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17話 激闘に次ぐ激闘

●主人公視点


 はい。斧を覚えました、修羅です。


 防具も新しくなりました。


 つまり、今の俺は結構強そうです。


「……見た目は」


〈自信持てw〉

〈斧持つと一気に鬼っぽい〉

〈まず一匹だな〉


「ですね。今日は、この斧をちゃんと使えるようになろうと思います」


 肩に乗っていたイトを、近くの岩へ移す。


 その先に、岩鱗蜥蜴がいた。


 日当たりのいい平たい岩に、腹をつけている。


 俺は斧を下ろし、両手で握った。


「〈鑑定〉」


【岩鱗蜥蜴 Lv.43】

【HP:452/452】


 小鬼のころなら、尻尾を避けて腹を狙っていた相手だ。


 今回は、少し違うことを試したい。


「背中、いってみます」


〈硬いところ?〉

〈棍棒で猪殴ったときを思い出す〉


「俺も、ちょっと思い出しました」


 あの手のしびれ。


 忘れてませんよ。


 ただ、今回は武器も体も違う。


 俺は地面を確かめてから、岩へ近づいた。


 蜥蜴の頭が上がる。


 こちらを見た。


 前脚が、岩をつかむ。


「……来い」


 低い姿勢のまま、走ってきた。


 俺は斜め前へ踏み出した。


 頭を避ける。


 背中が、目の前へ来る。


 両手で、斧を振り下ろした。


 重い音がした。


 刃が、灰色の鱗を割った。


「おっ!」


 蜥蜴の腹が地面につく。


 前脚が崩れた。


 効いた。


 ……効いたんですが。


「抜けねぇ!」


 斧が持ち上がらない。


 背中へ深く食い込んでいる。


 蜥蜴が暴れた。


 柄を握ったままの俺も、横へ引っ張られる。


〈手放せ!〉


 指を開いた。


 直後、尻尾が目の前を通った。


「うわっ!」


 下がる。


 背中に斧を刺したまま、蜥蜴がこちらへ向き直った。


 俺の斧を。


 持っていかれている。


「……返してもらっていいですかね」


「先に倒せ」


 後ろからガドの声がした。


 はい。


 そうします。


 腰の短剣を抜いた。


     ◇


【経験値を獲得しました】


 蜥蜴が動かなくなったのを確認して、俺は斧の柄を握った。


 足で体を押さえる。


 揺らす。


 引く。


 ようやく抜けた刃を見て、息を吐いた。


「……一匹目です」


〈最後短剣だったけどな〉

〈武器の回収までが戦闘〉


「勉強になりました。深く刺せばいいってものでもないですね」


 刃先を確かめる。


 大きな欠けはない。


 握りに巻いてもらった革も、ずれていなかった。


 ガドが、割れた鱗を見下ろした。


「背は割れるな」


「ですね」


「なら、次は戻せ」


「それが一番の課題です」


 俺は斧を構え直した。


 さっきは、上から思い切り振り下ろした。


 当たった後も、そのまま押し込んでいた。


 次は短く。


 当てて、引く。


 練習ではできた。


 動く相手にも、できるようにしよう。


     ◇


 二匹目は、斜面の下にいた。


 周りには大きな岩が三つ。


 その間に、蜥蜴が通れそうな隙間がある。


 俺はイトを見た。


「イト。あっち、糸を張れますか?」


 岩の間を指す。


 イトが腕を下り、地面へ移った。


 小さな体が石の陰へ消える。


