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16話 黒角の峡谷と新しい装備

●主人公視点


 はい。鬼になりました、修羅でーす。


 背が伸びました。


 力も強くなりました。


 そして今、家から出るときに頭を下げる練習をしています。


「……ここを、こう」


 入口の前で腰をかがめる。


 角が梁の下を通る。


 足を一歩出して、そのまま外へ。


「よし」


 振り返る。


 昨日まで何も考えずに通れていた入口だ。


 こんなところで成長を実感するとは思わなかった。


 入口を広げるのは、帰ってからにしよう。


「……じゃ、配信っと」


〈こんにちは!〉

〈鬼だ!〉

〈進化おめでとう〉

〈頭ぶつけなかった?〉


「今日は、ちゃんと避けました」


 挨拶を返しながら、表示を開く。


 配信が始まっていることを確認して――。


「……ん?」


 別の数字が目に入った。


【チャンネル登録者数:10,280人】


 ……一万?


 少し顔を近づける。


 変わらない。


「登録者、一万人超えてるんですけど」


〈おめでとう!〉

〈進化の動画から来ました〉

〈昨日超えたぞ〉

〈気づいてなかったのかw〉


「いや、すみません。装備が着られなくなったりして、そっちで忙しくて……」


 一万人。


 最初、十人になっただけでもうれしかったのに。


 何を言ったらいいのか、ちょっと分からない。


「……ありがとうございます。今日も、いつもどおり探索していこうと思います」


〈楽しみにしてる〉

〈イトは?〉

〈まずイトを見せてください〉


「いますよ。今、呼び――」


 目の前へ、白いものが下りてきた。


 細い糸の先に、イト。


「呼ぶ前に来ました」


 手を差し出すと、イトは前脚で指に触れてから移ってきた。


 そのまま手首へ。


 腕へ。


「今日は、一緒に外へ行こうと思ってます」


〈お供!〉

〈肩に乗る?〉


 イトは肩を通過した。


 首の後ろを回って、頭の上へ登ってくる。


「……そこですか?」


 角の根元で、動きが止まった。


 配信用の視点を動かして確認する。


 収まっている。


 妙に、ちょうどいい。


〈席できてる〉

〈落下防止の角〉


「戦うときは下りてもらいますからね」


 頭の上で、小さく脚が動いた。


 返事かどうかは分からない。


 まあ、出発しましょう。


     ◇


 最初に向かったのは、集落の工房だった。


 職人が俺を見る。


 脇に抱えた防具を見る。


 もう一度、俺を見る。


「大きくなったな」


「はい。直せますか?」


「着てみろ」


「着られないんですよ」


 職人は鼻を鳴らした。


 台の上へ防具を広げ、留め紐をほどいていく。


 俺が使っていた胴当ては、鱗を何枚かに分けて革へ留めたものだ。鱗そのものより、それをつなぐ部分が足りなくなっているらしい。


「全部は覆えん。今日は胸と脇だけにしろ」


「動けるなら、それで」


「腕を上げろ」


 言われたとおりにする。


 肩へ紐を当てられ、脇の下を測られる。


 イトが俺の頭から、作業台の端へ下りた。


「そいつ、道具には触らせるなよ」


「イト、こっちで」


 台の隅に手を置くと、イトはそばへ寄ってきた。


 その間に、職人が留め具の位置を変えていく。


 靴は、履き口を広げるだけでは足りなかった。


 結局、底に新しい革を重ねて、足へ紐で固定する形にしてもらった。


「次は、ちゃんと作る。皮を持ってこい」


「……また、お世話になります」


「足、動かせ」


 かかとを上げる。


 踏み込む。


 しゃがんで、立つ。


 つま先が窮屈じゃない。


 短剣も抜ける。


「大丈夫です」


「走って確かめろ。痛くなってから遠くへ行くな」


 工房の外で、少し走った。


 止まる。


 横へ踏み出す。


 今までより足が遠くへ出る。


 つい、余分に一歩踏んだ。


〈まだ慣れない?〉


「歩幅が違いますね。昨日のつもりで動くと、思ったところを通り過ぎます」


「なら、今日は近くで狩れ」


 声のほうを見る。


 ガドが、槍を持って立っていた。


「……東の先、見てみたいんですけど」


