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29話 帰還

●主人公視点


 帰ります。


 どうも、修羅です。


 イベントが終わり、一日休みました。


 よく寝て、よく食べて、装備も見てもらった。


 熊の外套は、無事に戻ってきています。


 ただし、端は少し短くなりました。


 ガルムドの牙に引っかかった場所を、そのまま残しておくと危ないらしい。


 修理してくれた職人さんには、


『外套だけ置いて戻ってきたなら、上等だ』


 と言われた。


 俺も、そう思います。


 そんなわけで、出発の準備はできた。


 できたんだけど。


「……荷物、多くないですか?」


 目の前に、木箱。


 その横にも、木箱。


 布の包み。


 大きな袋。


 俺の声に、マルクさんが帳面から顔を上げた。


「ほとんど、お土産ですよ」


「そうなんですよね……」


〈自分で買いました〉

〈全部見てたぞw〉

〈途中から値段より渡す相手の話してたもんな〉


 否定できない。


 ガドに、あれを。


 職人さんには、これを。


 村の子供たちが食べられそうな物。


 長老へ、挨拶の品。


 考えているうちに、増えていった。


「……でも、買ってよかったです」


 俺は、いちばん上の包みを見た。


 帰って、渡す相手がいる。


 それを考えながら買い物するのは、思っていたより楽しかった。


     ◇


 お土産を選ぶため、朝から街を回った。


 最初は、マルクさんの紹介してくれた雑貨屋。


 布。


 針。


 糸。


 留め具。


 小さな刃物。


 集落との取引で、何が使われているかは少し分かってきたらしい。


「針は、既に次の納品分を用意しています。お土産でしたら、普段の取引とは別に、こういう物はいかがでしょう」


 マルクさんが示したのは、小さな裁ち鋏だった。


 握る場所が丈夫で、刃も厚い。


 俺は、村の職人さんを思い出す。


 布や革へ刃を入れていた、あの手。


「……いいですね」


 一本ではなく、使う人に合わせて何種類か選ぶ。


 細かい仕事に使う物。


 厚い革へ使う物。


 店主の説明を聞きながら、包んでもらった。


 次は、ガドの分。


 新しい槍を買おうかと思ったけど、マルクさんに少し考える顔をされた。


「武器は、本人が手に合わせている物もありますからね」


「あぁ……」


 俺も、大戦斧を勝手に別の物へ替えられたら困る。


 強ければ何でもいい、というわけではない。


 結局、槍の手入れに使う油と、砥石。


 それから、雨を弾く外套を選んだ。


 狩りのときに使ってもらえそうだ。


「これなら、長く使ってもらえますね」


 リィナさんが、包みを見て頷く。


「はい。留守中、随分お世話になったので」


 言いながら、俺はもう一つ、丈夫な革袋を手に取った。


 ガドの袋は、継ぎ目が何か所も直してあった。


 使えるなら、使ってほしい。


〈ガドへのお礼が増えていく〉

〈一個に絞れないやつ〉

〈分かる〉


 今日は、絞らなくてもいいと思った。


     ◇


 子供たちには、甘い物。


 そう決めたら、今度は種類で迷った。


 焼き菓子。


 蜜を使った飴。


 乾かした果物。


 どれも、見たことがない。


「……全部、少しずつにしますか」


「少しずつだと、同じ物が欲しい子が困るかもしれませんね」


 リィナさんの言葉に、俺は止まった。


 なるほど。


 同じ物を、人数分。


 それも、少し多めに。


 日持ちのする焼き菓子を選び、飴は別の袋へ入れてもらう。


 その横で、イトが店の棚を見つめていた。


 白い紙に包まれた、小さな菓子。


 顔を近づける。


 俺を見る。


「これ、ですか?」


 頷きが返る。


 店主が、笑って一つ出してくれた。


「試してみるかい?」


