19話 北回りルート開拓
●主人公視点
はい。
今日は、職人さんに預けた皮のことを考えている修羅でーす。
鎧毛水牛の皮。
まだ加工の途中なので、完成したわけではない。
ただ、使えるところは、ちゃんとあるらしい。
それだけでも、狩ってきた甲斐があった。
「荷物用の覆いができたら、雨の日も少しは楽になりますね」
〈あの水牛が交易を支えるのか〉
〈頑張って倒した成果だな〉
〈肉はどうだった?〉
「うまかったです。少し硬いところもありましたけど、煮たほうもよかったですね」
俺は食堂の机を拭き、器を片づけた。
今日は、倉庫の確認から始めるつもりだ。
集落の預かり品も、また少し増えている。
何があるか、先に見ておこう。
そう思っていたところへ、通知が届いた。
マルクからだった。
『道について、ご相談したいことがあります。本日、少しお時間をいただけますか』
「……道?」
〈また道だ〉
〈この前直したところ?〉
〈雨で崩れたとか?〉
俺は、少しだけ眉を寄せた。
集落からダンジョンまでの道なら、昨日も荷車が通っている。
ガドからも、大きな問題はないと聞いていた。
別の道だろうか。
『大丈夫です。何かありました?』
返すと、すぐに返事が来た。
『悪いお話ではありません。今後の輸送について、使える道が増えそうなんです』
俺は、机の端へ置いてある地図を引き寄せた。
「……ちょっと、面白そうな話が来ました」
◇
マルクは、少し後に音声通話へつながった。
配信に声が入ることは、先に確認してある。
『こんにちは、修羅さん。お時間をいただき、ありがとうございます』
「こんにちは。こちらこそ。使える道が増えるって?」
『えぇ。峡谷の北側を回り込める道が、ようやくつながりました』
俺の手が止まる。
地図を見る。
黒角峡谷。
ガルゼンの砦。
ヴァルグへ向かう、あの道。
「……北側?」
『はい。今まで通っていた険しい区間を避けて、荷馬車で西側へ抜けられます』
〈おお?〉
〈別ルート発見?〉
〈峡谷通らなくてよくなるのか〉
「ちょっと待ってください。地図、出します」
俺は、巻いてあった広域の地図を机へ広げた。
ヴァルグで手に入れた、大まかなもの。
細かな道が、全部書かれているわけではない。
町や山、森の位置が分かる程度だ。
その上へ、これまで使っていた道を記録した紙を重ねる。
「今まで、こっちから峡谷を越えて来てましたよね」
『その道です。今回見つかったのは、その北側ですね。地形に沿って大きく回り、こちら側の森へ下りる道です』
マルクが送ってくれた経路の情報を開く。
俺の地図へ、細い線が追加された。
全部の黒い部分が消えるわけではない。
実際に確かめた道筋と、その周辺だけ。
細く曲がった線が、峡谷の北へ伸びていた。
「……結構、回りますね」
『距離は延びます。ただ、あの狭い場所を通らずに済みます』
俺は、峡谷で荷馬車がゆっくり進んでいたところを思い出した。
片側は岩。
もう片側は、見下ろすのが嫌になる高さ。
車輪の位置を確かめながら、何度も止まっていた。
あそこを、大きな荷物を積んで通る。
確かに、楽な仕事ではなかった。
「じゃあ、今度からは北回りで?」
『はい。通常の便は、そちらを使う方針です。最初は荷を抑え、護衛と先行の確認をつけて通します』
俺は、少し身を乗り出した。
「それは、ありがたいですねぇ」
喜んだ俺へ、マルクが続けた。
『ただ、道の状態は、まだよくありません』
……ですよね。
◇
新しい道といっても、誰も通ったことがない森の中へ、突然線が引かれたわけではなかった。
昔、木材を運ぶのに使われていた道。
近くの狩人が使う道。
荷車が通れる、尾根沿いの緩い場所。
それらを調べて、荷馬車で抜けられる経路をつないだらしい。
『両側から調べていた者が、同じ沢へ出たんです。そこから先を確認して、ようやく全体がつながりました』
