16話 黒角の峡谷と新しい装備
●主人公視点
はい。鬼になりました、修羅でーす。
背が伸びました。
力も強くなりました。
そして今、家から出るときに頭を下げる練習をしています。
「……ここを、こう」
入口の前で腰をかがめる。
角が梁の下を通る。
足を一歩出して、そのまま外へ。
「よし」
振り返る。
昨日まで何も考えずに通れていた入口だ。
こんなところで成長を実感するとは思わなかった。
入口を広げるのは、帰ってからにしよう。
「……じゃ、配信っと」
〈こんにちは!〉
〈鬼だ!〉
〈進化おめでとう〉
〈頭ぶつけなかった?〉
「今日は、ちゃんと避けました」
挨拶を返しながら、表示を開く。
配信が始まっていることを確認して――。
「……ん?」
別の数字が目に入った。
【チャンネル登録者数:10,280人】
……一万?
少し顔を近づける。
変わらない。
「登録者、一万人超えてるんですけど」
〈おめでとう!〉
〈進化の動画から来ました〉
〈昨日超えたぞ〉
〈気づいてなかったのかw〉
「いや、すみません。装備が着られなくなったりして、そっちで忙しくて……」
一万人。
最初、十人になっただけでもうれしかったのに。
何を言ったらいいのか、ちょっと分からない。
「……ありがとうございます。今日も、いつもどおり探索していこうと思います」
〈楽しみにしてる〉
〈イトは?〉
〈まずイトを見せてください〉
「いますよ。今、呼び――」
目の前へ、白いものが下りてきた。
細い糸の先に、イト。
「呼ぶ前に来ました」
手を差し出すと、イトは前脚で指に触れてから移ってきた。
そのまま手首へ。
腕へ。
「今日は、一緒に外へ行こうと思ってます」
〈お供!〉
〈肩に乗る?〉
イトは肩を通過した。
首の後ろを回って、頭の上へ登ってくる。
「……そこですか?」
角の根元で、動きが止まった。
配信用の視点を動かして確認する。
収まっている。
妙に、ちょうどいい。
〈席できてる〉
〈落下防止の角〉
「戦うときは下りてもらいますからね」
頭の上で、小さく脚が動いた。
返事かどうかは分からない。
まあ、出発しましょう。
◇
最初に向かったのは、集落の工房だった。
職人が俺を見る。
脇に抱えた防具を見る。
もう一度、俺を見る。
「大きくなったな」
「はい。直せますか?」
「着てみろ」
「着られないんですよ」
職人は鼻を鳴らした。
台の上へ防具を広げ、留め紐をほどいていく。
俺が使っていた胴当ては、鱗を何枚かに分けて革へ留めたものだ。鱗そのものより、それをつなぐ部分が足りなくなっているらしい。
「全部は覆えん。今日は胸と脇だけにしろ」
「動けるなら、それで」
「腕を上げろ」
言われたとおりにする。
肩へ紐を当てられ、脇の下を測られる。
イトが俺の頭から、作業台の端へ下りた。
「そいつ、道具には触らせるなよ」
「イト、こっちで」
台の隅に手を置くと、イトはそばへ寄ってきた。
その間に、職人が留め具の位置を変えていく。
靴は、履き口を広げるだけでは足りなかった。
結局、底に新しい革を重ねて、足へ紐で固定する形にしてもらった。
「次は、ちゃんと作る。皮を持ってこい」
「……また、お世話になります」
「足、動かせ」
かかとを上げる。
踏み込む。
しゃがんで、立つ。
つま先が窮屈じゃない。
短剣も抜ける。
「大丈夫です」
「走って確かめろ。痛くなってから遠くへ行くな」
工房の外で、少し走った。
止まる。
横へ踏み出す。
今までより足が遠くへ出る。
つい、余分に一歩踏んだ。
〈まだ慣れない?〉
「歩幅が違いますね。昨日のつもりで動くと、思ったところを通り過ぎます」
「なら、今日は近くで狩れ」
声のほうを見る。
ガドが、槍を持って立っていた。
