13話 収益化後初配信
●主人公視点
はい。
配信の設定画面と、しばらくにらめっこしていた修羅でーす。
今は、まだ配信を始めていません。
目の前にあるのは、見慣れたダンジョンの食堂。
その上に重なるように、設定画面が開いている。
【収益化設定:有効】
何度見ても、同じ文字。
「……これで、いいんだよな」
会社から送られてきた資料は、現実で確認した。
分からないところは聞いた。
母さんにも、どんな機能を使うか話した。
それから、必要な手続きを済ませた。
今日からは、広告を使う設定になっている。
ただ、それで何が変わったかというと。
食堂は、いつもどおりだ。
リィナが薬草の記録をつけている。
イトは、机の上の小さな木片を並べている。
俺の腹も、普通に減っている。
「……まぁ、そうか」
急に金貨が降ってくるわけでもない。
目の前に、新しいスキルが出るわけでもない。
やることは、今日も同じだ。
俺は設定画面を閉じ、配信の開始ボタンを押した。
◇
「はい。こんばんは。修羅でーす」
〈こんばんは!〉
〈きた〉
〈広告ついてた!〉
〈収益化おめでとう〉
〈始まったな〉
いきなり言われた。
俺は少しだけ、背筋を伸ばす。
「ありがとうございます。今日から、広告の設定を使ってみてます」
〈応援してるぞ〉
〈無理なくな〉
〈初収益の使い道は決まってるもんな〉
「……まだ、どうなるか分かりませんけどね」
そう返しながら、何となく器の位置を直す。
机の上に置いた紙をそろえる。
椅子にも、座り直した。
いつもより、ちょっとだけ。
ちゃんとしないといけない気がする。
〈何か固くない?〉
〈背筋いいなw〉
〈面接?〉
「いや。別に、そんなことは」
言いかけたところで、隣のイトが俺の袖を引いた。
「しゅら」
「ん?」
「はたけ」
俺は、その顔を見る。
イトは、通路のほうを指していた。
それから、少しだけ身を乗り出す。
「みる」
いつもの要求だった。
俺は思わず笑った。
「……そうだな。まず、見に行こうか」
〈いつもの流れ〉
〈もう緊張解けた〉
〈イト、有能〉
立ち上がる。
リィナが記録用の板を持った。
今日は、なぜか、少し嬉しそうだった。
◇
栽培室の扉を開ける。
湿った土の匂い。
壁際の木枠。
柔らかい照明の下に、薄葉草が並んでいる。
「今日も、元気そうですね」
「はい。薄葉草は、今のところ大きく弱ったものはありません」
リィナが答える。
俺は、自分が植えた苗を見る。
ちゃんと、立っている。
昨日より育ったかと言われると、正直、よく分からない。
でも、葉が垂れているわけではない。
それだけで、少し安心した。
「俺が植えたやつも、大丈夫そうですね」
「はい。そちらも、よく根づいてくれるといいんですが」
〈毎回確認するやつ〉
〈もう名前つけてない?〉
〈あの苗だけ顔覚えたわ〉
「顔は、ないでしょう」
言いながら、少しだけしゃがむ。
葉の端に、小さな水滴。
触りたくなったが、やめた。
必要もないのに、いじるのはよくない。
俺が立ち上がろうとしたところで、リィナが隣の枠を指した。
「修羅さん。こちらも、見ていただけますか」
青露草。
種をまいたほうだ。
俺はそちらへ向き直る。
土を見る。
……土だ。
いつもと、同じ。
そう思ったところで、イトが小さな声を出した。
「あった」
「え?」
イトが指を伸ばす。
ただし、触れない。
土の少し上で、ぴたりと止める。
俺は顔を近づけた。
黒い土の間。
ほんの少し、色の違うものがある。
薄い緑。
曲がった、小さなもの。
「……これ?」
リィナがうなずいた。
「芽が出ました」
俺は、もう一度見る。
小さい。
本当に、小さい。
よく見ないと、気づかないくらいだ。
でも、確かに。
何もなかった場所から、出てきている。
「……おぉ」
〈出た!?〉
〈マジか〉
〈どこどこ〉
〈小っさ!〉
〈ちゃんと生えたんだなぁ〉
俺は思わず、少し位置をずらした。
配信の視界へ入るように。
ただし、枠へ手をつかないように気をつける。
「見えます? ここ。ここです」
〈見えた〉
〈家主、声が明るいw〉
〈昨日まで土しか映してなかったからな〉
〈これは嬉しい〉
嬉しい。