「……足で探したんですね」
『えぇ。歩けるだけでは、荷馬車を通せませんから』
俺は、地図の線を見る。
見つかった。
そう聞くと、簡単なことのように思えてしまう。
でも、そこへ行った人がいる。
引き返した場所も、きっとある。
地図へ線が増えるまでには、それだけの手間があった。
〈探索組の成果だ〉
〈商人が道探してるの面白いな〉
〈街同士をつなぐだけじゃないんだな〉
「今、どのくらい通れるんですか?」
『空の荷馬車と、少量を載せた車では確認しています。ただ、重い荷を積むと気になる場所が、いくつかあります』
送られてきた記録を見る。
道幅が狭い曲がり角。
落ちた枝や倒木。
雨のあとに水が残る場所。
車輪を取られそうな段差。
俺は、少しだけ笑った。
「……この前も、見たような内容ですね」
『修羅さんたちが整備された道と、似た課題です。ただ、今回は長いです』
マルクの声も、少し笑っていた。
◇
『そこで、お願いがあります』
「はい」
『修羅さんの拠点へ下りる、最後の区間です。こちらの整備に、お力を貸していただけませんか』
俺は地図を見る。
新しい道の全部ではない。
北から森へ下りて、ダンジョンへ向かう区間。
こちら側の荷物を運び出すときにも使う場所だ。
「大きな石とか、倒木を動かす感じですか?」
『主に、その辺りですね。道の判断や、車を通す確認はこちらで担当をつけます。資材と、作業の費用も商会側で用意します』
俺は、少し驚いた。
「そこまで、そっちで?」
『今後、私どもが継続して使う道ですから。修羅さんへ、全部お任せする話ではありませんよ』
〈さすが商人〉
〈ちゃんと仕事の依頼だ〉
〈修羅が全部造る流れじゃなくてよかった〉
確かに。
俺が力を貸せるからといって、一人で延々と石を運ぶ話になっても困る。
学校もある。
家のこともある。
それに、道の全部を俺が判断できるわけではない。
「手伝いたいです。ただ、入れる時間が限られる日もあるので」
『承知しています。重いものを動かす工程を、先にまとめておきましょう。候補日をお送りします』
「助かります。集落にも、話していいですか?」
『もちろんです。使う方が増えるなら、通り方や管理についても、先に相談したほうがよいでしょう』
俺は、すぐ横へ別の紙を出した。
ガドへ聞くこと。
職人へ見てもらいたいこと。
気づけば、また、道の相談が始まっていた。
◇
その日のうちに、ガドへ話をした。
集落へ行くと、ちょうど狩りから戻ってきたところだった。
俺が地図を見せると、しゃがんで覗き込む。
「……こっちか」
「知ってる道?」
「途中まではな。上は、荷を持って通らん」
「俺も、一緒に見に行こうと思ってるんだ」
ガドは、線の一部へ指を置いた。
「ここ、昔の道がある」
「木材を運んでたって、マルクさんが言ってた」
「あぁ。今は、枝が落ちてる」
知っている人が、いた。
俺は、顔を上げる。
「この辺り、集落の人が使う場所もある?」
「ある。獲物も通る」
「じゃあ、勝手に広げるのは、よくないな」
ガドがうなずいた。
「見るだけなら、行ける。明日、空いてるか?」
「少しなら。長い作業は、次の休みになるけど」
「それでいい」
あっさり決まった。
俺は、地図を巻き直した。
新しい道ができる。
便利になる。
でも、そこは、何もない場所ではない。
誰かが狩りをする。
獣が通る。
雨が流れる。
まずは、その辺りを見に行こう。
◇
翌日。
俺とイトは、ガドと一緒に北へ歩いていた。
今日は、短めの配信だ。
目的は、作業する場所の確認。
勝手に全部を直し始めない。
そう決めてある。
「……前に来た方向とは、ちょっと違いますね」
〈北側の森か〉
〈新しい景色だ〉
〈家の近くでも知らない場所あるんだな〉
「結構ありますね。俺、普段通るところばっかり使ってたので」
木々の間を抜ける。
