↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
118/143

18話 久々の戦闘

●主人公視点


 はい。


 今日は、ちゃんと斧を持って出かける修羅でーす。


 いや。


 別に、普段も持ってはいるんですけどね。


 最近は、大きな石を動かしたり、棚を運んだり、土をこぼしたりしていたので。


 そろそろ、武器として使おうと思います。


「……久しぶりですねぇ」


〈戦闘回!〉

〈その斧、飾りじゃなかったのか〉

〈土木作業用だと思ってた〉

〈今日は何狩るの?〉


「荷物を覆うための、丈夫な皮ですね。集落の職人さんから、使えそうなのがあったら持ってこいって」


 道ができた。


 荷車も通るようになった。


 ただ、運ぶ途中で雨が降ることもある。


 今も覆いはあるが、荷物が増えるなら、もう少し欲しいらしい。


 水を弾きやすく、破れにくい皮。


 そこで名前が挙がったのが、鎧毛水牛だった。


 沢や水場の周りにいる、でかい魔獣。


 毛が硬く、皮も厚い。


 ただ、俺はまだ見たことがない。


「場所はガドに聞いてます。普段行く水場から、沢沿いに少し進んだ辺りですね」


〈水辺の戦闘か〉

〈足元注意だな〉

〈イトは?〉


 俺は横を見た。


 蜘蛛の姿のイトが、岩へ前脚をかけている。


 白い腹。


 黒い脚。


 近くへ置いてあるのは、道具をまとめた袋。


 今日は、人の姿で歩く時間を減らし、魔力を残しておくことにした。


「一緒です。荷物は、俺が持ちます」


 イトが、前脚を上げた。


 俺も手を上げ返す。


「じゃあ、行きましょうか」


     ◇


 出発前に、家のことを確認した。


 魔石の箱は、閉めてある。


 今日は俺たちがいないので、呼び込みはしない。


 蜂の出入り口も見た。


 塞がっていない。


 戻ってくる蜂もいる。


 群れから伝わる感覚も、普段と大きく変わらなかった。


 リィナには、今日は狩りへ出ると伝えてある。


 薬草の世話は、いつもどおりお願いした。


「怪我には気をつけてくださいね」


「はい。無理だったら、帰ってきます」


 そう答えると、彼女は少しだけ笑った。


「皮のために、ひどい怪我をして帰ってこないでください」


〈信用されてるようでされてない〉

〈過去の実績がね〉

〈大事な注意〉


「今回は、ちゃんと見てから戦います」


 俺は、手袋の紐を確かめた。


 斧も見る。


 刃。


 柄。


 握り。


 異常はない。


 防具の留め具も、問題なし。


 腰の収納鞄には、回収用の布や紐、解体に使う道具を入れてある。


 以前と違い、倒したあとまで考えて出かけられるようになった。


 少しは、学んでいるのだ。


     ◇


 森を歩く。


 最初のうちは、整えた道を使った。


 土が、前より踏みやすい。


 木の間を、横向きに抜ける必要もない。


「……自分で使っても、便利ですね」


〈造った道だ〉

〈ちゃんと残ってるのいいな〉

〈帰りも荷物運びやすいな〉


「ですね。集落の近くへ戻れれば、そこからは楽になりそうです」


 途中で、道を外れた。


 水の音が聞こえるほうへ向かう。


 木々の間を抜けると、足元の空気が少し冷たくなった。


 細い沢。


 丸い石。


 流れの脇に、湿った土。


 イトが、低い枝へ上がる。


 そこから、先を見る。


 俺も歩く速度を落とした。


 水場には、いろいろ集まる。


 目的の魔物だけがいるとは限らない。


 それに、水音で足音が分かりにくい。


「……静かに行きます」


 声を落として言う。


 コメントの流れも、少しゆっくりになった。


     ◇


 最初に見つけたのは、角兎だった。


 沢の近く。


 低い草の間に、耳が見える。


 こちらを向いているわけではない。


 顔は、少し下流側。


 体が固い。


 逃げる前の、じっと様子をうかがっている感じだ。


