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15話 リィナの成長

●主人公視点


 はい。


 今日は、荷物が来るのを待っている修羅でーす。


 場所は、ダンジョンの搬入口。


 足元には、何も置いていない木の台。


 その横には、空けたばかりの棚。


 そして、俺の手には、注文したものの一覧。


「……結構ありますね」


〈何が届くんだっけ〉

〈調合の道具?〉

〈いよいよ工房か〉


「そうです。前にマルクさんへ頼んでおいた分ですね。今日、教えてくれる方と一緒に届く予定です」


 道具は、リィナと相談して選んだ。


 すでに持っているものは、そのまま使う。


 乳鉢もある。


 作業台も、乾燥棚もある。


 ただ、薬草を扱うのと、ポーションを作るのでは、足りないものが違うらしい。


 細かく量る秤。


 調合用の小鍋。


 火加減を調整する器具。


 濾すための布。


 漏斗。


 空瓶と栓。


 それから、練習用の材料。


「最初から、全部そろえる必要はないって言われたので。基本のものだけです」


〈家主が我慢してる〉

〈大鍋は?〉


「候補に入れたら、外されました」


〈知ってた〉

〈リィナ、頼もしい〉


 俺は一覧を折り畳んだ。


 入口の外へ目を向ける。


 まだ、荷馬車は見えない。


 その後ろから、軽い足音が近づいてきた。


「修羅さん。こちらも片づきました」


 リィナだ。


 いつもの服に、作業用の前掛け。


 髪も、普段よりしっかりまとめている。


「そんなに急がなくても、大丈夫ですよ」


「はい。……でも、置く場所をもう一度見ておきたくて」


 俺は、彼女の手元を見た。


 紙が一枚。


 質問が、びっしり書かれている。


 前に見たときより、増えていた。


〈準備万端だ〉

〈楽しみなんだな〉

〈質問用紙、すごい量〉


「聞きたいこと、増えました?」


「少しだけ」


 少し。


 そういうことにしておこう。


 そのとき、道の向こうから車輪の音が聞こえた。


     ◇


 商会の印が入った荷馬車が、搬入口の前で止まる。


 御者台から、見覚えのある人が手を上げた。


 その隣に、知らない女性が座っている。


 年は、母さんより少し上くらいだろうか。


 落ち着いた茶色の髪。


 細い眼鏡。


 膝の上には、頑丈そうな革の鞄。


 彼女は荷馬車を下りると、まず入口を見上げた。


「……本当に、ダンジョンなのね」


「はい。修羅です。今日はありがとうございます」


「薬師のメルナです。こちらこそ、お迎えありがとう」


 柔らかい声だった。


 ただ、こちらを見る目は、よく動いていた。


 搬入用の台。


 入口の扉。


 少し離れた魔物用の通路。


 それを順番に確かめる。


「マルクさんから、お話は聞いています。薬草を育て始めたそうね」


「はい。こっちの、リィナが」


 俺が横へずれると、リィナが一歩前へ出た。


「リィナです。よろしくお願いします」


 深く、頭を下げる。


 メルナさんは、彼女の手にある紙へ目を留めた。


「それは、聞きたいこと?」


「……はい」


「じゃあ、中を見ながら、一つずつ聞かせて」


 リィナの肩が、少しだけ下がった。


 緊張していたらしい。


 俺も、ちょっと安心する。


 まず、話を聞いてもらえそうだ。


     ◇


 荷物は、思っていたより重かった。


 小鍋は小鍋だが、加熱器具は台座がしっかりしている。


 瓶も、まとめると、それなりになる。


 ただ、俺には運べる。


「割れるものから、中へ持っていきますね」


「そちらは、揺らさないでください」


 リィナに言われ、木箱を持ち直す。


「了解です」


〈慎重運搬〉

〈土袋とは違うぞ〉

〈今日は割れ物があるからな〉


「今日は、下から支えてます」


 食堂を通り、栽培室へ。


 調合作業をする場所は、その奥の机だ。


 土を扱う木枠とは少し離し、掃除も済ませてある。


 メルナさんは、道具の箱を開ける前に、手を洗う場所を確認した。


 それから、作業台。


 棚。


 明かり。


 水の容器。


「ここなら、練習はできそうね。火を使うところは、こちらにまとめましょう」


 指された場所へ、加熱器具を置く。


 周囲に、布や紙を積まない。


 薬草の乾燥棚とも距離を取る。


 水をこぼしたとき、記録の紙まで濡らさない位置も決めた。


「……並べるだけでも、考えることありますね」


