12話 他の有名人との絡み
●主人公視点
はい。
現実の会社で説明を聞いて、少しだけ頭を使ってきた修羅でーす。
今は、ダンジョンの食堂にいます。
目の前には、温かい煮込み。
隣にはイト。
向かいでは、リィナが今日の薬草の記録をまとめている。
現実では会議室の椅子。
こちらでは、家の椅子。
どちらも座って話をするだけのはずなんですが。
「……やっぱ、こっちは落ち着きますねぇ」
〈お帰り〉
〈何かあった?〉
〈今日は声がちょっと疲れてるな〉
〈まず飯だ〉
「ちょっと、説明を聞きに行ってまして」
椀を持ち上げる。
煮込まれた肉は軟らかい。
一口かじると、ほろっと崩れた。
「うま」
〈いつもの修羅だった〉
〈安心した〉
器を置き、配信画面へ向き直る。
今日は、何かを造る予定はない。
魔石の箱も閉めてある。
回収待ちの素材を片づけて、薬草を確認して、それから飯。
短めの配信にしようと思っていた。
ただ。
「……あの、収益化ってあるじゃないですか」
そう口にした途端、コメントの流れが変わった。
〈お?〉
〈ついに?〉
〈え、まだだったの?〉
〈今までやってなかったんか〉
「ちゃんと分かってなくて。配信サービスの会社から連絡をいただいたので、説明を聞いてきました」
〈マジか〉
〈登録者三十万人超えるまで気づかない男〉
〈最初コメント欄にも気づいてなかったからな〉
〈一貫してる〉
「俺、最初は始めるボタンと終わるボタンしか見てなかったので」
今思えば、ほかにもいろいろ並んでいた。
管理画面。
分析。
設定。
見覚えはある。
開いた覚えは、あまりない。
「説明してもらって、少しは分かりました。ただ、実際に使ってる人は、どうしてるのかなって」
そう言ったところで、通知が出た。
フレンドからのメッセージ。
レオンだった。
『収益化の話? 配信、少し見てる』
俺は文字を読む。
それから、返した。
『そう。レオン、もうやってる?』
『広告は使ってるよ。今なら少し話せる』
「……お」
〈どうした〉
〈何か来た?〉
「レオンが、話せるって」
〈おお!〉
〈準優勝者からの助言〉
〈戦術相談じゃなくて収益相談なの面白い〉
俺はもう一度、メッセージを送る。
『通話にしてもいい? 配信に声が入るけど』
『うん。話せる範囲でなら大丈夫』
通話を開く。
相手が接続するのを待つ。
数秒後、少し遠くで椅子を動かすような音がした。
『……聞こえる?』
「聞こえる。助かる」
『こんばんは』
〈レオンだ!〉
〈こんばんはー〉
〈声で分かるな〉
俺は食堂の机へ紙を引き寄せた。
現実で使ったノートは、こちらには持ち込めない。
忘れないうちに、こっちでも書いておこう。
「今、どこ?」
『王都。部屋に戻ってきたところ』
「俺、家の食堂」
『配信で見えてるよ。煮込み、おいしそうだね』
俺は椀を見る。
その向こうで、イトも同じように椀を見た。
「うまいぞ」
『いいなぁ』
「こっちへ来る機会があったら、食っていってくれ」
『うん。いつかそちらへ行くときは、先に連絡する』
〈簡単には会えない距離〉
〈その訪問回、楽しみにしてる〉
〈まず道中で何が起きるかだな〉
「うちまで来る前に、変な道へ入らなければ大丈夫だと思う」
『その言い方、少し気になるんだけど』
◇
「それで、収益化」
俺は紙の端へ題名を書いた。
「会社の人には、配信時間を増やす必要はないって言われた。内容も、今までどおりでいいらしい」
『うん。俺も、今は自分ができる時間でやってる』
「会員向けのやつは?」
『使ってない。定期的に何かを出す約束をすると、たぶん気になっちゃうから』
「……分かる」
俺は深くうなずいた。
限定の配信。
特別な投稿。
そういう説明も聞いた。
