4話 魔物ほいほい
●主人公視点
昨日は、いい改築ができたと思います。
猪が、壁へぶつからずに向きを変えられるようになりました。
蜘蛛たちにも、休む場所ができました。
素材を分ける台も作った。
無駄なく、少しずつ。
そういうのは、大事だと思います。
思うんですけど。
「……一気に、やりたくなりますね」
どうも、修羅です。
ログインして、活動報告を確認したところです。
不在中の侵入。
討伐結果。
獲得したポイントと経験値。
回収済みの素材。
配置魔物の状態。
昨日作った退避場所は、ちゃんと使われていた。
猪が壁へぶつかった記録も、ない。
そこは、嬉しい。
ただ。
ポイントの数字を見てから、改築予定の図面を開く。
奥の広間。
通路。
倉庫。
熊の部屋。
全部並べると、まだ随分と先だった。
〈始まったw〉
〈昨日あんなに堅実だったのに〉
〈気持ちは分かる〉
〈資材は目の前にあるんだもんな〉
「そうなんですよ」
俺は、壁際へ積んだ石材を見た。
イベントでもらった物。
金具もある。
補強に使う材料もある。
これで、できることは増えている。
でも、ポイントが足りない。
図面の上だけなら、いくらでも広げられる。
実行のボタンを押すと、足りませんと表示される。
それが、何となくもどかしかった。
「……せめて、ここまでは掘りたいですね」
二階層の広間を、少しだけ広げる。
必要ポイントが増えた。
戻す。
通路を曲げる。
また、増える。
俺は、炭を机へ置いた。
隣でイトが、こちらを見ている。
「できない?」
「今のままだと、ちょっと時間がかかります」
答えると、イトは図面の大きな丸を見た。
指を置く。
「くま」
「はい。熊も、まだですね」
少し間が空いた。
イトが、俺を見る。
「いっぱい、かる?」
「……それも、考えました」
正直に答えた。
◇
今日は、ログインする前から少し考えていた。
遠くへ行って、強い魔物を倒す。
収納鞄へ入れられる分を、持って帰る。
そのままポイントへ交換する。
一番、分かりやすい。
今の俺なら、前よりたくさん倒せると思う。
でも。
学校から帰って、用事を済ませて、ログインして。
そこから山へ向かい、獲物を探して、戦って、持って帰る。
それを何日も続ける。
できなくはない。
ただ、その間、家の改築自体はほとんど進まない気がした。
ポイントのために狩りへ出て、帰ったら時間切れ。
明日も、その続き。
「……家を作りたいのに、ずっと外で狩ってるのも、違うんですよね」
〈分かる〉
〈素材集めだけで終わる日、ある〉
〈狩り配信としては見たいけどな〉
〈熊もう一頭狩ればいいのでは〉
「そこも、そんなに簡単ではないです」
俺は、首を振った。
強い魔物を見つければ、全部が解決するわけではない。
倒せても、回収する必要がある。
良い素材を、そのままポイントへ入れるのも少し惜しい。
あの熊だって、毛皮と岩鎧は装備になった。
肉も食べた。
村の人たちも、使っている。
ポイントにしたいからといって、全部をそちらへ回すのは違うと思った。
リィナさんが、机へ紙を置いた。
「村から買い取った分の、今週の予定です」
「ありがとうございます」
狩りの後に残った物。
村で使う分を除き、こちらへ持ち込める分だけ。
話は、少しずつ続いている。
ただ、やはり量は日によって違った。
「こちらは、無理に増やさない方がよさそうですね」
リィナさんが言う。
俺も頷いた。
「はい。村で使う物まで、持ってきてもらうのは困るので」
俺は、現在の入手先を紙へ並べた。
自分で狩る。
村から買い取る。
入口へ来た魔物を倒す。
どれも、間違ってはいない。
でも、改築したい量に対して、少しずつだった。
◇
〈街で安い素材を買ってくるのは?〉
〈商人の人に相談しよう〉
〈壊れた防具とか〉
〈売れ残った殻とかありそう〉
俺は頷きながら、前に調べた数字を見た。
「買ってきて交換するのは、できます。ただ、普通に売れる物を買うと、結構高いんですよね」
