12話 家の掃除と飯
●主人公視点
はい。引っ越し準備中の修羅でーす。
工房で直してもらった胴当てを着て、背中には袋。
腰には、新しい牙短剣が二本。
そして、右手には――。
「……ほうきです」
〈装備更新〉
〈ついに長柄武器〉
「戦いませんよ。掃くんです」
枝を束ねただけの、村で借りたほうき。
これから自宅の掃除です。
昨夜は結局、村の空いている小屋を借りた。
屋根がある。
床に敷物がある。
それだけで、かなり快適だった。
俺の家も、あのくらいにはしたい。
「ガド、今日は腕どうです?」
「槍は持てる」
「掃除の話です」
「そっちもできる」
ガドの背中には、丸めた古い敷物。
片腕で無理なく運べる分だけ、手伝ってもらっている。
村で余っていたものと、持ち帰った糸を交換してもらったのだ。
寝床の第一歩。
これを手に入れただけで、少し勝った気がする。
◇
廃坑の入口へ着く。
「戻りましたー」
声をかけると、石のくぼみから小さな影が出てきた。
八本の脚。
白っぽい腹。
昨日、召喚した蜘蛛だ。
壁を下り、俺の足元で止まる。
「……ちゃんと、いましたね」
〈お留守番お疲れ〉
〈迎えに来た〉
俺はしゃがみ込んだ。
蜘蛛は、前脚を少し持ち上げる。
その向こう。
入口の端に、小さな巣ができていた。
「……仕事、早いですね」
しかも、通路の真ん中を空けてある。
偶然か。
それとも、俺たちが通る場所だと分かったのか。
どちらにしても、ありがたい。
「今日は一緒に、掃除をお願いします」
ほうきを持ち上げる。
蜘蛛も、前脚を上げた。
〈やる気ある〉
〈もう家主より頼れる〉
「まだ、これからですよ」
◇
最初に、管理画面を開く。
【名称:未命名】
【階層数:三】
【保有DP:260】
昨日、蜘蛛を一匹呼んだ分が減っている。
まずは設備。
そう思って開くと、項目が並んだ。
【地形編集】
【照明】
【扉】
【設備設置】
「……地形、変えられるんだ」
試しに、一階層の壁を選ぶ。
入口脇にある、小さな物置のような空間だ。
少し広げようとすると、薄い線が壁の向こうへ伸びる。
【必要DP:120】
「高い」
〈家の工事だからな〉
〈まだ何も置いてないぞ〉
俺は指を引っ込めた。
次に、床の出っ張りだけを削る。
【必要DP:5】
「……なるほど」
広げるほど、使う。
少し直すなら、少しで済む。
分かりやすい。
ただ、何でも変えていたら、すぐになくなりそうだ。
「ガド。この部屋、今の広さで寝られますよね」
ガドが奥を見た。
天井。
床。
入口との位置。
「水は来るか?」
「え?」
壁際を指される。
細い筋が、下へ続いていた。
触れると、少し湿っている。
「こっちはやめろ。寝るなら、反対側だ」
「……危なかった」
最初から水の通り道に、敷物を置くところだった。
◇
改装の前に、家の中を確かめる。
一階層には、蜘蛛が二匹残っていた。
管理画面を開いても、味方としては表示されない。
昨日と同じだ。
家を取っただけでは、住んでいた魔物まで俺の言うことを聞くわけではない。
新しい短剣を抜く。
ガドが横へ立った。
「糸に乗る前に止める」
「お願いします」
壁を下りてきた一匹へ、槍の先が向く。
その横から踏み込み、牙短剣を入れた。
軽くはない。
でも、刃がぶれない。
脚の付け根へ先端を合わせると、前の武器より深く通った。
引き抜き、すぐに離れる。
もう一匹が背後へ回ろうとしたところで、足元へ白い線が飛んだ。
召喚した蜘蛛だ。
糸が相手の脚へ絡む。
動きが、一瞬止まった。
「……助かる!」
俺は向きを変え、二匹目へ踏み込んだ。
◇
【経験値を獲得しました】
短剣を拭き、鞘へ戻す。
召喚した蜘蛛は、俺の足元へ戻ってきた。
「戦えるんですね」
〈糸の援護いいな〉
〈育てたくなる〉
頭らしきところへ手を近づける。
蜘蛛は逃げなかった。
そっと触れると、短い毛が指先へ当たった。