 ガドには、反対側を見てもらった。


 別の魔物が近づいてきたら、知らせてもらう。


 俺は斧を構えて、蜥蜴の前へ出た。


 頭が上がる。


 前脚が動く。


 俺は右へ下がった。


 蜥蜴も、そちらへ向きを変える。


 岩の隙間へ入ろうとして、鼻先が止まった。


 糸だ。


 顔を振る。


 前脚で払う。


 それから、糸のない俺の側へ進路を変えた。


「……よし」


 来る場所が、絞れた。


 俺は斧を振りかぶりすぎないよう、肩の横へ置いた。


 蜥蜴が地面を蹴る。


 頭を外す。


 前脚の付け根へ、斜めに刃を入れた。


 当たった瞬間、柄を手前へ引く。


 刃が抜けた。


 蜥蜴が体をひねる。


 尻尾。


 俺は一歩下がり、構え直した。


「……戻せた」


〈今のよかった!〉

〈イト、誘導係か〉


 蜥蜴は片方の前脚を浮かせていた。


 そこへ、もう一度。


 今度は横から、低く。


 体が傾いた。


 岩へぶつかり、腹がこちらを向く。


 俺は足を止め、両手へ力を込めた。


「〈打撃〉!」


 斧を打ち込む。


 引き抜いて、離れる。


 蜥蜴の脚が、ゆっくり止まった。


【経験値を獲得しました】


 俺は、手元を見た。


 斧は、ちゃんと戻っている。


「……二匹目」


〈今度は斧で倒した!〉

〈かなり早かったな〉


 岩の陰から、イトが出てくる。


 俺はしゃがみ、手を差し出した。


「助かりました。そっちから来るって分かるだけで、随分違いますね」


 イトが指に脚をかけた。


 そのまま、手のひらへ乗ってくる。


 小さい。


 でも、さっきの糸はちゃんと働いていた。


「今日の仕事、一つ増えましたね」


〈有能〉

〈報酬あげて〉


「休憩したら、飯にしましょう」


     ◇


 そこから、狩りを続けた。


 三匹目では、振り戻した斧を岩へぶつけた。


 四匹目では、足場を気にしすぎて踏み込めなかった。


 五匹目で、ようやく余計な動きが減った。


 斧は、どこでも同じように振れる武器じゃない。


 壁が近ければ、刃が引っかかる。


 足場が悪ければ、重さを支えきれない。


 ただ、届く場所へ当てられれば強い。


 短剣では何度も狙っていた脚が、一撃で崩れることもあった。


 背中の硬い鱗も、避けるだけの場所ではなくなった。


「……これ、楽しいですね」


〈だいぶ慣れたな〉

〈最初の武器持ち逃げ事件から成長した〉


「返してもらったので、事件は解決してます」


 休憩を挟み、狩った素材をまとめる。


 水を飲む。


 肉を食う。


 イトが糸を張り、俺が待ち受ける。


 広いところでは、こちらから回り込む。


 岩の隙間へ逃げ込まれたら、無理に斧を入れず、短剣へ持ち替えた。


 ガドが倒した獲物の処理を終え、こちらを見る。


「使い分けるようになったな」


「斧だけでやろうとすると、意外と困るんですよ」


「持ってるものを使え」


「はい」


 その言い方が、妙にしっくりきた。


 せっかく作ってもらった短剣だ。


 新しい武器を手に入れたからって、しまったままにする理由はない。


     ◇


 翌日も、岩鱗の谷へ向かった。


 腕には、少し疲れが残っていた。


 けれど、斧を持ったときの落ち着き方が違う。


 刃の重さを、構えたまま待てる。


 相手が動いてから、振り始められる。