 リィナさんが受け取り、小さく割る。


 イトが一口。


 噛む。


 目が、少し大きくなった。


「あまい」


「おいしいですか?」


 頷く。


 もう一度、頷く。


 俺は、店主へ顔を向けた。


「これも、お願いします」


〈買うと思ったw〉

〈今の反応見たら買う〉

〈イト用のお土産もできたな〉


 店を出るときには、紙袋が一つ増えていた。


 ついでに、俺も一つ食べた。


 うまかった。


 買って、よかった。


     ◇


 長老には、茶葉。


 集落で使ってもらう分として、塩と油。


 食堂代わりにみんなが集まる場所へ、器と大きな匙。


 それから、リィナさんが薬師の店で選んだ、傷薬と清潔な布。


「こちらは、私からです」


 彼女は、包みを抱えて言った。


「泊めていただいたとき、皆さんが親切にしてくださったので」


 自分で働いて得たお金から、出していた。


 俺は頷く。


「きっと、喜んでもらえます」


 イトも、自分の小さな鞄を抱えていた。


 中には、飴とは別の包み。


 村の子供たちと一緒に遊べそうな、色のついた紐だ。


 店で手に取って離さなかったので、何に使うのか聞いた。


『みんな』


 返ってきたのは、それだけ。


 誰へ渡したいのかは、分かった。


 俺は、その包みを落とさないよう鞄の口を確かめた。


     ◇


 家の分も、買った。


 保存用の容器。


 寝具の替え。


 棚を作るための金具。


 扉の留め具。


 掃除に使う道具。


 交換した改築用資材と合わせると、荷物は随分大きくなった。


 収納鞄へ入る物もある。


 ただし、入るからといって、何でも一つへまとめるわけではない。


「食べ物は、工具や油と分けましょう」


 マルクさんが言う。


「壊れ物は、この箱。途中で使う物は、手前へ」


「はい」


 俺たちは、包みを分け直した。


 その横に、空き箱が一つ残っている。


 俺は、それを指した。


「これは?」


「帰りに集落からお預かりする物があれば、使います」


 マルクさんが答える。


「往復とも荷物を詰めきってしまうと、持って帰れませんから」


「……なるほど」


〈商人の準備〉

〈空きも荷物の一部なんだな〉


 俺は、箱の蓋を閉じるのを手伝った。


     ◇


 出発前、広場で仲間たちと会った。


 ガランさんは、大きな盾を背負っている。


 修理が終わったらしく、裏の革が新しくなっていた。


「帰るのか」


「はい。一度、家へ戻ります」


「そうか」


 差し出された拳へ、俺も拳を合わせる。


 三日間、何度も戻った場所。


 その盾が、目の前にある。


「ありがとうございました。本当に」


「こっちこそだ」


 ガランさんが笑う。


「次も組むなら、斧の届く場所を教えてくれよ。前より伸びてそうだからな」


「はい。腕も、増えましたし」


「……そっちもだ」


 少し呆れた顔をされ、俺も笑った。


 ユズリハさんは、イトへ前脚を伸ばしていた。


 イトも、手を出す。


 二人の間に、短い糸。


 何かを確かめ合うように、少し引いて、離す。


「また、糸を張りましょうね」


「うん」


 返事がある。


 カゲロウさんは、少し離れた場所から片手を上げた。


「道の情報が変わったら送る。そちらも、何か見つけたら頼む」


「はい。西の山、まだ調べたい場所があるので」


「戻れる範囲でな」


 言われて、俺は頷いた。


 そこへ、リュカさんが来た。


 人の姿だ。


 ただ、少し照れくさそうな顔をしている。


「進化、おめでとうございます」


 俺が言うと、リュカさんも頭を下げた。


「修羅さんも。今度、広い場所でお見せします」


「楽しみです」


「はい。着陸も、練習しておきます」


 真面目な返事に、俺は少し笑った。


「俺も、増えた腕を練習しておきます」


