23話 イベント告知 ルーキーズ・カップ
●主人公視点
はい。
今日は、久しぶりに斧を振っている修羅でーす。
場所は、ダンジョンの入口から少し離れたところ。
荷馬車が来る道も、集落へ向かう道も避けてある。
人が通る場所で素振りを始めたら、普通に危ないので。
「……よっ、と」
振る。
戻す。
足を動かす。
もう一度。
しばらく、机に向かっていた。
そのせいで、体の動かし方を全部忘れたわけではない。
でも、実際に振って確かめると、少し安心した。
刃の重さ。
柄を握る位置。
足を置くところ。
自分で動かしている感じが、ちゃんとある。
〈久々の斧〉
〈やっぱでかいな〉
〈帰ってきた感じする〉
〈今日は狩り行く?〉
「家の確認が終わったので、時間があれば。まずは、軽く動いてからですね」
斧を下ろし、息を吐く。
隣の岩には、イトがいた。
蜘蛛の姿で、前脚を折り畳んでいる。
俺が振るたび、少し顔の向きが変わっていた。
「どうだ?」
声をかける。
イトが、片方の前脚を上げた。
たぶん、大丈夫という意味だ。
俺も、うなずいた。
その直後だった。
視界の中央へ、通知が出た。
【運営からのお知らせ】
【新規公式イベントの開催が決定しました】
俺は、斧を持ったまま止まった。
「……お?」
〈告知きた!〉
〈こっちも出た〉
〈イベント!?〉
〈何だ何だ〉
続いて、もう一行。
【公式告知映像を公開しました】
俺は、その文字を見つめた。
イベント。
その言葉だけで、少し気分が上がる。
大会。
大侵攻。
今まで、いろいろあった。
楽しかったし、随分と大変でもあった。
今度は、何だろう。
「……見ましょうか」
〈見る!〉
〈一緒に見よう〉
〈狩りは後でいい〉
〈まず斧しまえw〉
俺は、自分の手元を見る。
そうだった。
「一回、帰ります。座って見ましょう」
斧を収め、イトへ手を上げた。
小さな体が岩から下りる。
俺たちは、家へ戻った。
◇
食堂へ入ると、リィナが棚を整理していた。
ポーションの瓶。
作った日ごとに分けられた札。
昨日から、常備する分の置き方も、少し変えたらしい。
「お帰りなさい。早かったですね」
「運営から、イベントの告知が来たんです」
リィナが、手を止める。
「また、何か始まるんですか?」
「まだ分からないです。今から映像を見ようと思って」
俺は椅子を引いた。
「よかったら、一緒にどうですか?」
彼女は少し考え、手元の瓶を棚へ戻した。
「はい。では、少しだけ」
イトも人の姿へ戻り、いつもの椅子へ上がる。
俺は、告知の再生画面を共有表示へ切り替えた。
机の上に、半透明の画面が開く。
食器を、少し横へ寄せる。
水も用意した。
準備完了。
「それじゃ、見ます」
〈緊張する〉
〈何系だろ〉
〈生産イベントもありそう〉
〈今度は探索じゃない?〉
俺は再生を押した。
◇
最初に流れたのは、草原だった。
風が、草を揺らしている。
その中を、剣を持った人間のプレイヤーが走っていた。
魔物へ近づく。
振る。
避けられる。
慌てて、後ろへ下がる。
次は、森。
弓を構えるエルフ。
矢が枝へ当たり、本人が頭を抱える。
さらに、岩場。
小さなゴーレムが盾を立て、体ごと転がった。
俺は、少し笑った。
「……何か、最初のころを思い出しますね」
〈分かる〉
〈始めたばっかりの映像?〉
〈みんな一回はやるやつ〉
画面が、次々に切り替わる。
武器を握る手。
鍋を焦がす人。
荷車へ箱を載せる商人。
魔法の光を出して、驚いている少女。
空を見上げる、獣人の青年。
その上へ、文字が重なった。
【初めての一歩は、それぞれ違う】
音楽が、少しずつ大きくなる。
今度は、戦っている姿だった。
さっき転がっていたゴーレムが、足を踏ん張り、盾で攻撃を受ける。
枝へ矢を当てたエルフが、今度は動く相手を捉える。
魔法の光が、形を変える。
剣を持ったプレイヤーが、一度下がってから、もう一度前へ出た。
【その一歩を、ここでぶつけよう】
画面が暗くなった。
次の瞬間、歓声。
大きな闘技場。
