19話 正式リリース決定とイベント
●主人公視点
はい。今日も元気に、修羅です。
今はダンジョンの入口で、斧を拭いています。
刃の付け根って、結構汚れるんですよね。
そのままにしておくと職人に怒られそうなので、狩りの後はちゃんと手入れするようにしてます。
「……よし」
黒角の大戦斧を持ち上げる。
刃に残っていた汚れは取れた。
柄の金属も緩んでいない。
握りの革も、大丈夫。
「今日も、よろしくお願いします」
配信を始め、斧を壁へ立てかけた。
〈こんにちは!〉
〈きた!〉
〈二万人おめでとう!〉
〈おめでとうございます!〉
「はい、こんにちは。……ん?」
流れてきた文字を、もう一度見る。
二万人。
何が?
「……あ」
表示を開いた。
【チャンネル登録者数:20,163人】
俺は、しばらく黙った。
一万じゃない。
二万。
「……増えるの、早くないですか?」
〈お前が確認するの遅いんだよw〉
〈鬼将戦から来ました〉
〈斧の動画見て登録した〉
〈イトから来ました〉
「イトから?」
足元を見る。
本人は、入口の端に張った糸を前脚で触っていた。
俺の声に反応したのか、動きが止まる。
それだけ。
登録者が二万人になったことには、まったく興味がなさそうだった。
「……だそうですよ、イト」
しゃがんで手を出す。
イトは一度こちらへ向き直り、それから指へ乗ってきた。
手首を越えて、腕を登る。
肩で少し止まったあと、いつもの角の間へ。
〈いた!〉
〈指定席〉
〈今日も乗車完了〉
「はい。乗りました」
配信用の視点を動かして確認する。
黒い角の間に、白い腹。
ずいぶん落ち着いている。
最初に召喚したときは、こんなところへ乗るとは思わなかった。
「えー……改めて、ありがとうございます。二万人って、まだちょっと実感ないですけど」
画面の向こうに、それだけ登録してくれた人がいる。
最初の配信は、誰か見ているのかさえ分からなかった。
ログアウトして、十人になっているのを見て喜んで。
それが、今は二万人。
「……これからも、よろしくお願いします」
〈こちらこそ!〉
〈次の狩りも楽しみ〉
〈二万人記念は?〉
〈イトの一日密着〉
「俺の配信なんですけどね」
◇
斧を持ち、広場へ出る。
まずは、いつもの素振りだ。
軽く足を動かしてから、両手で柄を握る。
右上から、斜めに。
下ろした刃を、体の横へ戻す。
足を踏み替える。
もう一回。
最初のころより、随分扱いやすくなった。
重さは変わらない。
でも、その重さがどちらへ動こうとしているのか、分かるようになってきた。
「……ふっ」
十回ほど振って、一度下ろす。
そこで、コメントが目に入った。
〈もう二週間か〉
〈初日の棍棒が懐かしい〉
〈まだ二週間だぞ〉
「……あぁ。そういえば、そうですね」
βテストが始まってから、二週間。
現実では、まだそれだけしか経っていない。
なのに、ここでは随分いろいろあった。
兎を追いかけて。
猪に吹き飛ばされて。
火を起こして、肉を焼いて。
服が脱げなくなって、ガドに助けられた。
「……最初のころ、もうちょっと上手にできなかったんですかね」
〈服は今でも見返してる〉
〈あれで登録した〉
〈防御に専念する装備〉
「忘れてくれてもいいんですよ」
俺は斧を肩へ乗せた。
少し離れた岩に、イトがいる。
その向こうに、広げたダンジョンの入口。
中には寝床があって、道具があって、配下たちもいる。
二週間前には、何もなかった。
それを考えると。
「……結構、頑張りましたね。俺」
〈頑張ってる〉
〈家もできたしな〉
〈次は家具だな〉
「そうなんですよ。座るもの、もうちょっとどうにかしたくて」
今、入口のそばに置いてあるのは、平らな石だ。
座れる。