「使い始めてから、手を伸ばすたびに物を倒していたら困るでしょう?」


「確かに」


〈経験ありそうな返事〉

〈家主、棚を一つ足したくなるなよ〉


 俺は、壁を見ないようにした。


     ◇


 道具を出す前に、畑を見てもらった。


 薄葉草。


 青露草。


 小さな芽が増えた枠。


 リィナが記録を見せながら、説明する。


 どこから持ってきたか。


 土をどう分けたか。


 いつ植えて、どんな変化があったか。


 メルナさんは途中で遮らず、最後まで聞いた。


 それから、少ししゃがみ込む。


 葉を見る。


 土を見る。


 植えた間隔も確認した。


「記録を残しているのは、いいわね」


 リィナが、少しだけ目を上げる。


「このまま、続けても大丈夫でしょうか」


「まず、いくつか確認しましょう。育っているから、全部正しいとは限らないし、少し葉が下がったから、全部失敗とも限らないから」


 俺は、気になっていた薄葉草を見る。


 葉の先が、下を向いている苗。


 メルナさんも、そちらを確かめた。


「これは、植え替えの影響もありそうね。根を動かした直後は、しばらく葉の様子が変わることがあるの」


「水が足りないわけでは、ないんですか?」


 俺が聞くと、彼女は土へ視線を落とした。


「今の状態だけなら、すぐに増やす判断はしないわ。周囲の苗と、引き続き比べてみて」


 俺はリィナを見る。


 彼女も、こちらを見た。


「……増やさなくて、よかったですね」


「はい」


〈危なかったな家主〉

〈ちゃんと待てた成果〉

〈先生が来てくれてよかった〉


 リィナは、話を聞きながら紙へ書き加えていた。


 字が、少しだけ速くなる。


 聞きたかったことが、一つずつ埋まっていく。


 俺はその横で、照明の位置を動かす手伝いをした。


 大きな変更ではない。


 手元を見るための明かりが、苗へ必要以上に近づいていたので、少し離すだけ。


 それでも、専門家が一緒に見てくれると、判断しやすかった。


     ◇


「じゃあ、今日は基本の回復ポーションを作ってみましょう」


 メルナさんが、作業台へ戻る。


 俺も、その後ろへ続いた。


 箱が開く。


 きれいに包まれた小鍋。


 秤。


 分銅。


 薄い布。


 小さな瓶。


 思わず、声が出た。


「……おぉ」


〈道具がそろう瞬間好き〉

〈工房になってきた〉

〈リィナ、嬉しそう〉


 リィナは、秤をそっと持ち上げていた。


 台へ置く。


 傾きがないか確かめる。


 メルナさんが、その横から使い方を説明した。


「これは、少しの違いが見えるようにする道具。でも、目盛りだけ見ていればいいわけではないの」


 材料の状態で、扱い方が変わる。


 乾いているもの。


 湿っているもの。


 同じ名前の薬草でも、葉の大きさや傷み方は違う。


 リィナは、持ち込まれた練習用の薬草を、いくつか並べた。


「こちらの葉は、端が変色していますね」


「えぇ。どこまで使うか、まず見てみて」


 すぐには、正解を言わなかった。


 リィナが、葉を裏返す。


 茎を見る。


 指先で、硬さを確かめる。


 その様子は、俺には真似できなかった。


 薬草の扱いを、もともと知っている。


 そこから、新しいことを教わっているのだ。


「俺は、何をすればいいですか?」


 尋ねると、メルナさんが、道具の並んだ机を見た。


「洗った器を、こちらへ。水も使う分を分けておいてもらえる?」


「了解です」


〈助手、仕事をもらう〉

〈戦闘では前衛、工房では裏方〉

〈割るなよ〉


「今日は、そればっかり言われますねぇ」


 言いながら、俺は器を両手で持った。


 自分でも、割ったら嫌だと思っているので。


     ◇


 最初は、メルナさんが手順を見せてくれた。


 ただし、最初から最後まで、一本完成させるわけではない。


 材料を見る。


 分ける。


 量る。


 道具を使う。


 その一つずつを、リィナに確かめさせる。


「このくらいの細かさなら、全部同じように扱えると思う?」


 乳鉢の中を見せる。


 リィナが覗く。


「……まだ、大きいものが残っています」


「そう。細かいところだけ見て、終わったと思わないこと」


 少しずつ、つぶす。


 それから、必要な分を量る。


 俺は使い終えた道具を受け取り、洗うほうへ回した。


 イトは作業台から少し離れた椅子に座っている。


 今日は、勝手に手伝わない。


 頼まれたら、札を運ぶ。


 火へ近づかない。


 それを、最初に約束した。


〈イトも真剣に見てる〉