金属片。
加工できる骨。
まだ使える革。
誰かが仕事に使える物には、それだけ値段がつく。
俺の財布は、イベント前より随分余裕がある。
だから、多少なら使える。
でも、これから先も全部お金で解決するとなると、すぐに減ると思う。
〈報酬を全部つぎ込めば〉
〈家が豪邸になって、本人が飯抜き〉
〈リィナさんが止めるぞ〉
隣を見る。
リィナさんも、俺を見ていた。
「……全部は、使いません」
「はい」
笑顔で頷かれた。
俺は、もう一度紙へ目を落とす。
新しい入手方法が、突然生えてこないだろうか。
そんなことを考えたところで、コメントの流れが少し変わった。
〈魔石は置いてないんですか?〉
見覚えのある名前だった。
〈獣医見習い:入口の試験区画には、魔石を設置されていますか?〉
「……魔石?」
俺は、顔を上げた。
◇
獣医見習いさん。
前に、魔物の食事について視聴者へ説明してくれた人だ。
魔物の飼育師に習っていると、言っていた。
俺は、入口の方を見た。
「魔石を使った設備は、まだ置いてないです。灯りも、今は別の物なので」
〈獣医見習い:でしたら、一つ試せることがあるかもしれません〉
コメントが、次々に流れる。
〈お?〉
〈有識者きた〉
〈前にも見た名前だ〉
〈何ができるんだ〉
俺は、机へ少し身を寄せた。
「どういう物ですか?」
〈獣医見習い:魔物は、魔力の濃い場所へ寄ってくることがあります。魔力を漏らす状態の魔石を置くと、それを目当てに現れる個体がいるんです〉
俺は、その文章を読んだ。
もう一度、読む。
「……魔物が、寄ってくる?」
〈獣医見習い:はい。すべての種が同じ反応をするわけではありませんし、必ず現れるわけでもありません。ただ、魔力を求めて周囲を移動する小型種には、反応するものがいます〉
俺は、入口脇の区画を思い出した。
今は、匂いや通り道をたどって、たまに魔物が来る。
そこへ、魔力。
「食べ物の代わりに、ですか」
〈獣医見習い:近い考え方です。ただ、餌の匂いと魔力では、反応する相手が違う場合があります〉
俺は、ゆっくり頷いた。
昨日と同じ三つの方法。
そのうちの一つを、少し変えられるかもしれない。
「……それ、面白そうですね」
〈あっ〉
〈今、顔変わった〉
〈家主、興味を持った〉
〈有識者さん、今回も何かを進めてしまった〉
◇
俺は、魔石の説明をもう少し聞いた。
ただ、置けばいいわけではないらしい。
道具に使うため、魔力が外へ漏れにくいよう加工された物。
逆に、加工の途中で欠けたり、用途が合わずに保管されている物。
状態によって、周りへ出る魔力の量が違う。
〈獣医見習い:灯りなどに組み込まれた物は、必要な方向へ魔力を使うよう調整されています。単に明かりを置けば集まる、というわけではありません〉
「なるほど……」
〈獣医見習い:それと、設置した魔石から無限に魔物が生まれる、という説明ではありません。今回は、周囲にいる魔物が近づく可能性を利用する話です〉
俺は、頷いた。
そこは、大事だ。
何もない場所へ石を置いたら、急に魔物が湧き続ける。
そういう物ではない。
周りにいる相手が、こちらへ寄ってくる。
なら、来なくなることもある。
別の相手が来ることもある。
〈獣医見習い:強い魔力を出せば、都合よく弱い魔物だけが集まるわけでもありません。試すなら、ごく小さい物からがよいと思います〉
俺は、紙へ一行書いた。
『小さい魔石で試す』
その下に、もう一つ。
『周囲の魔物と、人の道を確認する』
〈ちゃんと書いてる〉
〈今回はいきなり最大のやつ買わないな〉
〈熊が寄ってきたらどうする〉
「止めます。というか、来てから考えるんじゃなくて、来たら閉じられるようにします」
リィナさんが、俺の紙を見る。
「村へ行く道と、離れている方がよさそうですね」
「はい。それも、ガドに相談します」
〈よし、相談先が増えた〉
〈村の人を巻き込まないの大事〉
