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5話 魔物ほいほい 強化

●主人公視点


 はい。ダンジョンの設計図を眺めている修羅でーす。


 目の前には、今後造りたい部屋が並んでいる。


 大きな倉庫。


 作業場の拡張。


 熊が通れる広い通路。


 そして、熊の部屋。


「……いいですねぇ」


〈家建てる人の顔してる〉

〈昨日も同じ図を見てなかった?〉

〈熊の部屋だけ妙に熱心〉


「だって、出せるんですよ。あの熊」


〈出せると出していいは別〉

〈近隣住民の意見も聞いて〉

〈俺なら引っ越す〉


 図面の端を指で押さえる。


 ここを掘って、こっちを広げて。


 倉庫を移したら、素材を運ぶ距離も短くなる。


 そうやって考えている時間は、かなり楽しい。


 ただ、一つ問題がある。


「ポイントがない」


〈知ってた〉

〈最初から最後までそれ〉

〈夢だけ先に広がっていく〉


 管理画面を開く。


 昨日よりは増えている。


 増えてはいるんだが、部屋を一つ広げると、残りが随分と寂しくなる。


 それなのに通路まで掘ったら、熊を呼ぶ前に終わってしまう。


「……よし」


 俺は図面を閉じた。


「まず、一階で稼ぎます」


〈ついに〉

〈モンスターほいほい本格稼働か〉

〈増築資金を獲物に払わせる家主〉


「ある程度貯まったら増設。今の部屋で困るようになってから広げましょう」


 部屋を先に造っても、置くものがない。


 逆に、今の設備で十分なら、そのまま使ったほうがいい。


 魔物の種類が増えて、戦い方に合わなくなったら、そのときに考える。


 少なくとも、今ここで立派な熊用通路を掘る必要はない。


 ……掘りたいけど。


〈最後、未練のある顔したぞ〉

〈熊は逃げないから〉


「召喚欄にいるので、逃げませんね」


〈言い方〉


     ◇


 第一階層の迎撃室に入ると、岩背猪が鼻を持ち上げた。


 その背中の向こうで、蜘蛛が一匹、壁を登っていく。


 もう一匹は、天井に近いくぼみの中だ。


 昨日整えたばかりの場所だが、ちゃんと使ってくれているらしい。


「今日はよろしくお願いします」


 猪の背中を軽くたたく。


 ぶふ、と鼻息が返ってきた。


 返事なのか、触るなという意味なのかは分からない。


 ただ、逃げなかったので、ひとまずよしとする。


「イト。糸、見てもらっていいか?」


「みる」


 俺の横にいたイトが、蜘蛛の姿へ戻る。


 するすると壁を登り、先に張られていた糸へ前脚を触れた。


 何度か位置を変えたあと、新しい糸を一本足す。


 入口から見れば、暗い壁の陰に重なって、ほとんど分からない。


〈先輩の現場確認〉

〈イト監督〉

〈自分で全部張らずに直してるのいいな〉


 俺は床を確かめた。


 猪が走る場所に、余計な枝や石はない。


 奥の扉も閉まっている。


 その手前には盾持蜥蜴兵。


 盾を立て、じっと入口を見ていた。


「もし抜かれたら、そこで止めてくれ。外までは追わなくていい」


 短い鳴き声が返る。


 これで準備はできた。


 俺は管理通路へ戻り、魔石を収めた箱の前に立つ。


 小さな石だ。


 これ一つで、どれくらい変わるのか。


「それじゃ、開けます」


〈営業開始〉

〈本日の獲物募集中〉

〈まずは周辺への影響見ながらな〉


「ですね。変なのが来たら、すぐ閉めます」


 遮蔽箱の蓋を開ける。


 灰青色の石が、棚の奥で淡く光った。


 ……。


 …………。


「来ませんね」


〈まだ一分も経ってねぇ〉

〈宅配じゃないんだぞ〉

〈魔物にも都合がある〉


「俺にも配信時間の都合があるんですけどねぇ」


 待っている間に、リィナが記録用の板を持ってきた。


「開けた時刻は、今でいいですね」


「あぁ。あと、来た方向も書いておいてくれると助かる」


「分かりました」


 今日は、来た数だけを見るつもりはない。


 どこから来て、何が来て、どう倒せたのか。


 魔石を使う以上、それなりに費用がかかる。


 倒せたから得、とは限らないのだ。


〈ちゃんと帳簿つけてる〉

〈家主より管理がしっかりしてる〉


「俺も今、結構しっかりしたこと考えてましたよ?」


〈口に出してないから分からん〉


 そうこうしていると、入口のほうで小さな音がした。


 かり、と石を引っかく音。


 俺は口を閉じ、覗き窓へ顔を寄せる。


 牙鼠が一匹、鼻を動かしていた。


     ◇


 鼠はすぐには入ってこなかった。


 入口の陰で立ち止まり、頭を上げる。


 右を見る。


 左を見る。


 もう一度、奥を見る。


「……結構、慎重ですね」


〈そりゃそうだろ〉

〈知らない家からうまそうな匂いがするようなもん〉

〈絶対入りたくない〉