足元には、古い車輪の跡らしいくぼみ。
その一部を、草が覆っていた。
木の根が出ている場所もある。
道だと言われれば、道に見える。
知らなければ、そのまま通り過ぎていたかもしれない。
イトが、先の枝へ上がった。
蜘蛛の姿で、少し高いところから見る。
俺も、周囲へ目を向けた。
獣の気配はある。
だが、〈意思疎通〉を使えば、森中の動物が何でも教えてくれるわけではない。
見つけてもいない相手へ、尋ねることはできない。
今日は、ガドの目と経験のほうが、ずっと頼りになった。
「ここ」
彼が、道の端を指す。
細い踏み跡が、斜面の下へ続いていた。
「獣が通る。荷車の道と、交わる」
俺は、しゃがんで見る。
小さな足跡。
少し大きなものもある。
「……じゃあ、見通しをよくしたほうがいい?」
「あぁ。ただ、全部刈るな。向こうまで、逃げ場をなくす必要はない」
俺は、その場所へ印を残した。
道を通りやすくする。
でも、森の中を全部、空にするわけではない。
この前と同じようで、考えることは少し違っていた。
◇
途中で、大きな倒木があった。
道を、斜めに塞いでいる。
歩くなら、またげる。
小さな荷車なら、横を通せるかもしれない。
でも、大きな荷馬車は厳しい。
「……これは、俺の仕事っぽいですね」
〈見た瞬間分かる〉
〈重機の出番〉
〈今、動かす?〉
「今日は場所を確かめるだけです。どこへ動かすかも、決めてないので」
ガドが、少しだけこちらを見る。
何も言わなかったが、たぶん、その判断でよかったらしい。
俺は倒木の周りを歩いた。
そのまま下へ転がせばいい。
一瞬、そう思った。
でも、その先には細い沢があった。
塞げば、水の流れが変わるかもしれない。
さらに下の道へ、流れ込む可能性もある。
「……置く場所、大事ですね」
「そうだ」
ガドが答える。
俺は、倒木と沢を見比べた。
持てる。
動かせる。
その先を考えるのは、別の仕事だった。
◇
もう少し進むと、商会の人たちと合流した。
二人の護衛と、道を調べていた男。
近くには、荷を少なくした荷馬車が一台止まっている。
「修羅さんですね。マルクから話は聞いています」
「よろしくお願いします。今日は、見るところからで」
「えぇ。こちらも、そのつもりです」
道を見ていた男は、ベルトと名乗った。
派手な装備ではない。
ただ、靴と手袋に、使い込んだ跡がある。
荷台へ置かれた紙には、細かな線と印が並んでいた。
「この辺りは、通れます。問題は、少し先の曲がり角です」
案内されて歩く。
道が、斜面に沿って曲がっている。
内側には、大きな岩。
外側は、少し下がっていた。
「狭いですね」
「空なら通せました。ただ、荷を積むと、車輪を置ける位置に余裕がありません」
俺は、岩を見る。
削るか。
動かすか。
それとも、道を少し変えるか。
ベルトさんが続けた。
「岩を動かせるなら、内側へ少し余裕を作りたいんです。外側を無理に広げるより、安定します」
「分かりました。次に来るとき、ここを先にやりますか?」
「助かります。ただ、周囲をもう少し確かめてからにしましょう」
俺はうなずいた。
急がない。
今日、何でもできるところを見せる必要はない。
使う人が、安心して通れるようにする。
それが目的だ。
◇
確認を終えて戻るころには、地図へ印が増えていた。
倒木。
岩。
水が残る場所。
待避できそうな広がり。
荷馬車が一台なら通れても、向こうから別の車が来たら困る場所もあった。
「……すれ違うことまで、考えるんですね」
俺が言うと、ベルトさんはうなずいた。
「最初は便を合わせて通します。ただ、毎回、同じようにできるとは限りませんから」
止まれる場所。
戻せる場所。
人が歩いて避けられる幅。
道の長さだけでは、分からないことが多い。
俺は、地図を少し離して見た。
細い線が一本増えた。
その線の中に、こんなに仕事があるのか。