観客席。
中央の舞台。
俺は、思わず背筋を伸ばした。
「……大会?」
〈大会だ!〉
〈闘技場きた〉
〈またやるのか!〉
明るい音と一緒に、MCの声が響いた。
『皆さま、お待たせいたしましたぁーッ!』
聞き覚えのある、よく通る声。
俺は、笑ってしまった。
大会の会場で、何度も聞いた声だ。
『アビス・フロンティア・オンライン! 新たな挑戦者たちによる、新たな戦いが始まります!』
画面いっぱいに、文字が出る。
【新人闘技大会】
【第一回 ルーキーズ・カップ】
机の下で、俺の足が少し動いた。
戦うためではない。
ただ、楽しみになった。
◇
『正式リリースから、アビスガルドへ降り立った皆さま!』
MCの声が、続く。
『初めての狩り! 初めての敗北! 初めて手に入れた武器! 皆さまが、この世界で積み重ねてきたものを、今こそ舞台の上へ!』
俺は、画面を見る。
さっきから、映っている人たちが違う。
大会で見た、いつもの顔ぶれではない。
レオンも。
ロックも。
セレネも。
リュカも、いない。
その代わり、知らない姿が次々に映る。
槍を持つ獣人。
短い剣を二本持った小柄な魔人。
盾を構える人間。
不思議な形をした魔物のプレイヤー。
俺は、小さくうなずいた。
「なるほど。新しく始めた人たちの大会なんですね」
〈あっ〉
〈そういうことか〉
〈正式組限定?〉
画面が、参加条件へ切り替わった。
【参加対象】
【正式リリース後にプレイを開始したプレイヤー】
【βテスト参加履歴のあるアカウントは、出場対象外となります】
俺は、止まった。
文字を見る。
もう一度、見る。
「……あ」
隣で、イトが俺を見た。
リィナも、少しだけこちらへ顔を向ける。
俺は、ゆっくり背もたれへ体を預けた。
「……俺、出られないやつだ」
〈はいw〉
〈知ってた〉
〈今、完全に出る気になってたな〉
〈残念そうすぎる〉
〈さっき足動いてたぞ〉
俺は、コメントを見た。
「いや、ちょっと楽しみにはなってました」
ちょっと。
……結構。
「結構、楽しみになってました」
〈正直でよろしい〉
〈新人の大会だからな〉
〈修羅が出たら新人たちが困る〉
〈家で蜂蜜採って待っててください〉
「そうですねぇ……」
分かる。
とても、分かる。
俺たちは、正式リリースより前から、この世界で遊んでいる。
知っていることもある。
持っているものもある。
同じ舞台へ全部まとめるより、新しく始めた人たちのための大会があっていい。
それは、理解している。
ただ。
「……大会って聞くと、出たくなるんですよね」
言ったところで、MCの声がさらに大きくなった。
◇
『今回の主役は、新たな挑戦者の皆さまです!』
画面の中で、知らないプレイヤーが武器を構える。
『種族も! 職業も! 戦い方も! 自分で選び、育ててきた、その力で挑んでください!』
俺は、背もたれから少し体を起こした。
自分で育ててきた力。
正式リリースから始めた人たちにも、もう、それぞれの戦い方がある。
俺は、つい自分たちのことばかり考えていた。
大会で戦った相手。
大侵攻で、一緒に守った人たち。
でも、それ以外にも、たくさんいる。
画面では、一人の剣士が相手の攻撃を避けていた。
大きく跳ばない。
半歩だけ、ずれる。
そのあと、剣を返す。
「……今の人、うまいですね」
〈もう分析始まった〉
〈出られないと分かった瞬間、見る側に切り替わった〉
〈誰だろ〉
次の映像。
盾を持った獣人が、魔物の突進を斜めへ流す。
その横から、短い槍。
さらに、魔法使い。
撃つのを待っている。
相手が動く。
そこへ、狙っていた場所から炎が上がった。
「待てるんですねぇ。俺、あの距離なら先に動きたくなりそうです」
リィナが、画面を見ながら言った。
「皆さん、もう、こうして戦えるんですね」
「ですね。新しく始めたといっても、ずっと最初のままじゃないですから」
俺は、画面の中の人たちを見る。
最初に流れた、失敗している姿。
そのあとに映る、今の姿。
何となく、分かる気がした。