でも、学校が始まった今、普通の配信だけでも、毎日できるかは分からない。
「俺も、まず広告だけにしようと思ってる」
『それでいいと思う。あとから使いたくなったら、また考えればいいし』
〈二人とも堅実〉
〈無理して特典増やさなくていいぞ〉
〈限定で土運んでもらっても困るし〉
「土を運ぶところを、わざわざ分ける意味ないでしょう」
『むしろ、みんなで見たほうが楽しいんじゃない?』
「そうなんだよな。こぼしたら、みんなに言われるし」
〈もうこぼす前提なのかw〉
〈丈夫な袋にしたんじゃなかったのか〉
俺は笑いながら、紙へ書く。
『まず広告だけ』
その下に、もう一行。
『約束を増やしすぎない』
「レオンは、始めて何か変わった?」
少し、間があった。
『……数字を、前より見るようになった』
「収益の?」
『それもだけど、見られた回数とか、何人来てくれたとか』
「あぁ」
会社でも、そういう画面を見せてもらった。
自分の配信なのに、俺が知らないことが結構あった。
『一度、狩りの配信のほうがよく見られてたから、予定を変えて狩りへ行ったことがある』
「本当は何する予定だった?」
『装備の手入れ』
「……先にやったほうがよくない?」
『うん。途中で剣の傷が気になって、帰った』
俺は笑ってしまった。
通話の向こうでも、レオンが少し笑う。
『結局、配信しながら手入れをしたよ』
「それでよかったんじゃないか?」
『今は、そう思う。だから最近は、先に自分が何をするか決めてる』
俺は、閉じてある図面へ目を向けた。
今日は、あそこを造る。
薬草を見る。
狩りへ行く。
それを決めてから、配信を始める。
今の俺は、そんな感じだ。
『見てくれる人のことを考えるのは大事だと思うけど、自分が何をしたかったか、分からなくなると困るから』
「……なるほど」
俺は、そのまま書いた。
自分が何をしたかったか。
忘れない。
〈いい話だ〉
〈実際にやってる人の話、参考になるな〉
〈修羅は改築に戻ってきそう〉
「戻るでしょうね。頭の隅で、ずっと倉庫のこと考えながら戦うことになるので」
『それは先に片づけたほうがいいね』
◇
しばらく話していると、コメントに見覚えのある名前が流れた。
〈荷台のすみ:私からも、よろしければ〉
「マルクさん。こんばんは」
〈荷台のすみ:こんばんは。私は配信しておりませんが、皆様のお話を伺う機会はありますので〉
〈商人きた〉
〈一番お金の相談しやすそう〉
〈修羅の財布を守る会〉
「……そんな危ない使い方、してないと思うんですけど」
言った直後、リィナの視線が図面へ動いた。
俺も見る。
熊の部屋。
倉庫の拡張。
浴室の候補。
俺は、そっと紙をずらした。
〈今何か隠したな〉
〈現実もゲームも使い道だけは多い男〉
マルクのコメントが続く。
〈荷台のすみ:入ってきた額だけでなく、いつ受け取れるか、何に使ったかを残しておくと、あとで確認しやすいですね〉
「記録か」
薬草と同じだ。
あとで思い出そうとしても、たぶん、俺は忘れる。
レオンが言った。
『俺も、それは分けて残してる。後からまとめて見ようとすると、分からなくなったから』
「……ちゃんとしてるな」
『一回、分からなくなったんだよ』
〈経験者の言葉〉
〈みんな最初からできてたわけじゃないんだな〉
少し安心した。
有名になったからといって、最初から全部分かっているわけではない。
失敗して、覚えている。
俺は紙へ書き足した。
『明細と、使った記録を残す』
その隣に、小さく付け加える。
『全部使わない』
〈大事〉
〈その一行が一番大事〉
「分かってますよ。まだ、何も受け取ってませんし」
そう返すと、別の通知が出た。
今度は、レオンのほうらしい。
『セレネが、話に入ってもいいかって』
「お?」