座れるんですが、長くいると尻が痛い。
椅子。
できれば、背もたれつき。
そんなことを話していると、視界の端に小さな表示が出た。
【運営からのお知らせが届いています】
「……お?」
斧を下ろす。
運営。
何か、変更でも入ったんだろうか。
表示へ触れた。
◇
【アビス・フロンティア・オンライン】
【正式リリース日決定のお知らせ】
俺は、文字を見た。
もう一度、見た。
「……正式リリース」
〈来た!〉
〈こっちにも通知来たぞ〉
〈待ってた!〉
本文を開く。
【βテスト開始から二週間が経過しました】
【ご参加いただいている皆様のプレイデータおよびご報告をもとに、正式サービスに向けた最終調整を進めております】
【このたび、正式リリース日が一週間後に決定いたしました】
「一週間後……!」
思ったより、近い。
俺は斧を立てかけ、そばの石へ座った。
さっきまで尻が痛いと言っていた石だ。
今は、そんなこと気にならない。
〈やっと入れる!〉
〈ネクサス用意して待ってる〉
〈β落ちたから本当に楽しみ〉
〈修羅の見て小鬼にするって決めた〉
「小鬼ですか。最初、結構不便ですよ?」
〈知ってる〉
〈全部見た〉
「……なら、大丈夫ですね」
水を探して、荷物を抱えて。
道具を作って。
その不便な時間も、今となっては結構好きだ。
たぶん、画面の向こうにも、それが楽しそうに見えた人がいる。
ちょっと、うれしかった。
俺はお知らせを、さらに下へ送った。
【正式サービス移行に伴うデータの取り扱いについて】
手が止まる。
「……ここ、大事ですね」
〈そこ一番気になる〉
〈拠点どうなるんだ〉
〈イトは残してくれ〉
俺も、そこは気になっていた。
育てたキャラクター。
集めた道具。
ダンジョン。
イト。
もし全部、最初からになったら。
俺は、ゆっくり文字を追った。
【キャラクターの成長、所持品、所有拠点、配下およびNPCとの関係は、原則として正式サービスへ引き継がれます】
【不具合の修正等に伴う個別の調整については、対象者へ別途ご案内いたします】
「……よかった」
思ったより、深く息が出た。
岩の上にいたイトが、こちらへ下りてくる。
足元で止まったので、手を差し出した。
乗ってくる。
いつもどおりの重さだった。
〈イト続投!〉
〈家も残るな〉
〈よかった、本当によかった〉
「また最初からだったら、入口を広げるところまでやり直しでしたね」
〈そこからなのかw〉
「頭ぶつけるので」
俺はイトを膝へ移した。
前脚が、腰の革帯へ触れる。
こいつも、そのまま一緒だ。
それが分かって、ようやく正式リリースが楽しみになった。
◇
「人、増えるんでしょうね」
お知らせを閉じずに、コメントを見る。
今でも、いろんな地域でプレイヤーが活動している。
人間の町。
エルフの森。
ドワーフの工房。
俺がまだ見ていない場所の配信も、たくさんある。
正式に始まったら、そこへ新しい人たちが入ってくる。
この辺にも、来るだろうか。
〈近くに出たら会いに行きたい〉
〈まず自力で生き残るところからだな〉
〈人間で始めるから当分会えなさそう〉
「会えたら、よろしくお願いします。ただ、ダンジョンに入るときは声かけてくださいね」
入口の奥へ目を向ける。
配下の猪が、通路を横切った。
でかい背中が、ゆっくり消える。
「……走って入ってくると、ちょっと危ないので」
〈門番に猪いる家〉
〈初見で入る勇気はない〉
人が増えたら、案内も必要かもしれない。
入口に何か立てるか。
勝手に糸へ触らないで、とか。
猪に近づくな、とか。
書くことが多い。
俺が考えていると、コメントが一つ流れた。
〈お知らせ、まだ下あるぞ〉
「ん?」
続きを送る。
正式移行のためのメンテナンス案内。
不具合報告へのお礼。
