11話 初めての配下と村への帰還
●主人公視点
はい。家持ちになりました、修羅でーす。
ただいま、床に座っております。
椅子?
ないです。
ベッド?
ないです。
あるのは石と、蜘蛛の糸と、さっきまで俺たちを食べようとしていた大蜘蛛です。
「……まず、座る場所くらい欲しいですね」
〈取得おめでとう〉
〈家具なし物件〉
〈家主が一番ぼろぼろ〉
それは、そう。
脇腹が痛い。
肩も痛い。
隣のガドも、壁にもたれて腕の布を巻き直している。
俺は袋から竹筒を出し、差し出した。
「水、飲みます?」
「ああ」
受け取ったガドが、少しだけ飲む。
俺もその後に一口。
冷たくはない。
けど、今は十分うまかった。
「……助かりました」
ガドへ頭を下げる。
「一人だったら、途中で終わってました」
「俺も捕まった」
「それでも、最後まで一緒に戦ってくれたので」
ガドは竹筒の蓋を閉めた。
俺へ返してから、大蜘蛛を見る。
「次は、糸を踏む前に言え」
「……はい」
〈反省会〉
〈そこは本当に危なかった〉
俺は右足を見た。
靴の先に、切り残した糸が貼りついている。
指で取ろうとして、今度は指にくっついた。
「……しつこいな、お前」
◇
落ち着いたところで、通知を開いた。
戦闘中から、いくつかたまっている。
【種族Lvが上昇しました】
【22→28【UP!】】
「……六つ」
〈また一気に上がったな〉
〈ボスの経験値うまい〉
能力値も増えている。
最大HPは二百二十。
筋力は四十二。
いつの間にか、人間の初期値から随分離れた。
試しに拳を握る。
けれど、傷まで全部治ったわけではない。
体をひねると、脇腹がきっちり抗議してきた。
「強くなったので、今日は休みます」
〈正しい〉
〈その体で次を探し始めたら止めてた〉
続いて、首飾りの項目を開く。
【第一段階:〈鬼力 Lv.1〉】
消えていない。
さっきだけの特別な力ではなく、これからも使えるらしい。
三十秒間、筋力と耐久が五割増し。
今の能力値なら、筋力は六十三になる。
「……武器のほうが心配になってきましたね」
右の短剣を見る。
刃は残っている。
ただ、柄に巻いた革がずれていた。
戦闘の最後、抜くときに滑りかけたところだ。
俺は革を巻き直し、結び目を締めた。
力いっぱい握るだけでも、道具を傷めるかもしれない。
今度、安全な場所で感覚を確かめておこう。
◇
「さて」
赤く光る核へ目を向ける。
所有権を取った後から、視界の端に小さな表示が出ていた。
【ダンジョン管理】
意識して選ぶと、目の前に画面が広がる。
【名称:未命名】
【所有者:修羅】
【階層数:三】
【保有DP:300】
【管理項目】
【内部地図/魔物召喚/設備/権限設定】
「……出ました」
〈管理画面!〉
〈DPってダンジョンポイント?〉
〈地図見たい〉
「俺も見たいです」
まず、内部地図を選ぶ。
三つの階層が表示された。
一階層の分かれ道。
二階層の柱が並ぶ場所。
そして、今いる三階層の広間。
途中で通らなかった横道も、線になっている。
「おぉ……ここ、つながってたんだ」
行き止まりだと思って引き返した道が、別の通路へ続いていた。
ただし、途中には崩落の表示がある。
通れる道と、掘り返さなければ通れない道。
地図があれば、区別はつくらしい。
「ガド、これ見えます?」
「何がだ」
「目の前の地図です」
「お前の手しか見えん」
なるほど。
俺だけか。
権限設定を開く。
そこには、登録した相手をダンジョンの協力者として扱う項目があった。
管理の許可は、個別に選べる。
ひとまず、地図の閲覧だけ。
「地図を見られるようにしてもいいですか?」
「……ああ」
ガドを選び、許可を出す。
相手が、ぴくりと耳を動かした。
何もない空間へ目を向ける。