『配信を見てたみたい。ノエルも一緒にいるらしい』
〈増えた!〉
〈今日すごいな〉
〈優勝候補の集会が生活相談になってる〉
「もちろん。配信に声が入るの、大丈夫なら」
レオンが確認してくれる。
少しして、二人が通話へ加わった。
『こんばんは。面白そうな話をしてるわね』
セレネ。
そのあとに、柔らかい声。
『こんばんは。急にすみません』
「いや、助かります。二人も、もう使ってる?」
『広告はね』
『私もです』
俺は紙をもう一枚、引っ張り出した。
今日は、随分と書くことが多くなりそうだった。
◇
『私は、一度、配信の予定を細かく決めすぎて困ったわ』
セレネが言った。
「時間?」
『そう。何日の何時から、これをしますって。先に決めたほうが見に来やすいと思ったの』
「……それは、そうじゃない?」
『えぇ。でも、現実の予定が長引いた日があって』
俺は、自分の机を思い出した。
課題が終わらなかった日。
食事の時間が変わることもある。
いつも、きっちり同じにはならない。
『遅れるって連絡したのに、こっちが落ち着かなくなって。急いでログインして、何をするつもりだったか、一瞬分からなくなった』
『最初に、お茶を飲んでいましたね』
ノエルが、静かに言った。
『……そこは、別に説明しなくていいのよ』
俺とレオンが笑う。
コメントも流れた。
〈想像できる〉
〈セレネでもそうなるのか〉
〈お茶、大事〉
『それからは、確実にできる日だけ、細かい時間を決めるようにしてる。分からない日は、始める前に知らせる形ね』
「休むと、気にならない?」
『気にはなるわよ』
返事は、正直だった。
『でも、無理して始めて、ずっと眠そうにしてるのも違うでしょう』
「……確かに」
『仕事や学校があるなら、それを先に予定へ入れておいたほうがいいと思う』
俺は紙へ書いた。
『休む日も決めていい』
その字を見て、少し考える。
休むのに、理由が必要な気がしていた。
見に来てくれる人がいる。
待ってくれる人がいる。
それはうれしい。
でも、だから毎日続けると決めてしまえば、たぶん、どこかで無理が出る。
〈毎日じゃなくていいぞ〉
〈長く見たいからな〉
〈告知なくても過去のやつ見てる〉
〈土袋の回、もう三回見た〉
「それ、そんなに見るところありました?」
『あるんじゃない? 私も見たわよ』
セレネが言う。
俺は紙から顔を上げた。
「……みんな、見てるんですね」
『配信中に土をこぼしたの、あなたでしょう』
ごもっともだった。
◇
ノエルには、視聴者から支援を受ける機能について聞いてみた。
『私は使っています。ただ、何かをいただいたから、必ず個別に遊ぶ、といった約束はしていません』
「一緒に遊べます、みたいな?」
『はい。最初、何か返したくなって、考えたことはあったんですけど』
声が、少しだけ苦笑に変わる。
『それを続けていたら、普段一緒に遊んでいる人との時間が、なくなってしまいそうで』
俺は、目の前の二人を見た。
リィナ。
イト。
配信のために、毎回どこかへ行く約束を増やす。
そうなったら、家へ戻る時間が減るかもしれない。
畑を見る時間も。
飯を食う時間も。
「……俺、うれしくて、何か約束しそうです」
『だから、先に決めておくといいと思います。お礼は言う。でも、できないことは約束しない』
「なるほど」
『それに、応援してくれた方が、必ず何か特別なことをしてほしいと思っているとも限らないので』
コメント欄を見る。
〈普通に続けてくれたらいい〉
〈無理に返礼考えなくてもな〉
〈イトのおやつが増えたら嬉しい、くらいの気持ち〉
〈熊の部屋の完成を見届けたい〉
「熊の部屋、人気ですねぇ」
『私も気になるわ。どれくらいの広さにするつもりなの?』
セレネが尋ねる。