その間に、いろいろあったのだろう。
◇
告知は、予選の説明へ移った。
『大会は、予選と本戦の二段階!』
闘技場の図が映る。
複数の区画。
その中に、いくつもの光。
『予選は、複数のブロックに分かれて行う生存形式! 最後まで勝ち残った選手たちが、本戦への切符を手にします!』
〈バトロワか〉
〈前の大会と似た形式だな〉
〈個人の強さだけじゃ決まらないやつ〉
『本戦へ進出するのは、十六名!』
画面へ、トーナメントの枠が広がる。
まだ、名前は入っていない。
空白の十六枠。
俺は、それを見つめた。
前の大会も、最初はこうだった。
誰と当たるのか。
何をしてくる相手なのか。
分からない枠を見ながら、考えていた。
今度は、その中へ別の人たちの名前が入る。
俺の名前は、ない。
「……これ、外から見るのも楽しそうですね」
〈そうだよ〉
〈今回は観戦席で騒ごうぜ〉
〈修羅の解説つきで見たい〉
〈何が起きたか分からない攻防を説明してほしい〉
「俺も、全部分かるとは限りませんけどね」
知らないスキルは、ある。
見たことのない種族だって、いるだろう。
むしろ、新しく増えた人たちのほうが、俺たちが試していないものを見つけているかもしれない。
そう思うと、また少し、楽しみになった。
◇
『なお、試合開始から終了まで、出場者の配信コメント表示、および外部との通信は停止されます!』
ルールの案内が出た。
『戦うのは、舞台の上の皆さまです! 外からの助言に頼らず、自分の目と判断で、勝利をつかんでください!』
俺は、うなずいた。
「ここは、前と同じですね」
〈今回は修羅が、前見ろって書く側になる〉
〈書いても届かないぞw〉
〈観客席でそわそわしそう〉
「それは、すると思います」
自分が戦っていれば、動ける。
避ける。
殴る。
距離を取る。
でも、見ているだけだと、何もできない。
あっちから来る。
今、下がったほうがいい。
そう思っても、言葉は届かない。
「……見てる側も、結構緊張するんですねぇ」
〈今さらかw〉
〈岩背猪のときの俺らだよ〉
〈あの腹の下へ入るところ、本当に怖かったからな〉
俺は少し笑った。
なるほど。
今度は、そっちの気持ちも分かるかもしれない。
◇
次は、装備や参加方法の案内だった。
細かな確認事項は、受付画面から見られる。
持ち込めるもの。
使用できるもの。
会場での手順。
俺は、ひとまず映像の流れを追った。
大きく表示されたのは、参加対象についての再確認。
【βテスト参加者は出場できません】
俺は、また少しだけ黙った。
〈二回目のダメ押し〉
〈修羅、読んだ?〉
〈ちゃんと対象外だぞ〉
「読みました。分かってます」
隣のイトが、俺の顔を見ている。
「でない?」
「今回は、出ない。俺は前からやってるから」
イトは、少し考えた。
「つよい、から?」
「強さだけじゃないな。始めた時期が違うから、今回は新しく来た人たちが戦う大会なんだ」
俺は、空白のトーナメント表を指した。
「俺たちは、見るほう」
イトが画面を見る。
それから、小さくうなずいた。
「おうえん?」
「あぁ。応援」
その言葉を聞いて、リィナが笑った。
「今度は、落ち着いて見られそうですね」
俺は、少し首を傾げた。
「……落ち着いて見られるかは、分からないです」
〈分かってるじゃないか〉
〈絶対、途中で声出る〉
〈イトと一緒に騒いでほしい〉
◇
告知映像の音楽が変わった。
明るく、少し軽快になる。
闘技場の外。
広場。
屋台を並べる場所。
人が集まる道。
俺は、画面へ少し近づいた。
『そして、大会を彩るのは、戦う選手だけではありません!』
MCの声。
『食事! 武具! 素材! 冒険に役立つ、さまざまな品々! 会場周辺では、出店の受付も実施いたします!』
〈屋台きた!〉
〈こっちはβ組もいける?〉
〈商人の出番〉
〈職人も参加できるじゃん〉
続く案内には、出場資格とは別に、出店の受付条件が示されていた。
俺は、目を細めて読む。
観戦。
出店。
会場での取引。