「走れるようになってからにしろ」


「今、練習してました」


「見てた」


 なら、もう少し優しく言ってくれても。


     ◇


 集落を出てから、しばらくは体を慣らしながら進んだ。


 石をまたぐ。


 低い枝の下を通る。


 斜面を上がり、足を止める。


 腕が長くなった分、短剣の届く距離も違う。


 途中で出会った岩鱗蜥蜴には、いつもより外から刃が届いた。


 それは、ありがたい。


 ただ、倒れた体を飛び越えようとして、着地でつんのめった。


「……よし」


〈よしじゃない〉

〈今ちょっと危なかったぞ〉


「修正しました」


 隣でガドが、小さく息を吐いた。


 聞こえてますよ。


 火喰いの岩場まで来たころには、余分な力も抜けてきた。


 岩の間に残った黒い焦げ跡。


 熱を含んだ風。


 その奥へ続く、まだ歩いたことのない道。


 俺は足を止めた。


「この先、行ったことあります?」


 ガドが、道の奥を見た。


「途中まではな」


「何がいるんですか?」


「斧を持った鬼だ。俺は近づかなかった」


 ……斧。


 自分の短剣へ、目を落とす。


「話、通じます?」


「追われたから知らん」


「なるほど」


 ガドは槍の握りを直した。


「見るだけなら付き合う。戻ると言ったら戻れ」


「分かりました」


 頭の上にいたイトを、手へ移す。


 足場も悪くなってきた。


 ここからは、自分で歩いてもらおう。


     ◇


 岩場の先で、景色が変わった。


 地面が、大きく裂けている。


 左右に高い崖。


 その間を、乾いた川底が奥へ続いていた。


【〈黒角の峡谷〉に到達しました】


「……おぉ」


 谷へ下りる道には、石が敷かれていた。


 ほとんど割れて、土に埋まっている。


 それでも、ただの獣道とは違う。


 崖の上には、崩れた壁のようなものも見えた。


〈建物ある?〉

〈砦っぽい〉


「昔は、道として使ってたんですかね」


 少し進んだところで、ガドが手を上げた。


 止まる。


 道端の岩に、深い傷があった。


 斜めに一本。


 その下にも、もう一本。


 爪にしては、幅が広すぎる。


「……斧?」


「たぶんな」


 そばには、折れた槍の柄が転がっていた。


 古い。


 けれど、その横の土には大きな足跡が残っている。


 俺はしゃがみ、先の道を見た。


 曲がり角。


 崩れた石壁。


 向こうから、何かを引きずる音がした。


 ずっ。


 ずっ。


 ガドが、壁際へ寄る。


 俺も続いた。


 イトは岩の割れ目へ入り、そこで止まった。


 音が、近づく。


 そして、曲がり角から――。


 鬼が出てきた。


 でかい。


 俺も大きくなったはずなのに、まだ頭一つ以上高い。


 黒い角が、額から二本伸びている。


 肩には、継ぎはぎの革。


 右手には、長い柄の戦斧。


 刃の端が地面を擦っていた。


「……〈鑑定〉」


【黒角の鬼戦士 Lv.12】

【HP:1,160/1,160】


 十二。


 今の俺は、鬼の一。


 しかも、あの体格だ。


〈HP四桁〉

〈同じ鬼でもでかいな〉

〈まだ気づいてない?〉


 鬼戦士の足が止まった。


 引きずっていた斧が、地面から離れる。


 顔が、こちらへ向いた。


 ……気づいてますね。


「こんにちは」


 一応、声をかけてみる。


 鬼戦士は俺を見た。


 次に、ガドを見た。


 低く喉を鳴らす。


 そして、斧を両手で握った。


「帰るぞ」


 ガドが言った。


 俺もうなずいて、後ろへ足を引く。


 その瞬間だった。


 鬼戦士が、走った。


「っ!」


 速い。


 俺たちは左右へ分かれた。


 戦斧が、間を通る。


 石畳が砕けた。


 破片が、足に当たる。


「話し合い、失敗です!」


〈逃げて!〉

〈踏み込み長い!〉


 鬼戦士は斧を抜くと、俺へ向き直った。


 横へ回る。


 それに合わせて、斧の先も動く。


 間合いが広い。


 短剣で届くところまで、あと二歩。


 向こうは、もう振れる。


 俺は半歩踏み込んで、すぐ止まった。


 誘うつもりだった。


 けれど、鬼戦士は振らなかった。


 斧を低く構えたまま、こちらを見ている。