俺は少し元気になった。
「そこなんですよ。部屋だけじゃなくて、通路も広くしないといけなくて」
『あ、始まった』
レオンが小さく言った。
聞こえてますよ。
◇
話が改築へ寄りかけたところで、また通知が出た。
今度は、ロックだった。
『配信、見てる。少しなら話せるよ』
「ロックも、時間あるって」
〈また増えるw〉
〈今日は何の集まりなんだ〉
〈鍛冶側の話も聞きたい〉
俺は、同じように配信へ声が入ることを確認した。
了解の返事が来てから、通話へ招待する。
接続した直後、遠くで金属の触れ合う音が聞こえた。
『……こんばんは』
「こんばんは。今、作業中?」
『うん。でも、火を使うところは終わった。少し休憩』
ロックの声は、いつもどおり控えめだった。
姿は見えない。
でも、作業台の前で座っているところが、何となく浮かんだ。
「ロックも、収益化してる?」
『広告だけ。配信しないで作業する日も、多いけど』
「へぇ。何で?」
『失敗したところを見られるのが嫌で……っていうのも、最初はあった』
俺は、少しだけ紙から目を上げた。
ロックは続ける。
『でも、今は、誰かに頼まれた物を作るとき。まだ見せていいか、聞いてないから』
「あぁ。そうか」
『渡す前に、形を知られたくない人もいるし。注文した人が、受け取ってから見せたいかもしれない』
俺は、机の上の紙へ、ゆっくり書いた。
『自分以外のものは、先に聞く』
リィナの薬草の記録。
調合を研究するようになったら、その途中の工夫。
マルクが持ってくる商品の情報。
家で起きることでも、全部が俺一人のものではない。
「……俺も、気をつけないとですね」
向かいのリィナを見る。
彼女は記録の手を止め、こちらを見ていた。
「今後、研究してるところとか、配信に映していいか、その都度聞きます」
リィナは少し驚いたあと、うなずいた。
「はい。まだ分からないことも多いので、一緒に確認していただけると助かります」
〈いいこと聞けた〉
〈何でも映していいわけじゃないもんな〉
〈職人さんの視点だなぁ〉
ロックが、少しだけ声を和らげた。
『俺も、最初に言われて気づいたんだ』
それを聞いて、また少し安心した。
みんな、知らなかったことを教わっている。
その続きを、今、俺にも教えてくれているのだ。
◇
「ロックは、収益が入ったら何に使ってる?」
俺が尋ねると、通話が少し静かになった。
質問が、直接的すぎたか。
そう思って、付け足す。
「あ。話せる範囲で。金額とかは、聞かないので」
『……作業机』
「机?」
『現実の。道具とか、資料を広げるところが欲しくて』
『あら、いいわね』
セレネが言う。
『私は椅子だったわ』
「椅子?」
『前のが合わなかったの。配信の準備とか、動画を確認するときに使うでしょう』
『私は、本を買いました』
ノエルが続けた。
『ゲームとは関係ないですけど、前から読みたかったものがあって』
俺は、思わず笑った。
「……もっと、派手な話になるかと思った」
『何を想像してたのよ』
「いや。すごい機械とか」
『それも必要なら買うでしょうけど。まず、欲しかったものね』
レオンが言う。
『俺は、最初は何回も確認した。実際に受け取れたか』
「何回も?」
『うん。間違いじゃないかと思って』
それは、分かる気がした。
俺も、たぶんやる。
『何に使うかは、すぐには決めなかったけど』
紙の端へ、小さく書く。
机。
椅子。
本。
使わずに残す。
いろいろある。
でも、どれも、ちゃんと現実の生活につながっていた。
「俺は、最初に母親と飯を食いに行こうかなと思ってる」
言ってから、少し照れた。
さっきコメントにも話したが、知っている人へ言うと、また違う。
『いいと思う』
レオンが、すぐに答えた。
