17話 ダンジョン周辺 道の整備と交易
●主人公視点
はい。
今日は、家の外のことを考えている修羅でーす。
場所は、ダンジョンの食堂。
机の上には、いつもの図面。
ただし、今日は部屋を増やすためのものではない。
紙の真ん中に描かれているのは、ダンジョンの入口。
そこから右へ伸びる、少し曲がった線。
線の先には、小さな丸。
『小鬼の集落』
「……改めて描くと、道、結構曲がってますね」
〈地図回?〉
〈今日は外を掘るのか〉
〈その線、実際の道?〉
「俺たちが普段通ってる道です。木とか岩を避けて歩くので、ちょっと曲がってるんですよ」
机の向かいには、ガドが座っていた。
椅子の背へ槍を立てかけ、俺の描いた線を見ている。
その隣には、集落の職人。
片方の角が欠けた、いつもの人だ。
今日、二人に来てもらったのは、相談があったからだった。
「それで、荷物の置き場っていうのは?」
俺が尋ねると、職人が、足元へ置いていた包みを持ち上げた。
中に入っていたのは、革の端切れと、削りかけの骨材。
それから、小さな木の器。
「売る物が、増えた」
「いいことじゃないですか」
「置く場所が、足りん」
短い。
非常に、分かりやすい。
ガドが、隣から言葉を足した。
「荷馬車が来る日に合わせて運んでる。だが、雨が降ると面倒だ。先に運びたい物もある」
俺は、紙へ目を落とす。
今は商隊が来るたび、集落とダンジョンの間で荷物を動かしている。
売るもの。
受け取るもの。
その両方。
人が背負って運ぶなら通れる道でも、荷物が増えれば、同じようにはいかない。
「……なるほど」
俺は入口の図を指した。
「じゃあ、こっちへ預けておける場所を造るのは、どうですか?」
職人が、顔を上げる。
「商隊が来る前に、運べる分から持ってきてもらう。ここでまとめて、来たら積む」
ガドが紙へ身を寄せた。
「なら、道も直したい」
「道?」
「あぁ。お前は、荷物を持って歩けるだろうがな」
俺は、自分の腕を見る。
大きい。
土袋も運べる。
木枠も持てる。
たまに、持てるせいで、運ぶこと自体の大変さを忘れる。
「……ほかのみんなだと、きつい場所がある?」
「ある」
ガドの指が、俺の描いた線の途中へ置かれた。
「ここだ」
◇
その日の配信は、外を歩くところから始まった。
俺。
ガド。
職人。
それから、リィナとイト。
いつもの道を、集落へ向かって歩く。
「今日は、小鬼の集落からダンジョンまで、荷物を運びやすくできないか見ていきます」
〈道路整備回だ〉
〈とうとう家の外まで始まった〉
〈商隊が通る道?〉
「まずは、集落から荷物を持ってくる道ですね。今のままだと、歩けるけど、運びやすいとは限らないらしくて」
俺は、足元を見る。
木の根。
石。
少しだけ段になっている土。
確かに、何も持っていなければ気にならない。
でも、大きな箱を抱えていたら、足元が見えにくくなるだろう。
そのまま転べば、中身も壊れる。
「ここ」
ガドが止まった。
前には、二本の木。
その間を、道が抜けている。
俺たちは、普段、体を横へ向けて通っていた。
小鬼なら、そこまで苦労しない。
ただ、横幅のある荷物は別だ。
職人が、持っていた木枠を前へ出した。
通そうとする。
片側が、幹へ当たる。
「……あぁ」
なるほど。
俺は普段、少し持ち上げて通していた。
頭の高さへ。
何となく。
「これ、俺、普通に持ち上げてましたね」
「全員、お前じゃない」
ガドに言われた。
〈ごもっとも〉
〈筋力で地形を無視してた男〉
〈運べる人だけで考えちゃ駄目なんだな〉
俺は、素直にうなずいた。
「じゃあ、ここは広げるんですか?」
「まず、ほかを見ろ」
ガドが、二本の木の少し横を指す。
低い草の向こう。
地面が、なだらかに続いている。
少し回れば、木の間を通らなくていい。
「……こっちを使えば、切らなくて済むのか」
「あぁ」
道を広げる。
そう聞いて、俺は、木を切るところから考えていた。
でも、避けられるなら、避ければいい。
職人が、地面を足で確かめた。
「こっちのほうが、箱は通る」
俺は、紙へ印をつけた。
最初の変更点。
木の間を、少し回り込む。
◇
その先には、雨のあとに水が溜まりやすい場所があった。
今日は晴れている。
それでも、土の色が違う。
ガドが、槍の石突で端を軽く示した。
「ここは、雨が降ると沈む」
職人がうなずく。
「車輪が、取られる」
「車輪?」
俺が聞くと、彼は集落のほうを指した。