「……乗ってくれないか」


 右へ動く。


 相手も、足をずらした。


 俺とガドを、両方見られる位置。


 こいつ、挟まれないようにしてる。


「俺が前を見る。ガド、道のほう頼む!」


「ああ!」


 帰り道まで下がるには、あの斧を一度やり過ごさないといけない。


 俺は短剣を構えた。


 鬼戦士が、一歩出る。


 頭上に、斧。


 俺は横へ跳んだ。


 まだ、振り下ろされない。


「――っ!」


 遅れて落ちてきた刃を、転がって避ける。


 さっきまで足を置いていた場所に、斧が刺さった。


 先に動かされた。


 立ち上がりながら、近くの石柱へ回り込む。


 一度、視線を切る。


 その向こうで、重い足音。


 俺はさらに下がった。


 石柱が、はじけた。


「うわっ!」


 肩へ破片が当たる。


 砕けた石の向こうから、斧の刃が突き出していた。


〈柱ごと!?〉

〈そこ駄目だ!〉


「……分かりました!」


 遮蔽物。


 壊れるんでしたね。


 鬼戦士が、残った柱を押し倒す。


 俺は距離を取りながら、右手の短剣を見た。


 まともに打ち合えば、まずい。


 あの斧を受ける武器じゃない。


 だったら、刃が通る場所へ入る。


「〈鬼装〉」


 胸の奥から、熱を引き出す。


 腕を通して、手へ。


 握った短剣に、薄い赤色がまとわりついた。


 刃先まで行き渡ったのを確かめて、息を吐く。


 鬼戦士が、こちらを見る。


 今度は、俺の右手を見た。


 斧の構えが、少し下がった。


「……それも見るんですか」


 嫌だな。


 すごく、やりにくい。


 俺は左の短剣を低く置いた。


 右を、少し前へ。


 鬼戦士の足が動く。


 横薙ぎ。


 俺は後ろへ下がった。


 腹の前を、刃が通る。


 その先で止まらず、相手の肩まで回る。


 今。


 踏み込んだ。


 鬼戦士の手が、柄の上を滑った。


 斧の反対側が、突き出てくる。


「ぐっ!」


 腹へ、硬いものが当たった。


 息が止まる。


 俺は地面を滑りながら、どうにか立った。


【HP:368/440】


 七十二。


 刃じゃなくて、柄でこれか。


〈大丈夫!?〉

〈今の返せるのかよ〉


「……振り終わりも、駄目らしいですね」


 痛む腹へ力を入れ、息を吐いた。


 視界の端で、ガドが槍を構えている。


 まだ動かない。


 俺が正面にいるから、突けば挟める。


 でも、鬼戦士もそれを待っている気がした。


 相手の右足。


 斧を戻すときだけ、つま先が外へ向く。


 あそこを、動かせれば。


 岩の隙間で、小さな脚が動いた。


 イトだ。


 俺は一瞬だけ、そちらを見た。


「イト。道の端、糸を」


 イトが、岩の陰へ消えた。


 鬼戦士は俺から目を離さない。


 聞こえてはいる。


 でも、何をさせたかまでは分からないはずだ。


 俺は、短剣を握り直した。


「……もう一回」


 今度は、最初から近づく。


 斧が動く前に、止まる。


 鬼戦士の肩が揺れた。


 振る。


 俺は下がった。


 刃が、空を切る。


 踏み込まない。


 柄の突き返しが来る。


 それも、待った。


 先端が胸の前を通り過ぎる。


 伸びた腕。


 そこへ、右手を出した。


 赤い刃が、前腕を切る。


 鬼戦士が、低くうなった。


 俺はすぐ離れた。


 追い打ちはしない。


「……一つ」


 初めて、まともに入った。


 けれど、鬼戦士は斧を落とさない。


 指を握り直し、足を踏み込んでくる。


 俺は少しずつ、横へ下がった。


 イトが消えた岩のほうへ。


 斧が、左から来る。


 避ける。


 続けて、右。


 思ったより戻りが速い。


 左腕を引ききれず、刃が胴当ての端を削った。


【HP:301/440】


 鱗が一枚、地面へ落ちた。


「……直してもらったばっかりなんですけど!」


 鬼戦士が踏み込む。


 その足が、わずかに止まった。


 足首のあたりで、細い糸が光る。


 切れた。


 巨体を止めるには、細すぎた。


 でも、一歩だけ。


 足が出るのが、遅れた。


「ガド!」


 横から、槍が伸びた。


 鬼戦士が体をひねる。