「……思ったより、ふさふさ」
少しだけ、撫でる。
ガドが、奥の通路へ目を向けた。
「上は片づいた。下はどうする」
「今日は一階を使えるようにしたいです。下へは、準備してから」
三階層全部を、一日でどうにかする必要はない。
まず、出入りする場所。
寝る場所。
荷物を置く場所。
そこからだ。
◇
掃除を始めて、分かったことがある。
蜘蛛の糸は、ほうきで掃けない。
「……全部、こっちにつく」
枝の束が、白い塊になっていた。
振っても落ちない。
むしろ、振った先の壁へくっつく。
〈ほうき敗北〉
〈相性が悪い〉
俺がほうきを引っ張っていると、足元の蜘蛛が壁を上った。
糸へ触れる。
前脚を動かし、端から少しずつ外していった。
白い膜が、まとまって垂れる。
「おぉ……」
俺は落ちた糸を、枝へ巻き取った。
蜘蛛が外す。
俺が集める。
ガドが、床に散った石や木くずを片づける。
やり方が決まると、作業が進んだ。
石壁が見える。
床の幅も、分かるようになる。
隅には、古い棚の残骸があった。
横板は腐っていたが、下に置かれていた平たい石は使えそうだ。
「これ、荷物台にしません?」
「角を削れ。袋が破れる」
「了解です」
何でも捨てる前に、ガドへ一度見てもらうことにした。
◇
掃除した部屋で、もう一度画面を開く。
まず、床。
歩くたびにつま先を引っかけていた出っ張りを、二か所削る。
【地形編集:10DP】
選んだ石の角が、さらさらと細かい光になって消えた。
俺は足で、そっと踏む。
平らだ。
ちゃんと、体重を支える。
「……便利すぎません?」
〈家の床直せるの羨ましい〉
〈現実にも欲しい〉
調子に乗って広げたくなったが、そこで止める。
次は、照明。
【小型魔石灯:20DP】
【設置数:2】
【必要DP:40】
説明では、設置したダンジョン内で使う、小さな明かりらしい。
火をつける必要はない。
持ち出して使うこともできない。
一つを入口の内側。
もう一つを、今の部屋へ置いた。
壁に小さな石が現れる。
淡い橙色の光が、足元を照らした。
「……おぉ」
松明ほど明るくはない。
でも、煙が出ない。
両手も空く。
俺はしばらく、何も持たずに部屋を歩いてみた。
「家っぽい」
〈急にそうなったな〉
〈照明って大事〉
最後に、扉。
部屋の入口へ、簡素な木の扉を取りつける。
【木製扉:30DP】
押す。
開く。
戻す。
閉まる。
「……閉まる!」
「扉だからな」
「そうなんですけど!」
外で寝ていたころには、なかったものだ。
自分で閉められる入口。
それだけで、随分落ち着く。
◇
床へ、そのまま敷物を広げようとした。
ガドが手を伸ばす。
「下に何か敷け。冷えるぞ」
「まだ必要ですか」
石の床へ手を置く。
冷たい。
なるほど。
持ってきた乾いた草を厚めに広げ、その上へ敷物を載せた。
寝転がる。
天井が近い。
岩の色しか見えない。
でも、背中は昨日の床より、ずっと楽だった。
「……住めますね」
〈おめでとう〉
〈ついに寝床〉
隣へ荷物台を置く。
水の竹筒。
予備の革紐。
古い牙短剣。
一つずつ並べると、袋の中が軽くなった。
毎回、全部持ち歩かなくていい。
それが、思っていた以上にうれしい。
「ガドの分も置けますよ」
「なら、替えの松明を置く」
「どうぞ。次から、ここで準備できますね」
ガドが部屋を見回した。
「ああ」
◇
残ったポイントを確かめる。
【保有DP:180】
まだ、ある。
召喚画面へ指を伸ばしかけて、止めた。
猪を呼べば、百。
確かに頼もしい。
けど、寝床の横を走られると困る。
「先に、住み分けですね」
〈家の中で突進されたくない〉
〈兎も敷物かじりそう〉
今いる蜘蛛へ目を向ける。
部屋の隅で、じっとしていた。
「お前の場所も、決めましょうか」
扉の外。
通路を挟んだ向こうに、浅いくぼみがある。
そこを示す。