「……東の先、見てみたいんですけど」
「走れるようになってからにしろ」
「今、練習してました」
「見てた」
なら、もう少し優しく言ってくれても。
◇
集落を出てから、しばらくは体を慣らしながら進んだ。
石をまたぐ。
低い枝の下を通る。
斜面を上がり、足を止める。
腕が長くなった分、短剣の届く距離も違う。
途中で出会った岩鱗蜥蜴には、いつもより外から刃が届いた。
それは、ありがたい。
ただ、倒れた体を飛び越えようとして、着地でつんのめった。
「……よし」
〈よしじゃない〉
〈今ちょっと危なかったぞ〉
「修正しました」
隣でガドが、小さく息を吐いた。
聞こえてますよ。
火喰いの岩場まで来たころには、余分な力も抜けてきた。
岩の間に残った黒い焦げ跡。
熱を含んだ風。
その奥へ続く、まだ歩いたことのない道。
俺は足を止めた。
「この先、行ったことあります?」
ガドが、道の奥を見た。
「途中まではな」
「何がいるんですか?」
「斧を持った鬼だ。俺は近づかなかった」
……斧。
自分の短剣へ、目を落とす。
「話、通じます?」
「追われたから知らん」
「なるほど」
ガドは槍の握りを直した。
「見るだけなら付き合う。戻ると言ったら戻れ」
「分かりました」
頭の上にいたイトを、手へ移す。
足場も悪くなってきた。
ここからは、自分で歩いてもらおう。
◇
岩場の先で、景色が変わった。
地面が、大きく裂けている。
左右に高い崖。
その間を、乾いた川底が奥へ続いていた。
【〈黒角の峡谷〉に到達しました】
「……おぉ」
谷へ下りる道には、石が敷かれていた。
ほとんど割れて、土に埋まっている。
それでも、ただの獣道とは違う。
崖の上には、崩れた壁のようなものも見えた。
〈建物ある?〉
〈砦っぽい〉
「昔は、道として使ってたんですかね」
少し進んだところで、ガドが手を上げた。
止まる。
道端の岩に、深い傷があった。
斜めに一本。
その下にも、もう一本。
爪にしては、幅が広すぎる。
「……斧?」
「たぶんな」
そばには、折れた槍の柄が転がっていた。
古い。
けれど、その横の土には大きな足跡が残っている。
俺はしゃがみ、先の道を見た。
曲がり角。
崩れた石壁。
向こうから、何かを引きずる音がした。
ずっ。
ずっ。
ガドが、壁際へ寄る。
俺も続いた。
イトは岩の割れ目へ入り、そこで止まった。
音が、近づく。
そして、曲がり角から――。
鬼が出てきた。
でかい。
俺も大きくなったはずなのに、まだ頭一つ以上高い。
黒い角が、額から二本伸びている。
肩には、継ぎはぎの革。
右手には、長い柄の戦斧。
刃の端が地面を擦っていた。
「……〈鑑定〉」
【黒角の鬼戦士 Lv.12】
【HP:1,160/1,160】
十二。
今の俺は、鬼の一。
しかも、あの体格だ。
〈HP四桁〉
〈同じ鬼でもでかいな〉
〈まだ気づいてない?〉
鬼戦士の足が止まった。
引きずっていた斧が、地面から離れる。
顔が、こちらへ向いた。
……気づいてますね。
「こんにちは」
一応、声をかけてみる。
鬼戦士は俺を見た。
次に、ガドを見た。
低く喉を鳴らす。
そして、斧を両手で握った。
「帰るぞ」
ガドが言った。
俺もうなずいて、後ろへ足を引く。
その瞬間だった。
鬼戦士が、走った。
「っ!」
速い。
俺たちは左右へ分かれた。
戦斧が、間を通る。
石畳が砕けた。
破片が、足に当たる。
「話し合い、失敗です!」
〈逃げて!〉
〈踏み込み長い!〉
鬼戦士は斧を抜くと、俺へ向き直った。
横へ回る。
それに合わせて、斧の先も動く。
間合いが広い。
短剣で届くところまで、あと二歩。
向こうは、もう振れる。
俺は半歩踏み込んで、すぐ止まった。
誘うつもりだった。
けれど、鬼戦士は振らなかった。