〈でもこれ、うまくいけば結構よくない?〉
〈猪が自分の部屋で狩りできる〉
俺は、入口の方を見た。
猪は、床へ寝そべっていた。
耳だけが、少し動いている。
仕事の相談をしているとは、分かっていないと思う。
◇
マルクさんへ、連絡した。
魔石を探していること。
高価で大きな物ではないこと。
道具には使いにくい、小さな欠片でも構わないこと。
用途も、そのまま説明した。
すぐに返事が来た。
『魔物を寄せるため、ですか』
俺は、少しだけ背筋を伸ばした。
『はい。家の入口脇で、小型の魔物を相手にする区画を試しています』
送る。
少し間があった。
次に届いたのは、別の質問。
『設置する場所と、閉じる方法は決まっていますか?』
俺は、図面を見た。
魔物が入る口。
生活用の入口。
村へ続く道。
俺たちが通る道。
指で、順番に追う。
「……閉じるだけじゃ、魔力は止まらないですよね」
口に出すと、コメントが返る。
〈そうだな〉
〈石を回収する必要ある?〉
〈出す魔力を抑える容器とかあるのかな〉
俺は、そのままマルクさんへ聞いた。
返事は、少ししてから。
『魔石を保管するための遮蔽箱があります。完全に外へ出さない物は高価ですが、小さな欠片を扱う物でしたら、工房へ確認できます』
なるほど。
使うときだけ、開ける。
試験をやめるときは、閉める。
石を置いたまま、何もできない状態にはしない。
俺は、紙へ書き足した。
気づけば、熊の部屋の図面より、こちらの紙の方が文字だらけになっていた。
〈改築回から実験回になった〉
〈新しい設備考えるの楽しい〉
〈ポイント不足で知識が増えていく〉
「俺も、今、随分覚えてます」
少し笑って、返事をした。
◇
ガドへ話すと、返事は早かった。
「強いのを、寄せるな」
「はい。小さい物で、試します」
「村へ、近づけるな」
「そこも、確認したいです」
俺は、図面を広げた。
家の正面。
村へ行く道は、左。
試験区画の入口は、少し右へ向けてある。
ただ、今のままでは、魔物がどちらから来るか分からない。
ガドは、地面へしゃがんだ。
小枝で、森の形を描く。
「こっちは、獣が通る」
指す。
俺が普段あまり歩かない、沢沿いの低い場所だった。
「村の狩り道は、こっちだ」
別の線。
二つは、少し離れている。
でも、完全に無関係ではない。
大きく魔物を集めれば、どちらにも流れる可能性はある。
「まず、石を置く前に見る」
ガドが言った。
俺は頷く。
結局、その日は魔石を手に入れる前に、周囲を歩くことになった。
短い時間だけ。
俺とガド。
イトは家へ残り、リィナさんと一緒に留守を見てもらう。
沢沿いには、確かに足跡があった。
牙鼠。
小さな爪のある獣。
猪の古い跡も。
俺は、その位置を地図へ残した。
「……ここからなら、家の脇へ回ってきますね」
「ああ」
ガドは、少し先の木を見た。
「ここより向こうへ、広げるな」
俺は、木へ目印をつけた。
最初に試す範囲。
そこを、決めた。
◇
小さな魔石が届いたのは、次にログインした日だった。
マルクさんが、集落へ向かう便に合わせて送ってくれた。
大きな荷物ではない。
掌へ収まる、蓋付きの箱。
その中に、灰青色の欠片が一つ。
「……これが、そうなんですね」
指先ほどの大きさ。
片側が欠け、表面には細い亀裂が入っている。
鑑定を使った。
【欠けた魔石】
【魔力を蓄えた石の欠片。
外装の損傷により、蓄えた魔力が少量ずつ漏れている。
道具へ用いる場合、状態に応じた加工が必要。】
説明を読む。
ただの、役に立たない石ではない。
加工すれば、使えるかもしれない。
だから、無料ではなかった。
でも、大きく綺麗な物を買うよりは安い。
遮蔽箱と合わせた値段を、俺は帳面へ書いた。
〈本当に小さいな〉
〈これで来るのか〉
〈いきなり大きい石じゃなくて安心した〉
〈箱の方が高そう〉
「……少し、そうでした」
返すと、コメントに笑いが増えた。
でも、止めるための物は先に欲しかった。