 それでも、魔石が気になるらしい。


 一歩。


 また一歩。


 鼠が部屋へ入った。


 壁際を走り、そのまま棚の下へ向かう。


 途中で、脚が止まった。


 いや、止められた。


 床すれすれに張られた糸が、前脚に絡んでいる。


 鼠が身をひねる。


 壁の上から蜘蛛が動いた。


 新しい糸が背中へ落ちる。


 次の瞬間、猪が走った。


 短い距離だった。


 硬い鼻先が鼠を捉え、その体が床を転がる。


【配置した魔物が侵入者を討伐しました】


【経験値を獲得しました】


【ダンジョンポイントを獲得しました】


「おぉ」


〈きれい〉

〈完全に連携できてる〉

〈猪が無駄に走らなくなったな〉


 猪は倒れた鼠を一度嗅ぐと、こちらを見た。


 それから、のそのそと元の場所へ戻っていく。


 蜘蛛も糸をたどり、壁の上へ戻った。


 なんというか。


「仕事が早い」


〈家主の出番なし〉

〈修羅、箱開けただけ〉


「重要な仕事ですからね。開け閉め」


 リィナが板へ書き込んだ。


 俺は討伐記録を開く。


 ちゃんと増えている。


 ほんの少しだが、経験値も入っていた。


 もちろん、今の俺が牙鼠一匹で強くなるわけではない。


 だが、自分が斧を振らなくても、家の防衛が成果につながる。


 それはそれで、うれしかった。


 安全を確認してから鼠を回収する。


 次が来たときに、猪の足元へ転がっていても困る。


「使えそうなものは、あとで分けよう」


「はい。ひとまず、こちらへ」


 蓋付きの容器へ収める。


 全部その場でポイントにしてしまえば楽だが、何が残るのかは確認したい。


 売れるものや、加工に使えるものまで消してしまうのは、もったいないからな。


     ◇


 それから、ぽつぽつと魔物が現れた。


 牙鼠が二匹。


 少し間を空けて、もう一匹。


 来るたびに蜘蛛が動き、猪が仕留める。


 ただし、毎回同じようにはいかなかった。


 二匹で来たときは、先頭だけが糸にかかった。


 後ろの一匹が、それを見て引き返しかける。


 そこへ猪が走り込んだので倒せたが、蜘蛛の糸を一本、まとめて切ってしまった。


「あぁ、そこ通るのか」


〈猪の進路とかぶった〉

〈昨日は一匹ずつだったからな〉

〈やってみないと分からんね〉


 イトが壁から下りてくる。


 切れた糸を確かめ、今度は少し高い位置へ張り直した。


 猪はその下を、何事もなく通り抜ける。


「なるほど。脚を止める場所と、猪が走る場所を分けるのか」


 イトが前脚を上げた。


 たぶん、そういうことらしい。


 俺は図面ではなく、簡単な部屋の見取り図へ印をつけた。


 糸の位置。


 猪の待つ場所。


 魔物が通りやすい壁際。


 部屋自体を大きく変えなくても、調整できるところは結構ある。


〈増設より先に配置変更〉

〈今の一階、育ってる感じがする〉


「ですね。まず使いこなしましょう」


 そう答えた直後だった。


 入口のほうで、鼠とは違う足音がした。


 低い位置に、二つの目。


 黒い毛並み。


 鼻先を地面へ近づけながら、細長い体が姿を現す。


 昨日も来たやつだ。


 俺は鑑定を使った。


【黒爪鼬 Lv.19】


「お。今日は十九ですね」


〈昨日のより一つ上か〉

〈こいつ、まだ召喚できないんだよね〉


「俺が戦ってませんからね。今日は、ちょっと参加します」


 斧を持ち上げる。


 ただし、すぐには出ない。


 まず、どう動くのかを見たかった。


 黒爪鼬は入口を抜けたところで止まった。


 鼻を上げる。


 その視線が、床から壁へ移った。


 次の瞬間、跳んだ。


「お?」


 壁へ爪をかけ、そのまま斜めに駆ける。


 床の糸を避けた。


〈登るのかよ〉

〈鼠とは違うな〉

〈棚、狙ってない?〉


 魔石の棚へ向かっている。


 猪が下から追うが、届かない。


 待機していた蜘蛛が糸を飛ばした。


 黒爪鼬は体をひねる。


 糸が脇腹をかすめ、その動きが少し鈍った。


 そこで、俺は管理扉を開けた。


「はい、そこまで」


 魔石の棚と鼬の間へ入る。


 こちらへ顔を向けた黒爪鼬が、短く鳴いた。


 爪が、俺の腕へ伸びる。


 斧の柄を差し込み、進路を押さえた。


 勢いを失った体が、壁から落ちる。


 俺は踏み出さず、その場で斧を返した。


 一撃。


 鼬の体が床へ落ちる。


【黒爪鼬を討伐しました】


【経験値を獲得しました】


【ダンジョンポイントを獲得しました】


 念のため数歩離れ、動かなくなったことを確かめる。


「……壁を使うのか。いいですね」


〈勧誘する顔になった〉

〈倒した瞬間、採用担当になるな〉

〈うちで働かないかって?〉


「働くかどうかは、ともかく」


 管理画面を開く。


