↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
109/143

8話 さらなる増築 薬草畑

●主人公視点


 はい。今日も家を広げたくなっている修羅でーす。


 つい先日、蜂のための部屋を造ったばかりなんですが。


 次に造りたいものが、もう決まってしまいました。


 薬草畑です。


「……家の中に畑って、結構よくないですか?」


〈分かる〉

〈雨でも収穫できる〉

〈まず家の中に畑がある状況が分からん〉

〈普通は庭なんだよ〉


「庭だと魔物に踏まれるかもしれないでしょう。その点、中なら安心です」


 もちろん、土を敷けば何でも育つとは思っていない。


 その辺りも含めて、今日はリィナと相談するつもりだ。


 ログインしたばかりの俺の前には、未確認の活動報告が開いている。


【不在中の活動報告】


【侵入者の討伐を確認しました】


【獲得経験値・ダンジョンポイントを反映済みです】


【配置魔物の死亡:なし】


【設備の重大な損傷:なし】


【回収待ちの討伐個体:あり】


 詳細を開く。


 牙鼠が数匹。


 それから、黒牙走狗。


 魔石の箱を閉じていても、たまに入ってくるやつはいるらしい。


 猪に怪我はなく、蜘蛛の糸が一部切れた程度。


 盾持蜥蜴兵の出番もなかったようだ。


「今日も、ちゃんと守ってくれたみたいですね」


〈お帰りの前に戦果報告〉

〈みんな働いてる〉

〈経験値は?〉


「増えてはいます。俺のレベルは、そのままですね」


 今の俺にとっては、少しずつだ。


 でも、猪や蜘蛛たちにとっては、ちゃんとした戦闘経験になる。


 家を守りながら強くなってくれるのは、かなり頼もしい。


 俺は報告を閉じてから、回収待ちの欄に確認の印をつけた。


 あとで処理しよう。


 先に、家のみんなへ挨拶だ。


「ただいまー」


 食堂へ顔を出すと、リィナが机に向かっていた。


 目の前に、小さな包みが三つ。


 乾いた葉。


 根がついたままの草。


 それから、細かい種のようなもの。


 隣ではイトが、頬杖をついて眺めている。


「お帰りなさい、修羅さん」


「しゅら」


「おう。ただいま。……もう、準備してた?」


 リィナは少し迷ってから、うなずいた。


「もし本当に栽培するなら、何から始められるか考えていたんです」


 机の端には、見覚えのある紙があった。


 ダンジョンの見取り図。


 ただし、俺が描いた熊の大きな丸ではない。


 もっと小さな四角が、第一階層の端に書き足されていた。


「……いいですね」


〈リィナ、もう図面描いてる〉

〈家主より先に動いてる〉

〈研究室の申請書だ〉


 俺は椅子を引き、隣へ座った。


「今日は、その部屋を造りましょう」


 リィナの手が止まる。


「本当に、いいんですか?」


「もちろん。そのために相談しようと思ってたので」


「でも、ポイントも使いますよね。まだ、ほかに必要な場所が……」


 彼女の視線が、図面の別の場所へ向く。


 倉庫の拡張。


 第二階層の通路。


 熊の部屋。


 俺はその上へ、空いていた皿を置いた。


「今日は、見ないことにします」


〈物理的に隠した〉

〈熊、皿に負ける〉

〈その手段、前にも使ってたな〉


「まず、今の俺たちが使う場所から。畑ができれば、リィナも便利でしょう?」


「……はい」


 返事は、小さかった。


 でも、机に置かれていた紙が、こちらへ少し寄せられた。


     ◇


 最初に確認したのは、何を育てるかだった。


「これ、全部薬草?」


「はい。ただ、同じ場所で育てられるとは限りません」


 リィナが、一つずつ指を差す。


 まず、根のついた薄緑の草。


「こちらは薄葉草です。強い日差しが当たり続ける場所より、少し陰になる場所でよく育ちます」


「あぁ。俺が前に、別の草と間違えかけたやつ」


「はい」


〈覚えてた〉

〈食べる前に聞いてよかったやつ〉

〈リィナ先生、授業お願いします〉