思っていたより、ずっと。
種をまいて。
水をやって。
待っていた。
その間、俺の知らないところで、ちゃんと育っていたのだ。
「……本当に、出るんですね」
「はい」
リィナも、小さな芽を見ていた。
筆を持つ指先が、少しだけ動く。
「まだ、全部ではありません。でも、最初の一つが出てくれました」
俺は、その横顔を見る。
「よかったですね」
リィナが顔を上げた。
それから、うなずく。
「……はい」
その笑い方を見て、俺までまた嬉しくなった。
◇
俺は、その場で配信の題名を変更した。
『芽が出ました』
短い。
非常に、短い。
でも、今のところ、これ以上の説明は必要ない。
〈本当に変えたw〉
〈予言どおり〉
〈通知で飛んできた〉
〈何の芽か分からん新規置いてけぼり〉
「すみません。薬草です。ダンジョンの中で育て始めた、青露草」
簡単に説明する。
室内で育つか、まず少量で試していること。
温度や水の状態を、リィナが記録していること。
まだ、収穫できるわけではないこと。
「今日は、一つ出ました」
〈めでたい〉
〈一つ目、覚えたぞ〉
〈次に来たとき増えてるといいな〉
イトは、まだ芽を見ていた。
顔を近づけすぎないように、膝へ手を置いている。
「おおきく、なる?」
「ここから、うまく育てばな」
俺が答えると、リィナが補足した。
「これからも、様子を見ていきます。芽が出たからといって、急に水や光を増やしたりはしません」
俺は、少しだけ黙った。
リィナがこちらを見る。
「修羅さん」
「……増やそうとは、してません」
〈本当か?〉
〈一瞬考えただろ〉
〈育てたい気持ちが強すぎる家主〉
「ちょっと、元気が出るかなとは思いました」
「今のところは、このままで」
「はい」
俺は素直に、手を後ろへ回した。
◇
記録が終わるまで、俺たちは部屋の掃除をした。
床へ落ちた土を集める。
空になった袋を片づける。
水の容器も、残りを確認する。
大きなことはしていない。
ただ、それぞれの場所を整える。
その途中で、マルクから連絡が届いた。
『本日の夕方、荷を一箱お届けできます。採蜜道具の追加分と、乾燥棚の部材です』
「お」
〈何か来た?〉
「マルクさんから。荷物、届けてもらえるみたいです」
内容を確認する。
乾燥棚は、リィナと相談して、先に頼んでいたものだ。
薬草が育ってから、慌てて用意するよりいい。
それに、今持っている材料の整理にも使える。
値段は確認済み。
立派な工房一式ではない。
必要な棚、一つ分。
俺は返事を送り、時刻を確認した。
「じゃあ、今日は棚の組み立てですかね」
〈生えた日にもう次の作業〉
〈ちゃんと少しずつ進んでる〉
〈配信の中身、平常運転すぎる〉
そのコメントを読んで、俺は少し笑った。
広告を使い始めた。
だからといって、急にすごいことができるわけではない。
今日も、薬草を見て、棚を組み立てる。
それでいいらしい。
◇
荷物が届くまでの間に、迎撃室を確認した。
魔石の箱は、閉じたまま。
猪が、いつもの場所で横になっている。
壁のくぼみには、蜘蛛。
俺が入ると、猪が鼻を持ち上げた。
「今日は、呼び込みなしです。すみませんね」
ぶふ、と鼻が鳴る。
別に、怒ってはいないようだ。
背中を軽くたたいてから、回収しておいた素材を確認する。
黒牙走狗の皮。
骨。
使えるものと、交換へ回すもの。
リィナが分けてくれていた分もある。
俺は一つずつ確認し、残すものを箱へ収めた。
そのあと、不要な部分をポイントへ交換する。
【素材を吸収しました】
【ダンジョンポイントを獲得しました】
数字が増えた。
俺はそれを見て、うなずく。
「……こっちは、分かりやすいですね」
〈何が?〉
「入れたら増えるので」
配信の収益は、まだ実感がない。
あとで画面を見れば分かるのだろうが、今は目の前に出ない。
でも、ポイントは、ここで増える。
もちろん、増えたからといって、すぐ使っていたら貯まらない。
そこも、同じかもしれなかった。
「今日は、掘りません」
〈聞いたぞ〉
〈宣言したな〉
〈このあと何か見つけて掘りそう〉
「信用ないですねぇ」
俺は図面を開かなかった。
開くと、見てしまうので。
◇
