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28/107

18話 黒角の鬼将・ガルゼン

●主人公視点


 戦斧が、正面から来た。


 俺は柄を斜めに立て、刃の付け根へ押し当てる。


 重い。


 靴底が、石畳を擦った。


 でも、今は押し返せる。


「っ、らぁ!」


 脚へ力を込める。


 ガルゼンの斧が、わずかに横へ流れた。


 空いた右脇。


 さっき、刃が通った場所だ。


 俺は踏み込もうとして――止まった。


 ガルゼンの右手が、柄の下へ動いている。


 脇を、見せている。


「……っ!」


 斧の柄が、跳ね上がった。


 俺は体をひねった。


 先端が、顎の横を通り過ぎる。


 避けた。


 けれど、自分の斧が外へ開いていた。


 戻すには、遅い。


 右手を離した。


 腰へ。


 短剣を抜き、伸びてきた腕へ刃を当てる。


 赤い線が走った。


 ガルゼンの手が引かれる。


 その間に下がり、短剣を構えた。


〈今の罠か!?〉

〈同じところ狙うの待ってた〉

〈短剣あってよかったな〉


「……ええ。本当に」


 左手に戦斧。


 右手に短剣。


 どっちも持ったままだと、扱いにくい。


 俺はさらに距離を取り、短剣を鞘へ戻した。


 斧を、両手で握り直す。


 ガルゼンが、切られた腕を見た。


「気づいたか」


「一回、腹に食らってますからね」


「なら、次も見ろ」


「次、なしにしません?」


 返事はなかった。


 斧が、肩へ上がった。


 ……ですよね。


     ◇


 ガルゼンが、前へ出る。


 大きな横薙ぎ。


 俺は後ろへ下がった。


 刃先が、胸の前を通る。


 次は、柄。


 そう思って構えると、相手の脚が飛んできた。


「ぐっ!」


 腹へ、蹴りが入る。


 新しい胴当てが、鈍い音を立てた。


 体が後ろへ流れる。


 踏ん張ろうとした、その瞬間。


 腕が、急に重くなった。


【〈鬼力〉の効果が終了しました】


 ……切れた。


 持ち上げていた斧が、下がる。


 ガルゼンは、それを見逃さなかった。


 一歩。


 もう一歩。


 振り下ろされる刃から、横へ逃げた。


 肩へ、石の破片が当たる。


 構え直す。


 遅い。


 さっきまでと、同じつもりで動いてはいけない。


「……〈鬼装〉、解除」


 刃にまとわりついていた赤色が消える。


 視界の端へ目を向けた。


【HP:184/517】

【MP:37/94】


 鬼震、一回分は残っている。


 ただし、再使用まではまだある。


 鬼力は、その後だ。


 つまり。


「……しばらく、普通に頑張る時間ですね」


〈無理するなよ〉

〈MP残してるの偉い〉

〈まだ一発あるぞ〉


 分かってます。


 その一発まで、立っていれば。


     ◇


 俺は、斧を短く持った。


 遠くへ届かせるより、戻せる位置。


 右手を刃の近くへ置き、肘を体から離しすぎない。


 ガルゼンの目が、俺の手を追った。


 構えが変わる。


 斧の先が、低くなった。


 踏み込んでくる。


 俺は正面を空けた。


 刃を避ける。


 相手の脇へ、大きくは振らない。


 前に出た腕へ、短く。


 斧の刃が、前腕を切った。


 すぐ戻す。


 ガルゼンの肘が、俺の鼻先を抜けた。


「……っ!」


 近い。


 でも、食らってはいない。


 下がる。


 呼吸を一つ。


 相手も、足を踏み直した。


 脇腹から、血が落ちている。


 俺が最初の鬼震の後につけた傷だ。