 次は、細かい種。


「これは青露草。乾かしすぎると弱りますが、水が溜まったままでも根を傷めます。集落で、少し分けていただきました」


「なるほど。湿ってればいいわけでもないのか」


「そうですね。それから、こちらはまだ植えません」


 最後の包みを、リィナが少し離した。


 細長い、暗い色の葉。


「これは?」


「冷枝草です。採れた場所が、ほかの二つと違うんです。まず、育っていた場所をもう少し調べたいので」


 俺はうなずいた。


 最初から三種類全部。


 そう言いかけて、やめる。


 今回は、俺より詳しい人がいる。


 しかも、その人が慎重にやろうと言っているのだ。


「じゃあ、最初は二種類ですね」


「はい。それと、薄葉草は同じ種類でも、場所を分けて育ててみたいです」


「場所を?」


 リィナは紙へ、二つの長方形を描いた。


「こちらは今まで育っていた場所に近い土で。もう一方は、少しだけ土の状態を変えてみます」


「どっちが育つか、比べるんだ」


「はい。最初から全部変えると、何がよかったのか分からなくなるので」


〈研究始まった〉

〈ちゃんと比較するんだな〉

〈修羅に任せると全部いっぺんに変えそう〉


「……否定できませんね」


 温度を上げて。


 水も増やして。


 明るくしたら、よく育つのではないか。


 正直、ちょっと思っていた。


 でも、枯れたときに、何が悪かったのかさっぱり分からなくなるわけか。


「分かりました。勝手に設定いじらないようにします」


「お願いします」


 返事が早かった。


〈信頼はあるが信用は別〉

〈今のお願い、重かったぞ〉

〈温度の操作権をリィナに渡そう〉


 管理画面を開く。


 区画ごとの設定と、権限。


 リィナへ、栽培室の温度調整と照明の操作を許可する。


 ただし、大きな増築や、ポイントを多く使う変更は、俺と一緒に確認する。


 これなら、俺がいない間も世話ができる。


「これで、部屋の設定は触れるはずです」


 リィナが手元へ視線を落とした。


 自分にも表示が出たらしい。


 指先を動かし、それから俺を見る。


「……ありがとうございます」


「育て方、俺より詳しいので。そこは任せます」


 そう言うと、リィナはゆっくりうなずいた。


 さっきまでより少しだけ、背筋が伸びていた。


     ◇


 候補の場所は、厨房の裏手だった。


 ただし、厨房と直接つなげるわけではない。


 生活区画の通路から、短い枝道を一本。


 その先の、今は使っていない岩壁だ。


「蜂の部屋とは離れますね」


「はい。こちらなら、調理の煙も入りにくいと思います」


 リィナが壁と通路を見比べる。


 俺は管理画面を開き、現在の区画を確認した。


 この奥に、ほかの部屋はない。


 下の階へ抜ける予定の場所でもない。


 広げても、魔物の通路とは交わらない。


「最初は、これくらい?」


 画面上へ、小さな部屋を置いてみる。


 リィナが首を傾けた。


「……もう少し、小さくても大丈夫です」


「え?」


〈減らされた〉

〈家主の小さい、信用されてない〉

〈最初から大農園を造ろうとするな〉


 俺としては、かなり控えめだったんですが。


 机を置いて。


 畑を並べて。


 そのうち増やすことも考えて。


 ……あぁ。


 最後のところが、余計なのか。


「まず、試せる広さでいいんですね」


「はい。水を運ぶ距離や、手入れにかかる時間も見ておきたいので」


 広ければ、植えられる量は増える。


 でも、その分、世話する場所も増える。


 任せると言いながら、リィナの仕事を勝手に何倍にもするのは違うだろう。


 俺は部屋を縮めた。


 中央に人が歩ける通路。


 左右に細長い栽培用の場所。


 奥には小さな作業台。


 それなら、全部を見渡せる。


「これなら?」


「……はい。これくらいから、始めたいです」


 必要なポイントを確認する。


 掘削。


 床面の調整。


 排水用の浅い溝。