 お互い、宿題があるらしい。


     ◇


 領主館からは、セイルさんも来てくれた。


 ベルンさんと一緒に、門のそばへ。


 仕事の途中らしく、手には書類を持っていた。


「ご出発前に、お会いできてよかったです」


「こちらこそ。お世話になりました」


 俺が頭を下げると、セイルさんも頷く。


 それから、荷車を見た。


 箱。


 袋。


 包み。


 少しだけ、目が丸くなる。


「……たくさん、お買い物を」


「はい。村へ、持って帰りたくて」


「皆さん、喜ばれるでしょうね」


 そう言ってから、俺を見る。


「ヴァルグへも、またお越しください」


「はい。まだ見てない店もありますし」


「東の話も、急がずに進めています。ご興味があれば、次に来られたときに」


 俺は頷いた。


「話、聞かせてください」


 今すぐ、遠くの大陸へ出られるわけではない。


 でも、前より行きたい場所は増えた。


 できることも、少し増えた。


 セイルさんは、嬉しそうに笑った。


 その隣で、ベルンさんが静かに時間を確認する。


 セイルさんは気づき、姿勢を正した。


「では、どうかお気をつけて」


 手が、差し出される。


 俺は握り返した。


 今度は、落ち着いた挨拶だった。


     ◇


 門を出るとき、ゼルガさんがいた。


 壁際に立ち、大戦槌へ片手を置いている。


 俺たちを見て、顎を上げた。


「帰るかい」


「はい」


「そうか」


 それだけ言って、俺の肩を見た。


 直した外套。


 籠手。


 斧。


 最後に、顔。


「次に来たら、四本とも動かしてみせな」


「……魔力の腕、全部ですか?」


「今度は、六本全部だね」


 普通の両手も含まれるらしい。


〈宿題増えたw〉

〈帰る瞬間まで先生〉

〈修羅、ちゃんと練習しろよ〉


 俺は、苦笑しながら頷いた。


「やっておきます」


「よし」


 ゼルガさんが、道を空ける。


「よく食って、休め。家の連中にも、元気な顔を見せてやりな」


 俺は、少しだけ背筋を伸ばした。


「はい。ありがとうございました」


 手を上げる。


 彼女も、片手を上げ返す。


 荷車が動き始めた。


 俺は、もう一度街を振り返った。


 高い壁。


 見張り台。


 風に揺れる旗。


 初めて来たときと同じ形。


 でも、知っている人が随分増えた。


「……また、来ます」


 小さく言って、前を向いた。


     ◇


 帰り道は、穏やかだった。


 少なくとも、城壁の前よりは。


 荷車は、二台。


 マルクさんと商会の人たち。


 護衛には、ドランさんたちがついている。


 俺も、歩く側だ。


 荷台には、リィナさんとイト。


 途中で道の脇へ魔物が出たときは、護衛が追い払った。


 俺は、斧を取る前に声をかける。


「手伝います?」


「今のは、こっちでやる。荷を見ていてくれ」


「分かりました」


 そう返して、荷車の横へ戻った。


 前なら、自分が出た方が早いと思ったかもしれない。


 今も、そういう場面はあると思う。


 でも、みんな同じ場所へ集まる必要はない。


 俺は、後ろの荷台を見る。


 イトがこちらへ手を上げた。


 俺も、上げ返した。


〈ちゃんと任せてる〉

〈帰り道まで成長が見える〉

〈今回は荷車の中身も大事だからな〉


「はい。お土産、割りたくないので」


 マルクさんが、前で笑った。


     ◇


 休憩では、リィナさんが軽い食事を用意してくれた。


 宿で教わったという、冷めても食べやすい包み。


 俺は受け取って、木の根元へ座った。


 空を見上げる。


 鳥が飛んでいる。


 普通の、鳥。


 ……たぶん。


 念のため鑑定すると、魔物ではなかった。


「どうした?」


 ドランさんが聞く。


「いえ。上を見たら、つい」


 返すと、彼も空を見た。