「……ん?」


 俺は足を止めた。


〈兎か〉

〈懐かしい相手〉

〈今日は狩らない?〉


「今は、別のやつを探してるので」


 そう返しながら、角兎を見る。


 ふと、〈意思疎通〉のことを思い出した。


 蜂。


 猪。


 これまでは、普段から接している相手ばかりだ。


 野生の相手には、どうだろう。


 俺は、無理に近づかなかった。


 距離を取ったまま、意識を向ける。


 ……分からない。


 何を考えているか。


 何が欲しいか。


 そういうものは、全然。


 ただ、強い警戒のようなものが、かすかに引っかかった。


 俺が怖いのかもしれない。


 そりゃ、斧を持った鬼だ。


 でも。


 角兎が見ているのは、俺とは違う方向だった。


「何か、気にしてますね」


〈俺らのことじゃなくて?〉

〈あっち見てるな〉


 一歩、足を動かす。


 その音で、角兎がこちらを向いた。


 次の瞬間、跳ぶ。


 俺からも、下流側からも離れる方向へ。


 草の中へ、姿が消えた。


 そのあとに、少しだけ、嫌な感じが残る。


 近づきたくない。


 そんなもの。


 俺は、沢の下流へ目を向けた。


「……何かいるのかもしれません」


〈スキルで分かった?〉

〈場所まで分かるの?〉


「そこまでは。警戒してる感じが、ちょっと分かっただけです。見てた方向は、普通に目で見ました」


 便利だ。


 でも、何でも教えてくれるわけではない。


 俺はイトへ手を上げ、下流側を指した。


 イトも、その方向へ体を向ける。


 ここからは、もう少し慎重に行こう。


     ◇


 少し進むと、足跡があった。


 大きい。


 湿った土へ、深く沈んでいる。


 その横の草は、まとめて倒れていた。


 俺は、しゃがむ。


「……重そうですね」


〈足跡でか〉

〈牛っぽい?〉

〈ガドならもっと分かりそう〉


「ガドには、こういう跡を探せとは言われてます」


 だが、足跡だけ見て、相手の数や強さまで判断できるわけではない。


 俺は周囲を見た。


 水へ入った跡。


 泥が擦れた木。


 低いところの草が、食いちぎられている。


 どれも、新しそうだった。


 そのとき。


 ばしゃ、と。


 少し先で、水が動いた。


 俺は、口を閉じた。


 イトも止まる。


 木の陰から、そっと覗いた。


 いた。


 黒っぽい、大きな背中。


 水へ腹を沈め、じっとしている。


 最初は、濡れた岩かと思った。


 でも、頭が動いた。


 左右へ張り出した角。


 低い鼻先。


 太い首。


 そして、首から肩にかけて、板を重ねたような硬い毛。


「……あれですね」


 鑑定を使う。


【鎧毛水牛 Lv.68】


【HP:6,240/6,240】


 続いて、特徴が表示された。


 水を弾く、硬い体毛。


 厚い皮膚。


 強靱な首と脚。


 泥や浅瀬でも、足を取られにくい。


「六十八。HPは、六千二百四十」


〈結構あるな〉

〈今の修羅、阿修羅の五だよね〉

〈進化後だから数字だけじゃ比較できんけど〉


「俺は五です。ただ、種族が違うので、同じ五ではないですね」


 何より、こちらにはイトがいる。


 でも、場所は向こうに向いている。


 水。


 泥。


 濡れた石。


 俺が力を入れても、足が滑れば意味がない。


 まず、戦う場所を考えよう。


     ◇


 俺は少し戻って、足元を確かめた。


 沢の脇。


 砂利が多く、少し高くなった場所がある。


 その近くに、太い木が二本。


 根を傷めない位置なら、イトの糸を使えそうだった。


 ただ、完全に縛って止めるのは難しいだろう。


 あの体格だ。


 突っ込んできたら、糸ごと引きちぎるかもしれない。


「止めるんじゃなくて、曲がるときに邪魔できればいいな」


 小さく言う。


 イトを見る。


 前脚が動いた。


 木へ上がる。


 左右を見てから、糸を伸ばし始めた。


