17話 激闘に次ぐ激闘
●主人公視点
はい。斧を覚えました、修羅です。
防具も新しくなりました。
つまり、今の俺は結構強そうです。
「……見た目は」
〈自信持てw〉
〈斧持つと一気に鬼っぽい〉
〈まず一匹だな〉
「ですね。今日は、この斧をちゃんと使えるようになろうと思います」
肩に乗っていたイトを、近くの岩へ移す。
その先に、岩鱗蜥蜴がいた。
日当たりのいい平たい岩に、腹をつけている。
俺は斧を下ろし、両手で握った。
「〈鑑定〉」
【岩鱗蜥蜴 Lv.43】
【HP:452/452】
小鬼のころなら、尻尾を避けて腹を狙っていた相手だ。
今回は、少し違うことを試したい。
「背中、いってみます」
〈硬いところ?〉
〈棍棒で猪殴ったときを思い出す〉
「俺も、ちょっと思い出しました」
あの手のしびれ。
忘れてませんよ。
ただ、今回は武器も体も違う。
俺は地面を確かめてから、岩へ近づいた。
蜥蜴の頭が上がる。
こちらを見た。
前脚が、岩をつかむ。
「……来い」
低い姿勢のまま、走ってきた。
俺は斜め前へ踏み出した。
頭を避ける。
背中が、目の前へ来る。
両手で、斧を振り下ろした。
重い音がした。
刃が、灰色の鱗を割った。
「おっ!」
蜥蜴の腹が地面につく。
前脚が崩れた。
効いた。
……効いたんですが。
「抜けねぇ!」
斧が持ち上がらない。
背中へ深く食い込んでいる。
蜥蜴が暴れた。
柄を握ったままの俺も、横へ引っ張られる。
〈手放せ!〉
指を開いた。
直後、尻尾が目の前を通った。
「うわっ!」
下がる。
背中に斧を刺したまま、蜥蜴がこちらへ向き直った。
俺の斧を。
持っていかれている。
「……返してもらっていいですかね」
「先に倒せ」
後ろからガドの声がした。
はい。
そうします。
腰の短剣を抜いた。
◇
【経験値を獲得しました】
蜥蜴が動かなくなったのを確認して、俺は斧の柄を握った。
足で体を押さえる。
揺らす。
引く。
ようやく抜けた刃を見て、息を吐いた。
「……一匹目です」
〈最後短剣だったけどな〉
〈武器の回収までが戦闘〉
「勉強になりました。深く刺せばいいってものでもないですね」
刃先を確かめる。
大きな欠けはない。
握りに巻いてもらった革も、ずれていなかった。
ガドが、割れた鱗を見下ろした。
「背は割れるな」
「ですね」
「なら、次は戻せ」
「それが一番の課題です」
俺は斧を構え直した。
さっきは、上から思い切り振り下ろした。
当たった後も、そのまま押し込んでいた。
次は短く。
当てて、引く。
練習ではできた。
動く相手にも、できるようにしよう。
◇
二匹目は、斜面の下にいた。
周りには大きな岩が三つ。
その間に、蜥蜴が通れそうな隙間がある。
俺はイトを見た。
「イト。あっち、糸を張れますか?」
岩の間を指す。
イトが腕を下り、地面へ移った。
小さな体が石の陰へ消える。
ガドには、反対側を見てもらった。
別の魔物が近づいてきたら、知らせてもらう。
俺は斧を構えて、蜥蜴の前へ出た。
頭が上がる。
前脚が動く。
俺は右へ下がった。
蜥蜴も、そちらへ向きを変える。
岩の隙間へ入ろうとして、鼻先が止まった。
糸だ。
顔を振る。
前脚で払う。
それから、糸のない俺の側へ進路を変えた。
「……よし」
来る場所が、絞れた。
俺は斧を振りかぶりすぎないよう、肩の横へ置いた。
蜥蜴が地面を蹴る。
頭を外す。
前脚の付け根へ、斜めに刃を入れた。
当たった瞬間、柄を手前へ引く。
刃が抜けた。
蜥蜴が体をひねる。
尻尾。
俺は一歩下がり、構え直した。
「……戻せた」
〈今のよかった!〉
〈イト、誘導係か〉
蜥蜴は片方の前脚を浮かせていた。
そこへ、もう一度。
今度は横から、低く。
体が傾いた。
岩へぶつかり、腹がこちらを向く。