 部屋の基本的な環境設定。


 造るときの消費だけでなく、温度を周囲と違う状態に保つには、維持のためのポイントも必要になる。


「ずっと暖かくし続けると、結構かかるんですね」


〈温室の維持費〉

〈暖房無料ではなかった〉


「今の温度なら、少し調整するだけでよさそうです」


 リィナが、手にしていた小さな温度計を見る。


 集落で借りてきたらしい。


「最初は、無理に変えないほうがいいと思います」


「了解。じゃあ、自然に近いところから」


 念のため、残るポイントも確認する。


 迎撃室で稼いだ分。


 持ち込んだ素材を交換した分。


 その全部を使うわけにはいかない。


 急な修繕に回せる余裕は、残しておく。


 俺は一つずつ確認してから、決定を押した。


 岩壁の奥で、低い音がした。


 細かな光が、表面を走る。


 やがて、何もなかった壁に、四角い入口が現れた。


「……できた」


〈開通!〉

〈この瞬間好き〉

〈部屋が増えるたびにわくわくする〉


 まだ、畑ではない。


 床も壁も、ただの岩。


 土もなければ、葉っぱもない。


 でも、リィナは入口で足を止めたまま、しばらく中を見ていた。


「どうした?」


「……いえ」


 彼女は首を振る。


 それから、少し笑った。


「本当に、造ってもらえたんだなと思って」


 俺は中へ入り、振り返った。


「ここからですよ。たぶん、俺の出番は」


〈土木担当〉

〈筋力の使いどころ〉

〈さあ働け家主〉


「はいはい。働きますよ」


     ◇


 畑にする場所は、床へ直接土を敷く形にはしなかった。


 左右に、腰より低い木枠を置く。


 修理に使うため確保していた板材から、使えるものを選んだ。


 数が足りない分は、集落で作ってもらう。


 今日は、まず用意できた分だけ。


 木枠の下へ石を並べ、床との間に隙間をつくる。


 水が抜ける場所も塞がないようにする。


「……こういうの、ちゃんと考えるんですね」


 重い枠を持ち上げながら言うと、リィナがうなずいた。


「土を替えるときも、場所が分かれていたほうが扱いやすいので」


「なるほど。床一面だと、全部掘り返すことになるのか」


 俺は指示された位置へ、ゆっくり下ろした。


「そこから、少し右です」


「このくらい?」


「はい。……もう少しだけ」


 ちょっと動かす。


「そこです」


 両手を離した。


 板の枠が、きれいに並ぶ。


 真ん中の通路は、俺が土袋を持って歩ける幅。


 ただし、斧を担いだままでは、たぶん引っかかる。


「ここへ来るときは、武器置いてこないとですね」


〈斧で薬草なぎ倒すなよ〉

〈収穫に斧術使うなよ〉

〈鬼震も禁止〉


「使いませんよ!」


 奥にいたイトが、俺の声で振り返った。


 手には、小さな木片。


 リィナに頼まれて、植える場所の札を集めていたらしい。


 そのうち一本を、俺へ差し出す。


 白い表面に、短い線が引いてある。


「これ、なまえ」


「お。ここに薬草の名前を書くのか」


「うん」


 俺は受け取り、作業台へ並べた。


 リィナが文字を書く。


 薄葉草。


 青露草。


 植えた日。


 土の違い。


 俺には、もう立派な研究用の札に見えた。


〈イトも参加してる〉

〈家族で畑づくり〉

〈札があると一気にそれっぽい〉


 ただ、土がない。


 ここまでは、まだ箱を並べただけだ。


 次は外へ行かなければならない。


 俺は入口へ向き直った。


「じゃあ、持ってきますか。畑の本体」


     ◇


 土は、どこからでも掘ってくればいいわけではなかった。


 集落で栽培に使っていたものを、少し分けてもらう。


 それから、リィナが状態を確かめた土。


 必要な分を相談して、邪魔にならない場所から集める。


 森の足元を、見境なく削ることはしない。


 ガドには、蜂のときと同じ顔をされた。


「木の根を切るなよ」


「分かってる。あと、道の近くも掘らない」


「分かってりゃいい」