 召喚できる魔物の一覧。


 その下に、新しい名前が増えていた。


【召喚可能な魔物が追加されました】


【黒爪鼬】


「増えました」


〈おお!〉

〈一階だけで種類が増えていく〉

〈モンスターほいほい、採用窓口でもあった〉


 詳細を確認する。


 狭い場所を通れる。


 爪をかけられる壁なら、立体的に動ける。


 正面からぶつかる猪とは、役割が違う。


 糸で止めた相手へ、横や上から回り込ませるのもよさそうだ。


「……ただ、今すぐは呼びません」


〈我慢できた〉

〈えらい〉

〈熊を見ながら成長した男〉


「毎回一匹ずつ呼んでたら、貯まらないんですよ」


 今いる魔物で、ちゃんと対応できている。


 出番が決まってから呼んでも遅くはない。


 俺は黒爪鼬の名前を、見取り図の余白へ書いた。


 その横に、小さく「壁」と付け足す。


 部屋を広げる理由が、一つできた。


 でも、まだ掘らない。


     ◇


 その後、入口の外をガドが通った。


 こちらに気づき、片手を上げる。


 俺は箱の蓋を閉めてから、外へ出た。


「どうだった?」


「村へ向かう道は変わらん。こっちには、小さい足跡が増えた」


「ほかは?」


「今のところな」


 ガドはそこで言葉を切り、洞窟の入口を見た。


「残した匂いにも寄る。片づけろよ」


「あぁ。中へ回収してる」


「外も見ろ」


 そう言われ、入口脇へ目を向ける。


 土の上に、小さな血の跡があった。


 最初に来た鼠が、入る前からどこかを傷めていたらしい。


 俺はしゃがみ込み、その周辺を確認した。


「……そっか。魔石だけじゃないのか」


 来た魔物が足跡を残す。


 血や獲物の匂いも残す。


 それを追って、別のやつが来ることもある。


〈飯の匂いにつられてくる客もいるわけか〉

〈小型が集まれば、それを食うやつも来る〉

〈獣医見習い:なので、閉めた後もしばらく確認ですね〉


「了解です。今日はそろそろ終わりにします」


 配信時間を見た。


 まだ少し余裕はあるが、素材の片づけも必要だ。


 最後まで箱を開けて、時間になった瞬間ログアウトするわけにはいかない。


 俺はガドへ礼を言い、中へ戻った。


     ◇


 遮蔽箱を閉めたあとも、牙鼠が一匹やって来た。


 すでに近くまで来ていたのだろう。


 そいつを猪が仕留めてから、しばらく待つ。


 入口は静かになった。


 蜘蛛の糸を確かめ、猪の脚を見て、蜥蜴兵にも怪我がないことを確認する。


「……全員、無事ですね」


 ようやく肩の力が抜けた。


 リィナが記録を見せてくれる。


 開けていた時間。


 来た魔物。


 回収したもの。


 増えたポイント。


 それから、減った魔石の魔力。


「思ったより、残りましたね」


「はい。まだ使えそうです」


 魔石は消耗する。


 だが、今日一回で使い切ったわけではない。


 何度か続けてみれば、交換にいくらかかるかも分かってくるだろう。


 俺はポイントの表示を見た。


 大きな部屋を造れるほどではない。


 でも、始める前よりは増えた。


 新しく召喚できる魔物も、一種類。


 今の部屋で何ができて、何に弱いかも、少し分かった。


「うん。しばらく、これでいきましょう」


〈今日は増築なし?〉


「なしです。貯金します」


〈本当に我慢してる〉

〈明日には壁掘ってそう〉

〈熊の図面は隠しておこう〉


 俺は返事をせず、机の上に置いた図面を裏返した。


〈隠したw〉

〈自覚あった〉


「見えてると、掘りたくなるんですよ」


 その横で、イトが人の姿へ戻る。


 椅子によじ登り、見取り図を覗き込んだ。


 黒爪鼬の名前を、小さな指でなぞる。


「ふえた?」


「あぁ。呼べるやつは増えた」


「くる?」


「まだ。必要になってからな」


 イトは少し考え、それから迎撃室のほうを見た。


 奥では猪が横になっている。


 蜘蛛は壁のくぼみに戻り、脚を折り畳んでいた。


「……いま、いる」


「そうだな。まずは、今いるみんなでやってみよう」


 イトがうなずく。


 俺も椅子へ腰を下ろした。


 最初から、立派なダンジョンを造る必要はない。


 今ある一階で稼ぐ。


 貯まったら、必要な場所を広げる。


 新しい魔物が増えたら、そいつに合った使い方を考える。


 そうやって、少しずつ変えていけばいい。


「さて。今日の片づけが終わったら、飯にしましょう」


〈家賃回収終了〉

〈一階で働いて、一階で食う〉

〈熊の部屋ができるまで見届けるぞ〉


 俺は立ち上がり、処理台のほうへ向かった。


 図面は、裏返したまま。


 今日はまだ、掘らない。


 ……明日も、なるべく。

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