「手押しの荷車がある。だが、ここへは持ってこない」
使いたくても、途中で動かなくなる。
だから、人が背負う。
なるほど。
荷車がないのではない。
使える道がないのか。
〈道の重要性が分かる〉
〈荷車があるだけじゃ駄目なんだな〉
〈ここ直したら一気に楽になりそう〉
俺はしゃがんで、土を見る。
「石を敷けば、いいんですかね」
職人が首を振る。
「水の逃げ場も要る」
石を載せただけでは、その下に水が残る。
周囲より低いところへ、また集まる。
詳しく見てもらう必要はあるが、まず、どこから水が来て、どこへ抜けるかを考えなければならないらしい。
俺は、周りを見た。
少し高い斜面。
落ち葉の寄っている場所。
細く削れた土。
言われてみれば、水が通った跡に見える。
「……道って、地面を平らにすれば終わりじゃないんですね」
「平らな水溜まりにする気か」
ガドが言う。
俺は、ちょっと笑った。
「それは、困りますね」
次の印。
ぬかるむ場所。
水の流れを見て、直す。
◇
道を歩きながら、困る場所へ順番に印をつけた。
大きな石。
曲がり角。
車輪が落ちそうな端。
荷物を持った二人が、すれ違いにくいところ。
俺一人なら、ほとんど気にならない場所ばかりだった。
途中で、イトが俺の袖を引いた。
人の姿だ。
道の脇に、細い枝が伸びている。
イトが、自分の顔の横を指した。
「ここ、あたる」
俺は見る。
俺なら、胸の下。
小鬼やイトには、顔の高さ。
荷物で両手が塞がっていたら、払いにくいだろう。
「……これも、見ておこう」
枝を、無理に引きちぎらず、印だけ残す。
あとで、必要なところを整える。
〈イト目線も大事〉
〈背が高いと気づかないもんな〉
〈全員で歩いて正解だ〉
リィナも、別の場所で足を止めた。
「こちらへ避けると、薬草のあるところへ入ってしまいますね」
道端の小さな草を指す。
俺には、ほかの草との違いが分からない。
でも、彼女は分かるらしい。
「じゃあ、そっちは通らないほうがいい?」
「できれば。道をこちら側へ寄せられるなら、そのほうが」
ガドが、周りを見る。
少し考えてから、うなずいた。
「こっちへ寄せられる」
俺は紙へ書き足す。
荷物が通れる。
人が歩ける。
でも、何でも潰していいわけではない。
今日は、そこを考える日だった。
◇
集落へ着くと、荷物を扱っている人たちにも話を聞いた。
集落の広場。
木箱が、いくつか並んでいる。
中身は、乾かした皮や、加工した骨。
木の器もある。
雨を避けるため、家の中へ置いているものもあるらしい。
ただ、住む場所と、売る物の置き場は同じではない。
増えれば、邪魔になる。
壊れないように気を遣う。
「商隊が来る日に、全部を出すのは大変なんですね」
俺が言うと、近くの小鬼がうなずいた。
「前は、少なかった。今は、運ぶ回数が増えた」
交易が続いている。
それは、いいことだ。
でも、その分、今までのやり方では足りなくなる。
俺は、紙を広げた。
「ダンジョンの入口側に、集落の荷物を預ける場所を作ろうと思ってます。ただ、何でも持ってきてもらうと、俺も分からなくなるので」
誰の荷物か。
何が、いくつあるか。
いつ持ってきたか。
まず、それを札で残す。
勝手に使わない。
勝手に売らない。
売るときの話は、持ち主と商会で決める。
俺は、預かるだけ。
そう説明すると、集落のまとめ役が、ゆっくりうなずいた。
「売れた物の金は、持ち主へ戻る。それは、変わらんのだな」
「はい。そこは、俺が決めることではないので」
その返事のあとで、職人が俺を見た。
「置く場所にも、手間はかかる」
「……それは、そうですね」
「ただで、ずっとやらせるわけにもいかん」
俺は、少しだけ驚いた。
こちらから、どう話すか考えていたところだった。
ガドが、横から言う。
「後で揉めるより、先に決めろ」
〈大事〉
〈ちゃんと対等に話してるのいいな〉
〈仲がいいから曖昧にするより安心だな〉
俺は、うなずいた。
「じゃあ、最初は一便分だけ、試してみませんか。量も決めて」
◇
話し合いは、思っていたより長くなった。
でも、難しい言葉ばかりではない。
誰が運ぶか。
誰が受け取るか。
雨の日はどうするか。
俺がいないときに持ってきたら、どうするか。
そこを、一つずつ決めた。
ダンジョン側の受け取りは、まず俺か、リィナがいるとき。
生活区画へ勝手に入るわけではない。
荷物は入口近くで止める。