俺は足を止め、両手へ力を込めた。
「〈打撃〉!」
斧を打ち込む。
引き抜いて、離れる。
蜥蜴の脚が、ゆっくり止まった。
【経験値を獲得しました】
俺は、手元を見た。
斧は、ちゃんと戻っている。
「……二匹目」
〈今度は斧で倒した!〉
〈かなり早かったな〉
岩の陰から、イトが出てくる。
俺はしゃがみ、手を差し出した。
「助かりました。そっちから来るって分かるだけで、随分違いますね」
イトが指に脚をかけた。
そのまま、手のひらへ乗ってくる。
小さい。
でも、さっきの糸はちゃんと働いていた。
「今日の仕事、一つ増えましたね」
〈有能〉
〈報酬あげて〉
「休憩したら、飯にしましょう」
◇
そこから、狩りを続けた。
三匹目では、振り戻した斧を岩へぶつけた。
四匹目では、足場を気にしすぎて踏み込めなかった。
五匹目で、ようやく余計な動きが減った。
斧は、どこでも同じように振れる武器じゃない。
壁が近ければ、刃が引っかかる。
足場が悪ければ、重さを支えきれない。
ただ、届く場所へ当てられれば強い。
短剣では何度も狙っていた脚が、一撃で崩れることもあった。
背中の硬い鱗も、避けるだけの場所ではなくなった。
「……これ、楽しいですね」
〈だいぶ慣れたな〉
〈最初の武器持ち逃げ事件から成長した〉
「返してもらったので、事件は解決してます」
休憩を挟み、狩った素材をまとめる。
水を飲む。
肉を食う。
イトが糸を張り、俺が待ち受ける。
広いところでは、こちらから回り込む。
岩の隙間へ逃げ込まれたら、無理に斧を入れず、短剣へ持ち替えた。
ガドが倒した獲物の処理を終え、こちらを見る。
「使い分けるようになったな」
「斧だけでやろうとすると、意外と困るんですよ」
「持ってるものを使え」
「はい」
その言い方が、妙にしっくりきた。
せっかく作ってもらった短剣だ。
新しい武器を手に入れたからって、しまったままにする理由はない。
◇
翌日も、岩鱗の谷へ向かった。
腕には、少し疲れが残っていた。
けれど、斧を持ったときの落ち着き方が違う。
刃の重さを、構えたまま待てる。
相手が動いてから、振り始められる。
昼過ぎ、一匹の蜥蜴を倒したところで表示が出た。
【レベルが上がりました】
【種族Lv:7→8【UP!】】
【〈斧術〉のレベルが上がりました】
【斧術 Lv.1→Lv.2【UP!】】
「……八」
斧を肩へ乗せる前に、一度周りを見る。
イトは岩の上。
ガドは少し先で、谷の奥を見ていた。
「ガド」
呼ぶと、振り返った。
「峡谷、もう一回行きたいです」
ガドが俺の装備を見る。
刃を見る。
それから、短くうなずいた。
「休んでからだ」
◇
黒角の峡谷。
同じ石畳。
同じ、崩れた見張り台。
前に砕かれた柱の破片が、まだ道の端に散らばっていた。
俺はそのそばで、足を止めた。
広場に、鬼がいる。
黒い角。
長柄の戦斧。
前に倒したやつと、よく似た姿だった。
「〈鑑定〉」
【黒角の鬼戦士 Lv.13】
【HP:1,210/1,210】
俺は、息を吐いた。
「今回は、一人でやってみます」
ガドへ言う。
「周り、見てもらえますか」
「無理なら呼べ」
「はい」
イトはガドのそばの岩へ移した。
俺が手を離すと、前脚が一度だけ指を追った。
「終わったら、迎えに来ます」
立ち上がる。
斧を、両手で構えた。
〈再戦か〉
〈落ち着いていこう〉
〈柄に気をつけろ〉
「覚えてます」
腹は、もう痛くない。
けれど、食らった感触は覚えていた。
俺は広場へ入った。
鬼戦士が、こちらを見る。
俺の顔。
手元の斧。
低く、喉が鳴った。
相手が構える。
俺も、足を開いた。
「……お願いします」
返事の代わりに、戦斧が上がった。
俺は動かなかった。
肩が沈む。
刃が、落ちる。
そこで、横へ。
石畳を割った斧の横へ踏み込む。