「出たか?」
「出ました?」
「ああ。……妙なもんだな」
〈NPCも使えるのか〉
〈ガドの反応いいな〉
ガドはしばらく地図を眺めていた。
指を伸ばし、一階層の横道へ触れる。
「ここ、外へ近いな」
「ですね。入口の横です」
「荷物を置くなら、そこだ。毎回ここまで運ぶのか?」
俺は三階層までの道を見た。
階段。
細い通路。
さらに階段。
「……入口の近くにしましょう」
家を手に入れた直後だが、もう階段が面倒になってきた。
◇
次は、気になっていた項目。
【魔物召喚】
開くと、名前が並んだ。
【角兎】
【岩背猪】
【糸吐き蜘蛛】
【白糸の大蜘蛛】
「……ボスもいる」
〈まじか〉
〈倒したから解放された?〉
〈もう一匹置こうぜ〉
「必要なポイントを見てからですね」
【白糸の大蜘蛛】
【召喚消費DP:800】
俺は自分の保有ポイントへ目を戻した。
三百。
もう一度、必要な数字を見る。
八百。
「足りません」
〈解散〉
〈家買った直後は金がない〉
「買ってないですけどね……」
ほかも確かめる。
角兎は二十。
糸吐き蜘蛛は四十。
岩背猪は百。
同じ種類でも、召喚直後は低いレベルから始まると書いてある。
倒した相手を、そのまま複製するわけではないらしい。
さらに説明を読む。
召喚した魔物には、待機や巡回などの指示を出せる。
育成もできる。
ただし、今この廃坑に残っている野生の魔物は、自動で配下になるわけではない。
「……まだ、上に蜘蛛がいる可能性ありますね」
ガドが槍へ手を伸ばした。
「帰りも気を抜くな」
「はい」
〈所有したら全部味方、ではないのか〉
〈家の中に敵がいる〉
それ、かなり困るんですけど。
◇
召喚する場所を選ぶ。
広間の隅。
糸の少ない、平らなところだ。
「じゃあ、一匹だけ呼んでみます」
〈兎?〉
〈猪?〉
「蜘蛛です」
〈おぉ〉
〈最初の配下か〉
指を止める。
さっきまで散々、追いかけられていた相手だ。
正直、近くへ出すのは少し怖い。
けれど、糸を出せる魔物が味方になれば、できることも増えるはずだ。
【糸吐き蜘蛛を召喚しますか?】
【消費DP:40】
【はい】
床に、淡い光が広がった。
その中心に、小さな影が生まれる。
八本の脚。
丸い腹。
森で見たものより、随分小さい。
そいつが、ゆっくり俺へ向き直った。
「……どうも」
前脚が、一本持ち上がった。
俺も、片手を上げる。
〈挨拶した?〉
〈かわいい気がしてきた〉
蜘蛛はその場にいた。
飛びかかってこない。
糸も吐かない。
俺はしゃがみ、手を伸ばしかけた。
「噛むなよ」
「今、それ言わないでください」
ガドの一言で、手が止まった。
まずは、指示だ。
「……こっちへ来てください」
蜘蛛が動いた。
かさかさと床を進み、俺の前で止まる。
「止まって」
そのまま。
「少し下がって」
後ろへ動く。
「おぉ……!」
思わず、声が出た。
自分で呼んだ魔物が、俺の言葉を聞いている。
しかも、ちゃんと動く。
「ガド、この人には攻撃しないでください」
隣を示す。
管理画面で協力者の設定も確かめる。
蜘蛛はガドへ顔を向け、それから俺へ戻った。
分かった、のだろうか。
少なくとも、牙を向ける様子はなかった。
〈最初の命令が仲間の安全確認なのいいな〉
〈名前つける?〉
「名前……」
白っぽい腹を見る。
前脚の先だけ、少し黒い。
「それは、もう少し一緒にいてから決めましょうか」
ダンジョンも、配下も。
急いで決めて、後から困るのは避けたい。
俺は立ち上がった。
蜘蛛も、脚を伸ばす。
「じゃあ、ついてきてください」
一歩歩く。
後ろで、かさり。
止まる。
音も止まる。
振り返ると、ちゃんといた。
「……いいですね、これ」
〈うれしそう〉
〈分かる〉
うれしいですよ。