斧を低く構えたまま、こちらを見ている。
「……乗ってくれないか」
右へ動く。
相手も、足をずらした。
俺とガドを、両方見られる位置。
こいつ、挟まれないようにしてる。
「俺が前を見る。ガド、道のほう頼む!」
「ああ!」
帰り道まで下がるには、あの斧を一度やり過ごさないといけない。
俺は短剣を構えた。
鬼戦士が、一歩出る。
頭上に、斧。
俺は横へ跳んだ。
まだ、振り下ろされない。
「――っ!」
遅れて落ちてきた刃を、転がって避ける。
さっきまで足を置いていた場所に、斧が刺さった。
先に動かされた。
立ち上がりながら、近くの石柱へ回り込む。
一度、視線を切る。
その向こうで、重い足音。
俺はさらに下がった。
石柱が、はじけた。
「うわっ!」
肩へ破片が当たる。
砕けた石の向こうから、斧の刃が突き出していた。
〈柱ごと!?〉
〈そこ駄目だ!〉
「……分かりました!」
遮蔽物。
壊れるんでしたね。
鬼戦士が、残った柱を押し倒す。
俺は距離を取りながら、右手の短剣を見た。
まともに打ち合えば、まずい。
あの斧を受ける武器じゃない。
だったら、刃が通る場所へ入る。
「〈鬼装〉」
胸の奥から、熱を引き出す。
腕を通して、手へ。
握った短剣に、薄い赤色がまとわりついた。
刃先まで行き渡ったのを確かめて、息を吐く。
鬼戦士が、こちらを見る。
今度は、俺の右手を見た。
斧の構えが、少し下がった。
「……それも見るんですか」
嫌だな。
すごく、やりにくい。
俺は左の短剣を低く置いた。
右を、少し前へ。
鬼戦士の足が動く。
横薙ぎ。
俺は後ろへ下がった。
腹の前を、刃が通る。
その先で止まらず、相手の肩まで回る。
今。
踏み込んだ。
鬼戦士の手が、柄の上を滑った。
斧の反対側が、突き出てくる。
「ぐっ!」
腹へ、硬いものが当たった。
息が止まる。
俺は地面を滑りながら、どうにか立った。
【HP:368/440】
七十二。
刃じゃなくて、柄でこれか。
〈大丈夫!?〉
〈今の返せるのかよ〉
「……振り終わりも、駄目らしいですね」
痛む腹へ力を入れ、息を吐いた。
視界の端で、ガドが槍を構えている。
まだ動かない。
俺が正面にいるから、突けば挟める。
でも、鬼戦士もそれを待っている気がした。
相手の右足。
斧を戻すときだけ、つま先が外へ向く。
あそこを、動かせれば。
岩の隙間で、小さな脚が動いた。
イトだ。
俺は一瞬だけ、そちらを見た。
「イト。道の端、糸を」
イトが、岩の陰へ消えた。
鬼戦士は俺から目を離さない。
聞こえてはいる。
でも、何をさせたかまでは分からないはずだ。
俺は、短剣を握り直した。
「……もう一回」
今度は、最初から近づく。
斧が動く前に、止まる。
鬼戦士の肩が揺れた。
振る。
俺は下がった。
刃が、空を切る。
踏み込まない。
柄の突き返しが来る。
それも、待った。
先端が胸の前を通り過ぎる。
伸びた腕。
そこへ、右手を出した。
赤い刃が、前腕を切る。
鬼戦士が、低くうなった。
俺はすぐ離れた。
追い打ちはしない。
「……一つ」
初めて、まともに入った。
けれど、鬼戦士は斧を落とさない。
指を握り直し、足を踏み込んでくる。
俺は少しずつ、横へ下がった。
イトが消えた岩のほうへ。
斧が、左から来る。
避ける。
続けて、右。
思ったより戻りが速い。
左腕を引ききれず、刃が胴当ての端を削った。
【HP:301/440】
鱗が一枚、地面へ落ちた。
「……直してもらったばっかりなんですけど!」
鬼戦士が踏み込む。
その足が、わずかに止まった。
足首のあたりで、細い糸が光る。
切れた。
巨体を止めるには、細すぎた。
でも、一歩だけ。
足が出るのが、遅れた。
「ガド!」
横から、槍が伸びた。
鬼戦士が体をひねる。