ただし、深くは入らない。
相手の手が、柄を滑る。
来る。
突き出された柄の先を、自分の柄で外へ押した。
硬い音。
前は、ここで腹を打たれた。
今は、相手の右腕が伸びている。
俺は左足を踏み込み、斧を短く振った。
刃が、二の腕へ入った。
抜く。
離れる。
鬼戦士が、斧を横へ振った。
俺の胸の前を、刃が通った。
〈返した!〉
〈今の覚えてたやつだ〉
「……ええ。結構、痛かったので」
呼吸を整える。
相手は、まだ斧を握っている。
傷ついた腕をかばうように、握る位置を変えた。
俺は左へ動いた。
鬼戦士が、それを追う。
互いの刃先が、わずかに揺れた。
遠い。
近い。
もう一歩入れば、振れる。
でも、向こうも振れる。
俺は斧の先を、少し下げた。
鬼戦士が踏み込む。
下から、斧。
俺は柄を立て、刃に近い部分で相手の柄を押した。
重い。
腕が、きしむ。
けれど、今回は押し負ける前に足を動かせた。
相手の横へずれる。
斧が、俺のいた場所を持ち上がっていく。
その脇腹へ、刃を返した。
革が裂けた。
鬼戦士の肘が飛んでくる。
俺は肩を引いた。
籠手が、相手の腕とぶつかる。
鈍い痛み。
でも、手は開かない。
離れる。
構える。
斧を戻せている。
「……よし」
鬼戦士が、歯をむいた。
大きく踏み込む。
横薙ぎ。
俺は下がる。
もう一歩、相手が来る。
二撃目。
斧を持ち上げ、柄で受けた。
衝撃が、両腕へ抜ける。
靴底が石畳を擦った。
「っ……!」
止めきろうとしない。
斧を流しながら、体を回す。
相手の刃が横へ抜けた。
俺は柄の下を引き、反対側の先端を突き出した。
鬼戦士の腹へ、当たる。
短い息が漏れた。
一歩、後ろへ下がった。
〈柄!〉
〈やり返したw〉
「……便利ですね、これ!」
追う。
今度は俺が、距離を詰める。
「〈鬼装〉」
赤い光が、戦斧の刃へ走った。
鬼戦士が、斧を斜めに構える。
受けるつもりだ。
俺は、肩へ振り上げかけた刃を止めた。
相手の構えが上がる。
その下。
前に出た脚へ、低く打ち込む。
刃が通った。
鬼戦士の膝が折れた。
俺はすぐに引いた。
頭が近づく。
頭突き。
分かっている。
顔を外し、斧の柄を相手の胸へ押し当てた。
これ以上、近づかせない。
相手の片手が柄をつかむ。
引かれる。
俺も、握り直した。
「〈踏ん張り〉」
足を止める。
一瞬、互いの力が釣り合った。
鬼戦士の肩が持ち上がる。
引くつもりだ。
俺は、その力へ逆らわなかった。
半歩、前へ出る。
柄をひねる。
斧の刃を、相手の肩口へ向ける。
「――っ!」
両手で、短く引き下ろした。
重い手応え。
鬼戦士の手が離れた。
俺は斧を抜き、後ろへ下がった。
追ってこない。
片膝をついたまま、相手がこちらを見ていた。
もう一度、斧を持ち上げようとする。
その手から、柄が落ちた。
巨体が、石畳へ倒れた。
【経験値を獲得しました】
俺は構えたまま、しばらく待った。
動かない。
そこで、ようやく息を吐いた。
「……倒せた」
〈おおお!〉
〈一人で勝った!〉
〈鬼力使わなかったな〉
「……使うつもりでは、いたんですけどね」
握った手を開いて、閉じる。
腕が重い。
指にも、力が入っていた。
でも、前ほど追い詰められてはいない。
相手が何をしてくるか、少し分かった。
自分の斧も、戻せた。
俺は刃を下ろし、振り返った。
「ガド、どうでした?」
「最後、近い」
「……そこですか」
「勝ったな」
言われて、俺は笑った。
「はい」
岩から下りてきたイトが、足元へ寄ってくる。
しゃがんで、手を出した。
前脚が触れる。
そのときだった。
「……その斧」
低い声が、広場へ落ちてきた。
俺は顔を上げた。
峡谷の奥。
崩れた門の向こうに、鬼が立っていた。
大きな角。
厚い胸。