 短いやり取りのあと、土の入った袋を渡される。


 俺が片手で持ち上げると、ガドが少しだけ目を細めた。


「……便利だな、その体」


「便利ですよ。たまに、細かいところに入らなくて困りますけど」


〈戦闘と土運びに便利〉

〈進化してよかったこと、畑づくり〉

〈阿修羅の用途が平和〉


 袋を運び、戻る。


 また運ぶ。


 収納鞄も使ったが、詰めればいいというものではない。


 土がほかの道具に混ざらないよう、口をしっかり閉じてから入れる。


 栽培室へ戻ると、リィナが袖をまくって待っていた。


「こちらの枠からお願いします」


「了解」


 袋の口を開け、少しずつ傾ける。


 土が落ちる。


 乾いた音と、湿った匂い。


 石の部屋に、森の地面ができていく。


「……おぉ」


〈畑になってきた〉

〈土入るだけで変わるな〉

〈なんかいい〉


 俺は最後の一袋を持ち上げた。


 そのとき、袋の縫い目が、嫌な音を立てた。


「……あ」


 ぶつっ。


 底が抜けた。


 土が、俺の足元へ落ちる。


 派手に。


 思ったよりも、派手に。


 部屋の中が、しんとした。


 俺は、空になった袋を見る。


 足元を見る。


 もう一度、袋を見る。


〈あーあ〉

〈やったw〉

〈入れすぎた?〉

〈袋の耐久も確認しよう〉


「……俺の力には耐えたんですけどね。袋が」


 リィナが口元を押さえる。


 イトは、床の土と枠の中を交互に見た。


 そして、小さく言う。


「ちがう」


「はい。ここじゃないですね」


〈冷静な指摘〉

〈イト先生、厳しい〉


 俺はしゃがみ、散らばった土を集め始めた。


 思っていたより、地味な作業だった。


 強い魔物を倒すときは、一撃で終わることもある。


 土をこぼすと、そんなわけにはいかない。


 隅へ入ったものまで、少しずつ拾わなければならなかった。


     ◇


 土を入れ終えると、次は水だった。


 俺は大きな樽を運ぼうとした。


 リィナが止めた。


「全部、ここへ置くんですか?」


「そのほうが、運ぶ回数が減るかなと」


「でも、使い切るまで長く置くと、状態が変わってしまうかもしれません」


「……なるほど」


 大きいものを置けば解決する。


 どうも俺は、そう考えがちらしい。


 ひとまず、蓋付きの容器を二つ。


 必要なときに汲み直す形にする。


 床の端には浅い溝をつくってある。


 こぼれた水が、生活区画へ流れ出さないようにするためだ。


 さらに、植える前に水を少し流して確認した。


 溝へ入る。


 奥へ流れる。


 ただ、一か所で止まった。


「……あれ」


 しゃがみ込む。


 途中に、小さな石の出っ張りが残っていた。


 俺は管理画面を開き、そこだけ整える。


 もう一度、水を流す。


 今度は、ちゃんと抜けた。


〈試してよかった〉

〈畑より先に排水確認〉

〈戦闘じゃないのに結構やることあるな〉


「ですねぇ。部屋を造るだけじゃ、駄目でした」


 風の流れも確認する。


 入口の扉を閉めた状態で、空気がこもりすぎないように。


 ただし、乾きすぎるほどの風を、薬草へ直接当てるわけではない。


 この辺りは、リィナの指示を聞きながら少しずつ調整した。


 照明は、手元を見るためのものを先につける。


 灯火が使えるからといって、それだけで日光の代わりになるとは限らない。


 薄葉草はもともと木陰にあったものを使うが、ずっと地下で育てられるかは、これから確かめる必要がある。


 リィナは、予備の苗を残していた。


「こちらが弱ってきたら、元の環境に近い場所へ戻します。無理に全部、ここへ移さないでおきたいです」


「それがいいですね」


〈ちゃんと逃げ道ある〉

〈枯れるまで置いとく実験じゃないの安心〉


 すると、コメントにマルクの名前が流れた。


〈荷台のすみ:栽培向けの照明器具はあります。ですが、まず今の状態を確認されてからでもよろしいかと〉


「あるんですか」