中を確認し、数を記録してから預かる。
最初に預かるのは、乾いた加工素材と、木製品。
生の肉や、濡れた皮は、今回は別だ。
乾いた器の隣へ、解体したばかりの魔物を置くわけにはいかない。
「置ける物を分けるんですね」
リィナが確認すると、職人がうなずいた。
「混ぜると、傷む」
俺も、それは分かる。
倉庫が広いからといって、何でも同じ箱へ入れてよいわけではない。
場所を使う分については、最初の一便が終わったあと、実際の量と手間を見て見直す。
試す間は、使う棚や木箱の一部を集落側で用意してもらうことになった。
代わりに、俺は場所の準備と、大きな荷物の積み込みを手伝う。
お互いに、何をするかが分かる。
まずは、その形だ。
「最初から、ずっと同じ約束にしないほうがいいですね」
俺が言うと、まとめ役がうなずいた。
「使ってみて、分かることもある」
「はい。俺も、どれくらい増えるか分からないので」
紙へ書いて、読み合わせる。
両方に、同じものを残す。
俺は、ようやく肩の力を抜いた。
「……よし。じゃあ、道と置き場ですね」
ガドが立ち上がる。
「まず、道だ」
◇
その日は、すぐに全部を直し始めたわけではない。
集落には、狩りへ行く人もいる。
加工の途中の人もいる。
家の仕事だってある。
俺に時間があるから、全員来てくれ。
そういう話ではなかった。
手伝える人を聞く。
必要な道具を集める。
使う石や板材を、どこから持ってくるか決める。
大きな作業は、俺が長く入れる休日に合わせる。
俺がいない間にできる小さな整備は、集落側で少しずつ進めてもらう。
もちろん、それも含めて、負担の分け方を相談した。
「俺は、重いものを運ぶ日に呼んでもらえれば」
そう言うと、ガドが俺の肩へ目を向けた。
「そこは、頼む」
「任せてください」
〈戦力の使いどころ〉
〈ついに本格的な土木担当〉
〈斧より腕が活躍する回〉
職人が、持っていた紙へ何かを書き足す。
俺は横から見る。
大きな石。
板材。
棚。
運搬。
そのいくつかに、俺の名前がついていた。
非常に、分かりやすい役割分担だった。
◇
次に入れる日までに、俺はマルクへ相談しておいた。
集落の荷物を、ダンジョン側でまとめたいこと。
道を整えて、荷車で運びやすくしたいこと。
ただし、大きな商隊の荷馬車が、そのまま集落の中まで入る道を造るわけではない。
まずは、今ある荷車が困らず通れるところから。
返事は、その日のうちに届いた。
『荷をまとめていただけるのであれば、こちらも積み込みの予定を立てやすくなります。最初の便では、荷札の付け方も一緒に確認しましょう』
その下に、追加の質問。
『保管場所の床は、湿りやすくありませんか。雨天時の搬入口からの流れ込みも、ご確認ください』
「……また、水ですねぇ」
〈水は強敵〉
〈畑でも蜂でも道でも出てくる〉
〈建物って水との戦いなんだな〉
俺は入口へ行き、床を見た。
雨の日に、どこが濡れていたか。
搬入用の台を置くなら、どこがいいか。
リィナにも聞いてみる。
俺より、家の中にいる時間が長い。
「あちらの壁際は、前に少し湿っていました」
「じゃあ、そこへ箱を直置きしないほうがいいですね」
「はい。今の倉庫と同じように、台があったほうが」
また、必要なものが見えた。
広げれば終わりではない。
置くための場所を、ちゃんと造る。
俺は図面へ、今度こそ必要な分だけ書き込んだ。
◇
置き場は、生活区画の奥には造らなかった。
搬入口から入って、すぐの場所。
今ある荷下ろし場の横を使う。
壁を少しだけ整え、棚が収まるようにする。
入口からは見える。
でも、食堂や寝室までは入らなくていい。
「ここなら、受け取りもしやすいですね」
リィナが言った。
俺は、管理画面で必要なポイントを確認する。
大きな倉庫を新しく掘るわけではない。
それでも、使う分はある。
壁の出っ張り。
床の段差。
棚を置くところだけ、直す。
残りのポイントも確認してから、決定した。
低い音。
岩肌の一部が、少し奥へ引っ込む。
俺はそれを見て、うなずいた。
「今日は、これだけです」
〈本当に必要な分だけだ〉
〈大部屋にしなかった〉
〈家主の我慢が続いてる〉
「俺だって、毎回大きく掘りたいわけではないですよ」
……大きく掘れたら、便利だとは思う。
でも、今は、預かる量が決まっている。
棚が埋まる前から、次の壁を掘る必要はない。
俺は、空いた場所へ小さな札を置いた。