 穂先は脇腹をかすめた。


 浅い。


 それでも、顔がガドへ向く。


 俺は、前へ出た。


「〈鬼力〉!」


 首元が熱くなる。


 踏み込む足へ、力が乗った。


 短剣を振る。


 鬼戦士は斧の柄を引き戻した。


 受けるつもりだ。


 俺は刃を止めた。


 代わりに、左手を伸ばす。


 柄をつかんだ。


「っ、重……!」


 両腕の力が、ぶつかる。


 引き寄せようとすると、向こうも引いた。


 足が滑る。


 真正面からなら、まだ負ける。


 俺は引くのをやめた。


 相手が引く方向へ、踏み込む。


 鬼戦士の胸が近づいた。


 斧の刃は、俺の背中より向こう。


 柄が、体の間に挟まる。


 右の短剣を、革の切れ目へ。


 突き込んだ。


 深い手応え。


 鬼戦士が、歯をむいた。


 額が近づく。


「うおっ!」


 慌てて顔をそらす。


 頭突きが、頬をかすめた。


 左手を離し、体ごと横へ抜ける。


 背後で、槍が打ち込まれた。


 ガドが、鬼戦士の膝裏を突いていた。


 片膝が落ちる。


 それでも、斧が動く。


「下がれ!」


 ガドの声。


 俺は伏せた。


 頭の上を、重い風が抜けた。


 地面へ手をつく。


 起きる。


 鬼戦士は、片膝をついたまま斧を構えていた。


 口元から、荒い息。


 右腕の傷。


 脇腹の出血。


【HP:294/1,160】


 まだ、ある。


 俺の鬼力も、長くは持たない。


 でも、急げばさっきと同じだ。


 俺は一度、息を吸った。


 ガドが、左へ動く。


 鬼戦士の顔が、そちらへわずかに向いた。


 俺は、正面から踏み込んだ。


 斧が上がる。


 足を止める。


 刃が落ちる。


 その横へ、半歩。


 今度は、柄が戻るより近くへ。


 伸びてくる腕の下を通る。


 右手を、押し込んだ。


 鬼戦士の体が跳ねた。


 俺は短剣を抜き、すぐに離れる。


 斧が、一度だけ持ち上がる。


 指が緩んだ。


 重い刃が石畳に落ちた。


 それから、巨体が前へ倒れた。


【経験値を獲得しました】


 赤い光が、薄れていく。


 俺は膝に手をついた。


「……勝った」


 呼吸が、うまく整わない。


 腹が痛い。


 左腕も、じんじんする。


〈倒した!〉

〈最後怖すぎる〉

〈イトの糸、効いたな〉

〈ガドもお疲れ!〉


「……全員、いてよかったですね」


 岩陰から、イトが出てきた。


 俺の足元まで来て、止まる。


 しゃがんで、手を差し出す。


 小さな前脚が、指に触れた。


「助かりました。あの一歩、でかかったです」


 ガドが、落ちた戦斧へ目を向ける。


「持つか?」


「……ちょっとだけ」


 柄を握る。


 持ち上がった。


 小鬼だったときより、ずっと楽に。


 ただ、振ろうとすると、刃の重さに肩を持っていかれる。


「使うには、練習いりますね」


「そいつは使えた」


 ガドが、倒れた鬼戦士を見た。


「……ですね」


 力だけじゃなかった。


 俺が踏み込むところを狙って、柄を返してきた。


 ガドにも、背中を見せなかった。


 次に同じ相手と戦うなら、最初の一撃はもう少し慎重に見よう。


 戦斧を足元へ下ろし、顔を上げる。


 峡谷の奥。


 崖の途中に、砦が見えた。


 崩れた壁。


 その上に、人影。


 ……いや。


 角だ。


 遠くても分かるほど、大きな角。


 そいつは壁へ片手を置き、こちらを見下ろしていた。


 俺の視線に気づいたのか、ゆっくりと背を向ける。


 砦の奥へ、姿が消えた。


〈今、何かいた?〉

〈上にいたぞ〉


「……いましたね」


 俺はしばらく、そちらを見ていた。


 鑑定できる距離じゃない。


 ただ、さっきの鬼戦士より大きかった。


「戻るぞ」


 ガドが言った。


 俺は、傷ついた胴当てへ目を落とす。


 それから、拾った戦斧を肩に担いだ。


「はい。今日は戻りましょう」


〈珍しく素直〉

〈装備も直さないとな〉


「……次も、入口で終わるつもりはないですけどね」


 砦へ、もう一度だけ目を向ける。


 頭の上へ登ってきたイトが、角に脚をかけた。


 俺は少し首を傾けて、その重みを確かめる。