〈道が見つかっただけでは終わらんのだな〉
〈通すための準備がある〉
〈商隊の人たち、ちゃんと調べてるなぁ〉
「ですね。俺は、最後の重いところを手伝う感じです」
そう言うと、ベルトさんが少し笑った。
「その重いところが、難しいんですよ」
俺も笑った。
そこは、頑張ろう。
◇
作業をする日は、俺が長く入れる休日に決まった。
その前に、商会側で細かな枝や草を整える。
使う資材を運ぶ。
荷馬車の通る範囲を示す。
ガドたちも、集落の狩りで使う場所を伝えてくれた。
全部、俺がログインしてから始まるわけではない。
現地へ着くと、準備が進んでいた。
「……おぉ」
〈現場できてる〉
〈本格的だ〉
〈今日は何人いる?〉
「商会の人と、集落から手伝いに来てくれた人たちですね。護衛の方もいます」
リィナは留守番。
家での受け取りや、薬草の世話がある。
イトは、俺と一緒だ。
今日は、作業場所の周りを見る役を頼んでいる。
見つけたものがあれば、知らせてもらう。
ただ、勝手に遠くへ追わない。
そこは、出発前に確かめた。
ベルトさんが、俺へ近づいてくる。
「今日は、あの倒木と、曲がり角の岩を先にお願いしたいです」
「了解です。動かす場所は?」
示された先を見る。
印がある。
斜面の下ではない。
道へ戻ってこず、沢も塞がない場所だ。
俺は、手袋を締め直した。
「じゃあ、やりましょうか」
◇
倒木は、思っていた以上に重かった。
太い。
枝も残っている。
ただ持ち上げれば、どこかへ引っかかる。
先に、動かすために邪魔になるところを、担当の人が整えていた。
俺は、周りが離れたことを確かめる。
「少し、持ち上げます」
手をかける。
腰を落とす。
力を入れた。
幹が、わずかに浮く。
下の土が崩れた。
「……重いな」
〈重いと言いながら浮かせてる〉
〈普通は動かないやつ〉
〈レベル上がった成果が早速〉
無理に頭上まで持つ必要はない。
地面から離し、少しずつ向きを変える。
ただ、長いので、俺の両手だけでは端の動きが分かりにくかった。
そこで、修羅腕を出す。
一対。
幹の少し離れたところへ、手を添える。
全部の重さを、幻の腕だけで支えられるわけではない。
俺の体と、足が土台だ。
腕は、回りすぎないように助ける。
「……よし」
幹が、ゆっくり動く。
指定された場所へ寄せる。
最後は、手を離す前に、転がらないことを確かめた。
太い木が、土へ落ち着く。
俺は、息を吐いた。
「これで、大丈夫ですか?」
ベルトさんが近づく。
道を見る。
木を見る。
うなずいた。
「十分です。ここが空けば、車を寄せられます」
周りから、声が上がった。
俺は幹へ、もう一度目を向ける。
さっきまで、道を塞いでいた。
今は、通れる。
分かりやすい変化だった。
◇
次は、曲がり角の岩。
こちらは、倒木より慎重に進めた。
周りの土の状態を、先に確認してもらう。
荷馬車も、人も、近づけない。
俺が動かしたあと、道の内側を整える人が待っていた。
「……こういうの、一人でやると怖いですね」
〈周りを見てくれる人、大事〉
〈持てても足元が崩れたら困るもんな〉
「ですね。力だけで決めたら、危ないところです」
俺は岩の形を見る。
つかめる場所を確かめる。
少しだけ動かす。
止める。
ベルトさんへ、様子を見てもらう。
問題がなければ、もう少し。
戦闘のように、一気にはいかない。
時間をかけて、岩を内側へ移した。
空いたところに、小さな石と土が残っている。
俺は、大きいものを運び出す。
ほかの人たちが、車輪の通るところを整える。
やがて、曲がり角の内側に、余裕ができた。
「……違いますね」
俺が言うと、ベルトさんが笑った。
「これなら、余計に外へ寄らずに曲がれます」
さっそく、空の荷馬車を通してみる。
ゆっくり。
馬も、御者の声に合わせて進む。
車輪が曲がり角へ入った。