 まだ、止まっていない。


 ガルゼンが、こちらへ向く。


 そのときだけ、右脚の動きが小さかった。


 体をひねると、痛むのか。


 俺は左へ動いた。


 相手が追う。


 もう少し。


 ガルゼンは足を止め、斧だけをこちらへ向けた。


 無理には追ってこない。


「……そうですよね」


 弱ったところを、素直には触らせてくれない。


 俺は斧を少し持ち上げた。


 ガルゼンの肩が動く。


 振らない。


 そのまま、一歩だけ近づく。


 斧が来た。


 俺は外へ抜けた。


 刃が通り過ぎる。


 柄の突き返し。


 自分の柄で押し外す。


 その下へ、刃を返した。


 狙うのは、前に出た脚。


 浅い手応え。


 ガルゼンの膝が、わずかに曲がった。


 俺は追わなかった。


 戻す。


 構える。


 息を吐く。


〈地味に削ってる〉

〈さっきより振り小さいな〉


「……大きく振ると、怒られるので」


「聞こえているぞ」


 ガルゼンが言った。


 ……あ。


 そっちにも、聞こえてた。


     ◇


 何度、斧を合わせたか分からない。


 受けるたび、指がしびれた。


 避けきれなかった柄が、肩を打った。


 腕へ食らいそうになった刃は、籠手の鱗を削って抜けた。


 代わりに、俺の斧も届いた。


 前腕。


 太腿。


 脇腹。


 一撃で終わらせる場所へは入れない。


 だから、相手が武器を振るたびに使うところを狙った。


 ガルゼンの呼吸が、低く響く。


 俺も、もう軽口を続ける余裕はなかった。


【黒角の鬼将・ガルゼン Lv.25】

【HP:706/2,840】


 まだ、七百。


 俺のほうは。


【HP:103/517】


 次、まともに受けたらまずい。


 ガルゼンが、斧を持ち上げた。


 両手で。


 頭の上へ。


 赤い光が、柄を走る。


 あれだ。


 俺はすぐに、左へ走った。


 ガルゼンの胸が回る。


 狙いが、こちらへついてくる。


 まだ、落ちない。


 俺は右足で地面を蹴った。


 進む方向を変える。


 直後、戦斧が石畳へ落ちた。


 砕ける音。


 赤い衝撃が、すぐ後ろを抜けた。


 脚へ、風が当たる。


 体勢が崩れた。


 手をつく。


 それでも、足は残った。


「……っ、は!」


 振り返る。


 ガルゼンは、まだ斧を地面へつけていた。


 すぐには持ち上がらない。


 傷めた脚へ、一度、力を入れ直す。


 踏み込むなら、今。


 俺は走った。


 斧を振る。


 ガルゼンが柄を引き上げる。


 間に合った。


 俺の刃が、その柄へぶつかる。


 硬い音がした。


 刃先が、木へ食い込む。


 ガルゼンの目が、俺を見た。


 近い。


 頭突きが来る。


 俺は額を外しながら、斧を引いた。


 抜けない。


「……っ!」


 右足を、相手の斧の柄へかけた。


 蹴り離すようにして、引き抜く。


 刃が外れた。


 ガルゼンの手が、一瞬開く。


 その胸へ、柄の先を突いた。


 巨体が、一歩下がった。


 俺も下がる。


 息が、喉へ引っかかった。


 そこで、表示が出た。


【〈鬼震〉が再使用可能になりました】


 ……来た。


 俺は斧を握り直した。


 ガルゼンが、その動きを見た。


 口元が、わずかに動く。


 気づいたかもしれない。


 さっきと同じように地面へ打てば、今度は避けられる。


 なら。


 俺は、足を開いた。


     ◇


 斧を、持ち上げる。


 ガルゼンの視線が、刃から俺の足元へ落ちた。


