10話 ボス戦
●主人公視点
はい。家を取りに来ました、修羅でーす。
目の前には、糸だらけの廃坑。
その奥、三階層には大きな蜘蛛が待っている。
〈物件紹介みたいに言うなw〉
〈住人への交渉が物騒〉
「話が通じるなら、俺も相談から入りますよ」
腰の短剣を確かめる。
研ぎ直した牙の刃。
締め直した革の柄。
袋には水と焼いた肉、それに予備の松明。
前回より準備はいい。
俺自身も、少し強くなった。
「行けるか」
ガドが槍を持ち上げる。
「はい。お願いします」
◇
一階層は、道が分かっている分だけ早かった。
ただし、前に切ったはずの糸が、また張られていた。
通路に残した目印はある。
その上から、白い線が横切っている。
「……掃除、やり直しですか」
「住んでるからな」
ですよね。
留守の間に散らかしているのは、俺たちのほうかもしれない。
二階層では、硬い脚の蜘蛛を一匹倒した。
以前なら大きく下がっていた攻撃も、今は半歩で避けられる。
脚が落ちた後へ踏み込み、柔らかい継ぎ目へ刃を入れる。
ちゃんと、強くなっている。
それを確かめてから、水を飲んだ。
短剣の刃。
胴当ての紐。
残りの松明。
全部、確認する。
「……よし」
三階層へ下りる。
奥から、かさり、と音がした。
◇
広間の手前で、袋を下ろした。
松明を壁の隙間へ差し込み、もう一本を少し離れた場所へ。
炎が二つになり、床の糸が浮かび上がる。
中央に、大蜘蛛がいた。
白く膨れた腹。
黒い脚。
前の二本は、先が鉤のように曲がっている。
その後ろには、赤く脈打つ核。
「〈鑑定〉」
【白糸の大蜘蛛】
【Lv:28】
【HP:860/860】
【その他の情報を確認するには、鑑定の熟練度が不足しています】
「……八百六十」
〈多っ〉
〈修羅の何倍だ〉
〈レベルも上だな〉
俺の最大HPは百八十七。
比べると、随分ある。
でも、今の俺たちは二人だ。
足元を取られず、刃が通る場所へ攻撃を重ねれば――。
白い腹が持ち上がった。
「下がれ!」
ガドの声。
俺は壁際へ跳んだ。
さっきまで顔があった場所を、白い塊が通り過ぎる。
背後で、べちゃりと音がした。
振り返る。
通路の壁に、糸が広がっていた。
「……相談は無理そうですね」
大蜘蛛の脚が動く。
床に張られた糸が、一斉に震えた。
◇
最初に来たのは、小さい蜘蛛だった。
壁の白い塊の陰から、三匹。
それぞれ違う方向へ散ってくる。
「小さいのを先に!」
「俺が主を見る。離れすぎるな!」
ガドが槍を突き出す。
大蜘蛛の前脚が、その穂先を横へ払った。
硬い音。
俺は手前の一匹へ踏み込んだ。
短剣を腹へ。
抜いて、横へ動く。
二匹目が跳ぶ。
体をひねってかわし、着地したところを踏みつけた。
「〈踏ん張り〉!」
靴の下で暴れる感触。
そこへ刃を突き入れる。
残る一匹は――。
足元の糸が、動いた。
「っ!」
脚を引いた直後、頭上から黒い鉤が落ちてきた。
石の床を削る音。
大蜘蛛だ。
小さいのを見ている間に、間合いへ入られていた。
俺は転がり、立ち上がる。
ガドの槍が、大蜘蛛の顔の前へ突き出された。
「こっちだ!」
主が向きを変える。
俺はその隙に、最後の一匹を仕留めた。
「……ありがとうございます!」
「腹を見ろ!」
白い腹が、こちらへ曲がる。
また、糸。
俺は石柱の陰へ入った。
柱の向こうで、糸がはじける。
よし。
吐いた直後は、動きが止まる。
森の蜘蛛と同じなら。
俺は横から飛び出した。
前脚の内側へ、右の短剣を突く。
硬い。
押し込まず、すぐに抜いた。
その下。
脚と胴がつながる、細い隙間へ左を入れる。
今度は、通った。
大蜘蛛の体が跳ねる。