 昼過ぎ、一匹の蜥蜴を倒したところで表示が出た。


【レベルが上がりました】


【種族Lv:7→8【UP!】】


【〈斧術〉のレベルが上がりました】


【斧術 Lv.1→Lv.2【UP!】】


「……八」


 斧を肩へ乗せる前に、一度周りを見る。


 イトは岩の上。


 ガドは少し先で、谷の奥を見ていた。


「ガド」


 呼ぶと、振り返った。


「峡谷、もう一回行きたいです」


 ガドが俺の装備を見る。


 刃を見る。


 それから、短くうなずいた。


「休んでからだ」


     ◇


 黒角の峡谷。


 同じ石畳。


 同じ、崩れた見張り台。


 前に砕かれた柱の破片が、まだ道の端に散らばっていた。


 俺はそのそばで、足を止めた。


 広場に、鬼がいる。


 黒い角。


 長柄の戦斧。


 前に倒したやつと、よく似た姿だった。


「〈鑑定〉」


【黒角の鬼戦士 Lv.13】

【HP:1,210/1,210】


 俺は、息を吐いた。


「今回は、一人でやってみます」


 ガドへ言う。


「周り、見てもらえますか」


「無理なら呼べ」


「はい」


 イトはガドのそばの岩へ移した。


 俺が手を離すと、前脚が一度だけ指を追った。


「終わったら、迎えに来ます」


 立ち上がる。


 斧を、両手で構えた。


〈再戦か〉

〈落ち着いていこう〉

〈柄に気をつけろ〉


「覚えてます」


 腹は、もう痛くない。


 けれど、食らった感触は覚えていた。


 俺は広場へ入った。


 鬼戦士が、こちらを見る。


 俺の顔。


 手元の斧。


 低く、喉が鳴った。


 相手が構える。


 俺も、足を開いた。


「……お願いします」


 返事の代わりに、戦斧が上がった。


 俺は動かなかった。


 肩が沈む。


 刃が、落ちる。


 そこで、横へ。


 石畳を割った斧の横へ踏み込む。


 ただし、深くは入らない。


 相手の手が、柄を滑る。


 来る。


 突き出された柄の先を、自分の柄で外へ押した。


 硬い音。


 前は、ここで腹を打たれた。


 今は、相手の右腕が伸びている。


 俺は左足を踏み込み、斧を短く振った。


 刃が、二の腕へ入った。


 抜く。


 離れる。


 鬼戦士が、斧を横へ振った。


 俺の胸の前を、刃が通った。


〈返した!〉

〈今の覚えてたやつだ〉


「……ええ。結構、痛かったので」


 呼吸を整える。


 相手は、まだ斧を握っている。


 傷ついた腕をかばうように、握る位置を変えた。


 俺は左へ動いた。


 鬼戦士が、それを追う。


 互いの刃先が、わずかに揺れた。


 遠い。


 近い。


 もう一歩入れば、振れる。


 でも、向こうも振れる。


 俺は斧の先を、少し下げた。


 鬼戦士が踏み込む。


 下から、斧。


 俺は柄を立て、刃に近い部分で相手の柄を押した。


 重い。


 腕が、きしむ。


 けれど、今回は押し負ける前に足を動かせた。


 相手の横へずれる。


 斧が、俺のいた場所を持ち上がっていく。


 その脇腹へ、刃を返した。


 革が裂けた。


 鬼戦士の肘が飛んでくる。


 俺は肩を引いた。


 籠手が、相手の腕とぶつかる。


 鈍い痛み。


 でも、手は開かない。


 離れる。


 構える。


 斧を戻せている。


「……よし」