そちらまで、新規プレイヤーだけに限られるわけではないらしい。
「……なるほど」
俺の声に、コメントが反応した。
〈何か考えてるな〉
〈厨房を持っていく気か〉
〈蜂蜜パン屋?〉
「いや。まだ、そこまでは」
蜂蜜は、少量ずつだ。
売るために、急に全部を使うつもりはない。
ポーションも、安定してきたとはいえ、まだリィナと専門家に相談している段階。
いきなり大会の会場で、大量に並べよう。
そういう話にはできない。
ただ。
「集落の品物とかは、相談できるかもしれませんね」
木の器。
加工した素材。
そういうものを、見てもらう機会になるかもしれない。
リィナも、少し考えていた。
「マルクさんが、会場へ行かれるなら」
「ですね。まず、聞いてみましょうか」
〈出られないなら商売する〉
〈戦う以外の参加方法もあるんだな〉
〈でも修羅、試合始まったら店見なくなりそう〉
俺は、口を閉じた。
それは。
非常に、ありそうだった。
◇
映像は、報酬の紹介へ進んだ。
『勝利をつかんだ選手には、賞金と、大会限定の記念品!』
箱。
記念の意匠。
大会で使った姿を残せる、飾りのようなもの。
それから、職人へ武具の調整を依頼できる報酬も紹介された。
俺は、そこで少しだけ前へ出た。
「……それ、いいですね」
〈装備の調整は助かる〉
〈新人ほど嬉しいやつ〉
〈自分の武器を見てもらえるのいいな〉
強いものを、ただ渡すだけではない。
今、使っているものを見てもらう。
自分の動きに合うよう、整えてもらう。
それは、俺にも価値が分かる。
ガルゼンに、振り方を見てもらったこと。
職人に、握るところを直してもらったこと。
あれがなければ、武器を持てることだけで満足していたかもしれない。
『そして、優勝者には、第一回大会の栄冠を示す称号を授与!』
画面に、光が広がる。
俺は、少し笑った。
「最初の優勝者、誰になるんでしょうね」
〈気になる〉
〈ここで一気に有名になる人もいそう〉
〈修羅たちも、あの大会で知ったからな〉
そうだった。
俺にとっては、自分が出た大会。
でも、見ていた人にとっては、俺を初めて知った場所でもある。
今度は、別の人がそうなる。
そのことが、急に、面白く思えた。
◇
告知の最後。
再び、闘技場が映った。
空白の舞台。
中央に、光。
『まだ知られていない強さが、ここにあります!』
MCの声が響く。
『まだ見たことのない戦いが、ここから始まります!』
画面に、受付開始の文字。
『ルーキーズ・カップ! エントリーは、本日より開始!』
日程が出る。
大会は、少し先の二日間。
予選。
本戦。
受付の締め切り。
俺は、つい自分の予定と見比べた。
それから、思い出す。
「……出ないんだった」
〈まだやってるw〉
〈予定だけは確認する男〉
〈観戦のためだろ?〉
「そうです。観戦のためです」
今、そういうことになった。
映像の中で、MCが両腕を広げる。
『次に、この舞台へ立つのは、あなたです!』
大きな歓声。
光。
そして、告知の題名へ戻った。
再生が終わる。
食堂が、少し静かになった。
俺は、水の入った器を持ち上げた。
「……楽しそうですねぇ」
飲んでから、続ける。
「出られないのは、ちょっと残念ですけど」
〈ちょっと?〉
〈結構残念そうだったぞ〉
〈今回は見守ろう〉
〈新しい強い人が出てくるかもな〉
俺は、うなずいた。
「それは、楽しみです」
◇
告知を見終わると、コメントの流れが、さらに速くなった。
〈俺、対象だ!〉
〈出ようかな〉
〈人前で戦うの、緊張するな〉
〈まだ弱いけど予選だけでも出てみたい〉
〈商会で一緒にやってるやつが参加するらしい〉
〈俺、βで一日だけ遊んだんだが〉
〈それは参加履歴あるだろw〉
俺は、思わず笑った。
「見てる人にも、出られる人、結構いるんですね」
今まで、コメント欄にいる人たちが、どんなふうに遊んでいるか。
一人ずつ詳しく知っているわけではない。
見るだけの人もいる。
俺よりずっと詳しい人もいる。
同じように、この世界で冒険している人もいる。
