灰色の背中が見えた。


「〈鑑定〉」


【岩鱗蜥蜴 Lv.46】

【HP:488/488】


 もう一匹。


 少し離れた場所にもいる。


 俺は、そちらも確かめた。


「二匹。奥のやつは、まだ遠いですね」


 ガドが、俺の視線の先を見る。


「先に下のをやれ。上へ逃がすな」


「分かりました」


 イトを地面へ下ろす。


 岩の間を指し、糸を頼んだ。


 俺は反対側から近づく。


 蜥蜴の顔が上がった。


 前脚が動く。


 走る。


 速い。


 けれど、最初に戦ったときほどではない。


 頭が向かう場所を見て、半歩外へ。


 斧を振る。


 前脚の付け根へ、刃が入った。


 引く。


 戻す。


 蜥蜴が体をひねる。


 尻尾。


 下がって避ける。


 そのまま、相手の横へ回った。


 岩へ逃げようとした鼻先に、糸がかかる。


 顔が止まった。


 そこへ、もう一撃。


 重い刃が、鱗を割る。


 脚が崩れた。


 俺はすぐに抜き、構え直した。


 少し待つ。


 動かない。


【経験値を獲得しました】


「……一匹」


〈安定してきたな〉

〈最初の蜥蜴と全然違う〉


「同じ相手、結構狩りましたからね」


 斧の位置を確かめる。


 今のは、深く入れすぎなかった。


 引き抜くときも、足が余らなかった。


 もう一匹へ目を向ける。


 岩の上で、こちらを見ていた。


「……次、いきましょう」


     ◇


 レベルを上げるだけなら、倒せる相手をどんどん狩ればいい。


 でも、それだけだと同じ動きばかりになる。


 俺は、少しずつ試すことを変えた。


 斧を持つ位置。


 踏み込む距離。


 振った後、どちらへ抜けるか。


 狭いところでは、刃に近い部分を持つ。


 広いところでは、少し長く持ってみる。


 届く。


 ただ、戻すのは遅くなる。


「……こっちは、使うところ選びますね」


〈間合い変わるの面白い〉

〈大会だと持ち方で読まれそう〉


「確かに。手元も、見られますよね」


 ガルゼンには、何度も見られた。


 首飾りも。


 斧の構えも。


 俺が何をしようとしているのか、探っていた。


 プレイヤーも、きっと見る。


 俺は、斧を握り直した。


 今度は、振りかぶってから少し止める。


 蜥蜴が頭を引いた。


 そこで踏み込む。


 短く、脚へ。


 刃が入る。


 戻す。


「……これ、もうちょっと練習したいですね」


「そいつも見てるぞ」


 ガドが言った。


 蜥蜴は傷めた脚を引き、俺へ頭を向けていた。


 さっきみたいには、近づいてこない。


「……ですね」


 練習相手も、生きている。


 都合よく、同じことはさせてくれない。


     ◇


 昼前に、最初の表示が出た。


【レベルが上がりました】


【種族Lv:13→14【UP!】】


「……一つ」


〈おめでとう!〉

〈まず一歩〉


 斧を下ろす。


 ガルゼンのときは、まとめて五つ上がった。


 今日は、一つずつだ。


 それでも、上がるとうれしい。


 同じ武器が、少し扱いやすくなる。


 息も、さっきより整えやすい気がした。


 俺は水を飲み、近くの岩へ座った。


「ちょっと休憩します」


 イトが、足元へ寄ってくる。


 俺が袋へ手を入れると、前脚を持ち上げた。


「はいはい。飯ですね」


〈休憩もちゃんと取るの偉い〉

〈喰命でHP戻っても疲れるもんな〉


「そうなんですよ。腕は普通に重いです」


 回復しているからといって、振り続けられるわけじゃない。


 俺は斧を横へ置き、指を開いた。


 布で汗を拭う。


 肉をかじる。


 隣でガドも、黙って飯を食べていた。


 しばらくして、俺の斧を見た。


「刃、見ろ」


「ん?」


 持ち上げる。


 刃の端に、小さな欠けがあった。


 岩へ当てたときのものだ。


「……あぁ」


「帰ったら直せ」


「はい」


 レベルだけじゃない。


 武器も、ちゃんと残して帰らないと。