俺は腕を引き、下がった。
【HP:821/860】
「……効いてる!」
少ない。
けど、減った。
ちゃんと、倒せる相手だ。
◇
ガドが前を押さえる。
俺が横へ回る。
糸を吐いたら柱を使い、脚を振り下ろしたら、その戻りを狙う。
繰り返すうちに、大蜘蛛の動きが分かってきた。
前脚だけを見てはいけない。
体を支えている脚が曲がると、次に腹が動く。
床の糸を引いたときは、こちらへ踏み込んでくる。
「ガド、右!」
槍が引かれる。
直後、その場所を鉤が通った。
俺は反対側から入り、同じ脚の付け根を狙う。
一度。
もう一度。
大蜘蛛の左側が、わずかに沈んだ。
【HP:493/860】
〈半分近い!〉
〈いけるぞ〉
俺も、そう思った。
そのときだった。
大蜘蛛が、急に後ろへ下がった。
追いかけようとして、足を止める。
白い腹が、床へ擦りつけられていた。
「……何してる?」
糸が広がる。
一筋ではない。
細い線が扇のように伸び、俺たちの間へ落ちた。
「離れろ!」
俺は後ろへ跳んだ。
ガドも下がる。
けれど、大蜘蛛はガドのほうへ走った。
さっきまでと違う。
糸を吐いても止まらない。
自分で張った白い道の上を、滑るように進んでいく。
槍が突き出される。
黒い前脚が、それを押さえ込んだ。
「ガド!」
駆け寄ろうとする。
右足が、止まった。
靴の先に、糸。
体だけが前へ出た。
「うわっ――」
横から、衝撃。
胴当てがきしむ。
俺は床へたたきつけられた。
息が出ない。
視界の端で、HPが減る。
【HP:109/187】
「っ、は……!」
顔を上げる。
ガドは槍を放し、小刀へ持ち替えていた。
左腕が、壁の糸に捕まっている。
そこへ、大蜘蛛の顔が近づいた。
俺は足元へ短剣を入れた。
糸を切る。
一本。
まだ、離れない。
「くそっ……!」
靴の縁へ、もう一度。
引いた足が抜ける。
立つ。
走る。
ガドが体をひねり、牙をかわした。
その肩へ、黒い脚が押しつけられる。
「ガド、伏せて!」
俺は残った距離を跳んだ。
右の刃を、傷ついた脚の付け根へ突き込む。
体重を乗せる。
大蜘蛛が、甲高く鳴いた。
脚が外れる。
ガドが床へ転がった。
その腕の糸を、左の短剣で切る。
「走れますか!」
「ああ!」
逃げ道へ向き直る。
その前に、白い糸が降った。
通路の入口が、ふさがる。
全部ではない。
切れば通れる。
でも、その時間を主がくれるとは思えなかった。
◇
肩で息をする。
ガドの腕から、血が落ちた。
俺の脇腹も痛い。
スタミナは、半分を切っている。
大蜘蛛のHPは、まだ四百以上。
長引けば、小さい蜘蛛もまた来るかもしれない。
俺は短剣を握り直した。
震えている。
疲れか。
怖いのか。
たぶん、両方だ。
「俺が引く。その間に、入口を切れ」
ガドが言った。
小刀を構え、前へ出ようとする。
俺は、その肩をつかんだ。
「……次の一回、俺にください」
「何をする」
答えようとしたとき、胸元が熱くなった。
最初は、傷かと思った。
だが、熱は首から広がっていた。
始祖鬼の首飾り。
服の内側で、赤い光が漏れている。
「……お前?」
視界へ、文字が浮かんだ。
【第一封印の解放条件を達成しました】
【種族Lv:20以上】
【自身より高位の敵との戦闘中、対象のHPを半分以下に減少】
【始祖鬼の首飾り・第一段階を解放します】
首飾りの表面を、赤い線が走った。
ひびのように見えたそれが、一つの模様になる。
【装備スキル〈鬼力 Lv.1〉が解放されました】
【鬼力 Lv.1】
【消費MP:10】
【三十秒間、筋力・耐久が50%上昇します】
【効果終了後、六十秒間は再使用できません】