 それから、少し笑う。


「しばらく、そうなるな」


「はい」


 俺は、食べ物を一口かじった。


 頭上から、爪は来ない。


 遠くで、木の葉が揺れている。


 それを聞きながら食べられるのが、少し贅沢だった。


     ◇


 黒角の峡谷へ着いたとき、砦では物資の整理が進んでいた。


 貸し出した槍。


 戻ってきた荷車。


 空の樽。


 ここも、まだイベントの後だった。


 ガルゼンは、広場の奥にいた。


 俺たちを見ると、ゆっくり近づいてくる。


「戻ったか」


「はい」


 目が、俺の角へ向く。


 首筋。


 その後ろの空間。


 何も出していないのに、見られている気がした。


「……変わったな」


「阿修羅に、なりました」


 ガルゼンが頷く。


 驚いた声は、ない。


 でも、いつもより少し長く俺を見ていた。


「出せ」


「……腕、ですか?」


「ああ」


 俺は荷車から離れ、周りを確かめた。


 修羅腕。


 背中から、四本の赤い腕が伸びる。


 前の二本を、上へ。


 後ろの二本は、低く。


 普通の両手は、動かさない。


 ガルゼンが、その指先を見た。


 俺は、少し緊張した。


 ゆっくり開く。


 閉じる。


 低い方の右腕だけ、前へ。


 ……上の右腕も、少し動いた。


 ガルゼンの目が、細くなる。


「まだだな」


「はい。まだです」


〈厳しいw〉

〈総合一位でも関係ない〉

〈ここではいつも修行中〉


 俺は腕を消した。


 それから、荷車へ戻り、細長い包みを持ってくる。


「これ。街で選んできました」


 差し出す。


 斧の柄を手入れするための油と、丈夫な握り革。


 職人さんに、使えそうな物を選んでもらった。


「斧、ずっと助けてもらってるので。そのお礼も」


 ガルゼンは、包みを見る。


 受け取る。


 中を、少しだけ確かめた。


「……使う」


 短い返事。


 俺は、ほっとした。


「はい」


 ガルゼンは包みを脇へ抱え、俺の大戦斧へ目を向けた。


「そっちは、帰ってから直せ」


「はい。村で見てもらいます」


「なら、行け」


 そう言って、道を空ける。


 俺は頭を下げた。


 荷車が動き出す直前、もう一度声が来た。


「修羅」


 振り返る。


「戻ったなら、食って寝ろ。振るのは、その後だ」


 俺は、少し笑った。


「……はい。そうします」


     ◇


 集落が見えたのは、さらに道を進んだ翌日のことだった。


 見慣れた川。


 浅瀬の石。


 柵の向こうへ上がる、細い煙。


 俺は、自然と歩く速度が上がった。


 頭の上で枝が揺れる。


 角を下げる。


 今度は、ちゃんと避けた。


「……着きました」


 声に出す。


 荷台から、イトが身を乗り出した。


「むら」


「はい。帰ってきました」


 茂みの向こうで、槍が動く。


 ガドだった。


 俺を見る。


 荷車を見る。


 前より増えた包みを見て、少し眉を動かす。


「……また、増えたな」


「お土産です」


 俺が答えると、ガドは一度黙った。


 それから、俺の顔を見た。


「勝ったか」


 俺は、頷いた。


「はい。守れました」


「そうか」


 ガドが、槍を下げた。


 その口元が、ほんの少しだけ動いた。


「帰ったか」


 俺は、少し息を吐いた。


「……ただいまです」


     ◇


 子供たちは、荷車を見つけるのが早かった。


 集落へ入る頃には、何人も後ろへついてきている。


「何それ!」


「また机?」


「食べ物?」


 俺は、笑いながら荷台を見る。


「今回は、お土産です」


 その一言で、声が大きくなった。


 マルクさんが、すぐに片手を上げる。


「荷物を下ろすので、車輪のそばは空けてくださいね」


 子供たちが、少し下がる。