〈荷台のすみ:あります。安くはありません〉

〈先に言ったw〉

〈家主の目が輝いたからな〉

〈見積もり前に釘を刺す商人〉


 俺は、伸びかけた指を止めた。


「……まず、今の状態で」


 リィナが、ほっとした顔をした。


 やっぱり、俺が一番余計な設定を触りそうだった。


     ◇


 最初に植えたのは、薄葉草だった。


 リィナが、根のまわりの土を崩さないよう持ち上げる。


 俺は隣で見ていた。


 彼女の指先が、少しずつ動く。


 伸びた根を、無理に引っ張らない。


 植える場所の土を開き、そこへ静かに収める。


 まわりを押さえる力も、強すぎない。


「……俺、握りつぶしそうですね」


「強く握らなければ、大丈夫です」


「その、強くない加減が」


〈筋力が高すぎる悩み〉

〈斧なら自信あるのに〉

〈今こそ器用を生かせ〉


 リィナが、小さな苗を一つ差し出した。


「やってみますか?」


 俺は手袋を外した。


 土を触るなら汚れてもいい。


 でも、根の状態は、自分の指で確かめたかった。


 掌に乗った苗は、随分と小さい。


 葉が、二枚。


 その下に、細い茎。


 これがあとで材料になる。


 そう思うと、適当に扱えなかった。


「ここに、入れるんですね」


「はい。根を折らないように、そのまま」


 土のくぼみへ下ろす。


 少し、傾いた。


 慌てて持ち直しそうになる。


「大丈夫です。まわりへ土を寄せてください」


「……はい」


 指で土を動かす。


 押しつけすぎないように。


 逃げないから、つかまなくていい。


 自分にそう言い聞かせて、手を離した。


 苗が、立っていた。


「……できた?」


「はい」


 リィナが笑う。


 俺はしばらく、その葉を見ていた。


〈初植え成功〉

〈猪倒したときより慎重〉

〈今、全員息止めてたろ〉


「これは緊張しますね。殴られたら殴り返せるんですけど」


〈薬草は殴るな〉

〈だから誰も殴ってないだろw〉


 隣ではイトが、自分もやりたそうに手を上げていた。


 リィナが説明する。


 イトが聞く。


 いつも糸を扱っているからか、指先の動きは、俺よりずっと細かかった。


 土を少し寄せて。


 葉を避けて。


 そっと離す。


「……うまいな」


 俺が言うと、イトは苗を見る。


 それから、俺を見る。


 少しだけ、胸を張った。


〈かわいい〉

〈植え付け担当、決まりました〉

〈家主は土運びで〉


「分業ですね。適材適所です」


 俺は素直に、次の土袋へ向かった。


     ◇


 青露草は、種からだった。


 こちらは、すぐに姿が見えるわけではない。


 リィナが決めた間隔で、少しずつまく。


 札を立てる。


 水をやる。


 それで、今日は終わりだ。


 見た目は、ただの土。


 俺は腕を組んで眺めた。


「……出てきませんね」


〈早い早い〉

〈さっきまいたんだぞ〉

〈魔石開けたときと同じこと言ってる〉


「分かってます。言ってみただけです」


 でも、ちょっとだけ期待していた。


 ゲームなので。


 種をまいた瞬間に、ぽん、と葉っぱが出てもおかしくないかな、と。


 どうやら、そういうものではないらしい。


 リィナが記録をつける。


 種をまいた日。


 場所。


 水をやった量。


 今の温度。


 隣の薄葉草も、葉の向きや状態を簡単に書き留めていた。


「そんなところまで?」


「あとから、違いが分かるようにしたいので」


「なるほど……」


 俺は机の横から、その紙を覗き込んだ。


 文字だけではない。


 葉の形が、簡単な線で描いてある。


 色の変化を忘れないために、短い言葉も添えられていた。


 元気。


 少し垂れている。


 端に傷。


 一つずつ、見ているのだ。


 俺は床の端に残っていた土を、ほうきで集めた。


 その音を聞きながら、リィナが言う。


「以前、薬草を扱っていたときは、採ってきたものを見ることのほうが多かったんです」