〈理科の実験みたいだ〉

〈修羅、いつもより静かだな〉


「邪魔したら、悪いので」


 小さく返す。


 リィナは、こちらの声に気づいていないようだった。


 目の前の器へ、集中している。


     ◇


 やがて、最初の一回を、リィナ自身が進めることになった。


 メルナさんは横に立つ。


 手は出さない。


 ただ、危ないところや、分からなくなったところでは止める。


 俺は水の入った器を置き、少し下がった。


「じゃあ、始めます」


 リィナが言う。


 材料を確かめる。


 量る。


 小鍋へ入れる。


 加熱器具の火が、静かに灯った。


 彼女は、記録の紙と鍋を交互に見ていた。


 俺も、中を覗く。


 まだ、ただの水と薬草に見える。


 それが、少しずつ変わっていった。


 薄く色が出る。


 草の匂いが、強くなる。


 リィナが、器具へ手を伸ばす。


「このくらいでしょうか」


「一度、鍋を見てみて」


 メルナさんが言った。


 表面。


 縁。


 小さな泡。


 リィナが、少しだけ眉を寄せる。


「……強すぎますか?」


「今なら、調整できるわ」


 火が弱くなる。


 俺は、つられて息を吐いた。


〈こっちまで緊張する〉

〈先生の声が落ち着いてて助かる〉

〈リィナ頑張れ〉


 リィナの指先が、少し固い。


 でも、手は止まっていなかった。


 続ける。


 混ぜる。


 待つ。


 必要なところを確かめる。


 何度か、メルナさんから問いかけがあった。


 今、何が変わったか。


 次に何をするつもりか。


 リィナは、そのたびに答えた。


 分からないところでは、分からないと言った。


 先生は、そこから説明した。


     ◇


 濾す段階へ進んだ。


 俺は、用意していた器を渡す。


 リィナが受け取る。


 布を確かめる。


 少しずつ、注ぐ。


 だが、途中で止まった。


「……流れにくいです」


「細かくしすぎた分もありそうね。今は、無理に押し出さずに待ってみましょう」


 俺は、空いている手を見る。


 押せば、出るのではないか。


 少しだけ、そう思った。


 でも、黙っていた。


 今日は、力を使う場所ではない。


〈修羅、今ちょっと手伝いたそうだった〉

〈力で濾すなよ〉

〈黙って見守れるようになったな〉


「……見てますよ。ちゃんと」


 リィナは、ゆっくり器を傾けた。


 最後まで、急がない。


 濾した液は、少し濁っていた。


 淡い赤色。


 俺の知っているポーションより、色が薄い気がする。


 でも、確かに、それらしいものになっていた。


 瓶へ移す。


 栓をする。


 小さな音がした。


 それで、いったん作業が止まる。


「……できました」


 リィナの声。


 俺は、机の上を見た。


 一本の瓶。


 その中に、彼女が作った液体が入っている。


〈できた!〉

〈おお!〉

〈一本目!〉

〈リィナお疲れ!〉


 俺は、思わず笑った。


「……できましたね」


 リィナもうなずく。


 ただ、その視線は、まだ瓶へ向いていた。


「これで、ポーションになっているんでしょうか」


 そうだ。


 見た目だけでは、分からない。


 メルナさんが、俺へ顔を向けた。


「鑑定が使えると聞いているけれど、見てもらえる?」


「はい」


 俺は瓶へ目を向けた。


 鑑定を使う。


 表示を待つ。


 文字が、浮かんだ。


【粗製回復ポーション】


【品質:最低】


【効果:服用時、HPを少量回復する】


 俺は、一度、まばたきした。


 もう一度読む。


 名前は、ある。


 効果も、ある。


 でも。


「……品質は、一番下みたいです」


 リィナの肩が、ほんの少し下がった。


 コメントの流れも、一瞬ゆっくりになる。


 俺は、すぐに続けた。


「ただ、ちゃんと回復の効果は出てます」


 瓶を見る。


 何となく、適当なことは言えなかった。


 よくできた。


 完璧だ。


 そういう結果ではない。


 でも、失敗して何もできなかったわけでもない。


 メルナさんが、瓶を手に取った。


「えぇ。最初の一本としては、ここからね」


     ◇


 彼女は、鑑定の表示を確認してから、瓶を光へかざした。


 色。


 濁り。


 底に残ったもの。


 リィナにも、一緒に見るよう促す。


「品質が低いのには、理由がある。今日は、いくつか分かりやすいところがあったでしょう?」


 リィナは、少し考えた。