その中から、出場者が出る。
画面の向こうにいた人が、今度は、舞台の上に立つかもしれない。
「……それ、ちょっとすごいですね」
〈大会の映像見て始めたんだ〉
〈次は自分が出られるの、嬉しい〉
〈修羅の猪戦で買うの決めた〉
〈俺はロックの予選だった〉
俺は、文字を読んだ。
自分の配信が、誰かの始まりにつながっていた。
それは前にも聞いたことがある。
でも、こういう場面で聞くと、また違う。
「出る方は、頑張ってください。俺も、見られる試合は見たいです」
〈名前覚えてもらえるように頑張るわ〉
〈予選落ちしても笑ってくれ〉
「笑いませんよ。……いや、面白いことが起きたら、笑うかもしれないですけど」
〈正直w〉
〈自分が土こぼしてるからな〉
「そこは、まだ言われるんですねぇ」
◇
そのとき、フレンドから通知が来た。
レオンだった。
『告知、見た?』
俺は、すぐ返す。
『今、みんなで見てた』
『俺も。今回は、俺たち出られないね』
『ちょっと残念』
『分かる』
短いやり取り。
それだけで、少し笑ってしまった。
「……レオンも、同じような気持ちみたいです」
〈やっぱりw〉
〈二人とも出る気だったな〉
〈新人を見守ってください〉
俺は、レオンへ通話の確認を送った。
今なら少し話せるらしい。
配信へ声が入ることも、了承をもらう。
接続すると、聞き慣れた声がした。
『こんばんは』
「こんばんは。あれ、見てると出たくなるよな」
『うん。最後の、次に立つのはあなたですってところで、少しその気になった』
「分かる」
〈分かり合うなw〉
〈二人とも対象外です〉
〈告知、しっかり刺さってる〉
レオンが、通話の向こうで笑う。
『でも、いい大会だと思う。正式リリースから始めた人たちも、もう、ずっと最初のままじゃないし』
「さっき映ってた人、うまかったな。半歩で避けて、すぐ返してた人」
『剣の人?』
「そう」
『俺も、気になった』
俺は、また映像の一覧を開いた。
参加者の紹介ではないので、全員の名前が分かるわけではない。
ただ、あの場面は覚えている。
「どっかで、配信してる人かな」
『かもしれないね。大会に出たら、また見られるかも』
俺は、うなずいた。
出る側ではなくても、気になる相手はできる。
その人が、どんな戦いをするか。
今度は、それを楽しみに待てばいいのかもしれない。
◇
別の通知も届いた。
ロックだった。
『大会、見た?』
今日は、みんな、同じ話をしているらしい。
俺は、見たと返す。
すると、少しして続きが来た。
『前に修理の相談を受けた人が、出るって』
「……おぉ」
俺は、思わず声を出した。
事情をレオンとコメント欄へ伝える。
もちろん、本人が話していい範囲だけ。
ロックにも確認すると、そのくらいなら大丈夫とのことだった。
『武器、大丈夫かなって、気になる』
続けて届いた言葉を見て、俺は笑った。
ロックらしい。
自分が出るより、そっちが気になるのか。
『終わったあとに、使ってどうだったか聞けるね』
返すと、少し間があった。
『うん。それも、楽しみ』
俺は、その返事を見て、何となく嬉しくなった。
戦う人。
武器を作る人。
修理する人。
見ている人。
同じ大会でも、気にするところが違う。
「……みんな、出場しなくても、いろいろあるんですね」
『そうだね』
レオンが答えた。
『俺も、知り合いが出るなら応援したい』
「誰か、いる?」
『これから聞いてみるつもり』
俺も、誰かいるだろうか。
ふと、現実の友達の顔が浮かんだ。
佐伯。
正式リリースから始めたと言っていた。
なら、対象だ。
……出るのかな。
そのことが、急に気になった。
◇
コメント欄では、すでに出場の話が始まっていた。
〈盾役でも出ていいよな?〉
〈もちろんだろ〉
〈予選、どこに立つかで変わりそう〉
〈俺、ずっと仲間と狩ってるから一人だと不安〉
〈分かる。回復してくれる人がいないと怖い〉
俺は、その流れを見た。
普段の狩りと、試合は違う。