穂先は脇腹をかすめた。
浅い。
それでも、顔がガドへ向く。
俺は、前へ出た。
「〈鬼力〉!」
首元が熱くなる。
踏み込む足へ、力が乗った。
短剣を振る。
鬼戦士は斧の柄を引き戻した。
受けるつもりだ。
俺は刃を止めた。
代わりに、左手を伸ばす。
柄をつかんだ。
「っ、重……!」
両腕の力が、ぶつかる。
引き寄せようとすると、向こうも引いた。
足が滑る。
真正面からなら、まだ負ける。
俺は引くのをやめた。
相手が引く方向へ、踏み込む。
鬼戦士の胸が近づいた。
斧の刃は、俺の背中より向こう。
柄が、体の間に挟まる。
右の短剣を、革の切れ目へ。
突き込んだ。
深い手応え。
鬼戦士が、歯をむいた。
額が近づく。
「うおっ!」
慌てて顔をそらす。
頭突きが、頬をかすめた。
左手を離し、体ごと横へ抜ける。
背後で、槍が打ち込まれた。
ガドが、鬼戦士の膝裏を突いていた。
片膝が落ちる。
それでも、斧が動く。
「下がれ!」
ガドの声。
俺は伏せた。
頭の上を、重い風が抜けた。
地面へ手をつく。
起きる。
鬼戦士は、片膝をついたまま斧を構えていた。
口元から、荒い息。
右腕の傷。
脇腹の出血。
【HP:294/1,160】
まだ、ある。
俺の鬼力も、長くは持たない。
でも、急げばさっきと同じだ。
俺は一度、息を吸った。
ガドが、左へ動く。
鬼戦士の顔が、そちらへわずかに向いた。
俺は、正面から踏み込んだ。
斧が上がる。
足を止める。
刃が落ちる。
その横へ、半歩。
今度は、柄が戻るより近くへ。
伸びてくる腕の下を通る。
右手を、押し込んだ。
鬼戦士の体が跳ねた。
俺は短剣を抜き、すぐに離れる。
斧が、一度だけ持ち上がる。
指が緩んだ。
重い刃が石畳に落ちた。
それから、巨体が前へ倒れた。
【経験値を獲得しました】
赤い光が、薄れていく。
俺は膝に手をついた。
「……勝った」
呼吸が、うまく整わない。
腹が痛い。
左腕も、じんじんする。
〈倒した!〉
〈最後怖すぎる〉
〈イトの糸、効いたな〉
〈ガドもお疲れ!〉
「……全員、いてよかったですね」
岩陰から、イトが出てきた。
俺の足元まで来て、止まる。
しゃがんで、手を差し出す。
小さな前脚が、指に触れた。
「助かりました。あの一歩、でかかったです」
ガドが、落ちた戦斧へ目を向ける。
「持つか?」
「……ちょっとだけ」
柄を握る。
持ち上がった。
小鬼だったときより、ずっと楽に。
ただ、振ろうとすると、刃の重さに肩を持っていかれる。
「使うには、練習いりますね」
「そいつは使えた」
ガドが、倒れた鬼戦士を見た。
「……ですね」
力だけじゃなかった。
俺が踏み込むところを狙って、柄を返してきた。
ガドにも、背中を見せなかった。
次に同じ相手と戦うなら、最初の一撃はもう少し慎重に見よう。
戦斧を足元へ下ろし、顔を上げる。
峡谷の奥。
崖の途中に、砦が見えた。
崩れた壁。
その上に、人影。
……いや。
角だ。
遠くても分かるほど、大きな角。
そいつは壁へ片手を置き、こちらを見下ろしていた。
俺の視線に気づいたのか、ゆっくりと背を向ける。
砦の奥へ、姿が消えた。
〈今、何かいた?〉
〈上にいたぞ〉
「……いましたね」
俺はしばらく、そちらを見ていた。
鑑定できる距離じゃない。
ただ、さっきの鬼戦士より大きかった。
「戻るぞ」
ガドが言った。
俺は、傷ついた胴当てへ目を落とす。
それから、拾った戦斧を肩に担いだ。
「はい。今日は戻りましょう」
〈珍しく素直〉
〈装備も直さないとな〉
「……次も、入口で終わるつもりはないですけどね」
砦へ、もう一度だけ目を向ける。
頭の上へ登ってきたイトが、角に脚をかけた。
俺は少し首を傾けて、その重みを確かめる。
帰ったら、まずは飯だ。