「加熱が、強かったところ」


「えぇ」


「それから、材料を細かくしすぎた部分と、大きく残った部分が、混ざっていました」


「そうね。量を合わせても、状態がそろっていなければ、同じようには扱えない」


 リィナが、記録を引き寄せる。


 書き足す。


 火を調整したところ。


 濾すときに止まったところ。


 途中で迷ったこと。


 メルナさんは、責めるようには話さなかった。


 ただ、結果と作業を、一つずつつないでいく。


「最初に作ったものが、最低品質だった。それは、今、分かったこと。次に何を確かめるかは、そこから考えられるわ」


 リィナは瓶を見つめた。


 少しして、うなずく。


「……はい」


〈ちゃんと理由を見てる〉

〈初めてで回復効果あるなら十分だろ〉

〈ここから良くしていくんだな〉

〈最初の一本、残しておきたい〉


 そのとき、リィナの視線が、目の前の何もない場所へ動いた。


 俺は気づく。


「何か、出ました?」


 彼女がこちらを見る。


 少し驚いた顔。


 それから、小さく息を吸った。


「……スキルを、取得したみたいです」


「お」


「〈調合Lv.1〉です」


〈きた!〉

〈おめでとう!〉

〈一本目で取得できたんだ〉

〈リィナの新しいスキル!〉


 俺は、思わず姿勢を起こした。


「おめでとうございます」


 リィナは、戸惑ったように笑う。


「ありがとうございます。でも、まだ、こんな品質で……」


「今日、初めて作ったんですから」


 俺は机の瓶を見る。


「最初から、いいものができたら、それはそれですごいですけど。何を直すか分かって、スキルも覚えたなら、ちゃんと進んでると思います」


 メルナさんが、静かにうなずいた。


「スキルは、これから手を動かす助けになるわ。でも、それだけに任せずに、今日見たことを覚えておいて」


「はい」


 今度の返事は、さっきより、はっきりしていた。


     ◇


 イトが、椅子から少し身を乗り出した。


「できた?」


 リィナが、瓶を持ち上げる。


 光の下へ。


 薄い赤色が、揺れた。


「はい。まだ、上手にはできませんでしたけど」


 イトは、じっと見る。


 それから、リィナを見た。


「すごい」


 短い言葉だった。


 リィナの指が、少し止まる。


「……ありがとうございます」


 俺は、何となく嬉しくなった。


 品質は、最低。


 そこは、変わらない。


 でも、今日、彼女が初めて作った一本だ。


 材料を見て。


 量って。


 火を調整して。


 分からないところを聞いて。


 最後まで、自分の手で。


 俺は、瓶の横へ札を置いた。


「これ、作った日と、材料の記録を残しておきましょう」


「はい。あと、鑑定で分かったことも」


「書きます」


 紙へ、表示の内容を書き写す。


 粗製回復ポーション。


 品質、最低。


 少量のHP回復。


 その下に、日付。


 リィナが、隣へ自分の記録を添えた。


 一本の瓶に、随分と情報がついた。


〈ちゃんと一本目の記録だ〉

〈良質ができたとき見返したい〉

〈畑も調合も育っていく感じいいな〉


「そのときは、比べましょう。色も、鑑定の結果も」


 リィナがうなずく。


 今度は、少し楽しみそうだった。


     ◇


 その後は、すぐに何本も作ることにはならなかった。


 使った道具を確かめる。


 残った材料を分ける。


 記録へ、抜けているところを書き足す。


 洗い方も、教わった。


 ただ水をかければいいわけではない。


 残っているものがないか。


 乾かす場所は、どこか。


 別の材料へ混ざらないように、どう片づけるか。


「……作ったあとも、結構ありますね」


 俺が言うと、メルナさんが笑った。


「次に作るときの準備も、今しているのよ」


「なるほど」


 俺は洗った小鍋を、決めた場所へ置いた。


 厨房へは持っていかない。


 ちゃんと、調合用だ。


 その横で、リィナは空瓶を並べ直していた。


 残りは、まだある。


 材料も、少し残っている。


 でも、今日は一本。


 教わったことを整理してから、次を作る。


 本人も、そう決めたようだった。


     ◇


 食堂で休憩を取るころには、随分と時間が経っていた。


 お茶を出す。


 パンも出す。


 蜂蜜は、ほんの少しだけ。


 メルナさんが、それを見て目を細めた。


「こちらも、始めたと聞きました」


「はい。まだ、うちで採れたものではないですけど」


 俺は、慌てて付け加えた。