「ここなら、糸を張っていいです。ただ、こっちの道は空けてください」
入口から寝床まで、実際に歩いて見せる。
蜘蛛が後を追う。
それから、くぼみへ上った。
壁へ糸をつける。
反対側へ渡す。
俺はしゃがみ、しばらく見ていた。
白い糸が、少しずつ形になる。
俺たちが使う通路には、出てこない。
「……分かってくれたみたいですね」
〈偉い〉
〈もう名前つけてあげよう〉
前脚の先を見る。
黒い、小さな足。
器用に動かして、糸を引いている。
「……イト」
口にしてから、少し考える。
「イトって、どうです?」
蜘蛛の前脚が止まった。
こちらを向く。
「お前の名前です。イト」
名前の設定欄へ、入力する。
【糸吐き蜘蛛に〈イト〉と命名しました】
表示が変わる。
ただ、それだけ。
特別な光も、能力が上がる通知もない。
けれど、イトが壁を下りて、俺の前まで来た。
「よろしく、イト」
差し出した手へ、前脚が触れる。
〈よろしくイト〉
〈初代配下〉
俺は少し笑って、立ち上がった。
◇
外へ出ると、まだ日は高かった。
入口から風が入り、一階の通路を抜けていく。
明かりのついた部屋。
閉まる扉。
荷物を置ける台と、横になれる寝床。
奥には、まだ手をつけていない二つの階層がある。
やりたいことは多い。
配下も増やしたい。
使いやすい道も作りたい。
いつか、誰かが入ってきて驚くようなダンジョンにしてみたい。
「次は、二階を――」
腹が鳴った。
結構、大きく。
ガドがこちらを見る。
「飯だな」
「……飯ですね」
袋を開く。
焼いた肉はある。
水もある。
俺は扉を開け、自分の部屋へ入った。
「皆さん、今日はここで食べます」
〈初めての自宅飯〉
〈ちゃんと引っ越せたな〉
荷物台の横へ座る。
外から、イトが顔を出した。
俺は手元の肉を見て、それから配下のほうを見る。
「……そういえば、お前の飯って、どうするんだ?」
ガドが、ゆっくり俺へ向き直った。
「呼ぶ前に、確かめろ」
〈家族が増えると食費も増える〉
〈管理、ここからだぞ〉
●主人公視点
「……呼ぶ前に、確かめろ」
ガドの言葉を受け、俺は管理画面を開いた。
配下の一覧。
イトを選ぶ。
名前、レベル、状態。
その下へ、説明が続いている。
「あ、ありました」
召喚した魔物は、ダンジョン内で待機している間、核から供給される魔力で生命を維持できるらしい。
ただし、活動して減ったスタミナの回復には、休息や食事が必要になる。
外へ連れ出した場合も、食事を用意したほうがいい。
「なるほど。何も食べずに、ずっと戦えるわけじゃないんですね」
〈そりゃそうか〉
〈今日は掃除も手伝ったしな〉
食べられるものの項目を開く。
肉。
虫。
小動物。
「……肉、いけるそうです」
手元の串を見る。
よく焼いた猪肉。
イトを見る。
丸い目が、こっちを向いている。
「これも食べます?」
端を小さく切り、平たい石へ置いた。
イトが近づく。
前脚で触る。
少し持ち上げ、口元へ運んだ。
「お」
食べている。
ゆっくりだけど、確かに。
俺はもう一切れ切り、同じ場所へ置いた。
「働いた分、食ってください」
〈初任給〉
〈現物支給〉
「住む場所もついてますよ」
〈社宅だったのか〉
イトは気にした様子もなく、二切れ目へ手を伸ばした。
◇
さて。
俺たちの分だ。
肉を一口かじる。
硬い。
冷めているので、余計に硬い。
噛む。
噛む。
まだ、噛む。
「……温めたいですね」
ガドも肉を食べながら、うなずいた。
「外で火を使うか」
「部屋の中は駄目ですか?」
ガドが天井を見上げた。
低い岩の天井。
窓はない。
入口も、扉一つ。
俺も見上げる。
「……外にしましょう」
せっかく作った部屋で、煙に巻かれたくはない。
◇
入口の外へ出て、地面の落ち葉を払う。
石を寄せ、小さく囲った。
その間に、ガドが腰の袋から道具を出す。
乾いた繊維。
小さな石。
それから、短い金属片。