     ◇


 午後は、火喰いの岩場へ進んだ。


 風向きを確かめる。


 岩の焦げ跡を見る。


 少し先で、赤い棘が動いた。


 俺はガドへ手を上げた。


「いました」


【火喰い蜥蜴 Lv.52】

【HP:796/796】


 背中の棘。


 口元から漏れる、薄い煙。


 以前、俺を進化まで押し上げてくれた魔物だ。


 今回も、お願いしたい。


「……今日は斧で、いきます」


〈炎気をつけろ〉

〈鱗ごといけるか?〉


「試します。ただ、正面は避けます」


 イトは、風上の岩へ移した。


 火の通り道には、近づけない。


 俺は短剣の位置も確かめ、斧を構えた。


 蜥蜴の棘が、明るくなる。


 顔が、こちらへ向いた。


 俺は走った。


 口が開く。


 炎。


 岩の縁をなめるように、赤いものが広がる。


 止まらない。


 横へ抜け、さらに回る。


 熱が、頬をたたいた。


「っ、熱……!」


 炎が切れた。


 蜥蜴の喉が、上下する。


 俺は踏み込んだ。


「〈鬼装〉!」


 斧に、赤い光が走る。


 前脚の後ろ。


 斜めに、打ち込む。


 刃が、厚い皮へ入った。


 蜥蜴が鳴く。


 俺は引き抜いた。


 戻る。


 体がひねられる。


 尻尾を下がって避け、斧を低く構え直す。


「……通る」


〈入った!〉

〈短剣のときより一撃重そう〉


 蜥蜴が口を開く。


 棘は、まだ暗い。


 炎じゃない。


 俺はすぐには走らず、頭の動きを見た。


 噛みつき。


 半歩引く。


 伸びた首へ、短く斧を合わせた。


 硬い感触。


 刃が滑りかける。


 無理に押し込まず、抜いた。


 そのまま、左へ。


 後ろで、牙が閉じる音がした。


「……危な」


 でも、見えた。


 炎の前と、噛みつきの前。


 少しだけ、違う。


 俺は相手の棘を見ながら、足を動かした。


     ◇


 その日の最後の一匹を倒すころには、腕が随分重くなっていた。


 蜥蜴が倒れる。


 斧を抜く。


 表示が、続けて浮かんだ。


【経験値を獲得しました】


【〈喰命〉が発動しました】


【レベルが上がりました】


【種族Lv:16→17【UP!】】


【〈斧術〉のレベルが上がりました】


【斧術 Lv.2→Lv.3【UP!】】


「……来た」


 俺は、柄を握った手を見た。


 持ち直す。


 刃が、自然に構えへ収まった。


 まだ重い。


 疲れてもいる。


 でも、戻すときに手首で無理に向きを直さなくていい。


「斧術、三になりました」


〈おめでとう!〉

〈今日はかなり振ったな〉

〈レベルも四つか〉


「ですね。……今日は、ここまでにしましょう」


「そうしろ」


 ガドが即答した。


 素材袋を持ち上げる。


 朝より、明らかに膨らんでいた。


「……持てます?」


「お前の分だ」


「はい」


 分かってました。


     ◇


 翌日は、昼からの配信にした。


 朝は職人に斧の刃を直してもらい、防具の留め紐も交換してもらった。


 その間に、現実で飯も食った。


 水も飲んだ。


 ずっとこっちにいると忘れそうになるが、向こうの俺にも食事は必要だ。


「はい。今日は、昨日の続きです」


〈こんにちは〉

〈斧直った?〉

〈大会まで六日!〉


「直りました。……六日ですか」


 減っている。


 当たり前なんですけど。


 俺は斧を肩から下ろした。


「じゃ、今日も少しずつですね」


     ◇


 二日目は、魔物を見つけるところから意識した。


 先に見つければ、地形を選べる。


 数も、確かめられる。


 斧を振る余裕も作れる。


 足を止める。


 風の音を聞く。


 石の転がる音。


 岩肌を擦る、硬い音。


「……上」


 見上げると、蜥蜴の尻尾が岩の縁へ消えた。


 追う前に、横を見る。


 もう一匹。


 そちらは、岩の陰からこちらを見ていた。