夕方、入口へ荷馬車の音が近づいてきた。
俺は魔物用の通路ではなく、搬入側へ出る。
見覚えのある商会の印。
御者台から、一人の男が手を上げた。
「修羅さん。お届け物です」
「ありがとうございます」
マルク本人ではなかった。
同じ商会の人だ。
何度か荷物を届けに来てくれたので、顔を覚えている。
荷台から、小さな木箱が下ろされた。
俺は受け取る前に、内容の書かれた紙を見る。
棚の部材。
金具。
小さな道具。
頼んだものと、数を確かめる。
それから、受け取りの印をつけた。
〈家主、ちゃんと確認してる〉
〈商人に鍛えられた〉
〈前ならすぐ持っていってそう〉
「違うものが入ってたら、あとで困りますからね」
商会の人が、少し笑った。
「助かります。あぁ、それと、マルクから伝言が」
「はい」
「薬草の相談をお願いしている方ですが、次の便に日程を合わせられそうだと。詳しくは、後ほど連絡すると言っていました」
「おぉ。分かりました。ありがとうございます」
リィナへ、早く伝えたい。
俺は箱を持ち上げた。
商会の人が、その重さを気にするように手を添えかける。
俺が普通に抱えているのを見て、止めた。
「……大丈夫そうですね」
「大丈夫です」
「便利ですねぇ、その腕」
「結構、便利です」
〈よく言われるようになったな〉
〈阿修羅、運搬に大活躍〉
俺は荷物を抱え、食堂へ戻った。
◇
箱を開けると、木の匂いがした。
切りそろえられた部材。
薄い板。
金具。
組み立て方を描いた紙まで入っている。
「……親切ですねぇ」
リィナが隣から覗き込む。
「こちらを、奥の壁際へ置きたいです」
「了解。先に組んでから、運びましょう」
床へ布を敷き、部材を並べる。
俺は大きな枠を持つ。
リィナが向きを確かめる。
イトは、金具を小さな皿へ分けていた。
なくさないように。
机の上へばらばらに置くより、ずっといい。
「イト、助かる」
声をかけると、少しだけ顔を上げた。
それから、皿をこちらへ寄せる。
「つぎ」
「はい。次、それ使います」
〈息合ってる〉
〈完全に家の作業風景〉
〈こういうの見てると自分も片づけたくなる〉
組み立てそのものは、難しくなかった。
ただし、俺が力を入れすぎなければ。
「ここ、押し込むんですよね」
「はい。でも、少しずつで」
木の枠へ部材を合わせる。
押す。
少し、止まる。
もうちょっと。
そう思ったところで、リィナの手が上がった。
「待ってください。そちら、裏です」
俺は止まった。
ゆっくり、紙を見る。
部材を見る。
「……本当だ」
〈危なっ〉
〈力で解決するところだった〉
〈止められてよかった〉
「入らないものを、無理に入れようとしてはいけませんね」
俺は真面目に言って、部材を裏返した。
今度は、すんなり収まった。
非常に分かりやすい。
◇
棚が完成したころ、配信の通知が一つ表示された。
休憩を入れるなら、ちょうどいい時間だった。
俺は手を止める。
「あ。ちょっと、ここで休憩にします」
〈了解〉
〈水飲んでこい〉
〈棚できたな〉
「俺も水を飲んできます。戻ったら、棚を置いて、今日は終わりですかね」
事前に確認していた操作を、一つずつ行う。
休憩中の表示へ切り替える。
広告の設定を確認する。
配信の音声を切ったことも確かめてから、俺は息を吐いた。
「……これで、いいはず」
リィナが、俺を見る。
「少し、緊張してますか?」
「分かります?」
「いつもより、確認が多いので」
俺は笑った。
会社でも、言われた。
分からないまま進めない。
だから、今日は少し慎重だ。
「初めてなので。変なところで止まったりしたら、嫌だなと」
リィナは、うなずいた。
「畑も、最初はそうでした」
俺は、彼女を見る。
「水をやったあと、少し経ってから、もう一度見に行ってしまって」
「……俺も、それやります」
「はい。知っています」
静かに返されて、俺はまた笑った。
隣でイトが、完成した棚を見上げていた。
前脚ではなく、手を伸ばす。
まだ何も載っていない段へ、そっと触れる。
「くさ、ここ?」
「あぁ。育って、採れたらな」
イトは棚を見る。
それから、栽培室へ続く通路を見る。
随分と先のことを、考えているようだった。