 鬼戦士が、歯をむいた。


 大きく踏み込む。


 横薙ぎ。


 俺は下がる。


 もう一歩、相手が来る。


 二撃目。


 斧を持ち上げ、柄で受けた。


 衝撃が、両腕へ抜ける。


 靴底が石畳を擦った。


「っ……!」


 止めきろうとしない。


 斧を流しながら、体を回す。


 相手の刃が横へ抜けた。


 俺は柄の下を引き、反対側の先端を突き出した。


 鬼戦士の腹へ、当たる。


 短い息が漏れた。


 一歩、後ろへ下がった。


〈柄!〉

〈やり返したw〉


「……便利ですね、これ!」


 追う。


 今度は俺が、距離を詰める。


「〈鬼装〉」


 赤い光が、戦斧の刃へ走った。


 鬼戦士が、斧を斜めに構える。


 受けるつもりだ。


 俺は、肩へ振り上げかけた刃を止めた。


 相手の構えが上がる。


 その下。


 前に出た脚へ、低く打ち込む。


 刃が通った。


 鬼戦士の膝が折れた。


 俺はすぐに引いた。


 頭が近づく。


 頭突き。


 分かっている。


 顔を外し、斧の柄を相手の胸へ押し当てた。


 これ以上、近づかせない。


 相手の片手が柄をつかむ。


 引かれる。


 俺も、握り直した。


「〈踏ん張り〉」


 足を止める。


 一瞬、互いの力が釣り合った。


 鬼戦士の肩が持ち上がる。


 引くつもりだ。


 俺は、その力へ逆らわなかった。


 半歩、前へ出る。


 柄をひねる。


 斧の刃を、相手の肩口へ向ける。


「――っ!」


 両手で、短く引き下ろした。


 重い手応え。


 鬼戦士の手が離れた。


 俺は斧を抜き、後ろへ下がった。


 追ってこない。


 片膝をついたまま、相手がこちらを見ていた。


 もう一度、斧を持ち上げようとする。


 その手から、柄が落ちた。


 巨体が、石畳へ倒れた。


【経験値を獲得しました】


 俺は構えたまま、しばらく待った。


 動かない。


 そこで、ようやく息を吐いた。


「……倒せた」


〈おおお!〉

〈一人で勝った!〉

〈鬼力使わなかったな〉


「……使うつもりでは、いたんですけどね」


 握った手を開いて、閉じる。


 腕が重い。


 指にも、力が入っていた。


 でも、前ほど追い詰められてはいない。


 相手が何をしてくるか、少し分かった。


 自分の斧も、戻せた。


 俺は刃を下ろし、振り返った。


「ガド、どうでした?」


「最後、近い」


「……そこですか」


「勝ったな」


 言われて、俺は笑った。


「はい」


 岩から下りてきたイトが、足元へ寄ってくる。


 しゃがんで、手を出した。


 前脚が触れる。


 そのときだった。


「……その斧」


 低い声が、広場へ落ちてきた。


 俺は顔を上げた。


 峡谷の奥。


 崩れた門の向こうに、鬼が立っていた。


 大きな角。


 厚い胸。


 肩から腕にかけて、古い傷が何本も走っている。


 その片手には、俺のものよりさらに大きな戦斧。


「どこで拾った」


 ……しゃべるのか。


 イトをそっと地面へ戻し、立ち上がる。


「拾ったというか……戦って、持ち帰りました」


 鬼の目が、倒れた戦士へ向いた。


 それから、俺へ戻る。


「そうか」


 口元が、ゆっくり上がった。


 大きな戦斧が、肩から下りる。


 石畳へ置かれただけで、低い音が響いた。