『集落の預かり品』
その横に、もう一枚。
『ダンジョン素材と分ける』
ここは、大事だ。
自分の物と勘違いして、ポイントへ交換したら、取り返しがつかない。
〈それは本当に分けよう〉
〈吸収したら戻らんもんな〉
〈箱の色も変えたら?〉
「いいですね。印も、変えましょうか」
文字だけでなく、棚の柱へ色のついた紐を結ぶ。
リィナと、同じ印を記録帳にもつけた。
◇
そして、作業をする休日。
集落から、何人かがやって来た。
道具。
板材。
空の木箱。
ガドは周囲を見る役。
職人は、道の状態と、荷車が通る幅を見る役。
俺は、持つ役だ。
「……分かりやすくて、助かります」
〈適材適所〉
〈今日は筋力がものを言う〉
〈怪我しないようにな〉
魔石の箱は、閉めてある。
今日は、わざわざ近くへ魔物を呼ばない。
作業で人が行き来するのだ。
入口側の魔物たちにも、いつもと違う来客があることを伝えておいた。
荷物を運ぶ人が、迎撃室へ入らないように。
道の分かれ目にも、仮の札を立てる。
こちらが搬入口。
あちらは、入らない。
俺は、二つの道を交互に見た。
「……普段、自分たちだけだと、ここまで気にしなかったですね」
ガドが、短くうなずく。
「知らんやつは、知らん」
そのとおりだった。
◇
最初に動かしたのは、大きな石だった。
道の曲がり角へ、半分埋まっているやつだ。
俺なら、避ければいい。
でも、荷車はそこで向きを変えにくい。
職人が、移す場所を指す。
道の下側ではない。
転がって戻らず、水の流れも塞がないところ。
俺は、周りの人が離れたことを確認した。
「じゃあ、動かします」
石の縁へ手をかける。
重い。
ただ、動かせないほどではない。
少し持ち上げる。
土が崩れ、下の形が見えた。
「……よっ、と」
抱える。
足元を見る。
急がず、一歩。
もう一歩。
指定された場所へ、ゆっくり下ろした。
鈍い音がする。
俺は手を離した。
「ここで、大丈夫ですか?」
職人が近づき、石と道を見た。
それから、うなずく。
「いい」
〈持ったw〉
〈今、何人分の仕事したんだ〉
〈重機役〉
〈その体、本当に便利だな〉
俺は、手についた土を払った。
「こういうときは、いいですねぇ」
ただし、道の全部を一人で造れるわけではない。
石を動かせても、そのあとをどう整えるかは別だ。
集落の人たちが、空いた場所の土をならす。
小石を拾う。
車輪が通るところを確かめる。
俺は次の資材を取りに戻った。
持つ人がいて。
整える人がいる。
思っていたより、そのほうが速かった。
◇
木の間を避ける場所は、実際に荷車を通してみた。
最初は、空のまま。
集落から持ってきた、小さな荷車。
二人が前後について、ゆっくり進める。
俺は横へ立ち、枝や地面を見ていた。
木を避ける。
少し曲がる。
その先で、後ろの車輪が止まった。
「……ここか」
小さな段差。
歩いて見たときには、気づかなかった。
職人がしゃがむ。
車輪を見る。
土を見る。
少しだけ、道の形を変えることになった。
〈試走、大事〉
〈目で見ただけだと分からんな〉
〈一回で完成しないのがいい〉
俺は、手伝おうとして前へ出た。
荷車なら、持ち上げられる。
でも、そこで止まる。
俺が持ち上げて通したら、何も解決しない。
「……直しましょう」
自分で言うと、ガドが少しだけ笑った。
「そうしろ」
地面を整える。
もう一度、通す。
今度は、止まらなかった。
車輪が、ゆっくり回る。
ただ、それだけ。
なのに、周りから小さく声が上がった。
「通ったな」
「これなら、箱もいける」
俺も、思わず笑った。
戦闘で攻撃が通ったときとは、違う。
でも、ちゃんと嬉しかった。
◇
ぬかるむ場所では、俺は石材を運んだ。
集落側で、使う分を用意してくれていた。
ただ、闇雲に埋めるわけではない。
先に、水が抜ける場所を見てもらう。
落ち葉や土で塞がっていたところを整える。
通るところと、水の通るところを分ける。
必要な場所へ、石や板材を使う。
俺は指示された分を運び、並べるのを手伝った。
この辺りは、職人のほうが詳しい。
俺は、分からないところを勝手に決めないようにした。
「もっと、載せなくて大丈夫ですか?」
「重けりゃ、いいわけじゃない」
「了解です」
〈今日は素直な助手〉
〈力で全部解決しない〉
〈運ぶ役だけでも十分助かってそう〉
昼に近づくと、みんなの動きが少し遅くなった。
俺は、まだ運べる。
でも、周りが同じとは限らない。