 その間を、イトが歩いた。


 小さな鞄を抱え、同じくらいの背丈の子供へ近づく。


「おみやげ」


 包みを、差し出した。


 色のついた紐。


 何本も、きれいに束ねてある。


 子供の一人が受け取り、目を丸くした。


「これ、イトが?」


「うん」


 頷く。


 すぐに、周りから顔が集まった。


 誰が何色を使うか、早くも話し始めている。


 俺は、それを見て少し安心した。


 焼き菓子は、村の大人へ渡す。


「人数分より、少し多めにあります。後で、分けてもらえますか」


 包みが開かれる。


 甘い匂いがした。


 子供たちが、一斉にこちらを見る。


〈反応が早いw〉

〈買ってよかったな〉

〈お土産回、平和でいい〉


 リィナさんが、ひとつずつ皿へ並べるのを手伝った。


 俺は、その横で紙包みをほどく。


 ガドの分。


「これ、使ってください」


 外套。


 革袋。


 油と砥石。


 ガドが、黙って見ていた。


「家も、見てもらってましたし。前から、いろいろお世話になってたので」


 言うと、ガドは外套の端を持ち上げた。


 縫い目。


 留め具。


 裏側。


 一通り見てから、俺へ顔を上げる。


「買いすぎだ」


「……少し、そうかもしれません」


 俺は笑った。


「でも、渡したくて買ったので」


 ガドは、しばらく俺を見た。


 それから、革袋を腰へ当てる。


 古い物と、並べてみる。


「使う」


 俺は、頷いた。


「はい」


 それで、十分嬉しかった。


     ◇


 職人さんへ鋏を渡すと、その場で布を切り始めた。


 薄い物。


 厚い物。


 持ち方を変え、刃を見て、もう一度。


 俺は、黙って待った。


「……悪くない」


 ようやく、返事。


 俺は、少し笑った。


「よかったです」


「お前の道具、出せ」


 続けて言われる。


 予想していたので、すぐに斧と籠手を見せた。


 職人さんが、傷を確かめる。


 外套。


 留め具。


 刃。


 柄。


 だんだん、眉が寄っていく。


「……何と、戦った」


「大きいやつです」


「見れば、分かる」


〈その説明では足りないw〉

〈城喰いですって言え〉


 俺は少し考えてから、ガルムドの大きさを両手で示そうとした。


 足りない。


「……家より、大きいです」


 職人さんが、俺を見た。


 ガドも、こちらを向く。


 近くの子供まで、黙った。


 俺は、少し困った。


「でも、一人じゃないですよ。みんなで倒しました」


 そう続けると、ガドが頷く。


「だろうな」


 その返事が、少し嬉しかった。


 俺が一人で何でもやったと思われるより、ずっと。


     ◇


 家へ向かう荷物を分け、集落で使う物を下ろす。


 マルクさんは、長老との取引の話へ。


 俺たちは、ガドに案内してもらいながら森へ入った。


 途中からは、手で運ぶ。


 収納鞄に入る物を先に運び、資材は通れる場所へまとめてもらう。


 いきなり全部を家へ詰め込むわけにはいかない。


「この石、どこに使う」


 ガドが、資材の包みを指した。


「通路と、奥の部屋です」


「広げるのか」


「はい。まだ、図面を考えてるところですけど」


〈熊部屋〉

〈みんな言わなくても分かってる〉


 俺は、コメントを少し端へ寄せた。


 今は、荷物をぶつけずに運ぶ方が先だ。


 木の間を抜ける。


 岩が見える。


 その下に、家の入口。


 奥には、灯り。


 俺は、足を止めた。


「……帰ってきた」


     ◇


 声をかける前に、入口の上で糸が揺れた。


 蜘蛛が、一匹。


 続いて、もう一匹。


 壁から下りてくる。


 その後ろでは、丸盾が少し動いた。


 盾持ち蜥蜴兵。


 俺を見ると、剣を下げた。


 ちゃんと、帰宅したと分かっている。


「ただいまです」