 帰ったら、まずは飯だ。


 それから、武器。


 やりたいことが、また増えた。




 はい。帰ってきました、修羅です。


 強い鬼がいました。


 斧で殴られました。


 柱も壊されました。


 そして今、その斧を持って帰ってきています。


「……持つだけなら、結構いけるんですよね」


 集落の手前で、肩から戦斧を下ろす。


 長い柄。


 分厚い刃。


 ところどころ欠けているが、短剣とは比べものにならない重さがある。


〈使うの?〉

〈武器更新か〉

〈振り回されたりしない?〉


「そこは、練習ですね。せっかくなので使えるようになりたいです」


 ガドが、俺の隣で足を止めた。


「先に傷を見せろ」


「……はい」


 まずは、そっちでした。


     ◇


 傷の手当てを済ませ、飯を食べる。


 温かい汁物が、腹へ落ちていく。


 柄で突かれたところには、まだ鈍い痛みがあった。


 食事を終えて少し休んでから、俺たちは工房へ向かった。


 職人は俺を見るなり、眉を寄せた。


「もう壊したか」


「……壊された、が正確ですね」


 胴当てを台へ置く。


 鱗が外れた脇。


 刃がかすめた留め紐。


 職人は指で傷を広げ、裏側を確かめた。


「中まで切られなかったなら、役には立ったな」


「それは、本当に」


 これがなかったら、もっと深く入っていた。


 俺は持ってきた素材袋も下ろした。


 岩鱗蜥蜴の鱗と皮。


 火喰い蜥蜴から取った、使えそうな部分。


 それから、予備に残しておいた蜘蛛の糸。


「今の体に合うやつ、お願いできますか。腕と脚も」


 職人が素材を一つずつ広げる。


 厚みを確かめ、皮の端を引く。


「作る。今度は、ちゃんと測るぞ」


「お願いします」


「あと、それを台に載せるな」


 職人が、俺の肩を指した。


 イトがいた。


 俺は両手で受け取り、そばの空いた木箱へ移す。


「イト、そこで待っててください」


〈現場監督〉

〈材料の糸は出したのに〉


「道具触っちゃうと危ないですからね」


 イトは木箱の縁に脚をかけ、そのまま動かなくなった。


 見守る準備はできたらしい。


     ◇


 採寸が終わると、職人は俺の戦斧へ目を向けた。


「それも見せろ」


 差し出す。


 職人は刃を光へかざし、柄の付け根を揺らした。


「緩んでるな」


「え?」


「ここだ。振ったとき、音がしなかったか」


「……戦ってる間は、分かんなかったですね」


 職人が刃と柄の接合部を指した。


 よく見ると、そこにわずかな隙間がある。


「このまま使うな。直す」


「お願いします。あと、握るところも……ちょっと太くて」


「どこを持つ?」


 俺は柄に手を添えた。


 右手を刃に近いところへ。


 左手を、その下へ置く。


 職人は位置を確かめてから、炭で印をつけた。


「待ってろ」


     ◇


 しばらくして返された戦斧は、刃の付け根がしっかり固定されていた。


 握る部分には、新しい革が巻かれている。


 手をかける。


 指が、さっきより深く回った。


「……おぉ」


「振ってみろ。外でな」


「分かってますよ」


 工房の中で振るほど、俺も――。


 ……いや。


 自作の防具が脱げなくなった人間だ。


 信用は、これから積み上げよう。


     ◇


 集落の外。


 人の通らない場所を選び、ガドから借りた木の杭を立てる。


 イトは少し離れた岩の上へ。


 周囲を確認してから、戦斧を構えた。


「では、一回」


 両手で持ち上げる。


 振り下ろす。


 刃が、杭の横へ落ちた。


 土が跳ねた。


「……はい」


〈外れた〉

〈地面には勝った〉


「まだ、一回目です」


 斧を引き抜く。


 思ったより、深く刺さっている。


 持ち上げ直して、今度はゆっくり動かした。


 刃が重い。


 振り始めれば、勝手に進もうとする。


 短剣のように、手首で向きを直すのは無理だ。


 力任せに止めると、腕より先に腰が持っていかれる。


「……これ、外した後が怖いですね」


「さっきのやつは、戻してきたぞ」


 ガドが言った。


「覚えてます。腹で」


 あの柄の一撃。


 刃を振り切ったように見えて、すぐ突き返してきた。