ガドが、空を見て言った。
「休むぞ」
俺は持っていた石を下ろす。
「ですね。飯、持ってきます」
リィナには、作業する人数を先に伝えてあった。
そのうえで、食事を用意してもらっている。
当日に突然、十人分作ってください。
そうならないように。
俺は、空の容器をまとめて持ち、ダンジョンへ戻った。
◇
食堂には、包んだパンと、鍋が用意されていた。
リィナが顔を上げる。
「そろそろかと思っていました」
「助かります。みんな、結構進めてくれてます」
鍋を運ぶ前に、蓋を確かめる。
こぼしたら、今日は土どころではない。
リィナも、配るものを持って一緒に来てくれた。
イトは、包みを入れた袋。
自分に持てる分だけ。
作業場所へ戻ると、道の脇へ人が集まった。
切り株へ座る者。
石へ腰を下ろす者。
地面へ敷いた布の上へ、器が並ぶ。
「……外で食うのも、いいですね」
〈現場飯だ〉
〈働いたあと絶対うまい〉
〈みんなで造って食べるのいいな〉
煮込みを、少しずつ配る。
パンも渡す。
職人が一口食べ、黙ってうなずいた。
ガドは、いつもどおり食べるのが早い。
近くの小鬼が、ダンジョンのほうを見た。
「こういう物も、売るのか?」
「飯ですか?」
「あぁ。荷を運んで、待つときに食えるなら、助かる」
俺は、パンを持ったまま止まった。
売る。
飯を。
……なるほど。
「今は、普通にうちの飯ですけど。待つ人が増えたら、考えてもいいですね」
リィナを見る。
彼女は少し考えてから、うなずいた。
「作る量と時間が分かれば。毎回、急に増えると困りますけど」
「ですよね。そこは、ちゃんと相談で」
〈早速、次の需要が生まれてる〉
〈道を直したら飯の相談になった〉
〈まだ店を建てるなよ〉
「建てませんよ。今日は、道です」
俺は、はっきり言った。
言っておかないと、自分でも考え始めそうだった。
◇
休憩のあとは、荷物を載せて試した。
最初から、限界まで積まない。
空のときに通れた場所でも、重さがあれば違う。
木箱を、いくつか。
割れ物や売り物ではなく、まずは重さを確かめるための荷だ。
荷車が進む。
俺は後ろからついて歩いた。
職人が車輪を見る。
ガドは、少し先の道を確認する。
途中で、荷車が少し傾いた。
俺は手を出しかける。
運んでいた小鬼が、先に足を止めた。
「こっち、低いな」
職人が、地面へ目を向ける。
また、一か所直す。
荷を下ろす。
整える。
載せ直す。
俺は、そのたびに箱を動かした。
地味だ。
とても、地味だ。
ただ、さっきまで肩へ食い込んでいた荷物が、車輪の上で動いている。
運ぶ人の顔も、違って見えた。
「これなら、もう一箱、持ってこられる」
その言葉に、俺は少し嬉しくなった。
強い魔物を倒したわけではない。
でも、誰かの仕事が楽になる。
そのために、自分の力が使えるのは、結構いい。
〈ちゃんと便利になってる〉
〈運べる量が増えるの、大きいな〉
〈交易って道からなんだなぁ〉
俺は、土のついた手を開いた。
「……今日、斧、ほとんど使ってないですね」
「それでいい」
ガドが、前から返した。
確かに。
必要もないのに振るものではなかった。
◇
その日だけで、道の全部が完成したわけではない。
雨が降ったときに、どうなるか。
何度か荷車を通したら、どこが沈むか。
それは、まだ分からない。
歩きやすくなった。
荷車も、通った。
でも、これで終わりとは言えなかった。
職人が、道の端へ印を残す。
確認する場所。
あとで手を入れるかもしれないところ。
俺は、その印を見た。
「じゃあ、ここは、次の雨のあとに確認ですね」
「あぁ」
「俺が入ってない間に、気づいたことがあったら、教えてください」
ガドがうなずく。
「伝える」
俺は、残った資材を集めた。
道の真ん中へ置かない。
通る人の邪魔にならず、雨で流れにくい場所へまとめる。
道具も回収する。
使いっぱなしにはしない。
最後に、集落からダンジョンまで、荷車を一度通した。
ゆっくり。
途中で、二度止まる。
でも、荷物を全部下ろすことはなかった。
入口へ着いたとき、運んでいた小鬼が息を吐いた。
「……来たな」
俺は、笑った。
「来ましたね」
〈開通!〉
〈お疲れ!〉
〈荷車一台通るだけで、こんな嬉しいとは〉
俺も、思っていた。
◇
次は、置き場だった。
集落から用意してもらった棚を、搬入区画へ入れる。
職人が脚を見る。
俺が持ち上げる。
