3話 さらなる改築
●主人公視点
帰って、やることを終わらせて、ログインしました。
どうも、修羅です。
今日は、朝からずっと気になっていたことがあります。
昨日作った、入口脇の小さな区画。
俺がいない間も、魔物は入ってきたのか。
猪と蜘蛛たちは、ちゃんと守れたのか。
それから。
「……ポイント、増えましたかね」
目を開ける。
見慣れた、家の天井。
体を起こしたところで、視界の端に小さな印が浮かんだ。
【未確認のダンジョン活動記録があります】
「お」
俺は、すぐに開いた。
◇
【不在中の活動報告】
対象期間:前回の確認終了後から現在まで
【防衛結果】
侵入した魔物:計8体
討伐成功:8体
生活区画への侵入:なし
配置魔物の死亡:なし
【討伐内訳】
牙鼠:6体
黒牙走狗:2体
【担当】
岩背猪
糸吐き蜘蛛×2
【獲得戦果】
・ダンジョンポイント
・所有者への経験値分配
・配置魔物の経験値
・討伐個体の回収待ち記録
※経験値とポイントは討伐時に加算済みです。
※この画面は活動結果の報告であり、確認時の再加算はありません。
俺は、文字を上から読んだ。
もう一度、読む。
「……八体。全部、止めてますね」
〈おお、働いてる!〉
〈おかえり〉
〈生活区画に入ってないの大事〉
〈留守番組、優秀〉
配信の挨拶が遅れてしまった。
俺は顔を上げる。
「おはよう……じゃないですね。こんばんは。今日は、まず留守中の確認からです」
部屋の向こうで、布が動いた。
イトがこちらを見る。
人の姿で、机の上へ布を広げていたところらしい。
「おかえり」
「ただいまです」
リィナさんも、調理台から顔を上げた。
「お帰りなさい。入口の方、ガドさんと一緒に見ておきました」
「ありがとうございます。記録、出てました」
「はい。使えそうな物は分けてあります」
俺は、活動報告へ目を戻した。
討伐した数だけではない。
何が入り、誰が倒し、何が残っているか。
留守中のことを、まとめて見られる。
これは、便利だった。
◇
報告の項目を開いていく。
ポイントの増加。
経験値の分配。
猪と蜘蛛たちの成長記録。
俺にも経験値は入っていた。
ただ、量は小さい。
阿修羅のレベルは、まだ5のままだった。
「……俺の方は、少しずつですね」
〈あの体で牙鼠の経験値はさすがになw〉
〈でも、ゼロじゃないのいいな〉
〈本命はポイントと留守番組の成長か〉
「はい。狩りに行かなくても、全部どうにかなる量ではなさそうです」
それでいいと思う。
外へ出て、自分で戦う意味がなくなるわけではない。
俺がいない間にも、家で起きたことが残っている。
そちらの方が、嬉しかった。
管理画面の表示設定を開く。
活動記録の通知。
今は、小さな印が出るだけになっていた。
俺は、表示方法を変えた。
【ログイン時に不在中の活動報告を表示する】
確認を押す。
戦果だけでなく、配置魔物の負傷や設備の損傷も、一緒に出す。
何もなかった日は、異常なしと表示する。
「これで、入ったら最初に確認できますね」
〈欲しかったやつ〉
〈数字増えたかより、先に怪我見ような〉
「そこも、入れておきました」
俺は、負傷の記録を開いた。
軽微な擦り傷が、一件。
岩背猪だった。
黒牙走狗を受けたときのものらしい。
俺は、椅子から立ち上がった。
「……本人、見てきます」
◇
入口脇の区画では、猪が地面へ鼻をつけていた。
蜘蛛は、壁。
糸は、張り直されている。
俺が近づくと、猪の顔が上がった。
「ただいまです。昨日から、ありがとうございます」
しゃがんで、前脚を見る。
小さな傷。
既に手当てされていた。
「リィナさんが、見てくれたんですね」
鼻先が、俺の肩へ近づく。
少し押された。
俺は笑って、頭を撫でる。
「はい。今日も、後でご飯にしましょう」
足元を見る。
昨日より、土が大きく削れていた。
壁にも、擦れた跡。
猪が向きを変える場所が、少し狭かったらしい。
討伐記録を開き、黒牙走狗が入ってきたときの簡単な経路を見る。
入口。
糸。
猪。
走狗が横へ逃げようとして、猪もそちらへ回っている。
そこで、壁と体が近づいていた。
「……ここ、狭いですね」
イトも隣へ来て、しゃがんだ。
削れた土へ指を置く。
「まわる?」