「……それ」
「火をつける」
「見れば分かるんですけど。それ、どこで手に入ります?」
ガドが顔を上げた。
「村だ」
ですよね。
俺が一人で枝を回していた間にも、文明はちゃんとあったらしい。
〈火起こし回を思い出す〉
〈今なら買いに行けるな〉
かちり、と音がした。
ガドは小さな火種を包み、息を送る。
煙。
少しして、炎。
細枝へ移すまで、そう時間はかからなかった。
「……早いですね」
「乾いたものを持っておけば楽だ」
俺は覚えておくことにした。
道具だけあっても、中身が湿っていたら意味がない。
そういうところまで含めて、準備らしい。
◇
肉を火から離して温める。
脂がゆっくり浮いてきた。
あの匂いだ。
初めて焼いたときも、これで腹が鳴った。
今も鳴った。
「……毎回、律儀ですね。俺の腹」
〈種族特性〉
〈健啖の主張〉
ガドが袋を開く。
取り出したのは、葉に包まれた何かだった。
「これも焼く」
丸く、平たい。
灰色がかった白い塊。
「何です?」
「根を挽いて、練ったものだ」
「……パンみたいな?」
「パンは知らん」
ガドが薄い石の上へ載せた。
しばらくすると、縁が乾いて、表面に小さな焼き色がつく。
俺は肉を返しながら、それを見ていた。
いつも村で食べているものらしい。
そういえば、俺は猪ばかり食べていた。
食生活が、かなり狩りに寄っている。
「一つ、もらっていいですか?」
ガドが半分に割り、差し出した。
「熱いぞ」
「ありがとうございます」
受け取る。
指先に、じんわり熱が伝わる。
軽く息を吹いて、端をかじった。
「……お」
外側は、少しぱりっとしている。
中は詰まっていて、もちっとした歯応え。
噛んでいると、ほんのり甘い。
「うまいですね、これ」
「肉ばかりより、腹が持つ」
俺は温まった猪肉を一切れ載せた。
折る。
挟む。
かじる。
脂と、根の甘み。
硬かった肉も、温まると少し食べやすい。
「……これだ」
〈何その組み合わせ〉
〈普通にうまそう〉
〈肉挟むのは正解〉
もう一口。
うまい。
味つけはほとんどない。
でも、焼いたものを二つ合わせただけで、随分違う。
ガドが俺の手元を見る。
自分の分にも、肉を載せた。
折って、食べる。
しばらく噛んでから、うなずいた。
「悪くない」
「ですよね」
ちょっと、うれしい。
◇
入口から、イトが顔を出した。
そこで止まり、前脚を動かしている。
火を見ているのだろうか。
「近づきすぎないでくださいね」
声をかけ、火から離れた石へ肉を置く。
イトはそちらへ回り、食べ始めた。
俺たちより、ずっと静かだ。
ガドが食べる。
俺も食べる。
焚き火の中で、枝が一本折れた。
ぱち、と音がする。
風が吹くと、森の葉も揺れた。
今は、何も襲ってこない。
次の攻撃を考えなくてもいい。
俺は最後の一口を飲み込み、竹筒へ手を伸ばした。
「……ようやく、落ち着きましたね」
〈ずっと働いてたもんな〉
〈改装お疲れ〉
視界の端で、コメントが流れている。
俺は串を下ろした。
「今日は、ここまでにします。見てくれてありがとうございました」
〈お疲れ!〉
〈イトもお疲れ〉
〈次は内覧会で〉
「見せる部屋、一個しかないですけどね」
笑って、配信を終える。
表示が消えた後も、火の音は続いていた。
ガドが、残った肉を葉へ包み直す。
イトは食べ終わり、自分の前脚をこすっていた。
「……ガド」
「何だ」
「また、飯食いに来てください」
ガドが俺を見る。
それから、背後の入口へ目を向けた。
「次は、器くらい用意しろ」
「……用意します」
鍋。
器。
火起こしの道具。
まだ、必要なものは多い。
俺はその辺に落ちていた小枝を取り、土へ三本、線を引いた。
忘れないように。
ガドがそれを見て、自分の小枝を拾う。
横へ、もう一本。
「塩もだ」
「それ、欲しいです」
四本目が、今日一番大事な気がした。