 そこは、ちゃんと説明しておく。


「今日は、飼育を教えてくれる方にいただいたものです」


「そう。香りがいいわね」


 リィナはお茶を飲みながらも、質問の紙を手元へ置いていた。


 聞き終えたものには、印がついている。


 まだ、残っているものもある。


 メルナさんがそれを見る。


「今日、答えきれなかったところは、次に持ち越しましょう。今の畑で育てたものも、収穫できたら見せて」


 リィナが顔を上げた。


「また、教えていただけますか?」


「もちろん。日程は、商隊と相談してね」


「……はい」


 俺も、頭を下げた。


「よろしくお願いします。移動の都合もあると思うので、こちらは合わせます」


 簡単に来られる距離ではない。


 だからこそ、来てもらった日に、聞けることをちゃんと聞きたい。


 次までに試すことも、残しておく。


 俺は机の上の質問用紙を見て、少し笑った。


 現実でも、ゲームでも。


 知らないことを聞く前は、紙が増えるらしい。


     ◇


 帰りの荷馬車が来るまでに、メルナさんはもう一度、作業場所を見てくれた。


 火が消えていること。


 使った道具が、片づいていること。


 材料が、間違った箱へ入っていないこと。


 最後に、一本のポーションを見る。


「保管も含めて、記録しておいて。時間が経って、どう変わるかを見るのも勉強になるわ」


「はい」


 リィナは、瓶を両手で持った。


 まるで、割れやすい何かを受け取ったばかりのように。


 いや、実際、割れやすい瓶なんですが。


 それだけではない気がした。


 メルナさんを入口まで見送る。


 荷馬車へ上がる前に、彼女が振り返った。


「リィナさん」


「はい」


「最低品質でも、今日、回復ポーションを一本作れた。そのことは、ちゃんと覚えておいてね」


 リィナが、少しだけ息を止めた。


 それから、深く頭を下げる。


「……ありがとうございます」


 荷馬車が動き出す。


 俺たちは、道の先へ消えるまで見送った。


     ◇


 工房へ戻ると、机の上に、最初の一本が残っていた。


 薄い赤色。


 少し濁った液体。


 店で売っているものと並べたら、違いはすぐ分かるだろう。


 鑑定の結果も、はっきりしている。


 最低品質。


 でも、リィナはそれを、隠さなかった。


 作った日を書いた札と一緒に、決めた場所へ置く。


 俺は、その横に立った。


「次は、どこから直します?」


 リィナは、少し考えた。


「まず、材料の状態をそろえるところから、もう一度やってみたいです」


「火加減を変える前に?」


「はい。全部を変えると、何がよかったのか分からなくなるので」


 俺は、笑った。


 畑のときと同じだ。


 彼女の中で、ちゃんとつながっているらしい。


「じゃあ、必要なものがあったら言ってください」


「ありがとうございます。でも、次の練習に使う分は、まだあります」


「お。じゃあ、今日は買い足しなしですね」


〈成長した家主〉

〈何でも増やさなくなった〉

〈リィナ、調合取得おめでとう〉

〈一本目から見られてよかった〉


 俺はコメントを読み上げた。


 リィナは、少し照れたように頭を下げる。


「ありがとうございます。次は、もう少しよいものを作れるように、頑張ります」


 イトが、その隣へ立った。


 瓶を見る。


 札を見る。


 そして、リィナの袖を軽く引いた。


「つぎ、みる」


 リィナが笑う。


「はい。また、一緒に見ていてください」


 俺も、瓶へ目を向けた。


 薬草を育てる部屋を造った。


 道具が届いた。


 教えてくれる人が来た。


 そして、一本できた。


 小さな瓶なのに、ここへ置かれるまでに、結構いろいろあった。


「……いいですねぇ」


〈何が?〉


「こうやって、できることが増えるの」


 俺は、素直に答えた。


 斧で倒せる相手が増えるのも、楽しい。


 新しい魔物を召喚できるようになるのも、うれしい。


 でも、家へ帰って、前はなかったものが増えている。


 誰かが、自分でやりたいことを見つけている。


 そういうのも、結構好きらしい。


 俺は最後に、瓶を鑑定した。


【粗製回復ポーション】


【品質:最低】


 結果は、変わらなかった。


 それを見て、俺は少し笑った。


「次は、これより上を目指しましょう」


 リィナが、はっきりとうなずいた。


「はい」

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