「ならば、次は俺から奪ってみろ」


 コメントが、一気に流れた。


 俺は、斧を握り直した。


 ……ずいぶんと、気前のいいことを言う。


 俺は相手の戦斧を見た。


 大きい。


 俺が持っているものより、刃が一回り広い。


 柄には黒い金属の輪がはめられていて、握る部分だけが使い込まれて光っていた。


 欲しいかと聞かれれば。


 そりゃ、欲しい。


「……その前に、一ついいですか?」


「何だ」


「ちょっと休ませてもらっても?」


〈言ったw〉

〈連戦はきつい〉

〈話通じるなら聞いとこう〉


 大きな鬼が、俺を見た。


 倒れた鬼戦士へ目を向け、それから鼻を鳴らす。


「待ってやる。逃げるなら、それでもいい」


「ありがとうございます」


 俺は素直に、広場の端へ下がった。


 ガドが近づいてくる。


「やるのか」


「……少なくとも、強さは見たいですね」


「あいつは違うぞ」


「分かります?」


「立ち方が違う」


 ガドの視線は、門の前から動かなかった。


 鬼は戦斧をそばへ立て、石段に腰を下ろしている。


 楽に座っているようで、足の裏は地面についていた。


 立ち上がるとき、余計な動きがいらない姿勢だ。


 俺は水筒の栓を開けた。


「……〈鑑定〉」


【黒角の鬼将・ガルゼン Lv.25】

【HP:2,840/2,840】


 水を飲む手が、止まった。


「二十五……」


〈鬼将!?〉

〈さっきの倍近いぞ〉

〈HPもきついな〉


 今の俺は、鬼の八。



【ステータス】


プレイヤー名:修羅

種族:鬼

種族Lv:8


最大HP:440→517【UP!】

最大MP:80→94【UP!】

最大スタミナ:400→456【UP!】

筋力:85→99【UP!】

耐久:75→89【UP!】

敏捷:70→84【UP!】

魔力:10→17【UP!】

器用:15→22【UP!】


※鬼Lv.1から7回分の成長を反映。

※最大HP:基礎値470+首飾り補正47=517。


獲得経験値:+10%【装備】


【種族特性】


〈怪力の芽〉

体格より大きな武器を扱える。重さに応じてスタミナを消費する。


〈健啖〉

食事によるスタミナ回復量が多い。


【スキル】


〈打撃 Lv.1〉

棍棒や拳、武器による打撃を補助する。


〈踏ん張り Lv.1〉

足を止めて構えると、押し倒されにくくなる。


〈短剣術 Lv.2〉

短剣の扱いを補助する。


〈斧術 Lv.2〉

斧の振り方や刃の向き、構え直しを補助する。


〈索敵 Lv.2〉

周囲の気配や物音から、敵の存在を察知しやすくなる。


〈鑑定 Lv.1〉

対象の名前・レベル・HPなどを確認できる。


〈鬼装 Lv.1〉

手に持つ武器一つへ鬼の魔力をまとわせ、切れ味と耐久性を高める。威力は魔力に応じて上昇。

消費MP:発動時5、以降10秒ごとに3。


【装備】


主武器:黒角の鬼戦士の戦斧〈修理・調整済み〉

副武器:白糸大蜘蛛の牙短剣×2

胴:岩鱗の胴当て〈鬼用〉

腕:岩鱗の籠手

脚:岩鱗の脛当て

足:革靴〈鬼用〉

腰:ぼろ布の腰巻き・短剣用の革帯

道具:糸織りの袋

首飾り:始祖鬼の首飾り


【始祖鬼の首飾り】


・最大HP+10%

・獲得経験値+10%


第一段階〈鬼力〉


30秒間、筋力・耐久+50%。

消費MP:10。効果終了後、再使用まで60秒。


発動時:

筋力:99→148

耐久:89→133

※小数点以下切り捨て。



 数字だけ見ても、随分離れている。


 しかも、さっきの鬼戦士と同じように武器を使える相手だ。


 俺は、握っていた手を開いた。


 まだ少し、指がこわばっている。


「ガド。もし俺が動けなくなったら、イトを連れて下がってください」


「引っ張って帰る」


「……お願いします」


 足元へ寄ってきたイトを、手のひらへ乗せた。


 小さな脚が、指をつかむ。


「今回は、ガドと待っててくださいね」


 ガルゼンは俺へ挑んでいる。


 そこへイトを近づければ、斧の一振りに巻き込まれる。


 俺はガドのそばの岩へ、そっとイトを移した。


 前脚が、手から離れる。


 少しだけ後ろ髪を引かれた。


     ◇


 休んで、装備を確かめる。


 水を飲み、残っていた肉も少し食べた。


 呼吸が落ち着いたところで、立ち上がる。


「……お待たせしました」


 ガルゼンが顔を上げた。


「名は」


「修羅です」


「ガルゼンだ」


 立ち上がった巨体が、戦斧を持ち上げる。


 俺は、その手を見た。


 片手。


 あの斧を、片手で持っている。


「勝てば、その斧をもらえるんですか?」


「倒してから考えろ」


「……ごもっとも」


 俺も斧を構えた。


 ガルゼンが、石段を下りてくる。


 一段。


 もう一段。


 広場へ足をつけ、そこで止まった。


 右足が、わずかに引かれる。


 来る。


 そう思った瞬間には、刃が近づいていた。


「っ!」


 後ろへ跳ぶ。


 胸元で、風が鳴った。


 斧の先が、胴当てをかすめる。


 避けた。


 ……いや。


 ガルゼンが、まだ前へ来る。


 振り抜いたはずの戦斧が、下から戻ってきた。


 俺は自分の斧を横へ差し込んだ。


 柄同士が、ぶつかる。


 重い。


 両腕が持ち上がる。


「うおっ!?」


 足が、地面から離れた。


 背中から落ちる。


 転がりながら顔を上げると、頭上へ刃が上がっていた。


 止まる暇もない。


 さらに横へ転がった。


 さっきまで頭があった場所で、石が砕けた。


「……っ、は!」


 立つ。


 斧を構える。


 ガルゼンは、追ってこなかった。


「持ち方は覚えたようだな」


 戦斧を、肩へ戻す。


「それだけか」


〈速すぎる〉

〈片手でそれ?〉

〈今ので距離詰めるのかよ〉


 俺は息を吐いた。


 腹へ、一度力を入れる。


 腕は動く。


 足も、大丈夫だ。


 でも、今のを何度も受けたら終わる。


「……まだ、練習中なので」


「なら、よく見ろ」


 斧が、肩から下りた。


 今度は俺も、刃だけを見なかった。


 足。


 腰。


 握っている手。


 ガルゼンが踏み込む。


 右から、大きく斧。


 俺は外へ――。


 足が止まった。


 違う。


 肩が、回りきっていない。


 俺は斧を体の前へ寄せた。


 相手の刃が、途中で止まる。


 代わりに、柄の先が顔へ来た。


「っ!」


 首をひねる。


 頬を、硬いものが擦った。


 それでも、足は残っている。


 前へ出た。


 相手の右脇へ、斧を振る。


 ガルゼンが、初めて両手で柄を握った。


 俺の斧に、自分の柄を当てる。


 刃が、外へ流された。


 肩が開く。


 目の前に、大きな肘。


「ぐっ!」


 胸へ入った。


 息が、抜ける。


 俺は下がりながら、どうにか斧を戻した。


「……それ、便利ですね」


「空いているなら使う」


 ガルゼンが、肘を下ろす。


 さっき、ガドにも似たようなことを言われた気がする。


 持っているものを使え。


 この鬼は、武器だけで戦っていない。


     ◇


 何度か、踏み込んだ。


 全部は避けられない。


 腕へ刃が触れた。


 肩を柄で押された。


 こちらの斧も一度、脇腹へ入った。


 けれど、浅い。


 ガルゼンは傷を確かめもせず、次の一歩を出してきた。


 俺は広場を回りながら、呼吸を整えた。


【HP:276/517】


 減っている。


 こっちは、ようやく一発。


 しかも相手は、まだ余裕がある。


 鬼力を使うなら、そろそろだ。


 ただ、力で押せば勝てる相手には見えない。


 俺は斧の柄を握り直した。


 ガルゼンの目が、そこへ落ちる。


 それから、俺の首元へ。


「その飾り」


「……何ですか」