味方がいることを前提に、戦い方ができている人もいる。
それが、悪いわけではない。
ただ、一人で出るなら、別に考えるところがある。
「俺も、最初の大会の前は、普段と違うこと、結構考えましたね」
そう言うと、コメントが止まらず流れた。
〈何を?〉
〈聞きたい〉
〈大会経験者の話だ〉
「例えば、どこで休むかとか。相手が思ったとおり動いてくれなかったら、どうするかとか」
俺は、机の上へ指を置いた。
適当な丸。
その周りに、いくつか印。
「予選だと、目の前の相手だけ見てると、横から来ることもあるので」
『そうだね』
レオンが続ける。
『勝てそうな相手がいると、追いたくなる。でも、追った先が安全とは限らない』
俺は、うなずいた。
「そう。あとは、最初から全部使い切らないことですかね。俺も、人に言えるほど、いつも余裕あるわけじゃないですけど」
〈その言葉、重いな〉
〈修羅も結構ぎりぎりになるしな〉
〈逃げるのも大事?〉
「大事だと思います。残る形式なら、無理に全員を倒す必要はないので」
勝つ。
その意味も、試合によって違う。
目の前の相手を倒すこと。
最後まで残ること。
次へ進むこと。
そこを間違えると、強い攻撃ができても困る。
俺は、少し考えて付け足した。
「ただ、俺たちのやり方をそのまま真似しても、体格も武器も違いますからね。自分ができることを、先に確かめたほうがよさそうです」
〈それは本当にそう〉
〈修羅の真似したら肩壊しそう〉
〈まず斧が持てない〉
俺は、苦笑した。
「そこから、違うので」
◇
リィナは、しばらく黙って話を聞いていた。
やがて、小さく尋ねる。
「修羅さんも、前の大会の前は、緊張していたんですか?」
俺は、少し驚いた。
「してましたよ」
「そうなんですね」
「知らない相手ばっかりでしたし。何をしてくるかも、分からないので」
大会の待機場所を思い出す。
周りの声。
呼ばれる順番。
会場へ出たときの、歓声。
あのときは、平気な顔をしていたかもしれない。
でも、緊張していなかったわけではない。
「試合が始まったら、目の前のことを考えるしかなくなりましたけど。その前は、結構」
『分かる』
レオンが言った。
『俺も、最初に会場へ出たとき、思ってたより人が多くて驚いた』
「いたなぁ。いろんな種族が」
『うん。音も、すごかった』
少し、懐かしくなる。
まだ、それほど昔のことではない。
でも、そのあとに、随分いろいろあった。
リィナが、空白のトーナメント表へ目を向ける。
「では、今回出る方も、そういう気持ちになるんですね」
「たぶん」
俺は、うなずいた。
「……そう考えると、応援したくなりますね」
〈分かる〉
〈最初の大舞台だもんな〉
〈うまくいってほしい〉
もちろん、試合だから、負ける人もいる。
全員が勝つことはできない。
でも、出てよかったと思える何かがあるといい。
俺は、そう思った。
◇
出店の案内については、マルクからも連絡が来た。
『私どもでも、出店を検討しております。集落の品物についても、ご相談できればと思います』
俺は、その文章を読む。
「……早いですねぇ」
〈商人は動くの早い〉
〈告知見ながら考えてたんだろうな〉
〈渡り鳥商会の屋台、見たい〉
俺は、リィナへ内容を伝えた。
「こちらから何か出すなら、まず集落と相談ですね。俺の物ではないので」
「はい」
蜂蜜についても、すぐには決めない。
今ある分。
家で残す分。
取引に回す予定の分。
それを見てからだ。
ポーションは、まだ次の確認がある。
大会があるから、急いで数を作る。
そんなことは、しない。
俺は、そのままマルクへ返した。
すると、返事が届く。
『もちろんです。用意できる物からで結構です。会場には、品物を見てもらう意味もありますので』
俺は、うなずいた。
売るだけではない。
こんなものを作っている。
そう知ってもらう。
集落の職人たちにとっても、何かのきっかけになるかもしれない。
「……じゃあ、俺は試合を見て、荷物も運んで」
言いかけると、レオンが笑った。