その下に、大きな文字があった。
◇
【βテスト最終日・公式イベント開催決定】
【第一回アビス闘技大会】
「……大会?」
俺は姿勢を起こした。
〈対人か!?〉
〈公式大会!〉
〈最後にやるのか!〉
続きを読む。
【βテストの締めくくりとして、βテスター限定の公式対戦イベントを開催いたします】
【参加は任意です。イベント専用会場への転送により、現在地を問わず参加できます】
【予選を勝ち抜いたプレイヤーによる、個人戦の決勝トーナメントを実施いたします】
現在地を問わず。
ということは。
山の向こうの人間も。
森にいるエルフも。
別の大陸にいるプレイヤーも。
同じ場所へ来る。
俺は、立てかけていた戦斧を見た。
「……面白そうですね」
〈出よう〉
〈これは見たい〉
〈修羅の対人戦か〉
〈ほかの配信者と当たるかもな〉
さらに、注意事項が続く。
【装備・習得スキルは、参加時点のものを使用します】
【配下の同行および召喚はできません】
【試合中に生じた負傷・状態異常・装備の損耗は、試合終了後に参加前の状態へ戻ります】
俺は、膝の上を見た。
イトが、こちらへ前脚を伸ばしている。
「……イトは、お留守番ですね」
〈応援担当〉
〈終わったら報告しよう〉
指を差し出すと、脚が触れた。
ひっかけるようにして、そのまま手へ登ってくる。
「まだ、出るって決めたわけじゃ――」
言いかけて、止まった。
自分の手を見た。
指の付け根に、斧を握る感覚が残っている。
ガルゼンと戦って、分かったことがあった。
武器を持った相手は、こっちを見る。
同じ攻撃を待つ。
わざと隙を見せる。
それが相手もプレイヤーになったら、どうなるのか。
知りたい。
俺はイトをそばの岩へ移し、立ち上がった。
「……いや。出ます」
〈よし!〉
〈応援する!〉
〈あと一週間だぞ〉
「ですね」
お知らせの最後にある、参加登録の項目へ触れる。
確認画面。
俺は、参加を選んだ。
【第一回アビス闘技大会への参加を受け付けました】
文字が浮かぶ。
見ていると、少し緊張してきた。
押してから言うのも何ですが。
「……強い人、いっぱい来るんでしょうね」
〈来るだろうな〉
〈楽しみだな〉
俺は、黒角の大戦斧を持ち上げた。
一週間。
まだ、やれることはある。
「じゃあ、もう少し振ってから狩りに行きましょうか」
両手で柄を握る。
今度は、目の前に相手がいるつもりで。
踏み込み。
斧を振る。
戻す。
もう一度。
岩の上で、イトが前脚を動かしていた。
「一週間後、大会なんですよね」
〈そうだぞ〉
〈もう参加登録しただろw〉
〈今になって緊張してきた?〉
「少し」
黒角の大戦斧を、肩へ乗せる。
今の俺は、鬼の十三。
強くはなった。
ガルゼンにも勝った。
けど、あの広い世界には、俺の知らない魔物を狩っている人がいる。
俺より先に進化した人も、いるかもしれない。
「……少しでも、上げておきたいですね。レベル」
〈修行開始か〉
〈まずは狩りだな〉
〈斧術も上げたい〉
「それもですね。武器だけ立派でも、当てられないと意味ないので」
もう一度だけ、斧を振った。
刃を戻す。
足が、止まる。
よし。
俺は岩の上へ手を差し出した。
「イト、行きましょう」
前脚が、指へかかる。
小さな体が手首を越え、肩へ登ってきた。
大会では、一緒に戦えない。
でも、今日の狩りは別だ。
「今日は、ちょっと長めに付き合ってもらいますよ」
◇
ガドを誘いに集落へ寄ると、ちょうど槍の手入れをしていた。
「狩りか」
「はい。今日は東で、少し数を狩ろうと思ってます」
「何のためだ」
「腕試しに参加することになったので。その準備ですね」
ガドが、俺を見上げた。
「誰とやる」
「……まだ、分かんないです」
「変な腕試しだな」