「二匹ですね。奥にも、いるかも」


 ガドが足を止めた。


「下も見ろ」


 地面へ目を落とす。


 砂に、細い跡。


 岩の割れ目へ続いている。


 俺はしゃがまず、少し離れたところから覗いた。


 小さな蜥蜴が、一匹。


「……三匹」


「数えてから動け」


「はい」


 見つけた一匹だけを見ていたら、こういうのを踏む。


 それは、分かっていたはずなのに。


 俺はもう一度、周りを見直した。


     ◇


 狩りを重ねる。


 斧を振る。


 相手の動きが小さいときは、短剣へ持ち替える。


 鬼装は、硬い場所へ刃を通したいときだけ。


 解除し忘れてMPを減らすこともあったが、昼を過ぎるころには、戦闘が終われば自然に切れるようになってきた。


「……つけっぱなしだと、意外と減りますね」


〈さっきも光ってたぞ〉

〈帰り道まで鬼装するなw〉


「はい。気をつけます」


 昼の休憩を挟み、火喰い蜥蜴へもう一度挑む。


 炎を避ける。


 踏み込む。


 鬼装を、斧へ。


 刃を通す。


 抜いて、戻す。


 赤い光が、前より早く刃先まで届いた。


 違和感があって、手元を見る。


【〈鬼装〉のレベルが上がりました】


【鬼装 Lv.1→Lv.2【UP!】】


「……お」


 蜥蜴の棘が、赤くなった。


「今は、見れません!」


 慌てて走る。


〈また戦闘中w〉

〈後にしろ!〉


「してます!」


 炎が、すぐ後ろを抜けた。


 俺は止まらず回り込み、相手の横へ出た。


 赤く染まった斧を、両手で構える。


 使いやすくなった感覚を、今度は敵へ向けた。


     ◇


 夕方。


 水場のそばで、俺は袋を下ろした。


 今日は、もういっぱいだ。


 俺の腕も、だいたいいっぱいだった。


「……二日で、結構上がりましたね」


 表示を開く。


【種族Lv:13→20【UP!】】


【斧術 Lv.2→Lv.3【UP!】】


【鬼装 Lv.1→Lv.2【UP!】】


【索敵 Lv.2→Lv.3【UP!】】


 索敵が上がったのは、少し前だ。


 岩の裏にいた魔物の足音が、風の音の間から拾いやすくなった。


 何でも分かるわけではない。


 でも、音がしたときに、すぐ振り向ける。


 その違いは大きかった。


〈二十おめでとう!〉

〈いい感じに育ってる〉

〈斧術三、鬼装二、索敵三か〉


「はい。全部いっぺんには無理ですけど、よく使ったものは上がりましたね」


 鬼力も使った。


 鬼震も、集まった蜥蜴相手に試した。


 衝撃波で倒した分も、喰命はちゃんと働いた。


 ただ、それだけで押し切ろうとするとMPが足りなくなる。


 大会なら、なおさらだ。


 相手は、都合よく何匹も並んではくれない。


「……もう少し、使うところ考えないとですね」


 ガドが、水筒の栓を閉めた。


「まだやるのか」


「今日は帰ります」


 俺はすぐに答えた。


 足元を見る。


 イトが袋の上へ登ろうとしていた。


 膨らんだ口のところで、前脚が空を切る。


 手を差し出すと、そちらへ移ってきた。


「イトも、お疲れさまです」


 肩へ乗せる。


 そのまま、頭の上へ。


〈定位置〉

〈今日はいっぱい働いたもんな〉


 俺は袋を担いだ。


 重い。


 でも、昨日よりは楽に上がった。


 レベルが上がった実感が、こういうところにもある。


「……あ」


 ガドが振り返る。


「何だ」


「帰ったら、ガルゼンのところへ行く準備しません?」


 ガドの目が、俺の斧へ落ちた。


「また殴られに行くのか」


「……教わりに、です」


〈実戦の次は対人練習か〉

〈先生に成果見せよう〉


 俺は、柄へ手を添えた。


 振って、戻す。


 最初に言われたことは、前よりできるようになった。


 今度は、この斧を見てもらおう。


 大会まで、あと五日。


 まだ、強くなれるはずだ。

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