薄い板を差し、ぐらつきをなくす。
床へ直接、荷物を置かない高さ。
箱を引き出せる間隔。
人がしゃがめる場所。
今までの倉庫より、少し気を遣った。
俺だけが使う場所ではないからだ。
リィナが、荷札を机へ並べる。
文字と、簡単な印。
持ち主。
品物。
数。
受け取った日。
「最初は、これでどうでしょう」
紙を見せると、職人がうなずく。
「分かる」
字の読み方が違っても、本人の印と品物の形で確かめられるようにする。
同じ人の箱には、同じ印。
リィナの記録にも、同じもの。
俺は、それを見比べた。
「……いいですね。俺も、間違えにくい」
〈大事な利用者目線〉
〈預かり品の管理、始まった〉
〈ただ置くだけじゃないんだな〉
イトが、箱の取っ手へ紐を通していた。
結び目を、引っ張って確かめる。
勝手に蓋を閉じるためではない。
荷札が、落ちないようにするためだ。
俺が覗くと、イトは札を持ち上げた。
「だれ、の」
「そう。誰のか、分かるように」
イトがうなずく。
札を、外から見える向きへ直した。
畑で始めた札が、今度は荷物にもついた。
◇
預かる最初の荷物は、少なかった。
木の器。
加工途中ではない、仕上げ済みの骨材。
よく乾かした皮を、包んだもの。
棚の半分も埋まらない。
でも、最初は、それでいい。
持ち主と一緒に数える。
記録する。
箱へ戻す。
置く場所を決める。
受け取ったことを、互いに確認する。
俺は、棚の前へ立った。
「……本当に、預かり物ですね」
〈そりゃそうだw〉
〈急に実感した?〉
「はい。自分の素材とは、ちょっと違いますね」
壊したら、俺が困るだけではない。
数が分からなくなっても、同じだ。
リィナと、記録の置き場所を確認する。
誰かが動かしたら、残す。
受け渡しも、同じように。
俺がいないから、適当に持っていっていい。
そうはしない。
仲がいいからこそ、分からなくならない形にしておく。
集落のまとめ役は、棚をしばらく眺めていた。
それから、俺を見る。
「ここへ、置かせてもらう」
「はい。まずは、次の商隊まで」
俺も、うなずいた。
◇
数日後。
雨が降った。
俺がログインしたときには、すでに止んでいた。
活動報告を確認する。
魔物の討伐は、少し。
設備の大きな損傷はない。
その下に、リィナの記録があった。
『ガドさんから、道の様子を見たと伝言がありました』
俺は、食堂へ向かった。
「ただいま。道、どうでした?」
挨拶のあと、すぐに聞く。
リィナが、手元の紙を見せた。
一か所だけ、水が寄った。
荷車は通れた。
ただ、同じ場所を何度も踏むと、深くなりそう。
そんな内容だった。
「……じゃあ、そこは直したほうがいいですね」
翌日、時間を合わせて見に行った。
ガドと職人も来ていた。
俺は、濡れた地面を見る。
確かに、一部へ水が残っている。
前に整えたところとは、少しずれていた。
「思ってたのと、違うところに来るんですね」
「降ってみんと、分からん」
職人が言う。
俺は、うなずいた。
そこだけ、手を入れる。
全部を掘り返さない。
水の逃げるところを見直して、また確かめる。
道も、畑と同じだった。
造ったあとに、見る。
使ったあとに、直す。
一回で完璧にしようとするより、そのほうが続けやすいのかもしれない。
◇
そして、最初の出荷の日。
ダンジョンの入口には、いつもより人がいた。
荷物の持ち主。
運んできた人。
受け取りを確認する、リィナ。
俺は、棚の前へ立っていた。
商隊が来る前に、記録と実物を見比べる。
木箱。
包み。
荷札。
全部ある。
「……よし」
〈初出荷の日だ〉
〈今日は店っぽい〉
〈なんか、そわそわするな〉
「俺も、ちょっとしてます」
自分の素材を渡すときとは、違う。
誰かの品物を、預かった場所から出す。
その途中を、俺たちが担当している。
やがて、荷馬車の音が近づいた。
見慣れた商会の印。
そして、今日はマルク本人もいた。
「おはようございます。随分、変わりましたね」
荷馬車を下りた彼が、まず入口を見る。
棚。
搬入用の台。
札。
それから、集落から来た荷車。
「これで運んでこられるようになったんですか?」
「はい。まだ、雨のあとに見る場所はありますけど。一応、通せました」
「それは、大きいですね」
マルクは荷車の車輪を見て、道へ視線を移した。
俺には、ただ荷物が増えたように見えていた。
でも、彼は運び方の変化を見ているらしい。