内側へ、寄せる。
止まらない。
外側へ大きく傾くこともない。
そのまま、抜けた。
〈通った!〉
〈おお〉
〈これ、荷を載せてもいける?〉
「次に、少し載せて確かめるそうです」
まだ、終わりではない。
でも、一段階は進んだ。
俺は、その場へしゃがみ、水を飲んだ。
◇
休憩中、ベルトさんから、北回りの全体について聞いた。
今、俺たちが直しているのは、西側へ下りる区間だ。
東側では、別の人たちが作業している。
古い道の確認。
細い沢を越えるところの点検。
荷馬車が待てる場所の整備。
全部が今日、終わるわけではない。
ただ、少ない荷で通す便と、整備を並行して進めていくそうだ。
「新しい道を見つけたから、すぐ大量に運べるってわけじゃないんですね」
「えぇ。でも、峡谷を通る負担が減るのは大きいです」
ベルトさんが、地図の狭いところを指した。
「こちらは、重い車を通すたびに、時間を取られます。天候が悪ければ、さらに待つこともありますから」
俺は、以前の道を思い出した。
強い魔物と戦うより、怖い場所もあった気がする。
戦って倒せる相手なら、まだいい。
足元の崖は、倒せない。
「ガルゼンの砦を通らなくなる便も、増えるんですね」
「そうですね。ただ、峡谷の道がなくなるわけではありません。あちらを使う方もいますし、砦へ届ける荷もあります」
俺はうなずいた。
道が、一つ増える。
前の道を、消すわけではない。
使い分けられること自体が、助けになるのだ。
◇
午後は、湿った場所と、道の端を見直した。
俺の仕事は、資材を運ぶことが中心だった。
石。
板材。
大きな道具。
必要なところへ、必要な分だけ。
前の整備で、少し慣れた。
だからといって、勝手に先へ積まない。
置く位置も、先に聞く。
イトは、ときどき戻ってきた。
枝の上から見たものを、短い動きや言葉で伝えてくれる。
獣がいる。
近くを通った。
今は、離れた。
俺も周囲へ意識を向ける。
〈意思疎通〉で、何もかも分かるわけではない。
でも、近くの茂みから小さな獣が顔を出したときには、強い警戒がかすかに伝わった。
俺たちを見ている。
人が多い。
音もする。
近づきたくない。
そんな感じ。
俺は、作業している人へ声をかけた。
「そこの茂み、何か見てます。大きくはなさそうですけど」
護衛が、確認へ向かう。
追い回さず、距離を取る。
獣は、しばらくして森の奥へ消えた。
「……行きましたね」
〈狩らないんだ〉
「今日は、道の作業なので。襲ってくるわけじゃなければ、そのままでいいかなと」
ガドも、同じ方向を見ていた。
何も言わず、少しだけうなずいた。
◇
その日の最後は、荷を載せた試走だった。
まだ、限界まで積まない。
車の動きを見るための荷。
俺は、後ろから歩く。
曲がり角。
岩を動かしたところ。
倒木のあった場所。
一つずつ、通っていく。
途中で、一度止まった。
道の端が、少し柔らかい。
そこへ印をつける。
荷馬車を止めたまま、人が集まる。
ベルトさんが、車輪の位置と地面を見た。
「ここは、もう少し手を入れます。ただ、今日は無理に続けません」
俺は空を見る。
光が、少し傾いていた。
全部を一日で終わらせたくなる。
それは、ある。
でも、疲れたところで急いでも、いいことばかりではない。
「分かりました。残り、次に合わせます」
「お願いします」
荷馬車を、安全な位置まで進める。
使った道具をまとめる。
資材も、通る人の邪魔にならないところへ。
そこまで終えて、今日の作業は一区切りになった。
◇
帰りは、新しい道からダンジョンへ下りた。
まだ、完全に整った道ではない。
でも、朝より通りやすい。
大きな倒木は、横へ移った。
曲がり角も、広がった。
ここを、荷馬車が来る。
ヴァルグから。
北を回って。
峡谷の険しいところを避けて。
「……こっちから来るようになるんですねぇ」