〈準備してる〉

〈昔の猪戦より考えてるな〉

〈地形を使うのは変わらない〉


「正面から押し合うと、泥の中へ持っていかれそうなので」


 俺は、斧を握る。


 肩の動きを確かめる。


 久しぶりだ。


 ただ、それで変に力が入らないよう、一度息を吐いた。


 目的は、皮を持ち帰ること。


 無事に帰ること。


 順番は、間違えないようにしよう。


     ◇


 水牛は、こちらが近づくと頭を上げた。


 水が、硬い毛から落ちる。


 鼻が動く。


 俺を見る。


 その瞬間、薄く、重いものが伝わってきた。


 不快。


 警戒。


 そこから、強くなる圧。


 〈意思疎通〉だろうか。


 言葉はない。


 理由も、細かくは分からない。


 でも、歓迎されていないことだけは、よく分かった。


「……だよな」


 俺は、武器を構える。


 ここへ狩りに来た。


 相手の気持ちが少し分かったからといって、その事実が変わるわけではない。


 水牛が、前脚を動かした。


 水を蹴る。


 頭が低くなる。


「来るぞ、イト」


 次の瞬間、水が跳ねた。


     ◇


 速い。


 水の中から出てくる一歩目が、思っていたより強かった。


 太い脚が泥を踏み、巨体が前へ出る。


 角が、低い。


 俺の腰より下。


 腹を狙って、すくい上げるような位置。


「ッ!」


 横へ踏み込む。


 水牛の頭が、すぐそばを通った。


 その横腹へ、斧を振る。


 刃が当たる。


 硬い毛が、ばり、と割れた。


 だが、深くは入らない。


 手へ、重い感触が返る。


「……毛も、結構硬いな!」


〈弾いた?〉

〈いや、ちょっと削れてる〉

〈向き直るぞ!〉


 水牛が、前脚を踏ん張った。


 巨体の割に、向きを変えるのが速い。


 頭が振られる。


 角が、横から迫った。


 俺は斧の柄を差し込み、体を引く。


 受け流す。


 完全には避けきれず、籠手へ衝撃が来た。


 足が、半歩ずれる。


 砂利が鳴った。


「……重い」


 泥の中だったら、今の一歩で滑っていたかもしれない。


 俺は、さらに下がる。


 水牛が追う。


 鼻息。


 硬い毛が、首の動きに合わせて擦れた。


 まだ、効いていないわけではない。


 でも、雑に斬っても、何度も受け止められる。


 俺は斧を持ち直した。


「硬いところばっかり、狙う必要はないですね」


     ◇


 水牛が、また頭を下げた。


 俺はすぐには動かなかった。


 一歩。


 巨体が近づく。


 もう一歩。


 角が、地面を削りそうな高さへ沈む。


 そこで、俺は横へ出た。


 水牛が、こちらへ向きを変えようとする。


 その外側の前脚へ、白い糸が絡んだ。


 イトだ。


 木の上から、低い角度へ。


 水牛が脚を引く。


 糸が、強く張った。


 だが、止まらない。


 ぷつ、と一本切れた。


 それでも。


 向きを変える動きが、一瞬、遅れた。


「そこ!」


 俺は踏み込む。


 斧を、大きく振りかぶらない。


 前脚の付け根。


 体毛の薄いところへ、短く打ち込んだ。


 刃が、入る。


 水牛が、低く鳴いた。


 HPが、はっきり減った。


〈効いた!〉

〈イト、止めるんじゃなくて足をずらしたんだ〉

〈今の連携いい!〉


 俺は、刃を引く。


 追い打ちをしようとしたところで、水牛の肩がこちらへ来た。


「うおっ!」


 ぶつかる。


 胸へ、重い塊が当たった。


 俺は地面を踏む。


 踏ん張り。


 それでも、後ろへ押される。


 息が詰まった。


 足の下で、砂利が滑る。


 俺は、そのまま受け止めるのをやめた。


 斧を抱え込み、斜めへ体をずらす。


 水牛の肩が、横を抜けた。


「っ、は……」


 呼吸を戻す。


 HPが減っている。


 防具があっても、衝撃は通る。


「……ちゃんと、強いですねぇ」


〈笑ってる場合か〉