「荷をまとめておけるなら、こちらも、持ってくる箱の数を決めやすくなります」
「……そういうところも、変わるんですね」
「えぇ。往復の予定が立ちますから」
俺は、少しだけ笑った。
道を直す。
棚を置く。
それだけでも、その先の仕事が変わるらしい。
◇
積み込みは、思っていたより慎重だった。
先に、数を確かめる。
持ち主も、その場にいる。
品物を確認してから、商会側の記録へ移す。
売る条件も、そこで話す。
俺は、決まった荷物を運ぶだけ。
勝手に値段の話へ入らない。
木箱を持ち上げ、荷台へ置く。
重いものは、下。
壊れやすいものは、別。
その辺りは、マルクたちの指示に従う。
「修羅さん。そちらは、こちらへお願いします」
「了解です」
俺が置く。
商会の人が、固定する。
次の箱を運ぶ。
集落の人たちが、空いた棚を見ている。
一つずつ、減っていく。
なくなるのに、寂しい感じではなかった。
ちゃんと、行く先が決まっている。
「……積み終わりましたね」
最後の箱から手を離し、俺は息を吐いた。
マルクが、記録を見た。
「はい。お預かりした数と、合っています」
その一言で、俺の肩が少し下がった。
〈よかった〉
〈初回、無事終了〉
〈家主、お疲れ〉
〈箱の数が合うって、安心するな〉
非常に、安心した。
◇
荷物を積んだあと、マルクたちにお茶を出した。
食堂の奥へ、全員を入れるわけではない。
搬入口の脇へ、机と腰掛けを出す。
荷物の作業に使っていた台とは、別だ。
今日は事前に人数が分かっていたので、リィナも用意できた。
パンは、少し。
お茶も、人数分。
「……待つ場所があるのは、ありがたいですね」
商会の人が言った。
俺は、つい壁のほうを見る。
ここを、もう少し広げれば。
雨でも座れて。
荷物を待つ人が、休めて。
「修羅さん」
リィナに呼ばれた。
俺は振り返る。
彼女は、俺が見ていた壁を見た。
それから、俺を見る。
「今日は、置いてある机で足りています」
俺は黙った。
コメントが流れる。
〈止められたw〉
〈壁を見るだけで分かるのか〉
〈もう行動を読まれてる〉
マルクまで、少し笑っていた。
「使う方が増えてからでも、遅くはありませんよ」
「……分かってます」
俺は、椅子へ座った。
今日は、これで十分だ。
机はある。
お茶もある。
みんな、座れている。
そう自分へ言い聞かせてから、温かい器を持ち上げた。
◇
商隊が出発するとき、集落の人たちも入口へ並んだ。
荷台には、売りに出す品物。
その横には、いつもの商会の荷。
同じ荷馬車へ、まとめて積まれている。
マルクが、俺へ頭を下げた。
「次の便の前に、また予定をご連絡します。今日の運び方で気づいたことも、こちらで整理しておきますね」
「はい。こっちも、預かってみて困ったところがあれば、伝えます」
「お願いします」
荷馬車が動き始める。
集落へ向かう小さな荷車は、空になっていた。
来るときには載っていた箱が、もうない。
運んできた小鬼が、その取っ手を握る。
「帰りは、軽いな」
隣の小鬼が、笑った。
「次は、買った物を載せて帰れる」
俺は、その会話を聞いていた。
売るために来る。
買ったものを、持ち帰る。
同じ道を、また使う。
今日、直したところは、一回きりのためではなかった。
それが、少し嬉しかった。
◇
人が帰ったあと、置き場を片づけた。
空いた棚。
残った紐。
使い終えた札。
記録は、捨てない。
今回、何を預かって、何を渡したか。
次に、同じ人の荷が来たときにも使える。
リィナが紙をまとめる。
イトは、外した荷札を箱へ入れていた。
俺は床を掃く。
誰かが持ち込んだ、小さな木くずがある。
靴についた土も。
少し前までは、俺たちのものだけだった。
今日は、ほかの人が使った跡だ。
「……人が来ると、違いますね」
俺が言うと、リィナが顔を上げた。
「はい。思っていたより、確認することがありました」
「ですねぇ。棚へ置いて終わりじゃなかった」
「でも、数は合っていました」
俺は、うなずいた。
そこが、一番よかった。
初めてだから、間違えないか少し不安だった。
でも、分けて。
書いて。
相手と確かめた。
その手間が、ちゃんと役に立った。
〈お疲れ〉
〈小さな交易所って感じだった〉
〈家の入口が仕事場になってきたな〉
〈次、職人が通い始めそう〉
「……もう、今日は来てましたけどね」
俺は、置き場の棚を見た。
あの職人が造ってくれたものだ。
自分の荷物を置くために、手を動かしてくれた。