俺は蓋を閉める。
近くにいたイトが、箱を見た。
「まほう?」
「魔力が、入ってるみたいです」
蓋を少し開ける。
イトの目が、欠片へ向いた。
手が伸びる。
途中で止まった。
俺を見る。
「触る?」
「今日は、見てるだけでお願いします」
頷きが返る。
前みたいに、何となく触って確かめるわけにはいかなかった。
◇
獣医見習いさんも、その日の配信へ来てくれた。
俺は、届いた欠片の鑑定結果を見せる。
〈獣医見習い:小規模な試験には、向いていると思います。まずは、どれくらいの時間で何が近づくかを記録してみてください〉
「はい。今日は、ずっと見てます」
〈獣医見習い:周囲に強い魔物がいる可能性もありますので、反応がないからといって、急に石を増やさない方がいいです〉
「分かりました」
〈有識者の釘刺し〉
〈修羅、そこ大事だぞ〉
〈反応なかったら二個目出しそうだもんな〉
「……ちょっと、考えました」
〈考えたんかいw〉
〈素直でよろしい〉
俺は、試験区画へ向かった。
前日までの活動報告も、確認してある。
牙鼠が、数体。
黒牙走狗が、一体。
改築後、猪が壁へ接触した記録はなかった。
蜘蛛の退避場所も、使われている。
土台は、前よりよくなっていた。
そこへ、新しい物を一つだけ足す。
今日は、それだけ。
◇
魔石を置く場所は、床ではなく、奥の壁際に作った浅い台だった。
猪が体をぶつけにくい高さ。
蜘蛛が糸を張る場所とも、少し離す。
魔物が入口から真っすぐ走っても、そのまま石へ届かない位置。
台の周りには、丈夫な格子を取り付けた。
石を食べられたり、持ち去られたりしたら困る。
後ろの生活用通路から、箱の蓋を操作できるようにもした。
ここには、少しポイントを使った。
俺は、減った数字を見た。
「……増やすために、また使ってますね」
〈設備投資、第二弾〉
〈回収できるかな〉
〈まあ、なくても台は使える〉
俺は頷く。
使った分も、後で計算する。
魔石の代金。
箱。
改築。
それと、魔物を相手にする猪と蜘蛛の負担。
ポイントだけ増えて、怪我が増えたら成功とは言えない。
俺は配置を確かめた。
猪、一頭。
蜘蛛、二匹。
境には、盾持ち蜥蜴兵。
イトは、俺の隣。
ガドは外の少し離れた場所で、来る方向を見てくれている。
俺は、箱の蓋へ手をかけた。
「……開けます」
◇
何も、起きなかった。
蓋を開けたからといって、光が噴き出すわけでもない。
魔法陣も、出ない。
石が、淡く青い。
それだけ。
俺は、少し離れた場所へ座った。
入口が見える。
猪も、蜘蛛も見える。
時計を確認し、紙へ時刻を書く。
待つ。
風が、森の葉を揺らした。
猪が、鼻を鳴らす。
蜘蛛は、壁。
また、待つ。
〈静かだ〉
〈魔物待ち配信〉
〈釣りみたいだな〉
〈餌が魔力なのか〉
「……確かに、少し似てますね」
俺は、小声で答えた。
大声を出して、俺自身が魔物を呼んでしまっても分からなくなる。
できるだけ、いつもどおり。
リィナさんも、奥で作業をしている。
イトは俺の横へ座り、紙を覗いた。
「こない?」
「まだ、ですね」
待つ。
そのとき、入口の外で落ち葉が鳴った。
◇
小さな鼻先が、岩の陰から出た。
灰色の毛。
長い前歯。
【牙鼠 Lv.12】
俺は、すぐには声を出さなかった。
牙鼠は、入口で止まる。
鼻を動かす。
左右を見る。
それから、頭を上げた。
奥の台の方へ。
一歩。
もう一歩。
区画の中へ、入る。
糸へ、前脚が触れた。
牙鼠が、跳ねた。
猪の頭が上がる。
短い踏み込み。
体が、壁際へ押される。
もう一度、鼻先。
動かなくなった。
【配置魔物による討伐を確認しました】
【ダンジョンポイントを獲得しました】
【経験値を獲得しました】
俺は、表示と入口を交互に見た。
「……来ましたね」
〈来た!〉
〈ちゃんと奥見て入ったぞ〉
〈魔石に反応した?〉
〈ただの偶然かもしれんから、まだ見よう〉
「はい。今の一匹だけでは、まだ分からないです」