肩から腕にかけて、古い傷が何本も走っている。
その片手には、俺のものよりさらに大きな戦斧。
「どこで拾った」
……しゃべるのか。
イトをそっと地面へ戻し、立ち上がる。
「拾ったというか……戦って、持ち帰りました」
鬼の目が、倒れた戦士へ向いた。
それから、俺へ戻る。
「そうか」
口元が、ゆっくり上がった。
大きな戦斧が、肩から下りる。
石畳へ置かれただけで、低い音が響いた。
「ならば、次は俺から奪ってみろ」
コメントが、一気に流れた。
俺は、斧を握り直した。
……ずいぶんと、気前のいいことを言う。
俺は相手の戦斧を見た。
大きい。
俺が持っているものより、刃が一回り広い。
柄には黒い金属の輪がはめられていて、握る部分だけが使い込まれて光っていた。
欲しいかと聞かれれば。
そりゃ、欲しい。
「……その前に、一ついいですか?」
「何だ」
「ちょっと休ませてもらっても?」
〈言ったw〉
〈連戦はきつい〉
〈話通じるなら聞いとこう〉
大きな鬼が、俺を見た。
倒れた鬼戦士へ目を向け、それから鼻を鳴らす。
「待ってやる。逃げるなら、それでもいい」
「ありがとうございます」
俺は素直に、広場の端へ下がった。
ガドが近づいてくる。
「やるのか」
「……少なくとも、強さは見たいですね」
「あいつは違うぞ」
「分かります?」
「立ち方が違う」
ガドの視線は、門の前から動かなかった。
鬼は戦斧をそばへ立て、石段に腰を下ろしている。
楽に座っているようで、足の裏は地面についていた。
立ち上がるとき、余計な動きがいらない姿勢だ。
俺は水筒の栓を開けた。
「……〈鑑定〉」
【黒角の鬼将・ガルゼン Lv.25】
【HP:2,840/2,840】
水を飲む手が、止まった。
「二十五……」
〈鬼将!?〉
〈さっきの倍近いぞ〉
〈HPもきついな〉
今の俺は、鬼の八。
【ステータス】
プレイヤー名:修羅
種族:鬼
種族Lv:8
最大HP:440→517【UP!】
最大MP:80→94【UP!】
最大スタミナ:400→456【UP!】
筋力:85→99【UP!】
耐久:75→89【UP!】
敏捷:70→84【UP!】
魔力:10→17【UP!】
器用:15→22【UP!】
※鬼Lv.1から7回分の成長を反映。
※最大HP:基礎値470+首飾り補正47=517。
獲得経験値:+10%【装備】
【種族特性】
〈怪力の芽〉
体格より大きな武器を扱える。重さに応じてスタミナを消費する。
〈健啖〉
食事によるスタミナ回復量が多い。
【スキル】
〈打撃 Lv.1〉
棍棒や拳、武器による打撃を補助する。
〈踏ん張り Lv.1〉
足を止めて構えると、押し倒されにくくなる。
〈短剣術 Lv.2〉
短剣の扱いを補助する。
〈斧術 Lv.2〉
斧の振り方や刃の向き、構え直しを補助する。
〈索敵 Lv.2〉
周囲の気配や物音から、敵の存在を察知しやすくなる。
〈鑑定 Lv.1〉
対象の名前・レベル・HPなどを確認できる。
〈鬼装 Lv.1〉
手に持つ武器一つへ鬼の魔力をまとわせ、切れ味と耐久性を高める。威力は魔力に応じて上昇。
消費MP:発動時5、以降10秒ごとに3。
【装備】
主武器:黒角の鬼戦士の戦斧〈修理・調整済み〉
副武器:白糸大蜘蛛の牙短剣×2
胴:岩鱗の胴当て〈鬼用〉
腕:岩鱗の籠手
脚:岩鱗の脛当て
足:革靴〈鬼用〉
腰:ぼろ布の腰巻き・短剣用の革帯
道具:糸織りの袋
首飾り:始祖鬼の首飾り
【始祖鬼の首飾り】
・最大HP+10%
・獲得経験値+10%
第一段階〈鬼力〉
30秒間、筋力・耐久+50%。
消費MP:10。効果終了後、再使用まで60秒。
発動時:
筋力:99→148
耐久:89→133
※小数点以下切り捨て。
数字だけ見ても、随分離れている。