〈久しぶりの戦闘楽しそうだな〉


 楽しくないわけではない。


 でも、痛いものは痛い。


 俺は、次を見た。


     ◇


 水牛が、水のほうへ向いた。


 傷ついた前脚を、少しかばっている。


 戻るつもりか。


 浅瀬へ入れば、俺の足元が悪くなる。


 追いかければ、向こうに都合がいい。


 俺は、すぐには走らなかった。


 代わりに、斧へ魔力を流す。


 黒い刃を、鬼装が包む。


 水牛の後ろへ、回り込むのではない。


 横から、進む先を見る。


「〈斧閃〉!」


 斧を振る。


 飛んだ斬撃が、水際の地面を裂いた。


 水牛の鼻先より、少し先。


 逃げ道を全部塞ぐほどではない。


 ただ、向きを変えさせるには十分だった。


 頭がこちらへ戻る。


 その瞬間、感覚が強くなった。


 痛み。


 苛立ち。


 そして、前へ向く意思。


 来る。


 俺は、目だけでなく、その圧にも気づいた。


 水牛が、突っ込んだ。


「……今の、分かったな」


 小さくつぶやく。


 ただし、分かったから、自動で避けられるわけではない。


 足を動かすのは、俺だ。


     ◇


 低い角。


 一直線の巨体。


 俺は、木の間へ走り込むことはしなかった。


 ぶつかられれば、こちらも危ない。


 イトが糸を張った場所へ、斜めに下がる。


 水牛が追う。


 さっきより、少し足運びが乱れていた。


 前脚の傷。


 それでも、速い。


 イトが、木の幹を回った。


 糸が、もう一本伸びる。


 今度は前脚へ、正面から絡めない。


 水牛の横。


 進む脚の外側へ、引っかけるように。


 俺は、その動きを見た。


「よし」


 水牛が、糸へ触れる。


 引っ張る。


 切れる。


 でも、脚の置き場が、少し変わる。


 体が傾いた。


 俺は、その側へ踏み込んだ。


 斧の柄を、角の外側へ当てる。


 真正面から止めない。


 頭の向きを、さらに横へ。


「〈崩し〉!」


 踏み込む。


 相手が前へ進む力を、斜めへ流す。


 それだけでは、まだ足りない。


 俺の背後に、淡い腕が現れた。


 修羅腕。


 今日は、全部は出さない。


 一対だけ。


 片方で、角の根元の外側を押す。


 もう片方で、肩の横へ力を添える。


 脚が、踏み直そうとした。


 だが、傷めた前脚が、遅れた。


 巨体が、大きく傾く。


「……倒れろ!」


 俺は最後まで押さず、手を離した。


 巻き込まれないよう、横へ抜ける。


 水牛が、肩から地面へ落ちた。


 鈍い音。


 砂利が飛ぶ。


〈倒した!〉

〈今の重さを横に流したのか〉

〈修羅腕、使い方うまくなってる〉

〈イトもナイス!〉


 まだ、終わりではない。


 水牛の脚が、地面を掻く。


 起き上がろうとしている。


 俺は、頭の正面へ立たなかった。


 角の届きにくい横へ回る。


 毛の厚い肩ではない。


 首の下。


 露出したところへ、刃を合わせた。


 鬼装の光が、斧を包む。


「……ここで、決める」


 振り下ろした。


     ◇


 一撃で、完全には止まらなかった。


 水牛が、体を起こそうとする。


 太い首が動く。


 俺は刃を引き、位置をずらした。


 足を、踏み直す。


 もう一度。


 短く、深く。


 巨体の動きが、弱くなる。


 HPが、残りわずかまで減った。


 最後まで、目を離さない。


 斧を返す。


 打ち込む。


 水牛の脚から、力が抜けた。


 俺は、数歩下がった。


 息を吐く。


 まだ、待つ。


【鎧毛水牛を討伐しました】


【経験値を獲得しました】


 文字が出て、ようやく斧を下ろした。


「……よし」


〈おおお!〉

〈討伐!〉

〈久しぶりにちゃんと戦闘見た〉

〈ちゃんとって何だよw〉

〈皮、取れそう?〉


 俺は、水牛へ目を向けた。


 傷は、前脚と首の周辺。