 右脚が引かれる。


 横へ、抜けるつもりだ。


 俺は斧を上げたまま、一歩出た。


 ガルゼンが、地面を蹴る。


 大きな体が、左へ動いた。


 まだ。


 俺は腰を回した。


 斧の刃を落とさず、肩の横へ残す。


 相手の足が、石畳へついた。


 傷ついた脚。


 膝が曲がる。


 次の一歩を出すため、地面を踏む。


 そこへ、向き直った。


「〈鬼震〉!」


 戦斧を、振り下ろす。


 石畳が割れた。


 赤い衝撃が、ガルゼンへ走る。


 相手も斧を下ろした。


 柄を地面へ突き立て、支えにする。


 衝撃がぶつかった。


 止まった――。


 いや。


 傷めた脚が、崩れた。


 柄を握る腕も、下がる。


 ガルゼンの片膝が、地面へ落ちた。


 俺は、走った。


〈今!〉

〈いけ!〉


 声が、流れていく。


 目に入ったのは、それだけだった。


 ガルゼンが斧を持ち上げる。


 まだ、振る。


 膝をついたまま、横へ。


 俺は斧の柄を斜めに差し入れた。


 受け止めない。


 相手の柄へ押し当て、刃を外へ流す。


 腕が、しびれた。


 自分の斧も、横へ開く。


 そのまま、体を回した。


 両足で地面を踏む。


 引いた柄を、今度は前へ。


 刃が、ガルゼンの肩口へ入った。


 重い感触。


 俺は、歯を食いしばった。


 引き抜く。


 もう一度構えようとして、腕が止まった。


 ガルゼンの斧が、俺の脇腹へ向いていた。


 近い。


 逃げるには、遅い。


 俺は柄を寄せた。


 けれど、相手の刃は動かなかった。


 ガルゼンが、ゆっくり息を吐く。


 握っていた指が、一本ずつ開いた。


 戦斧が、地面へ倒れる。


「……俺の負けだ」


 低い声がした。


【黒角の鬼将・ガルゼンとの決闘に勝利しました】


【経験値を獲得しました】


 文字を見た。


 ガルゼンを見た。


 まだ、こちらを見ている。


 生きている。


「……終わり、ですか」


「まだやるか」


「いえ。結構です」


 即答した。


 その場へ、座り込む。


 斧を支えにしようとしたが、腕に力が入らなかった。


 結局、尻から落ちた。


〈勝ったああ!〉

〈お疲れ!〉

〈最後止まった?〉

〈決闘扱いだったのか〉


「……俺も、今知りました」


 両手を、膝へ置く。


 指が、震えていた。


 握ろうとしても、うまく曲がらない。


 少し離れたところで、足音がした。


 ガドだった。


 片手には槍。


 もう一方に、小さな白い蜘蛛。


「終わったか」


「……終わりました」


 ガドが俺の前へしゃがみ、手を差し出す。


 イトが下りてきた。


 膝へ乗る。


 前脚が、俺の指に触れた。


「ただいま」


 そう言うと、イトは手の甲へ登ってきた。


 俺はようやく、少し笑った。


     ◇


 ガルゼンは、肩の傷へ布を押し当てていた。


 痛そうではある。


 けれど、片手で器用に結んでいる。


 俺が同じことをやったら、ガドにやり直される気がする。


 本人は、俺の腕へ布を巻いていた。


「動かすな」


「はい」


 固定される。


 少し痛い。


 でも、さっきより楽になった。


 ガルゼンが、足元の戦斧を拾った。


 俺は思わず、体を起こした。


「……まだ、何か?」


 大きな柄が、こちらへ差し出される。


「持っていけ」


 俺は、斧を見た。


 幅の広い刃。


 黒い金属の輪。


 使い込まれた握り。


「いいんですか」


「奪いに来たんだろう」


「……そうでしたね」