しかも、さっきの鬼戦士と同じように武器を使える相手だ。
俺は、握っていた手を開いた。
まだ少し、指がこわばっている。
「ガド。もし俺が動けなくなったら、イトを連れて下がってください」
「引っ張って帰る」
「……お願いします」
足元へ寄ってきたイトを、手のひらへ乗せた。
小さな脚が、指をつかむ。
「今回は、ガドと待っててくださいね」
ガルゼンは俺へ挑んでいる。
そこへイトを近づければ、斧の一振りに巻き込まれる。
俺はガドのそばの岩へ、そっとイトを移した。
前脚が、手から離れる。
少しだけ後ろ髪を引かれた。
◇
休んで、装備を確かめる。
水を飲み、残っていた肉も少し食べた。
呼吸が落ち着いたところで、立ち上がる。
「……お待たせしました」
ガルゼンが顔を上げた。
「名は」
「修羅です」
「ガルゼンだ」
立ち上がった巨体が、戦斧を持ち上げる。
俺は、その手を見た。
片手。
あの斧を、片手で持っている。
「勝てば、その斧をもらえるんですか?」
「倒してから考えろ」
「……ごもっとも」
俺も斧を構えた。
ガルゼンが、石段を下りてくる。
一段。
もう一段。
広場へ足をつけ、そこで止まった。
右足が、わずかに引かれる。
来る。
そう思った瞬間には、刃が近づいていた。
「っ!」
後ろへ跳ぶ。
胸元で、風が鳴った。
斧の先が、胴当てをかすめる。
避けた。
……いや。
ガルゼンが、まだ前へ来る。
振り抜いたはずの戦斧が、下から戻ってきた。
俺は自分の斧を横へ差し込んだ。
柄同士が、ぶつかる。
重い。
両腕が持ち上がる。
「うおっ!?」
足が、地面から離れた。
背中から落ちる。
転がりながら顔を上げると、頭上へ刃が上がっていた。
止まる暇もない。
さらに横へ転がった。
さっきまで頭があった場所で、石が砕けた。
「……っ、は!」
立つ。
斧を構える。
ガルゼンは、追ってこなかった。
「持ち方は覚えたようだな」
戦斧を、肩へ戻す。
「それだけか」
〈速すぎる〉
〈片手でそれ?〉
〈今ので距離詰めるのかよ〉
俺は息を吐いた。
腹へ、一度力を入れる。
腕は動く。
足も、大丈夫だ。
でも、今のを何度も受けたら終わる。
「……まだ、練習中なので」
「なら、よく見ろ」
斧が、肩から下りた。
今度は俺も、刃だけを見なかった。
足。
腰。
握っている手。
ガルゼンが踏み込む。
右から、大きく斧。
俺は外へ――。
足が止まった。
違う。
肩が、回りきっていない。
俺は斧を体の前へ寄せた。
相手の刃が、途中で止まる。
代わりに、柄の先が顔へ来た。
「っ!」
首をひねる。
頬を、硬いものが擦った。
それでも、足は残っている。
前へ出た。
相手の右脇へ、斧を振る。
ガルゼンが、初めて両手で柄を握った。
俺の斧に、自分の柄を当てる。
刃が、外へ流された。
肩が開く。
目の前に、大きな肘。
「ぐっ!」
胸へ入った。
息が、抜ける。
俺は下がりながら、どうにか斧を戻した。
「……それ、便利ですね」
「空いているなら使う」
ガルゼンが、肘を下ろす。
さっき、ガドにも似たようなことを言われた気がする。
持っているものを使え。
この鬼は、武器だけで戦っていない。
◇
何度か、踏み込んだ。
全部は避けられない。
腕へ刃が触れた。
肩を柄で押された。
こちらの斧も一度、脇腹へ入った。
けれど、浅い。
ガルゼンは傷を確かめもせず、次の一歩を出してきた。
俺は広場を回りながら、呼吸を整えた。
【HP:276/517】
減っている。
こっちは、ようやく一発。
しかも相手は、まだ余裕がある。
鬼力を使うなら、そろそろだ。
ただ、力で押せば勝てる相手には見えない。
俺は斧の柄を握り直した。
ガルゼンの目が、そこへ落ちる。
それから、俺の首元へ。
「その飾り」
「……何ですか」
「持ち主に負けているな」