「はい。ここで、向きを変えてたみたいです」
俺は、壁の張り出しを見た。
今日は、ここから直そう。
◇
その前に、素材を確認した。
入口近くの、生活用とは分けた作業場所。
蓋付きの容器が、並んでいる。
リィナさんが、一つずつ説明してくれた。
「牙鼠の牙はこちらです。皮は傷が多かったので、使える分だけ残しました」
別の容器には、黒牙走狗の牙と爪。
皮の一部もある。
死体がそのまま、便利な素材一覧へ変わるわけではない。
誰かが選び、取り、分ける必要があった。
「ガドさんが、取り方を見せてくださいました。まだ、私だけでは綺麗にできませんけど」
「……助かります。ありがとうございます」
俺は、包みへ添えられた紙を見た。
どの個体から取った物か。
何を残したか。
どれをポイントへ交換できそうか。
それも、書かれていた。
管理画面の回収待ち記録へ、内容を登録する。
【素材確認済み】
保管:牙、爪、皮の一部
交換候補:破損部位、使用予定のない残り
俺は、少し頷いた。
「これ、次から報告画面に一緒に出せますね」
素材を取る前なら、回収待ち。
誰かが処理した後なら、保管した物と交換した物。
確認できていない物を、持っている扱いにしない。
そうしておけば、後から探して困ることも減りそうだった。
〈在庫管理が始まった〉
〈マルクさん呼びたくなるな〉
〈家がちゃんと拠点になってきた〉
「俺も、少しずつ覚えます」
全部、任せきりにもできない。
今日は、ガドが来たら取り方を教えてもらおう。
◇
村からの持ち込みも、一袋来ていた。
解体の後に残った、使いにくい部分。
昨日決めた通り、村で使う物を取った後の分だ。
中身と量を確かめ、代金を記録する。
それから、ポイントへの交換確認。
数字が出る。
「……これは、安定して少しずつ増やせそうですね」
毎日、同じ量ではない。
でも、狩りへ出る人は村に何人もいる。
俺一人が、毎回素材を持ち帰る必要はなくなった。
交換を実行する。
【ダンジョンポイントを獲得しました】
不在中の討伐分。
素材の残り。
村から買い取った分。
三つが、今日の改築に使える。
俺は見取り図を広げた。
「じゃあ、始めましょうか」
イトが、机へ手を置く。
「くま?」
「……今日は、猪の場所からです」
〈堅実w〉
〈今いる子の改善が先だな〉
〈熊、もう少し待とう〉
俺は、入口脇を丸く囲った。
◇
最初に、配置魔物を別の場所へ移した。
猪は、広間へ。
蜘蛛は、反対側の壁。
入口の試験区画は、作業中として閉じる。
人が来る道とは分けてあるので、生活用の出入りはできる。
俺は、張り出した壁を指定した。
大きく掘る必要はない。
猪が体を回す場所だけ、角を落とす。
見取り図の上で、形を変える。
必要ポイントが、表示された。
「……このくらいなら」
今の残りで、できる。
ただし、全部使い切らない。
損傷したときの修復分を、残す。
確認を押すと、壁へ淡い光が走った。
石が、少しずつ崩れるように形を変える。
角が取れ、足元が広がった。
俺は、作業が終わってから中へ入った。
歩く。
しゃがむ。
猪の大きさを思い出しながら、腕を広げてみる。
「……どうですかね」
イトが後ろからついてきた。
俺の横を通る。
前より、余裕があった。
猪を戻すと、本人は真っすぐ新しい壁へ近づいた。
鼻をつける。
匂いを嗅ぐ。
そのまま、体を回した。
壁へ、肩が当たらない。
「お」
〈回れた!〉
〈分かりやすい改善〉
〈本人に試してもらうの大事〉
俺は、少し笑った。
「よかったです。次は、ぶつからずに済みそうですね」
◇
二つ目は、蜘蛛の退避場所だった。
黒牙走狗は、壁へ跳びついた記録がある。
蜘蛛たちは上へ逃げられたけど、糸を張り直すとき、同じ場所へ戻っていた。
その辺りを狙われると、少し危ない。
俺は、壁の高い位置へ浅い窪みを作った。
蜘蛛が一匹ずつ収まれるくらい。
そこから、左右へ移れる細い足場も。
大きな部屋ではない。
でも、正面から噛みつかれにくい。
イトが蜘蛛の姿へ戻り、先に試してくれた。
壁を登る。
窪みへ入る。
そこから、横へ。
白い糸が、下の杭へ伸びた。
「……そこから、張れます?」
前脚が上がる。
次に小さな蜘蛛たちも上り、同じように動いた。