「育てるのは、あんまり?」


「家の近くで、少しだけでした」


 筆が止まる。


「でも、同じ場所で採っても、効き方にばらつきがあることがあって。それが採る時期なのか、乾かし方なのか……ずっと、気になっていたんです」


 俺はほうきを止めた。


 リィナは、植えたばかりの薄葉草を見ていた。


「ここなら、育つところから見られます」


 その声は、静かだった。


 でも、何かを我慢しているような小ささではなかった。


 俺はうなずいた。


「じゃあ、ちゃんと調べましょう」


 リィナがこちらを見る。


「すぐ売れるようにならなくても、大丈夫です。俺たちも使えますし」


「……はい」


「いいのができたら、俺も使わせてもらいます」


 ポーションには、随分と世話になっている。


 今後も、たぶん必要になる。


 リィナが育てて、作ったものなら。


 使うときに、ちょっと誇らしいかもしれない。


 彼女は少しだけ笑い、それからまた記録へ目を落とした。


〈いい場所もらえたなぁ〉

〈リィナが楽しそうでよかった〉

〈研究の成果、配信でも見たい〉


 俺も、それは見たい。


 土の中から芽が出て。


 葉が増えて。


 そのうち材料になる。


 狩りとは違うが、待つ楽しみがあった。


     ◇


 栽培場所の隣には、小さな作業場所を残した。


 今日は、専用の調合室まで造らない。


 机。


 棚。


 道具を分ける箱。


 まずは、それだけだ。


 薬草を扱う道具は、厨房のものと混ぜない。


 食べるものと、調べているものが一緒になったら困る。


 俺が適当に鍋を持っていきかねないので、札もつけた。


『調合用』


『調理には使わない』


「……俺向けですね」


「皆さん向けです」


 リィナの返事は、優しかった。


 でも、俺の目を見ていた。


〈名指しはしない優しさ〉

〈家主が一番使いそう〉

〈薬草の鍋で猪煮込むな〉


「さすがに、札があればやりません」


 乾燥させる場所も、土をいじる場所とは分ける。


 今日、植えたものがすぐ使えるわけではない。


 今まで持っていた薬草を整理するだけでも、十分に意味があるらしい。


 作業台へ置かれた小さな乳鉢を見て、俺は尋ねた。


「ポーション作りも、ここから?」


「はい。ただ、まだ教えていただきたいことが多いです」


 リィナは、すぐにできるとは言わなかった。


「今まで扱っていた薬草の知識だけで、安定したものが作れるとは限らないので。材料の状態も、確かめたいです」


「じゃあ、道具も先生も、少しずつですね」


「はい」


 俺は図面の余白に、書き足した。


『調合の相談』


『栽培照明の価格確認』


『薬草の記録用の紙』


 ……紙が、結構いるな。


 部屋を一つ造ると、必要なものが次々に出てくる。


 俺がその一覧を眺めていると、配信の端にマルクの名前が流れた。


〈荷台のすみ:次の便で、お持ちできるものをまとめておきます。調合について相談できる方も探してみましょう〉


「ありがとうございます。まだ買うか分からないものもあるので、見積もりからお願いします」


〈言えるようになった〉

〈家主、成長〉

〈以前なら全部くださいだった〉


「俺だって、学びますよ」


 リィナが隣で、少しだけうなずいた。


 たぶん。


     ◇


 作業が一段落したところで、食堂へ戻った。


 手を洗う。


 顔を洗う。


 靴についた土も、ちゃんと落とす。


 そのつもりだった。


 食堂の入口で、リィナが俺の足元を指した。


 床に、土が二つ。


 いや、三つ。


「……すみません」


〈畑を運ぶ家主〉

〈苗は置いてきたのに土はついてくる〉


 俺は布を取りに戻った。


 イトは入口に座り、俺の靴をじっと見ている。


 なぜか、自分の足まで確認していた。


 そこは真似しなくていい。


 掃除を終えたころには、ちょうど腹が減っていた。


 厨房から、温かい匂いがする。


 今日の飯は、肉と根菜の煮込み。