 俺は、声に出した。


 奥から、猪の鼻先。


 一頭。


 もう一頭。


 入口へ集まりかけたところで、俺は両手を上げた。


「荷物、置いてからです。踏まないでください」


 猪が、袋へ鼻を近づける。


 肉の匂いを嗅いでいるらしい。


 その横を、イトが進む。


 人の姿から蜘蛛へ戻り、小さな仲間たちへ近づいた。


 前脚が、触れ合う。


 白い腹へ、一匹が登る。


 その景色を見て、俺はようやく肩の力を抜いた。


 みんな、いた。


 家も、残っている。


 食卓。


 寝床。


 調理台。


 出かける前と、同じ場所にある。


 違うのは、今から運び込む物が山ほどあることだ。


     ◇


 荷物を下ろす。


 棚へ入れる物。


 台所へ置く物。


 後で加工する物。


 リィナさんが、一つずつ場所を確かめていく。


「こちらの器は、普段使う分へ。替えの布は、寝床の方ですね」


「はい。俺、上の棚へ置きます」


 手を伸ばす。


 少し、高い。


 そこで、修羅腕を出した。


 赤い腕が、背中から四本。


 普通の両手で箱を支え、魔力の手で包みを受け取る。


 棚へ。


 ゆっくり。


 置く。


 できた。


「……お」


〈生活で使えた!〉

〈ゼルガさん、少し動かせるようになりました〉

〈荷物のための六本腕〉


 そのとき、背後が静かなことに気づいた。


 振り返る。


 ガドが、俺を見ていた。


 四本の赤い腕。


 普通の両手。


 棚。


 それから、俺の顔。


「……増えたな」


「はい」


 俺は、少し笑った。


「今回も、いろいろありまして」


 ガドは、しばらく黙っていた。


 やがて、足元の荷物を一つ持ち上げる。


 俺の普通の手へ、渡した。


「なら、運べるな」


〈順応が早いw〉

〈腕が増えたなら仕事も増える〉

〈いつものガドで安心した〉


 俺は、受け取った箱を持ち直した。


「……はい。運びます」


     ◇


 荷物が片づいた頃には、入口へ夕方の光が差していた。


 ガドは村へ戻り、商会の人たちも集落で休むことになった。


 俺は、全員を見送ってから家へ入る。


 机の上には、まだ開けていない包みが一つ。


 リィナさんが、それを見ている。


「あれ。まだ、ありました?」


「これは、こちらで食べる分です」


 紙が、開かれる。


 街で買った、焼き菓子。


 子供たちへ渡した物とは、別に包んでもらっていたらしい。


 俺の皿。


 リィナさんの皿。


 イトの皿。


 それぞれへ、一つずつ。


 湯を沸かす音がする。


 家の中に、甘い匂いが広がった。


 人の姿へ戻ったイトが、椅子へ座る。


 俺も、腰を下ろした。


 買ってから、何度も使った椅子。


 今日は、妙に落ち着いた。


「……長かったですね」


 俺が言うと、リィナさんが頷いた。


「はい。でも、帰ってこられました」


 イトが、菓子を両手で持つ。


 その前に、俺の顔を見た。


「ただいま」


 俺は、少し笑った。


「はい。ただいまです」


 リィナさんも、静かに言った。


「ただいま」


 奥で、猪が鼻を鳴らした。


 壁の上では、蜘蛛が脚を動かしている。


 盾持ち蜥蜴兵は、指定した場所へ戻っていた。


 俺は、湯気の立つ器を持った。


 街を守った。


 順位も、もらった。


 進化して、できることも増えた。


 その全部を持って、ここへ戻ってきた。


 これから、家を広げよう。


 行っていない場所へも、行こう。


 でも、今日は。


「……お土産、食べましょうか」


 イトが、大きく頷いた。


 俺も菓子を一つ取り、ゆっくりかじった。


 街で食べたときより、少しだけうまい気がした。

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