◇
休憩を終え、配信へ戻る。
「お待たせしました。聞こえます?」
〈聞こえる〉
〈お帰り〉
〈こっちもお茶入れてきた〉
〈棚の置き場所決まった?〉
「はい。薬草の部屋の、作業台の隣です」
俺は棚を持ち上げた。
土袋とは違う。
ちゃんと、下から支える。
壁や扉へぶつけないよう、ゆっくり運ぶ。
リィナが前を歩き、イトが後ろからついてきた。
栽培室へ入る。
小さな芽は、さっきと同じ場所にあった。
当然だが。
俺はちらりと見てから、棚を下ろした。
「ここ?」
「はい。もう少し、壁から離せますか」
「このくらい?」
「そこです」
手を離す。
ぐらつきがないか、確かめる。
リィナも、段の高さを見ていた。
作業台。
記録の紙。
植えたばかりの薬草。
そこへ、乾燥用の棚が加わった。
まだ、立派な工房とは言えない。
でも、何をする場所かは、前よりはっきりしている。
「……いいですね」
俺が言うと、リィナがうなずいた。
「はい。使いやすそうです」
〈少しずつ揃っていくのいいな〉
〈収穫が待ち遠しい〉
〈ここでできたポーション、使ってみたい〉
俺は、そのコメントを読んだ。
リィナへ、伝える。
彼女は驚いたように顔を上げ、それから薬草を見た。
「……ちゃんと作れるように、勉強したいです」
俺は、うなずいた。
「次の商隊に、相談できる人が来てくれそうだって」
リィナの目が、大きくなる。
「本当ですか?」
「さっき、聞きました。詳しい日程は、あとで届くみたいです」
彼女は机へ戻り、すぐに別の紙を取り出した。
聞きたいことを書き始める。
苗の扱い。
乾燥の状態。
材料の保存。
俺はその様子を見て、少しだけ笑った。
現実で、俺がやったことと同じだった。
聞く前に、考える。
分からないことを、書いておく。
そうすれば、きっと少し進める。
◇
今日の配信を終えるころには、机の上へ二種類の紙が並んでいた。
リィナの、薬草についての質問。
俺の、次に頼む資材の確認。
以前なら、空いている壁を見ながら、もっと広げたいと言っていたかもしれない。
でも、今日は。
「……今あるところを、ちゃんと使いましょうかね」
〈どうした急に〉
〈家主が落ち着いてる〉
〈明日には掘ってそう〉
「そこまで言います?」
俺は笑いながら、栽培室を見渡した。
棚が一つ増えた。
芽が、一つ出た。
今日は、それで十分な気がした。
「収益化して最初の配信、こんな感じで終わりますけど。大丈夫ですかね」
〈何が大丈夫なんだw〉
〈普通に楽しかったぞ〉
〈芽、見られてよかった〉
〈これからもこんな感じで頼む〉
俺は、少しだけ黙った。
それから、うなずく。
「……ありがとうございます」
変に、すごいことをしなくてもいい。
今日、見たかったものを見て。
必要だったものを造る。
それを、一緒に楽しんでくれる人がいる。
昨日、みんなが話してくれたことを、少しだけ実感できた。
「じゃあ、今日はこの辺で。また、時間が合うときに」
〈おつ修羅!〉
〈リィナとイトもお疲れ〉
〈次の芽も待ってる〉
〈棚、壊すなよ〉
「壊しませんよ。たぶん」
最後だけ、少し弱くなった。
笑いのコメントが流れる。
俺は手を上げ、配信を終了した。
◇
ログアウトして、現実の部屋へ戻る。
ネクサスを外し、机へ向かった。
課題は、先に終わらせてある。
明日の用意も、できている。
俺はスマホを取り、管理画面を開いた。
今日から使い始めた、収益の項目。
そこには、まだ確認中の表示が並んでいた。
「……すぐには、分からないか」
そりゃ、そうだ。
素材を入れた瞬間にポイントが増える、ダンジョンとは違う。
俺は画面を閉じかけた。
ただ、その前に、今日の配信の題名が目に入る。
『芽が出ました』
その下に、コメントが一つついていた。
『収益化も発芽もおめでとう。これから育てていこうな』
俺は、思わず笑った。
「……うまいこと言うなぁ」
スマホを机へ置く。
どちらも、始まったばかりだ。
薬草も。
配信の収益化も。
急に育てようとして、水をやりすぎない。
必要なものを確かめながら、少しずつ。
俺は明日の時間割をもう一度確認してから、部屋の明かりを落とした。