 それから、少し焼き色の濃いパン。


「……いいですねぇ」


 椅子へ座る。


 リィナとイトも、向かいに腰を下ろした。


 湯気が上がる。


 今日は斧を振っていない。


 でも、腕は結構使った。


 土袋は重かったし、木枠を持ったまま少しずつ動かすのも、意外と疲れる。


 パンをちぎり、煮込みへ浸す。


 口へ入れた。


「うま」


〈労働のあとの飯〉

〈畑仕事回、よかった〉

〈今日できたのは何種類?〉


「植えたのは二種類ですね。薄葉草と青露草。片方は苗で、片方は種です」


 リィナがうなずく。


「薄葉草は、土を少し変えた場所と比べます。青露草は、まず芽が出るかを見たいです」


〈芽が出たら報告頼む〉

〈ログインしたとき楽しみになるな〉

〈討伐報告と発芽報告が並ぶゲーム〉


「そうですね。管理の記録も見られるようにしておきましょうか」


 もちろん、勝手に薬草の品質が全部分かるわけではない。


 でも、部屋の温度設定が変わったか。


 誰が確認したか。


 水やりをしたか。


 そういう作業の記録なら、残せる。


 俺が気まぐれに水をやって、リィナも同じ日に水をやる。


 そんなことにならないように。


「俺が勝手に触ると、ちょっと怖いので」


「やるときは、声をかけてください」


「はい」


〈家主へのルールが増えた〉

〈勝手に温度を変えない〉

〈勝手に水をやらない〉

〈勝手に収穫しない〉


「俺、結構信用されてません?」


「大きいものを運んでいただけるので、とても助かっています」


 返答が、上手だった。


 反論するところがない。


 俺はパンをもう一口食べた。


     ◇


 食後、マルクへ簡単な連絡を送った。


 栽培室ができたこと。


 薬草は、まだ植えたばかりであること。


 しばらく販売できる量はないこと。


 それから、買い取ってもらうとしたら、どんな状態がよいのか。


 返事は、少しして届いた。


『乾燥させた薬草も扱えます。ただし、種類と品質を確認できるよう、混ぜずに保管してください。まずは少量から相談しましょう』


 その下に、もう一文。


『なお、薬草をすべてポイント用の素材と交換する必要はありません。栽培や調合の費用も残しておきましょう』


「……先回りされましたね」


〈読まれてる〉

〈全部ダンジョンに入れるつもりだったか?〉


「全部ではないですよ。少しは、と思ってましたけど」


 俺はリィナへ、届いた内容を見せた。


「売れるようになったら、次に育てるものや、調合の道具に使いましょう」


 彼女は画面の文字を読み、それから俺を見た。


「改築のほうは、いいんですか?」


「迎撃室でも稼いでますし。何でもそっちへ回したら、畑が育たないでしょう」


 まだ、植えたばかりだ。


 売り物ができるかも分からない。


 そんなうちから、全部の使い道を俺が決めるのも変だった。


「必要なものは、リィナが考えてください。大きい買い物だけ、一緒に相談しましょう」


 リィナは、しばらく何も言わなかった。


 それから、手元の紙をそっとそろえた。


「……では、まず記録を続けられるようにしたいです」


「紙ですね」


「はい。それと、収穫したものを、同じ条件で乾かして比べられる棚を」


「分かりました」


 マルクへの返事に、書き加える。


 薬草の乾燥に使う棚。


 記録用の紙。


 それから、必要な道具の相談。


 熊の部屋までの道のりは、ちょっと遠くなったかもしれない。


 でも、これはこれで、悪くない。


〈研究費、確保〉

〈リィナ工房、準備中〉

〈そのうちポーションに名前つくのかな〉


 俺は、そのコメントを見て笑った。


「まだ早いですよ。今日、植えたばっかりなんですから」


〈お前が言うのかw〉

〈青露草に今すぐ生えろって顔してたやつが〉


 ……それは、そう。


     ◇


 配信を終える前に、もう一度、栽培室へ行った。


 扉を開ける。


 先ほどまで人が動き回っていた部屋は、静かだった。