「持ち主に負けているな」


 言い返そうとして、やめた。


 相手が、構えを変えていた。


 両手で握った戦斧を、高く持ち上げる。


 脚が開く。


 腰が、沈む。


 大振り。


 でも、あれは。


 俺は相手を見る。


 ガルゼンの腕から、斧へ赤い光が流れていた。


「離れろ!」


 ガドの声。


 俺は、横へ走った。


 戦斧が、地面へ落ちる。


 石畳が砕けた。


 その破片が、こちらへ跳ねる。


 まだ、来る。


 赤い光が地面を走った。


「――っ!」


 足元を、何かに殴られた。


 膝が折れる。


 体が横へ流れ、肩から地面へ落ちた。


 斧を握った指が、開きかける。


 どうにか、つかみ直した。


 息を吸う。


 砂の味がした。


〈地面走ったぞ!?〉

〈今のスキル?〉

〈修羅、立てるか〉


 立とうとして、足がもつれた。


 ガルゼンが、こちらへ歩いてくる。


 急いでいない。


 それが、いちばん怖かった。


「力は、腕だけで振るうものではない」


 斧が、石畳を軽くたたく。


 低い音がした。


「立て。まだ握っているだろう」


 俺は手元を見た。


 握っている。


 まだ、離していない。


「……言われなくても」


 斧を支えに、片膝を起こす。


 足の裏を地面へつける。


 そこで、首元が熱くなった。


【始祖鬼の首飾りが反応しています】


 視界へ、文字が浮かぶ。


 ガルゼンの足が止まった。


 その目が、細くなる。


【第二封印・解放条件を達成しました】


【鬼種への進化:達成】


【〈鬼力〉を用いた戦闘経験:達成】


【外へ放たれた鬼の力との接触:達成】


 ……今かよ。


 俺は、口の中の砂を吐いた。


 熱が、胸へ落ちる。


 そこから腹へ。


 脚へ。


 地面についている足の裏が、妙にはっきり感じられた。


【始祖鬼の首飾り――第二封印が解放されました】


【〈鬼震〉を使用できます】


 文字を読む。


 前方への衝撃波。


 武器や拳を、地面へ打ちつける。


 俺はガルゼンを見た。


 相手も、こちらを見ている。


 笑っていた。


「……ほう」


 待つ気は、ないらしい。


 戦斧が上がる。


 俺は、立ち上がった。


「〈鬼力〉」


 首飾りから、新しい熱が流れ込む。


 斧が、軽くなった。


 痛みは残っている。


 でも、脚に力が入る。


 今度は、その熱を腕で止めない。


 両手で握った柄の先まで、押し出す。


 ガルゼンが踏み込む。


 斧が、横へ動く。


 届くまで、あと一歩。


 俺は戦斧を持ち上げた。


「〈鬼震〉!」


 刃を、足元の石畳へ打ち込む。


 赤い衝撃が、前へ走った。


 砕けた石が、扇状に跳ねる。


 ガルゼンの目が開いた。


 前へ出ていた脚が、衝撃を受ける。


 巨体が揺れた。


 持ち上がりは、しない。


 それでも。


 膝が、落ちた。


〈入った!〉

〈新スキル!?〉

〈首飾りまた開いたぞ!〉


 俺は、斧を引き抜いた。


 相手の刃は、まだ動いている。


 低い横薙ぎ。


 それを飛び越えるように、前へ出た。


 ガルゼンの横へ着地する。


 胴当ての隙間。


 右脇。


 そこへ、短く斧を打ち込んだ。


 初めて、深く入った。


 ガルゼンが息を吐く。


 俺はすぐに引いた。


 戻ってきた柄が、頬の前を通る。


 危ない。


 でも、避けた。


 足も残っている。


 ガルゼンが、ゆっくり立ち上がった。


 脇腹から、血が落ちる。


 その顔から、笑みが消えた。


「もう一度だ」


 両手で、戦斧を構える。


 今までより、低い。


 刃先が、真っすぐ俺へ向いた。


 俺も、足を開いた。


 鬼力は、まだ残っている。


 鬼震は、すぐには使えない。


 ここから先は、斧でやるしかない。


「……ええ」


 柄を握る。


 ガルゼンの前足が、石畳を踏んだ。


 俺も、一歩。


「今のは、結構効いたでしょ」


 返事は、正面から来た戦斧だった。


―――――――――――――


第二段階〈鬼震〉【NEW!】


武器や拳を地面へ打ちつけ、前方約5メートルの扇状範囲へ衝撃波を放つ。敵へダメージを与え、体勢を崩す。

威力は筋力に応じて上昇。〈鬼力〉との併用が可能。

消費MP:25。再使用まで60秒。

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