 俺は右手を、少し刃へ近づけた。


 長く持てば遠くへ届く。


 けれど、今はそれより扱いやすさだ。


 短く持って、振り幅も小さくする。


 腰を落とす。


 足を踏み替えながら、斧を引いた。


 振る。


 刃が杭へ食い込んだ。


「……当たった」


 手に、重い感触が残る。


 短剣で突いたときとは違う。


 腕だけでなく、足の裏まで響くようだった。


〈いい音した〉

〈もう一回!〉


「待ってください。抜けない」


〈そこも練習かw〉


 杭を足で押さえ、斧を揺らして抜く。


 深く入れればいいってものでもないらしい。


     ◇


 そこからは、地味だった。


 振る。


 戻す。


 足を動かす。


 もう一度、振る。


 疲れたら休む。


 ガドには、何度も距離を見てもらった。


 刃が届く位置。


 柄しか当たらない位置。


 近づかれすぎたとき、短剣へ持ち替える余裕があるか。


 試してみると、分からないことばかりだった。


「……相手、これ持って普通に走ってきたんですよね」


 俺は汗を拭った。


 鬼戦士の踏み込みを思い出す。


 斧が重いからこそ、足を止めずに運んでいたのかもしれない。


 次は、振った後に無理に止めない。


 斧の動きに合わせて足を踏み替え、刃を体の横へ戻す。


 そこから、柄の先を前へ。


 突く。


 ガドの槍が、軽くそれを払った。


「遅い」


「……ですよね」


「先に、戻せるようにしろ」


 俺はうなずいた。


 欲張らず、一つずつ。


 杭の側面へ、短く振る。


 当てたら引く。


 体の前へ、構えを戻す。


 繰り返すうちに、刃に引っ張られる感覚が薄れてきた。


 右手だけで動かそうとせず、左手で柄の下を引く。


 腰が回る。


 足が、ついてくる。


 今度は、狙った高さへ刃が通った。


【戦闘動作の習熟度が一定値に達しました】


【スキル〈斧術 Lv.1〉を獲得しました】


「……お!」


〈来た!〉

〈斧術!〉


 戦斧を持ち直す。


 握った手の位置が、少し分かりやすい。


 今まで腕で探っていた刃の重さを、構えた時点で感じ取れる。


 俺はもう一度、杭へ向かった。


 踏み込む。


 短く振る。


 刃を当て、引き戻す。


 さっきより、構え直しが早かった。


「……これなら」


 ガドを見る。


「狩りで試せるか」


「はい」


「なら、まず蜥蜴だ。峡谷には戻るなよ」


「分かってますって」


 たぶん、顔に出ていたんだろう。


     ◇


 新しい防具を受け取ったのは、その後だった。


 厚い革を下地に、胸と腹へ鱗を重ねた胴当て。


 脇は細かく分けられていて、体をひねっても引っかからない。


 前腕には、外側を守る鱗の籠手。


 脚には脛当て。


 そして、今の足に合った革靴。


 腰へは、短剣の鞘を留める帯も作ってもらった。


「斧を振れ」


 職人に言われ、外でゆっくり構える。


 腕を上げる。


 腰を回す。


 しゃがむ。


 窮屈さはない。


 斧を下ろして、腰の短剣を抜く。


 こちらも、届く。


「……大丈夫です。すごく、動きやすい」


「留め紐は使えば緩む。確かめろ」


「はい」


 胸元へ手を当てる。


 ついさっきまで、足りない部分を紐でつないでいた防具だ。


 今は、ちゃんと体を覆っている。


〈装備そろったな〉

〈かなり戦士っぽい〉

〈腰巻きから遠くまで来た〉


「腰巻きも、まだ履いてますよ」


〈大事にしてて草〉


 ガドが俺を一度見て、うなずいた。


「それなら、前よりましだ」


「もうちょっと褒めてもよくないですか?」


 返事はなかった。


 代わりに、槍の穂先が集落の外へ向いた。


「確かめるんだろ」


 俺は戦斧を握った。


 新しい革の感触が、手のひらへなじむ。


「……行きましょうか」


 岩の上から、イトが下りてきた。


 差し出した手を登り、肩へ。


 俺は角に触れないよう、戦斧を反対側へ持ち替えた。


 まずは、新しい武器で一匹。


 あの砦へ戻る前に、やっておきたいことができた。

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