「俺も、そう思います」
〈説明難しいなw〉
〈大会って言っても分からんか〉
ガドは槍の穂先を確かめ、立ち上がった。
「なら、飯を持て。途中で戻るのは面倒だ」
「準備してきました」
袋を持ち上げる。
水筒。
焼いた肉。
集落で交換してもらった薄いパン。
斧の手入れに使う布も入っている。
「……入れすぎたかもしれません」
「自分で持つならいい」
はい。
持ちます。
◇
岩鱗の谷へ着くと、まず周囲を見た。
風が、岩の隙間を抜けている。
乾いた草が擦れる音。
小石の落ちる音。
その奥で、何かが地面を掻いた。
俺は、足を止めた。
「……右ですね」
少し高い岩棚。
その陰に、灰色の背中が見えた。
「〈鑑定〉」
【岩鱗蜥蜴 Lv.46】
【HP:488/488】
もう一匹。
少し離れた場所にもいる。
俺は、そちらも確かめた。
「二匹。奥のやつは、まだ遠いですね」
ガドが、俺の視線の先を見る。
「先に下のをやれ。上へ逃がすな」
「分かりました」
イトを地面へ下ろす。
岩の間を指し、糸を頼んだ。
俺は反対側から近づく。
蜥蜴の顔が上がった。
前脚が動く。
走る。
速い。
けれど、最初に戦ったときほどではない。
頭が向かう場所を見て、半歩外へ。
斧を振る。
前脚の付け根へ、刃が入った。
引く。
戻す。
蜥蜴が体をひねる。
尻尾。
下がって避ける。
そのまま、相手の横へ回った。
岩へ逃げようとした鼻先に、糸がかかる。
顔が止まった。
そこへ、もう一撃。
重い刃が、鱗を割る。
脚が崩れた。
俺はすぐに抜き、構え直した。
少し待つ。
動かない。
【経験値を獲得しました】
「……一匹」
〈安定してきたな〉
〈最初の蜥蜴と全然違う〉
「同じ相手、結構狩りましたからね」
斧の位置を確かめる。
今のは、深く入れすぎなかった。
引き抜くときも、足が余らなかった。
もう一匹へ目を向ける。
岩の上で、こちらを見ていた。
「……次、いきましょう」
◇
レベルを上げるだけなら、倒せる相手をどんどん狩ればいい。
でも、それだけだと同じ動きばかりになる。
俺は、少しずつ試すことを変えた。
斧を持つ位置。
踏み込む距離。
振った後、どちらへ抜けるか。
狭いところでは、刃に近い部分を持つ。
広いところでは、少し長く持ってみる。
届く。
ただ、戻すのは遅くなる。
「……こっちは、使うところ選びますね」
〈間合い変わるの面白い〉
〈大会だと持ち方で読まれそう〉
「確かに。手元も、見られますよね」
ガルゼンには、何度も見られた。
首飾りも。
斧の構えも。
俺が何をしようとしているのか、探っていた。
プレイヤーも、きっと見る。
俺は、斧を握り直した。
今度は、振りかぶってから少し止める。
蜥蜴が頭を引いた。
そこで踏み込む。
短く、脚へ。
刃が入る。
戻す。
「……これ、もうちょっと練習したいですね」
「そいつも見てるぞ」
ガドが言った。
蜥蜴は傷めた脚を引き、俺へ頭を向けていた。
さっきみたいには、近づいてこない。
「……ですね」
練習相手も、生きている。
都合よく、同じことはさせてくれない。
◇
昼前に、最初の表示が出た。
【レベルが上がりました】
【種族Lv:13→14【UP!】】
「……一つ」
〈おめでとう!〉
〈まず一歩〉
斧を下ろす。
ガルゼンのときは、まとめて五つ上がった。
今日は、一つずつだ。
それでも、上がるとうれしい。
同じ武器が、少し扱いやすくなる。
息も、さっきより整えやすい気がした。
俺は水を飲み、近くの岩へ座った。
「ちょっと休憩します」
イトが、足元へ寄ってくる。
俺が袋へ手を入れると、前脚を持ち上げた。
「はいはい。飯ですね」
〈休憩もちゃんと取るの偉い〉
〈喰命でHP戻っても疲れるもんな〉