 イトを膝からガドへ預け、両手を伸ばす。


 重い。


 受け取った瞬間、腕が下がった。


「うおっ……」


 ガルゼンが、鼻で笑った。


「振れるか」


「……今は、ちょっと」


「なら、運べ」


〈正直w〉

〈まず持ち帰るところから〉


 装備表示が、浮かんだ。


【黒角の大戦斧を獲得しました】


 俺は柄の端を地面へつけ、刃を眺めた。


 さっきまで、これが頭の上を飛んでいた。


 それを今、自分が持っている。


 ちょっと、実感が追いつかない。


「……ありがとうございます」


「礼を言うな。お前が取った」


 ガルゼンは立ち上がり、肩を一度動かした。


 顔が、少ししかめられる。


 俺の斧が入ったところだ。


 それを見て、ようやく勝ったのだと思えた。


 視界の端で、通知が重なる。


【レベルが上がりました】


【種族Lv:8→13【UP!】】


「……十三」


〈五つ上がった!〉

〈そりゃ経験値多いわ〉


 体の奥へ、力が戻るような感覚がした。


 ただ、疲れも傷も残っている。


 立ち上がろうとしたら、膝が笑った。


 今日は、もう座っていよう。


「ところで」


 俺は、ガルゼンを見上げた。


「あの、地面を走るやつ。普段から使うんですか?」


「お前も使っただろう」


「今日、初めてだったので」


 ガルゼンが、俺の首飾りを見た。


 何か言いかけて、口を閉じる。


 それから、俺の持つ大戦斧へ目を落とした。


「次に来たら、振ってみせろ」


「……稽古、ですか?」


「その持ち方では、柄を折る」


 俺は、手元を見た。


 今までの斧と同じ位置を持っている。


 ガルゼンが、その少し上を指でたたいた。


「まず、そこで重さを覚えろ」


 持ち直す。


 刃が、少し近くなった。


「……こう?」


「次までに、振って戻せるようにしてこい」


 俺は大戦斧を見た。


 これを扱っていた相手が、目の前にいる。


 聞きたいことは、いくらでもあった。


「また来ても、いいんですか」


「逃げんのならな」


 俺は笑って、うなずいた。


「じゃあ、また来ます」


     ◇


 帰り道。


 大戦斧は、背負えるようガドに紐で留めてもらった。


 元の戦斧もある。


 素材袋もある。


 随分と大荷物になった。


「……勝ったのに、帰りが一番きついんですけど」


「置いてくるか」


「持って帰ります」


 即答した。


 頭の上では、イトが角につかまっている。


 そっちは、随分楽そうだ。


〈いい武器もらったな〉

〈先生もできた〉

〈次の配信、また素振りか?〉


「……たぶん、そうなりますね」


 歩くたび、背中で柄が揺れる。


 重い。


 でも、嫌な重さではなかった。


 使えるようになったら、どんな相手に届くだろう。


 今まで、近づくだけで苦労していた魔物。


 硬い鱗。


 厚い甲殻。


 試したいものが、いくつも浮かぶ。


「まずは、帰って飯ですね」


 ガドが、前を向いたまま言った。


「その前に手当てだ」


「……はい」


 もう少しだけ、素直にしていよう。


 今日は、ちゃんと勝って帰れるのだから。




 はい。昨日、鬼にしばかれた修羅です。


 勝ちました。


 勝ったんですけど、ログインして最初にやったことは、腕が上がるかの確認でした。


「……よし。動く」


 右腕を上げる。


 左腕も上げる。


 腰を回す。


 少し違和感はあるが、昨日みたいな痛みはなかった。


 休んだ甲斐がある。


 今日は、もらった斧を振ってみよう。


 そう思って入口へ向かい、足を止めた。