 背中を何度も斬りつけたわけではない。


 全部きれい、とは言えないが。


「使えるところは、ありそうですね」


 そう答えたところで、別の表示が出た。


【種族レベルが上がりました】


【阿修羅 Lv.5→Lv.7】


「お。二つ」


〈上がった!〉

〈阿修羅、久々のレベルアップ〉

〈進化したあと、家造ってたからな〉


「ですね。しばらく、重いものを持つための体になってたので」


 壁の上から、イトが下りてくる。


 近づいてきたので、脚と腹を見る。


 怪我は、ない。


 糸を使うために、泥の中へ下りなかったのがよかった。


「ありがとう。あの糸、助かった」


 イトが、前脚を上げた。


 その動きが、少し弾んでいる。


 確認すると、イトもレベルが一つ上がっていた。


「お前も、上がったな」


 もう一度、前脚が動く。


 俺は手を伸ばし、そっと触れた。


「お疲れ」


     ◇


 少し休んでから、作業を始めた。


 ここで倒したからといって、ダンジョンポイントが増えるわけではない。


 持ち帰って、必要なものを分ける。


 そのあとで、交換できるものを考える。


 今日は特に、皮が目的だ。


「……ここからも、頑張らないとですね」


〈本編開始〉

〈運搬回が続くぞ〉

〈でかいな、改めて見ると〉


 間近で見る水牛は、本当に大きかった。


 毛も、硬い。


 何となく、岩背猪と似た雰囲気がある。


 ただ、こっちは鎧のような毛。


 俺は手袋で触ってみた。


 濡れているはずなのに、表面の水が、まとまって落ちる。


「……これは、確かに使えそうですね」


 ただ、俺が適当に剥いだら、せっかくの皮を傷めるかもしれない。


 まず、持ち帰れる形にする。


 できるところだけ処理して、大きな皮の扱いは職人に見てもらおう。


 収納鞄は便利だ。


 重さも軽くなる。


 でも、何でも無限に入るわけではないし、入れれば鮮度が保たれるわけでもない。


 俺は、持ってきた布と道具を出した。


「使える分は、ちゃんと運びましょう」


 イトが、近くの木へ糸を張り始める。


 作業する場所へ、余計なものが近づかないか見るためだ。


 俺も周囲を確かめてから、しゃがんだ。


     ◇


 帰りは、少し重かった。


 収納鞄へ入れた分。


 別に包んだ分。


 俺が運べるからといって、全部を雑に一つへ詰めるわけにはいかない。


 背負うものと、手で持つものを分けた。


 角も、残す。


 何に使えるかは、あとで聞く。


 森を抜け、整えた道へ戻ったところで、俺は小さく息を吐いた。


「……道、造っておいてよかったですねぇ」


〈早速恩恵〉

〈その荷物で木の間を横向きはきつい〉

〈帰り道がちゃんとつながったな〉


 足元が、前より見やすい。


 大きな石を避けるために、荷物を持ち上げ直す必要もない。


 俺自身が、造った道に助けられていた。


 集落の近くへ来ると、ガドがこちらを見つけた。


 足が止まる。


 俺の荷物を見る。


 それから、俺の顔。


「……いたか」


「いました。鎧毛水牛」


「一頭か」


「はい」


 ガドが、包みへ近づく。


 中身を確かめ、短くうなずいた。


「職人、呼んでくる」


「お願いします」


 俺は、邪魔にならない場所へ荷物を下ろした。


 肩が、少し軽くなる。


 イトも近くの石へ上がり、脚を休めた。


「……ただいま、って感じですね」


〈帰ってきた〉

〈ちゃんと獲物を持って帰る狩人〉

〈机を運ぶだけの人じゃなかった〉


「机も運びますけどね」


     ◇


 職人は、皮を見ると、すぐに手を伸ばした。


 毛の向き。


 傷。


 厚さ。


 水を弾くところ。


 俺は、隣で待つ。


「……どうですか?」


「使える」


 短い返事。


 でも、それだけで十分だった。


「よかった」


「このままじゃ使わん。処理は要る」


「はい。そこも、お願いできますか?」


 職人が、俺を見る。