ずっと自分の荷物を、自分で抱えて歩いていた。
今は袋がある。
一緒に戦ってくれる相手がいる。
そして、自分を追いかけてくる小さな配下までできた。
俺は通路へ向き直った。
「まずは帰る道の糸を――」
足が、止まった。
靴の裏に、べたりとした感触。
ゆっくり下を見る。
さっき取り損ねた糸が、床の糸へくっついていた。
「……ガド」
「見てる」
〈家主、捕獲〉
〈まず掃除しよう〉
呼んだばかりの蜘蛛が、俺の足元まで来る。
前脚で、糸へ触れた。
何度か動かすと、張っていた一本が外れた。
俺の足が、上がる。
「……お?」
蜘蛛を見る。
向こうも、こちらを見ていた。
俺はそっと、足を置き直した。
「最初の仕事、俺の救出になりましたね」
ガドが、小さく鼻を鳴らした。
●主人公視点
帰るまでが攻略です。
そして今、俺の家には、まだ敵がいます。
「……持ち家って、大変なんですね」
〈普通は入居前にいない〉
〈まず帰り道を確保しよう〉
先頭はガド。
真ん中に俺。
後ろから、召喚した蜘蛛がついてくる。
さっき俺の足を糸から外してくれた、頼もしい配下だ。
ただ、振り返るたびに一瞬びっくりする。
慣れるまで、もう少しかかりそう。
二階層への階段を上がりきったところで、ガドが手を上げた。
俺も止まる。
壁の上に、一匹。
召喚した蜘蛛より、ずっと大きい。
「……野生のほうですね」
短剣へ手を伸ばしかける。
その前に、ガドが俺の肩を押した。
「戻れ。今日はもう戦った」
壁の蜘蛛は、まだこちらへ来ていない。
俺たちは別の通路へ回った。
地図があると、こういうとき便利だ。
最後の分かれ道を曲がり、入口から差す光が見えたときには、随分ほっとした。
「……外だ」
森の匂い。
風。
それから、まぶしい空。
俺は目を細めた。
ついさっきまで地下にいたせいか、やたら広く感じる。
「ガド。村へ報告しに行きましょう」
「ああ。だが、その前に」
ガドが、俺の後ろを指した。
小さい蜘蛛が、入口の石を乗り越えようとしている。
「そいつを連れていく気か?」
「……あ」
村の人からしたら、普通に蜘蛛だ。
しかも俺たち、蜘蛛にやられて帰ってきたような格好をしている。
後ろからついてきたら、槍くらい向けられるかもしれない。
「今日は留守番、お願いできますか」
入口の内側へ戻り、壁際のくぼみを示す。
「ここで待っててください。知らない相手が来たら、奥へ隠れて。戦わなくていいです」
蜘蛛が、石壁を上った。
くぼみに収まり、こちらへ向き直る。
管理画面でも、待機になっていることを確かめた。
「また来ます」
前脚が、少し動いた。
〈留守番できるの偉い〉
〈家主より先に住みついた〉
確かに。
俺、まだ一度も寝てないんですけどね。
◇
村へ戻ると、入口にいた小鬼がこちらを見た。
ガドの腕。
俺の胴当て。
最後に、袋から突き出した黒い脚。
「……何を狩った?」
「西の穴の主だ」
ガドが答えた。
門番の顔が、変わる。
「大きいのか?」
「ああ」
門番が俺を見る。
もう一度、袋を見る。
「お前もか」
「かなり助けてもらいましたけど、一緒に」
少し間があった。
それから、門番が柵の内側へ声を張った。
「ガドが戻った! 西の主を落としたぞ!」
「ちょ、報告って、そんな感じなんですか」
〈村内放送〉
〈隠せる内容じゃないだろw〉
焚き火のそばにいた小鬼が立った。
家の陰からも、何人か顔を出す。
俺は思わず背筋を伸ばした。
配信とは違う緊張だ。
目の前で、全員が俺を見ている。
「ほら、こっちだ」
ガドに促され、中央の焚き火へ向かう。
そこに、杖を持った年寄りの小鬼がいた。
曲がった角。
片方だけ、白く濁った目。
ガドが前に立つ。
「主を倒した。だが、穴の中にはまだ蜘蛛がいる」