『私も、いいと思います』
ノエルも続く。
『じゃあ、おいしい店を探しておかないとね』
セレネの言葉に、俺はうなずいた。
「まだ、何も入ってないけど」
『先に楽しみにするくらい、いいんじゃない?』
〈いい話だ〉
〈最初のご飯、楽しみだな〉
〈無理に高い店じゃなくても喜ぶと思う〉
〈いつもの修羅のうまい、が聞ける店にしよう〉
俺は、少しだけ笑った。
「……そうですね。ちゃんと、うまいところにします」
◇
その後は、コメントを拾いながら、いろいろな話をした。
配信中に休憩するとき、何を表示しているか。
予定が変わったとき、どこへ知らせるか。
全部のコメントへ返事ができないとき、どうしているか。
難しい言葉ばかりではない。
実際に困って、工夫した話だった。
『俺、最初はコメントを読もうとして、戦闘中に横を見すぎた』
レオンが言う。
「それ、俺もあります」
『危ないところは、あとで読むって言ってる』
『私は作業中、手元から目を離せないときは、先にそう伝えてる』
ロックが続ける。
『聞こえていないわけじゃなくて、返せないときがあるから』
ノエルも言う。
『私は、全部拾わなきゃと思うのをやめたら、少し楽になりました。会話の途中に、無理に割り込ませなくてもいいんだなって』
俺は、食堂の二人へ目を向けた。
リィナが話している途中。
イトが何かを見せようとしているとき。
そこでコメントが流れたからといって、毎回そちらへ向く必要はない。
今までも、何となくそうしていた。
でも、言葉にして聞くと、少しはっきりした。
〈コメントは勝手にしゃべってるから〉
〈全部返されても逆に怖い〉
〈戦闘中は前見てくれ〉
〈猪のときは本当にそう思った〉
「……岩背猪のとき、結構余裕なかったですね」
『あれ、よく勝ったよね』
レオンが言う。
「今見ると、そう思う」
『今なら?』
「背中は殴らない」
〈成長した〉
〈手がしびれた記憶が強い〉
〈あのころから見てるから今の家ちょっと感慨深い〉
俺は食堂を見渡した。
机。
椅子。
厨房。
向こうの通路の先には、薬草の栽培室がある。
随分と、変わったものだ。
◇
話し始めてから、思っていたより時間が経っていた。
最初に抜けたのは、ロックだった。
『そろそろ、作業に戻るね』
「ありがとう。助かった」
『ううん。俺も、ほかの人の話を聞けてよかった』
『注文の品、楽しみにしてるわ』
セレネが言う。
俺は顔を上げた。
「何か頼んでるの?」
『まだ内緒』
ロックが、小さく笑った気がした。
通話が切れる。
そのあと、セレネとノエルも、それぞれの用事へ戻っていった。
『最初から、全部やろうとしなくていいと思うわ』
最後に、セレネが言った。
『修羅は、すぐ部屋を増やしたがるし』
「……収益化の話ですよね?」
『同じよ。使うか分からないものまで、最初から用意しなくていいってこと』
俺は、反論できなかった。
ノエルが笑う。
『また、分からないことがあったら聞いてください。私に分かることなら、お話しできますから』
「はい。ありがとうございます」
二人の声が消える。
食堂には、俺たちの声と、レオンの通話だけが残った。
コメント欄には、まだマルクの名前があった。
〈荷台のすみ:本日は、私も興味深く拝見しました。必要なものを相談して決める、という点では、お取引も配信も似ていますね〉
「ですね。何でも、全部くださいじゃ駄目ですね」
〈荷台のすみ:えぇ。改築資材も〉
俺は口を閉じた。
レオンが笑う。
〈最後に刺したw〉
〈商人は忘れない〉
〈図面を見ながら全部欲しがってたからな〉
◇
俺は、机の上の紙を見た。
最初は、収益化、とだけ書いてあった。
今は、その下に何行も並んでいる。
まず広告だけ。
約束を増やしすぎない。