時刻を書く。
種類。
レベル。
入ってきた方向。
猪の動き。
怪我、なし。
俺は、次を待った。
◇
二匹目は、少ししてから来た。
同じ牙鼠。
今度は、入口を何度か行き来してから入る。
三匹目は、二匹目が倒れた後。
四匹目は、なかなか来なかった。
俺は、時間を記録していく。
画面の数字は、少しずつ増えた。
でも、止まる時間も長い。
魔石を置いた瞬間から、途切れず湧くわけではなかった。
周囲を動いていた魔物が、気づいたときに寄ってくる。
そんな感じだった。
〈ずっと来るわけじゃないのね〉
〈でも昨日より間隔短くない?〉
〈時間帯もあるから比較したいな〉
「ですね。今日だけで決めず、何回か見ます」
俺が言うと、外からガドが戻ってきた。
「沢の方から、来てる」
小声で、言った。
俺は地図を見せる。
ガドが、指で線を引いた。
前に確かめた、獣の通り道。
「村の方は」
「今は、変わらん」
俺は頷いた。
「ありがとうございます」
試験は、続けられそうだった。
◇
五匹目は、牙鼠ではなかった。
細い体。
黒い毛。
前脚の爪が、少し長い。
入口で、立ち止まる。
【黒爪鼬 Lv.18】
【小型の肉食魔物。
岩や木の根の隙間を利用して移動する。
魔力の残る物に興味を示すことがある。】
俺は、紙へ名前を書いた。
「……新しいのですね」
〈別の種きた〉
〈今まで入ってきた記録あった?〉
〈魔力に興味って説明あるな〉
「俺が確認した分には、ないです」
黒爪鼬は、すぐには糸へ突っ込まなかった。
床を嗅ぎ、壁際を歩く。
蜘蛛が上にいるのを見つけると、顔を上げた。
俺は、斧の置いてある場所へ目を向ける。
まだ、持たない。
猪が、体を起こした。
鼬が、横へ走る。
速い。
でも、広げた角のところで、糸が張った。
片脚が止まる。
猪が、向きを変えた。
壁へぶつからない。
短く、踏み込む。
黒い体が、転がった。
鼬は、もう一度起きようとした。
そこへ、蜘蛛が上から糸を重ねる。
猪の鼻先が、下りた。
【配置魔物による討伐を確認しました】
俺は、息を吐いた。
「……よし」
〈倒せた!〉
〈昨日の改築、生きてる〉
〈曲がる場所、ちゃんと広くなってるな〉
〈猪と蜘蛛、相性いい〉
俺は猪の脚を見た。
傷は、ない。
蜘蛛も、退避場所へ戻っている。
ただ、新しい種類だった。
獲得ポイントは、牙鼠より多かった。
俺は数字を記録する。
そこで、召喚一覧を開こうとして、やめた。
俺自身は、倒していない。
配置魔物が倒しただけでは、新しい種の召喚は解放されない。
「今日は、観察ですね」
欲張らず、紙へ目を戻した。
◇
少し休むため、箱を閉めた。
魔石の光が、見えなくなる。
すぐに、周りから魔物が消えるわけではない。
俺は、しばらくそのまま見ていた。
一匹だけ、遅れて牙鼠が来た。
入口で鼻を動かし、少し奥へ。
糸に掛かり、倒される。
その後は、静かになった。
ガドが、外へ様子を見に行く。
戻ってきて、首を横へ振った。
「近くは、いない」
俺は頷いた。
今日の試験は、ここまで。
石の様子も、確かめる。
箱を少し開き、鑑定。
【欠けた魔石】
【蓄積魔力:減少】
やはり、無限ではない。
漏らしている分、減る。
「……石も、消耗品なんですね」
〈燃料代があるのか〉
〈置けば永遠に稼げるわけじゃない〉
〈補充の費用も込みで見る必要あるな〉
俺は、紙へ線を引いた。
今日、増えたポイント。
使ったお金。
石の状態。
改築に使った分。
全部を並べる。
たった一日で、大部屋が作れるようにはならなかった。
でも、何もないまま待っていたときより、魔物が入った回数は増えていた。
少なくとも、試し続ける価値はありそうだ。
◇
〈獣医見習い:今の規模で数日見られるなら、反応する種類や時間帯が少しずつ分かると思います〉
コメントが流れた。
俺は頷く。
「はい。ありがとうございます。今日は、かなり勉強になりました」