 左右の木枠。


 湿った土。


 小さな札。


 その間に、薄葉草が並んでいる。


 照明を少し落とすと、石の壁の白さが和らいだ。


「……家の中に、緑がある」


 思っていた以上に、いい。


 厨房や寝室ができたときとも違う。


 ここには、育っていくものがある。


 明日、俺がいない時間も。


 学校で授業を受けている間も。


 土の中で、少しずつ何かが変わっていく。


 イトが俺の横へ来た。


 植えた苗の前でしゃがむ。


 触らずに、見るだけ。


「おおきく、なる?」


「うまく育てばな」


 イトは、葉を見つめた。


「……たべる?」


「これは、薬の材料。勝手に食べちゃ駄目だぞ」


 すぐに振り返る。


 食堂で蜂蜜の話をしたせいか、畑も食べるものだと思っていたらしい。


 リィナが隣へしゃがんだ。


「元気になれる薬を作るために、育てるんです」


 イトはリィナを見て、また苗を見る。


 それから、小さくうなずいた。


「しゅら、つかう?」


 俺は少しだけ、言葉に詰まった。


 リィナが笑う。


「必要なときには、使ってもらいましょう」


 イトが、真面目な顔で苗へ向き直った。


「……おおきく、なれ」


〈かわいいなぁ〉

〈大事に育てよう〉

〈これは収穫のとき絶対うれしい〉


 俺もしゃがもうとして、通路の狭さに少し苦戦した。


 膝をぶつけないように。


 木枠を押さないように。


 ようやく姿勢を落とす。


 葉の先に、小さな水滴が残っていた。


「まずは、枯らさないところからですね」


 リィナがうなずく。


「はい。毎日、見ていきます」


「困ったら、俺にも言ってください。土運びでも、棚づくりでも」


「お願いします」


 返事をした彼女は、もう入口で遠慮していたときの顔ではなかった。


 奥の机へ戻り、記録の最後へ何かを書き加える。


 その横に、イトが立つ。


 俺は入口の柱へ背中を預け、二人を眺めた。


 ここへ最初に入ったときは、糸だらけだった。


 暗くて。


 魔物がいて。


 奥まで進むために、武器を握っていた。


 それが今は、畑の水を確認している。


〈ダンジョンって何だっけ〉

〈生活が充実していく〉

〈蜂蜜と薬草、次の交易便が楽しみ〉

〈そのうち商人が住みつきそう〉


「いやぁ。さすがに、そこまでは」


 笑って答える。


 そのとき、マルクから追加の連絡が届いた。


『栽培を始められたのであれば、次の便に、薬草を扱う者を一人同行させてもよろしいでしょうか。ご相談に乗れるかと思います』


 俺は文字を読む。


 隣のリィナを見る。


 彼女の目が、少し輝いた。


「……来てもらいましょうか」


「はい。ぜひ」


〈早速一人増えるぞ〉

〈人が来る理由ができた〉

〈家主、部屋足りる?〉


「相談に来てもらうだけですからね?」


 そう言って、俺は返事を送った。


 送ってから、少し考える。


 せっかく来てもらうなら、座る場所は要る。


 机も、今の食堂でいいか。


 資料を広げるなら、もう少し――。


 俺の視線が、壁へ動いた。


 リィナが気づく。


「修羅さん」


「はい」


「今日は、もう掘りません」


〈止めたw〉

〈研究担当、管理能力も高い〉

〈家主は学校があります〉


 ちょうど、その言葉を追いかけるように、設定していた通知が鳴った。


 ログアウトの時間だ。


 俺は壁から目を離す。


「……じゃあ、続きはまた今度ですね」


 小さな栽培室を、もう一度見渡す。


 まだ、何も収穫していない。


 売れるものも増えていない。


 でも、ここへ来る理由と、明日確かめたいものは増えた。


「明日、ちょっと育ってたりしますかね」


「一日では、そんなに変わらないと思いますよ」


「ですよねぇ」


 それでも。


 ログインしたら、たぶん最初に見に来る。


 そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。