明細と記録を残す。
休む日も決めていい。
自分以外のものは、先に聞く。
そして、最後に。
何をしたかったか、忘れない。
「……聞いてよかった」
思わず口にすると、レオンが返した。
『俺も。こういう話、普段はあまりしないから』
「大体、魔物の話だもんな」
『どう避けるかとか、何を使うかとか』
「今日は、広告をどこへ入れるかだった」
俺たちは笑った。
同じゲームをしている。
同じように、配信もしている。
でも、その続け方は、みんな少しずつ違う。
それでいいらしい。
『修羅は、今までどおりでいいんじゃないかな』
レオンが言った。
「今までどおり?」
『明日、何する予定?』
俺は少し考えた。
「薬草見る」
『うん』
「蜂の様子も見る」
『うん』
「回収する素材があったら、片づけて。それで、時間あったら狩りかな」
『たぶん、それを見たい人が来ると思うよ』
俺はコメント欄を見る。
〈行くぞ〉
〈芽が出たら教えて〉
〈そろそろ戦闘も見たいけど、家も好き〉
〈猪と蜘蛛の勤務風景も頼む〉
〈何するにしても楽しそうなら見てる〉
少しだけ、胸の奥が温かくなった。
「……じゃあ、明日もそんな感じで」
◇
配信の終わりに、改めて話した。
「収益化は、会社からもらった資料をもう一回確認して、広告から始めてみるつもりです」
コメントが流れる。
俺は続けた。
「配信の時間とか、やることは、今までどおり。休む日もありますし、家の中で作業して終わる日もあると思います」
〈了解〉
〈無理なく続けてくれ〉
〈待てるから大丈夫〉
〈土はこぼしてもいいぞ〉
「そこは、なるべくこぼさないようにします」
リィナが、向かいで笑っていた。
イトは、俺の書いた紙を覗き込んでいる。
何が書いてあるか、全部は分からないのだろう。
それでも、俺が紙を指すたびに、その場所へ目を向けていた。
「今日は、いろいろ聞けて助かりました。レオンも、セレネも、ノエルも、ロックも。マルクさんも、ありがとうございました」
『こちらこそ』
レオンの声が返る。
「それじゃ、今日はこの辺で。また」
〈おつ修羅!〉
〈相談会、面白かった〉
〈みんなありがとう〉
〈お母さんとの飯、楽しみだな〉
俺は手を上げて、配信を終了した。
流れていた文字が止まる。
レオンとの通話は、まだつながっていた。
『じゃあ、俺もそろそろ』
「おう。急に付き合ってもらって、悪かったな」
『大丈夫。俺も休憩してたから』
少し、間があった。
それから、レオンが言う。
『最初に受け取れたら、たぶん、うれしいと思う』
「……何回も確認する?」
『すると思う』
「じゃあ、そのときは連絡する」
『うん』
俺は笑った。
「ありがとう。またな」
『またね』
通話を切る。
食堂が、静かになった。
◇
「お話、終わりましたか?」
リィナが尋ねる。
「あぁ。結構、教えてもらいました」
「皆さん、いろいろ考えていらっしゃるんですね」
「ですねぇ。俺も、覚えること多いです」
紙をそろえる。
現実へ持ち帰れないので、向こうでも、忘れないうちに書き直そう。
そう思っていると、イトが椅子から下りた。
俺の袖を引く。
「はたけ」
「……見に行く?」
うなずく。
俺は、思わず笑った。
収益化の話をした。
会社にも行った。
分からないことを、いろいろ教わった。
それで、次にすることは。
やっぱり、畑の確認らしい。
「じゃあ、ちょっとだけな」
リィナが、記録を持って立ち上がる。
「さっき見たばかりなので、変わっていないと思いますよ」
「分かってます。見るだけです」
通路を歩く。
いつもの家。
いつもの二人。
俺は栽培室の扉を開けた。
小さな葉が、照明の下に並んでいた。
「……うん。元気ですね」
今日は、それだけで十分だった。