「……先に、こっちですね」


 低い梁を見る。


 頭を下げれば通れる。


 ただ、これからは背中に大戦斧もある。


 毎回、俺と武器を別々に通す生活は、ちょっと面倒だ。


 管理画面を開く。


 入口の拡張を選び、必要なポイントを確認して決定する。


 石壁の縁が、低い音を立てて動いた。


 梁が持ち上がる。


 入口が、縦にも横にも広がった。


 俺は、その下を歩いた。


 通れた。


 普通に。


「……快適」


 頭をかがめず、もう一往復する。


 その足元を、イトが通り過ぎた。


 蜘蛛には、あんまり関係なさそうだった。


     ◇


「はい。今日は武器の確認と、練習です」


 配信を始め、外の広場へ戦斧を運ぶ。


 ダンジョンの入口から少し離れた、平らな場所。


 岩や木に当たらない広さもある。


〈おはよう!〉

〈新しい斧!〉

〈昨日の最後、怖かった〉

〈イトいますか〉


「います。今、そこの――」


 視点を動かす。


 イトは平たい岩の上にいた。


 前脚で、顔のあたりをこすっている。


「……身支度中ですね」


〈かわいい〉

〈こっちも準備してる〉


 俺は戦斧を立て、柄へ手を添えた。


 昨日は、持って帰るだけで精いっぱいだった。


 改めて見ると、随分立派な武器だ。


 幅の広い、黒ずんだ刃。


 柄を補強する金属の輪。


 革の巻かれた握りには、ガルゼンの指が当たっていたらしい跡が残っている。


「まずは、これからですね。〈鑑定〉」


【黒角の大戦斧】


【武器種:両手斧】


【特殊効果:〈喰命〉】


「……特殊効果?」


〈あるの!?〉

〈名前怖いな〉


 表示を開く。


【〈喰命〉】


【この武器による攻撃で敵へとどめを刺した場合、自身の最大HPの5%を回復する】


【この武器を介して放った攻撃スキルにも適用される】


【回復量の小数点以下は切り捨て】


 俺は、しばらく文字を見ていた。


「……倒したら、回復する?」


 斧を見る。


 もう一度、説明を見る。


 同じことが書いてある。


〈当たり武器じゃん〉

〈狩り続けられるやつ〉

〈鬼震も対象?〉


「武器を通したスキルにも適用ってあるので……たぶん、そうですね」


 地面へ打ち込んで、衝撃波を放つ。


 あれで倒しても回復するなら、かなりありがたい。


 しかも、五%。


 俺はステータスを開いた。


     ◇


【ステータス】


プレイヤー名:修羅

種族:鬼

種族Lv:8→13【UP!】


最大HP:517→572【UP!】

最大MP:94→104【UP!】

最大スタミナ:456→496【UP!】

筋力:99→109【UP!】

耐久:89→99【UP!】

敏捷:84→94【UP!】

魔力:17→22【UP!】

器用:22→27【UP!】


獲得経験値:+10%【装備】


※最大HP:基礎値520+首飾り補正52=572。


【種族特性】


〈怪力の芽〉

〈健啖〉


【スキル】


〈打撃 Lv.1〉

〈踏ん張り Lv.1〉

〈短剣術 Lv.2〉

〈斧術 Lv.2〉

〈索敵 Lv.2〉

〈鑑定 Lv.1〉

〈鬼装 Lv.1〉


【装備】


主武器:黒角の大戦斧

副武器:白糸大蜘蛛の牙短剣×2

胴:岩鱗の胴当て〈鬼用〉

腕:岩鱗の籠手

脚:岩鱗の脛当て

足:革靴〈鬼用〉

腰:ぼろ布の腰巻き・短剣用の革帯

道具:糸織りの袋

首飾り:始祖鬼の首飾り


【始祖鬼の首飾り】


・最大HP+10%

・獲得経験値+10%


第一段階:〈鬼力〉

第二段階:〈鬼震〉


≪未解放の封印効果≫

???