 それから、皮へ目を戻した。


「手間はかかる」


「分かってます。使える分を見てもらって、代金も相談で」


 うなずきが返る。


 全部、無料でやってもらうつもりはない。


 こっちは素材を持ってきた。


 向こうは、それを使えるものにしてくれる。


 その仕事が、ある。


 俺たちは、どの部分を荷物用の覆いに使うかを相談した。


 すぐには決まらない。


 処理してみて、残る傷もあるらしい。


「残り、どうする」


 職人に聞かれる。


 俺は、包みを見た。


「使える素材は、手元にも残したいです。肉は、集落で使う分があれば分けたいですね」


 ガドが、横から言った。


「食う」


「……返事、早いな」


 俺が笑うと、近くにいた小鬼たちも笑った。


 何かを造るために狩りへ行って。


 帰ってきたら、食事の話になる。


 いつものことだった。


     ◇


 家へ戻ってから、ステータスを開いた。


 戦闘で減ったHPが、全部戻ったわけではない。


 レベルが上がっても、今日はちゃんと休む必要がある。


 リィナに傷の状態を見てもらい、汚れた防具を外す。


 イトも、脚をきれいにしてから、食堂へ入った。


「お帰りなさい。皮は、使えそうでしたか?」


「はい。職人さんが見てくれました。処理してもらってから、どう使うか決めます」


「よかったですね」


 リィナが笑う。


 俺も、うなずいた。


 今日、家の壁は、一つも掘っていない。


 でも、交易に使うものが、一つ増えるかもしれない。


 俺とイトのレベルも上がった。


 それから。


「〈意思疎通〉も、外で少し使えました」


「野生の魔物にも、分かったんですか?」


「ほんの少しですね。警戒してる感じとか、怒ってる感じとか。それだけですけど」


 俺は、角兎のことを話した。


 視線の先を気にしていたこと。


 そこから、足跡を探したこと。


 それから、水牛が突っ込む前の、強い意思。


 スキルだけで、全部が分かったわけではない。


 でも、気づくきっかけにはなった。


「目で見てるものに、少し足される感じでした」


〈便利すぎなくていいな〉

〈情報を集める手段が増えたんだ〉

〈聞けば居場所を教えてくれるわけではないのね〉


「そこまでできたら、すごいですけどね。今日は、普通に逃げられました」


 俺は笑って、今日の成長を表示した。


【ステータス上昇】


プレイヤー名:修羅

種族:阿修羅

種族Lv:5→7【UP!】


最大HP:5520→5580【UP!】

最大MP:1120→1130【UP!】

最大スタミナ:3696→3729【UP!】

筋力:966→976【UP!】

耐久:913→924【UP!】

敏捷:900→910【UP!】

魔力:612→618【UP!】

器用:632→638【UP!】


※装備・称号の補正を反映。


〈ちょっとずつ増えたな〉

〈阿修羅の成長、ここから楽しみ〉

〈耐久も上がった〉

〈イトもおめでとう〉


 イトへ、そのコメントを伝える。


 人の姿へ戻ったイトが、椅子の上で少し背筋を伸ばした。


「……ありがとう」


 声は、小さかった。


 でも、ちゃんと言えた。


 俺は、笑って机へ向き直る。


 今日は、獲ってきた肉がある。


 リィナが、使う分を分けてくれていた。


 まずは、普通に焼いてみよう。


 どんな味か、知らないので。


「……蜂蜜、塗ってみてもいいですかね」


 言った瞬間、リィナが俺を見る。


 イトも、顔を上げる。


 コメントが、一気に流れた。


〈やっぱりそこに行くw〉

〈まず普通に食え〉

〈最初から味を足すな〉


 俺は、少しだけ考えた。


「……最初の一切れは、塩でいきます」


 今日は、そうしよう。


 皮も。


 戦い方も。


 食べ方も。


 初めての相手なのだから、まず、ちゃんと知るところからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。