それから、武器。
やりたいことが、また増えた。
はい。帰ってきました、修羅です。
強い鬼がいました。
斧で殴られました。
柱も壊されました。
そして今、その斧を持って帰ってきています。
「……持つだけなら、結構いけるんですよね」
集落の手前で、肩から戦斧を下ろす。
長い柄。
分厚い刃。
ところどころ欠けているが、短剣とは比べものにならない重さがある。
〈使うの?〉
〈武器更新か〉
〈振り回されたりしない?〉
「そこは、練習ですね。せっかくなので使えるようになりたいです」
ガドが、俺の隣で足を止めた。
「先に傷を見せろ」
「……はい」
まずは、そっちでした。
◇
傷の手当てを済ませ、飯を食べる。
温かい汁物が、腹へ落ちていく。
柄で突かれたところには、まだ鈍い痛みがあった。
食事を終えて少し休んでから、俺たちは工房へ向かった。
職人は俺を見るなり、眉を寄せた。
「もう壊したか」
「……壊された、が正確ですね」
胴当てを台へ置く。
鱗が外れた脇。
刃がかすめた留め紐。
職人は指で傷を広げ、裏側を確かめた。
「中まで切られなかったなら、役には立ったな」
「それは、本当に」
これがなかったら、もっと深く入っていた。
俺は持ってきた素材袋も下ろした。
岩鱗蜥蜴の鱗と皮。
火喰い蜥蜴から取った、使えそうな部分。
それから、予備に残しておいた蜘蛛の糸。
「今の体に合うやつ、お願いできますか。腕と脚も」
職人が素材を一つずつ広げる。
厚みを確かめ、皮の端を引く。
「作る。今度は、ちゃんと測るぞ」
「お願いします」
「あと、それを台に載せるな」
職人が、俺の肩を指した。
イトがいた。
俺は両手で受け取り、そばの空いた木箱へ移す。
「イト、そこで待っててください」
〈現場監督〉
〈材料の糸は出したのに〉
「道具触っちゃうと危ないですからね」
イトは木箱の縁に脚をかけ、そのまま動かなくなった。
見守る準備はできたらしい。
◇
採寸が終わると、職人は俺の戦斧へ目を向けた。
「それも見せろ」
差し出す。
職人は刃を光へかざし、柄の付け根を揺らした。
「緩んでるな」
「え?」
「ここだ。振ったとき、音がしなかったか」
「……戦ってる間は、分かんなかったですね」
職人が刃と柄の接合部を指した。
よく見ると、そこにわずかな隙間がある。
「このまま使うな。直す」
「お願いします。あと、握るところも……ちょっと太くて」
「どこを持つ?」
俺は柄に手を添えた。
右手を刃に近いところへ。
左手を、その下へ置く。
職人は位置を確かめてから、炭で印をつけた。
「待ってろ」
◇
しばらくして返された戦斧は、刃の付け根がしっかり固定されていた。
握る部分には、新しい革が巻かれている。
手をかける。
指が、さっきより深く回った。
「……おぉ」
「振ってみろ。外でな」
「分かってますよ」
工房の中で振るほど、俺も――。
……いや。
自作の防具が脱げなくなった人間だ。
信用は、これから積み上げよう。
◇
集落の外。
人の通らない場所を選び、ガドから借りた木の杭を立てる。
イトは少し離れた岩の上へ。
周囲を確認してから、戦斧を構えた。
「では、一回」
両手で持ち上げる。
振り下ろす。
刃が、杭の横へ落ちた。
土が跳ねた。
「……はい」
〈外れた〉
〈地面には勝った〉
「まだ、一回目です」
斧を引き抜く。
思ったより、深く刺さっている。
持ち上げ直して、今度はゆっくり動かした。
刃が重い。
振り始めれば、勝手に進もうとする。
短剣のように、手首で向きを直すのは無理だ。
力任せに止めると、腕より先に腰が持っていかれる。
「……これ、外した後が怖いですね」
「さっきのやつは、戻してきたぞ」
ガドが言った。
「覚えてます。腹で」
あの柄の一撃。