     ◇


「五百七十二の、五%……二十八ですね」


〈一匹で28回復か〉

〈結構あるな〉

〈複数倒したら?〉


「一体ごとなら、三体で八十四ですか」


 口に出すと、随分大きい。


 昨日みたいな相手との一対一では、途中で回復できない。


 でも、普段の狩りなら。


 多少傷を負っても、次を倒せば戻せる。


「……いいもの、もらっちゃいましたね」


 柄を握る。


 まずは、これを当てられるようにならないと。


     ◇


 最初は、ゆっくり動かした。


 頭の上へ持ち上げる。


 下ろす。


 地面へ当てる前に、止める。


「……重い」


〈昨日より力上がってても?〉


「上がってても、重いものは重いですね」


 前の斧より、先端に重さが集まっている。


 手元を少し動かすだけで、刃が大きく動こうとした。


 ガルゼンに言われた位置を持つ。


 右手を刃へ近づける。


 それだけで、随分落ち着いた。


 もう一度、持ち上げる。


 下ろす。


 戻す。


 横へ振ると、止めるところで肩が引っ張られた。


 一歩、余分に出る。


「……はい。今のところ、敵より俺が危ないです」


〈イト離れてて正解〉

〈広い場所でよかった〉


 岩の上を見る。


 イトは動いていない。


 こっちを向いているかは、ちょっと分からなかった。


 俺は足の位置を直した。


 腕で止めようとすると、きつい。


 足を踏み替え、腰を回す。


 刃の動きを体の横へ逃がして、そこから構えへ戻す。


 前の斧で、何度も練習した動きだ。


 重さが変わっても、やることは同じ。


 ただ、同じ速度ではできない。


「……急がず、ですね」


 振る。


 戻す。


 もう一度。


 足元に、自分の靴跡が増えていく。


     ◇


 途中から、ガドが来た。


 入口の前で足を止め、上を見ている。


「広げたか」


「はい。これで頭ぶつけません」


「昨日やっておけばよかったな」


「昨日は、そこまで気が回らなかったんですよ」


 ガドは俺の斧へ目を向けた。


「振れるか」


「一応。ただ、まだ戻すのが遅いです」


「見せろ」


 俺は周囲を確かめてから、斧を構えた。


 右上から、斜めに下ろす。


 足を踏み替え、引き戻す。


 ガドが、俺の左手を指した。


「そこ、離しすぎるな」


「こっちですか?」


「戻すときだ。腕が伸びきってる」


 言われて、ゆっくり繰り返す。


 確かに。


 振った後、刃を遠くへ逃がしすぎていた。


 左肘を少し残す。


 刃の通る場所が、体へ近づく。


 戻しやすい。


「……お」


 もう一回。


 今度は、足も余らなかった。


「それでやれ」


「ありがとうございます」


 ガドはうなずき、近くの岩へ腰を下ろした。


 イトが、そちらへ歩いていく。


 ガドの靴のそばで止まり、そのまま座るように腹を下げた。


〈見学席まとまった〉

〈先生二人いる〉


「イトも、何か分かるんですかね」


「振るなよ、こっちへ」


「振りませんよ」


     ◇


 休みながら、何度も繰り返した。


 縦。


 斜め。


 短い横振り。


 大きく振った後に、構え直す。


 途中で止めて、柄を前へ出す。


 柄の突きは、まだ少し怖かった。


 重い刃が頭の横に残る。


 手首の向きを間違えれば、自分へ近づく。


 ここは、ゆっくり。


 ガルゼンみたいに使うには、まだ練習がいる。


 それでも、最初よりはずっと扱いやすくなった。


 手の中で、柄の位置が決まる。


 刃がどこを通るか、振る前に分かる。


 最後に一度、肩の横から短く振った。


 そのまま戻す。


 止まった。


「……よし」


 俺は斧を下ろした。


 肩が熱い。


 指も少し疲れた。


 でも、変に引っ張られた感じはない。


「どうですか」


 ガドが立ち上がる。


「外で試すか」


「行きましょう」


〈回復の検証だ!〉

〈自分で傷つけて試すなよ〉


「やりません。普通に狩ります」


 それだけのために殴られるのも、嫌ですし。


     ◇


 岩鱗の谷で見つけたのは、二匹の蜥蜴だった。