一匹が窪みへ収まり、もう一匹が横へ移る。
俺は、それを見上げて頷いた。
「いいですね」
〈蜘蛛用の足場だ〉
〈ただ広くするだけじゃないの面白い〉
〈猪と蜘蛛で欲しい場所が違うんだな〉
「はい。俺も、記録を見なかったら分からなかったです」
倒せた。
怪我も、軽い。
それだけで終わらせていたら、同じ場所でまた傷ついていたかもしれない。
記録を見て、本人を見て、直す。
これを、続けていこうと思った。
◇
最後に、素材を処理する場所を整えた。
入口の区画から、生活用の広間へ死体を運ばなくていいように。
作業台は、持ってきた板と脚を使う。
容器は、昨日買った物。
ポイントで全部を作るのではなく、手でできることは手で進めた。
俺が板を押さえる。
リィナさんが位置を確かめる。
イトが、紐を渡してくれる。
修羅腕も、二本だけ出した。
普通の手で金具を合わせ、魔力の手で板を支える。
少し前なら、両方同じように動かしていた。
今日は、できた。
「……便利ですね、これ」
〈ついに大工仕事へ〉
〈増えた腕が生活に馴染んできた〉
〈ポイント節約にもなってるな〉
俺は、金具を締めた。
台を揺らす。
ぐらつかない。
その下へ、容器を並べる。
使う素材。
交換する物。
まだ判断していない物。
分けて置けるよう、札もつけた。
「これなら、後から見ても分かりそうです」
リィナさんが頷く。
俺は、作業台へ掌を置いた。
今日は、大きな部屋を一つも増やしていない。
でも、家は少し使いやすくなった。
◇
改築を終えて、配置を戻した。
猪。
蜘蛛二匹。
生活用の道には、盾持ち蜥蜴兵。
それぞれが、元の持ち場へ戻る。
入口の試験区画を開き、俺たちは少し離れた。
すぐには、何も来ない。
それでいい。
俺は机へ戻り、今日の記録をつけた。
【本日の改築】
・猪の転回場所を拡張
・蜘蛛の退避場所と移動用の足場を追加
・素材の仕分け場所を整備
【次回確認】
・猪が壁へ接触していないか
・蜘蛛が安全に糸を張り直せるか
・回収待ちの個体が残っていないか
書き終えたところで、入口から短い物音がした。
俺は顔を上げる。
管理画面にも、通知。
【試験区画に魔物が侵入しました】
小さな牙鼠。
糸へ触れる。
脚が止まる。
猪が、少し横へ回った。
壁へぶつからない。
そのまま鼻先を低くし、短く押し込む。
牙鼠が倒れた。
上の窪みから、蜘蛛が下りてくる。
糸を直す。
また、上へ。
俺は、その動きを見ていた。
「……昨日より、楽そうですね」
〈改築の効果出た!〉
〈猪がちゃんと横から入れたな〉
〈蜘蛛も戻る場所できた〉
通知が、履歴へ残る。
ポイント。
経験値。
回収待ち、一体。
俺は、その最後の項目を見た。
さっきまでは、ただ増えた数字を喜んでいた。
今は、やることも一緒に分かる。
「取りに行きましょうか。今日は、俺も覚えます」
リィナさんが、道具を持って頷いた。
◇
配信を終える前、俺はもう一度、活動報告を開いた。
今日、自分が確認した記録には、済みの印。
次にログインしたときは、その続きから表示される。
留守中に倒した魔物。
得た経験値とポイント。
残っている素材。
仲間の怪我。
壊れた設備。
最初に、全部確かめる。
「これで、明日入ったときに、何があったか分かりますね」
〈ログインの楽しみ増えた〉
〈毎日ちょっとずつ育つ拠点〉
〈熊貯金も進む〉
「はい。熊の分も、少しずつ」
見取り図の奥には、まだ大きな丸が残っていた。
今日は、そこを触らなかった。
代わりに、今いる子たちの場所がよくなった。
ポイントの残りは、朝より少ない。
でも、使った意味はあったと思う。
イトが隣へ座り、紙を覗く。
丸を指す。
「くま、あと」
「はい。もう少し、後です」
頷きが返る。
俺は紙を端へ寄せ、立ち上がった。
明日、どれくらい増えているか。
それも、楽しみだ。
でも、最初に見るのは一番上の行。
配置魔物の死亡、なし。
怪我も、できればなし。
その報告を確認してから、また続きを考えよう。
「じゃあ、皆さん。また明日」
配信を終える。
入口の方では、猪が新しく広がった場所へ寝そべっていた。
蜘蛛は、その上の窪み。
早速、使ってくれている。
俺は少しだけ笑って、家の灯りを一つ落とした。