『試合が始まったら、店へ戻ってこなくなりそうだね』
俺は、少し黙った。
「それは、否定できない」
〈分かってるじゃないかw〉
〈店番は向いてなさそう〉
〈重いもの運ぶ役で参加しよう〉
どうやら、今回も、俺の腕の使い道はありそうだった。
◇
しばらくすると、参加受付の画面が開けるようになった。
俺は、興味本位で案内だけ見る。
出場条件。
確認事項。
受付の流れ。
その上に、表示が出た。
【このアカウントは出場対象外です】
俺は、目を細めた。
「……ちゃんと、出ますね」
〈何確認してんだよw〉
〈諦めろ〉
〈三回目だぞ〉
〈本人が一番未練ある〉
「いや、どんなふうになってるか見たかっただけです」
『気持ちは分かる』
レオンの声。
俺は、少し顔を上げた。
「そっちも見た?」
『見た』
食堂に、俺の笑い声が出た。
通話の向こうでも、レオンが笑っている。
コメント欄は、さらに速くなった。
〈お前らw〉
〈仲良しか〉
〈対象外組、そろって何してんだ〉
「今回は、おとなしく見ましょう」
『そうしよう』
そこで、ようやく、きちんと諦めがついた気がした。
出られない大会。
なら、見る側として楽しむ。
そう決めると、少し違う楽しみ方が見えてくる。
誰が出るか。
どんな武器を使うか。
予選で、どう動くか。
知りたいことは、たくさんあった。
◇
レオンとの通話を終えたあとも、しばらく大会の話をした。
コメントでは、すでに参加を申し込んだという人もいた。
迷っている人もいる。
自分の仲間へ知らせに行く、という人も。
俺は、その流れを見ていた。
この世界は、俺たちが家を造っている間にも、進んでいる。
知らないところで、知らない人が狩りをして。
負けて。
強くなって。
今度、同じ舞台へ集まる。
「……新しく始めた人たちの、最初の大会なんですね」
俺が言うと、リィナがうなずいた。
「修羅さんたちの大会を見て、この世界へ来た方も、いらっしゃるんですよね」
「コメントでも、そう言ってくれる人がいました」
俺は、画面の空白を見る。
十六人分の枠。
ここへ、名前が入る。
今は知らない。
でも、大会が終わったころには、きっと覚えている。
あの人の戦い方。
あの場面。
あの一撃。
前の大会で、俺たちを見ていた人たちも、そんな感じだったのだろうか。
少しだけ、その気持ちが分かった気がした。
◇
イトが、画面を指した。
「ここ、たたかう?」
「あぁ。この舞台で戦う」
次に、観客席を指す。
「ここ?」
「見る人たちの場所」
イトは、しばらく考える。
それから、俺を見る。
「しゅら、ここ」
観客席のほうだった。
俺は笑った。
「今回は、そこだな」
イトがうなずく。
「いっしょ」
俺は、少しだけ目を丸くした。
リィナが隣で笑う。
「一緒に見られたら、いいですね」
「あぁ。行く方法や、予定は確認しないとですけど。見られるなら、一緒に」
まだ、細かな移動の案内までは確認していない。
会場で見るか。
家から、映像で見るか。
そこは、これからだ。
でも、どちらでも。
今日は、こうして机を囲んで、同じ映像を見られた。
それは、結構楽しかった。
「……今度は、みんなで応援する側ですね」
イトが、少しだけ背筋を伸ばした。
「おうえん」
その言い方に、コメントがまた盛り上がる。
〈応援団できた〉
〈これは出る人うれしいだろ〉
〈俺、イトに応援されるよう頑張る〉
〈修羅の家の観戦回、楽しみだ〉
俺も、笑った。
◇
今日の配信は、狩りへ行くところまで進まなかった。
予定変更だ。
斧を振って。
告知を見る。
みんなで話す。
それだけで、随分と時間が過ぎていた。
「……今日は、外へ行けませんでしたね」
〈十分面白かった〉
〈イベント告知の日はそうなる〉
〈出られない修羅の反応が一番よかった〉
〈まだちょっと残念そう〉
「まあ、ちょっとは」
俺は、素直に認めた。
闘技場へ立つ。
強い相手と戦う。
あの空気は、今でも覚えている。
また立ちたいと思う。
でも、今回、そこへ立つのは別の人たちだ。