刃を振り切ったように見えて、すぐ突き返してきた。
俺は右手を、少し刃へ近づけた。
長く持てば遠くへ届く。
けれど、今はそれより扱いやすさだ。
短く持って、振り幅も小さくする。
腰を落とす。
足を踏み替えながら、斧を引いた。
振る。
刃が杭へ食い込んだ。
「……当たった」
手に、重い感触が残る。
短剣で突いたときとは違う。
腕だけでなく、足の裏まで響くようだった。
〈いい音した〉
〈もう一回!〉
「待ってください。抜けない」
〈そこも練習かw〉
杭を足で押さえ、斧を揺らして抜く。
深く入れればいいってものでもないらしい。
◇
そこからは、地味だった。
振る。
戻す。
足を動かす。
もう一度、振る。
疲れたら休む。
ガドには、何度も距離を見てもらった。
刃が届く位置。
柄しか当たらない位置。
近づかれすぎたとき、短剣へ持ち替える余裕があるか。
試してみると、分からないことばかりだった。
「……相手、これ持って普通に走ってきたんですよね」
俺は汗を拭った。
鬼戦士の踏み込みを思い出す。
斧が重いからこそ、足を止めずに運んでいたのかもしれない。
次は、振った後に無理に止めない。
斧の動きに合わせて足を踏み替え、刃を体の横へ戻す。
そこから、柄の先を前へ。
突く。
ガドの槍が、軽くそれを払った。
「遅い」
「……ですよね」
「先に、戻せるようにしろ」
俺はうなずいた。
欲張らず、一つずつ。
杭の側面へ、短く振る。
当てたら引く。
体の前へ、構えを戻す。
繰り返すうちに、刃に引っ張られる感覚が薄れてきた。
右手だけで動かそうとせず、左手で柄の下を引く。
腰が回る。
足が、ついてくる。
今度は、狙った高さへ刃が通った。
【戦闘動作の習熟度が一定値に達しました】
【スキル〈斧術 Lv.1〉を獲得しました】
「……お!」
〈来た!〉
〈斧術!〉
戦斧を持ち直す。
握った手の位置が、少し分かりやすい。
今まで腕で探っていた刃の重さを、構えた時点で感じ取れる。
俺はもう一度、杭へ向かった。
踏み込む。
短く振る。
刃を当て、引き戻す。
さっきより、構え直しが早かった。
「……これなら」
ガドを見る。
「狩りで試せるか」
「はい」
「なら、まず蜥蜴だ。峡谷には戻るなよ」
「分かってますって」
たぶん、顔に出ていたんだろう。
◇
新しい防具を受け取ったのは、その後だった。
厚い革を下地に、胸と腹へ鱗を重ねた胴当て。
脇は細かく分けられていて、体をひねっても引っかからない。
前腕には、外側を守る鱗の籠手。
脚には脛当て。
そして、今の足に合った革靴。
腰へは、短剣の鞘を留める帯も作ってもらった。
「斧を振れ」
職人に言われ、外でゆっくり構える。
腕を上げる。
腰を回す。
しゃがむ。
窮屈さはない。
斧を下ろして、腰の短剣を抜く。
こちらも、届く。
「……大丈夫です。すごく、動きやすい」
「留め紐は使えば緩む。確かめろ」
「はい」
胸元へ手を当てる。
ついさっきまで、足りない部分を紐でつないでいた防具だ。
今は、ちゃんと体を覆っている。
〈装備そろったな〉
〈かなり戦士っぽい〉
〈腰巻きから遠くまで来た〉
「腰巻きも、まだ履いてますよ」
〈大事にしてて草〉
ガドが俺を一度見て、うなずいた。
「それなら、前よりましだ」
「もうちょっと褒めてもよくないですか?」
返事はなかった。
代わりに、槍の穂先が集落の外へ向いた。
「確かめるんだろ」
俺は戦斧を握った。
新しい革の感触が、手のひらへなじむ。
「……行きましょうか」
岩の上から、イトが下りてきた。
差し出した手を登り、肩へ。
俺は角に触れないよう、戦斧を反対側へ持ち替えた。
まずは、新しい武器で一匹。
あの砦へ戻る前に、やっておきたいことができた。