〈封印解けた!?〉
〈鬼力!〉
〈筋力五割!?〉
俺は表示を見た。
三十秒。
長くはない。
でも、あの脚を押しのける力があれば。
「ガド。俺が前へ出ます」
大蜘蛛が、こちらへ向き直る。
傷めた脚を浮かせながら。
「左の前脚を、もう一度狙ってください」
ガドが俺を見た。
胸元の光へ、目を落とす。
そして、槍の落ちている場所を確かめた。
「……分かった」
俺は息を吸った。
「〈鬼力〉」
胸の熱が、全身へ広がった。
腕。
背中。
脚の奥。
筋肉が縮むような感覚と一緒に、短剣が軽くなる。
【筋力:36→54】
【耐久:30→45】
握りすぎて、柄の革がきしんだ。
「……おぉ」
強い。
ただ立っているだけでも、分かる。
俺は一歩、踏み出した。
◇
大蜘蛛の前脚が落ちる。
かわす。
そこまでは、同じだ。
けれど、踏み込んだ体が、思ったより遠くへ出た。
「っ!」
慌てて膝を曲げる。
力が増えても、使うのは俺。
いきなり上手になるわけじゃない。
次の脚が来る。
俺は大きく逃げず、胴の下へ入った。
短剣を、傷ついた継ぎ目へ。
突く。
深い。
今まで止まっていた場所から、さらに刃が入る。
大蜘蛛の体が傾いた。
「ガド!」
横から、槍が伸びた。
拾い直した穂先が、同じ脚の根元へ刺さる。
ガドが柄を押し下げる。
俺は短剣を抜き、迫る別の脚へ左の刃を当てた。
止めきれない。
けど、軌道は変わった。
肩をかすめた脚が、床を削る。
痛い。
それでも、体は崩れなかった。
俺は前へ出る。
大蜘蛛が腹を向ける。
「糸!」
ガドの声。
俺は石柱へ駆けた。
白い塊が、柱を包む。
その瞬間、足を止めて切り返した。
力いっぱい蹴れば、行きすぎる。
だから、小さく。
必要な分だけ。
大蜘蛛が顔を戻す前に、横へ入る。
傷ついた脚へ、右。
抜いて、左。
脚が折れ曲がった。
巨体が沈む。
【HP:246/860】
〈崩れた!〉
〈あと何秒!?〉
表示を見る余裕はない。
大蜘蛛が残る脚を広げ、無理に立とうとする。
ガドの槍が、正面からそれを止めた。
「今だ!」
白い腹が、床へ近づく。
俺は短剣を構えた。
あそこまで、潜れる。
走る。
鉤が来る。
頭を下げる。
肩の上を、黒い脚が通った。
「っ、らぁ!」
右の短剣を、腹の下へ突き上げた。
刃が入る。
大蜘蛛が暴れる。
引き抜こうとした柄が、手の中でずれた。
革が、緩んでいる。
俺は左手も添えた。
まっすぐ引く。
抜けた。
すぐに下がる。
巨体が床へ落ちた。
【HP:81/860】
あと少し。
踏み出そうとした瞬間、腕の熱が消えた。
【〈鬼力〉の効果が終了しました】
短剣が、急に重く感じる。
戻っただけだ。
さっきまでが、強すぎた。
大蜘蛛が頭を上げる。
口元で、牙が動いた。
まだ、終わっていない。
「修羅、下がれ!」
ガドの槍が、顔の横へ突き込まれた。
主がそちらを向く。
俺は止まりかけた足を、踏み出した。
力は戻った。
でも、相手の脚は戻っていない。
倒れた体。
開いた継ぎ目。
そこへ届く足も、刃も、俺にはまだある。
俺は大蜘蛛の横へ回った。
右を構える。
傷口へ、先端を合わせる。
腰を落とし、足で床を押した。
「――っ!」
両手で、突き込む。
大蜘蛛の脚が、一斉に縮んだ。
俺は刃を抜いて離れた。
ガドも槍を引く。
巨体が、ゆっくり床へ沈む。
動かない。
待つ。
まだ、待つ。
【白糸の大蜘蛛を討伐しました】
【経験値を獲得しました】
【ダンジョンの主が不在となりました】
文字が見えた。
俺はその場に、へたり込んだ。
「……勝った?」
ガドが槍の先で、脚へ触れる。
反応はない。
「ああ」
その一言で、ようやく息が抜けた。