それなら、ちゃんと見たい。
どんなものを積み重ねてきたのか。
俺たちとは違う始まりから、どう戦うようになったのか。
「新しく知る人が増えるのは、楽しみですね」
そう言うと、コメントが流れた。
〈分かる〉
〈次の有名人が生まれるかもな〉
〈大会で知って、普段の配信を見に行く流れ、またやりそう〉
〈その人も家造ってたら笑う〉
「それは、ちょっと見たいです」
別の家。
別の暮らし。
俺とは違う使い方をしているかもしれない。
そこまで考えると、試合の外側まで気になってきた。
結局、俺は、この世界で人が何をしているか見るのも好きらしい。
◇
配信を終える前に、もう一度、大会の案内を見た。
参加対象。
日程。
予選と本戦。
出店。
報酬。
必要なところへ印をつけておく。
俺が申し込むのは、出場ではない。
まずは、観戦の予定。
それから、集落と、商会への相談。
「じゃあ、今日はこの辺で。出場する方は、準備、頑張ってください」
〈ありがとう!〉
〈申し込んできた!〉
〈怖いけど出てみる〉
〈予選で会おうぜ〉
〈修羅も観戦よろしくな〉
「はい。楽しみにしてます」
俺は、少し頭を下げた。
「また、時間が合うときに」
手を上げる。
配信を終了した。
画面の文字が、止まる。
机の上には、告知の最初の画面だけが残っていた。
新人闘技大会。
ルーキーズ・カップ。
俺は、その文字をもう一度見てから、閉じた。
◇
現実へ戻ると、部屋は静かだった。
ネクサスを外す。
机へ座る。
スマホを取った。
通知が、いくつか。
その中に、佐伯からの連絡があった。
『大会の告知見た?』
俺は、少し笑った。
やっぱり、来る。
『見た』
返す。
すぐに、既読がついた。
『俺、出られるやつだった』
俺は、画面を見つめた。
さっき、配信中にも考えていたこと。
正式リリースから始めたのだから、対象だ。
『出るの?』
送る。
少し、間があった。
俺は、その数秒を、何となく長く感じた。
やがて、返事が来た。
『迷ったけど、申し込んだ』
俺は、椅子へ背中を預けた。
「……出るのか」
声が出た。
画面の向こうの、知らない挑戦者たち。
その中に、知っているやつが一人いる。
教室で、数学の問題を見せてくるやつ。
俺の英単語の間違いを指摘するやつ。
新しい盾を買って、狼三匹へ行けるかと聞いてきたやつ。
そいつが、今度、舞台へ立つかもしれない。
俺は、少しだけ笑った。
『いいじゃん』
まず、そう返す。
そのあと、もう一文。
『頑張れよ。見られたら見る』
すぐに返事が来た。
『予選落ちしたら笑うなよ』
俺は、今日の配信で読んだコメントを思い出した。
同じようなことを、言う人がいた。
出る前は、みんな、そういう気持ちなのかもしれない。
『笑わん。面白い転び方したら分からんけど』
『おい』
俺は、声を出して笑った。
少しして、またメッセージ。
『お前は出ないの?』
指が、一瞬止まった。
俺は、画面を見る。
ここで、余計なことを言わないようにする。
『今回は見る』
送る。
佐伯から、返事が来る。
『そっか。じゃあ、応援しろよ』
俺は、すぐに返した。
『する』
◇
スマホを机へ置いた。
部屋の中は、いつもと同じだ。
教科書。
ノート。
充電中の機械。
何も変わっていない。
でも、大会の見え方は、さっきと少し変わった。
俺が出られない大会。
最初は、そう思った。
残念だった。
今でも、少しは出たい。
ただ。
自分が戦わなくても、気になる試合はある。
知っているやつが、どんな顔で準備するか。
どんな動きをするか。
勝ったら、何を言うか。
負けたら、どうするか。
見たいと思った。
俺は、机の端へ置いていた予定表を引き寄せる。
大会の日へ、小さく丸をつけた。
前の大会では、俺が戦った。
今度は、見る。
そして、応援する。
「……楽しみだな」
小さく言って、俺は、もう一度スマホを取った。
佐伯が送ってきた、エントリー完了の画面。
そこに書かれているプレイヤー名を、ちゃんと覚えておこうと思った。