「そうなんですよ。腕は普通に重いです」
回復しているからといって、振り続けられるわけじゃない。
俺は斧を横へ置き、指を開いた。
布で汗を拭う。
肉をかじる。
隣でガドも、黙って飯を食べていた。
しばらくして、俺の斧を見た。
「刃、見ろ」
「ん?」
持ち上げる。
刃の端に、小さな欠けがあった。
岩へ当てたときのものだ。
「……あぁ」
「帰ったら直せ」
「はい」
レベルだけじゃない。
武器も、ちゃんと残して帰らないと。
◇
午後は、火喰いの岩場へ進んだ。
風向きを確かめる。
岩の焦げ跡を見る。
少し先で、赤い棘が動いた。
俺はガドへ手を上げた。
「いました」
【火喰い蜥蜴 Lv.52】
【HP:796/796】
背中の棘。
口元から漏れる、薄い煙。
以前、俺を進化まで押し上げてくれた魔物だ。
今回も、お願いしたい。
「……今日は斧で、いきます」
〈炎気をつけろ〉
〈鱗ごといけるか?〉
「試します。ただ、正面は避けます」
イトは、風上の岩へ移した。
火の通り道には、近づけない。
俺は短剣の位置も確かめ、斧を構えた。
蜥蜴の棘が、明るくなる。
顔が、こちらへ向いた。
俺は走った。
口が開く。
炎。
岩の縁をなめるように、赤いものが広がる。
止まらない。
横へ抜け、さらに回る。
熱が、頬をたたいた。
「っ、熱……!」
炎が切れた。
蜥蜴の喉が、上下する。
俺は踏み込んだ。
「〈鬼装〉!」
斧に、赤い光が走る。
前脚の後ろ。
斜めに、打ち込む。
刃が、厚い皮へ入った。
蜥蜴が鳴く。
俺は引き抜いた。
戻る。
体がひねられる。
尻尾を下がって避け、斧を低く構え直す。
「……通る」
〈入った!〉
〈短剣のときより一撃重そう〉
蜥蜴が口を開く。
棘は、まだ暗い。
炎じゃない。
俺はすぐには走らず、頭の動きを見た。
噛みつき。
半歩引く。
伸びた首へ、短く斧を合わせた。
硬い感触。
刃が滑りかける。
無理に押し込まず、抜いた。
そのまま、左へ。
後ろで、牙が閉じる音がした。
「……危な」
でも、見えた。
炎の前と、噛みつきの前。
少しだけ、違う。
俺は相手の棘を見ながら、足を動かした。
◇
その日の最後の一匹を倒すころには、腕が随分重くなっていた。
蜥蜴が倒れる。
斧を抜く。
表示が、続けて浮かんだ。
【経験値を獲得しました】
【〈喰命〉が発動しました】
【レベルが上がりました】
【種族Lv:16→17【UP!】】
【〈斧術〉のレベルが上がりました】
【斧術 Lv.2→Lv.3【UP!】】
「……来た」
俺は、柄を握った手を見た。
持ち直す。
刃が、自然に構えへ収まった。
まだ重い。
疲れてもいる。
でも、戻すときに手首で無理に向きを直さなくていい。
「斧術、三になりました」
〈おめでとう!〉
〈今日はかなり振ったな〉
〈レベルも四つか〉
「ですね。……今日は、ここまでにしましょう」
「そうしろ」
ガドが即答した。
素材袋を持ち上げる。
朝より、明らかに膨らんでいた。
「……持てます?」
「お前の分だ」
「はい」
分かってました。
◇
翌日は、昼からの配信にした。
朝は職人に斧の刃を直してもらい、防具の留め紐も交換してもらった。
その間に、現実で飯も食った。
水も飲んだ。
ずっとこっちにいると忘れそうになるが、向こうの俺にも食事は必要だ。
「はい。今日は、昨日の続きです」
〈こんにちは〉
〈斧直った?〉
〈大会まで六日!〉
「直りました。……六日ですか」
減っている。
当たり前なんですけど。
俺は斧を肩から下ろした。
「じゃ、今日も少しずつですね」
◇
二日目は、魔物を見つけるところから意識した。
先に見つければ、地形を選べる。
数も、確かめられる。
斧を振る余裕も作れる。
足を止める。
風の音を聞く。