俺は場所を整え、重いものを運んだ。
少しずつ、できることを出し合った。
思っていたより、それが楽しかった。
◇
夕方、ガドが一人で戻ってきた。
道の様子を見てきたらしい。
「荷車、問題なく通った」
「お。よかった」
俺は、入口の段へ腰を下ろした。
ガドも、その横へ立つ。
「集落のほう、どうでした?」
「置く場所が、空いた」
「……それは、よかったですね」
「あぁ。家の中へ積んでた箱も、減った」
それだけでも、造った意味があった。
俺は、道のほうを見る。
木々の間へ続く、少し整った道。
まだ、立派な街道ではない。
石畳でもない。
大きな荷馬車が何台も並んで通れるわけでもない。
ただ、荷車を押して来られる。
荷物を下ろして、預けられる。
前より、行き来しやすくなった。
「……次に困るとしたら、どこですかね」
俺がつぶやくと、ガドがこちらを見た。
「まだ、直したばかりだ」
「そうなんですけど」
「しばらく、使え」
俺は、ちょっと笑った。
「はい。そうします」
〈ガドも止める側になってる〉
〈家主を落ち着かせる人が増えた〉
〈まず使ってからだな〉
ガドは、俺の隣へ小さな包みを置いた。
「これ、置いていく」
「何ですか?」
「干した実。今日、運んだやつが、食えって」
俺は包みを見る。
代金の代わりではない。
置き場の話は、別に決めてある。
これは、ただ、食べろと渡されたものだった。
「……ありがとうって、伝えてもらえます?」
「自分で言え。道、できたろ」
俺は一瞬黙った。
それから、笑う。
「……そうですね。行きます」
◇
配信を終える前に、入口から道を映した。
少し曲がっている。
森の中を、無理に真っすぐ抜いたわけではない。
木を避けた。
水の流れを見た。
荷車を通して、止まった場所を直した。
「今日は、ここまでですね」
〈お疲れ〉
〈長かったけど面白かった〉
〈ちゃんと生活が変わった感じする〉
〈次の商隊も楽しみ〉
俺は、うなずいた。
ポイントは、少し使った。
資材も使った。
狩りへは行かなかった。
でも、集落の品物が、前より楽に届くようになった。
棚へ預けられる。
商隊が、まとめて運んでいく。
俺一人が強くなるのとは、違う変化だ。
「……最初、荷物を置く棚の話だったんですけどね」
自分で言って、少し笑った。
〈道まで直した〉
〈でも棚だけあっても運べなかったもんな〉
〈ちゃんと必要なものがつながってる〉
「ですね。使う人に聞いてよかったです」
俺だけなら、広い倉庫を掘って、満足していたかもしれない。
そこまで荷物が来られるかは、後回しで。
今日は、そうならなかった。
ガドが、歩いて見せてくれた。
職人が、荷車を通した。
集落の人たちが、普段困っていることを教えてくれた。
リィナが、記録を整えた。
イトも、札をつけてくれた。
俺は、大きな石を運んだ。
それで、一つできた。
「じゃあ、また。次は、今日の道を使って、集落へ何か持っていきましょうかね」
〈早速使う〉
〈土産は蜂蜜?〉
「蜂蜜は、まだ少ないので。今日は、干した実をもらったんですよ」
包みを持ち上げる。
「まず、食って。今度、何か作って持っていこうかなと」
〈料理の往復まで始まった〉
〈それいいな〉
〈おつ修羅〉
俺は手を上げ、配信を終了した。
◇
静かになった入口で、もう一度、棚を見た。
空いている。
今日は、全部、出荷できた。
でも、空っぽだからといって、何もない場所ではなくなっていた。
次は、誰の荷物が来るだろう。
木の器か。
加工した皮か。
何か、新しく作ったものかもしれない。
俺は札の向きを直した。
『集落の預かり品』
その横に、今日使った小さな机。
椅子は、まだ二脚だけ。
俺はそれを見て、少し考えた。
荷物を持ってきた人が、ここで待つ。
商隊が来たら、話をする。
取引が終わったら、お茶を飲む。
……椅子、もう一つくらいは。
「修羅さん」
後ろから、リィナの声がした。
俺は振り返る。
「はい」
「夕飯にしましょう」
今日は、止められなかった。
ただ、呼ばれただけだった。
俺は笑って、うなずく。
「今、行きます」
椅子のことは、また今度でいい。
まずは、今日できたものを使ってみる。
そのあとで、足りないものを考えよう。
俺は入口の戸締まりを確かめ、食堂へ戻った。
道の向こうには、集落がある。
明日も、明後日も、行ける場所。
その行き来が、今日、少しだけ楽になった。