年寄りは、うなずいた。
「森の糸は?」
「残ってる。小さいのもいる。すぐに安全にはならん」
「そうか」
浮かれた報告だけでは終わらないらしい。
俺も袋を下ろした。
大蜘蛛から切り取った、鉤のついた前脚。
それと、顎の硬い牙。
持ってこられたのは、そのくらいだ。
残りは大きすぎたので、広間に置いてきた。
年寄りが、黒い鉤へ指を近づける。
触れる前に止め、こちらを見た。
「これが、主のか」
「はい」
「……よく帰った」
短い言葉だった。
けれど、討伐の通知を見たときとは、また違ったうれしさがあった。
俺は軽く、頭を下げた。
「あの。それと、穴の核を取りました」
年寄りの目が、俺へ戻る。
「お前が持ったのか」
「はい。これから、住めるようにしようと思ってます」
周りが少しざわついた。
奥にいた小鬼が、眉を寄せる。
「蜘蛛はどうする?」
「残っているのを確かめます。村へ連れてくるつもりはないです」
年寄りはしばらく俺を見ていた。
それから、杖で地面を軽くたたく。
「道を使う者もいる。何か変えるなら、ガドに伝えろ」
「分かりました」
「それと、手当てが先だ」
俺とガドへ、順番に杖が向けられる。
「二人とも、血が乾いとる」
「……はい」
〈ちゃんと怒られた〉
〈まず治療〉
村への報告。
思っていたより、生活に近い話だった。
◇
傷を洗ってもらい、布を巻き直す。
ガドも左腕を手当てされた。
終わった後、焚き火のそばで薄い汁物を渡される。
中には根菜と、小さく切った肉が入っていた。
「食え。話はその後だ」
器を渡してくれた小鬼に礼を言い、一口。
あったかい。
自分で焼いた肉も、うまかった。
けど、座っているだけで温かい飯が出てくるの、すごくいい。
「……俺の家、鍋も欲しいですね」
〈欲しいもの増えた〉
〈寝床より先に台所か〉
それも大事なんですよ。
◇
食事を終え、工房へ向かった。
職人は、いつもの台で革を削っていた。
俺の姿を見るなり、眉を動かす。
「また穴を開けたな」
「防具のおかげで帰れました」
胴当てを示す。
脇の革に、深い擦り傷。
紐の一本も切れかけている。
職人は傷を確かめ、短く鼻を鳴らした。
「脱げ」
「はい」
今度は、自分で脱げます。
そこは成長しました。
台へ胴当てを置き、その隣へ大蜘蛛の素材を広げる。
職人の手が止まった。
黒い鉤を持ち上げ、裏側を見る。
「主のか」
「分かるんですか?」
「その大きさのは、森にはそうおらん」
鉤の根元へ爪を当てる。
削りかけの革を脇へ寄せ、今度は顎の牙を取った。
曲がった先端。
厚い根元。
俺の短剣より、少し長い。
「あの。これで、新しい武器って作れます?」
「どんなのだ」
俺は腰から二本の短剣を抜いた。
台へ並べる。
「これに代わるやつです。硬いところに当てても、もう少し耐えられるものが」
職人が、俺の牙短剣を見る。
「硬いところを刺すなと言ったろ」
「それは、そうなんですけど……」
〈二回目〉
〈まず使い方〉
ガドが横から、黒い前脚を一本持ち上げた。
「こっちは槍に使えるか」
「先ならな。根元まで使うと重い」
職人が答える。
そうだ。
俺はガドへ向き直った。
「好きなところ、持っていってください。半分はガドのなので」
「なら、この鉤をもらう」
「一本だけでいいんですか?」
「ほかは、革を締める紐と替える」
実用的だ。
俺だけ、強い武器に浮かれていた気がする。
職人は顎の牙を二本並べた。
「お前には、こっちだ」
◇
まず、牙の根元を調べる。
職人は細い道具で内側をさらい、残ったものを落としていった。
「根元に残ってる液には触るな。洗うから、そっちの水を持ってこい」
言われたとおり、桶を運ぶ。
洗った牙を乾かしている間に、柄に使う木を選ぶ。
硬く、木目の詰まった短い木片。