言い返そうとして、やめた。
相手が、構えを変えていた。
両手で握った戦斧を、高く持ち上げる。
脚が開く。
腰が、沈む。
大振り。
でも、あれは。
俺は相手を見る。
ガルゼンの腕から、斧へ赤い光が流れていた。
「離れろ!」
ガドの声。
俺は、横へ走った。
戦斧が、地面へ落ちる。
石畳が砕けた。
その破片が、こちらへ跳ねる。
まだ、来る。
赤い光が地面を走った。
「――っ!」
足元を、何かに殴られた。
膝が折れる。
体が横へ流れ、肩から地面へ落ちた。
斧を握った指が、開きかける。
どうにか、つかみ直した。
息を吸う。
砂の味がした。
〈地面走ったぞ!?〉
〈今のスキル?〉
〈修羅、立てるか〉
立とうとして、足がもつれた。
ガルゼンが、こちらへ歩いてくる。
急いでいない。
それが、いちばん怖かった。
「力は、腕だけで振るうものではない」
斧が、石畳を軽くたたく。
低い音がした。
「立て。まだ握っているだろう」
俺は手元を見た。
握っている。
まだ、離していない。
「……言われなくても」
斧を支えに、片膝を起こす。
足の裏を地面へつける。
そこで、首元が熱くなった。
【始祖鬼の首飾りが反応しています】
視界へ、文字が浮かぶ。
ガルゼンの足が止まった。
その目が、細くなる。
【第二封印・解放条件を達成しました】
【鬼種への進化:達成】
【〈鬼力〉を用いた戦闘経験:達成】
【外へ放たれた鬼の力との接触:達成】
……今かよ。
俺は、口の中の砂を吐いた。
熱が、胸へ落ちる。
そこから腹へ。
脚へ。
地面についている足の裏が、妙にはっきり感じられた。
【始祖鬼の首飾り――第二封印が解放されました】
【〈鬼震〉を使用できます】
文字を読む。
前方への衝撃波。
武器や拳を、地面へ打ちつける。
俺はガルゼンを見た。
相手も、こちらを見ている。
笑っていた。
「……ほう」
待つ気は、ないらしい。
戦斧が上がる。
俺は、立ち上がった。
「〈鬼力〉」
首飾りから、新しい熱が流れ込む。
斧が、軽くなった。
痛みは残っている。
でも、脚に力が入る。
今度は、その熱を腕で止めない。
両手で握った柄の先まで、押し出す。
ガルゼンが踏み込む。
斧が、横へ動く。
届くまで、あと一歩。
俺は戦斧を持ち上げた。
「〈鬼震〉!」
刃を、足元の石畳へ打ち込む。
赤い衝撃が、前へ走った。
砕けた石が、扇状に跳ねる。
ガルゼンの目が開いた。
前へ出ていた脚が、衝撃を受ける。
巨体が揺れた。
持ち上がりは、しない。
それでも。
膝が、落ちた。
〈入った!〉
〈新スキル!?〉
〈首飾りまた開いたぞ!〉
俺は、斧を引き抜いた。
相手の刃は、まだ動いている。
低い横薙ぎ。
それを飛び越えるように、前へ出た。
ガルゼンの横へ着地する。
胴当ての隙間。
右脇。
そこへ、短く斧を打ち込んだ。
初めて、深く入った。
ガルゼンが息を吐く。
俺はすぐに引いた。
戻ってきた柄が、頬の前を通る。
危ない。
でも、避けた。
足も残っている。
ガルゼンが、ゆっくり立ち上がった。
脇腹から、血が落ちる。
その顔から、笑みが消えた。
「もう一度だ」
両手で、戦斧を構える。
今までより、低い。
刃先が、真っすぐ俺へ向いた。
俺も、足を開いた。
鬼力は、まだ残っている。
鬼震は、すぐには使えない。
ここから先は、斧でやるしかない。
「……ええ」
柄を握る。
ガルゼンの前足が、石畳を踏んだ。
俺も、一歩。
「今のは、結構効いたでしょ」
返事は、正面から来た戦斧だった。
―――――――――――――
第二段階〈鬼震〉【NEW!】
武器や拳を地面へ打ちつけ、前方約5メートルの扇状範囲へ衝撃波を放つ。敵へダメージを与え、体勢を崩す。
威力は筋力に応じて上昇。〈鬼力〉との併用が可能。
消費MP:25。再使用まで60秒。