〈家の入口が新しい道につながった〉
〈また景色が変わるな〉
〈次の商隊、楽しみだ〉
俺は、前を歩くイトを見た。
今日は蜘蛛の姿で、道の端を進んでいる。
荷物は、俺が持っていた。
使い終えた道具。
返すもの。
空の容器。
戦利品ではない。
でも、やった仕事の分だけ、荷物があった。
◇
家へ戻ると、リィナが入口まで出てきた。
「お帰りなさい。どうでした?」
「大きなものは、いくつか動かせました。ただ、まだ直す場所はありますね」
道具を、決めた場所へ下ろす。
汚れたものは、食堂へ入れない。
手を洗い、防具も外す。
俺は、受け取った作業の記録を机へ置いた。
商会の担当者が確認した分。
今日は、何をしたか。
次に、どこをするか。
手伝った分の報酬も、記録されている。
「……ちゃんと、仕事でしたね」
俺が言うと、リィナが紙へ目を向けた。
「大変だったんでしょう?」
「重いものは、ありました。でも、俺がやれるところだったので」
俺一人で、北の道を全部造ったわけではない。
調べた人がいる。
準備した人がいる。
細かなところを整えた人がいる。
その中で、俺が大きいものを動かした。
それで、少し道が通りやすくなった。
悪くない一日だった。
◇
夕飯の前に、マルクへ報告を送った。
すでに現地の担当者からも話は行っているだろうが、俺からも。
今日できたところ。
残っているところ。
次に入れる時間。
少しして、返事が来た。
『ありがとうございました。担当から、作業の様子を聞いています。これなら、次の便は北回りで予定を組めそうです』
俺は、顔を上げた。
「……次の便、北から来るみたいです」
〈決まった!〉
〈新ルート初便だ〉
〈峡谷越えなくてよくなるの、大きいな〉
続きも読む。
『当面は、荷を抑えて通します。まだ未整備の場所がありますので、到着時刻には余裕をいただきます』
「時間は、まだかかるみたいですね」
ただ、あの狭い道を越えなくていい。
それだけでも、運ぶ人の負担は違うのだろう。
俺は、机へ地図を広げた。
ヴァルグ。
北回りの道。
森へ下りる区間。
ダンジョン。
そこから、小鬼の集落。
線が、つながっている。
前は、知っている場所の間に、知らない空間があった。
今も、知らないところはたくさんある。
でも、通れる道が一本、増えた。
「……いいですねぇ」
俺は、素直に言った。
◇
配信の最後に、地図の新しい線を見せた。
正確な安全を保証するものではない。
今、商会が確かめて、整えている道だ。
雨が降れば、また見る。
荷を増やせば、また確かめる。
これから使いながら、直していく。
「というわけで、次の商隊から、北回りになる予定です。俺たちも、近くの区間の整備を手伝っていきます」
〈お疲れ〉
〈今日もよく運んだ〉
〈次は商隊が通るところ見たいな〉
〈家が便利になると周りも変わるんだな〉
「ですね。俺も、来るのが楽しみです」
地図を巻き直す。
今日は、レベルは上がっていない。
新しいスキルもない。
でも、今後、物が届きやすくなるかもしれない。
集落の品物も、出しやすくなる。
それは、数字に出る強さとは違うけれど、ちゃんとした前進だった。
「じゃあ、今日はこの辺で。また」
手を上げて、配信を終了する。
コメントが止まる。
食堂の奥から、煮込みの匂いがした。
俺は椅子から立った。
そのとき、リィナが地図を見ながら言った。
「北から来る方にも、分かるようにしたほうがよさそうですね」
「何をですか?」
「入口です。今の札は、集落から来る方へ向いているので」
俺は、少し止まった。
確かに。
新しい道から来たら、見える向きが違う。
「……明日、札を一枚増やしましょう」
リィナがうなずく。
俺も、もう一度入口のほうを見る。
道が増えた。
だから、案内も増える。
次に来る人が、迷わないように。
今度は、そこからだった。