〈獣医見習い:こちらこそ、実際の記録を見せていただけて参考になります。ただ、同じ場所へ集まり続けると、さらにそれを狙う魔物が来る場合もあるので、周囲の確認は続けてください〉
俺は、その一文を紙へ書いた。
寄ってきた小さい魔物を、別の大きい魔物が追う。
そういうことも、ある。
ただ、全部を怖がっていたら何も試せない。
何が来たら止めるか。
どのくらい増えたら閉めるか。
そこを、先に決めておく。
「俺がいるときに、少しずつ開けます。しばらくは、不在中に開けっぱなしにはしません」
そう伝えると、コメントに頷くような言葉が並んだ。
〈それがよさそう〉
〈まず記録だな〉
〈猪にも休憩あげて〉
〈有識者ありがとう〉
俺は、猪の頭へ手を置いた。
「はい。今日は、お疲れ様でした」
鼻先が、掌を押す。
俺は、その重みに少し笑った。
◇
夕食の後、マルクさんへ結果を送った。
何が来たか。
どれくらい待ったか。
怪我がなかったこと。
村の方へ変化が見られなかったこと。
石の魔力は、減っていたこと。
返事は、少ししてから来た。
『記録、ありがとうございます。小さな欠片でしたら、今後も工房で出ることがあります。継続して必要であれば、状態と値段を確認してからご案内します』
俺は、頷いた。
大きい物を、たくさん買うのではない。
小さい物を、使える範囲で。
村で残る素材も、同じだ。
まとまった量が出た日に、少しずつ分けてもらう。
自分で狩りへ行く日もある。
魔石を使う日は、家で記録を取りながら改築する。
ようやく、遊び方を分けられそうだった。
「……狩りの日と、家の日ですね」
呟くと、リィナさんが顔を上げた。
「今日は、家の日でしたね」
「はい。なのに、ちょっと戦ったような気分です」
実際に戦っていたのは、猪と蜘蛛たちだ。
俺は見て、数えて、直すことを考えていた。
それでも、前より家のことが分かった気がした。
イトが、紙へ顔を近づける。
牙鼠の数。
黒爪鼬の名前。
ポイントの増加。
その下の、大きな丸。
「くま、ちかい?」
俺は、少し考えた。
「昨日よりは、少し」
正直に答える。
まだ、遠い。
でも、近づく方法は増えた。
イトが頷き、丸の横へ小さな点をつけた。
俺は、その点を見た。
一回分の、進んだ印らしい。
◇
配信を終える前に、見取り図をもう一度開いた。
今日、予定していた大改築はしていない。
代わりに、入口の奥へ小さな台ができた。
閉められる箱。
魔石を守る格子。
記録するための紙。
見た目は、地味だ。
でも、これが続けば、後の改築へつながる。
「一気にやりたいと思って始めたんですけど」
俺は、画面へ向き直った。
「結局、今日も準備になりました」
〈でもかなり進んだぞ〉
〈入手先が増えたというより、今ある方法が強くなった〉
〈これで家にいる時間も無駄にならないな〉
〈熊の部屋への道が見えてきた〉
俺は、少し笑った。
「はい。次は、何日かの記録を見て、どのくらい貯められるか確かめます」
画面の端で、終了時刻の通知が出た。
今日は、ここまで。
魔石の箱は、閉じた。
入口の区画は、普段の状態へ戻す。
猪と蜘蛛たちの怪我も、もう一度確認する。
全部終えてから、俺は机の灯りを落とした。
大きな部屋は、まだ図面の中。
でも、今日はその図面へ線を引くだけではなかった。
明日のポイントを増やすための、小さな仕組みができた。
俺は入口へ目を向けた。
猪が、新しく広げた場所へ寝そべっている。
蜘蛛は、その上の窪み。
みんな、落ち着いていた。
「……おやすみなさい」
小さく声をかける。
猪の耳が、一度だけ動いた。
俺は笑って、椅子へ戻った。
熊の部屋。
倉庫。
広い通路。
やりたいことは、まだたくさんある。
でも、明日も学校だ。
今日は、この辺りで。
「皆さん、お疲れ様でした。また、続きやりましょう」
配信を終える。
机の上には、今日増えた数字の記録。
その横に、イトがつけた小さな点が、一つ残っていた。