石の転がる音。
岩肌を擦る、硬い音。
「……上」
見上げると、蜥蜴の尻尾が岩の縁へ消えた。
追う前に、横を見る。
もう一匹。
そちらは、岩の陰からこちらを見ていた。
「二匹ですね。奥にも、いるかも」
ガドが足を止めた。
「下も見ろ」
地面へ目を落とす。
砂に、細い跡。
岩の割れ目へ続いている。
俺はしゃがまず、少し離れたところから覗いた。
小さな蜥蜴が、一匹。
「……三匹」
「数えてから動け」
「はい」
見つけた一匹だけを見ていたら、こういうのを踏む。
それは、分かっていたはずなのに。
俺はもう一度、周りを見直した。
◇
狩りを重ねる。
斧を振る。
相手の動きが小さいときは、短剣へ持ち替える。
鬼装は、硬い場所へ刃を通したいときだけ。
解除し忘れてMPを減らすこともあったが、昼を過ぎるころには、戦闘が終われば自然に切れるようになってきた。
「……つけっぱなしだと、意外と減りますね」
〈さっきも光ってたぞ〉
〈帰り道まで鬼装するなw〉
「はい。気をつけます」
昼の休憩を挟み、火喰い蜥蜴へもう一度挑む。
炎を避ける。
踏み込む。
鬼装を、斧へ。
刃を通す。
抜いて、戻す。
赤い光が、前より早く刃先まで届いた。
違和感があって、手元を見る。
【〈鬼装〉のレベルが上がりました】
【鬼装 Lv.1→Lv.2【UP!】】
「……お」
蜥蜴の棘が、赤くなった。
「今は、見れません!」
慌てて走る。
〈また戦闘中w〉
〈後にしろ!〉
「してます!」
炎が、すぐ後ろを抜けた。
俺は止まらず回り込み、相手の横へ出た。
赤く染まった斧を、両手で構える。
使いやすくなった感覚を、今度は敵へ向けた。
◇
夕方。
水場のそばで、俺は袋を下ろした。
今日は、もういっぱいだ。
俺の腕も、だいたいいっぱいだった。
「……二日で、結構上がりましたね」
表示を開く。
【種族Lv:13→20【UP!】】
【斧術 Lv.2→Lv.3【UP!】】
【鬼装 Lv.1→Lv.2【UP!】】
【索敵 Lv.2→Lv.3【UP!】】
索敵が上がったのは、少し前だ。
岩の裏にいた魔物の足音が、風の音の間から拾いやすくなった。
何でも分かるわけではない。
でも、音がしたときに、すぐ振り向ける。
その違いは大きかった。
〈二十おめでとう!〉
〈いい感じに育ってる〉
〈斧術三、鬼装二、索敵三か〉
「はい。全部いっぺんには無理ですけど、よく使ったものは上がりましたね」
鬼力も使った。
鬼震も、集まった蜥蜴相手に試した。
衝撃波で倒した分も、喰命はちゃんと働いた。
ただ、それだけで押し切ろうとするとMPが足りなくなる。
大会なら、なおさらだ。
相手は、都合よく何匹も並んではくれない。
「……もう少し、使うところ考えないとですね」
ガドが、水筒の栓を閉めた。
「まだやるのか」
「今日は帰ります」
俺はすぐに答えた。
足元を見る。
イトが袋の上へ登ろうとしていた。
膨らんだ口のところで、前脚が空を切る。
手を差し出すと、そちらへ移ってきた。
「イトも、お疲れさまです」
肩へ乗せる。
そのまま、頭の上へ。
〈定位置〉
〈今日はいっぱい働いたもんな〉
俺は袋を担いだ。
重い。
でも、昨日よりは楽に上がった。
レベルが上がった実感が、こういうところにもある。
「……あ」
ガドが振り返る。
「何だ」
「帰ったら、ガルゼンのところへ行く準備しません?」
ガドの目が、俺の斧へ落ちた。
「また殴られに行くのか」
「……教わりに、です」
〈実戦の次は対人練習か〉
〈先生に成果見せよう〉
俺は、柄へ手を添えた。
振って、戻す。
最初に言われたことは、前よりできるようになった。
今度は、この斧を見てもらおう。
大会まで、あと五日。
まだ、強くなれるはずだ。