〈倒したあああ!〉
〈おめでとう!〉
〈最後、鬼力切れて焦った〉
〈ガドも修羅も生きてる!〉
「……俺も、焦りました」
笑おうとして、脇腹が痛んだ。
やめよう。
今、笑うと痛い。
◇
しばらくしてから、立ち上がった。
ガドの腕へ布を巻き、自分の肩も確かめる。
どちらも動く。
まずは、それでよしだ。
俺は首飾りを取り出した。
赤い模様は残っている。
けれど、さっきの熱はもうない。
【始祖鬼の首飾り】
【最大HP+10%】
【獲得経験値+10%】
【第一段階:〈鬼力 Lv.1〉】
【未解放の封印効果:???】
「……助かりました」
指で、一度だけ表面をなぞった。
そして、広間の奥を見る。
石の台。
赤く光る核。
もう、その前に立ちふさがるものはいない。
俺はガドへ顔を向けた。
「触っても、いいですかね」
「そのために来たんだろ」
「そうでした」
台へ歩く。
足元には、まだ白い糸が残っている。
最後まで気をつけて、一本ずつまたいだ。
目の前で、核が脈打つ。
手を伸ばす。
【ダンジョン核への接触を確認しました】
【ダンジョン〈糸這いの廃坑〉は、現在所有者が不在です】
【所有権を取得しますか?】
【はい/いいえ】
俺は、迷わず選んだ。
【はい】
【ダンジョン〈糸這いの廃坑〉の所有者が、修羅に変更されました】
広間の奥から入口へ向かって、淡い光が走った。
壁。
天井。
その向こうにある、三つの階層。
見えないはずの場所まで、何となく意識が届く。
俺は浮かんだ表示を眺め、それから配信のほうへ向き直った。
「……皆さん」
〈お?〉
〈家主〉
「家、できました」
〈でかいw〉
〈三階建て地下物件〉
〈まず蜘蛛の巣掃除だな〉
俺は広間を見回した。
白い壁。
白い床。
白い天井。
全部、糸。
「……入居前の仕事が、多そうですね」
【ステータス】
プレイヤー名:修羅
種族:小鬼〈こおに〉
種族Lv:22→28【UP!】
最大HP:187→220【UP!】
最大MP:37→43【UP!】
最大スタミナ:190→220【UP!】
筋力:36→42【UP!】
耐久:30→36【UP!】
敏捷:34→40【UP!】
魔力:5
器用:10
獲得経験値:+10%【装備】
※最大HP:基礎値200+装備補正20=220。
【種族特性】
〈怪力の芽〉
体格より大きな武器を扱える。重さに応じてスタミナを消費する。
〈健啖〉
食事によるスタミナ回復量が多い。
【スキル】
〈打撃 Lv.1〉
棍棒や拳による攻撃を補助する。
〈踏ん張り Lv.1〉
足を止めて構えると、押し倒されにくくなる。
〈短剣術 Lv.1〉
短剣を扱う動作や、刃の向きの調整を補助する。
〈索敵 Lv.1〉
周囲の物音や動きから、敵の気配に気づきやすくなる。
〈鑑定 Lv.1〉
魔物の名前・レベル・現在HPと最大HPなど、対象の基本情報を確認できる。
【装備スキル】
〈鬼力 Lv.1〉【NEW!】
始祖鬼の首飾りの第一段階解放により使用可能。
・消費MP:10
・効果時間:30秒
・筋力、耐久+50%
・効果終了後、60秒間は再使用不可
発動中の能力値:
筋力:42→63【UP!】
耐久:36→54【UP!】
【装備】
右手:岩背猪の牙短剣
左手:岩背猪の牙短剣
胴:岩背猪の革胴当て
腰:ぼろ布の腰巻き
足:小鬼の革靴
背中:岩背猪の革袋
首飾り:始祖鬼の首飾り
【始祖鬼の首飾り】
・最大HP+10%
・獲得経験値+10%
・第一段階:〈鬼力 Lv.1〉【解放済み】
≪未解放の封印効果≫
???
【所有ダンジョン】
名称:未命名
階層数:全三階層
所有者:修羅