 一匹は岩の上。


 もう一匹は、その下を歩いている。


 距離が近い。


 片方へ近づけば、もう片方も来そうだ。


 俺は斧を下ろした。


「イト。右の岩、お願いできますか」


 イトが、足元から離れる。


 ガドは周囲を見て、少し後ろへ下がった。


 俺は二匹を、順番に鑑定する。


 どちらも、戦ったことのある強さだった。


「……じゃ、いきます」


 近づくと、下にいた一匹がこちらを向いた。


 頭が下がる。


 走ってくる。


 俺は少しだけ、右へ動いた。


 蜥蜴が追う。


 その後ろで、岩の上の一匹も下り始めた。


 まずは、手前。


 頭を避け、前脚へ斧を打ち込む。


 重い音。


 脚が崩れた。


 引き抜く。


 戻せた。


 けれど、後ろから来たもう一匹の尻尾が、腕へ当たった。


「っ!」


 籠手の上から、衝撃が抜ける。


 体が横へ動いた。


 俺は二歩下がり、斧を立て直す。


【HP:538/572】


「……今のは、見えてませんでしたね」


 手前の蜥蜴が起きようとする。


 もう一匹は、岩の間から回り込もうとしていた。


 その鼻先へ、糸がかかる。


 顔を振った。


 一瞬、止まる。


「助かります!」


 俺は手前へ踏み込んだ。


 傷ついた前脚の側。


 肩の後ろへ、短く斧。


 刃が入り、巨体が沈んだ。


 抜く。


 蜥蜴の脚が止まる。


【経験値を獲得しました】


【〈喰命〉が発動しました】


【HPが28回復しました】


 斧の刃元に、暗い赤色が浮かんだ。


 それが柄を伝い、握った手へ消える。


【HP:566/572】


「……おぉ」


〈戻った!〉

〈28ぴったり〉


 腕の痛みが、少し薄れた。


 でも、そちらを見る余裕はない。


 もう一匹が、糸を引きちぎって出てきた。


 俺は斧を構えた。


「確認、終わりました!」


 横へ抜ける。


 尻尾が来る前に、さらに一歩。


 旋回する体へ、斧を短く打ち込む。


 深く入った刃を抜き、追わずに待つ。


 相手が向き直ったところで、もう一度。


 今度は、脚。


 体が傾いた。


 俺は前へ出た。


     ◇


【〈喰命〉が発動しました】


【HPが6回復しました】


【HP:572/572】


 表示を見て、斧を下ろす。


 二匹とも、動かない。


 周囲を確かめてから、ようやく息を吐いた。


「……ちゃんと、回復しましたね」


 腕を動かす。


 痛みは、消えていた。


 ただし。


「疲れるのは、普通に疲れます」


〈スタミナは別か〉

〈MPも戻らないんだな〉


「ですね。無限に戦えるわけではなさそうです」


 手のひらを開く。


 指は疲れている。


 肩も、重い。


 そこは飯と休憩が必要だ。


 ガドが、倒れた蜥蜴へ近づいた。


 割れた鱗を見て、それから俺の斧を見る。


「傷が消えたな」


「この斧、敵を倒すと回復するみたいです」


「便利だな」


「すごく」


 俺はうなずいた。


 一本目は、自分で削った牙だった。


 次は、職人に作ってもらった短剣。


 そして今、ガルゼンから取った大戦斧がある。


 どれも、手に入れるまでに随分苦労した。


 それだけに、使えるようになるとうれしい。


 イトが、岩から下りてくる。


 俺は斧を地面へ置き、しゃがんだ。


「こっちも、いい仕事でしたね」


 差し出した手へ、小さな脚が乗る。


 そのまま腕を登り、肩へ。


〈イトもお疲れ!〉

〈この組み合わせ、狩り強そう〉

〈次は鬼震で試そう〉


「そうですね。ただ――」


 俺は、まだ使っていない斧の刃を見た。


 あの重さで地面へ打ち込んだら、どんな衝撃になるのか。


 ちょっと、試したい。


 でも、その前に。


「素材、持って帰れる分にしましょう」


 ガドが袋を持ち上げた。


「もう一匹で終わりだな」


「……大きい袋も、欲しいですね」


〈また欲しいもの増えた〉


 はい。


 武器がよくなっても、暮らしの悩みは尽きないらしい。

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