俺が持つと、少し太い。
職人が削る。
また握る。
「どうだ」
「もう少し、ここが細いと」
指の付け根が当たる部分を示す。
そこを削り、もう一度。
握りやすい。
力を込めても、牙だけを持ったときほど手の中で回らない。
「……全然違いますね」
「握るところだからな」
職人は柄へ溝を作った。
そこへ牙の根元を収める。
先に細い穴を開け、硬い留め具を通す。
さらに、糸を巻きつけた。
俺が集めてきた、蜘蛛の糸だ。
「これ、使えるんですか」
「だから集めてこいと言ったろ」
「そうでした」
糸の上から、薄い革を巻く。
柄の先には、小さく張り出した部分もついた。
手が滑っても、すぐには刃へ届かないようになっている。
〈ちゃんと武器になっていく〉
〈素材そろえた意味あるな〉
俺も少し手伝った。
巻く糸を押さえる。
革を引っ張る。
言われた場所へ、道具を置く。
ただ、牙を削るところは任せた。
自分でやって、使える部分までなくしたら泣く。
やがて、職人が一本を差し出した。
「振ってみろ。外でな」
◇
工房の外で、短剣を持ち上げる。
白い牙から、黒みを帯びた刃になった。
少し重い。
けれど、柄がある分だけ扱いやすい。
曲がった先端を前へ向け、ゆっくり突く。
引く。
もう一度。
刃の重さが、手首へ伝わる。
岩背猪の牙とは、少し違う。
「振り回すなよ」
入口から職人が言った。
「長くなった分、近くで返すと自分を切る」
「はい」
俺は動きを小さくした。
体の横へ戻す。
左手を添える位置も、確かめる。
職人が置いた、不要な革の切れ端へ刃を当てる。
軽く引く。
すっ、と切れた。
「おぉ……」
猪の牙だと、何度かこすっていた厚さだ。
同じ力でも、刃が通る。
装備欄を開いた。
【右手:白糸大蜘蛛の牙短剣】
左にも、仕上がった一本を受け取る。
【左手:白糸大蜘蛛の牙短剣】
〈更新!〉
〈ボス素材武器!〉
〈だいぶ強そうになった〉
「ですね。今度は、ちゃんと柄があります」
右は、突きやすいように曲がりを抑えたもの。
左は、元の形を残した短めのもの。
今までの二本に近い組み合わせだ。
職人は俺の古い短剣を見た。
「そっちは捨てるな。細工にも使える」
「……残します」
初めて、自分で作った武器。
猪を倒して、蜘蛛を倒して、ここまで来た。
刃こぼれも、削った跡もある。
俺は二本を拭き、袋へしまった。
◇
代金の代わりに、残った脚と牙の一部を渡した。
ガドも素材を分け、槍の穂先の加工を頼む。
俺の胴当ては、明日まで預けることになった。
帰ろうとすると、職人が声をかけた。
「腰を出せ」
「……え?」
また服が増えるのかと思った。
渡されたのは、短剣を収める革の鞘だった。
左右に一本ずつ。
腰紐へ通すと、刃が脚へ触れなくなる。
「抜いてみろ」
右。
左。
引っかからない。
戻すときも、入口が少し広くなっていて収めやすかった。
「これも、いいんですか?」
「刃をむき出しで歩かれるほうが困る」
「……ありがとうございます」
〈そこまで込みか〉
〈また通う理由できたな〉
俺は頭を下げ、工房を出た。
村の中央では、夕飯の準備が始まっている。
鍋から湯気。
走る子供。
薪を割る音。
俺の姿を見た門番が、少し離れたところから手を上げた。
「穴の主! 今夜はそっちで寝るのか!」
俺は足を止めた。
手に入れた家を、思い出す。
石の床。
残っている蜘蛛。
入口で待っている、小さな配下。
そして、布団はない。
「……今日は、こっちで寝たいです」
ガドが隣で、笑った。
「だと思った」
〈家主、初日から外泊〉
〈寝床作ってから引っ越そう〉
俺は腰の新しい短剣へ手を置いた。
武器は、よくなった。
家も、できた。
次はちゃんと、そこで眠れるようにしよう。




